Blank stories   作:VSBR

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第五部

 カフネの事情は聞いた。彼女自身からではなく、アルテシア・ローレンツから聞いたのだ。ブリュッセルの郊外にこぢんまりと建つ小さなホテルの最上階全てが、彼らの滞在場所として指定されていた。一階のロビーや階段の各所、各エレベーターホールには、制服を着た警備員が立っている。流石にカフネに配慮しているのか最上階に警備員はいないが、それでも物々しい事に変わりはなかった。

 彼女は部屋の中で塞ぎこんでいる。部屋に運ばれる食事はきちんと食べている様子なのが、せめてもの慰めだ。あの小さな体で、体験する必要のない出来事を立て続けに受け止めたのだ。ああならない方がおかしい。

「引かれるねぇ・・・・・・後ろ髪を」

 小さな展望スペースで古雑誌をめくりながら、グェンはつぶやく。ともかくは目的地に到着し、仕事は終わった。家の方から、報酬の振込み確認の電話がかかってくれば、その時点でここを離れる事になる。カフネともここまでだ。

 達成感のない仕事、というよりやり残した感じしかない仕事である。彼女の持つ技術を使って、クライアントは新型の原発建設を進めたいそうだが、カフネ自身がどうなるのかは、何も聞いていない。

「いい絨毯ってのは、足音が消えて困るな」

「起きていらしたのですか?」

 グェンが振り向いた先にいたのは、スーツの男。いい男だが、そう単純な人間ではないと顔に書いてある。まだ若い証拠だ。握手を求めてきた男に、グェンは面倒くさそうな表情を見せた。

 直接出向いてくるのは、それなりに礼儀をわきまえているからかもしれない。だが、ユーラシア内部においてNJCの争奪戦が存在するからこそ、わざわざ遠く赤道連合の軍人である自分に接触してきた相手だ。厄介事の種にしか見えなかった。ルーファス・リシュレークは表情を変えずに笑う。

 週末を挟む海外送金なので、実際の振込みは週明け以降になるだろうという話をグェンは遮った。この自信に溢れた若者が、報酬を値切るなどとは考えない。何も言わずにそっと上乗せくらい平気で出来るタイプだろう。だからこそ、カフネの事が気になる。若者は、往々として人の心の機微には無頓着なものだ。

「彼女の事情はこちらも把握しております。それに関しては、我が社としても彼女の生活と安全は完全に保障させていただきます」

「・・・・・・違うな」

「何か?」

「自覚はしてんのか? 俺を含めてあんたら全員が、あの子にとっちゃ同じ穴の狢だ」

 きょとんとした顔の彼に、もう少し詳しく説明してやろうと思った時、アルテシアが現れた。書類を手渡されたグェンは、そのまま黙った。報告書らしきものを見ながら小声で話す二人を見て、見ている方向がまったく異なる事に気付いたのだ。

 大人らしくない感傷だが、同時に人の親であれば当然に抱く感情であろう。

 

 

 

 

 プラント本国に戻ってから、息つく暇もなくカーペンタリアへの辞令が出た。何のためにわざわざ戻ってきたのかとも思うが、とりあえず親の顔を見れただけで良しとした。人手不足はどこも同じであり、兵士のやりくりにザフトも四苦八苦なのだろう。

 連合が新型MSの運用試験を活発に行っている事から、ザフトとしても監視を強化したいのだ。最前線たるカーペンタリアからは、毎日のように人員が要求されているのだという。

 カーペンタリアの宿舎へは、先に荷物を送っている。身の回りの僅かな荷物だけを持って、シビル・ストーンは地球に降りるための中継ステーションに来ていた。カーペンタリア行きの輸送シャトルが出るまで二十時間ほど、寝て待つには少々長すぎる時間だ。軍用のステーションでは見物する場所もないが、彼女は宇宙の見えるデッキにゆったりと身を流していた。

「あっ、ごめんなさい」

 窓の外に視線を向けていたため、人にぶつかってしまった。慌てて、足を床に吸いつけて頭を下げる。何も言わずに通り過ぎようとした男が立ち止まった。シビルはそっと視線を上げ、息を飲んだ。

 見覚えのあるその男は、オイレン・クーエンス。大洋州の資源衛星にいた男だ。ザフトの追っている科学者グループの護衛として雇われている人間だと、後から聞かされた。それ以上に、彼女は彼の戦闘を垣間見ていた。ザフトの艦隊に対して、圧倒的な存在感を見せ付けたあの戦闘を。

