Blank stories   作:VSBR

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第六部

 プラントの地球における最大拠点であるカーペンタリアとはいえ、その巨大な基地機能をプラントの人間だけで動かす事はできない。付近の住民が基地に雇用される形で、居住施設を中心として働いている。両親は仕事を求めてこちらに越してきたのだし、ユウキ自身も戦時中から基地でアルバイトをしている。

 だから、基地の雰囲気が変化した事は敏感に感じ取っていた。戦争の時ほどではないが、最近までの落ち着いた雰囲気が失われつつある。彼女は自転車を止めて汗を拭った。前籠の代わりに取り付けたクーラーボックスの中身を確認して売店に戻る。今日はもう上がるつもりだ。その視線が一点に向けられた。

 自転車を飛ばし、そして急ブレーキをかける。

「ツェルニーさん!?」

「・・・・・・!」

 大きなアタッシェケースを持ったスーツ姿の男は、オーブで出会ったディルク・フランツ・ツェルニーだった。道に迷ったのかと聞くと、彼は無言で頷いた。彼の驚いたような表情に、Tシャツとショートパンツで日焼けした肌を晒している自分の格好を意識してしまう。

 慌てて顔を逸らすと、最寄の事務所まで案内すると言う。仕事で基地に来たのなら中心区画に用事があるのだろうが、ユウキの資格ではそこまでの立ち入りは出来ないのだ。自転車を降り、彼の隣に並んで歩く。

 横目で見るのは、彼の横顔だけ。影が差しているような表情が、端正な顔立ちの上を覆っている。自転車の車輪がかすかに立てる音以外には、何も聞こえない。休憩時間中はクレーンも溶接機も止まっている。その静寂に耐え切れず、ユウキは自転車を止めた。クーラーボックスを開けて、ジュースのパックを取り出す。

「の、飲んで・・・暑いでしょ」

「あぁ」

 彼女もジュースを手に取り、余計に暑くなった額にパックを押し当てる。長いのか短いのかも分からない不可解な時間が過ぎ、警備員が詰めている事務所に到着した。ディルクが一言だけ礼を言って、事務所の建物の中に入っていった。

 ユウキはその場にたたずむ。よく分からない虚脱感のはずなのに、何故こんなに心地良いのか。手の中のジュースのパックはもうぬるくなっている。

「ユ~ウキ!」

 突然、背後から抱きつかれ、自転車が音を立てて倒れた。驚いて振り返ると、満面の笑みを浮かべたテルシェ・ミンターが立っている。

「戻ってきてたの!?」

「今さっきね。真っ先に会いに来たのよ」

 こんなところで何をしていたのかとテルシェが聞くと、ユウキは慌てて倒れた自転車を起こす。視線を向けずに何か言っているユウキの顔を、テルシェは覗きこんだ。

「何でもないって!」

「何も言ってないじゃん」

 自転車にまたがったユウキの肩を掴み、後輪軸の左右に伸びたステップに足を掛ける。走り出した自転車から、テルシェは後ろを見た。事務所の中では、スーツの男と警備員が何かを話しこんでいる。

「作戦は中止だ、予想外に警戒が強い」

「バカな! 貴様を潜り込ませるだけでどれだけの苦労を」

「それに外部との連携のない破壊工作では意味がない」

 ディルクの持っているアタッシェケースの中には、高性能の爆薬が大量に詰められていた。カーペンタリアに対する示威行動の一環としての破壊活動だが、彼はそれを土壇場で中止にする。

 

 

 

 

 その感覚をアナクロという者もいるだろう。だが再構築戦争によって近代国家の枠組みが解体され、より大きな国家として再編された時、かつての「国」は「郷」となった。かつてのナショナリズムは、いまやパトリオティズムとして語られるものなのだ。ゲンヤ・タカツキが自治州の艦隊司令をやっているのは、そのパトリオティズムの現れである。

 だが、そうやって自治州に引きこもっている事が許されない時代なのかもしれない。戦争によってプラントは普通の国であると証明され、連合は旧世紀のような国家の寄り合い所帯である事を露呈した。再編されたより大きな国は、国としての求心力を持てないまま、再びかつての国が存在感を増し始めた。

 エイプリルフール・クライシス以降の混乱した地球の復興を、どの国が主導するのか。国家間の競争は始まっているのだ。軍人など、率先してその駒とならねばならない立場である。

「進路を東に」

「ここからですか!?」

 イベリア半島の沖合い南に向けて航行していた艦隊が、進路を90度変更する。ジブラルタル海峡を抜け、スエズ運河を使ってインド洋に出るのだ。戦争前であれば通常のルートだが、今は意味が違う。

 ジブラルタルとカーペンタリアを結ぶ、地中海、スエズ運河、紅海、インド洋はザフトの最重要シーレーンである。ユニウス条約でほとんどの占領地が連合領に戻ったとはいえ、ザフトは各地に基地の割譲を認められ、今でもこれらの地域では連合も自由な活動が出来ないでいる。

 ユーラシアからの追撃を避けて日本に戻ろうとすれば、このルートがもっとも安全と言えた。ただ航海するだけであれば、ザフトも手出しはしない。

「つまり、ユーラシアは当方に対する攻撃も辞さないという事ですか」

「でなければ、君は首相専用機で今頃羽田に着いているよ」

 ブリッジにいる女性の問いにゲンヤは答えた。軍艦による護衛が最もリスクを少なく出来る、それが自治州政府の判断なのだろう。カフネ・イーガンの持つ情報は、リスクに見合うだけのリターンを約束してくれるのだ。

 だからと言って、誘拐の幇助に乗り気になれる軍人などいるであろうか。ゲンヤは横目で女性を見据えた。カナデ・アキシノは、あえて表情を崩すまいとしているかのようだ。ゲンヤは小さくため息をついた。

 彼の見立てでは、戦闘はインド洋に入ってからだ。ユーラシア以外の勢力も、同じ情報を欲しているはずである。厳しい状況は、容易に予想できる。

 

 

 

 

 プラントの人間がザフトに追われる、それくらいならば説明を受ければ理解も出来よう。だが、ザフトに追われるプラントの人間を手助けするザフトがいる、こうなると理解は出来ても納得は難しい。カーペンタリアで立派な宿舎に案内されてから、コトハ・キサラギが考えるのはそんな事ばかりであった。

 『ジョージ・グレンのレシピ』なるものは、追う価値も匿う価値もあるものと考えられているのだろう。だが、それを持っているトルベン・タイナートはそれほど研究に乗り気なようには見えなかった。彼曰く、ジョージ・グレンのゲノムは全て公開済みなのだ。

 彼のクライアントは、それらがどのように発現するのかについての詳細な研究結果を求めている。しかしそれに関しては人工子宮の研究者の方が専門家であり、ゲノム研究家であるトルベンにとっては興味の範囲外の話だった。それでも、彼がこの案件に首を突っ込み続けているのは、レシピにはジョージ・グレンの両親のゲノムについてのデータが存在したからだ。

 正確に言えば、卵子と精子それぞれの遺伝情報である。つまり、これとジョージ・グレンの情報を比較する事によって、どのような遺伝子操作が行われたのかを調べる事が出来るのだ。トルベンは、そこで一つの疑問に突き当たる。

