ハズされ者の幸せ   作:鶉野千歳

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ケッコンし、幸せな時間が訪れる、ハズが・・
秋吉が退院してきた。
そして、秦を嫌う元帥も・・

横須賀鎮守府において、理不尽な事件が発生する。



幸せの前に

先の戦闘から半年あまりが過ぎたこの日、秋吉が退院してきた。

摘出手術は成功し、術後の経過も良好、とのことだった。

退院後、秦の執務室に直行してきた。

何の前触れもなく、

 

「入るぞ」と。

 

中に居た、秦、鳳翔、由良もいきなりの事で驚いた。

 

「だ、誰かと思えば、提督ではありませんか! いつ退院されたんですか?」

 

「はははっ、驚いたか! さっき、退院したばかりだ。」

 

秦は、一応、そう聞くが、疑いはあった。

鳳翔も含め、みな疑いの目で見ていた。

 

「ん? お前さん達のその顔はなんだ? 信じてないな? じゃあ、赤城、応えてやってくれ。」

 

後から入ってきた秋吉の秘書艦、赤城が呆れ顔だった。

 

「もう! 提督ったら、ちゃんとお話ししてくださいね。 また、私ですか?」

 

「ははっ、悪いな、この癖は治らんわい。」

 

”むぅ”と赤城が膨れている。

 

「まったく、もう。 では、お話します。 確かに、ドクターから退院の許可をもらっていますし、病状も完治したと見て良いだろう、との意見をもらっています。」

 

「そうでしたか。 完治と。」

 

秦たちはホッと胸を撫で下ろした。

 

「で、その足でここ、執務室ですか?」と鳳翔が聞く。

 

「いやぁ、毎日、毎日、赤城が気にしててなぁ・・・”私が居なくても、ちゃんと運営できてるんでしょうか?”ってな?」

 

「!」

 

「よく言いますね、あ き よ し ていとく!」と強めの口調で赤城が言う。 

 

さらに、

 

「”ワシの後はちゃんとやってるんだろうか”、とか言って、毎日毎日、気にされていたのは、どこのどなたでしたっけ??」

 

「う・・ そこは、黙っとれ、と言ったろうに。」

 

「嘘はいけませんよ、嘘は。 違いますか??」と上から目線になっている赤城だった。

 

その勢いに押されて「わかったわい・・・」と押し切られた秋吉だった。

 

そのやり取りを見ていた三人は、ぷっっと噴き出して笑ってしまった。

 

「提督も、ひとの事、言えませんね。 あはははは!」

 

「お前らなぁ、ちょっとは労ってくれても?  ま、ええかい・・・。」

 

そんな会話の中で、秋吉が気が着いた。

鳳翔と秦の左手薬指に指輪が光っている事に。

 

「そうか。 楠木は鳳翔と、か。  話は聞いていたが・・・ それが、お前たちの答え、なのだな。」

 

「ええ。」

 

秦と鳳翔が見詰め合って、応えた。

 

「そうならば、ワシがとやかく言う事は無い。 すでに、お前たちの人生だからな。」

 

そう言って、秋吉は自らを納得させた。

鳳翔が秦に寄り添い、

 

「これが、私たちの幸せの第1歩と思っています。」と。

 

そう言って二人は見つめて頷いていた。

 

 