「大声でも、出すか?」

 挑発するでもなく、オイレンはただ淡々とそう言った。シビルの口は、カラカラに渇いている。そのまま、シビルの脇を通り抜けようとしたオイレンに、彼女はかすれた声を掛ける。

「あなたは・・・・・・何者、なの」

「パイロットだ。それしか出来ないが、それだけは出来る」

 遠ざかっていくオイレンの背中を見つめながら、シビルの胸にその言葉がゆっくりと圧し掛かってくる。その言葉だけは、暗い声で放たれたものではなかった。固い自負が込められた強い言葉。

 そして彼女は、資源衛星で彼の言った言葉の意味を理解する。恵まれない部類、今の自分はまさにそれだ。彼女には、それだけは出来る事が何一つない。誰かに力強く言える自負がない。

 何でも出来る事は、何も自慢できない。コーディネーターの社会の中で、ゼネラリストは無能と同義だ。戦場で、彼の動かすMSが見せた絶対的な強さ。誰一人追随できない特技。彼はきっと、それを『手に入れた』のだ。

 姿の見えなくなったオイレンの背中を追いながら、シビルは彼の所在を通報しようなどとは考えなかった。

 

 

 

 

 オーブ土産を馴染みの作業員に配る。日持ちのする菓子を選んで正解だった。カーペンタリアの基地は、今日も作業音に満ちている。休憩のサイレンが鳴り響き、ユウキ・ナンリの乗る自転車に人が集まってきた。冷えた飲み物とクーポンを交換し、その時に買ってきた土産を手渡す。

「どうした、ずいぶん気が利くら」

「別に?」

「オーブで何か、いい事あったんやわ」

 作業員達の冷やかしを笑って受け流しながら、ユウキはクーラーボックスの中を覗きこむ。次の作業場に持っていく分が残っている事を確認して、自転車にまたがった。再びサイレンが響くが、休憩時間はまだ終わっていない。

 それは滑走路の方から聞こえたサイレンで、スクランブルを命じるものだった。非戦闘員に対する退避勧告のサイレンではないため、領海外に何かを見つけたのだろう。仰ぎ見ると、レドームをつけたディンが海の方に向かって飛んでいくのが見えた。ユウキはペダルを漕ぎ出す。

 別にイイ事があったわけではないけどと、彼女は鼻歌交じりに自転車を走らせる。モーニンググローリーの通り過ぎたカーペンタリアは快晴だった。

 

「まずい! ザフトよ・・・・・・」

「レドーム付きだろ、ただの覗きだよ!」

 カナンはそう言ってトリガーを引く。一閃したビームを軽やかに交わしながら、黒く塗装されたダガーが接近してくる。滑空翼を不意に前方に向けると、レールガンが放たれる。ノワールストライカー装備の特殊な機体、そんなものと交戦する事になったのは、幸運なのか不幸なのか。

 幸運に変えて見せるさと、カナンはレールガンで応戦した。わざと海面に着弾させたそれは巨大な水柱を作り出し、対艦刀を抜いたノワールダガーの前に壁を作る。同時に、ミコトは力いっぱい操縦桿を引き上げる。ガルム・ガーは機体をほぼ九十度に傾けて旋回した。両腕を上に向けるような格好で、ノワールダガーを狙い撃つ。

 捉えきれない事に、もはや驚きはない。急制動のGを感じながら、細かく砲を放っていく。機体性能にあかせて高出力のビームを乱射したところで、対MS戦では効果が低い。

 

「つくづく運がない!!」

 ディルクの声がコクピットを震わせる。大洋州に潜伏するブルーコスモスの支援団体と合流し、カーペンタリアへのシャトル降下コースを監視できる場所へと向かうはずが、こんな事になってしまった。お互いに先手を打って障害を排除しようとしたのだろうが、退くに退けない戦闘になってしまっている。

 巨体だからこその機動性と火力、そして機体の動きに拘束されていない射撃。大西洋の新型MAの性能は、見た目の間抜けさとは正反対である。ましてや、ジェットストライカーと比較して明らかに空戦能力の低いノワールストライカーだ。

 レールガンとビームピストルを乱射して、相手の気を削ぐ。何とかして退き際を見つけたい。再び水柱が立ち上がった。ディルクの目が左右に走る。

 

