ハズされ者の幸せ   作:鶉野千歳

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憲兵本部に連行された秦。
残された鳳翔たち。
秋吉や赤城が手を尽くすが・・


二人の幸せ

憲兵本部。

ここに秦が連れてこられていた。

取調室に、秦と憲兵2名の三人がいる。

 

「外は今日もまた一段と寒いですな。」

 

それで・・・と。

 

「敵との内通の事実は無い、と言うのですな?」

 

「そうだ。 そんな事実は無い。」

 

「本当かね? 火の無いところには煙は立たない、とも言うぞ?」

 

「内通の事実は無い。 何度聞かれても、同じことを答えるだけだ。」

 

こんな調子で1日中、朝から夕方まで続く。

明らかに、目の前にいる憲兵の意図を感じる秦だった。

 

「ところで、提督。 食事を召し上がらないそうですな? なぜです?」

 

「私は、命を大事にしたい、と思っているだけだよ。 望まぬ死を受け入れるほど人間が出来ているわけでは無いのでね。」

 

直接的な言葉は言わないが、過去の憲兵や公安に属する輩の常套手段で命を落とすことは避けたかった。

つまり、毒を盛られることを恐れていた。

 

「我々憲兵も、そのような無茶はしませんよ。 信用してくださいよ。」

 

そう言われても、現時点で、信用するなど秦には出来なかった。

留置所での食事に手を付けない秦だった。

2,3日はどうという事は無いが、日数がかさめば、身体がついてこなくなる。

(さてさて、いつまで我慢できるかな)、と思っていた。

 

 

その頃、秋吉は、反元帥派の面々に連絡していた。

なんとか無事に秦を解放するために、動いていた。

反元帥派に連絡し尽くし、中道派にも連絡していった。

さらに、会議には出席していなかった、各地の提督にも声を掛けて行った。

その中には、大湊の立華もいた。

 

「秋吉提督、話は了解しました。 私の方でも動きましょう。 まだ戦闘が続くというのに、大本営のヤツらは、大バカすぎますな。」

 

と。

協力を惜しまないと言ってくれた。

しかし、具体的な動きがないまま、日数だけが過ぎていった。

秋吉が連絡しまくった先に、地方自治体がいくつかあった。

そう。 避難作戦を行った、あの小笠原を管轄する自治体も含まれていた。

知事からすれば、島民の非難を、犠牲も出さずにやってくれた秦を”英雄”扱いにしたかったのだが、大本営に拒絶されていたこともあって、秦の無罪放免に動いてくれることになった。

その動きは、知事から自治省に繋がり、内閣にまで話が上がっていった。

この国の海軍は、文民統制が基本となる軍隊だったため、内閣総理大臣にまで上がった話が、今度は国防省から軍隊へと降りていくことになった。

国防大臣に、元帥が呼ばれた。

 

「軍隊の詳細には、首を突っ込むことは無いが、無実の者を罪に問うという、冤罪を、軍は平気で犯すのかね?」

 

「はははっ。 大臣は何をおっしゃっているのか、理解に苦しみますな。」

 

「分からないのかね? この件は、内閣まで上がっている話なのだがね? では、はっきり聞くが、憲兵本部に勾留している楠木提督は、何の罪なのかね?」

 

「アヤツは、敵との密通の疑惑ですよ。」

 

「ほほう。 疑惑という事は、確固たる証拠は無いのだね? 無いのならば冤罪だね?」

 

「何を根拠に。 現在、調査中ですからね。 証拠は見つかりますから。」

 

「彼の勾留から既に1週間以上が経過しているそうじゃないか。 それでも証拠は見つかっていないのであろう? 」

 

「大臣もしつこいですな。 軍内部にまで口を挟まれるのは、いかがですかな?」

 

「それを言うなら、文民統制が原則なのだ。 軍による統制が唯一ではないのだよ? 軍の最高指揮官たる首相の意見を伝えているのだ。 それに反するのだね? 元帥は。」

 

「いや、反するなどと、何を言われる?」

 

「聞くところによると、元帥は、かなり無茶をしているようだね? 大臣である私のところに、軍高官から意見書がいくつも届いておるよ。 あなたは、無茶をし過ぎているようだね。 ここいらで潔く身を引いてはどうかね?」

 

「それは、私に引退をしろと、言われるので?」

 

