Blank stories   作:VSBR

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第七部

 目覚めた時、真っ先に聞いたのは敵を撃破したかどうかだった。驚いた顔の女は、何も言わなかった。オイレン・クーエンスは体を起こそうとして、それを咎められる。横にいる女は白衣を着ていない。看護婦ではないのだろう。

「誰だ? それにここは?」

「ウェリントンの病院です」

 女はそう言って、少し言いよどんだ後に、覚えていないかと問うた。しばしの沈黙の後、女はシビル・ストーンと名乗った。オイレンは天井を見つめながら考える。

 敵のタフさが想定外だったとは言え、二度も同じ相手にやられた。それは屈辱である以上に恐怖だ。敵に対する恐怖ではない、自分自身の足元に対する恐怖だ。MSのコクピットを追われる、それは彼自身の存在意義そのものを失わせる事だ。

 彼を一度コクピットから追いやったものは、停戦だ平和だと浮かれるプラントのクーデター政府であり、それを支援したラクス・クラインを首班とするテロリスト集団だった。それでも、ザフトを出てしまえばMSパイロットとして生きていく場所はいくらでもあった。パイロットである限り、彼には生きている意味がある。

 しかし、敵を撃墜できなくなれば、もはやパイロットとしての意味はない。パイロットとしての死を宣告されるという事は、オイレン・クーエンスという人間に死を宣告するのと同じ事なのだ。

 無能力者を必要としないプラントという世界で、彼が生きていくための能力はMSに乗る事だけだった。自らに向けられる哀れみと冷笑をねじ伏せるには、全ての能力を凌駕しうるたった一つの能力が必要なのだ。そしてそれは、自らの手で証明しなくてはならない。全ての他者に自らの存在を認めさせるためには、全てを自己の力で示さなくてはならないのだ。

 差し出される手を押さえつけ、彼は体を起こした。ようやく、横にいる女の事を思い出す。その曖昧な笑顔に、昔の自分を見る気分だった。

 

「待って、今お医者さんを・・・・・・」

 やっと掛けた声を無視され、シビルは取り残されたように病室に留まる。音を立てて閉まったドアの向こうに視線を向けながら、彼女は湧き上がる羨望の念を抑える事をしなかった。

 あの化け物のようなMSに敢然と立ち向かった彼の機体。ザフトと連合の並み居る機体の中で、彼の機体は雄雄しく舞っていた。その圧倒的な姿は、彼女の心を捉えて離さない。自分自身に決定的に欠けている物、それを眩しいほどに感じていた。

 それは、彼のようにありたいという憧れではない、ただ純粋な羨望。その眩しさに浴していたいという願望だ。シビルは、オイレンの後を追おうと病室のドアを開けた。

 

 出合い頭のコトハ・キラサギが、大仰な仕草でドアから体を離した。

「お医者さん、呼びましたけど・・・・・・」

「すぐ連れてきます!」

 駆けて行ったシビルを、コトハが呆れた顔で見送る。妙なところで縁の深い相手だが、印象のいい相手ではなかった。人の事を言えた話ではないかもしれないが、どうも危機感のようなものを感じない女性だった。

 今の不可解極まりない状況を考えれば、ああやって男の後を追いかける余裕があるのだろうか。浮世離れの典型例のようなトルベンでさえ、研究よりもスタッフの安全を図るためにはどうすればいいのかを考えているというのに。

「男の趣味も・・・・・いまいちやしね」

 それ以上は野暮なので考えない事にするが、アカデミーの先輩がこんな話をしていた。白馬の王子に惚れるのではなく、惚れた相手が白馬の王子なのだと。常々、理想の男性像を長々と語っていたその先輩がどうなったのか、さいわいコトハは知らなかった。

 

 

 

 

 要請通りに補充の部隊が来るかどうかは分からない。何より、失った部下に替えなどない。修理中のウィンダムを見下ろしながら、カルロス・アストゥリアスは時計を確認する。通信でたっぷりと脅しておいたら、マドリードから司令官が直々にやって来ることになったのだ。

 今後の事を含め、全ては話を聞いてからだ。会議室で最敬礼をして司令官を迎える。

「やられたようだな、ずいぶんと」

「お言葉を返すようですが」

 事前に情勢を把握できなかったマドリードの諜報能力の敗北が原因だと、カルロスは言った。黒いダガーに、大西洋らしきMA、そしてオーブのMS。どれも、あの場に現れるとは聞いていなかった。

 司令官は顔をしかめる事なく席に着く。そして長くなるぞと前置きをした。ウィンダムが直るまで二日もあると返す。司令官は唇を湿らせるように、カップに口を付けゆっくりと話し出した。

「話は大戦終結直後に端を発する・・・」

 ブルーコスモスの内部抗争によって、幹部の一人が殺害された。その内部抗争の原因は、アズラエルの遺産と呼ばれる二つのデータであった。一つはNJCに関するデータ、もう一つはコーディネーター技術に関するデータである。

 だがその殺害された幹部は既にデータを流出させており、ブルーコスモスだけでなく連合とザフトの各諜報機関もそのデータの回収に躍起になった。

「我々が追っていたカフネ・イーガンという技術者はそれに関わりが?」

 カルロスの言葉に、司令官は急ぐなと言う。

 データのうちの一つ、NJCに関するものは思いがけない場所で見つかった。正確に言えば、既に見つかった後であった。パリの参謀本部に近い人物がそのデータを入手していたのだ。経緯は不明ながら、モスクワ系ブルーコスモスの関与が疑われている。

 さらにNJCを応用した新型エンジンとその試験用機体が極秘開発され、ブルーコスモスの実働部隊がその試験を行っているという。司令官が視線を向け、カルロスはその機体の事を思い浮かべた。

「各国ともその事は知っている。連合内の不和を晒さぬように表面は取り繕っているが・・・・・・」

 そしてその新型エンジンが不完全だという事も、周知の事実であった。核エンジンを完成させるために、プラントの技術者が必要だったのだ。それがカフネ・イーガンである。彼女やその両親に接触しようとしたのは、連合各国だけでなく民間企業も含まれていた。

 しかしプラントでの接触は結局失敗し、イーガン夫妻は殺害されカフネ本人は一時行方不明となった。その上、各国ともプラント当局による口封じの可能性を考慮し、カフネ捜索のための大きな動きは取れなかった。

「それがどういうわけか、東アジアの艦隊に拾われていた・・・・・・あとは、君も知っている話になる」

 中央アジアでの拉致未遂に、インド洋での拿捕作戦失敗。カフネの身柄は二転三転しているようだが、カルロスはその後を追わされていたようだ。彼は考えをまとめた上で、問いかけた。ユーラシアとしては、何を考えているのかと。

「モスクワと手を組んでまで、パリは核エンジンの開発を進めようとしている。マドリードとしては、ジブラルタルとの緊張関係は望んでいない」

 やはりユーラシアとして統一的な考えがあるわけではなかった。ようやく締結されたユニウス条約に抵触する可能性のある兵器開発によってプラントとの緊張が強まれば、イベリア半島は再び最前線となる。ピレネー山脈に防衛ラインを引くパリと前線に立たされるマドリードでは、違う考え方を持つのが自然の成り行きだ。

「だからこそ、君を動かした。三度目のレコンキスタは、避けるべき事だ」

 一体化の進んだユーラシア軍の中で、マドリードの司令部が動かせる数少ない戦力がカルロスの所属する教導隊である。彼は一つの疑問を口にした。

「パリが関わっているにしては、ユーラシア軍本体の動きが見えませんが」

「コネだけで軍を動かせる時代は終わっているよ」

 あくまでも参謀本部に近い人物がやっている事であるとしか言わないが、それが誰を示しているのかは分かる。だが、あの化け物MSの事を考えれば、流石は女ナポレオンだと思った。

