既に夫婦扱いされる秦と鳳翔。
さて、二人はどうするのか?
ケッコンカッコカリ
8月になろうとしていた、暑い日の昼下がり。 秦に1通の手紙が来た。
「提督さん、手紙が来ていますよ。」
今日は由良が秘書艦代理だった。
「ご実家からですね、この差出人は。」
ぶっ。
お茶を吹き出しそうになった秦だった。
「実家だぁ?」
手紙を受け取って差出人を見ると、確かに、お袋からだった。
訝しながら開封する。
「なになに・・・えっとぉ・・・」
そこには、手紙と写真が入っていた。
写真には、女性が一人、椅子に腰かけてこちらを見ているようなポーズだ。
振袖姿の一見、綺麗な女性だ。
手紙には、こう書いてあった。
(親戚から、「いい加減、嫁をもらいなさい」と見合いの話が来ているから至急、連絡されたし。)(要約)と。
「まったく・・・」
秦が嘆息する。
写真を改めて見るが・・
(ん? あれ? 幼馴染に似てる気が、しないでも・・・ないか。)
「そう言えば、鳳翔はどうしたんだい?」
「奥さまですか? 今日は睦ちゃんと街へ買い物に行ってますよ。」
告白事件以来、鳳翔を奥さまと呼ぶ奴らがいる。秦の事を旦那さんとも。
由良もその一人だ。
「だからあ、まだケッコンしてないって、何度も言ってるでしょうがぁ。」
「みなの共通認識ですから、抵抗しても無駄ですよ、提督さん。 あれだけ派手に告白したんですから、諦めてください。」と畳み掛けていた。
さらに、「さっさとケッコンでもなんでもすれば変るんじゃないですか。」と、つれない一言だ。
こんなやり取りがほぼ毎日だ。
何回やっても慣れないもんで、秦も毎回ドキドキするのだった。
そんな時、鳳翔と睦が帰ってきたようだった。
執務室の扉を開けて入ってきた。
「提督、ただいま戻りました。」
「父さん、ただいま。」
「やぁ、二人ともお帰り。」
にっこりと二人を迎える秦だった。
「今日は何をしてたんだ?」
「えへへへっ。 ひ み つ だよ。 ねぇ、鳳翔さん。」
「ええ。 秘密です。」
そう言って、ふふふっとほほ笑んでいる。
「なんだよ? 二人して。 教えてくれてもいいんじゃない?」
「ひ み つ は秘密だよ。 じゃ、あたしは帰ってるね。」
そう言って寮に帰って行った。
「私も荷物を置いてきますね。」
鳳翔も睦に続いて出ていった。
その姿に「もう母娘ですね、あの二人は。」と由良が言う。
さらに、
「提督さんも覚悟を決めたらどうです?」
「ん? 覚悟? 覚悟は決まってるよ。 あとはタイミングだけさ。」と秦。
「提督さん? その手紙の返事はどうされますか?」
「ああ・・。 そうだな・・。 この件は鳳翔とちょっと相談するよ。 彼女にもかかわる話だしね。」そう言って実家からの手紙を懐にしまった。
その夜。
夕食、入浴を終え、就寝までの時間を居間でゆったり過ごしていた。
そこへ睦がニコニコしながらやってきた。
「へへっ。 父さん! じゃぁーーーん!!」と。
何かと振り向けば、着物を着た睦が腕を広げた状態で立っていた。
「お? 着物か? ん?」
着物と思った秦だったが、ちょっと違う事に気が付いた。
「あれ? 着物・・だけど・・・何か違うなぁ・・・」
睦が笑っている。
「あれ? おはしょりが無いのか? いや、胸元が結構、ゆったりしてるし、帯も細いし・・・」
そして気が付いた。
「あ! それ、小袖だな?」
「正解ぁい! そう。 小袖だよ。 どう?」
着物に見えた和装だが、小袖だった。
淡い山吹色の小袖に、薄い水色の湯巻を付けている。
「良くわかりましたね、提督?」
そう言って鳳翔もやってきた。
睦とおそろいの小袖姿だ。
「今の時代は、着物が多いけど、小袖とは思わなかったなぁ。」
睦がクルリと回って見せた。
「へぇ。 似合ってるじゃないか、二人とも。 可愛らしいし。」
「小袖は、昔の普段着ですし。 着物より動きやすくていいんですよ。 着物より夏は涼しいですしね。」
鳳翔と睦が並んで立つと、まさに母娘だ。
二人して小袖の感触を確かめあっているが、秦にとっては微笑ましい時間だった。
「お茶を煎れてきますね?」
そう言って鳳翔が台所へ入って行った。 小袖姿のままで。
「睦? ひょっとして鳳翔と二人で街へ買い物に出かけたのは、コレか?」
「うん。 そうだよ。 この間、TVドラマで歴史ものをやってたんだけど、その時の着物が気になって鳳翔さんに聞いたら、小袖だっていうから、以前にお店に注文してたの。」
「へぇ。 それで以前から二人で街へ出てたのか?」
「うん。 似合ってるでしょ。」
「まさしく、町娘って感じだな。 可愛いよ、睦。」
そう言って頭を撫でてやっていた。
へへへっと笑っていた。
そこへ「お茶が入りましたよ。」と鳳翔がお盆を持ってやってきた。
冷えたお茶が入ったグラスを持ってきた。
「ありがとう。」
お茶を一口飲んでから秦が話を始めた。
「ところで、今日、お袋から手紙が来たんだ。」
「え? おばあちゃんから?」
「ああ。 で、二人には悪いんだけど、今度の休日、三人で帰省するからね。」
「三人で、ですか?」