そして、大本営では重傷を負っていた元帥が復帰してきた。

昔と変わらず、威張り散らしたいヤツが帰って来たのだ。

そして、いきなり、会議で秦を解任せよ、と吠えた。

理由は、首脳部に大きな損害を与えた作戦遂行能力の不足、と、秦一人の手柄となった事への妬みから来る、秦への疑惑のため。

会議に出席した面々から、いつの話だよ、と諫められたようだが、そんな意見には耳を貸さず、己の失敗にも係わらず、他人の所為にした。

また、秦への疑惑は、我が海軍へ恩を売るために、敵と内通し、自身が活躍したように見せかけた、と。

とんでもない話だった。

秦が敵と内通することはなかったし、そんなそぶりも見せてはいない。

秦は、ただ、純粋に、敵を攻撃したに過ぎないのに・・・・。

元帥は、即刻実施せよ! と吠えまくったようだが、そうはならなかった。

疑惑はあくまでも疑惑であり、確定ではなかった。

大本営の陣容は・・・ 昔のような、元帥の意を汲む連中ばかりではなかった。

とは言え、元帥に対して強く反発する者も数は少なく、大半は、元帥にも、反対派にもつかない、中道派が多かった。

このため、元帥の意向は、半分聞き入れられ、半分は却下される格好に落ち着くことになった。

当然、秋吉は抵抗した。

戦闘による被害は、個人によるものではなく、敵によるもので、秦には何の落ち度もない事を、懇々と話した。 また、疑惑のような事は、あるはずが無いと話したが、元帥他は聞く耳を持たなかった。

大本営での会議はその後も続いた。

その結果は・・・・

 

会議後、秋吉は、その足で秦に会いに向かった。

 

「楠木は居るか?」

 

「はい、なんでしょう?」

 

と秦が答える。

 

「おお。 いたか? 短兵急で申し訳ないが、身辺を整理してくれ。」

 

「「は?」」

 

秦も鳳翔も、赤城も、何を言っている? という顔をしていた。

 

「大本営会議で、貴様に、敵との密通の疑いあり、として、憲兵による取り調べが行われる。 いや、憲兵では無いな。 もはや元帥直属の私兵だな。」

 

「な!?」

 

「敵と密通なんて、ありえませんよ!!」

 

秦が怒気をはらんだ声を上げる。

 

「そんな事は分かっている。」

 

「これは、元帥の妬みだよ。 はっきりいってな。」

 

秋吉が大本営会議の状況を説明した。

それを聞いて、赤城も鳳翔も、呆れにもにた溜息をついた。

 

「やはり、私はまだまだ、目の敵にされているのですね。」

 

「すまんな。 いろいろ抵抗はしたのだが、な。」

 

「で、どうしますか?」

 

と鳳翔が聞く。

 

「どうもこうも無い。 今ここから逃げれば、奴らに”密通は本当だった”と思われる。 それだけは避けなければ。」

 

「では、素直に、取り調べに応じる、と。」

 

鳳翔の声が低い。

 

「・・そうだな・・」

 

俯き加減で答える秦を、胸の前で手を重ねている鳳翔が見つめていた。

 

「証拠があるわけでは無いから、殺されることは無いだろう。 その代り・・・」

 

「そうだな。 軍籍剥奪の可能性もある、か・・・」

 

と秋吉が続ける。

 

「ええ。 退役では納得しないでしょうからね。 前回の事もありますし。」

 

そこまで言って、鳳翔を見た。

 

「鳳翔。 もしもに備えて、指示を出しておく。 これより秋吉提督の指示に従うように。」

 

「!?」

 

「それは、そうですが・・わ、私も、お供します!」

 

「付いては来れないからな。 ここ、横須賀で待っててくれ。 大丈夫、必ず戻るから。」

 

そう言い終わると同時に憲兵、もとい、私兵が入ってきた。

 

「失礼する。 楠木准将ですな? 敵との密通の疑惑につき、我々と一緒に来ていただきたい。 抵抗すると容赦はしませんぞ。」

 

と言って付添の兵士が秦に銃を突き付けてきた。

 

「まずは、君の所属、官、姓名を名乗ってもらおうか。」

 

「ふん。 反乱分子めが。 貴様に名乗ることもないわ。」

 

「そうかい。 では、憲兵の少佐風情が、将官に対する言動ではないな? 本件は憲兵本部が行っている事なんだな?」

 

「そ、そうだ。 憲兵本部長の命令である!」

 

少々、言葉が詰まる、憲兵の少佐。

秦は、何かある、と確信する。

 

「間違いないんだな? どの様な証拠があっての事か、説明してくれるんだろうな?」

 

