大雨の出会い
20××年の梅雨時期。
大都市から列車で1時間離れた町に1組の父娘が住んでいる。
父の名は楠木秦。32歳。
娘の名は楠木睦。11歳。
今日は、台風かと思うほどの大雨と暴風である。
すでにこの地方には、大雨洪水と暴風の警報が出されている。
秦は勤め先から帰宅中である。
警報が発令され、避難勧告が出される前に、会社から帰宅命令が出ていたのだ。
急いで帰りたいが、乗った列車が警報の為、停止と徐行を繰り返しており、なかなか進まないのである。
列車内から家に居るであろう、睦に携帯電話で連絡をする。
朝から警報の為、学校が休校になっているのだ。
普段は、平日に学校が”合法的に”休みになる事なんて滅多にないから嬉しいのだが、生憎今日は大雨と暴風で外出する方が危険だ。
何度かの呼び出し音の後、睦が出た。
睦は、秦の娘である。
髪型はショートカットで、ころころと笑うと猫のように思えるのだった。
「睦か? 今、帰宅中の列車の中なんだよ。帰りつくまでには、まだまだ掛かりそうだよ。」
「そうなの?」
「ああ。 晩御飯は、昨日の残り物で済ませてもいいからね。」
「ううん。 父さんが帰ってくるまで待ってるよ。」
「いいのか?」
「うん。」
「分かった。じゃぁ、待ってて。」
そう言って電話を切った。
その後、さらに徐行と停止を繰り返しながら進む。
やっとの思いで最寄駅に到着したが、普段の倍の時間が掛かってしまった。
駅からは徒歩10分くらいで家に着く、ハズが、こう暴風ではなかなか前に進めない。ゴーゴーと風切り音が凄い!
家に向かって歩き出すが、既に靴の中は雨が入り込んで、ぐしゃぐしゃ言ってる。
ズボンも雨にぬれ、かろうじて傘に隠れる上半身だけが塗れていない状況である。
アスファルトの道が、滝のようになって水が流れている。
(ここは平地だぞ、そんなとこを水が勢いよく流れるなんて、どうなってんよ? 用水路が溢れたかぁ?)
そう思いながら家路を急ぐが、ハッと秦の目に黒い物体が映った。
瞬間、足が止まる。
(何だ??)
ジーっと見ると、人、らしい。
なにか、ふらついているような。
(傘も差さずに、ようやるわ・・・ずぶ濡れやないか・・・・)
そう思って横を通り過ぎようとしたとき、バシャ!と黒い人影が道に倒れた。
!!
「おい! 大丈夫か?」
と声を掛けるが、反応が、無い。
仕方なく傍によって身体を起こして、
「大丈夫か? どうした?」
「う、うう、、、、」
とうめき声を発したかと思うとぐったりと意識を失ってしまった。
(ええぇ? マジかよ?)
と思いつつ、
(どうするか・・・・・ 仕方ね-な、家まで運ぶか・・・・・)
秦の上着も既にずぶ濡れだったので、この際、同じか、と負ぶって帰ることにした。
肩を貸すと、軽い。しかも腕にかすかに胸の膨らみがあたる・・・・
(え?! 女性??)
