今日は金曜日である。
秦は朝から睦と一緒に学校に出掛けた。
もちろん、転校するための手続きと学校への説明の為である。
残った鳳翔は、秦に家の片付けを頼まれた。
学校へ着くと、まずは職員室へと向かう。
ここで教師たちに、期せずして横須賀へ行くことになったと話し、睦の転校の話をした。
この手続きだが、今日中に書類を揃えてもらって、明日、取りに来ることになった。
睦は、担任と一緒にクラスへと向かった。
朝の授業の前に、皆に話をするためだ。
教室に入るとき、担任の後ろを睦が歩いていた。
担任が教壇で、睦の転校の話をした。
「この度、急ではあるが、楠木睦さんが転校することになったので、皆に知らせておくね。」と。
続いて睦が話をする。
「急でごめんね。 父さんの仕事の関係で急に横須賀の方に行くことになったの。 結局、私が居たのは1年あまりという、短い間だったけど、楽しかったよ。 みんな、ありがとう。 で、学校に来るのは今日で最後なんだ。」と。
「え!?」「うそ!!」「ホントなの??」
クラスメイトは、皆驚いていた。
「うん。ごめんね、 ホントなんだ。」
その日のクラスは、一日中、すすり泣く声がしていた。
次に秦は、市役所に向かった。
睦と秦の転出届を出すためだ。
鳳翔はまだ、現役の艦娘であるため、ここの役所には住民票がない。
市民課に転出届を出して、受理されたら完了だ。
秦の次の向かい先は、会社だった。
会社で引き継ぎ作業を行うためだった。
秦は職員全員に挨拶をして廻っていた。
「急にではあるが、横須賀へ行くことになった。引き継ぎの資料は私が受けたものをそのまま置いていくので、後任に渡してほしい。一年足らずだったが、ありがとう。」と。
職場での秦の持ち物は少なかったため、多くは残していくことにした。
朝、秦と睦を見送った鳳翔はというと・・・
秦に代わって家の中を整理していた。
鳳翔の荷物といえば、秦の家に来たときに来ていた着物と後で買った衣類だけだったので、鳳翔の荷物の整理はすぐに終わった。
「さて、この家の、提督と睦ちゃんの荷物の整理ね。」
と楽しそうに一人呟いていた。
秦も睦も1年ほど前に来たばかりだったので、私生活においても持ち物は少なかった。
秦の私服、靴、本などなど・・・。
睦の勉強道具、私服、靴、本などなど・・・。
台所の食器類や居間に置いてある小物類などなど・・・。
大方の整理と片付けが済んだところで、時刻は夕刻になりかけていた。
その頃になって睦が帰ってきた。が・・・
「ただいま! いってきまぁす!」
ランドセルを玄関先に置いてそのまま出かけてしまった。
「お帰りなさい、むつ・・・・・ あらあら、もう遊びに行っちゃったのかしら・・・・。」
睦は友達と最後の遊びの時間を持つべく、そのまま遊びに出たのだった。
玄関先に放り投げたランドセルを片付けようとして、持ち上げてみると、重い・・・。
(これ、結構重いわね。 何が入ってるのかしら。)
隙間から中を覗き込むと、教科書がぎっしりだった。
そう。
教科書を学校に置きっぱなしだったのを、持って帰ってきたのだ。
(あらあら。)
鳳翔は、ため息をついていたが、気を取り直して夕食の準備に取りかかった。
(今日のメニューは、何にしましょうか。 ・・・やはり、定番ですかね。)
そう。 カレー。 金曜カレーだった。
(時間の余裕がありませんねぇ。 やむを得ません。 このカレーパウダーを使いましょう。)
そう言って料理を始めた。
じゃがいも、人参、玉葱を用意し、ひとくち大に切っていく。
今回は、睦にも大丈夫な、甘口にする。
お肉はサイコロ状の牛肉だ。
まずは、お鍋に油をひいて、お肉を炒めて、と。
軽く炒まったら、ジャガイモ、人参、玉葱を入れて更に炒める。
次にお水を入れる。
