明けて月曜日。
今日は朝からお出掛けである。
しかも三人で、横須賀まで。
今日の天気は、曇りではあるが、雨は降っていなかった。
目的は、鳳翔の処遇の決定であるが、これは、秦に頼るしかない睦と鳳翔である。
早朝に家を出て長距離列車で横浜へ向かい、横須賀への列車に乗り換えるのだ。
朝食は家で済ませたが、昼食は列車の中で駅弁を食べた。
旅行中での駅弁は、楽しみの一つだが、これから難問が待ち構えているかと思うと、ご飯が喉を通らない。
交渉が長くなるかもしれないと考え、無理やりにでも飲み込んだ。
そして横須賀駅に到着後、車を手配して、横須賀鎮守府に向かった。
横須賀鎮守府の正門まで来たとき、ちょうど午後1時になっていた。
秦は軍服を着ているので、怪しまれることは無かったが、付き添いの二人を怪訝そうに門番に見られていた。
門番に取り次ぐよう話をすると、既に話が通っていたらしく、すぐ通してくれた。
鎮守府の建物に入って、秋吉中将の執務室に向かった。
執務室に到着し、扉を叩くと中から、どうぞ、と声が掛かった。
「失礼いたします。 楠木予備役大佐他2名、参りました。」
「楠木予備役大佐ですね? こちらへどうぞ。」
と秘書艦の女性が声を掛けてくれた。
秋吉は正面の机に居た。
その前まで進み、
「お手数をお掛けいたします。 楠木予備役大佐他2名参りました。 同行は、娘の睦と、呉鎮守府の鳳翔であります。」
「おお、来たか。 待ちわびたぞ。 まあ、楽にしてくれ。」
といってソファーへ座るよう、案内された。
「紹介しておこう。 ワシの秘書艦の、赤城だ。」
「大佐、よろしくお願いいたしますね。」
「赤城ちゃん・・・・・」
と鳳翔が思わず声を発した。
「鳳翔さん、おひさしぶりですね。」
赤城が懐かしそうに答える。
「そう、横須賀に居たのね。元気してるの?」
「はい。元気モリモリ、ご飯もモリモリです。」
にっこりと微笑みながら答えた。
「久しぶりだな、睦月も。 いや、今は睦ちゃんだったな。」
「はい。中将さんもお元気そうです。」
にこやかに挨拶が済んだところで秋吉が口を開いた。
「で。 話と言うのは何だ? 三人で来たという事は、どういう事だ?」
「はい。睦を連れてきたのは、久しぶりに中将にあわせてやりたかったから、です。 が、本論は、この鳳翔の事です。実は・・・・・」
秦は鳳翔が呉鎮守府で受けた事から順に話を始め、今、自分のところに身を寄せている事までを話した。
「・・・・・・という事でして、本日お願いに伺ったのは、この鳳翔の所属を、監督権を私に頂きたいと思いまして伺った次第です。」
秘書艦の赤城は手を口に当てて驚いていたが、秋吉は頭を掻いていた。
「う--ん、言いたいことは分かった。 だが・・・」
と言って1枚の紙を秦に見せた。
「これは?」
「読んでみろ。」
”宛:各鎮守府、発:呉鎮守府 本日未明、呉鎮守府より、空母鳳翔が精神に異常を来たし脱走。各鎮守府は発見次第、処分されたし。”
「な! なんですか、これは!!」
秦は驚いて声を上げた。
「鳳翔を連れてきたのが、貴様でなければ処分していたよ。」
「そんなっ!!」
「まぁ、怒るな。 貴様の話を聞く限りにおいては、この要請文も怪しくなるのだがな。鳳翔。楠木が言ったことは本当なのかね。君の返事如何によっては対応する内容が大きく左右されるのだが。」
秋吉の目が鳳翔を睨み付けていた。
「はい。間違いありません。本当の事です。」
「鎮守府でのやり方、運営は、その在地の提督に一任されているのは、知っているな。その範疇だ、と言われてしまえばそれまでなんだが、大前提として、提督は艦娘のよき理解者で有れねばならぬ、という不文律がある。本事案はそれを逸脱している、とも言えるな。」
秦は秋吉をくっと見つめて、
「では、どのように致しましょうか。」
と詰め寄る。
「一つの案として、要請文のとおり、ここで鳳翔を処分する。そしてその報告を流す。」
「それでは・・・!!」