「キサラギくんは、レシピをどのように書く?」

「・・・・・・うち、家政科違うんです」

「料理とか、しないのかね?」

「料理する人はレシピを書きません」

 こういう会話をすると、この人が学者なのだと改めて実感する。普通、料理が先にあって、レシピが後から生まれるものだ。コトハはそれを丁寧に説明した。トルベンはさらに続ける。

「もし、創作料理を作る事になったら、レシピからはじめないかね?」

「多分・・・既存の料理のアレンジから入ります。それに、いくら料理の事考えても、先生の疑問にはたどりつかへんと思いますよ」

 呆れ顔のコトハに、トルベンは困ったように腕を組んだ。

 ジョージ・グレン誕生の経緯は、未だに謎のままである。もしそれが、無数の試行錯誤によって行われていたのなら、一体いくつの卵子と何人の代理母を必要としたのか。そんな多数の人体実験を、完璧に隠蔽など出来るわけもない。彼を作り出した科学者は、ジョージ・グレンを「狙って」作り出したのだ。

 現在のように膨大な基礎データのない時代にそれを行ったのである。つまり、データから帰納的に有用な遺伝子を導き出し操作したのではなく、何らかの理論から演繹的に有用な遺伝子を導き出す方法を確立していたのだ。

 その理論こそ、遺伝子工学における最終理論、彼の求める神の設計図なのではないだろうか。

 

 

 

 

 現在ザフトに所属していなくとも、少しでもザフトにいた事があれば予備役としてデータベースに登録される。だから、オイレン・クーエンスの事を調べるのは難しい事ではなかった。

 輝かしいとは言いがたい彼の経歴、だからこそ大戦中の彼の活躍はひときわ眩しく見える。ただ淡々と数字が並ぶだけの画面に、あの凄絶なMSの動きが見えるようだった。シビル・ストーンは、そっと画面を切り替え席を立つ。予備役情報など、アクセス記録が残ったところで怪しまれるものではない。

 同じ制服を着た人が無数に行きかうカーペンタリアの基地施設。配属先は、以前の上司だったサイモン・メイフィールドの艦であった。宇宙艦の専門家を潜水艦乗りにしている事を見ても、カーペンタリアの台所事情が知れる。

「だから、降りて来られた・・・」

 シビルは人知れずつぶやく。歩調は緩める事無く、周囲をゆっくりと見回した。根拠無き確信を持って、オイレン・クーエンスの姿を探す。

 謎の巨大MSと戦っていたジンは間違いない。彼が地球に降下した以上、カーペンタリアにやってくるはずだ。ならば、もう一度会えるはず。彼女の視線は、人の波をかき分けていく。だから、偶然ではなく見つけることが出来た。

 居住区画にある地元資本の食料品店。インスタント食品が無造作に入れられた籠を持って、彼は棚の間を歩いている。その冷たく厳しい表情を、見間違えるわけがない。

 シビルはオイレンの姿を遠くから見つめる。彼を見つけた高揚感と同時に、容易に人を近づけさせない彼の暗い雰囲気にたじろいでいた。息を飲む音が聞こえるほどに緊張している。

 磨かれた床に靴底が擦れて音が鳴る。オイレンの視線が彼女を捉えた。彼がゆっくりと近づいてくる。

「・・・・・・わざわざ、追ってきたのか?」

「あ、あの・・・・・・」

「残念だが、今は追われる身じゃなくなってるんでな」

 そう言って、オイレンはシビルの横を通り抜けた。彼女は掠れる声で彼を呼び止める。射る様な瞳で見据えられ、シビルは体がこわばるのを感じた。それでも、震える声で自分の名前を彼に伝える。

 オイレンは少しだけ表情を緩めた。そして何も言わずに、背を向ける。歩き去ろうとする彼をもう一度呼び止めようとしたシビルが声を出そうとした瞬間、オイレンが片手を上げる

「悪いな、どうせ忘れる」

 彼はそう言って彼女の名前を一度だけ口にした。そのままレジの方に消えていったオイレンの姿を、シビルはじっと目に焼き付けていた。

 

 

 

 

 MAの運用試験だったはずが、いつの間にか本格的な戦闘を行なうようになっていた。ラビ・アルベール・コクトーが地球に戻ってきたという話は聞いたが、いつ合流するかは未定のままであった。カナン・エスペランザも、能天気を気取ってはいられなくなっている。今回の作戦の異様さは、彼でも分かる事だ。

 地球連合とはいっても、この内実が一枚岩でない事は周知の事実である。だがそれでも、戦争とはプラントに対して行うものであり、連合加盟各国の間で行うものではなかった。今回の作戦の標的は、東アジア軍の艦隊である。

 大西洋連邦海軍の特殊部隊を支援するため、ガルム・ガーは艦隊に対して陽動を仕掛ける。それ以上の作戦内容は伝えられていない。

「まずは、生き残る事だな・・・・・・」

 シミュレーション用のヘルメットを外して、カナンはそうつぶやく。視点認識型マルチロックシステムの仕上がりは上々であった。近接防御は、ほぼオートに近い感覚で動かせる。これで長距離攻撃に専念できそうだ。

 問題は機体制御の面である。水筒に口をつけながら、隣の空席を見つめる。ミコトに何があったのだろうか。オーブを出てから様子がおかしかった。彼らの乗機は複座式の機体である、パートナーとの連携は極めて重要だ。

 古い付き合いであるし、遠慮などする必要のない仲だ。本人に直接問いただせば良い、少なくとも今までの彼ならそうするだろう。だが、今回は流石にそうもいかなかった。カナンはミコトの問いを反芻する。

「あんたは私の事を、女だと思っているのか男だと思っているのか」

 彼は即答出来なかった。「ミコトの性別はミコトだ」などという冗談すら出てこなかった。それは真剣な迷いであるが、同時に禁忌を前にした戸惑いでもある。シャワールームの曇った鏡を拭う事無く、ミコトはそこを後にする。

 曖昧さを具現化したような体、だからこそ彼女にとって性は自ら決定できるものだった。カナンが男性として存在した時、ミコトは女性として存在する事を決めた。心に体を合わせる事を必要だとは思わないが、どのような体でも心は既に決まったのだと思っていた。

 だが自分の目の前に、曖昧さをそのままにした人間が現れた。それはどちらでもないという消極的な曖昧さではなく、どちらでもあるという積極的な曖昧さだった。それを目の当たりにした時、決まったと思っていたものが揺らいだのだ。

 だから、もう一度決めようと思った。だから、カナンに問うたのだ。しかし、彼は答えなかった。だから、決まらないままなのだ。

「私は・・・・・・」

 ミコト・ムラサメである、それは何らの意味も持たない答えだ。更衣室の鏡は、シャワールームから流れてきた湯気で、曇っていた。

 

 

 

 

「俺は、あんたらの味方をするつもりはない」

「分かっています。ですが現時点では、多くの利害が一致するはず」

 アルテシアの硬い声に、グェンは舌打ちをこらえる。美人だが、どうにも苦手な相手だった。ただ性格が悪いとか、慇懃無礼な能吏というわけではない。むしろ、そういった役回りを進んで引き受けようとしているかのような態度が、見ていて痛々しいのだ。

 グェンは彼女に向けていた視線を外して、向かいの席に座るクライアントを見る。ルーファス・リシュレークは、努めて冷静な顔をしている。アルテシアが硬い声のまま、説明を続けた。