 東アジア軍もカフネ・イーガンをロストし、その後の行方が分からないという情報のため、カルロスは巨大MSが確認されたという海域に向かう事になった。

 

 

 

 

 とりたてて深い仲でも長い付き合いでもない。だが自分が離れていた間に、何事かがあったと分かるくらいに、二人の雰囲気は変わっていた。まだ難しい年頃の男女である、喧嘩でもしたのだろうかと、気楽に構えてはいられない感じだ。二人の間にあるのは、深遠な問題であった。

 ラビ・アルベール・コクトーは、言葉を促すように沈黙を保つ。カナン・エスペランザの視線は一定せず、言葉を探すように動き回っている。

「だって・・・・・・あいつは、女じゃなくて・・・・・・その・・・・・・」

「質問が悪かったな。君は、女性に恋した事があるか?」

「それは、まぁ・・・・・・色々と」

「なら、男性には?」

「はぁ?」

「・・・・・・人間には?」

 問いかけの意味に気付いたのだろう、カナンは視線を落とした。アルベールは再び沈黙する。

 曲がりなりにも神学に携わるものである、同性愛が教義上認められないものである事は理解も納得もしている。だが従軍牧師として戦場に身を投じた時、その教義の無力さを知った。

 戦場という極限の中、人が求めるのは愛であり絆だ。信仰よりも先に死のある戦場で、人は神よりも先に愛を求める。そこでは、性という矮小なカテゴリーは意味を成さない。人はただ人を愛するだけであり、神はただその愛を祝福するだけなのだ。だからアルベールは問うた。

 愛を向けるのは、女へなのか、人へなのかと。

 あとは、カナン自身が自分で納得できる答えを見つけるだけである。アルベールはそっと席を外した。おそらく、ミコト・ムラサメの方がより深刻な悩みを抱えているだろう。言い方は悪いが、カナンはその巻き添えを食ったのだ。

 おそらく、インターセクシャルである彼女は、ジェンダーアイデンティティの岐路に立たされているのだ。本来なら専門家の手を借りて、きちんと対処しなくてはならない問題であろうが、状況はそれを許してくれないだろう。

 アルベールは、ガルム・ガーの背中で日課としている武術の形を演じているミコトの姿を見つけた。

 

『ほら、同じでしょ』

 耳の奥にこびりついた声を振り払うように拳を突き出す。オーブで接触したユイ・タカクラの体は、ミコトの心を揺るがすものであった。保養施設などに誘ったのは、自分の事を知っていたからなのだろうか。

『あなたとなら・・・・・・大丈夫だわ』

 更衣室の片隅で見せられた体。ユイの、男女の両面を誇示するような姿に、ミコトは戸惑った。それ以上に、その視線に恐怖していた。好意の視線や、好奇の視線とは全く違う、自分の両面の性を同時に性の対象として見る視線は、彼女の体を今でも這いずり回っているようだ。

『男でも、女でも、結局ダメなの・・・・・・私が愛せるのは、そのどちらも選ばないまま、どちらも手に入れてしまった、あなたのような人』

 その場から逃げ出すしかなかったミコトは、それ以上の言葉を聞いていない。だが聞こえてしまった声は、未だに消えずに残っている。

その誘惑に、彼女は恐怖した。

 もはや先送りは出来ない。どちらかを選ばねばならないのだ。だから、カナンに選んでもらおうとした。

 その身勝手さを打ち砕こうと、彼女の拳は宙を穿つ。

 

 

 

 

 スクランブルの回数に変化はない。カーペンタリアも、表向きは平静を保っている。だがプラント内部にあるらしい対立、大洋州の動向、連合の動きなど、注視しなければならないものは多かった。地球におけるザフトの最大拠点と言えども、本国から遠く隔たった場所に孤立する基地に過ぎない。異常事態には自ら対処しなければならないのだ。

 あの巨大MSがカーペンタリアにとって脅威となるのか否か。あれが連合軍の運用するものであれば間違いなく脅威である。だが、ウィンダムとの交戦をも行っていた以上、簡単な結論は出せない。レポートの文面を練りながら、ウォーレン・パーシバルは天井を見つめる。

「そもそも、同じザフトに攻撃された事を追及すべきなのだろうが・・・・・・」

 それに関しては、高濃度のNJによって敵味方識別信号の間違いが生じたという理由で、不問とされていた。ヤキン・ドゥーエですら、そんな事はなかったというのにだ。

 現場の人間であれば、目の前の新兵器を脅威に感じると思ったら大間違いである。一番恐ろしいのは、背後から撃たれる事だ。クーデター政権には、一生理解の出来ない感覚であろう。

 ともかくレポートをでっち上げ、そのついでに自分を出撃のしやすい立場に変えてもらうよう願い出る事にした。この不透明な情勢下で、新兵をむやみに出すわけにはいかない。経験者や年長者には、そういう責任があるのだ。

 社会に出たばかりの人間を、無駄に消耗させる必要はない。ウォーレンは、娑婆っ気の抜けない部下の事を思った。

 

「風邪? 大変なの、仕事?」

 くしゃみをした鼻の頭を擦りながら、テルシェ・ミンターは違うと言う。傍らにいるユウキ・ナンリが心配そうな表情を浮かべていた。テルシェは話題を変えられまいと、さらに追求した。

「それに・・・・・・髪、伸ばし始めたでしょ」

「!?」

 ちょっと見ない間に、ユウキの服のセンスが変わった事を指摘していた。Tシャツにショートパンツで、無防備というか無造作に肌を晒していた彼女が、それを止めていたのだ。リップクリームも、色付きのものを目立たない程度に塗っている。

 その他諸々、気付いた事を挙げていった。日焼け顔が赤くなっていくのが分かる。ちなみに、日焼け止めクリームもSPFとPAが最大値のものを使い始めていた。

 普段の強気の言動とは裏腹に、こういう追求に対してとても素直な反応を示してしまうのが、ユウキのいいところだ。押していた自転車のまたがり走り出そうとするユウキを追って、自転車の後部に飛び乗った。

「ふ、二人乗りは禁止なんだぞ!」

「いつもしてるじゃん」

「あれは基地内だから。町ではダメなの!」

「そんな事より、聞かせなさいよ。何があった?」

「じ、自分はどうなんだよ!」

「うーん、ユウキのとはチョット違うけど、尊敬できる上官ならいるわ」

 急ブレーキに、思わずつんのめる。気を付けろと言おうとしたテルシェは、ユウキの表情に口をつぐむ。代わりに、その視線の先を見た。

 基地の居住地に食料品などを卸している地元の会社。そこの営業マンらしき男性が、正面の玄関から出てきた。年の頃は三十前後といった感じだろうか、意外と年上の男性だ。これ以上何か言うと、本気で怒られそうなので、テルシェは黙ってユウキの女の子の顔を見つめる事にした。

 

 

 

 

「構わないのですか?」

「甘いかな、俺は・・・・・・」

 沈黙を否定に代えて、アルテシア・ローレンツはティーカップを下げる。ルーファス・リシュレークは椅子を回した。別荘から見えるインド洋も見納めだ、しばらくは仕事の日々となるだろう。

 アルテシアを呼び寄せ、抱き寄せる。しばらくは彼女とも会えなくなるだろう。カフネ・イーガンとのコンタクトを彼女に一任しているのだ。秘書業を離れ、そちらに専念してもらう事にしている。全幅の信頼を寄せられる相手を、彼は他に知らない。

 顔を近づけると彼女は身を離す。そのいじらしさに、激しく抱き締めたい衝動を覚えるが、そっと栗色の髪に触れる事でそれを我慢する。

 コーディネーターを快く思わないリシュレーク家で、コーディネーターの彼女がどのような立場にあるのか。ましてルーファスが妾の子として苦労してきた事も知っている彼女だ。一線を引くのは当然かもしれない。

