ハズされ者の幸せ   作:鶉野千歳

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横須賀・家族寮での生活の1日のお話。

以前の約束通り、睦の友達が遊びに来ます。



睦の友達

ダイニングルームで秦と鳳翔が向かい合って、朝食を摂っている。

目が合うたびに、微笑んで。

朝食を終え、秦が居間で一休みする。

鳳翔が後片付けを終え、睦を起こしにかかった。

 

「睦ちゃんを起こしてきますね。」と。

 

2階の睦の部屋にやってきた。

睦はまだ、夢の中だった。

相変わらず、寝相がいい。

ベッドの傍までやってきて・・・

 

「睦ちゃん、朝よ。 起きて。」と優しく声を掛ける。

 

が、いっこうに起きる気配はない。

そして・・・

フフフと不敵に笑った途端、

(こちょこちょこちょ・・・・・)

 

布団に手を突っ込んで、睦の脇腹をくすぐり始めた。

 

「!! くわぁ! わ、わははははははっ! は、ひぃい!! 」

 

と睦が声をあげた、いや、悲鳴に近い。

 

「起きなさい!」と鳳翔が声を掛ける。

 

「もう! 起きるじゃん! 毎日、まいに・ち・・ あれ? また、鳳翔さん?」

 

くすぐるのが秦ではなく、鳳翔だったことに睦が驚いていた。

くすぐりは秦と鳳翔が交互にやっていたのだった。

上半身を起こした状態で、

 

「えい!!」

 

「わぁ!」

 

鳳翔が飛び着いて二人してベットの上に倒れた。

 

「起きなさい。 もう朝よ。」

 

「わ、わかったよ、起きるから・・・・」

 

睦は気づいた。 鳳翔の左手の指に光るものがあることに。

 

「あれ? それ、その指輪・・・」

 

ふふっと笑って「提督にもらったの。」

(いつの間に・・・)

 

「え? じゃあ・・・」

 

「ええ。 提督とケッコンしたわ。 これからもよろしくね、睦ちゃん。」

 

頬を赤めながら鳳翔が答える。

一拍の間を置いて、今度は睦が鳳翔に抱き着いた。

 

「やったぁ! 鳳翔さん、おめでとう! これでお母さんって呼べるよ!」

 

「ふふふっ。 ありがとう。 さ、起きて朝ご飯にしましょ?」

 

「うん!!」

 

睦と鳳翔がダイニングルームに入ったそのすぐ後から秦が入ってきた。

 

「おう。 やっと起きたか。」

 

「あ、父さん!」

 

へへへっと笑いながら秦に抱きついた。

 

「父さん、おめでと。 やっと決心したんだね。」

 

抱きついたまま、涙を流していた。

睦は嬉しかった。

鳳翔が、自身の母となること。

自分の所為で秦が幸せにならないのではないかと考えていたことからの解放。

秦が睦の頭を優しく撫でる。

そして、両腕でキュッと抱きしめた。

 

「ありがとう、睦。 これで、三人で家族だぞ。 誰一人欠けることのない楽しい家族にしような。」

 

「うん!」

 

「睦ちゃん・・・」

 

二人を見ていた鳳翔の目に涙が浮かんでいた。

 

「鳳翔も、おいで。」と秦が誘う。

 

涙を浮かべた鳳翔がゆっくりと秦と睦に抱きついた。

”疑似三人家族”だったが、実質的にも形式的にも”三人家族”となった。

 

「これからも、よろしくな。 鳳翔、睦。」

 

「うん! 父さん、お母さん!」

 

「はい。 睦ちゃん、あなた・・」

 

しばらくの間、三人は抱き合ったままだった。

朝から、それはそれは熱い抱擁だった。

 

「さあ。 睦、朝ご飯を食べちゃいな。 それからでもゆっくり出来るから。」

 

「うん!」

 

今、ダイニングで睦が朝食を摂っている。

そのそばで鳳翔と秦がニコリと見ていた。

まるで父と母が娘を見るように。

睦は、母が出来たことに喜んでいた。

睦は、母といっぱい、話がしたかった。

その為か、急いで食べた。

 

「そんなに急がないのよ。 ゆっくり食べなさい。」と鳳翔にたしなめられていた。

 

まさに、母が娘を叱っているがのごとくだ。

 

