ハズされ者の幸せ   作:鶉野千歳

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今日から横須賀での生活が始まります。


重なる思い

秦と睦は、朝から忙しかった。

6時に起き出し、朝食を済ませ、7時半には寮をでた。

 

「行ってらっしゃい。」

 

と鳳翔に見送られて。

 

「「行ってきます。」」

 

と。

睦は鳳翔手作りのお弁当を持って。

今までは秦が作っていたが、今日からは鳳翔が作る事になった。

そして、今日の目的は、睦の学校の転入の手続きだった。

秦は着慣れないスーツ姿だ。

睦は、白の2本ラインの入った、緑のセーラー襟のブラウスに、濃緑のちょっとミニのフレアスカート。ローファーの靴を履いている。

もちろん、赤いランドセルを背負っている。

朝一番で職員室に睦と秦がやってきた。

 

「おはようございます。 本日よりこちらでお世話になります、楠木睦です。」

 

と教員に挨拶し、

 

「ようこそいらっしゃいました。 お待ちしておりました、楠木提督。 担任の濱岡 楓と言います。 では、こちらへ。」

 

睦の担任は女性だった。20代後半といったところだろうか、睦と同じようなショートカットの髪型だ。笑顔で出迎えられた。

案内されたのは校長室だった。

 

「お連れしました。」

 

と濱岡が言って部屋に入った。

 

「本日よりこちらでお世話になります、楠木です。」

 

と校長に挨拶した。

齢60前といった貫禄のある、白髪交じりの校長先生だった。

 

「ようこそお越しくださいました。 鎮守府の方から聞いております。 こちらこそよろしくお願いいたします。」

 

と校長も返してくれた。

雑談もそこそこに、始業時刻となり、睦は担任と共にクラスへと向かった。

 

 

クラスについた睦は、濱岡に即され、クラスメイトの前で挨拶をする。

 

「今日からこの学校で一緒に勉強する、楠木睦です。 よろしくね。」と。

 

早速の休み時間に睦はクラスメイトからの質問責めにあっていた。

 

「ねぇねぇ。睦ちゃんって呼んでいいのかな?」

 

「うん。 いいよ。」

 

「じゃあ、睦ちゃん、あたし、由美。よろしくね。」

 

「私は和美。」

 

「わたしはあおい。よろしくね。」

 

(由美)「それで、鎮守府に住んでるって、ホント?」

 

「うん。 ホントだよ。あそこに家族寮があるんだ。」

 

(由美)「家族で住んでるの?」

 

「うーん。 三人家族。」

 

(父さん、鳳翔さん、ごめんね。 三人家族になっちゃった。 いいよね。)

 

(あおい)「それじゃあ、お父さんは、提督?」

 

「うーん、まだ提督じゃないよ。」

 

(あおい)「まだって? 」

 

「うん。 こっちに来たばっかだし・・・ 詳しいことはまだ聞いてないよ。」

 

(由美)「ねぇねぇ、睦ちゃんちに行ってもいい?」

 

「およ? ウチ?」

 

(由美)「うん! 鎮守府って、どんなとこか見てみたいんだぁ  だめ?」

 

「うーーん、そればっかりは、提督さんに聞いてみないと・・なんとも言えないよー。」

 

(由美)「じゃあ、聞いてみて! お願い!!」

 

両手を合わせてお願いポーズだ。

さすがにそこまでされて断れる睦では無かった・・・

 

「うう、分かった。 聞いてみるよ。」

 

(由美)「ありがとう!」

 

(和美)「あ、その時は私も!」

 

(あおい)「ずる! わたしも!」

 

三人とも、来たい、という・・・

睦は、苦笑いしか出来なかった。

(はあ、帰ったら父さんに聞かなきゃ。 まったく、初日から大変にゃ・・・)

 

(由美)「じゃあ、今日のお昼ご飯も一緒に食べようよ?」

 

「え? いいよ。」

 

(あおい、和美)「「あたしも、ね?」」

 

「うん!」

 

 

その頃、秦は校長と話し込んでいた。

 

「楠木提督は、以前は舞鶴におられたとか。」

 

「ええ。1年ほど前までは、ですけど。 それからは予備役でして。」

 

「そうでしたか。 では、横須賀は初めてで?」

 

「そうでもありません。 任官したばかりのころ、横須賀に研修で居ました。もう、何年も前になりますが・・・」

 

「この街も、だいぶ変わったでしょう?」

 

「そうですね。 街自体の趣は変ってないように思いますが、個々の建物は変わっていますね。」

 

「はははっ。 そうでしょう。 街は発展し続けますから。 それはそうと、この学校の児童の親には鎮守府で働いている者も多数おります。 鎮守府勤務だから、とご心配はいらないと思いますし、教員も理解させておりますのでご安心ください。」

 

「ありがとうございます。 とはいっても、鎮守府内に住んでいる人はいないでしょう? そこは若干気になりますが。」

 

