ハズされ者の幸せ   作:鶉野千歳

1 / 36
出会い
大雨の出会い


20××年の梅雨時期。

大都市から列車で1時間離れた町に1組の父娘が住んでいる。

父の名は楠木秦。32歳。

娘の名は楠木睦。11歳。

 

今日は、台風かと思うほどの大雨と暴風である。

すでにこの地方には、大雨洪水と暴風の警報が出されている。

秦は勤め先から帰宅中である。

警報が発令され、避難勧告が出される前に、会社から帰宅命令が出ていたのだ。

急いで帰りたいが、乗った列車が警報の為、停止と徐行を繰り返しており、なかなか進まないのである。

列車内から家に居るであろう、睦に携帯電話で連絡をする。

朝から警報の為、学校が休校になっているのだ。

普段は、平日に学校が”合法的に”休みになる事なんて滅多にないから嬉しいのだが、生憎今日は大雨と暴風で外出する方が危険だ。

何度かの呼び出し音の後、睦が出た。

睦は、秦の娘である。

髪型はショートカットで、ころころと笑うと猫のように思えるのだった。

 

「睦か? 今、帰宅中の列車の中なんだよ。帰りつくまでには、まだまだ掛かりそうだよ。」

 

「そうなの?」

 

「ああ。 晩御飯は、昨日の残り物で済ませてもいいからね。」

 

「ううん。 父さんが帰ってくるまで待ってるよ。」

 

「いいのか?」

 

「うん。」

 

「分かった。じゃぁ、待ってて。」

 

そう言って電話を切った。

その後、さらに徐行と停止を繰り返しながら進む。

やっとの思いで最寄駅に到着したが、普段の倍の時間が掛かってしまった。

駅からは徒歩10分くらいで家に着く、ハズが、こう暴風ではなかなか前に進めない。ゴーゴーと風切り音が凄い!

家に向かって歩き出すが、既に靴の中は雨が入り込んで、ぐしゃぐしゃ言ってる。

ズボンも雨にぬれ、かろうじて傘に隠れる上半身だけが塗れていない状況である。

アスファルトの道が、滝のようになって水が流れている。

 

(ここは平地だぞ、そんなとこを水が勢いよく流れるなんて、どうなってんよ? 用水路が溢れたかぁ?)

 

そう思いながら家路を急ぐが、ハッと秦の目に黒い物体が映った。

瞬間、足が止まる。

 

(何だ??)

 

ジーっと見ると、人、らしい。

なにか、ふらついているような。

 

(傘も差さずに、ようやるわ・・・ずぶ濡れやないか・・・・)

 

そう思って横を通り過ぎようとしたとき、バシャ!と黒い人影が道に倒れた。

!!

 

「おい! 大丈夫か?」

 

と声を掛けるが、反応が、無い。

仕方なく傍によって身体を起こして、

 

「大丈夫か? どうした?」

 

「う、うう、、、、」

 

とうめき声を発したかと思うとぐったりと意識を失ってしまった。

 

(ええぇ? マジかよ?)

 

と思いつつ、

 

(どうするか・・・・・ 仕方ね-な、家まで運ぶか・・・・・)

 

秦の上着も既にずぶ濡れだったので、この際、同じか、と負ぶって帰ることにした。

肩を貸すと、軽い。しかも腕にかすかに胸の膨らみがあたる・・・・

 

(え?! 女性??)

 

そう。女性だった。体格は秦より一回り以上小さい、小柄な女性だ。

靴も履いていない。

どうやら袴を穿いているようだ。

大雨と暴風の中を負ぶって自宅へ向かう。

 

濡れ狸になった状態でなんとか家にたどり着いた。

念のため、呼び鈴を押して、自宅の玄関を開け、転がり込んだ。

 

「父さん? おか・・・・・  どうしたの!?」

 

「ああ、ただいま。悪い、手伝ってくれ。 ずぶ濡れなんで、脱衣所まで。」

 

「うん! バスタオル、いるよね? 持ってくる!」

 

「すまん。頼む。」

 

秦も靴、上着を脱ぎ捨て、女性を脱衣所まで運ぶ。 

睦が持ってきたバスタオルで女性の顔、頭、髪を拭いていく。

女性の上着は羽織り物と着物だった。

袴、着物はぐっしょりと水を吸っている。

着物と袴、下着まで脱がせ、バスタオルで拭いていく。

 

(もの凄く、華奢な体つきだ・・・ホントはお風呂に入れたいが・・・・)

 

