ハズされ者の幸せ   作:鶉野千歳

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実家から届いた秦への手紙。
親戚からの見合い話に決着を着けにいくことにした秦。
三人での帰省となったが・・



帰省 ~見合い話、秦の決意~

今、秦、鳳翔、睦の一家三人は、秦の実家に向かって帰省中だ。

目的は・・・

秦の親戚連中が持って来たという、見合い話にケリを着けるため。

今朝は早朝から慌ただしかった。

朝食を済ませた後、執務室で

 

「前もって言ってある通り、今日から3から4日間、ここを空ける。 提督代理に加賀、秘書艦代理に由良、阿武隈の体制で運営するように。 緊急に連絡が必要なら私宛の携帯電話に連絡してくれ。」

 

「分かりました。 何かありましたら指示を仰ぎます。 道中、お気をつけて。」

 

と加賀が言ってくれた。

そう言って、三人は鎮守府を出てきたのだ。

秦は白の軍装。   軍人さんだからねぇ。

睦は白のブラウス、藍色のチェックのスカート。 しかも、かなりのミニだ。

鳳翔はというと・・・涼しげな、白地に花の刺繍がある訪問着を着て、手にはレースがついた白の日傘を持っていた。左手には、秦からもらった指輪をしていた。

横須賀鎮守府から横須賀駅まで車で送ってもらって、そこからは列車を乗り継いで行くのだ。

 

「前と同じだよね?」

 

と睦が聞く。

 

「そうだよ。 同じルートで帰るんだよ。」

 

「おばあちゃんに合うのも、久しぶりだなぁ。」

 

「私もお義母さんに合うのは久しぶりですね。 前はホンの一刻だけ、話しましたけど。」

 

「はははっ。 ま、今度も短い時間にはなるだろうけどね。 鳳翔の方は連絡してくれた?」

 

「はい。 ウチの両親にも連絡済です。 一応、明後日に行く、と言ってあります。」

 

「うん、上出来。」

 

横浜から高速度列車に乗り換えていく。

最高速度250kmで疾走する。

右側に霊峰・富士を見ながら列車は西に向かって走る。

所要時間は約3時間だ。

秦の実家は、関西地方にある。 最寄りの大都市は神戸だった。

高速度列車から更に乗り換えてほぼ1時間。

ようやく、秦の実家の最寄駅に辿りついた。

ここから徒歩で10分ほどで到着となる。

実家についたのは午後も2時になろうとしていたころだった。

 

「ただいま。 帰ったよ。」

 

と実家の玄関を秦が開けて入っていく。

 

「ただいま!」と睦。

 

「お邪魔します。」とは鳳翔。

 

すると奥から母親が顔をだした。

 

「おや、帰って来たのかい? ま、上がんなさい。」

 

と広間に通された。

広間と言っても、畳敷きで12畳はあろうか。部屋の真ん中にテーブルがあり、蚊帳が掛かっていた。

 

「秦? お父さんに挨拶しなさい。」

 

「ああ。」

 

そう言って隣の仏間に向かった。

秦の父親は5年前に亡くなっていた。

死因は、肺癌だった。

仏壇に向かい、正座し手を合わせる。

すると、秦の隣に、睦と鳳翔が来て、同じように座って手を合わせた。

仏間から居間に戻った秦に、

 

「お昼は、食べたんか?」

 

「いや、食べないで来たから、腹ペコでさ。」

 

「そうか。 ほんなら、ちょうどよかったわ。 これ食べなさい。」

 

と言ってテーブルの蚊帳を外した。

そこには、大皿に盛られた、巻き寿司があった。

食べる前に、秦が母親に報告したいことがあった。

 

「お袋、食べる前に報告やねんけど。 実は、俺、この鳳翔とケッコンしたからな。 よろしく頼むわ。」

 

とぶっきらぼうに言った。

面と向かって言うのは、恥ずかしいと秦は思っていたから、あえてぶっきらぼうに言ってみたのだ。

ところが、母親の方が一枚、上手だったようで・・・

 

「ん? ほうか。 鳳翔、あんた、こんなむさ苦しい男で良かったんか? あんたはそこそこ別嬪さんやしな。 無理せんでもええんやで。」

 