「ご心配には及ばないでしょう。 ま、何かあれば、担任からもご連絡させますので。」

 

「分かりました。 では、お任せいたします。」

 

話が終わった秦は、学校を後にし、鎮守府へと戻っていった。

 

寮に帰り着いた秦は、居間のソファーにドカッと身体を預けた。

 

「ふー。 学校への挨拶だけで結構疲れるなぁ。」

 

と呟いた。

 

そこへ鳳翔がやってきた。

 

「お疲れ様です。 提督。」

 

お茶を煎れた急須と湯呑をお盆に載せて。

 

「お茶、いかがですか?」

 

「ああ。 貰うよ。」

 

急須から湯呑にお茶を煎れて・・・テーブルの上に置いた。

鳳翔も自分用の湯呑にお茶を煎れて、秦の隣に座った。

湯呑を持って、スーっとお茶の匂いをかいだ。

お茶のいい匂いが鼻を抜けていく。

 

「いい匂いだ。」

 

そう言ってお茶を啜った。

 

「うん、ちょうどいい温度だ。」

 

「はい。 お茶はリラックス効果もありますから。」

 

と鳳翔が言った。

 

「ありがとう。 落ち着くよ。」

 

そう言って鳳翔を見た。

鳳翔もお茶を啜って、湯呑を手に持ったまま、秦を見ていた。

そして・・・

 

「あの、提督?」

 

「ん、なんだい?」

 

「あ、あの、お願いが、あるんです、けど・・・」

 

「お願い?」

 

鳳翔の頬が赤くなっていくのが見て取れた。

 

「はい・・・ あの、 その、 通常、私は空母寮に、入るのですが・・・できれば、ここに、住まわせて、頂ければ・・と・・・。家事もお洗濯も、やりますので、ですから・・・」

 

鳳翔はここに住まわせてほしいと。

 

「空母寮? なんだ? そんなことか。」

 

何のお願いかと心配した秦だったが、内心、ホッとしていた。

 

「ここに居ればいいよ。 というか、ここに居てくれるかい? いや、違うな。」

 

秦は返す言葉を探していた。そして・・・

 

「鳳翔さん。 君にはここに居て欲しい。」

 

鳳翔に、ここに居て欲しいと、真剣な顔で答えた。

湯呑をテーブルに置いて、鳳翔の手を握った。そして見つめた。

 

「鳳翔さん。君は既に楠木家の一員だよ。 睦もそう思ってるよ。 それに、俺が復帰したとして、君には秘書艦をやってもらうつもりだし。」

 

鳳翔も秦を見つめていた。

 

「その場合、空母寮に居るより、ここに居てくれた方が何かと都合がいいしね。 ま、これは建前だけど。」

 

そう言って秦は小さく頷き、改めて鳳翔を見つめた。

 

「もっとも、俺個人としては君に居てもらうと、嬉しいんだが・・・」

 

そう言うと、秦の頬も赤くなっていくのが分かった。

 

「いいのですか? ここに居ても・・・」

 

鳳翔の目に涙が溢れてきた。

 

「ああ。」

 

「あ、ありがとう、ございます。」

 

そう言って秦の胸に飛び込んだ。

小さな肩が小刻みに震えていた。

 

「ようやく、言えました。 そして、言ってもらえました。 嬉しい・・・」

 

そう言いつつ、秦の服を掴んでいた。離しません、と言わんばかりに。

その鳳翔の身体を秦の腕が包んでいた。

それ以上、二人は何も言わなかった。

鳳翔が顔を上げるとそこには秦の顔があった。

何も言わなかったが、二人の顔が近づく・・・

二人が求めるモノが、すぐ目の前にあった。

秦の手が鳳翔の前髪を鋤く。

 

「綺麗な髪だね。」

 

鳳翔が目を閉じると、秦の唇がすーっと近づいて、鳳翔の唇を捉える。

んっ。

と、二人の吐息が聞こえた。

ほんの数秒間だったが、今の二人には十分だった。

唇が離れたその時の二人の顔は、互いに微笑んでいた。

再び鳳翔が秦の胸にもたれかかる。

秦はソファーにもたれながら、片腕は鳳翔の身体を抱き、もう片方の手で頭をゆっくりと撫でている。

恋人同士、抱き合っているふうに見えていた。

この状態でも、十分、満足していた。

そのまま時間だけが過ぎて行った。

しばらく二人はそうしていたが、時刻は午後1時を過ぎていた。

 

そして・・・ぐーーーっと盛大に秦の腹の虫が、いや、腹に巣食う獣が吠えた。

突然のことで「はははっ」「ふふふっ」と二人は笑いあった。

 

「お昼にしましょう!」

 

と鳳翔が言い、

 

「ああ。 腹減った!」

 

と秦が応えた。

 

二人してダイニングルームへと入っていった。

 


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