秦が声を荒げる。
「ま、最後まで聞け。 そしてここ横須賀で新たな鳳翔が誕生する、という事にする。 そして、貴様を現役復帰させ、そのもとに転属させる。 何にしろ、現役の艦娘を予備役の人間に預ける事などできんからな。
二つ目の案は、貴様の案にもあったが、ここで解体して、処分したと報告する。人間となった鳳翔の保証人を貴様に任せる。 という事だ。
全てはここ横須賀鎮守府内での出来事だ。ちょっとやそっとでは、分かるまいて。」
と二つの案を出してきた。
「結局は、貴様の元に鳳翔を置くことになる。 それはそれでいいんだろ?鳳翔。」
「はい。」
「では、どちらか、だが・・・・」
鳳翔が意を決して答える。
「・・・では、解体を、お願いいたします。」
「ん、なんだ? 決めていたのか?」
「はい。提督に、楠木大佐にお会いして、お話を聞いて、決めていました。 解体、と。」
「理由を聞いていいかね?」
「はい。 理由は・・・睦ちゃんです。 元艦娘の睦ちゃんが、ここまで明るく、楽しそうに話、暮らしているのをみて、私は、何にこだわっていたんだろうって考えたんです。 艦娘では幸せになれない、なんてことは無いんだと、認識したからです。 だから・・・・楠木大佐の元に居れるのなら、解体してもいい、と。」
「そうか。 分かった。 その手続きを進めよう。」
「ありがとうございます。」
鳳翔が深々と頭を下げた。
「ところで、楠木。」
「はい?」
「やはり、貴様は艦娘殺しだな。 その辺は、昔のままだな。」
がははははっと大きな声で笑っていた。
ひと笑いした秋吉が真剣な目をして言い放つ。
「だが、この要請文の内容に疑義があることが分かった。このままにしておくことはできん。早急に呉の内部調査を行い、運営を元に戻さねばならぬ。 ワシはここを動くことが出来ん。」
秋吉が秦をじろっと見る。
秦は、いやぁ-な予感がした。
「中将の次の言葉は、聞きたくないのですが・・・・」
「お、察しがいいな。 その通り、貴様を呉に送るんだ、提督としてな。」
(やっぱり・・・・・)
「中将、それは、ご勘弁を。」
「ん? 貴様に拒否権があると思っているのか? このワシをタダで働かせる気か? ん?」
秋吉は勝ち誇った顔で秦を見ていた。
秦は・・・・
「分かりました。 そういう事なら、致し方ありませんね。 謹んでお受けいたします。」
諦めるしかなかった。
「そうと決まれば、呉の方はワシが手配する。 で、鳳翔の解体は、なしだ。」
「「は?」」
秦と鳳翔は狐に抓まれたような顔をしている。
「鎮守府に行くのに人間だけでは心もとないからな。 呉に行ってから貴様が解体をしろ。それでもいいだろ? 鳳翔?」
「はい。構いません!」
パッとにこやかな顔で答えた。
「だったら、初めの案というのは・・・・・」
「結局、一案になるな。 悪く思うなよ。 貴様の話を聞いてから考え直したんだからな。」
執務室には秋吉の高笑いの声が響いていた。
赤城も含めて四人は、呆れて声も出なかった。
秦はがっくしと肩を落とし、鳳翔は秦の元に居れることになったことで嬉しそうに笑っていた。
睦も鳳翔がウチに来る?ことになって嬉しそうだった。
気がつけば既に外は暗く、日も落ちていたため、三人は横須賀鎮守府に泊まることになった。
夕食は、横須賀の間宮食堂で摂った。
当然、周りは横須賀の艦娘ばかりであった。
「誰?」
という視線は痛いほど刺さってくる。
舞鶴でも呉でも食堂があったが、こうまでも痛い視線のなかでの食事はなかなか体験できないものであった。
秦が耐え切れなくなり、
「え~っと、秋吉中将の、昔の部下だった、楠木です。今日は所要でこちらにお邪魔してるよ。よろしく。」
と挨拶?をした。
「こっちは娘の睦。こっちが鳳翔さん。二人もよろしくね。」
睦と鳳翔は会釈をした。
鳳翔は、横須賀の空母娘と顔見知りだったこともあって、こちらの艦娘と談笑していた。
夕食を終え、三人はお風呂に入ることにした。
お風呂は、提督用を借りた。