「もらった!」

 ミコトは一瞬だけ動きの止まったノワールダガーにそう叫んだ。水柱の中に突っ込んで、一気に敵に肉薄したのだ。振るった腕の鋏には、間違いなく手ごたえがあった。

 だが鋏が掴んだのは片方の翼のみ。カナンが慌ててスイッチを叩くと、背面にいくつもの衝撃を受ける。ビームガンの直撃に高度を落とし、グレネードの煙幕にセンサーを遮られる。敵に逃げられた事を悟り、二人は顔を見合わせて息を吐き出した。

 モニターにはディンが飛び去っていく姿が小さく映っていた。

「覗きは、もう一人いたな」

 カナンは上部モニターに見つめていった。航空機形態のムラサメがはるか上空を旋回していた。そのコクピットで、ユイ・タカクラは再会を祈ってムラサメを帰還させる。

 

 

 

 

 家族に土産物を渡す時間くらいくれてもよさそうなものだ。カルロス・アストゥリアスは司令部に向いながらそう愚痴を言う。悪党の真似事までさせられたのだから、もう少し丁寧に遇してもらいたい。

 マドリードの司令部に呼ばれたという事は、前回の作戦についての報告か何かを求められるのだろう。話を聞きたいのは、こっちの方だった。

 その彼が司令官に会う前に、面会に割り込んできた人物がいた。少将の肩書きだが、ここの司令官が遠慮をせざるを得ない人物である。彼も、実物を見たのは初めてだった。美人というカテゴライズを無効化してしまいそうな雰囲気をまとった女性だ。女ナポレオンなどと呼ぶ者もいるが、それ以上だと感じる。それほど年上というわけでもないだろうが、貫禄のようなものは圧倒的であった。

「包み隠さず話してくれればいい。これはユーラシアの安全保障に関わる問題だ」

「ユーラシア・・・・・・ですか」

 アリシア・ルイーズ・ド・ヴァルアは最初の一言を口にした後、無言のままカルロスを見据え続けていた。彼は、頭をフル回転させる。

 自分が聞いたのは、プラントから来たカフネ・イーガンという人物の身柄を確保する事、その人物がMSの新型動力源に関する技術者であるという事、そしてその人物をユーラシアの複数の勢力が追っているという事である。その中にはパリの参謀本部も含まれているという話であったが、目の前の女性こそカフネ・イーガンを追っている人間だと、カルロスは直感した。

 ならば何を話すべきか。それは、自分の立場をどこに置くべきかである。彼女の言う通りユーラシアの国益に関わる事であれば、マドリードの司令部は彼にあんな三下悪役のような事を命じないであろう。

「私が見たのは・・・・・・巨大なMSでした。搭載火器も強力なもので、とてもバッテリー駆動とは思えないものでした」

 それが連合の共同訓練に乱入し敵対行動を取った。もしあれがザフトのものであれば、連合は新たな脅威に晒されるであろうし、あれが連合内部のものであれば獅子身中の虫に悩まされる事となるだろう。

 ゆっくりとしたカルロスの言葉を、アリシアは注意深く聞いていた。

 カルロスが十代から軍にいる事は事前に聞いていた。ただのパイロットにしては、頭も切れるようだ。ジブラルタル奪還の功績は伊達ではないのだろう。彼女は、小さく息を吐く。

 マドリードがどれだけの情報を持っているのかを調べに来たが、この男の頭の中は既に、ブレイカーの存在とカフネ・イーガンの持つ技術に密接な関連性がある事を掴んでいる。そして彼女がそれに関わっているという事から、この男は何を推論するだろうか。

 これ以上は藪蛇になる、アリシアはそう考えて席を立つ。ようやくコーヒーを持って来た女性職員に会釈をして、彼女はその場を後にした。カルロスが、肩の力を抜いて息をし始める。コーヒーカップを手にし、口を付けた。

「俺好みの味だ」

「インスタントですよ」

 

 

 

 

 地球と宇宙を往還するシャトルは、常に空港に着陸できるわけではない。領空や防空識別圏などを縫うように降りなければならない事も多く、飛行能力に限界のあるシャトルでは空港までたどり着けない事も多い。そのため、カーペンタリアに降りるシャトルの半数ほどは、大洋州の近海に着水し出迎えの船に乗り移るという方式を取っている。窓から見えるのは青い水平線であった。

 方角に間違いがなければ、このずっとずっと先、地球を半周位したところに母国があるはずだ。思いもよらない形で地球に戻ってきてしまった。コトハ・キサラギがシートベルトを外す。