「有態に言えば、そう言う事になるかね。」

 

「そのようなことは聞き入れかねますな。 何の権限があって・・・・」

 

「元帥、あなたもくどいですな。 これは首相からの命令ですぞ。 文民統制を嫌がるのなら、それはそれでも結構だが、我が国を相手に、あなたに付く者はどれだけいますかな?」

 

ここまで言われて、元帥はようやく気付いた。

全てにおいて根回しが出来ている事に。

もう、逃げ道すらない事に。

 

「くっ、これは楠木からの情報漏れですかな?」

 

と大臣を睨みながら言うが・・・

 

「何を言っている。 さっきも言った通り、あなたと数名を除くほぼすべての将官の意見であり、国民の意見だよ。」

 

この会談をもって、元帥の引退が決まった。

 

そんな会談が行われている裏で、秦もある男の面会を受けていた。

すでに勾留が10日を有に超え、断食を続ける秦の体力は、そろそろ限界に近づきつつあった。

動きが鈍い秦に対してその男が言った。

 

「生きているか、楠木? この頑固者め。」

 

なぜか、官僚言葉でも憲兵らしい言葉づかいでもなかった事に違和感を覚えた秦だった。

男は、帽子を取って、頭を掻きながら、

 

「覚えてないかぁ。 ほれ、お前んちの2軒隣の井藤だよ?」

 

「え?」

 

まじまじと見る。

 

「お前さん、昔っから意固地の頑固者だったよなぁ。 俺の親父にも怒られたのに意地張りやがってさぁ・・・・」

 

そう言えば・・・そんなことがあったな、と。

 

「え? あの井藤のヒデボンか?」

 

「ああ。 やっと思い出したか? この頑固モン!」

 

容赦のない言葉だ。

 

「ヒデボンが、なんで、ここに居る?」

 

「俺は、いま、ここの本部長をやっている。」

 

「へ?」

 

驚いた。 正直、驚いた。

まさか、幼馴染が憲兵本部長とは!!

 

「ちょっとした調査で遠出している間に、お前さんがここに入ってるとは思わなかったぞ?」

 

「ははは。」

 

「大丈夫か? と言っても、10日以上、飲まず食わずだって? この寒い時期なのに、よく生きてんな、お前。」

 

「扱いは酷いけどな。 まだ生きてるよ。 帰るって約束したからな。」

 

「そうか。 お前さんがここに居ると聞いて、調べさせたんだが、証拠はないし、疑惑は元帥とやらの嫉妬だな。」

 

井藤の役職権限を使えば、簡単に分かったことだ。

 

「そうだろうな。」

 

「なんだ? 分かってたのか?」

 

「ああ。 自分の事だからな。」

 

「それだけ喋れたら、まだ大丈夫だな。 今日からは飯をちゃんと食え。 俺が責任を持つから。」

 

「信用していいんかい?」

 

「ああ。」

 

そう言って井藤の顔が笑った。

 

「ん? なんだ?」

 

「どうも聞くところによるとだな、お前さんがここに来てからずっと、ひとりの女性が面会を求めてきているらしい。」

 

「!?」

 

「和服姿の後ろ髪の長い女性だそうだ。」

 

(そうか・・・)

 

「いつもは入口で追い返していたそうだ。 明日からは面会させるからな。 いいな?」

 

「おう。 ありがとな。」

 

「良いって。 ただ、正式な手続きには時間が掛かるからな? もうしばらくはがんばれよ?」

 

そう言って面会は終わった。

改めて、なんであいつが本部長なんだ、と思っていた。 確かに、世渡りは上手かったけどよ?

しかしながら、秦の体調はその日の夜から悪化した。

飲まず食わずが10日以上続くと、さすがに体力的にも精神的にも、無事なわけがなかった。

だから、面会も出来ずに、さらに数日が過ぎた。

そして・・・

「楠木提督、釈放です。」と言って扉が開いた。

 

「し、しゃく、ほう・・・」

 

既に自力で立てる状態ではなかったので、監視員の肩を借りて外にでた。

応接室にやってきたが、そこには既に井藤がいた。

秦はその姿は確認した。

が、他に何人かの気配を感じたが、意識は朦朧としていた。

 

「楠木、遅くなったが、これで無罪放免だ。 よく耐えたぞ。」

 

と秋吉が迎えに来ていた。

 