 しかしそれは、自分の至らなさでもある。外野の口を封じられるだけの実績と力を示せていないという事だ。NJCを利用した新型発電施設、それこそが彼が示す実績となるはずだ。

 その鍵となるカフネ・イーガンは今、グェン・ヴィレンとともに行動している。手荒な真似も出来ないわけではなかった。だが、グェンの厳父のごとき迫力の前に、彼女を無理やりブリュッセルに連れて行こうという考えは消えてしまった。

 グェンの有無を言わさぬ雰囲気を思い出し、ルーファスは笑った。アルテシアの不思議そうな表情に、彼はつぶやくように言う。

「ファザコンっていうのかな・・・・・・こういうのは」

 

 そのグェンはカフネを連れて家に向かっていた。空港に降り立った時間が深夜であったため、近くで一晩泊まる事にする。ホテルのフロントで、しつこく親子かと聞かれたのは、その手の商売が横行しているという事だろう。復興も未だ道半ばといったところであった。

 好きな方を使えと言われ、カフネは二つ並んだベッドの一方にちょこんと座った。窓の外からは街の喧騒が漏れ聞こえてくる。

 ピンと張られたシーツを何となしに撫でながら、今日は眠れるだろうかと思う。少なくとも今までは、ここより良いベッドの上でもちゃんと眠れていないような気がした。色々な事がありすて、頭の中が今もグルグルと回っている。横になっても、それが治まることはない。

 自分が何をすべきが、どう振舞うべきか、それ以前に何をしたいのかしたくないのか、それすら分からなかった。シャワールームのドアが開き、グェンが髪を拭きながら出てくる。カフネは視線を上げずに聞いた。

「これから・・・・・・どこに行くんですか?」

「とりあえず、俺の家だ。身の振り方は、それからゆっくり考えればいい」

「でも、また・・・・・・」

「ゆっくりって言ったろ。今は何も考えずに寝ればいい。目覚めた時には、今までの事の半分くらいが夢になってしまうくらいにぐっすりと」

 部屋の冷蔵庫からサイダーを取り出したグェンが、それをカフネに渡す。大きな体で遠慮がちにカフネの隣に座ったグェンは、そっと彼女の髪を撫でた。無骨な手だが、とても繊細な触り方。

 グェンは財布に手を伸ばし、中から写真を取り出す。かなり色あせているが、それは家族の写真だった。一番上の子は、カフネと同じ年になると言う。その幸せそうな写真を持つカフネの手は震えていた。

 涙が、溢れてきた。気付いた時には、もう止めようがなかった。体を折り曲げ、むせび泣いた。グェンの手は、ただずっと優しく髪を撫で続けている。

 少し残酷な事をした、彼はそう思う。だが彼女は、これまでずっと全てを押し込めてきたのだ。気が狂ってしまわないように、無意識に感情を遮断してきたのだ。泣き方すら忘れてしまうほどに、彼女は耐え続けてきた。そんな過酷な境遇を与えてきた者に出来る事は、せめてそれを思い出させることだけだった。

 泣き疲れ眠ってしまったカフネの髪を、グェンはそっと撫で続けた。

 

 

 

 

 地球の大半を占めるのが大洋である以上、兵器の運用もそれを考慮したものでなくてはならない。オーブ解放作戦で連合は、MSを強襲揚陸艦を使って作戦へ投入していた。MSの発進に時間がかかるという欠点はその頃から指摘されていた事である。そのため現在、各国がこぞってMSの運用が可能な艦船の建造に取り組んでいる。

 オーブのタケミカズチはその一つの回答であり、MS運用艦は空母型が主流となると考えられていた。ウィンダムの発進シークエンスが進んでいく。

「ユーラシアは陸軍国家だなんて、言い訳にゃならんな」

 南太平洋へと派遣されたカルロス・アストゥリアス率いるMS隊を載せているのは、タンカー型と呼ばれるMS運用艦である。MSを垂直に射出できるデッキを備えた艦艇であり、ザフトのボズゴロフ級の運用形態を模倣したものであった。

 空母型に比べてMS発進速度は速いが、着艦が異常に難しいためとてもではないが採用できないと言われている代物だった。君達になら使えるだろうなどと言ってくれる上官には、心底腹が立つ。

 謎の巨大MSが確認されたという情報のある海域に近づいたとき、アンノウンの接近が探知された。一応は公海上となっているはずだが、大洋州と大西洋が揉めている海域にも近い。ただちにウィンダムの発進が命じられ、カルロスはコクピットの中で、隊員に信号弾の確認を行わせる。

 本命の巨大MSではないだろうが、戦闘が避けられる状況でもなさそうだ。ブリッジからの合図と共に、押さえつけられるような加速度を感じる。MSデッキを映していたモニターが一瞬で、空と海の青へと変わった。

 後方のモニターで六機のウィンダムを確認すると、カルロスはペダルを踏む。

 

「連合・・・・・・5、いや7か」

 オイレン・クーエンスの口が歪む。シグーの方が試作型ウィザードシステムとの相性も良いようだ。あとはビームライフルの出来次第だろう。敵編隊の先頭がライフルを構えたのを見た。オイレンは機体を僅かに揺する。

 頭上を流れたビームの光跡を視界の端に感じながら、オイレンはシグーのスラスターを全開にした。ビームライフルはまだ構えない。二射、三射とビームが飛来するが、どれも射線を外している。牽制のロケット弾を無視し、シグーはなおも速度を緩めずに突進する。

 ようやく敵編隊が散開したが、明らかにタイミングが遅く、しかも散開の速度が速い。視界全体を使って敵機の位置を補足するが、各個撃破を狙うには間合いが悪すぎる。軽く制動をかけて直上の敵にビームライフルを浴びせ、ロケット弾をシールドの機関砲で薙ぎ払って距離を取り直す。

 

「こいつもスペシャルかよ!」

 カルロスが舌打ち混じりに言う。あのまま取り囲んで一気に片を付けるつもりが、距離を取られた。戦争が終わった後だけあって、どこもエースパイロットしか残っていないようだ。

 部下に二機一組のフォーメーションを徹底させ、自分は単機で突出する。コーディネーターのエースパイロットを前にした時、機体の数の差がどれほど有効か。個々のMS戦闘において、物量は意外なほど差を生まないものだ。だからこそ、自ら突っ込む。

 部下の援護射撃が敵の動きを拘束する。カルロス機の左手がビームサーベルを握った。ギリギリまで挙動を隠すようにしてシールドの影から振り抜いたサーベルは、敵機の眼前を通り過ぎた。

「遠い!?」

「避けたんだよ!」

 まずは一機、オイレンがそう思った瞬間シグーはシールドを構えなおす。敵は、味方機が接近している状態で、狙撃めいた援護射撃をしてきた。パイロットの腕が射撃管制システムの精度かは知らないが、厄介な敵だ。すかさず第二撃を放とうとしたウィンダムを蹴り飛ばし、シグーを上昇させる。

 一機で突っ込んできたウィンダムは、いわば囮だ。後ろから追いすがろうとするその機体を機関砲で牽制し、援護射撃に回っている機体を狙った。

 

「チョロチョロと!!」

 オイレンは声を荒げる。六機のウィンダムは、距離を詰めさせない。二機一組のウィンダムは、シグーの動きを制限するための牽制射撃と機体を直接狙う攻撃に役割を分担し、さらにそれが三組同時に襲ってくる。そして残った一機が、執拗に肉薄攻撃を仕掛けてくるのだ。

 ボアズやヤキン・ドゥーエの時のように、ただ寄り集まってビームを撃つだけではなかった。おそらく一対一なら、余裕で全滅させられる。敵編隊を乱して各個撃破すれば、そうなったはずだ。だが今は一対七である。

 

「沈め!」

 カルロスのビームライフルは回避され、味方の攻撃は海面に着弾し水柱を上げた。シグーの姿が飛沫の中に一瞬消える。カルロスは慌てて無線に向けて怒鳴るが、同時に爆発音が一つ聞こえた。