 ザフトの部隊の襲撃を受ける直前に脱出した彼らは、一旦カーペンタリアに向かうのだ。ザフトに追われて、ザフトの基地に向うというのも奇妙な話だが、ようはザフトの内部が奇妙な事になっているのだろう。漠然と、テロリストや犯罪組織にでも狙われていると思っていた彼女にとって、ザフトに追われているというのは大きな驚きであった。

「そんな重要なもんやったなんて・・・・・・」

 未だに正確にあの絵を思い出せる自分の頭を恨めしく思う。

「どうでしょうか」

 横に座っていたトルベン・タイナートが視線を向けずに言った。彼にとって、遺伝子は研究対象であり、純粋な学問の問題だ。だがコズミックイラにおいて、遺伝子とは極めて政治的な存在であり、具象化されたイデオロギーなのだ。彼に研究を依頼してきた人間が『ジョージ・グレンのレシピ』に何を見ているのか、そしてそれを追う者達が何を見るのか。科学者である彼には、想像もつかなかった。

 むしろそれは、一般市民であるコトハの方が理解できるのではないだろうか。トルベンはそんな事を聞いた。彼女は顔をしかめる。

 誰が言い出したのかは知らないが『レシピ』という言い方は、気持ちのいいものではない。確かにコーディネーターは、そのように生み出されるのかもしれない。だが、今現に生きている人間を、あたかも物であるかのように考える発想がそこにはある。

 そしてその発想は両極端に分かれる。人の英知が生み出した物だから尊いという考えと、自然に生まれなかった物だから卑しいという考えだ。そこに『生きている』という視点はない。ただ存在だけを取り上げて評価しているのだ。

「親が子に与える愛の形が、たまたまDNAやったんですよ。私達は」

 良い教育を与える事は正しく、良いDNAを与える事が間違いだというのは、どのような論理でなされるのか。親が子に与えた物の違いによって、子の尊厳に差異が生じるなどというのは、どのような論理ならば可能なのか。

 今自分が目撃しようとしているのは、コズミックイラの愚かさの根源なのかもしれない。コトハは水平線に視線を向けたまま思う。

 

 

 

 

 失われた艦の代わりに、ローラシア級が一隻回されてきた。ただ、MSの補充はなく代わりに降下ポッドが外付けされている。ヴェサリウス級に収容されたウォーレンは、それを見てため息をつく。もう一度地球に降りろと言われそうだ。

 乗ってきたシャトルは無事に資源衛星を脱出し、中継ステーションに到着したのだが、彼だけは戦闘による機体の損傷が激しく、そのまま艦隊に収容される事となった。彼を回収してくれたゲイツのパイロットは、初対面ではなかった。

「妙な縁だな、テルシェ・ミンター」

「私としてはそれを大切にしたいと思います」

 姿勢を正し敬礼をした彼女に、彼も敬礼を返す。部隊の隊長がいなくなったため、彼がそのまま隊長を引き継ぐ事となった。この艦隊の所属が、彼のいたプラント守備艦隊だったため、手続きは本国から電送されてきた辞令一枚であった。艦に積まれていたゲイツの予備機に、シグーのデータが移しかえられている所である。

 新兵を次々と送り込まざるを得ないザフトの現状では、彼のようなパイロットは貴重であった。同時に、彼のようなパイロットの下に就けるのは、彼女にとって幸運な事である。あの圧倒的な敵を前に生き延びられたのは、彼のお陰であった。

 作戦は継続中であり、追撃は始まっていた。敵が地球を目指す事は確実であり、降下前に接触しそれを捕らえよとの指令である。追いつけますかというテルシェの問いに、ウォーレンは首を振る。

 敵が先手を打ったという事は準備をしていたということであり、既に地球に降りる算段はついていたのだろう。もし追いつけるとしたら、科学者グループではなくあのジンの方だろう。

「だったら、シミュレーションを見ていただけませんか」

 あのジンのデータは既にシミュレーションのプログラムに組み込まれているはずだ。実戦をくぐってきたパイロットに評価して欲しいと、彼女は言う。

 そんなテルシェの申し出に、ウォーレンはもう一度首を振った。そしてまずはゆっくりと休めという。不満そうな彼女に、彼は付け加えた。戦争はまだ終わっていなかったんだよ、と。

 連合も新型MSの宇宙での試験を始めている。現在の状況は、平和条約締結のための休戦ではなく、次の戦争を準備するための休戦でしかないという事だ。彼らが追っている物も、きっと次の戦争のために必要なものなのだ。

 