「はい。 お義母さん。 私には何の異存もありません。 秦さんは、私の、旦那さまの理想ですから。」

 

そう言って顔を赤めていた。

 

「それやったら、なんにも言わん。 あんたらは、もう立派な大人やし、わしはとやかく言わん。 好きにしたらええ。」

 

その言葉に、内心、驚いた秦だった。

 

「・・・お袋、えらい、あっさりしてんなぁ。 てっきり、反対するもんやと・・。」

 

「なんでや。 睦ちゃんの時やて、独身でいきなり10歳の女の子の子持ちになる、言うたときの方が驚いたわ。 ”娘”より”孫”の方が先に出来るなんてあるかいな。 それに比べたら、大したことあらへんわ。 ま、前にいたころから知ってるし、話もしたことあるからな。」

 

「なるほど。」と納得する秦。

 

「父さん、お腹空いた。 食べていい?」

 

「ああ、いいよ。 鳳翔も食べて。」

 

「はい。 頂きます。」

 

母親はお茶を出してくれた。

 

「ようやく私にも娘が出来たわけやから、喜んどかんとな。 お前にはもったいないくらいの別嬪さんや。 鳳翔、よろしゅうな。」

 

「はい。 お義母さん。 こちらこそ、不束者ですがよろしくお願いいたします。」

 

母親も、鳳翔も微笑んでいた。

大皿から小皿に取り分けていく。

三人で巻き寿司を食べていた。

 

「この巻き寿司、美味しいね。 中の具もいっぱいで美味し!」

 

太巻きほど太くは無いが、厚焼き玉子、椎茸、干瓢、茹でた海老、桜デンブが入っていた。

秦にすれば、お袋の味だったのだが。

 

「俺からすると、お袋の普通の味だけど。」

 

「あら、そんなこと言ってはダメですよ、あなた。 普通でも十分、美味しいですよ?」

 

「秦、そないなコト言うんやったら、食べんでよろし。 お茶だけ飲んどき。」

 

母親が怒った・・・。

 

「睦ちゃん、いっぱい食べや。 この男はほっといてええからな。」

 

秦が慌てて、

 

「いやいや、文句、言ってないやん。 ほら、美味しいし。 ほら。」

 

そのやり取りをみた、睦と鳳翔が笑っていた。

 

「はははっ。 父さん、頭上がんないのぉ。」

 

「ホントね。」

 

と言って二人で見あっていた。

 

「で、秦よ。 あの手紙の件で、遠縁の従兄妹が、今日の夕方に来る、言うてたで。」

 

「従兄弟って言うても、ほとんど会うことないやん。」

 

「従兄弟って?」

 

と睦が秦に聞く。

 

「ああ、お袋の父方の田舎で、俺からして5親等以上も離れてるんだけど、確か、お袋と同い年くらいの叔父貴がいるんだ。 田舎特有の繋がりってやつでな。 何でまた?」

 

「知らんわ。 今日、来る言うてるから、直接聞き。」

 

あっさり母親に返された秦だった。

 

「あ、そう。 また、めんど臭い・・・」

 

遅い昼食後、秦、睦が縁側に座って、吹き抜けるそよ風に身を任せていた。

 

「あ~、涼しいなぁ。」

 

「うん、気持ちいいね。」

 

鳳翔は母親とともに後片付けをしていた。

 

「鳳翔は、大丈夫そうやな。」と秦が呟く。

 

「そりゃそうだよ。 お母さん、家事はなんでもござれ、なんだからね。」

 

「そうだったな。」

 

そのうち、後片付けを終えた鳳翔が縁側にやってきた。

親子三人で、縁側でくつろいでいる。

そして母親が部屋の中でお茶を啜りながら三人を見ていた。

(ホンマに家族みたいやな・・)

 

そうしているうちに時間が経ったようで、玄関から声がした。

 

「おおい、居るか?」と。

 

秦が出迎えると・・

 

「ん? 秦君か! やぁ、立派になったなぁ!」

 

と遠縁の伯父貴だった。

秦にすれば、生まれてこのかた、話をしたことなんて2度くらいか? と思っていたのだった。

 

「はぁ・・」と言うしかなかった秦だった。

 

居間に通して、遠縁の伯父貴と向い合せに、秦、母親、睦が座った。

早速、遠縁の伯父貴が話し出した。

 