三人分とは言え、秦も睦も食べるだろうと予想がつく。
やや多めに作っている。
水が沸騰する手前で火加減を調節し、煮ていく。
お肉からの灰汁が出てくるが、落とし紙をして吸い取らせる。
しばらく煮て、ジャガイモ、人参が柔らかくなれば火を止め、カレーパウダーを入れる。
ここでリンゴの擦ったモノを入れたり、蜂蜜を入れたりするが、今日は蜂蜜とウスターソースをチョイスした。
かき混ぜて味見をしてみる。
(うん。 こんな感じですかね。 やはり、私にはちょっと甘いですね。)
ここまで来ると、火を止めて味をなじませておく。
食べる直前で再度、火を通せばOKだ。
ご飯も、もうすぐ炊き上がるだろう。
時間が過ぎ、日が落ちる頃になって、睦が帰ってきた。
「ただいまあ! ああ、疲れたあ!」
「あら、お帰りなさい。睦ちゃん、手を洗ってきて、手伝ってくれるかしら?」
「え? うん。」
といって、洗面所で手を洗い、台所へと入っていった。
それからしばらくして秦も帰ってきた。
「ただいま。」
「お帰りなさい、提督。」
鳳翔に出迎えてもらった秦は、ちょっと嬉しかった。
「お帰り、父さん。」
睦も一緒に出迎えてくれた。
「学校はどうだった? 皆に挨拶してきたか?」
「うん。 皆に話してきたよ。 もう朝から涙流しちゃう子も居て、大変だったよ~。」
とケロッとした顔で話す。
「そうか。」
と秦が答えた。
そして、家の中を見ると・・・・すでに・・・・今すぐ必要な物以外は荷造りが終わっていた。
まあ、秦もこの家に住んで1年余りなので、そんなに大量の荷物があるわけでは無いのだが・・・。
「あれ? もう、荷造りが出来てる。」
と驚く秦であった。
「はい。あらかた終わっています。」
と鳳翔が応えた。
「大変だったろうに。明日は俺も手伝うよ。」
「大丈夫ですよ。 残りは少ないですから。 あ、引越し屋さんにも連絡済ですから。」
にこやかにほほ笑む鳳翔が言う。
秦は呆気に取られていた。
((鳳翔さんって、炊事以外に、ホントに家事まで完璧じゃない・・・))
「父さん? もう鳳翔さん無しじゃ、この家、まわらないよ?」
「そ、そうだな・・・」
ふふふっとほほ笑む鳳翔が見ていた。
「それじゃ、お夕飯にしましょう。 睦ちゃん、手伝ってくる?」
三人でテーブルを囲んで夕食となった。
「「「頂きます。」」」と。
秦には甘いカレーだった。
「ちょっと、甘いな。」
「はい。 睦ちゃん用に甘くしてありますから。」と。
「でも、美味しいよ。 父さん。」
「うん。 甘いけど、美味しいね。」
今日もまた、賑やかに食事を採った。
睦が学校での様子を事細かに話してくれた。
睦はおかわりをしていた。
秦も釣られて? おかわりをした。
そして、「「「ごちそうさまでした。」」」と三人で言った。
食後のお茶を啜りながら、鳳翔が声を掛けた。
「提督? 学校の方の手続きはどうだったんですか?」
「ああ。明日学校に転校に必要な書類を貰いに行くことになってるよ。 役所の手続きは終わったしね。」
「私は?」
「睦は、荷物の整理の続きをしておいて。」
「はあい。」
「昼間に、横須賀の赤城さんに、来週からそっちに行けそうだ、と伝えてあるので、荷物の整理は出来れば明日中に終えたいな。」
「それでしたら、あらかた終わってます。 そんなに残って居ませんから。」
鳳翔が微笑む。
「それは助かる。」
秦がにこやかに答えていた。
そして翌朝。
先週と打って変わって、快晴であった。
秦は昨日、学校に睦の転校の手続きをお願いしていたので、その書類を受け取りに学校まで出向いた。
書類は既に用意されていたため、すぐに受け取ることができた。
その足で、担任、校長と挨拶をして、学校を出た。
ホントは、この日一日を掛けて荷物の整理をするつもりだったのだが、昨日、鳳翔が”やってしまった”ので、早めに帰る理由が無くなってしまった。