 わざわざ指摘するような事ではないだろうが、アルテシアはルーファスとの関係に、一線を引きたがっている感じだ。時折、ルーファスが見せるアルテシアへの視線が、別の意味で痛々しい。

 部屋の窓から見えるのは広いインド洋の水平線であった。クリスマス島にある、ルーファスの別荘で、彼らはカフネの奪還作戦を練っている。

 彼女を拉致したカナデ・アキシノのMSは、大西洋上で東アジア軍の艦隊に収容されていた。その艦隊は現在、紅海を抜けてインド洋に出たところである。ユーラシアからそれを追跡する部隊も確認されている中での奪還作戦である。

 ザフトのシーレーンに沿うように航海している艦隊は、そこから外れるマラッカ海峡を通らず、スンダ海峡を使ってオーブ近海を通過して東アジア領海を目指すだろう。そのためクリスマス島で待ち伏せているのだ。

「利害は、いつまで一致する?」

「それは、双方が自由に判断すればよいでしょう」

「先に裏切った方の勝ちって事か」

 そんな安い挑発に乗る相手ではないし、何よりグェン自身彼らの助けがなければ何も出来ない。港には、とりあえずの母艦である大型のクルーザーが停泊している。もちろん、ルーファスの個人所有のものだ。

 彼の情報によれば、ユーラシアの部隊が艦隊に対して攻撃を行う事は既に決まっているという。さらには、大西洋海軍の一部隊がインド洋に入ったという情報もあった。カフネを狙うプレイヤーの数は、多いとの事だった。

 だからこそ付け入る隙があるとルーファスは言う。カフネの技術は、エネルギー不足に悩まされる市民のために使われるべきであって、軍が爆弾やエンジンを作るために使われるべきではない。そのためにも、自分達が彼女を保護しなくてはならないのだと。

 カフネの技術か、そうつぶやいてグェンは立ち上がる。作戦開始まで、南の島でバカンスとしゃれ込める気分ではなかった。それは、カフネを助け出し彼女を連れて行うべき事だろう。

 

 

 

 

 友人の恋の兆しをからかう暇すらない、戦争とはおそらくそういうものなのだろう。だったらせめて、機体に慣れる時間くらいは欲しいものだった。新人にとって、機体の乗り換えは簡単なものではない。スクランブルで何度か乗ったというだけで、テルシェ・ミンターはバビに乗せられていた。ゲイツとグゥルの組み合わせの方が可変機よりも楽なのだが、軍は個人的な事情には構ってくれない。

「筋はいい、冷静でいればちゃんと出来る」

 通信モニターに映ったウォーレン・パーシバルがそう言ってくれる。隊長の言葉は頼もしかったが、その隊長も今回の作戦には疑念を持っていた。作戦目標はウェリントン、大洋州の研究施設だという。資源衛星に対する攻撃といい、プラントの友好国であるはずの大洋州が何を画策しているのであろうか。

 末端の兵士であれば、そんな事はいちいち考える必要の無い事だ。ましてや新人は、無事に作戦を終えて基地に戻る事だけを考えればいい。テルシェは頭を切り替える。モニターにタイマーが映り、カウントダウンが始まる。

 専用輸送機がハッチを開き、バビを係留していたアームが外される。空中に投下された機体は雲中に沈み、その雲を吹き飛ばすようにスラスターを開いた。六機のバビはそのまま雲を突き抜けて高度を下げていく。

 

「対空戦用意」

 サイモン・メイフィールドの眉間の皺を見ながら、シビル・ストーンが復唱する。艦長の声は苦渋に満ちていた。友軍機への攻撃を命じなくてはならないのだ、楽な命令であるはずがない。

 敵部隊の足を止め、推進剤とバッテリーを損耗させればとりあえず作戦は成功であるが、艦載機はディンが四機であるため、艦の対空火器と組み合わせなくては勝ち目はない。どの道、手加減など出来ないのだ。サイモンは、浮上する艦の動きを感じながら、息を吸い込んだ。

 ウェリントンの研究施設で行われる研究の詳細は知らされている。もちろん、その学術的な意味など分かろうはずもない。だがそれが、コーディネーターの将来にとって欠くべからざるものだという説明には納得が出来た。種としての限界に、早くも直面しているコーディネーターにとって、それを突破する技術は必要なものなのだ。

 ザラ派のやり方は支持しにくいものもあるが、ナチュラルに溶け込んでいこうというクライン派の主張は、そのままコーディネーターの否定に繋がる。第二世代という生まれながらのコーディネーターにとって、それは容易に受け入れられる考え方ではないのだ。

「ミサイル発射後、敵機の退避行動にあわせてディンを打ち上げる!」

 モニターには、バビの熱紋を追って飛んで行くミサイルの群れが映っている。それが薙ぎ払われる前にディンを発進させなくてはならない。先頭を飛行していた機体が、立ち止まるように変形したのが見えた。

 

 

 

 

 ウィンダムが体を傾けるようにして対空機関砲を回避する。飛行状態では、シールドに衝撃を受けるだけでもバランスを崩しかねない。敵機はそれを徹底していた。ビームライフルの登場によって、MSの火力は過剰とも言えるレベルになっており、宇宙であれ地球であれ、艦艇は受難の時代であった。

 海面から水蒸気を発生させる特殊な装置や煙幕、そして空気の存在によって、宇宙ほど長距離からの攻撃を気にせずに済むとはいえ、航空機に対して水上艦艇が有効な対処法を持ちえないというのは、旧世紀から分かっていた事である。

 ウィンダムを有効射程内に入れてしまった時点で、完全に後手に回っているのだ。

「やはり、戦闘機では・・・・・・」

「言い訳で敵は落ちん」

 ゲンヤ・タカツキは短く言った。自分の艦隊が連合で運用試験中の新型飛行MSを搭載出来ていない事も、ユーラシアがその新鋭機を投入してくる事も、全て分かっていた事だ。早期に敵を発見し、航続距離で勝るスカイグラスパーを使って速攻を仕掛ける。正攻法で押し切るつもりだったが、相手の方が上手だった。

 それならそれで、凌ぐ方法はある。モニターでは刻々と変化する戦場の形が映し出されていた。敵の動きは、最後の一歩をどうしても踏み込めないといった雰囲気だ。艦隊の殲滅が目的ではなく、拿捕が目的なのだから当然であろう。

 足さえ止まらなければ、振り切る事も可能であろう。威嚇するように立ち上がった水柱が崩れ、艦が揺れながら水を被る。ゲンヤは、スクリューを狙って艦尾に回り込もうとするMSを重点的に警戒させ、速度を緩めずに艦隊を前進させる。

 

「オールMSドクトリンの限界だな!」

 ウィンダムのコクピットの中で、カルロス・アストゥリアスは苛立ちを押さえて言う。

全ての兵器をMSで賄おうという考えは、国力のないプラントだからこその発想だ。生産能力を単一兵器に集中するという考えは、短期決戦であれば間違いではないかもしれない。

 だがそれを、連合が真似する必要などないのだ。MSという新兵器は確かに強力な兵器だが、地球という変化に富む環境では単一の兵器が対処できない部分も出てきてしまう。現にウィンダムによる対艦攻撃は、詰め切れないままだ。

 水蒸気の多い海上ではビームの減衰がひどく、雷撃も急降下爆撃も出来ないMSでは、対空砲火に機体を晒しながらビームを近距離で撃つしか手がない。だが、戦闘機に比べてはるかに的の大きいMSは、対空砲も当たりやすかった。