そう。女性だった。体格は秦より一回り以上小さい、小柄な女性だ。
靴も履いていない。
どうやら袴を穿いているようだ。
大雨と暴風の中を負ぶって自宅へ向かう。
濡れ狸になった状態でなんとか家にたどり着いた。
念のため、呼び鈴を押して、自宅の玄関を開け、転がり込んだ。
「父さん? おか・・・・・ どうしたの!?」
「ああ、ただいま。悪い、手伝ってくれ。 ずぶ濡れなんで、脱衣所まで。」
「うん! バスタオル、いるよね? 持ってくる!」
「すまん。頼む。」
秦も靴、上着を脱ぎ捨て、女性を脱衣所まで運ぶ。
睦が持ってきたバスタオルで女性の顔、頭、髪を拭いていく。
女性の上着は羽織り物と着物だった。
袴、着物はぐっしょりと水を吸っている。
着物と袴、下着まで脱がせ、バスタオルで拭いていく。
(もの凄く、華奢な体つきだ・・・ホントはお風呂に入れたいが・・・・)
拭き終わって秦のスウェットを着せる。
睦に手伝ってもらって髪をドライヤーで乾かしていく。
秦もその間に着替えて部屋に布団を敷いた。
女性を布団に寝かせても、意識は戻らない・・・・。
呼吸はしているのだが・・・・。
「無理に起こす必要もないだろう。」と。
一通りの作業が終わると、ホッとする間もなく、クゥゥゥゥ---、っと2匹の腹の虫が鳴いた。
「ははははっ。 晩御飯にするか?」
「うん、お腹すいた~。」
秦は晩御飯の用意を始めた。
今日のメニューは豚の生姜焼きと豚汁にした。冷蔵庫に買い置きしてあった豚肉を使ったのだ。
台所で用意をしながら、傍に来た睦に、女性の事を話し始めた。
「駅からの帰りの途中でね・・・・・・・・・・・・。」と。
「そうだったんだ・・・・。父さん、きっといいことしたんだよ。」
「そうか? でも、睦がそう思ってくれるなら、いっか。」
「でも、あの人、綺麗だよね。」
「ああ。結構美人だと思うぞ。」
そう言っている間に晩御飯が出来た。
三人分である。
「あれ? 三人分?」
「うん。 あの人の分。 たぶん、お腹すいてると思うよ。」
「そう。 じゃ、先に、いただきま-す。」
「頂きます。」
二人は食事を進めていく。
睦はきょう一日、家の中で居て、何もできなかった事を愚痴った。
その愚痴を、眼を細めて秦が「そうか、そうか。」と聞いている。
そして・・・・
「あ-、美味しかったぁ。 ごちそうさまでした。」
「美味しかったか?」
「うん。 グッジョブ!」
食後のお茶タイムを二人でしていると、部屋の方から音がした。
「ん、ん・・・・・・・・」
「ん、気が付いたかな?」
彼女が寝ている部屋をのぞき、声を掛ける。
「大丈夫かい? 体は何ともないかな?」
布団の中で、ボーっとしている顔が、コクリと頷く。
彼女の額に手をあてて熱を測ってみる。
「うん、熱くないね。」
俯いたままではあったが、この家の3匹目の腹の虫が鳴った。 くぅぅぅーーっと。
「お腹、空いてるね? ご飯、出来てるから、食べな。 立てるかい?」
彼女を起こして、テーブルまで移動する。
椅子に座ると、睦がご飯をよそう。
彼女の視線はテーブルの上の食事に向いていたが、
「どうぞ召し上がれ。 父さんの手作りだけど、美味しいよ。」
と睦が声を掛けた。
二人は着席するよう促すと、彼女は手を合わせて食事を始めた。
(律儀だねぇ)
彼女の食べる音だけが聞こえている。
食べているのをみて、二人はホッとしていた。
「あ、終わったら言ってね。片づけるから。」
そう言って居間に出て行った。
居間で気象ニュースを見ていたが、しばらく経って、カチャカチャと食器が当たる音がして、急いで台所に向かうと、彼女が洗い物をしていた。
「いや、そこまでしなくてもいいから。」
「・・・」
といっているうちに洗い物を終えてしまった。
三人は居間のソファーに座り、話を、聞くことにした。
改めてお茶を入れ直して三人の前に置く。
「では、改めて、私はこの家の主で、楠木秦。で・・・」
「私は睦。 よろしくね。」
「わ、わたし・・・・・・・・」
その女性は、それ以降、何もしゃべらなかった。
「まあ、いいわ。 とりあえず、元気になってくれれば。 今日は、天候がめっちゃ悪いから、ウチに泊りな。 あ、着物はちょっとやそっとで乾かないから、寝間着はそれで我慢してくれるかな。」
家の外は相変わらずの大雨、暴風であった。
その日は、女性に1部屋を譲り、秦と睦は同じ布団で寝ることにした。
彼女は疲れていたのだろうか、布団に入るとすぐに寝入ってしまったようだった。
小気味よい寝息がしてきた。
こちらの二人はというと・・・・
「へへへっ、父さんといっしょ。」
睦が秦に抱き着いている。
「たまにはいいだろう。」
「うん。」
「あの人、明日には元気になるかな?」
「そうだねぇ、元気になってくれるといいんだけどねぇ。 さ、もう遅いから、寝よ?」
時刻は深夜0時を廻っていた。