すべての戦闘を終えた艦隊が港に帰ってきた。
横須賀に一番近い布陣の横須賀隊は既に全艦が接岸していた。
大湊隊は港外に錨を降ろしている。
損害のある艦は入渠していた。
最後に、秦に率いられた呉隊が入ってきた。
武蔵に座乗していた大本営首脳は、敵の砲撃による武蔵艦橋の破壊により、艦娘武蔵は辛うじて無事であったが、大半が死亡していた。
生き残りは元帥が重傷、参謀数名が重体、という有様であった。
また、呉隊での喪失艦は半数の8隻にのぼり、中破以上もあった。
黒煙を吐きながら消火をしつつ帰ってくる艦もあった。
臨時で呉隊の旗艦となった由良も艦橋付近に被弾し、中破していた。
横須賀港4番バースに由良がなんとか接岸してきた。
既に自力で微調整出来るような状態では無かったため、タグボートの力を借りていた。
接岸し、舫をしてタラップが架けられた。
すぐさま救助隊が由良に乗り込む。
艦橋から煤けた軍服姿の秦が由良を抱きかかえて降りてきた。
「あの・・ 提督さん? 私、歩けますから・・・・」
由良の頬がほんのり赤い。
「無理するんじゃない。」
被弾により手足に裂傷、火傷を負い、被弾の衝撃で身体を壁にぶつけて負傷していた。
秦も額から血を流していたが、止血処理され、ガーゼがあてられ、包帯を巻いていた。
「由良を、後を頼む。」
由良を救助隊に委ねた。
救助車の荷台で由良の応急処置が行われていた。
陸に降り立った秦が呟く・・・
「ふう・・。 やっと地に足が着いたな・・・。」
そう言って、今まで乗艦していた軽巡洋艦由良を見あげていた。
左舷を中心に被弾の痕が痛々しい。
小口径砲とはいえ、直撃弾を受けると結構被害は大きい。戦艦クラスなら、どうということはないのだろうが、小型艦に近い軽巡では、結構な被害である。
そう思っているとき、一人の女性が走ってきた。
「提督! 提督!!」
声の方を見やると、長い黒髪を揺らし、息を切らしながらやってきた。
鳳翔だった。
「提督! ご無事で!」
そう言って秦に抱きついた。 いや、飛びついた、方が適切かもしれない。
秦も手を広げるまもなく、鳳翔を抱き止めた。
「提督、提督、ていとく・・・」
涙声になっていく。
「鳳翔も無事だったか?」
「はい。 提督の指示通り、避難民も無事、送り届けました。」
目には涙が溢れていた。
「ご無事で・・・ 良かった・・・ 載っていた由良が、艦橋に被弾したと聞いた時は、心配しました・・・ 」
そこまで言って秦の胸に顔を埋め、泣いていた。
「心配掛けたね。 でも、もう大丈夫だよ。」
そう言って鳳翔を見つめた。
「別々に行動したのは短い間だったけど、会いたかった・・・」
煤けた顔の秦の目にもうっすらと涙があった。
そして・・・秦の手が鳳翔の顔を捉えた。
両手が鳳翔の頬を挟む。その手が頬をゆっくりと撫でる。
撫でる手を鳳翔が捉えた。
「はい。」と。
秦の顔が鳳翔に近づく。
鳳翔もそれに気づき、秦を見あげ、目を閉じた。
次の瞬間、二人の唇が重なる。
唇が離れると、今度は、鳳翔が求めてきた。
背伸びをして、秦の唇を捉えた。
そして・・・ 鳳翔の腕が秦を抱きしめる。
また、秦の腕も鳳翔を抱きしめる。
唇が深く強く重なる。
緩くなったかと思えばまた強く重なる。
これを数度繰り返していた。
二人はそのまましばらく動かなかった。
ただ、二人は忘れていた。
ここは・・ そう。
岸壁の上で、周りは作業員や妖精さん、艦娘の目がみていた。
あちゃ~、あらあら・・ という声があたりから聞こえていた。
そのうち、秋吉がやってきた。
「ゴホン!」
二人は、そんな事には見向きもせず、未だに二人の世界の中であった。
「まったく。 お前さんたちはいつまでやっているつもりだ! この大衆の面前で!!」
と少々お怒りモードな口調であった。
その声でようやく二人の世界が終わった。
「こ、これは中将。 お見苦しいところをお見せしました。」
鳳翔が顔を赤め、秦の後ろに隠れてしまった。
「鳳翔も鳳翔だ。 隠れるくらいなら、余所でやればいいんじゃ。 まったく。」
呆れ顔である。
秘書艦の赤城も顔を赤めている。
「お母様・・・ 大胆すぎます・・。 」
と呟いていた。
「赤城ちゃん・・ 見てたのね・・・ 恥ずかし・・・ 」
両手で赤い顔を覆ってしまった。
「とにかく! 楠木、ご苦労だった。 呉隊の損害は大きいが、なんとか敵を撃退できた。 島民の避難も無事に終えた。 作戦は成功だ。」
「確かに、成功、ですね。 しかし・・ その内容は、悲惨なモノですが。」
「そうじゃな。 勝利とは言え、損害が大きすぎるわい・・・」
「はい。 再建が思いやられます。」
「ともかく、修理と補給じゃ。 ドックへの入渠は順次行うこととしようか。」
「ええ。 呉隊は自力航行出来るところまで修理し、呉に帰ってから本格修理をしてもらいましょう。」
「では、手配いたしましょう。」
と赤城が横から声を掛けてくれた。
「頼む。」
そこへ呉隊の長門がやってきた。