「カサブランカ沖だって、殊勲賞はドン・エスカルゴだぜ!」

 カルロスが苛立ちをこめてビームを放った。巡洋艦の砲塔が溶けて落ちるが、喫水より下に攻撃を当てて浸水させない事には艦の足は止まらない。肉薄しビームサーベルを使おうにも、ターゲットがどの艦に乗っているのか予想がつかない。旗艦に乗っている確証がない以上、他の艦もおいそれとは壊せなかった。

 信号弾を上げて味方の四機に体勢を整えさせる。敵艦隊の艦載機を引き付けていた五機がもう少しで合流するはずだ。

 

 

 

 

 つい最近、これと同じ構図に遭遇した事がある。カーペンタリアと大洋州の間に、何らかの軍事的摩擦が生じているとの情報と、ブルーコスモスからプラントに流出したとされるコーディネーターに関する基礎研究データがウェリントンに持ち込まれるらしいという情報。この二つの情報を追うことが目的であり、戦闘は避けるべき事のはずだった。

「MSを使わせたという事は、これを想定していたという事でしょうか!?」

「もしくは、これを意図していたかだ!」

 アルベールは火線を見切って機体を捻るようにしてそれをかわす。上昇したメイファ機が撃ち下ろすビームが立て続けに水柱を立てた。後続の機体も戦闘態勢に入っている。バビの編隊からロケット弾が斉射された。

 海上に浮かべられたコンテナのようなものから射出されたジンに誘導されるように、アルベールの部隊はザフト同士で戦闘が行われている空域に乱入する形となった。ディンの散弾銃を嫌うように、アルベールはレバーを引き上た。同時に煙幕を張って、追撃を撒く。シールドを掲げて重斬刀の一撃を受け止め、機体の全スラスターを吹かして姿勢を保つ。

 

「気に食わん!」

 オイレンを苛立たせるのは、ウィザードと呼ばれる武装換装システムの試作型を背負ったジンのバランスの悪さだけではない。自分の仕事をこのように手段で達成させなくてはならないという事だ。

 だがカーペンタリアの足を本当に止めるためには、連合を巻き込むしかないというのは理に適っている。例えこの場にいる六機のバビを全滅させたところで、次が来るだけだ。

「次が来ようが!」

 バックパックにミサイルを食らって墜落していくバビを無視し、オイレンはライフルの狙いを定める。徹甲榴弾の直撃でシールドを吹き飛ばされたウィンダムは、その爆発を突き破るように突っ込んできた。

 

 ジンの眼前を掠めたビームサーベルがライフルを真っ二つにするのを見る。コクピットに生じる慣性重力を気合を押し返し、メイファは全身の力をこめてペダルを踏み込んだ。横合いから割り込もうとするディンに投擲式装甲貫入弾を叩き込み、ジンに向けて再度ビームサーベルを伸ばす。

 ジンが放ったグレネードがビームサーベルに触れて爆発し、メイファ機の突進が止められる。モニターのジンを睨みつけながら、落下するようにしてバビのビームを回避した。

 

「パーシバル隊長! あのジンです!!」

「落ち着けミンター!!」

 味方機が一機落とされている。その上、連合の部隊との交戦になってしまった。もはや作戦どころの話ではない。三機のウィンダムをあしらうように飛びまわるあのジンが、この状況を作り出したというテルシェの指摘は正しいだろう。ならばどうするか。海中から撃ち上げられたミサイルをライフルで撃墜する。

 味方のバビが胸部ビームを海面に向けて発射するが、このビームでは海の中までは届かない。いやバビのビームが届かないギリギリの深さから攻撃をしているのだ。うっすらと見えるボズゴロフ級の影に、ウォーレンは舌打ちをした。

 

「訳が分からん・・・いや、知らなかっただけか」

 あまりにもタイミングの良い連合軍の乱入に、サイモンはシナリオの存在を勘ぐってしまう。ウィンダムの動きを見れば、明確な作戦目的のある行動ではなく偶発戦闘への対処という感じであるが、偶発戦闘を狙って引き起こしたのであればやはりそれはシナリオだ。

 だが既に、二機の艦載機を失っている。シナリオにしては出来が悪すぎた。彼は艦の深度を再度チェックさせ、対空ミサイルの発射を指示する。シビルの声がそれを復唱した。

 しかし彼女の視線はただ一点、紺碧の空を舞い狂う一機のジンにだけ向けられていた。

 

 

 

 

「今度は何事だ!?」

 ビームサーベルを振り抜いたウィンダムの中で、カルロスが大声を出した。東アジア艦隊襲撃中に予期せぬ奇襲を受けた直後、緊急の信号弾が陽動部隊のいる方角で観測されたのだ。

 鮮やか過ぎる手際で味方の一機を屠った黒い機体が、海面を滑走するように飛んでいる。ノワールストライカー装備のダガー、所属不明機にしては高価すぎる機体だ。それ以上に、部下を落とした技術は並ではない。

 二機に信号弾の確認、もう一機に自機の援護を命じるとカルロスはウィンダムを突出させる。あの黒いダガーは、東アジア艦隊の隠し玉かもしれない。そうでなくても、放置など出来る性能ではなかった。

 リニアガンの巻き起こす突風が機体を揺らすが、カルロスはペダルの踏み込みを緩めない。ビームライフルを構えたまま、真っ直ぐ急降下していく。

 

「!? 体当たりか!」

 対艦刀を抜かせようとしたディルクは、機体を後退させてウィンダムの突撃を回避する。あの速度でぶつかれば、対艦刀がシールドを割る前に機体を潰される。目の前を通り過ぎたウィンダムはそのまま体を反転させて、逆噴射で速度を減じながらビームライフルを連射してくる。

 ノワールストライカーのピストルはライフルと比べ威力が低く、減衰も激しい。滑空翼と一体化されたリニアガンでは、砲撃のたびに機動性が激減する。つくづく地上用の機体ではないと歯噛みしながら、牽制のワイヤーを援護射撃を行っていた機体に打ち込み、そのライフルを破壊する。

 だがその牽制が余分だった。熱紋センサーが悲鳴を上げ、ディルクは反射的にレバーを引く。背部を守る形になったウィングユニットが激しく振動し、TPS装甲の起動を示す印が画面に映る。ロケット弾の直撃を辛うじて受け止めたダガーの背後から、ビームサーベルを構えるウィンダムが突っ込む。

「速い!?」

「沈める!」

 カルロスが必殺を念じて突き出すビームサーベルが、ダガーの頭部を掠める。同時に双方の機体が、頭部機関砲をばら撒いた。互いにカメラを守るように距離を取り合うが、ウィンダムの方が機体制御に優れていた。ダガーは、乱射されるビームライフルを回避するのが精一杯だ。

 それでも落ちないダガーに、カルロスは舌を巻いた。ジブラルタルにも、ここまでのパイロットがいたかどうか。味方機がロケット弾を発射したタイミングに合わせて再度仕掛ける。

 そのロケット弾がビームの渦に飲み込まれた。視線を向けると、緊急の信号弾がもう一度打ち上がったのが見える。しかし信号弾が無くとも、緊急事態だという事は分かった。

 大型MAが派手な噴流炎とともに、こちらに向かってくるのが見えたのだ。

 

 

 