「ブルーコスモス絡みですか・・・・・・」

「小規模とはいえ、艦隊を編成している。ザフトにとっても重要なものなのだろう」

 訓練空域における、アンノウンとの偶発戦闘。アルベールとメイファがその報告をした際、艦隊の司令が連合本部からの情報を教えてくれた。ザフトが追っているものは、高名な遺伝子工学者とその研究グループだという。

 そして、ブルーコスモスの内紛のどさくさで流出したデータがそこに関係しているらしいという。アルベールは司令の持っている紙に視線を移した。どうしてそのような話をこの場でするのか。理由に察しが付くだけ憂鬱だ。

 ザフトの動きを監視するため再び地球に降りろ、それが下された命令であった。司令の部屋を出るとメイファがため息混じりに言った。

「せわしないですね」

「宇宙と地球の行き来を日帰り出張程度だと思っているんだよ、本部の人間は」

 アルベールの苦笑いに、メイファも苦笑いを合わせる。

 

 

 

 

 シャトルの回収船からの連絡を受け、ボズゴロフ級は浮上したまま前進を始めた。ザフトの戦闘艦はほとんどがこのボズゴロフ級であるため、水上艦艇の護衛任務も潜水艦が行っているのだ。着水していた二機のシャトルを回収し、カーペンタリアへと向かう。サイモン・メイフィールドの目が、モニターの一点に注がれた。

「回収船に退避行動を。本艦は急速潜航、雷撃戦用意!」

 発見した熱源は、こちらに気付いたように動き始める。先手を打つように発射された魚雷の爆発音をソナーが捉える。次の瞬間、衝撃波が艦を揺らした。敵も実体弾で応戦してきたのだ。

 再度魚雷を発射すると共に、グーンを二機発進させる。敵の動き、それほど機敏ではない。だが、その大きさには見覚えがあった。

「浮上させるな! 空中投射爆雷!!」

 直ちに敵の位置が計算され、艦の上面ハッチからミサイルが撃ち出される。海面に飛び出たそれは、小さな放物線を描いて再び海面へと向かう。弾頭部から複数の爆雷が撒かれた。

 爆雷の生む衝撃が、天井を作るように頭上に広がる。激しく揺さぶられるコクピットの中でノーリッチ・シュナウザーが笑った。その程度の攻撃では、ブレイカーを止めることは出来ない。

 

「ウザい!!」

 衝撃を突き抜けて海面に飛び出たブレイカーは、指のビームで爆雷の第二波を薙ぎ払う。胸部大型ビームを海面にぶつけると、海は沸き立ち大爆発を起こす。海上は靄と水飛沫に曇り、海中は泡で白く濁る。潜水艦のセンサーは、しばらくの間使い物にならなくなるだろう。

 リニアガンを撃ち出して靄を吹き払う。目標は潜水艦ではない。ブレイカーのカメラが左右に振られる。

 

「何か・・・ヤバそうですね」

 水平線の上で突然火山が噴火したように、遠くの海面が煙る。その中に、巨大な人影のようなものが見えるのだ。大抵の事には驚かなくなったと思うのだが、世界はやっぱり広いようだ。シャトルから船に乗り移ったコトハは、トルベンと共に甲板に出る。救命胴衣の着用が命じられていた。

 靄が薄れ、人影の正体が姿を現す。距離が遠く、その大きさが実感できないが、いま上空を走ったビームの規模からすると、とんでもないMSのようだ。甲板の上の人間がパニックを起こし始めた。

 

 ブレイカーのカメラでもそれは捉えていたが、ノーリッチにとっては関係のない事だった。彼にとってはつまらない仕事を早く終えたいだけだ。両腕を前に向ける。

「お前、空気読めないだろ・・・」

 左手を横に向けビームを放った。海面に顔を出したグーンが、ミサイルを放つ事無く爆発する。ノーリッチはブレイカーの右手を、今度は上に向けた。だが放たれたビームは空に吸い込まれていった。彼の表情に喜色が生まれる。

 つまらない仕事ではなくなったと、背部コンテナからミサイルをばら撒いた。それを切り払いながら突っ込んできたMSの攻撃を、光波防御帯で受け止める。近接用機関砲をかわしたジンは、見たことのないパックパックを背負って飛んでいる。

 指のビーム、腕のリニアガンを乱射してジンを追う。胸部大型ビームが空を薙いだ。ジンのマシンガンが装甲に当たっている感覚を受けるが、それはただ当たっているだけだ。それでもノーリッチの喜色は消えた。ヒラヒラと飛びまわるジンが、彼を苛立たせる。その上、胸部ビームを撃つ度に体内の不快感が増してくる。