 ペアの機体を失った者を、ビームライフルの有効射程ギリギリまで下げさせる。味方の動揺を逃すまいとしているシグーに、あるだけのロケット弾を発射し、その乱舞と共に機体を突っ込ませる。

 機関砲の衝撃をシールドで耐え、ロケット弾の爆炎を突っ切ってビームサーベルを振るう。手ごたえがあるとは思っていない。ビームライフルを乱射してシグーの動きを止めようとするが、信じられない機動でそれをかわされた。

 そればかりか、味方機の攻撃も同じようにかわしていく。ウィンダムの射撃プログラムの癖を読まれたのだ。カルロス機はスラスターを吹かすが、さらにもう一機のウィンダムがロストした。信号弾を打ち上げてフォーメーションを変える。

 

「無駄無駄!」

 オイレンは叫ぶ。所詮はナチュラル、自分に敵うわけがない。敵の攻撃の精度が落ちたと感じるが、その理由までは分からないし分かる必要もない。自分が強く、敵が弱いのであれば、それは当然の事だ。敵が編隊の組み方を変えるが、小手先をどう弄ろうと、差を埋める事など出来ない。

 肉薄攻撃を仕掛けてくる機体が信号弾を打ち上げていた。おそらく隊長なのであろう、ならば次はそれを落とす。四機のウィンダムのビームが降り注ぐが、全く当たる気がしなかった。

 ビームの雨の中、機体を躍らせるようにシグーが突っ込む。

 カルロス機もそれに応じた。コクピットの中で、カルロスは怖気づきそうな脚を突っ張ってペダルを踏み込む。機体を犠牲に機関砲の残弾をゼロにしてくれた部下のためにも、ここは退けない。

 シグーの手が閃く。振り払われる重斬刀はコクピットを狙う軌道。ウィンダムが僅かに動いた。ウィンダムの両腿が引き千切られるように切断される。

「三つ目・・・・・・!?」

 オイレンは上部モニターを通り過ぎるウィンダムの体を見た。まだ、死んでいないと示すようにその手がビームサーベルを伸ばした。反射的に体が動いたが、バックパックの右翼が脱落している事をモニターが示している。

 落下するウィンダムを睨みつけながら、オイレンはシグーを後退させる。だが不時着水は免れないであろう。モニターのアクリル板を思い切り殴りつける。

 

 

 

 

 縁ではなく必然だ。連合内でもあの巨大MSの事は極秘事項であり、それに関わる人間の数は極力少なくしたいと考えている。ならば、それとの接触経験のある者が集められるのは当然の事であった。

 連合の総意ではなくあのような物が運用されている。どの陣営としても看過できるものではない。理想としてはそれを鹵獲し自陣営による運用を行う事であろうが、既にザフトもかのMSの存在を知っている。余計な火種を抱え込む前に、火は消してしまった方がいい。

「ああ、妻には迷惑の掛け通しだよ」

 ゲンヤ・タカツキの自嘲がブリッジに響く。東アジア軍は、巨大MS追討を彼に命じたのだ。インド洋での奇妙な逃走作戦から戻り、数日と経たっていない。妻に留守を労うと同時に、次の留守を頼まなくてはならないのだ。物分りのいい妻は、こういう時こそ始末が悪い。

 不平の一言でも言ってくれれば多少は心が軽くなるが、それなしに送り出されると言うのはどうにも居心地が悪い。文句言われないだけマシですよと言うクルーもいるため、どちらにしろ良い事態ではないのだが。

 だからこそ死ぬわけにはいかない、せっかく戦争が終わったのに、これ以上家族に迷惑を掛けられるわけがない。標的となる巨大MSへの対策を検討し続ける。

「敵はビーム、及び実体弾の双方を無効化する障壁を、機体各部から発生させています」

 映像資料を示しながら、メイファ・リンは巨大MSについてのレクチャーを続ける。二度の交戦経験を持つ彼女の証言は非常に貴重であった。

 だが、それに対して有効な攻撃手段が存在するのかという問題となると、彼女の経験では存在しないと言うしかない。彼女の腕を上回る技量を持ったパイロットを十人以上集めた上で検討すれば、何か案があるかもしれない。だがMS運用能力の低い東アジアで、無い物ねだりをしても無駄だ。

 対艦戦、対潜水艦戦のノウハウも、巨大とはいえ機動兵器に対して有効とは言いがたい。ただ敵の母艦であろう潜水艦を発見しそれを撃沈した上でなら、あるいは何らかの対処方法が見えてくるかもしれない。

「派手に戦闘を行っている海域での潜水艦索敵ですか・・・」

 機関を停止し潜行する潜水艦を見つけるのは至難の業であろう。ため息のような沈黙の中で、他に方法はあるまいとゲンヤが重々しく言った。その上で、敵出現地点から少しでも離れた場所を交戦地点とするようメイファに言う。

 作戦には大西洋の部隊も参加する事になっているが、連携その他が上手くいく保証はない。困難この上ない作戦を命じられたと言う感想しか出てこなかった。

 だがメイファは、大西洋の部隊に見知った名前があるのを見て安心していた。

 

 

 

 

 クライアントが直接人間を送り込んできたのは、研究についての依頼を受けた時だけであり、それ以降はデータのやり取りか短い音声通信のみであった。自分の研究が周囲にどのような期待と不安を抱かせ、社会に影響を与えるのか。興味は無くとも知っていなくては仕事にならない、メンデルで学んだ最大の教訓がそれであった。

 遺伝子という化学物質が神となったコズミック・イラでは、それを研究する者は司祭である。そして科学者が仕える神が善き神か悪しき神かは、人が決めるのだ。学生時代そんな事を言って、分子生物学から文化人類学に鞍替えした友人がいた。彼が言っていたのは、まさにこういう事なのだろう。トルベン・タイナートはそんな事を思い出す。

 ならば、遺伝子の中に神の意志を読み取ろうとしている自分は、さしずめ神の言葉を聞く預言者だろうか、それとも悪魔の代弁者なのだろうか。

「大丈夫です。これは人の世の問題ですので」

 クライアントから送られてきた女性は涼しい顔でデータを差し出した。取り急ぎ調べて欲しい事があると、契約書を差し出す。トルベンはデータの入ったチップを手に取り、女性を見る。美しく、人当たりの良さそうな顔をしているが、どことなく毒々しさの感じられる人だった。

 自分の研究が怪しげな人間を惹きつけて止まない事には閉口するが、そういった連中と上手く付き合っていかなくては研究資金が手に入らないのだ。レシピと呼ばれる情報を彼にもたらしその研究を依頼した相手である、普通の組織ではあるまい。

 気に食わないのは、彼らが研究を実利をもたらすものとしてしか見ていない事であろう。手渡されたチップの中身を読み出し、依頼内容を見ればそれは一目瞭然だ。

 あるMSのスペックとそれによって生じる慣性重力の予測値、及び火器管制に必要とされる情報処理能力の最低値と機体制御に関わる身体の反応速度の要求値が、様々な側面から示されていた。依頼は、そのMSの性能を発揮するためにどの程度の力が必要とされ、それを後天的な能力向上処置によって獲得できるかどうかという事であった。

「後天的、とは?」

「ありとあらゆる手段です。ただし・・・・・・そうですね、一年以上もの訓練を行う時間は無いと言っておきましょうか」

 トルベンは出かかった言葉を飲み込む。

 おそらくこの依頼は、既に結論付けられているのだ。ただ単にプレゼンテーションの上で科学者のお墨付きが欲しいだけなのだろう。少なくとも目の前の女性は、このデータにあるMSの性能を「普通の人間」では引き出せない事が分かっている。