 

 絡み合うウィンダムとバビをすり抜けるように、ジンが戦場を駆ける。機体性能で言えば一番低いはずの機体が、連合とザフトの新鋭機を翻弄している。それは、見とれるに値する光景だ。だから、艦長の命令を復唱するのを忘れた。

「魚雷発射!」

 その声にブリッジの緊張が増す。ソナーが捉えた音は、幾度か遭遇した事のある巨大な物体だ。それが海面に頭を出す前に打撃を与えておかなくてはならない。水の中でなら勝機はあるはずだ。

 しかしその読みは、艦を震わせる衝撃と共に消えた。発射した四発の魚雷を示していた光点が消え、代わりにソナーが異常をきたすほどの衝撃波が感知されている。

「水中で撃ちやがった・・・」

 巨大MSは水中でリニアガンを発射したのだ。弾丸ではなく発射の衝撃で魚雷を破壊した。裏を返せば、その衝撃に耐えうる機体の頑丈さを持っているということだろう。サイモンは信号弾を上げさせる。あんなものまで現れたのであれば、もはやまともな戦場は形成できない。

 

 上がった信号弾はザフト共通のものであった。ウォーレンはその意味を読み取り、交戦中の部下に離脱を命じる。同時に、海中から無数のミサイルが撃ち上がってきた。そしてそのミサイルを露払いとするように、巨大なMSが浮上する。驚きと戦闘態勢が同時に取れたのは、ヤキン・ドゥーエの経験のお陰だろう。

 ウォーレン機の胸部ビームが浮かび上がってきたMSを襲うが、光波防御帯がそれを受け止める。ロケット弾と突撃銃を乱射しながら、変形させたバビを突っ込ませる。明らかに浮き足立った部下から目をそらさせなくてはならない。

 

「あれです、コクトー大尉!」

 通じるかどうか分からない通信機に怒鳴って、メイファはウィンダムのスラスターを吹かす。同じように突っ込むザフトの機体は、この際無視であった。巨大MSの腕の動きに神経を集中し、機体を回転させながらビームライフルを連射する。

 ザフトにとっても連合にとっても敵とは、どのような存在なのか。それはコレを撃破した後に考えればいい話である。五条のビームが機体の下部を通り過ぎ、装甲の一部に熱による損傷が出たとモニターに標示される。

 見切ったはずの攻撃でダメージを受け、メイファは歯噛みした。だが機体の速度を緩める事はしない。バビのビームを受け止めようと光波防御帯が一方向に展開される。その隙を狙おうと制動をかけた瞬間、直横から突っ込んできたアルベール機に機体を弾き飛ばされる。

 どうしてと問おうとするより早く、巨大MSから拡散式のビームが発射された。アルベールは、ジンが重斬刀を振りかぶって急降下していくのを見る。

 

「頭悪いだろ!! お前!」

 PS装甲に重斬刀は効かない。ノーリッチはそう咆えて、頭部機関砲でジンを狙う。艦艇の近接防御用機関砲のような音を立てて放たれるそれは、MSの装甲を砕くには十分すぎる威力だ。だから、砕けなかった敵の存在に彼は苛立つ。ジンの動きには余裕すら見えた。

 上空を旋回していた数機のバビに腹いせのビームを浴びせて、ノーリッチはエンジン出力を一段階上げる。両手を左右に伸ばすと、360度全方向を薙ぎ払うようにビームを放つ。

 

「何なのよ、アレ・・・」

 自分の後ろを飛んでいたはずの味方機が消えている事に、テルシェはようやく気付いた。ディンの姿はいつの間にか見えなくなっており、ウィンダムもその数が減っている。

 

 

 

 

 ウィンダムと戦闘機が交戦している事を確認して、ミコトとカナンはガルム・ガーを東アジア艦隊の方向へと向けた。ユーラシアの部隊が東アジア艦隊の艦載機を引き付けているのならば、自分達は艦隊の目を引き付けるべきだという判断だ。

 しかし、ウィンダムが艦載機を無視して自分達を追ってくるとは予想外だった。上面のPS装甲で海色迷彩を作り出し、海面スレスレを飛んでいたのだが、あっさりバレたようだ。

「やっぱり、デカいってのは不利だよな」

 上空のウィンダムを牽制しながらカナンが言う。だが、口調ほど落ち着いているわけではない。ガルム・ガーの頭上を押さえ込むように、五機のウィンダムが連携しながら攻撃してくるのだ。

 その上、増援に二機が現れた。ミコトが短く声を掛け、ペダルを踏み込む。ガクッと加速が強まり、体全体がシートに沈み込むように力を受ける。前方で交戦中の機体にビームを放ち、全速力で航行中の艦艇の目前にリニアガンを撃ち込んだ。

 崩れた水柱の向こうに見えた黒い機体は、見覚えのあるものだ。ユーラシアのMS隊を牽制しながら東アジア艦隊の足止めを行う今回の作戦、聞いた以上にハードなものとなりそうだ。

「あの黒いのは、ユーラシアでもないみたいね」

 互いに牽制しあうノワールダガーとウィンダムの動きに、ミコトはレバーを握る力を強める。ガルム・ガーの両腕が火を吹き、回避行動に移る二機にロケット弾が撃ち出される。

 

 対艦刀でロケット弾を切り払いながら、ディルクはモニターに視線を走らせた。あのウィンダムだけでも厄介だというのに、さらにあの海老モドキの登場だ。これでは東アジア艦隊のみを利する展開だろう。

 リニアガンの射線から自機を外し、艦隊から放たれたロケット弾をかわす。ディルクが探すのは、あのウィンダムだ。

 

「黒いダガーもザリガニも聞いてない話だ・・・こっからは、我々独自の判断で動かさせてもらう」

 カルロスはそう言って東アジア艦隊への攻撃を中止する。代わって、乱入してきた二機のアンノウンに対する攻撃を決定した。八機のウィンダムを二機一組として、二組ずつをそれぞれのアンノウンに対処させる。

 その上で、彼はノワールダガーに単機で突っ込んだ。五機のウィンダムが、ノワールダガーへと殺到する。

 

「洒落にならん!」

 意志の疎通が取れているように連携の取れたウィンダムの動き、それらを操るようにしながら果敢に突撃を繰り返す隊長機らしき機体。個々の技量ならば、隊長機以外に見るべき物はない。だが小隊単位での戦闘で、これほどの動きを見せられる部隊は、ほとんどないだろう。

 ノワールストライカーの瞬発性を持ってしても、容易に敵機に肉薄できない。ビームサーベル同士の接触が周囲をストロボのように照らし、ディルクはそれに隠れて距離を取る。アウトレンジは不得手な機体だが、このままではなぶり殺しにされかねない。

 

 それと同じ感想をミコトとカナンは持っていた。二機一組で二組四機のウィンダムは、援護射撃と肉薄攻撃を繰り返しながら、ガルム・ガーを追う。細かな制動が不得意だという事は、見た目からバレているのだろう。加速して振り切ろうというこちらの意図を見透かされるように、前方の海面にグレネードを投げ込まれる。

 水柱にそのまま突っ込み、前方を薙ぎ払うようにビームを撃つ。ダガーを攻撃していたはずのウィンダムが単機で突進してくると、機体をロールさせて腹部に回り込もうとした。

 