 ジンの投げ付けたグレネードが黒い煙を吐き出した。

 

「さて・・・どうするよ」

 中継ステーションから降下ポッドを使って機体と共に降りてきたら、目の前に巨大MSである。試作型フライトパックの使い勝手はグゥルより上とはいえ、信頼性は未知数だ。その上、この巨大MSに有効打を与えうる装備をジンは持っていない。流石のオイレン・クーエンスも迷う。

 だが、喧嘩を売ったのは自分だ。逃げるという選択肢だけはない。何より、逃げたらそこで彼の存在は無に帰すのだ。

 海中からミサイルが飛び出してきたタイミングで仕掛ける。重斬刀で殴り続ければ、何かが起こるかもしれない。翼にぶら下げたロケット弾を全て撃ち出して目くらましとし、頭部を狙って重斬刀を振り下ろす。

 ロケット弾全てを装甲で受け止め、口から出した光波防御帯で重斬刀を受け止める。圧倒的な機体性能でセオリー通りの対処をされれば、性能に劣る側は手の出しようがない。オイレンは何度も舌打ちしながら、攻撃を回避する。だが、推進剤の減り方が予想外に早い。

 

「無理すんなよ!!」

 ノーリッチは怒鳴り、リニアガンを海面にぶつけた。二本の水柱が立ち上がり、ジンの動きが制約される。そこを胸部ビームで狙い撃った。ジンの膝から下が消えてなくなる。

 それでも突っ込んでくるジンに、ブレイカーが十本の指を向けた。だがそれを撃つより早く、背中に大きな衝撃が走る。PS装甲とはいえ、対艦ミサイル直撃は響く。それでもブレイカーは、バランスを崩しながらジンの腕を掴みとめていた。止めを刺そうとした瞬間、ジンが腕をパージする。

 右手一本で突き出された重斬刀がブレイカーのカメラに突き刺さるが、頭部近接機関砲がジンの装甲を抉っていく。

 

「くっそぉぉぉ!」

 直撃弾がなかったのは、運の良い角度だったからに過ぎない。それでも、バックパックと頭部を消し飛ばされたジンの中で、オイレンは悔しさをこめて叫んだ。

 カメラに突き刺さった重斬刀を引き抜いて、ブレイカーはその海域を離脱する。命拾いした事に胸を撫で下ろし、サイモンは先ほどのジンの回収を命じた。あのダメージでは長く浮いていられないだろう。

 安堵の声が上がっていたのは回収船も同じだった。救命艇を降ろす作業は中止され、甲板上の人は誰彼無く抱き合って喜んだ。

 そんな中、ずっと海の方を見つめている女性がいる。巨大MSに立ち向かうあのジンを操縦していたのは、オイレン・クーエンスで間違いない。そう、シビル・ストーンは確信していた。

 

 

 

 

 乗員の着席を確認する事無く、輸送機が滑走を始めた。立っていた乗員は、慌てて近くの座席に座ってシートベルトを締める。それでも、カルロス・アストゥリアスの目だけは静かに遠くを見据えていた。マドリードの司令部は、知っている事のほぼ全てを語ったのだろう、ようやく話が見えてきた。

 パリの参謀本部、いやあの女ナポレオンが何を考えているか、正確なところまでは分からない。だがモスクワとつるんで、何かを画策している事は確実である。今のモスクワはブルーコスモスの影響が強く、プラントとの提携路線を選んでいるユーラシア中央政府とは何かと軋轢が生じている。プラグマチストだという噂は聞くが、ブルーコスモスという選択肢は予想外だ。

 プラント・ザフトとコーディネーターとは、厳しく峻別すべきであり、偏狭なコーディネーター排斥を目指すブルーコスモスは、危険分子でしかない。カルロスは誘拐未遂作戦の時に敵対したタガーの事を思う。

「俺が・・・・・・駆り出されなきゃならない理由だな」

 赤道連合において戦場におけるMS運用体制の構築に大きな功績を上げた人物が、経緯は不明ながらターゲットの護衛を行っている。場合によっては赤道連合の介入まで考慮に入れなくてはならなくなるだろう。退役という情報が、実質である事を願うだけだ。

 ウィンダムを搭載した輸送機が六機、次々と滑走路を飛び立っていく。目的地は、ターゲットの滞在するブリュッセルである。しかしその時、すでにターゲットたるカフネ・イーガンはそこを発っていた。

 