「秦君。 今は何をしているのかね?」

 

「今は、海軍横須賀鎮守府で働いていますよ。」

 

「おお、では、提督、だな!」

 

「まあ、一応・・・」

 

「君のお母さんにも、言った事だが、秦君、そろそろ身を固めてはどうかね? いい相手が居るんだがね。」

 

テーブルの上に、写真を出してきた。

そこに鳳翔がお茶を持って来た。

 

「粗茶ですが、どうぞ。」と。

 

「叔父貴、早速ですが、この話は無かったことにしてくれますか?」

 

「なぜだね? この御嬢さんは、私の知り合いの、県会議員の、・・・・」

 

「言いたいことは分かりますが、私は既にケッコンしていますので、話も聞く気にもなりません。 どうぞ、お引き取りください。」

 

「なに? ケッコンしてるってぇ? ホントかね?」

 

「ええ。 ホントですよ。 相手は、この鳳翔です。」

 

と秦が鳳翔を紹介した。

 

「はい。 秦さんとケッコンさせて頂いています、鳳翔と申します。」

 

と言って正座で手を着いて礼をした。

その左手の指輪が見えるように。

遠縁の伯父貴は鳳翔を見た。まじまじと見た。

 

「いつの間に・・・。 秦君、それでいいのかね?」

 

「はい?」

 

「確かに、この娘さんは美人だとは思うが、素性は知っているのかね?」

 

「ええ、ある程度は。 それが、なにか?」

 

「どこの馬の骨ともわからん娘を・・・」

 

「ちょっと待った!! そこまでにしてもらいましょう!」

 

と秦が怒気をはらんだ声を上げた。

 

「叔父貴こそ、この鳳翔の事を何も知らないでしょう? それで文句は言わせません。 見合いはしませんから、写真を持ってお帰りください!」

 

「!  ホントにいいのかね? 後悔しないね?」

 

「本当にいいんです。 後悔なんてしませんから。 どうぞ、お帰りください。」

 

「・・分かった。 この話は無かったことにしてもらおう。 秦君、後悔しても知らんぞ、私は。」

 

「くどいです。 どうぞ、お帰りください。」

 

「そこまで言うなら、失礼させてもらう。」

 

そう言って、遠縁の叔父貴は帰って行った。

納得していないのは、見え見えだ。 帰りの車のエンジン音が激しい。

(大丈夫かいな・・ 事故でも起こさなければいいが・・)

 

車を見送った秦と母親だったが、母親が・・

 

「秦よ。 お前の選んだ道やで、あの娘を不幸な目にあわせたらあかんで。」と。

 

「ああ。 そんなん、分かってる。」

 

玄関の前で帰りを待っていた鳳翔を見つめて、

 

「鳳翔と、決めた時点から、覚悟は決まってる。 これが、俺の行く道だと、ね。」

 

気が付くと、陽が山の向こうに沈もうとしていた。

 

「さ、家に入ろか。 長旅で疲れたやろ? 今日はゆっくり休みや。」

 

と母親の声を聞きながら、秦、鳳翔と母親は家に入って行った。

遅めの夕食を摂り、順々でお風呂に入った。

 

「今日は母屋で寝なさい。 2階の部屋に布団、敷いといたから。」

 

と母親に言われていた。

離れでも良かったのだが、母親のいう事を聞くことにした。

そして、就寝時、部屋に入ると、3枚の布団が並べて敷いてあった。

真ん中の布団がやや小さい。

明らかに、”川の字”になって寝ろ、という事だ。

 

「へへへっ、いっちばぁん!!」

 

そう睦が言って、真ん中の布団に潜り込んだ。

 

「あらあら、そんなに慌てなくても、いいのよ?」

 

「へへへっ。 はら、父さんもお母さんも、早く、早く。」

 

「はいはい。」「ったく」

 

そう言って秦と鳳翔が布団に入った。

睦が両手を広げて、秦、鳳翔と手を繋いだまま寝入ってしまった。

 

「お休み、睦。 お休み、鳳翔。」

 

「お休みなさい、あなた。」

 

秦と鳳翔は、睦を挟んで、お互いを見つめたまま、寝入ったのだった。

 


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