 専門外だと突き返す事も出来るが、とりあえず締め切りを聞いておいた。ユイ・タカクラと名乗った女性は、次の定期連絡の時に正式な締め切りを教えると言って、トルベンがサインした契約書を持って部屋を出て行く。

 

「設計図、か」

 コンピューターの画面を消して、トルベンは椅子の背に体重を乗せる。ジョージ・グレンを作った科学者は、何を基準にして彼を作ったのだろう。彼がブロンドで碧眼で白い肌をしていたのは、作った人間が白人だったからだ。そんな事を、コトハ・キサラギは言っていた。

 普遍のレシピなど存在せず、食べる人の好みに合わせて塩加減を変えるのが料理だと言う。ジョージ・グレンのレシピもそれと同じだと。そこには高邁な理想も、神の語る真理も無く、作った人間の細かな趣味が入っているに過ぎない。ジョージ・グレンを作ったのがヨーロッパ人なら、彼にアメリカンフットボールの才能など与えなかったであろう。

 彼女の言った事は、地球では珍しい主張ではない。だがそれ故に、覆しにくい説得力を持っている。しかし、とトルベンは思う。

 どれほど塩加減を変えようとも、ザワークラフトをレバーケーゼに出来ないように、作った人間の狭小な価値観がいかに入り込もうとも、変わる事のない普遍的な部分があるのではないだろうか、と。

 クライアントの求める人間が、このMSの操縦の出来る人間であったとしても、トルベンが求めるものは、そんな実用性の根底にある神の作り給うた普遍の設計図である。

 

 

 

 

「何故だ! 準備は十分に整っているだろう!」

「十分? この爆薬の事か?」

 机の置かれているのはフィルム型爆薬を服の形に形成した、着る爆弾。新型のボディースキャナーに対しても強い秘匿性を持ち、また爆発力も現在主流のプラスチック爆弾と同程度という物であった。

 これを装着した自爆要員をカーペンタリア基地の居住区画に潜入させ、自爆テロを敢行しようというのだ。基地内のシフトは大まかに掴めており、夜勤人員と日勤人員が交代する時間帯に攻撃を仕掛ければ、多くの戦果を見込めるとしていた。

 それを鼻先で笑うように否定したのが、ディルク・フランツ・ツェルニーである。ブルーコスモスは過激化すると同時に、知的レベルが低下していると付け加えた。部屋にいる人間の半分は激昂するが、もう半分は苦い沈黙を強いられている。

 彼はブルーコスモスが最近設立した戦闘部隊ファントムペインのメンバーであり、その戦果は文句のつけようの無いレベルであったからだ。ここでカーペンタリア基地の情報収集作業を指揮しているのも彼であり、その権限で本部から降りてきた無謀な作戦を拒否しようとしている。

 親プラントの大洋州におけるブルーコスモスは、当局による摘発が厳しいからこそ過激路線をさらに強化していた。そのあおりで、この自爆作戦も計画されたのだ。本部からやって来た人間を一瞥したディルクは、ザフトに気取られないうちに戻れとだけ言った。

「たいした物言いだ、裏切りのコーディネーター・・・・・・いや4321977」

 沈黙させられていた男の一人がそう口にする。その声は挑発の色を隠そうとしていなかった。ディルクの出自に関わるこの言葉を知っているという事は、そこそこの高級幹部なのだろう。だからこそ彼は笑う。トップのレベルはそのまま組織のレベルに他ならない。

「ブルーコスモスの価値は、コーディネーターを宇宙に還した数で決まる」

「ならば貴様も・・・・・・!」

「殺せるのか?」

 何気なく発した一言だけで相手を圧倒する。ディルクの沈黙はそのまま場を支配した。ブルーコスモスの内部抗争時、強化兵士で編成された部隊を全滅させたという噂に根拠の無い信憑性を感じさせる。彼は着る爆弾を片付けさせ、車を用意するように命じた。

 丁寧な言葉で本部から来た人間達を部屋から退出させる。どいつもこいつも、自分でこの服を着る気のない人間ばかりだ。廊下で待っていた護衛の者達とスローガンを唱和する姿は、滑稽極まりなかった。

「青き清浄なる・・・・・・君の場合は、乙女のために、かな」

 最後に部屋を出ようとした男がそう言った。次の瞬間、その男の頭は弾け飛んでいる。ティルクが手にする50口径の大型拳銃は、銃口から煙を立ち上らせていた。

 残った者は驚愕の声すら上げられず、何も見なかったようにただその場を立ち去るしかなかった。

 

 

 

 

 甘い蜜に誘われる蝶か、それとも腐肉にたかる蝿か。それが、連日の来客にアリシア・ルイーズ・ド・ヴァロアが抱く感慨であった。目の前の女性を蝿に例えるのは失礼かもしれない、だが彼女も同じ目的でここにやってきている。ニュートロンジャマーキャンセラー、戦後世界の趨勢を左右するこの技術を、誰が何に使うのか。関心はその一点に集まっているのだ。

 高速中性子制御技術をプラントに独占させない。それは連合にとって暗黙の了解となっていた。だが、連合加盟国のどの国がその技術を手にするのか、それに関しての合意など存在しない。

「エネルギー分野への関心は、ないという事ですか」

「あいにくと、私はビジネスに携わっておりませんので」

 東アジアの一大企業グループであるFUJIYAMA社、そこの社員の肩書きで来ている女性だが、実質的には最高責任者であろう。さらに背後には東アジア共和国がいる。ヨーロッパとは異質だが、あの国もまた血縁による階級社会を持っている。カナデ・アキシノとは、そういう女性だ。

 宗教的な違いなのかヨーロッパの上流層にはコーディネーターは少ないが、東アジアの上流層の子弟にはコーディネーターが多い。血統ではなく祭祀による繋がりを重視する思想や、実利を重んじる考えなどが根底にあるなどと言われているが、カナデもその例に漏れる事はなかった。

 現に存在するコーディネーターへの人権侵害は論外だが、コーディネーターを作り出そうという考え方もまた論外だと、アリシアは思う。目の前にいる美しい女性にそれを言う事はしないが、その美しさに美しさを感じないのも事実だった。

 

「引退間際の窓際軍人です。今さらビジネスの世界に飛び込もうとは思わない」

「ご冗談を」

 目まで笑ってみせるアリシアに、カナデは相手の手強さを感じる。今の連合各国は、どこもシビリアンコントロールが弱まり、前大戦を生き抜いた将校は大きな影響力を持っている。目の前の女性もその一人だ。

 コネクションだけでユーラシア軍を動かすと言う噂がどこまで本当かは分からないが、パリの参謀本部で最も影響力を持つ人物である事に間違いはない。彼女がどこまでユーラシア連邦政府の意向を代弁しているのかは知らないが、その動向を無視する事などできない。

 ましてやモスクワを拠点とするブルーコスモスの一派とともに、核エンジンを動力源とした新型機動兵器の実験を行っているのだ。危険と判断せざるを得ない。

 少なくともアリシアは、ジブラルタルを含めたユーラシア周辺国に対する抑止力として、NJCの技術を使用しようとしている。そのためには技術の専有が必要であり、電力事業のような民生分野への技術移転は全く考えていないのだろう。むしろ、そのような動きは阻止に回っているはずだ。

 MSの動力源であろうと、発電所の基幹部品であろうと、NJC技術が生み出す利益は莫大なものである。東アジアとしてもFUJIYAMA社としても、その権益に絡むチャンスは逃したくない。

 だがこの手の軍人の場合、そういったビジネス面の話を極端に嫌う。ましてや、フランス国粋主義者を公言してはばからない人物である。国家安全保障に関する思想は極めて硬直的であろう。世間ではアリシアの事を女ナポレオンなどと揶揄しているが、彼女はむしろドゴールに近い。

 

「私も、核動力MSとの交戦経験がありまして」

 カナデの言葉にも、アリシアは表情を変えなかった。同じ連合をも標的として機体の実験を行う、それがブルーコスモスの本性だと言いたいのであろう。それくらいの事は、承知の上である。