「あの警備員は何だったんだ? コスプレか?」

 ハンドルを握るグェンが、アルテシアにそう聞いた。カフネを連れ去った車を追っているのだ。既に、ルーファス・リシュレークの部下が追跡を開始しているのだが、それをただ見物する気にはなれなかった。ヘッドライトが、街灯も無い道を照らす。

「既に、報酬の支払いは・・・・・・」

「大人の責任は金をもらって果たすもんじゃねぇよ」

 一瞬のブレーキとハンドルワークで、車は後輪を横に滑らせながら方向を変える。カフネにゆっくりと悲しませる時間も与えられないのは、大人として情けない事でしかない。どいつもこいつも、カフネの事になど興味の欠片も持っていないのだ。

 彼女の頭の中にある情報、それは戦後の軍事・経済に多大な影響を与えるものなのだ。大西洋、ユーラシアという連合内の巨大勢力に対して遅れをとっている東アジアとしては、一発逆転を可能とする切り札になりうる。

 それはMS開発競争に乗り遅れたFUJIYAMA社にとっても同じ事だった。バックミラー越しにカフネの顔を見ながら、カナデ・アキシノはアクセルを踏み込む。このような仕事に自分を抜擢したのは、心神の実質的なコンペ落ちに対する制裁なのか、それとも失地回復の機会なのか。余計な事は考えないようにする。

 何よりNJCを含むNJ関連技術はプラントの最重要機密であり、技術者として否応無く興味を駆り立てられるものだ。幼さしか見えない少女の不安げな表情に、良心が痛まないといえば嘘になるが、今は頭を切り替えるべき時だ。

「本当に、パパとママは・・・あの人達が・・・」

「私が知っている事は、全部あなたに伝えたわ。100%の保証は、私にも出来ない」

 カフネの両親が殺害された事は事実であり、ユーラシアが送り込んだ工作員が接触を試みていた事も事実である。その事実がどう繋がるのか、繋がらないのかは、彼女の知る話ではない。ただ、繋がる可能性もあると強調して話したのも事実だった。

 港の倉庫街で車を止め、カフネを連れて桟橋へ走る。木材チップが満載された船に乗り込み、チップの山から突き出ているパイプから中に入る。

「・・・コクピット?」

「少し、我慢しててね」

 シートの後ろにある補助シートにカフネを座らせると、カナデは諸々のチェックを省略してバッテリーのテンションを上げた。ペダルを踏み込むと、輸送船に隠されていたMS・心神が急上昇をする。

 このままドーバー海峡を抜ければ、迎えの艦がいるのだ。

 

 

 

 

 想定外の交戦が行われた以上、訓練が中断・延期されるのは仕方ない。地球に帰還せよとの命令には、納得も出来る。だが、この命令はそうも行かなかった。正式な命令であるため反論など許されないが、アルベールは確認するように問い返した。

「こちらから仕掛ける、という事ですか?」

「君の疑問も当然だ」

 艦隊の司令はあっさりと言った。ブリーフィングルームに集められたテストパイロットも、同じ顔をしている。停戦交渉がようやくまとまった直後のこの時期に、連合がザフトに攻撃を仕掛けるなど正気の沙汰ではない。その正気を捨ててでも、ザフトの機密を排除しなければならないのだろう。

 連合によるMSの開発成功によって、プラントとの軍事的な格差は無くなった。やがては、国力差によってプラントを圧倒できるであろう。しかしそれは、コーディネーターが今後とも「性能」を向上させない事が前提である。現に、プラント側の投入した一部機体は、MSの性能差以上の能力を見せ付けていた。

「コーディネーターの性能アップ・・・・・・あり得るんですか?」

 ヘルメットを接触させて、メイファはアルベールに聞く。それはコーディネーターに聞く質問ではないなと答え、アルベールがコクピットに体を流した。自分の迂闊さに舌打ちをした彼女は、コクピットの計器を手早く確認していく。

 仕掛けるとは言っても、地球降下軌道に入りながらの戦闘である。時間は長く取れない。降下シャトルに乗り損ねれば、そこでゲームオーバーとなる厳しい条件だ。狙う相手が、何を持っているか持っていないのかよりも、その条件下での戦闘をこなせるかどうかの方が問題だろう。

 新造されたMS用電磁カタパルトに、機体を乗せる。モニターにタイマーが映し出され、カタパルトのレールが点滅を開始する。

「メイファ・リン、ウィンダム5号機。発進!!」

 打ち出しの加速を受け止め、前を飛ぶ噴流炎目掛けて姿勢を制御すると、スラスターを吹かせた。目の前には真っ青な地球が、彼女達を吸い込まんと立ちはだかっているようだ。

 低軌道での戦闘は、大戦中でも数えるほどしか行われておらず、MS戦となると前例は皆無である。もちろん研究だけは行われていたが、実際に行う者にとっては関係のない話である。