「秋吉提督、こいつをよろしくお願いします。」

 

と井藤が言った。

さらに・・

 

「面会も出来ないような状態になってしまって、いつもの女性にはお詫びしておいてください。」

 

「ああ。 了解した。」

 

すぐさま車に秦を乗せ、横須賀へと急ぎ帰って行った。

 

横須賀鎮守府では、秋吉からの連絡を受け、執務室で睦が待っていた。

そわそわしながら待っていた。

鳳翔は、というと今まで厨房にいた。

(帰ってくる、あの人が、帰ってくる。)と嬉しさ半分で、涙を浮かべながら、飲まず食わずだった秦の為に、胃にやさしい食事を作っていた。

出来上がった料理を持って執務室まで来ていた。

もっとも、秦がいきなりアツアツの料理を食べれるとは思っていない。

まずは、ひと肌くらいの温度でないと、と思っていた。

今、鳳翔と睦の二人が、待っていた。

そこへ、鎮守府に1台の車が到着した。

秋吉と赤城が秦を抱えて降りてきた。

そこへ・・

「あなた!!」と叫びながら鳳翔が飛び出してきた。

そして、秦に抱き着いた。

 

「あなた、無事で・・・」

 

と言って涙が止まらない。

しがみついても、なおも止まらない・・・

睦も抱き着いてきた。

 

「父さん!! お帰り!!!」

 

こちらも涙だ。

そして・・ 秦が、力なく、二人を包む。

 

「た、だい、ま。」

 

どこにそれだけの水分があったのか、と思うほど涙を流している。

話を聞きつけた艦娘たちも集まってきていた。

 

「お帰りなさい、司令官!!」「おかえりぃぃぃい」

 

「すまないが・・・ 腹、減った・・・」

 

「はい! 用意出来てますから!!!」

 

と。

食事を終え、自室のベッドで眠る秦を、鳳翔と睦がベッドサイドで見つめていた。

 

「お帰りなさい。 あなた。」

 

と涙を流しながら。

 

「お帰り。 父さん。」

 

と睦も涙を流していた。

そこへ、秋吉がやってきた。

 

「入るぞ?  すまんが、ちょっと、いいかな?」

 

「はい。」

 

と答えながら、涙を拭った。

そして、秋吉が言う。

 

「これからの事だが、実はな・・・・・」

 

と話し始めた。

二人はそれを聞いて驚いた。

 

「「えっ!?」」

 

 

次の日。

朝から雨が降っていた。

そこそこの大雨だ。

雨粒が地面を叩き、水たまりができていた。

その雨音を超える声がした。

 

「しれーかん、邪魔するよ!!」

 

と言って扉を激しく開けて朝霜が入ってきた。

が!

執務室には誰もいなかった。

 

「あれ? 誰もいないじゃん。」

 

時刻は0900を過ぎている。

通常ならば、執務が始まっている時間だ。

そこへ赤城が入ってきた。

 

「あら、朝霜ちゃん。 朝からどうしたの?」

 

「ねぇねぇ、しれーかんは? 鳳翔さんは?」

 

「あら? 楠木提督は療養でしばらくここ横須賀にはいないわよ。 お母様は当然、付添よ?」

 

「え? そうなの? 横須賀にいないの? なんで?」

 

「みんなにこれ以上、無様な姿を見られたくないって。」

 

ニコリとして言う。

 

「ええ~????」

 

「大丈夫よ。 元気になれば戻って来るわよ?」

 

「そうかも知れないけどさぁ・・・」

 

ぶー垂れる朝霜であったが、

 

「ふふふ。 朝霜ちゃんはしれーかんの事が好きなのかな?」

 

「ぶ!」赤城の一言で顔が赤くなった。

 

「もう! 赤城さんてばっ!」

 

そう言って出て行った。

入れ替わりに秋吉がやってきた。

 

「おはよう。 赤城。」

 

「おはようございます。 提督。」

 

「もう、楠木は出たのか?」

 

「はい。 昨夜のうちに、お母様の艦で。 雨に紛れて出航しました。 行先は聞いておりませんが・・・・」

 

「行先は、ワシも知らんのでな。 鳳翔に任せてあるからな。」

 

ニヤリとする秋吉だった。

昨夜のうちに、鳳翔が秦を連れて、ここ横須賀を離れていた。

 

「そうですか。 なら、大丈夫ですね。」

 