そして、ほぼやる事の無い秦は・・・・
「引っ越しの前日なのに、こんなにまったりしてていいんだろか。」
縁側に座っていた秦が呟いた。
それを聞いていた鳳翔が隣に座ってきた。
「いいんじゃないですか。 私は、提督のお役に立てることが嬉しいんですから。 何なりとお申し付けください。」
そう言って秦にもたれ掛っている。
鳳翔の手が、秦の手をそっと握っていた。
その頬を赤めながら。
「ふふっ。 私の手より大きいですね。」
と秦の手を両手で包み込むように・・・。
秦はその姿をじっと見ていた。
その二人の姿を見た睦が同じく縁側にやってくる。
睦もやることが、ほぼ無かったのだ。
「もう。 いつの間に二人はそんなに仲良くなったの?」
頬をぷっくりと膨らませている。
「父さんには、私も、居るんだからね!」
と言って秦の腕を取る。
右に鳳翔、左に睦が居た。
「両手に華、だな。」
「ホントだよ、父さん。 で、父さんは両手に華状態で、嬉しい?」
睦が上目づかいで秦の顔を見上げていた。
「なんか、やらしい言い方してないか、睦?」
「ぜ-んぜん! 素直に聞いてるんだけど?」
「そうか? ま、男としては、嬉しい、かな。 特に、可愛い娘と綺麗なお姉さんに囲まれていれば。」
そう言って二人を抱きしめた。
その顔はにこやかだった。
「可愛いだって。 当然ジャン!」とは睦。
「あら、綺麗なお姉さんですって。 嬉しいですね。」とは鳳翔。
睦と鳳翔が見合って微笑んでいる。
言った本人、秦の顔は赤かった。
(恥ずいって。)
三人になってからまだ一週間も経っていない。
しかし、すでに三人家族のような雰囲気と落ち着きを醸し出している。
鳳翔は、新たな提督を見つけ、満足。
睦は、母とも思える鳳翔と出会えて、嬉しい。
秦は、その二人の笑顔を見れて、満足。
思いは三者三様ではあったが、三人の幸せオーラ満載の縁側だった。
明日には、ここを離れて横須賀にいく。
横須賀に行けば、波乱な日常が待っているのかもしれない。
それでも、今、ココは平和な時間が流れていた。
秦は、これから起こる事を心配しながら、縁側からの風景を見ていた。
翌日。
朝食を摂った後、最後の荷造りをして引越し屋さんを待っていた。
「全部、箱詰めしてしまったから、お茶も飲めないなぁ。」
「仕方ありませんね。ペットボトルのお茶ならありますよ?」
「あ、あたし飲みたい。」
そんな会話をしていると引越し屋さんが来た。
「ちわ-! 引越し屋っす。」
荷物を引き渡して・・・
「では、特急便で向こうにお届けいたします。」
と言って、業者は先に横須賀に向かって行った。
改めて何もなくなった家を、三人は見ていた。
「ここに住んで、僅か1年・・・ 楽しかったな、睦?」
「うん。父さんと二人。 最初はぎこちなかったけど。」
「そうか? そんなことは無かったろ?」
「へへへっ」
と笑う睦がいる。
「私が来て、まだ1週間なのに。 すみません、激動な1週間で。 でも、私も睦ちゃんと同じように、1週間でしたけど、楽しい1週間でした。」
「皆、短い間しかいなかったけど、この家には世話になったな。 ありがとうな。」
家の、居間の柱を、玄関の柱を撫でながら、三人は外に出た。
この家自体は、秦の実家の離れなので、実家に挨拶して、駅に向かう。
これから三人は横須賀に向かう。
夕方には横須賀に着いているだろうと。
心配事はいっぱいと思う三人だったが、楽しい事もいっぱいあるだろうと、期待して。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
ここで、一部といいますか一章といいますか、区切りとさせていただきます。
次回投稿までしばらくお休みさせていただきます。