「ほら、ちゃんと食べないと、母さんに怒られるぞ。」

 

「分かったよぉ。」

 

そう言いながらも目はキラキラとしていた。

 

 

「そういえば、今日は友達が来るんだったよな?」

 

「うん。 10時過ぎに着くバスで来るって。」

 

ここの鎮守府の入口の真ん前に、バス停がある。

それも”鎮守府前”。

友達らはそのバスに乗って来るらしい。

10時少し前になって睦がバス停まで迎えに行った。

 

途中、「あら? 睦ちゃんじゃない。 どこかお出掛けかしら?」と声を掛けられた。

 

「あ、こんにちは。 加賀さん。 今日は友達が遊びに来るの。」

 

「ここへ?」

 

「うん。 父さんの、提督の許可はとってあるから。」

 

「そう。 じゃ、気を付けて遊ぶのよ。」そう言って行ってしまった。

 

睦が鎮守府の入り口で、門番と一緒に立って外を見ていると、バスがやってきた。

バスが止まって、ドアが開く。

開くと同時に、「とうちゃああああく!!」と和美が飛び出してきた。

 

続いて由美とあおいが降りてきた。

 

「やっほ。 いらっしゃい。 ようこそ横須賀鎮守府へ。」

 

と睦が出迎えた。

 

「おはよう。 来ちゃったよ!」と3人とも微笑んでいる。

 

門番で受付けをした。

一応、部外者を入れるわけなので、立ち入り許可証が渡された。

首から許可証を下げる格好だ。

3人はそれを受け取ると、睦と一緒に寮に向かった。

 

「ここからはちょっと歩くよ。」

 

「遠いの?」

 

「ちょっとね。」

 

入ると正面は海だ。岸壁を右手に見て歩いていく。

 

「わぁ、すごい! 軍艦をこんなに近くで見るなんて。」

 

岸壁や桟橋には何隻かの船が停泊していた。

 

「向こうの一番大きな桟橋に係留されているのが、航空母艦の加賀。 その向かいが同じく航空母艦の赤城だよ。」

 

「「へぇ~ 大っきい!」」

 

「ねぇねぇ、あっちに泊っているのは?」

 

「あれは・・・ 」

 

小型艦だ。

 

「あれはね、駆逐艦の朝霜だよ。隣り合っているのが、卯月。 駆逐艦だよ。」

 

「じゃぁ、あっちの大きな船は?」とあおいが聞く。

 

「あ、あれね。 あの船は、父さんの旗艦、航空母艦・鳳翔だよ。」

 

「あの陰に隠れているのは?」

 

「あれは、巡洋艦の由良。」

(あれ? もう改装は終わったのかな?)

 

「あの向こうの、のっぽな船は? 戦艦、かな?」

 

「うん、戦艦。 あれは高速戦艦・霧島だよ。」

 

睦が質問攻めに会いながら寮へと進む。

入渠ドック、工廠、鎮守府本館と過ぎ、寮へとやってきた。

 

「「「デカ!」」」

 

三人が驚いていた。

それを見た睦は(アタシも最初に来たときはそうだったよなぁ)と思い返していた。

 

「さあ、はいって。」

 

と睦が促すが、

 

「え? いいの?? てか、ここなんだ。」

 

と三人が唸っていた。

 

「ただいま。 連れてきたよ。」

 

と寮に入っていく。

 

つられて三人が「お、おじゃましまぁす。」と小声で入ってきた。

 

「あら、いらっしゃい。 ようこそ。」

 

と奥から鳳翔がにこやかに出てきた。

今や私服の定番となった小袖姿で。

 

「紹介するよ。 あたしのお母さん。」

 

「は、初めまして。 由美です。」

 

「和美です。」

 

「あおいです。」

 

三人が挨拶する。

 

「こんにちは。 睦がいつもお世話になってるわね。 ありがとう。」

 

と鳳翔がにこやかに応じていた。

 

「じゃ、三人とも、部屋へ行こう。」

 

そう言って四人は2階の睦の部屋に向かっていった。

 

「ねぇ、睦ちゃん? お母さん、綺麗だね?」

 

「そうかな。」

 

と謙遜して答えた。

四人で、勉強する・・・つもりもなく、女子トークで盛り上がっていた。

睦の部屋の床には、寝っころがれるように床マットを敷いてあった。

みんな、そこに座り込んでいた。

しばらく経って、鳳翔が冷えたお茶を持ってやってきた。

 