「うん。 で、話がちょっと込み入ってそうなんだ。 手紙の内容を話すと、だな・・・ どうも親戚連中が、俺に見合いの話を持って来たらしい。」
秦が実家から届いた手紙をテーブルの上に出した。
「えっ? お見合いですか?」
と鳳翔が驚いていた。 次の瞬間、顔色が暗くなっていくのが分かった。
「ああ。 お袋も断ってはくれているみたいなんだけど、親戚の押しが強くて、困っているらしい。 それで一度連絡をくれ、という事なんだが、いっその事、直接、話たほうが早いと思って。」
そこまで言って、お茶を飲みほした。
「俺には、鳳翔しかいないと思っているから、親戚連中がなんと言おうと、俺の気持ちは変わらんのだけど。」
そう言って秦は鳳翔を見つめた。
また鳳翔も秦を見つめていた。
鳳翔の顔色は・・・頬を赤めていた。
「で、向こうで2泊ほどして、ちょうどいい機会だから、そのまま鳳翔のご両親にも挨拶をって思ってるんだけど・・・・ どうかな?」
と鳳翔を見ながら秦が言った。
「え? うちの両親ですか? た、確かに、いつかは挨拶を、とは思っていましたが・・・。」
ちょっと考え込んでしまった鳳翔だが、しばらく悩んで、
「分かりました。 両親に話しておきます。 でも・・・ ちょっと恥ずかしいですね。」
「ははは。 いつかはしなきゃな、と思っていたからね。 ちょうどいいとも取れるし、ついでとも言えるけどね。 じゃ、そう言う事で。」
そして・・
「鳳翔・・ 話は戻るけど・・ その小袖姿、よく似合ってるよ。 やっぱり鳳翔は和装が似合うね。」
両手を小さく広げて
「ありがとうございます。 そう言って頂けると、嬉しいです。 睦ちゃんとお揃いで仕立ててもらいましたが、良かったです。」
とニコリを微笑んでいた。
◇
翌日早朝、陽はまだ昇ってはいなかったが、既に空は明るかった。
今日は快晴になるだろう。
鳳翔は既に朝食の準備で台所にいた。
秦も身支度をして台所に入って行った。
「鳳翔、ちょっといいかな?」
とちょっと真剣な声で鳳翔を寮の外まで誘った。
もう少しで日の出の時間になる。
海から日が昇りかけていた。
徐々に水平線が青からオレンジに、グラデーションが掛かっていく。
二人して日の出を見に来た、わけではなかった。
「すまないね。 朝の忙しい時間に。」
「あ、いえ。 大丈夫ですよ。 あの、ところでいったい・・・・」
怪訝そうな表情で秦を見た。
その秦が、意を決したような顔で鳳翔を見た。
いつになく、真剣な顔で。
「鳳翔。 俺は、女性に上手い気遣いが出来るわけでもない、廻りに流されやすい性格なのに、曲がった事が嫌いな性分だ。 そんな俺が唯一、隣に、傍に居て欲しいと思った女性が出来た。 それが君だ。 あの大雨の日に、初めて見たとき、なぜか他人のような感じはしなかったし、その時から傍に居て欲しいと思ったんだ。」
秦が鳳翔の手を取って、目を見つめた。
「もう、俺の気持ちは、みんなの前で言った通りだけど、改めて、言わせて欲しい。 あの、昇る旭に誓って。 鳳翔。 私、楠木 秦とケッコンしてくれるかい?」
ちょっと驚いた顔をしていた鳳翔だったが、段々と表情が穏やかになっていく。
「やっと、やっと、言ってくれましたね・・・」
とほほ笑みながら、その目にはうっすらと光るものがあった。それが朝日に光って綺麗に見えた。
両手を胸の前で合わせて、俯いたが、顔を上げて答える。 顔はニコリと嬉しそうに。
「はい。 お受けします。 不束者ですが、末永く、よろしくお願いいたします。 提督。」と。
秦の顔が、心が、ホッとした。
「ありがとう、鳳翔。 」
そして、これだけは受け取ってほしい、と差し出した。
指輪だった。
「カッコカリなんて余計な名前が付いているけど、この指輪を鳳翔、君にしてほしい。 」
「これを?」
「ああ。 ・・カッコカリが嫌なら、本物を用意するが・・・・」
「いえ。 頂きます。 カッコカリでも、ケッコン指輪に違いはありませんでしょ?」
頬を赤めながら左手を差し出した。
朝日が昇り始めた、雲一つない空の元で、秦が鳳翔の指に指輪をゆっくりとはめる。
はめたところで、秦が鳳翔の手を握り、身体を引き寄せた。
「ありがとう。 鳳翔。 いつまでも、ずっと、俺の傍に居てくれ。」
秦の腕が鳳翔の身体を包み込む。
鳳翔は秦の胸に顔を埋めている。
「私も、提督にお会いした時から、全くの他人と言う感じはしませんでした。 同じように、一緒に居たいと思っていました。 ですから、嬉しいです。」
ここに一組の夫婦カッコカリが誕生した。
「ところで、鳳翔? やっぱり、ウチにいる間だけでも、”提督”は、やめない?」
「えっ? やっぱり、そう思いますか?」
「うん。」
頬を赤めながら、
「では、・・・秦さん・・」
「それは、そうだけど、なんだか、余所余所しいな。」
さらに赤みを濃くしていく。
「じゃあ、・・・あ、あなた ?」
鳳翔も秦も、頬が赤い。
「・・・うん。 それがいい、かな。」
「は、はい・・。」
と鳳翔の頬が、いや、頬どころか、顔全体が、耳まで真っ赤っかだった。
遂にケッコンカッコカリしちゃいました。
さてさて、この二人のこれからはどうなりますやら・・・