「それは、一緒に来ていただければわかる。」

 

と説明すらしようとしない。

 

「こちらが黙っていれば、いい気になって!!」

 

と鳳翔がキツく言うが、憲兵は意に介さない。

 

「艦娘に用はない!」

 

「ただの艦娘ではないぞ。 提督の秘書艦は、佐官位を持つ。 それをわかっての言い草なんだな?」

 

と秋吉が憲兵に対して威嚇の態度をする。

秦は目を瞑り、しばし考えていたが、

 

「良かろう。 こちらから赴いてやる。 それでいいだろう?」

 

「了解だ。」

 

「そんな! 提督??」

 

驚いたような表情をする鳳翔だが、秦の顔は・・落ち着いているように見えた。

 

「では、秋吉中将、行ってきます。 後の支援、お願いします。」

 

そう言って頭を下げた。

 

「ああ。 任せておけ。」

 

そう秋吉が返答すると、憲兵3人とともに秦が出て行った。

 

「提督、提督!! あなた! 待ってください!! 待って!!」

 

と鳳翔が追いすがってきそうだったが、

 

「ちょいと行ってくるよ。 帰るまで待ってて。 あと、睦のこと、よろしくね。」

 

とニコリと微笑み、出て行った。

鳳翔が、秦が出て行った扉を、絶望に近い思いで見つめ、その場で立ちつくし、拳を力いっぱい握っていた。

 

「そんな・・・」

 

「赤城? 楠木の無実を訴える準備を始めてくれ。 ヤツは今の海軍には必要だからな。」

 

「はい! 提督。」

 

と返答をして、鳳翔に話しかける。

 

「お母様、大丈夫ですよ、きっと。 ですから・・。」

 

「ええ・・・」

 

そう返事をするものの、その顔は、今にも泣きそうであった。

そのうち、耐えられなくなって、ううぅぅ・・と泣きながら、ソファーに倒れ込んだ。

そこへ、たまたま通りがかった睦が入ってきた。

 

「ねぇ、父さん、出かけたの?」

 

と。

しかし、部屋の空気は、重かったし、鳳翔がソファーに倒れ込んで、肩を震わせて泣いていた。

 

「ど、どうしたの? お母さん!? ねぇ、赤城さん、何があったの??」

 

当然、その状況からして、赤城に問うた。

赤城が秋吉を見た。

その秋吉が無言で、頷いた。

 

「実はね、睦ちゃん、・・・・・」

 

赤城が睦に、全てを、包み隠さず、話した。

 

「そ、そんな! ま、また、またなの? 提督さん! またなの?」

 

睦が声を張り上げて、机を叩き、秋吉に詰め寄った。

 

「睦、スマン・・・」

 

そう。

睦は知っている。

秦の前任地である舞鶴でのことを。

そこでの出来事の繰り返しだ、と、思った。

睦も拳を握ったまま、立ったまま、涙を浮かべていた。

その顔は、理不尽に対する、怒りが現れていた。

 

「くっ。人って、大本営って、そんなに、父さんを悪者にしたいの!?」

 

睦が言ったその言葉は、その場にいる皆が思っている事だった。

睦が、倒れ込んでいる鳳翔の肩をたたいて、

 

「お母さん、泣かないで。 父さん、きっと、帰って来るよ。 ね? 一緒に待ってようよ。 ね、  お母・さ・ん・・」

 

声を掛ける睦も、悔しくて泣いていた。

怒りで叫びたいくらいだった。

顔を上げた鳳翔が睦を見て、

 

「睦ちゃん、 あのひと、あの人がぁあああ・・」

 

泣き叫びながら睦に抱き着いてきた。

鳳翔と睦の二人が抱き合って悔し涙を流していた・・・・。

 




いつもお読み頂き、ありがとうございます。
急にUA数が増えて驚いております。
せっかくお読みいただいているのですが、
この「ハズされ者の幸せ」は次話で最終話となります。

最後まで読みに来て頂けると幸いです。

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