「さ、冷えたお茶を持って来たわよ。」

 

「お茶?」

 

「うん、ウチはだいたい、お茶派なの。」

 

「へぇ~」

 

「このお茶は、甘いですよ。 一口どうぞ。」と。

 

最初にあおいが飲んだ。

 

「! なにこれ。 甘っ!」

 

なになに、とほかの二人もお茶を飲んだ。

 

「確かにぃ。 これ、甘くておいし-。」

 

「お茶のイメージが変わるよぉ。」

 

「ちょっと、玉露を入れてみたの。」

 

「「「へぇ~。」」」

 

その時、鳳翔が思い出したように言う。

 

「あ、そうそう。 睦ちゃん、お昼を食べたら、提督が執務室までみんなで来てって言ってたわよ。」

 

「父さんが?」

 

「ええ。」

 

「なんだろ?」

 

と首を傾げる睦だ。

 

「それは・・・行ってからのお楽しみ、ね。」

 

と鳳翔がニコリとしていた。

なにか、知っている、と言わんばかりの不敵な微笑みだった。

 

「ああぁ。お母さん、何か知ってるの?」

 

「それは・・・ ひ み つ よ。」

 

と人差し指を左右に振って部屋を出ていった。

その後もこども達の女子トークは続いた。

そしてお昼時。

 

「睦ちゃん、お昼ご飯よ。」

 

と鳳翔が声を掛ける。

 

「はぁぁい。」

 

と大きな声で返事をして、

 

「みんな、行こう!」

 

と、三人を誘う。

ダイニングでは鳳翔がお昼ご飯の準備をしていた。

デミグラスソースのいい匂いがしていた。

お昼ご飯は、ハッシュドビーフだった。

四人によそった鳳翔が

 

「みんなの口に合えばいいんだけれど・・・どうかしら?」

 

と少々不安気味に睦たちを見ていた。

 

「「いっただきまぁす!」」

 

「おいしそう!!」

 

四人がほぼ同時に口に運ぶ。

 

「ん! おいし~!」

 

「うん、美味しいね。」

 

それを聞いて「良かった。 おかわりはたっぷりあるわよ。」と。

四人の箸が、いや、スプーンが止まらない・・・。

おかわりの一番は睦だった。

 

「お母さん、おかわり!」

 

「はいはい。」

 

ご飯をよそい、ハッシュドビーフを掛ける。

 

「はい、どうぞ。」

 

すると、和美らが

 

「あのぅ。おかわりを・・」と小声で言ってきた。

 

「はい、おかわりね。」

 

「アタシも。」「私も。」

 

「あらあら、ちょっと待ってね。」

 

結局四人ともおかわりをした。

 

「「ごちそうさまでした!!」」

 

「ああ、おいしかったぁ。」

 

そう言ってお腹を擦っている。

 

「でも、くるし~・・・」

 

四人とも、お腹がパンパンになっている。

見るからに、食べ過ぎだろう、思うくらいに。

 

「ふふっ、よかったわ。 その様子じゃ、食後の休憩が必要ね。」

 

四人はリビングに何とか移動し、ソファーに倒れ込んだ。

 

「お腹いっぱいになったら、眠くなってきちゃった。」

 

「うん、あたしも・・・」

 

みな、ふわぁあああ、と大あくびをして、寄り添って眠ってしまった。

鳳翔がリビングの窓を開け放ち、風を入れた。

今日は天気が良く、海からの風が心地よい日だった。

薄手の掛け布団を掛けてもらって、まるで四人姉妹のようだった。

眠っている間に鳳翔は秦の執務室までやってきた。

 

「あ、鳳翔、睦らはどうした?」

 

「お昼ご飯を、お腹いっぱいに食べて、いま、お昼寝中です。」

 

とほほ笑みながら答えていた。

 

「えっ? 昼寝? まったく・・」

 

秦は呆れ顔だった。

 

「起きてくるかな、 せっかく用意してるのに。」

 

とちょっと心配になる秦だが、

 

「その時は、また起こしますから。」

 

と鳳翔がにっこりと答えていた。

 

 

四人がお昼寝に入ってからほぼ一時間。

和美たちが、もそもそと起き出してきた。

 

「ふわああああっ」と伸びをする。

 