「狙えるのか!?」

 シールドに激しい衝撃を受けて、カルロスは必死で機体の姿勢を立て直させる。近接防御の機関砲は予想していたが、弾幕を張る程度だと甘く見ていた。両腕でビームとリニアガンを乱射しながらも、懐に潜り込んだ機体には正確な射撃を浴びせる。たいしたパイロットだと感心した。

 大きく息を吸い込んでペダルを踏み直す。味方機に肉薄し対艦刀での攻撃を行っているノワールダガーを狙撃し、味方のフォーメーションを立て直させる。すれ違いざまのビームサーベルは回避されるが、味方はノワールダガーを追い込むようにビームを降らせる。

 

 そのまま押し込もうとしたカルロス機の目の前に水柱が上がる。横合いから突っ込んできたガルム・ガーが、腕の爪を展開してウィンダムを掴みにかかる。

「乱戦にするしかないだろ!!」

 爪の一撃をかわされたカナンは、そう怒鳴ってレールガンを連射する。ガルム・ガーの耐久性はMSを大きく上回っているのだ。ノワールダガーとの共同戦線は不可能だろうが、ウィンダムの部隊を撹乱させるためには、できるだけ近くで交戦した方が良い。カナンの目が一番遠くのウィンダムを捉える。近くの敵は、視線を一瞬だけ送れば後は自動でやってくれる。

 ガルム・ガーのビームが一機のウィンダムを飲み込んだ。一瞬だけ生じたそのほころびに、ノワールダガーが飛び込む。放たれたロケット弾をビームピストルで撃ち落し、その爆煙で機体を隠す。

 

 その場で反転したノワールダガーが、対艦刀を振りかぶる。落下速度を加えて振り下ろされた一撃は、いとも簡単にウィンダムのシールドを両断する。

「!? シールドだけだと!」

 そう叫んでレバーを思い切り引いたディルクは、シールドを投げ付けたであろうウィンダムを睨む。戦場をかき乱すように撃ち込まれるビームとリニアガンの嵐をすり抜け、ノワールダガーとウィンダムは再び真正面からぶつかり合った。

 

 

 

 

 猛威を振るうブレイカーのビームで、モニターがカラフルな色に染まる。ノーリッチはそれを上機嫌で見ていた。今日はすこぶる調子が良い。体の中にわだかまるような不快感も無く、思う存分ビームが撃てる。ワイドレンジのビームで散り散りになる敵の姿に、ノーリッチは無邪気に笑う。

「お前ら・・・・・・こんなもんじゃないんだろ?」

 時折海の中から現れるミサイルや爆雷がうっとおしいが、それらの爆発の中で平然と立っていられるブレイカーの姿を想像するだけで楽しい。海面を滑るように移動しながら、頭上を飛び交うMSを追い回す。

 逃げる機体を背後から狙う方が面白いが、あいにくと突っ込んでくる機体の方が多かった。指から放たれる十条のビームを掻い潜るようにして、数機の機体が攻撃を仕掛けてくる。

 

「どうするのよ・・・・・・あんなの」

 実測すれば四十メートル強といったところだろう。通常のMSのサイズの倍といったところだ。だがこうして見ると、もっと巨大に見える。上空を旋回するバビのコクピットの中で、テルシェは声の震えを抑えられないでいた。

 ウォーレンのバビがガンランチャーを構え、ロケット弾と機関砲弾をばら撒く。それを意に介さないように突っ込んでいくブレイカーは腕のリニアガンを放ち、衝撃波だけでバビの機体が揺れる。背後から斬りかかるジンの攻撃をブレイカーは装甲で受け止め、逆にジンを掴もうと手を伸ばす。

 その瞬間を狙うようにメインカメラに向けて発砲された突撃銃を、ブレイカーは手の平で受け止める。ウィンダムのビームは、光波防御帯で弾かれた。

 

「・・・・・・強くなってる」

 最後のロケット弾を目くらましに使ってしまい、メイファは舌打ちしながら機体に制動をかける。前回の交戦時より、敵の動きは精度を増している。指から伸ばした五本のビームサーベルでアルベール機の斬撃を受け止めたのは、余裕の現れであろう。ブレイカーのバックバックから撃ち出されたミサイルを切り捨てながら、メイファはそれでも機体を突っ込ませる。

 ビームサーベルで弾かれたアルベール機と入れ替わるように、メイファ機が斬りかかる。受け止められると同時にビームライフルを構えるが、胸部の砲口が光り機体を急上昇させざるを得ない。

 足元をビームの渦が通り過ぎ、息をつく暇もなく十条のビームが襲ってくる。敵の攻撃が逸れたのは、他の機体が攻撃してくれたからに過ぎない。アルベールはブレイカーの足元の海面にビームを撃ち込んで、その姿勢を崩させた。だが、直接的な打撃を与えられなくては、状況は動かない。

 バビの胸部ビームでも攻撃が通らないのであれば、真正面から通常の方法をとっても無駄だという事だ。ジンの重斬刀が再び装甲に弾かれる。

 

 

 

 

 状況は不明ながら、有利に運んでいるだろうことは間違いない。艦隊を攻撃していたユーラシアの部隊は、標的を所属不明機に向けたようだ。所属不明機も狙いはカフネ・イーガンだろうが、ユーラシア部隊との交戦で手一杯だろう。このまま艦隊を突っ切らせれば、MSの行動可能範囲を抜ける。

「空母を沈めるのはつまらんがな・・・」

 報告を受けたゲンヤ・タカツキは、そうつぶやいて指示を出す。彼の乗る巡洋艦の後方を航行していた空母が、各部で爆発を起こす。自沈であった。足の止まった空母は、あっという間にその身を海の中に隠していく。

 もぬけの殻になった空母に乗り込んだ、敵の特殊部隊はどのような気分であろうか。小型の潜水艇か水中用MSを利用しているはずなので、脱出は出来るかもしれない。

 単独でMSやMAを投入してきた勢力は、ユーラシアのようにMS隊によって艦を拿捕するつもりはないはずだ。艦に対する攻撃の少なさから、カフネ・イーガン殺害を目的としているわけでもない。ならば機動兵器を陽動として、カフネ本人を強奪する部隊を送り込む可能性が高い。

 黒い所属不明機の乱入の時点でそれを考え、空母の乗組員には緊急の脱出を命じていた。艦載機は赤道連合の基地に緊急着陸させてもらえばいい。空母が狙われるとの読みは、一種の勘だ。

 

「脱出の容易さを考えれば、航空機を搭載している艦に重要人物がいると考えるのは自然だ」

 カメラから回されてくる映像を見ながら、グェン・ヴィレンは言った。空母の自沈で、カフネがいるだろう艦は絞り込めた。可変型とはいえ、MSを載せられる艦はあと一隻だ。

 久しぶりのパイロットスーツの感触を確かめながら、グェンがレバーを握り直す。個人所有の大型クルーザーの船底に設置されているのは、水中用ダガーと、その運搬用のユニット。スパーキャビテーション魚雷と同様、超高速で水中を進める代物だ。

 艦隊上空の戦闘はユーラシアの部隊が有利に進めているようだが、簡単に決着がつきそうではない。その隙に艦に接近し乗り込む。コクピットの後部補助座席には、アルテシアが座っていた。ルーファスには何度も、それでいいのかと確認しておいたのだが、結局こうなった。