拭き終わって秦のスウェットを着せる。

睦に手伝ってもらって髪をドライヤーで乾かしていく。

秦もその間に着替えて部屋に布団を敷いた。

女性を布団に寝かせても、意識は戻らない・・・・。

呼吸はしているのだが・・・・。

 

「無理に起こす必要もないだろう。」と。

 

一通りの作業が終わると、ホッとする間もなく、クゥゥゥゥ---、っと2匹の腹の虫が鳴いた。

 

「ははははっ。 晩御飯にするか?」

 

「うん、お腹すいた~。」

 

秦は晩御飯の用意を始めた。

今日のメニューは豚の生姜焼きと豚汁にした。冷蔵庫に買い置きしてあった豚肉を使ったのだ。

台所で用意をしながら、傍に来た睦に、女性の事を話し始めた。

 

「駅からの帰りの途中でね・・・・・・・・・・・・。」と。

 

「そうだったんだ・・・・。父さん、きっといいことしたんだよ。」

 

「そうか? でも、睦がそう思ってくれるなら、いっか。」

 

「でも、あの人、綺麗だよね。」

 

「ああ。結構美人だと思うぞ。」

 

そう言っている間に晩御飯が出来た。

三人分である。

 

「あれ? 三人分?」

 

「うん。 あの人の分。 たぶん、お腹すいてると思うよ。」

 

「そう。 じゃ、先に、いただきま-す。」

 

「頂きます。」

 

二人は食事を進めていく。

睦はきょう一日、家の中で居て、何もできなかった事を愚痴った。

その愚痴を、眼を細めて秦が「そうか、そうか。」と聞いている。

そして・・・・

 

「あ-、美味しかったぁ。 ごちそうさまでした。」

 

「美味しかったか?」

 

「うん。 グッジョブ!」

 

食後のお茶タイムを二人でしていると、部屋の方から音がした。

 

「ん、ん・・・・・・・・」

 

「ん、気が付いたかな?」

 

彼女が寝ている部屋をのぞき、声を掛ける。

 

「大丈夫かい? 体は何ともないかな?」

 

布団の中で、ボーっとしている顔が、コクリと頷く。

彼女の額に手をあてて熱を測ってみる。

 

「うん、熱くないね。」

 

俯いたままではあったが、この家の3匹目の腹の虫が鳴った。 くぅぅぅーーっと。

 

「お腹、空いてるね? ご飯、出来てるから、食べな。 立てるかい?」

 

彼女を起こして、テーブルまで移動する。

椅子に座ると、睦がご飯をよそう。

彼女の視線はテーブルの上の食事に向いていたが、

 

「どうぞ召し上がれ。 父さんの手作りだけど、美味しいよ。」

 

と睦が声を掛けた。

 

二人は着席するよう促すと、彼女は手を合わせて食事を始めた。

(律儀だねぇ)

彼女の食べる音だけが聞こえている。

食べているのをみて、二人はホッとしていた。

 

「あ、終わったら言ってね。片づけるから。」

 

そう言って居間に出て行った。

居間で気象ニュースを見ていたが、しばらく経って、カチャカチャと食器が当たる音がして、急いで台所に向かうと、彼女が洗い物をしていた。

 

「いや、そこまでしなくてもいいから。」

 

「・・・」

 

といっているうちに洗い物を終えてしまった。

三人は居間のソファーに座り、話を、聞くことにした。

改めてお茶を入れ直して三人の前に置く。

 

「では、改めて、私はこの家の主で、楠木秦。で・・・」

 

「私は睦。 よろしくね。」

 

「わ、わたし・・・・・・・・」

 

その女性は、それ以降、何もしゃべらなかった。

 

「まあ、いいわ。 とりあえず、元気になってくれれば。 今日は、天候がめっちゃ悪いから、ウチに泊りな。 あ、着物はちょっとやそっとで乾かないから、寝間着はそれで我慢してくれるかな。」

 

家の外は相変わらずの大雨、暴風であった。

その日は、女性に1部屋を譲り、秦と睦は同じ布団で寝ることにした。

彼女は疲れていたのだろうか、布団に入るとすぐに寝入ってしまったようだった。

小気味よい寝息がしてきた。

こちらの二人はというと・・・・

 

「へへへっ、父さんといっしょ。」

 

睦が秦に抱き着いている。

 

「たまにはいいだろう。」

 

「うん。」

 

「あの人、明日には元気になるかな?」

 

「そうだねぇ、元気になってくれるといいんだけどねぇ。 さ、もう遅いから、寝よ?」

 

時刻は深夜0時を廻っていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。