十分すぎる昼寝であった。

そして、睦は思い出した。

秦に呼ばれている事を。

 

「あ、そうだ! 父さんに呼ばれてるんだった!! みんな、行くよ!」

 

三人を起こし、四人で秦の執務室へと向かった。

執務室では、秦と鳳翔が睦たちへのサプライズプレゼントの用意をしていた。

 

「よし、これで準備完了だな。」

 

それは箱に入れられ、渡し主が来るまで保管されることになった。

そして・・・

コンコンと扉を叩く音がして、「父さん、入るよ?」と睦たちが入ってきた。

 

「あら。 どうぞ、みんな入って。」

 

と鳳翔が声を掛けた。

四人をソファーに案内して、秦が話す。

 

「ようやく、来たね。 ゆっくり休めたか?」

 

「うん。 ちょっと、寝過ぎちゃったけどね。」

 

と四人が顔を見合わせ、笑った。

 

「ところで、何の用なの?」

 

「ああ。 実は、四人にプレゼントがあるんだ。」

 

「「「「プレゼント??」」」」

 

「鳳翔?」

 

「はい。 これよ。」

 

そういって箱から取り出した。

 

「和美ちゃん、由美ちゃん、あおいちゃんには、ウチの睦ちゃんがお世話になっている事へのお礼を込めて、四人にお揃いで作ったの。」

 

「これって・・・」

 

「着てみてくれるかい?」

 

「うん。 着てみるね!」

 

そう言って隣室へと入って行った。

しばらくして四人が鳳翔と共に戻ってきた。

藍色の生地に、淡い朝顔の染がしてあった。

浴衣だった。

藍色生地はお揃いだったが、四人それぞれで朝顔の花の色と大きさが違っていた。

淡い赤、薄い青、白、黄色の花ビラがあった。

 

「お、よく似合ってるじゃないか、四人とも。」

 

「ありがとう。父さん」

 

「「「ありがとうございます!」」」

 

四人はキャッキャッ言いながら浴衣姿を楽しんでいた。

 

「すまないね、鳳翔。 着付けまで頼んじゃって。」

 

「いいえ。 浴衣の着付けくらい、なんでもありませんから。」

 

四人の浴衣姿は、よく似合っていた。

四人はまた睦の部屋へと戻って行った。

再び女子トークで盛り上がっていたが、楽しい時間はすぐに過ぎ去ってしまう。

もう陽が傾きかけていた。

鳳翔が、睦たちに声を掛けた。

 

「あなたたち、晩ご飯は食べていく?」

 

「あ、大丈夫です。 もうそろそろお暇しようと思っていますので。」

 

「はい、お父さんが迎えに来るんです。」と。

 

「あら、そうなの? 残念だわ。 せっかく、私の料理を食べてもらおうと思ったのに・・・」

 

と、ホントに残念そうな顔をしていた。

 

「あたしたちも、残念ですぅ。」

 

「そうだよねぇ。 睦ちゃんのお母さんのご飯、美味しかったから、期待しちゃうんですけど、今回は・・・すみません。」

 

ちょっと申し訳なさそうな顔をしていたが、こどもが勝手に夜遅くまで遊んで良い訳はない。

そして・・鳳翔と睦が三人と鎮守府の入口まで来ていた。

入口の前で三人の親たちが待っていた。

 

「父さん、ただいま。」

 

と駆け寄っていく。

三人は浴衣のままで迎えの車に乗っていく。

鳳翔から、浴衣の件は説明はしておいたのは、当然として。

 

「「「睦ちゃん、バイバイ!」」」

 

「またね!!」

 

と声を掛けあって。

三人は家族の運転する車で帰って行った。

残された鳳翔と睦。

 

「帰っちゃったわね。」

 

「ウン・・」

 

「ちょっと、寂しい?」

 

「ウン、ちょっとね。 あんなに賑やかだったし、ね。」

 

睦は、三人が帰って行った方をしばし見ていた。

 

「さ、私たちも帰りましょうか。」

 

「うん!」

 

そういって睦は鳳翔と手を繋いで帰って行く。

夜空に浮かぶ月を二人で見ながら歩いていく。

 

「明日もいい一日になればいいね?」

 

「そうね。 いいお天気で、いい日にしましょ。」

 

母娘二人の影が寄り添いながら帰って行った。

 


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