 

「情報通りか・・・・・・気に食わん。数は!?」

「5・・・・・・いえ、6です!」

 降下直前で連合軍部隊に捕捉されるという本部からの情報が当たった。だが、なぜ本部がそれを察知できたのかが分からない。ここのところ、納得の出来る命令を受ける事がないと思いながら、ウォーレン・パーシバルはゲイツのライフルを構えさせる。敵の数がこちらより多い以上、先手を打たなくてはならない。

 やはり戦争は終わってなどいなかった。引き金を引きながらウォーレンはつぶやく。そして一気にペダルを踏み込んだ。敵は新鋭機を任されたパイロットである、駆り出された新兵では荷が重過ぎる。

 散開した噴流炎を視界に捉え、もっとも近いもの目掛けて突進する。左腕のシールドから伸ばされた二本のビームサーベルが、ウィンダムのビームライフルを切断した。ウォーレンは舌打ちする。仕留められなかった。頭上からのロケット弾を回避し、遠くの機体に牽制のビームを放つ。

 直下から突っ込んできたウィンダムにエクステンシェナル・アレスターを射出してその動きを止めると、スラスターを吹かせて真正面に機体に肉薄する。接近戦の間合い、敵がビームサーベルに手を掛けるのを見て、ウォーレンはゲイツに斬機刀を抜かせる。

 一閃したそれは、ビームサーベルをすり抜けてウィンダムの頭を割った。そのまま敵の胴体を蹴り飛ばすと、視線を戦場にめぐらせる。友軍機は指示通り、距離を取っての射撃に専念しているようだ。

 

「近づかせない!!」

 レールガンとビームライフルを交互に撃ちながら、テルシェはモニターに向かって叫ぶ。ウォーレン機の突出で敵部隊はそちらに気を取られているようだが、一機だけ執拗に自分達を狙っている機体があった。三機のゲイツで連携して攻撃を繰り返すが、ジリジリとその間合いを詰められている。敵の放ったロケット弾を、レールガンが撃ち抜く。

 しかしその爆発の閃光が、攻撃の手を緩めさせた。テルシェの視界の隅を影がよぎる。

「見えてる!」

 ビームライフルの攻撃はシールドで防がれるが、背後を取ろうとした敵の動きは止めた。だが、距離は一気に縮められてしまった。味方機がシールドを吹き飛ばされている。テルシェはレバーを押し込んだ。ビームライフルの火線をギリギリでかわし、ビームサーベルを発振させる。

 

「やる!!」

 サーベルが頭部を掠めて、モニターの映像が乱れる。メイファは歯を食いしばるようにそう言うと、ウィンダムを勢いよく反転させた。その勢いでゲイツにシールドをぶつけて吹き飛ばし、自分を狙っていたもう一機に残っていたロケット弾を浴びせる。

 バランスを崩したその機体に追撃を見舞おうとするが、通信機を揺らすノイズに機体を右に滑らせた。それでも、パックパックの翼を斬機刀で切り落とされる。アルベール機が信号弾を打上げながら、メイファ機の支援に入った。

 現時点でも、機体はジリジリと重力に引かれているのだ。機体の些細な損傷が何をもたらすか、シミュレーションでは分かっていないことが多い。突出したゲイツによってダメージを受けた機体は、早々に撤退させている。敵への攻撃よりも、味方の降下を優先させる。それが現場での判断だ。

「まだ時間は!」

「リン中尉! シャトルを捉まえろ!!」

 アルベールはそう叫んで、斬機刀を振りかぶったゲイツに突進する。シールドを使って、刀を受け止めるのではなく受け流し、ゲイツの姿勢を崩させる。落ちろと念じてゲイツを思い切り踏みつけ、真上から攻撃してくるゲイツにはビームライフルを見舞った。

 コクピット内がアラームに満ちる。アルベールはメイファ機の撤退を確認した上で、手持ちのロケット弾とグレネードの全てを発射して後退した。

 

 シールドのサーベルと斬機刀でそれを処理しながら、ウォーレンは一瞬だけ混線した通信機の声に、聞き覚えがある事を感じていた。母艦から信号弾が上がる。このまま機体を降下ポッドに乗せて、地球に降りなければならない。


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