 だからこそ、あの歪んだ遺伝子主義者どもに首輪を掛け、その鎖を握っておかなくてはならないのだ。それを行い得るのは、自分をおいて他にいないであろう。それがアリシアの結論であった。

 

 

 

 

 地球連合に対して圧倒的に国力で劣るプラントが、曲がりなりにも停戦まで持ち込めたのは、連合軍が一枚岩でなかったからだ。宇宙でザフトと戦ったのは、実質的には大西洋宇宙軍のみである。アイリーン・カナーバが、交渉を纏め上げられたのも、連合内の足並みの乱れを突いたからだ。

 だからこそ、ザフトは一枚岩を保たなくてはならない。元の数が少ないのだ、一致団結して敵に対処しなくてはすぐに潰され、飲み込まれる。それがだ、サイモン・メイフィールドは思わずつぶやく。

 現状はそうなっていない。連合の足並みは相変わらずそろっていないが、ザフトも深刻な分裂を抱えている。問題はその分裂が、よく見えないという事だ。連合のように枠組みがはっきり見えているわけではない。

 その分裂の余波を受けて彼は今ウェリントンにいる。何故、自分がここにいるのかが、はっきり見えないもどかしさを抱えたまま、サイモンはせめて手掛かりでなくともそのきっかけくらいは手にしたいと考える。

 

「失礼、少しよろしいですか?」

「はい?」

 ザフトの制服をきっちりと着込んだ男性が、丁寧な物腰で声をかけてきた。確か、自分達を運んできた潜水艦の艦長だ。コトハ・キサラギは、食堂でいつも甘いデザートを頼んでいるその男性の事をよく覚えていた。

 しかし、声を掛けられる心当たりはない。当然、ナンパではないだろう。そうなるとあとは一つだ。サイモン・メイフィールドと名乗った男性の問い掛けは、予想通りのものだった。

「・・・・・・すると、何の関係もない一般の方と言う事ですか?」

 驚くのは当然だ、一番驚いているのはコトハ本人なのだから。といっても、いい加減この妙な立場にも慣れてきた。トルベンも気を遣っているのか、何かと声を掛けるなどしてくれる。もっとも、何だかよく分からない話題の事が多いが。

 その彼は、ある種の変人であろうしその倫理観には時々疑問符を付けたくなる事があるが、いわゆるマッドサイエンティストというより、中間管理職的役割に頭を悩ませる中年といった感じであった。有名な人らしいが、近くで見れば近所で犬の散歩をしているような普通の男性である。

 そこまで話したところで、サイモンの眉間の皺に気づく。どうも自分の人物評は一般受けしないらしいと、コトハは思う。サイモンが遠慮がちに口を開いた。

「あの博士の研究はプラント、いやコーディネーターにとって極めて重要なものだと聞かされています」

「少なくとも、コーディネーター個人にとっては、あんまり意味ないと思います」

 生殖という高等生物にとって最重要な機能に重大な欠陥を抱えたコーディネーターに、トルベンの研究の副産物が福音をもたらす可能性はある。だが、人間としてのコーディネーターが抱える根本問題は、そんなレベルではないはずだ。

 神を除く何者の意図とも関係なく生まれるナチュラルに対して、コーティネーターは明確な意図の下に生まれてくる。まさにレシピに従って生まれるのだ。生まれる前から意味を持たされた者が、自由な意志即ち自ら意味を作り出す精神を持つという矛盾。それがコーディネーター、少なくともコトハ・キサラギの根本問題である。

 親の意図に基づいて生まれ育ち、年頃というか今の学校を出れば親の選んだ相手と結婚する。両親が愛と信じて疑わないその重さから、彼女自身も愛を感じずにいられないその重さから、いかに軽やかに生きられるのか。その答えは遺伝子の中にはないだろう。ましてやその意図に愛を信じられないコーディネーターは、どう生きていくのだろう。

 コーディネーターとナチュラルの間にある不平等は、政治なり科学なりで是正すればいい。だがコーディネーターがその根底に抱える形而上学的問題は、そうはいかないはずだ。

 彼女がそんな事まで話してしまったのは、相手がきちんと耳を傾けてくれているように見えたからだ。それだけで、サイモン・メイフィールドという軍人が自分と同じ普通の側にいる人間なのだと感じる。

「だから、うちは別に期待もしてませんし。第一あの先生、やっぱ変ですもん」

 

 プラントとは違うイントネーションでそう言ったコトハを見ながら、サイモンは彼女も一般の人間ではないのだろうと思った。プラントのコーディネーターに、このような考えを持つ者は少ない。

 しかしそれこそが、ザフト分裂の深層なのではないかとも思う。遺伝子に未来を願う者と、自由意志に未来を託す者の対立。それを、彼女のようにきちんと言葉できる者がいれば、ここまできな臭い事態にはならないのではないだろうか。彼はそんな事を思った。

 

 

 

 

 いわゆるマッドサイエンティストというものは、科学の発展に貢献するような独創的な研究を行う者ではない。むしろ役所仕事のように、与えられた研究課題を的確にこなすだけの人間である。そういう意味では、ノーリッチ・シュナウザーの運用を行う者達はマッドサイエンティストであった。

 ブルーコスモスとしての思想性もなく、ただ仕事として人体実験を繰り返しているだけである。故に自分達の立ち位置を客観視する事も出来ず、迫った危険性を察知する事も出来ない。

「相変わらず、エンジン出力の調整が出来んなぁ」

「パイロットによる調整の数値化を地道に続けるしかないだろ」

 潜水艦の中で、ブレイカーの巨体の最終調整が進んでいた。コクピットに当たる場所にカプセルのようなものが設置される。ノーリッチ・シュナウザーが入っているカプセルなのか、それともカプセルそのものがノーリッチなのか、考える者はいない。

 核エンジン試験用大型MSであるブレイカーは、その中枢たる核エンジンが不完全なのだ。それに関する技術者をプラントから招聘する事に失敗しているため、全く別のアプローチでのエンジン完成を目指している。ブレイカーによる戦闘は、そのために必要な事であった。

 同時にプラントとの停戦を結んだ連合穏健派に対するブルーコスモスからの恫喝を含んでいるため、連合部隊への攻撃を行っているのだ。だが戦果は芳しいものとは言えなかった。機動性に劣る巨大MSが、通常のMSとの戦闘で優位に立つには、より火力を増やす事や、本体の機動性を補う特殊な武装が必要だろうという結論に達している。

 それでも、大電力を生み出す核エンジンの必要性は減じる事がないので、ブレイカーの試験は続けられているのだ。今回の標的は、インド洋で行われる大西洋連邦と東アジア共和国の合同演習である。

 

「詮索は、終わってからの方がいい」

 MS隊同士の合同ミーティングが終わった後、メイファ・リンはラビ・アルベール・コクトーに声をかけた。軍上層部はターゲットである巨大MSの動きを把握しているのだろうかと。名目は演習だが、実際の作戦は巨大MSの撃破である。何の当てもなくインド洋に来たわけはなく、上層部には何らかの確証があるのだ。

 考えれば考えるほど、自分の背後が見えなくなる雰囲気に、メイファは寒気のようなものを覚える。だからアルベールに声をかけた。彼も同じ事を考えているのだろうが、対処の仕方は極めて大人の対応であった。

 それが出来なければ戦場で散る、その事を弁えているのだ。メイファは気を取り直して、作戦への随伴を希望した。今回の作戦、主力となるのは大西洋の大型MAである。戦闘継続時間を除けば、巨大MSに対抗しうる火力と防御力を有するという判断であった。