「向こうは軍人だぞ」

「なら、私はコーディネーターです」

 そう言われれば、反論のしようもない。グェンはクルーザーの運転席と通信をつなげ、出発を告げた。機体を固定しているアームが外れ、推進ユニット唸りを上げる。全面を泡でコーティングされたそれは、ロケットモーターに点火されると同時に一気に速度を上げた。

 頭の上では、終わったはずの戦争をやっているというのに、元軍人の自分は一人の子供を取り戻そうとしている。なんと、胸躍る展開ではないか。

 

 

 

 

「何故退かん、ミンター!」

 撤退の信号弾は上げておいた。それでも戦場を離脱していないバビがいるのだ。上空を旋回しているが、あの巨大MSがいつ上空に目を向けるかなど分かったものではない。ガンランチャーの残弾数も心もとなく、ビームも使いすぎている。もはやヒヨッ子を守る余裕などないのだ。

 それは、巨大MSの周りを飛びまわる他のMSも同じ事だろう。どんな動力源を使っているのか知らないが、あれだけのビームとバリアと装甲を遠慮無しに使う化け物に対して、自分の身を守るので精一杯だった。

 再度の信号弾を上がるが、テルシェはひたすらに戦場を俯瞰し続ける。あれだけ大雑把なMSだ、綻びはどこかに見えるはずだ。海の中に揺らめく影は潜水艦の姿だろう。かなりの位置まで浮上している。

 

「ざ、残弾ですか・・・・・・?」

 サイモンの質問にシビルはとっさの返答が出来ない。砲手や雷撃手から次々と報告が上がり、彼女はそれを足し算して艦長に伝える。サイモンの眉間の皺が消えた。

「出し惜しみしても無駄だな」

 残りの全弾を一度に使用する事を決定する。艦を浮上させるのは、一部砲弾が深い深度では使用できない物だからだ。後はどのタイミングで使うかだった。せめて、何らかの効果くらいは生み出したい。

 ブレイカーのビームが海面をかすめ、海が一気に泡立つ。水蒸気が立ちこめ、ビームの減衰率が増大した瞬間を狙って、艦を一気に浮上させた。全ての発射管が開放され、艦に残った全てのミサイルや爆雷が撃ち出される。直後に艦を潜行させるが、ブレイカーのリニアガンが、推進部の一部に損傷を与えた。

 撃ち出したミサイルがどのような効果を生み出したかを確認する間もなく、ダメージコントロールに追われる。

 

「諦めろよ! いい加減!!」

 流石に苛立ってきたノーリッチがそう叫ぶ。海中から発射されたミサイルと爆雷の群れをワイドレンジのビームでまとめて消し飛ばす。爆炎が周囲を一気に明るくし、直後に黒い煙がブレイカーを包み込んだ。

 煙しか映さないモニターを見つめながら、ノーリッチは薄ら笑いを浮かべる。この煙の向こう側で、自分の隙を窺い飛び出すチャンスを狙っている敵がいる。それをどのように消し飛ばそうか、そう考えて視線を巡らせた。

 だが、煙が晴れるより早く機体に衝撃が走った。ピンホールのような煙の隙間から、ビームを差し込んだ敵がいるのだ。

 

「ヒットした!?」

 その場の全員が同じ声を上げただろう。上空を旋回していたバビから放たれたビームが、煙の中のブレイカーに命中したのだ。千載一遇のチャンスと、アルベールは機体を突っ込ませる。

 煙を吹き飛ばすように放たれるリニアガンをかわし、牽制のビームライフルを連射して機体を肉薄させる。周囲の機体も一斉に攻撃を開始し、ブレイカーの注意が僅かに散漫になった。アルベール機がビームサーベルを振りかぶる。サーベル同士が交錯し、激しくスパークした。

 

「当たれ!!」

 ウィンダムが左手に持つのは装甲貫入弾。手首をスナップさせるような動作で、それが放たれた。PS装甲には無意味だが、装甲は一体形成されているところばかりではない。ブレイカーの肘関節、稼動域を作るための装甲の継ぎ目、そこに太いナイフのような形をした弾丸が突き刺さる。

 小さな爆発が、その太い腕を脱落させた。ビームの嵐に穴が開き、ウォーレンのバビがその穴に突進する。アルベール機を振り払ったブレイカーは、残った腕からサーベルを発振して突っ込んで来たバビに振り下ろす。変形による急制動でそれを回避し、ウォーレンは口の端をゆがめる。

 ブレイカーに再び衝撃が走った。背後のウィンダムがビームを撃ち、バックパックが大きく損傷している。メイファは小さく舌打ちをするが、バックパックの傷に向けてビームサーベルを振り下ろす。

 

「あのザフト、私の動きを見て・・・・・・」

 その事が癪に障るが、この際はラッキーだ。バックパックをパージしたブレイカーは明らかに動揺の見える動きをしている。大型ビームの斉射も苦し紛れだ。だが、不時着水を覚悟しても、押し込めるかどうかは微妙だった。

 アルベール機は信号弾を上げている。先ほどのバビも距離を取ろうという動きだ。腕とバックパックを失って火力と機動性が一気に低下したブレイカーであれば、撤退も可能だという判断だろう。メイファもそれに従うしかない。

 

「雑魚は逃げてろよ!!」

 開きっぱなしの無線機が拾ったのは、高笑いのような声。ウィンダムの横をジンが通り過ぎる。今度こそ沈める、オイレン・クーエンスはその一念を研ぎ澄まして機体を突進させる。

「お前、ホントはビビってんだろ!」

 ノーリッチは突っ込んでくるジンにそう叫んだ。展開した光波防御帯の向こう側で、ジンの脚が砕けたのが見える。だが同時に、防御帯も消えた。脚部で発振機を踏み潰したジンは、スラスターを全開にして重斬刀を突き出す。

 首の関節部に捻じ込まれたそれはそのまま頭部を切り落とし、むき出しになった機械に突撃銃が叩き込まれる。

 勝利を確信したオイレンは、次の挙動が遅れた。ブレイカーの腕がジンの体を掴み、そのまま海面に叩き付けたのだ。各部から煙を吹き出しながら、ブレイカーは海面を滑るように撤退していく。

 

 

 

 

 戦闘は、もう長くは続かない。どの機体も、バッテリーと推進剤が心もとなくなっているはずだ。東アジア艦隊の追撃も不可能な状況であり、あとはいかにこの場を上手く撤退できるかである。

「やられっぱなしで逃げんのかよ!」

 カナンの怒鳴り声と共にリニアガンが撃ち出される。もはや、自分の攻撃が当たらないという事に慣れてしまっている。一旦散り散りになったウィンダムは、再びフォーメーションを組み直してガルム・ガーへと対峙する。

 両腕の爪を振りかざし、ガルム・ガーはスラスターを全開にする。周囲のウィンダムの攻撃は弾くに任せ、ターゲットを絞って突進した。誘い込むような敵の動きに、カナンは視線を周囲に走らせる。死角に回り込もうとする機体を見つけた。

「まずった! 速いぞ!!」

 気付くのが遅く、近接防御も遅れた。だが、ミコトがとっさの制動を掛けるのと同時に、敵機が爆発する衝撃を感じた。全く別方向からの攻撃。その攻撃方向をいち早く見つけたのも、ミコトであった。