「提督、楠木提督。 呉隊各艦に代わってお礼申し上げます。 我らの窮地を救っていただき、ありがとうございました。」
「いや、負けるわけにはいかなかったから、思わず手を出してしまった。 こちらこそすまなかったね。」
「何を言われる! あなたがいなければ、いったいどれだけの被害があったか、分かりません。 それを防いだのです。」
長門は必死に訴えている。 秦のおかげだと。
秦はそれを聞きながら微笑んでいた。
「楠木提督。 これは私の希望ではあるのだが・・・・」
「ん?」
「楠木提督に、呉に、呉の提督として来てもらえないだろうか?」
「「は?」」
秦も秋吉も、その言葉に驚いていた。
「ここ横須賀には、秋吉提督がおられる。かつ楠木提督もおられる。 ならば! 楠木提督に・・・」
「まった!!」
と秦が割って入った。
「長門。 それはここで言う話じゃない。」
「——ッ」
「気持ちは分からんでもないが、その話は、大本営が決める事じゃ。 」
と秋吉が纏めた。
「しかし!!」
「長門。 君には呉提督の代理を命じる。 正式に提督が配属されるまで、呉鎮守府の運営を適切に行う事を命じる。 いいね?」
と秦が、呉隊の臨時提督として命じた。
命令となれば従うしかない長門だったが、
「分かりました。 が、今後の事もお考えください。」と。
秦は心の中で笑っていた。
(この台詞、以前にも聞いたことがあるなぁ・・・ まだ、結論が出てもいないのに、あちこちから誘われるのも、いい加減にしてもらいたいが・・・)と。
◇
岸壁での再会を果たした秦と鳳翔は、秋吉、赤城と共に秋吉の執務室に帰ってきた。
秋吉が椅子に座り、赤城、秦、鳳翔ら三人はソファーに座った。
「ふう。 ようやく落ち着いたかの。」
「ええ。」
そう赤城が応えると、お茶を煎れに席を立った。
「さて、と。 楠木よ。 今回の結果で、ワシは少々考えがあるんだが、きいてくれるか?」
「はい? その”きく”は、聞くだけ、ですか? それとも、言う事を聞け、ですか?」
「ん? えらく警戒してるな。」
「警戒もしますよ、そりゃぁ。 今までずっと中将に嵌められっぱなしですからね。」
「おう? そんなことはあるまい? 人聞きが悪いぞ。 ワシはそんなふうに教えた覚えは無いが?」
「今までの事を考えたら、必然ですよ。」
そう秋吉と秦が言いあった。
その二人の話を傍らで聞いている赤城と鳳翔は、クスクスと小さく笑っていた。
「んっ!」と秋吉が咳払いを一つする。
「ともかく、話を聞くだけ、聞け。」と言う。
「明日、大本営で会合があるだろう。なにせ、元帥が重体、参謀どもも重体、重傷ばかりだからな、必然的に今後の体制の話が出るだろう。 そこでワシは引退するつもりだった・・・ だが、この有り様だからな・・・ 引退どころでは無くなった。 そこで、入院して治療することにした。」
「「!!」」
その言葉に皆、驚いていた。
当初は治療を拒否していたのに、だ。
しかし、秦だけは、いやぁーな顔をしていた。
「で、ワシの入院中の、ここ横須賀を楠木、貴様に後を託す事にする。」
そこまで言った秋吉の口角筋が上がっていた。
「やっぱり・・・」
と秦は秋吉とは対照的な表情をしていた。
「私は・・・ またしても、してやられたのですね。」
諦めに似た、溜息をつきながら秦が答えていた。
秋吉は、がははははっっと笑いながら
「そう言うな。 貴様にはふさわしい地位だと思うが?」
赤城の目も、秦を憐れむように見ていた。
「楠木提督・・・ ご愁傷様です。」と。
「赤城さん、それ、ここで言う?」
「あら? 違いましたか? そうとなれば、ここ横須賀の運営は、楠木提督とお母様のお二人で行っていただきますね。」
「あら? 赤城ちゃんは、どうするの?」
「はい。 秋吉提督のお側に居ようと思います。」
と言ってふふふふと笑っていた。
「楠木提督とお母様のお二人の様に、です。」
そこまで言われて皆、顔が赤くなる気がしていた。
その後しばらく話をして、秦と鳳翔は寮に帰っていった。
◇
「ただいま。」
と秦と鳳翔が寄り添って一緒に入ってきた。
「おかえり!」
と睦が飛び出してきた。
「心配だったよ~」
と言いながら、秦と鳳翔に抱き着いてきた。
「無事に戻ったよ、睦。」
「ただいま、睦ちゃん。」
秦と鳳翔が睦に声を掛けた。
居間の入り口で三人が抱き合っている。
睦は、顔を秦と鳳翔に、スリよせてる。
「よかったぁ。」
と安堵の声を出しながら。
睦を抱きとめた秦は、鳳翔も一緒に抱きかかえて。
しばらく抱き合っていたが、秦が改めて報告した。
「楠木 秦、及び鳳翔、ただいま帰還いたしました!!」と敬礼をする。
そして睦が「ご苦労様です。 無事のご帰還、おめでとうございます!!」と二人に向かって敬礼をした。
ぷっっと三人同時に笑い出してしまった。
「あははは。 とにかく、無事に帰ったよ。 睦。」
と改めて言う。
「うん、お帰り。父さん、鳳翔さん。」
ここに三人が再開し、笑いあえることに喜びと安心感を感じていた。