 MAの随伴はアルベールが務める事になっているが、メイファはそれに同行したいと言う。

「東アジアの許可があれば、こちらが断る話ではない」

 彼女の戦闘スタイルを見れば、言った事を引っ込めるような事はしないだろう。アルベールの言葉にメイファは深く頭を下げた。

「神父さんの彼女かい?」

 メイファの立ち去ったのを見届けると、物陰から現れたカナン・エスペランザがそんな事を聞く。ミコト・ムラサメの裏拳を見事に食らったカナンの姿に、アルベールは安心の笑顔を見せた。

 

 

 

 

 停戦中とはいえ、プラントと連合の最前線基地であるカーペンタリアだ。テロや小競り合いがあって当然であろう。スクランブルなど日常的な出来事だと思っておかなくてはならない。

 だがモニターに映った機体を見た時、ウォーレン・パーシバルは嫌な予感を覚えた。見覚えのある黒い機体は、謎の積荷を襲撃してきた機体だ。その強さは、後ろを飛ぶ二人の新人パイロットを守りながら戦えるレベルではない。

 敵のリニアガンが向きを変えた。ウォーレンが信号弾を上げるより早く、後方の一機が動いてしまった。パニックが自信過剰か、どちらも戦場では致命傷になる。リニアガンの弾丸を回避したバビが変形して胸部ビームの発射体勢になった。

 黒いダガーがその隙を見逃すはずもなく、ビームを発射し空中で棒立ちになったバビに、二振りの対艦刀が殺到する。ウォーレンは奥歯を噛み締めた。

 だが対艦刀が捉えたのはバビの腕のみ。ダガーがウィングユニットを防御で使用したため、その突進が止まったのだ。

「ミンターか!?」

 上空でガンランチャーを構えていたバビが変形したのが見える。信号弾は見ていたはずなのに、やはり後退しなかった。両腕を損傷したバビを後退させ、ウォーレン機は黒いダガーに対峙する。上空のミンター機には、援護を任せた。説教は、彼女を生かして帰してからだ。

 突っ込んでくるダガーに突撃銃を浴びせかけると、変形して背後を取りにかかる。大気圏内の機動性で負けるわけにはいかない。

 

「ちぃっ!」

 背後から放たれたロケット弾を、ダガーは対艦刀を両手に、機体を回転させるようにして切り払う。リニアガンで後方に牽制射を行い、グレネードで煙幕を張った。背後のバビをやり過ごすため、スラスターを切って自由落下に入る。煙幕を突き抜けたバビが頭上を通り過ぎた瞬間を見計らって、リニアガンの狙いをつける。

 その瞬間を狙い済ましたかのようなビームに、ディルク・フランツ・ツェルニーはもう一度舌打ちをした。あのバビの動きは、これを誘ったものだったのだ。上空の機体の事を完全に忘れていた自分に慄然とし、大きく息を吸って意識を集中させた。

 カーペンタリア基地内での自爆テロを中止させたのだ、穴埋めをしておかなくてはガス抜きが出来ない。軽くスクランブルを誘って、戦闘の真似事をして撤退するはずだったのが、わざわざエースを引いてしまったようだ。しつこく絡むバビに向けて、ビームガンを乱射する。

 基地内での自爆テロなど、示威効果すらない組織の自己満足である。ブルーコスモスの掲げるコーディネーターの排除とは、個別のコーディネーターを殺害する事の向こう側にあるコーディネーターという思想の排除だ。ノワールダガーはレールガンで上空のバビを牽制し、対艦刀を抜いて背後のバビに対峙する。

 変形による制動、ビームの発射、上昇しての回避行動、バビの一連の動きを見切った。左手から伸ばしたアンカーワイヤーがバビのガンランチャーに絡みつき、敵の体勢が崩れた。ワイヤーに放電をしてガンランチャーを破壊すると、一気に距離を詰める。

「・・・・・・甘いか!?」

 振り下ろした対艦刀が空を切った。乱射された突撃銃に対してウィングユニットを防御の回したため、踏み込みきれなかった。損傷覚悟で仕留めるべき場面だ。ディルクは舌打ちをする。

 何故か踏み込めなかった。敵機の撃墜より、確実な生還を優先した。体が、それを選択したのだ。その理由を、頭が理解できない。

 自爆テロくらい、好きにやらせればよかったのではないか。大洋州のブルーコスモスにどれだけの義理がある。摘発が強まれば速やかに大洋州から撤退すればいい。しかし彼は、基地の人間を標的とせず、大洋州に留まる事を選択した。

「くそっ!!」

 上空でビーム発射体勢になったバビにレールガンを撃ち込む。肩を吹き飛ばされてバランスを崩したバビを尻目に、ノワールダガーが海面にビームガンを放った。水柱と水蒸気に隠れるように、ノワールダガーは後退する。

 

 

 

 

 地球でも、都会はプラントと同じ姿をしているように見える。目に入る物の全ては、人が考え人が作り出したものだ。しかしそこから離れると、目に入る物は人工物で無くなる。それを、自然が作り出したものと表現するのは間違いだ。自然は「作為」よりも先に存在するのだから。

 その一切を人が作り出したプラントは、人間という限界を超えることが無い。人はその発想の内側でしか「作為」を行えない。今カフネが見ている物は、人間という限界の外側に存在する自然であった。

 山の形、木々の並び、川の流れ、風の動き、そのどれをとっても精妙な調和を内包した混沌を見せている。

「調和とはきっと、有意味な物による整然たる秩序の中にあるのではなく、無意味な存在の・・・・・・」

 カフネは言葉を探す。今目にしている物の中にある美しい調和を説明する言葉を探し当てられない。困ったように隣を見ると、グェンが苦笑いをしていた。トラクターが食べ物の匂いのする排気ガスを出しながら、山道を登っていく。

 食用油の廃油を精製した燃料で動くディーゼルエンジンは、充電用スタンドの普及していないこの地域では一般的な動力だった。グェンの家に着いた二人は、朝早くから近くの山に向かっている。

「珍しいかい、こんな田舎?」

 グェンの家は、空港のある街から車で何時間もかかるような場所にある。何の変哲も無い田舎の村だ。ただ近くに国立の自然保護区があり、州がガイドラインを設定して観光客の誘致を始めるという話があった。グェンはそれを当て込んで、レストランの経営を考えている。

 ルーファス・リシュレークからの仕事を請けたのも、その開店資金とするためだった。退役時に軍から支給された金など、子供の教育費に消えてしまったのだ。

 二人を乗せたトラクターは、山の中腹の開けた場所に出た。下草が綺麗に刈り取られた空き地に、土を盛った山が二つ並んでいた。グェンは持って来たたくさんの線香に火を付けると、その山に差していく。

「あの・・・・・・」

「親父とお袋の墓だ」

 亡くなって三年はこうやって土の墓に埋葬し、それから骨を取り出して石造りの墓に埋葬しなおすのだという。手を合わせて短く黙祷を捧げたグェンは、両親の事を話す。

 エイプリルフール・クライシスによる混乱の最中、グェンの両親は相次いで命を失った。地球全域で、億の単位の人間が死んだ未曾有の戦争である、彼の話は珍しいものではなかった。今地球に生きている人間は全てが、その近しい人を何らかの形で失っているのだ。それほど多くの人が死んだ。

 政府が過激主義を排除しようが、プラントとの関係構築を目指そうが、この戦争がもたらした爪痕は、コズミック・イラに永遠に刻まれたであろう。憎しみと怒りと悲しみは、グェン自身の胸にも刻み込まれている物だ。

 線香をあげ終え、グェンは立ち上がる。振り返る先にいるカフネの顔は青ざめていた。コーディネーターが犯した罪の具体的な形、それを目の当たりにしたのだ。

 何か言おうとするカフネの頭をクシャクシャと撫でると、グェンは彼女をトラクターの席に押し上げる。

「お前のせいなんかじゃ無い」

 この少女が、これ以上何を背負う必要があるというのだろうか。戦争が終わってなお、戦争の残滓に翻弄される少女に、これ以上の労苦を与える事は大人として許されない事だ。トラクターのエンジンが、重そうな音を上げて回り始める。