 ガルム・ガーが機体を傾けて急上昇していく。カナンのターゲットスコープは、オーブのMS・ムラサメの姿を捉えていた。しかし、何故オーブがここにいるのかより、あの機体に向けてガルム・ガーを突っ込ませるミコトの方が疑問であった。

 それでもカナンはビームとリニアガンを放っていく。彼女が敵と認識しているのだ、味方であるはずがない。

 

「落とせないとはな!!」

 新兵を連れてきたのではない。ユーラシアでもトップクラスと自負するパイロット達だ。それを飛行可能な新型MSに載せた上でこの結果である。カルロスは声を荒げずにいられなかった。

 ノワールダガーと切り結びながら、大型MAが上昇していく様子を視界に捉える。その先には、さらに別のMSの姿があった。いよいよ、作戦概要だけでなくその詳細な内容まで聞かなくてはならなくなったようだ。自分達が追わされている者が一体何なのか、それが部下の死に値するものなのかどうか。

 ノワールダガーが左手で対艦刀を抜く。右手ではビームサーベルを構えたまま突っ込んできた。カルロスも負けじとペダルを踏み込む。

 互いに突き出したビームサーベルが触れ合い、激しくスパークする。ウィンダムは腕のアクチュエーターを軋ませながらサーベルの斥力をねじ伏せて、敵を押し切ろうとする。ノワールダガーが対艦刀を振り上げた。

「なんのぉ!」

 ウィンダムが手にするのはスティレット。そのナイフのような装甲貫入部を使って、対艦刀を受け止める。同時に弾頭を爆発させ、左腕と引き換えに対艦刀を吹き飛ばし、敵の姿勢を崩させた。

 敵がリニアガンを向けるより早くその胴体を蹴り飛ばし、残ったスティレットを連続で投げる。ビームライフルもロケット弾も使い尽くしているのだ。スティレットがビームサーベルで切り払われるたびに、煙が両機の間に立ち込めていく。

 それを合図とするように、ウィンダムは戦域を離脱した。

 

「ミコト、終わりだ!!」

 執拗にムラサメを追うミコトに、カナンが強くそう言った。自分が止める側に回るなど、いつもならありえない事だ。肩で息をするようなミコトの様子に、カナンはいつもの軽口を口にしない事にした。

 悠々といった感じで飛び去っていくムラサメを睨みながら、ミコトはそれに乗っているユイ・タカクラの影を見る。ウィンダム部隊の撤退をカナンに知らされ、ミコトはようやくガルム・ガーを後退させる。

 

「誰か・・・拾ってくれるのか・・・」

 海面に浮かぶ救命ボートの上で、疲れ果てた体を横たえたディルクがつぶやく。機体は海中に没し、自分自身も極度の疲労の中にいる。死なずに済んだ事を感謝する余裕もなく、彼は泥のように眠る。

 目が覚めるがどうかなど、今はどうでも良いはずだった。それなのに、誰かの顔が頭の片隅をよぎった。

 

 MSで取り付いたのだ、極秘潜入などであるはずがない。甲板に突入パイルを突き刺しての強引な潜入だ。それでも、出合い頭に二、三人を殴り飛ばすだけで艦内に入り込む事ができた。緊急事態を知らせるサイレンが鳴り響いているが、思った以上に人影が少ない。僅か二人の侵入だとは、相手にも予想外の事なのだろう。上空でMS戦が行われている中、単機で艦に取り付きパイロット自ら艦内に潜入を試みるなど、通常の発想では出てこないものだ。

 アルテシアはポケコンを叩いて艦内の構造図を呼び出す。東アジア軍の公式資料を基にしたものだが、居住区など機密とは無関係な部分は、十分な情報があった。

 グェンは別のルートを使うと言い残して既に姿を消している。緊密な協力関係にあるとは言いがたいが、やはり心細いものはある。ハイキックを叩き込んだクルーを近くの部屋に押し込み、彼女は通路を進んでいく。

 

「大丈夫よ、あなたの無事は私が保証するわ」

 ブリッジから連絡を受け、カナデはそうカフネに言う。しかしその半分は自分に言い聞かせたものだ。艦内に侵入者があり、万が一に備えてMSで退避する準備をしろと言われているのだ。

 侵入者を撃退するまでの間だというが、先ほどまで交戦していた敵部隊が引き返してこない保証はどこにもない。自分の腕と心神の性能では、何の対処も出来ないだろう。不安を押し込めるように、腰のホルスターを確かめた。

 この艦にきて以来、すっかり無口になってしまったカフネの手を取り、サイレンが鳴り続ける通路に足を踏み出す。扉の両脇にいた兵士が、二人を前後から守るように付いた。艦の揺れは収まっており、攻撃による撃沈の可能性はなくなっているようだ。前を歩いていた兵士が止まるように合図をする。

 曲がり角を確認し、安全だという合図を出した兵士が倒れた。後ろにいた兵士が駆け出し、曲がり角の向こうからは激しい銃声が聞こえてきた。その音が止むと、兵士が吹き飛ばされてくる。同時に現れたのは、長い脚。兵士の顎を下から捉えたアルテシアは、そのまま飛び出して拳銃を構える。

 カナデも銃を抜いていた。

「・・・・・・ずいぶんと美人な誘拐犯ね」

「その言葉、そっくり返すわ。カフネちゃん、離れたらダメよ」

「イーガンさん、FUJIYAMA社は軍需企業です。あなたの技術は、兵器転用されるべきものではないわ」

「おたくの会社は、そうではないとでも言うつもりなの? プラントに人を送り込んでまで、彼女を拉致しようとしていたのでしょう」

「人聞きの悪い事は言わないで欲しいわね。法人同士の対等な契約を締結するつもりだったわ」

 女性の冷たい言葉の応酬は、心を締め付けるように響く。カフネはただ全身を固くし、事の成り行きに身を任せるために目をつぶるしかなかった。

 

「誘拐犯同士でカッコつけてんじゃねぇよ」

 その声に、カフネは目を見開いた。知っている、待ち望んだ声だ。二人の女性がその声の主を探している中、彼女の視線は一点に注がれていた。天井の空調用メッシュが床に落ち、埃にまみれたグェン・ヴィレンが上から落ちてくる。

「悪いな、フェミニストじゃなくて」

 鳩尾に拳を当てられて気を失ったカナデを通路に横たえ、グェンはカフネを抱き止める。涙も出ないほど感動している彼女を抱え上げると、彼は後ろを振り向かずに走り出した。

 アルテシアは、この場に置き去りにされまいと二人の後を追う。乗ってきたMSは既に敵に押さえられているだろう、二人は後部デッキにある連絡用の小型ヘリコプターで脱出する事にした。

 警備員を張り倒し、整備員を蹴り飛ばし、行きがけの駄賃ついでに、心神のコクピット開閉用装置にありったけの銃弾を叩き込んで、ハッチのオペレーターに「女房子供を悲しませたくはないだろう」と脅して、二人はカフネとともに艦を脱出した。合流ポイントには、ルーファスがクルーザーを回している。

「収支はマイナスだな・・・」

 ユーラシアはウィンダムの部隊を半数失い、大西洋は特殊部隊に損害を出した。東アジアとしても空母くらい失っておかねば、相手国のメンツが立たないと思ったのだが、無駄に配慮になってしまった。後は、報告書に何を書くかだ。

 起こった事を正確に報告書に書けば、ハリウッドの娯楽映画の脚本になりそうである。ゲンヤは深く息をついた。


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