「睦ちゃんも一緒だから、何も心配することはないだろ?」

 

そう言って秋吉は細く微笑んでいた。

 

「そうだ、由良を呼んでくれ。」

 

「はい。 由良さんですね?」

 

「ああ。 しばらく、楠木がいないから、ワシが代わりに指揮を執る事を伝えておかないとな。」

 

「じゃあ、伝えておきますね。」

 

「ああ。 頼む。」

 

そこへ、執務室の扉を叩く音がする。

 

「失礼します。 秋吉提督はご在室か?」

 

「おお、いらっしゃい。 井藤本部長。」

 

憲兵本部の本部長、井藤だった。

 

「昨日は、世話になったね。」

 

「いえ。 それほどの事はありませんよ。 私が居ない間にやられた事ですからね。 きっちり落とし前はつけさせますよ。」

 

と挨拶が交わされた。

本部長の井藤がいない間に、勝手に本部長印を使われ、知らぬ間に命令書を偽造されていたことが発覚し、現在、憲兵内部でも調査が行われていた。

 

「ところで、ご依頼の”呉”の件ですが、これが報告書になります。」

 

と言って、かなり分厚い書類を差し出した。

 

「ありがとう。 で、結論的にはどうなのかね?」

 

「そう、お急ぎにならなくても、大丈夫でしょう。 ・・・結果から言って、横領の事実は見つかりませんでしたが、それ以外の不正は見つかりました。 それに・・・ここは、かなりブラックですな。」

 

「そうか・・・ ブラック、と。」

 

「提督は、これを受けてどうされるので?」

 

「策はあるんだがな・・・」

 

とニヤリと笑った。

それを見て井藤がフフフと不敵に笑った。

 

「提督もお人が悪い。 楠木をやるつもりですな? ヤツはまだ病人でしょうに。」

 

「ははは。 ばれたかね。 ワシとしてはそうしたいんだがね。 ま、ヤツがいつ戻ってくるか、なんだがね。」

 

「ヤツならば、私としても太鼓判を押しますよ。」

 

秦の次の仕事が決まった。

そう言って二人は笑っていた。

 

 

ここは横須賀から遠く離れた、秦の実家。

ここに来てから数日が経っていた。

もちろん、秦の療養が目的だ。

この地域は、冬になると何回か雪が降る。

そんなに積もることは無いが、今はうっすらと、一面銀世界になっていた。

 

居間のこたつに足を突っ込んで、座椅子にもたれたまま眠っている男が一人。

寒くないように毛布が掛けられている。

その毛布が・・・スー、スーっと男の寝息に合せるように、同じタイミングで上下している。

そして・・毛布の隙間から長い黒髪がはみ出ていた。

見てくれもなにも、男とは違う髪だ。

毛布が・・男の身体よりも、盛り上がっている。

そう。

もう一人いたのだ。

座椅子で眠るのは秦。

飲まず食わずだった時に比べ、いくらかは顔色も良くなっていたが・・・。

秦にもたれて、、抱きついて眠るのは鳳翔。

秦の療養にと、鳳翔が選んだのは秦の実家だった。

ここなら、海からも離れ、潮の香りもしないから、休んで英気を養うにはいいだろう、と思ったからだった。

眠る秦の胸に、満面の笑顔の顔を埋めている鳳翔だが、その顔は、秦からだけ見えるように毛布が掛けてあった。

秦の顔は頬が緩んでいるように見える。

その二人を呆れるように、微笑んで見ている睦と母親がいた。

 

「もうお昼なのに、まったく、この二人は・・・」

 

「まぁまぁ、この二人が良かったら、ええんや。 そやけど、睦ちゃんの妹か弟は、まだまだ先やな。」

 

「えぇ~~、そうなの?」

 

そんな会話が交わされている事も知らず、よく眠っている二人。

春まだ遠い冬の一日、縁側から差し込む陽が暖かい、小春日和となったこの日。

この二人だけは満足だった。

そして・・この二人のまわりだけは、穏やかな時間が流れていた。

 




これにて「ハズされ者の幸せ」は終話となります。
今までお読み頂き、ありがとうございました。

話の中にもあったように、秦の次の仕事が決まっていますが、そのお話はまた、いつかの時に書きたいと思います。
次は、二人の幸せな日常を追えれば、と思います。

それでは、またの機会に。

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