 

 

 

 

「聞くと見るとじゃ大違いってか!」

「突っ込む!!」

 ブレイカーの胸から発射された巨大なビームの柱を、ガルム・ガーは背中で受け止める。連合の開発した防御兵器、陽電子リフレクター。一応は試作機という事になっているが、これまでの戦闘データから十分すぎるほどに有効だという結論は出ている。

 ビームを防ぎきったガルム・ガーは、両腕を掲げビームとリニアガンを乱射する。光波防御帯を展開してそれを受け止めたブレイカーに、ガルム・ガーは肉薄した。展開された鉤爪が、ブレイカーの右腕を捉える。

 スラスターを全開にしてブレイカーを引き摺り倒そうとするが、逆に機体を振り回された。カナンが咄嗟に爪を外し、ガルム・ガーは放り投げられるようにして距離を取る。そうしなければ、リフレクターのない腹部に左腕のビームを食らっていただろう。リニアガンでの攻撃に切り替えたブレイカーをあしらうように、ミコトはガルム・ガーの機体を操る。

 機体の意思とは全く別の意思で繰り出されるビームとリニアガンの射撃に、ノーリッチの意識が覚醒し始めた。機体制御のための情報量が増え、半覚醒状態ではその処理が追いつかなくなってきたのだ。

 単調だったブレイカーの動きに、生気が見え始める。アルベールは上空で旋回させていたウィンダムを急降下させる。対艦攻撃用の大型爆弾二発、ブレイカーの動きが鈍いうちに当てておく。機体も軽くして戦闘に備えなくてはならない。メイファ機が続くの確認して、アルベールはレバーを引き上げた。

 合わせて四発のうち三発は命中、もう一発も足元の海面を激しく揺さぶった。それでも、仕留めたとは思えない。爆煙と水煙が激しく混ざる場所に、ガルム・ガーのビームとリニアガンが殺到する。

 

「全員死ねよ!!」

 ノーリッチの咆哮とともに、ブレイカーの全身が閃いた。指のビーム、腕のリニアガン、胸部大型ビーム、バックパックのミサイル。爆発するように、ブレイカーの全ての火器が放たれる。

 大気を震わせ、海を沸騰させ、快晴のインド洋が一気に掻き曇ったかのようだ。使い物にならなくなったシールドを投げ捨て、メイファは機体を突撃させる。距離を置いたところで、埒のあく相手ではない。

 ブレイカーの背後に回りこもうとするガルム・ガーから視線を逸らさせるように、ビームライフルを細かく撃ちながらブレイカーに接近する。十の指から十のビームサーベルが伸ばされ、メイファ機の前に巨大な網が立ち塞がった。圧し掛かるように殺到するビームの網に、メイファは悲鳴を抑えるだけで精一杯だった。ガルム・ガーが背後から直撃させたリニアガンが無ければやられていた。

 

「リニアだぜ! この距離が無効かよ!!」

 通常火薬とは段違いの初速を誇る電磁砲だが、極めて近くから当てなければ有効打にはならないようだ。カナンは頭を切り替え、ターゲットスコープも近距離用に切り替える。シートに機体の加速を感じながら、隣と繋がっている感覚に安堵する。

 いちいち言葉にしなくてもいい。ちょっとした舌打ちや言葉の断片、パイロットスーツ越しに感じる息遣いだけで相手の考えている事が分かる。ミコトはカナンの思う場所に機体を運び、カナンはミコトの思う場所に攻撃を撃ち込む。全速力のガルム・ガーはすれ違いざまに、二発のリニアガンを直撃させた。

 ガルム・ガーの動きに問題はない。だが、バッテリー残量に問題があった。アルベールは焦れる。ブレイカーの艶めくPS装甲は、いまだ十分な電力を有している事を示し、のべつまくなしに吐き出されるビームは、その異常な出力を示していた。後方の艦隊からの連絡はまだない。

 

「リン中尉・・・!?」

 彼女の戦闘スタイルは覚えているが、こうも平然と突撃を繰り返されるとたまったものではない。アルベール機の牽制射撃をもろともしないブレイカーが、猛然とメイファ機を追う。ガルム・ガーは旋回のために距離を離しているため、攻撃に転じられない。

 一部のビームコーティングが施された装甲と、各部から展開する光波防御帯で、ウィンダムのビームを弾きながらブレイカーは突き進む。目の前のカトンボに気を取られて、ザリガニの攻撃を受けたのだ。まずはカトンボを落とす。ノーリッチはブレイカーそのもののような感覚の中で、高揚感に包まれながら攻撃を繰り出す。

 各部のカメラから入ってくる情報の全てが視覚として認識できるので、全ての方向が文字通り見える。小賢しく背後に回りこもうとするウィンダムを、ノーリッチの目ははっきりと捉えている。ブレイカーの動きを鈍重だと判断したからこその機動だろう。

「お前、メカに弱いだろ」

 ブレイカーの頭部だけが真後ろを向いた。人型であるが故に、そのような後ろの向き方は完全に予想の範囲外だ。MSの近接機関砲とは比べ物にならない大きさの機関砲が、メイファを睨む。

 間に合え、彼女はそう念じてペダルを踏み込みレバーを引き上げる。だが、機体に衝撃が走らなかったのは、自分の操作が間に合ったからではない。アルベールのウィンダムが、シールドごと腕を吹き飛ばされる。ジェットストライカーの翼も片方が消し飛ばされ、海面を転がるように墜落した。

 

「神父さんが!?」

「カナン、仕留めろ!!」

 ミコトはそう叫んでガルム・ガーのスラスターを吹かす。どの道、バッテリー残量を考えればこれがラストチャンスだ。海面スレスレを白い航跡を引きながら、ガルム・ガーは突進する。

 ブレイカーの吐き出したビームを陽電子リフレクターで受け止め、その圧力を振り払うように、スラスターの光りが増した。鉤爪を展開し巨大な鋏にすると、それを赤熱化させる。ビームサーベルを発振させた両腕が振り上げられるが、ガルム・ガーは既に間合いに入っていた。

 突き出された鋏がブレイカーの二本の腕を切断し、その勢いのままにブレイカーに衝突する。至近距離から放たれるビームをもう一度陽電子リフレクターで弾くと、飛び散った粒子がシャワーのように双方の機体を降りかかる。

 各部装甲の損傷を知らせるアラームが鳴り響く中、ガルム・ガーの最後の電力がリニアガンの弾丸に伝えられる。激しく揺さぶられ続ける機体の中で、カナンの目はブレイカーの砲口を射抜いていた。

 

「抜けた・・・・・・」

 ビーム発射口から撃ち込まれた弾丸が、ブレイカーの背後に抜ける。同時にその胸から上が爆発してガルム・ガーが吹き飛ばされたのを、メイファは見た。

 胴体と足だけになったブレイカーは、よろめくように去っていくが、メイファは三人の救助を優先した。

 

「どんぴしゃでしたね」

「流石はうちのソナー手だよ」

 ゲンヤ・タカツキは、攻撃機が戦闘能力を失ったブレイカーを攻撃している事を伝えられると、対潜哨戒機を交戦していたMS隊の捜索に向かわせる。敵の運用母艦は既に発見済みであり、先に攻撃を開始していてもよかったのだが、この瞬間まで待っていた。

 本命である巨大MSの破壊を確実にするためであり、同時にそれを東アジア軍の手で行うためである。敵を手負いにしたのは大西洋の機体だが、撃破するのは自分達である。座標の特定が終わり、音速魚雷とミサイル投下型爆雷が順次発射されていく。対潜装備のスカイグラスパーも第二陣の発進が進んでいた。

 五分後、巨大MSの爆発と敵潜水艦の轟沈が確認される。


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