「じゃあ、お先に頂くよ。」
と言って秦が先にお風呂に入った。
「ふぅ。 気持ちい-。」
ガラッ! と勢いよく扉が開き、睦が入ってきた。
「ワァ-い! 久しぶりにおっきなお風呂だ。」
「な! お前も来たのか? ったく、はしゃぎ過ぎだぞ。睦。」
と注意する。
が、次に、ガラリとゆっくりと扉が開いた。
鳳翔だった。
タオルで身体を隠して・・・
「お邪魔しますね。 提督・・・。」
えっ、と秦の目線が入ってくる鳳翔へ向かった。
「やだ・・・ 提督・・・ あんまり、見ないで、ください・・・ 恥ずか、しいです、から・・・」
と顔が赤くなっていく。
「あ、ああ、ごめん。 向こうを向いるよ。」
秦の顔も赤くなっていく。
その二人を睦が冷めた目で見ている。
(もう、この二人は・・・・)
「鳳翔さんは艦娘用のお風呂を使っても良かったんだけど・・・。」
「いえ、損傷している訳ではありませんので、大丈夫です。」
湯船の中で、鳳翔も睦も、秦に寄り添い、それぞれ片腕に抱き着いてきた。
秦の腕に睦の、膨らみ始めた胸があたる・・・
一方の腕には鳳翔の、大きくは無いが張りのある胸があたっていた。
(この感覚は、なんとも言えんなぁ・・・)
「こんな時間、そうあるものじゃありませんから・・・・ こうしているだけでも、安心します。」
「あたしもだよ。」
二人はしっかりと抱き着いていた。
秦は二人のだっこちゃん人形と化した。
入浴後、三人は、艦娘用の四人部屋を借りた。
艦娘用とは言え、一部屋に三人で寝るのは初めてであった。
ベットに入りながら今日の出来事を振り返っていた。
「呉が、あんなにも早く鳳翔さんの処分の連絡を入れていたなんて、思わなかったよ。」
「私も驚いています。 そんなに悪いことをしたんでしょうか?」
「呉提督の癪に触っただけ、のような気もするけど・・・」
「それで処分って、ないんじゃない? ひどいよ、それ?」
「そうだよなぁ」
「でも・・・ 鳳翔さん、ウチに来たのが良かったんじゃない? ね、父さん?」
「それは、これから次第だなぁ。 とりあえずはってところかな。」
「私はよかったと思います。 提督に出会えて。 何の異存もありませんから。」
鳳翔はそう言ってくれる。
しばらく三人で話し込んでいたが、昼間の緊張感と虚脱感の影響からか、すぐに寝入ってしまった。
翌日、朝食を済ませ、執務室の秋吉に挨拶に赴いた。
「おはようございます。中将。 昨日はありがとうございました。 これより戻ります。」
「おお。お疲れさん。 鳳翔の件はこちらでやっておく。 呉の方はまだ時間が掛かるから、別命あるまで現状でな。 それから貴様の復帰については今日、申請しておくからな。」
「お手数をお掛けいたします。 それでは失礼します。」
と言って三人は執務室を後にし、帰宅の途に就いた。
帰りの列車の中で睦と鳳翔が秦と向い合せに座っていた。
睦が秦に聞いた。
「父さん、これで良かったの?」
「う-ん、どうだろう。 鳳翔さんが俺の元に居る、と言う点からすれば、良かったんだろうけど・・・・」
「はい。私としては、良かったと。 ただ、提督が、無理やり呉の後始末をさせられそうなのが、申し訳ないのですが・・・」
「そうなんだよねぇ・・・ 結局、中将の思惑に嵌った、と言った方がいいんだろうなぁ。そうすると、ちょっと悔しい気もするが。」
「あたし的には、OKです!!」
睦が元気よく、返事をする。
「私も、私的には、OKですよ。」
と鳳翔も答える。
二人してOKという。
「あ~、二人して俺をいじめる気だなぁ。くっそぉ。」
いじけてみせる秦である。
「ふふふ。 提督。不束者ですが、末永く、よろしくお願いいたしますね。」
「ああ、こちらこそ、末永く、よろしくね。」
(ん? 父さんと鳳翔さん、二人とも末永く?)
秦と鳳翔の視線が合う。
二人の頬がほんのりと赤くなったのを睦は見逃さなかった。
三人が家に着くころには、空は晴れ、綺麗な夕焼けになっていた。