Blank stories   作:VSBR

6 / 14
第四部

 家に着いたら敵がいる、ずいぶんと間の抜けた話だ。謎のMSの攻撃によってシャトルのメインスラスターが損傷したため、寄港の許可を要請されたのだという。国際航宙法に基づく緊急避難要請は拒絶できない。マティーニにカバーを被せる作業員を尻目に、オイレン・クーエンスが体を流す。

 緊急避難という事は、シャトルに積んでいたシグーは武器もスラスターも封印されているはずである。リベンジの機会はすぐには巡ってこないだろう。オイレンの拳が壁にぶつけられた。ディスペンサーから乱暴にドリンクを取ると、窓の外を見る。シャトルから降りてきたパイロットスーツを睨む。

 

「分かっています」

 ノーマルスーツの係員が早口で言う。各種書類の数を数えながら、ウォーレン・パーシバルのため息がヘルメットを満たしていく。こういう時、ザフトという組織は不便であった。ろくな階級がないため、責任者が誰か分からないのだ。結局、パイロット、年長者、先任者の順で責任者が決まるのだが、パイロット偏重主義もたいがいにして欲しかった。要領良く責任者を他人に譲れる性格ではないのが恨めしい。

 地球に降りるときも地球から戻るときも、正体不明の凄腕パイロットと遭遇してしまう自分の運の無さを一緒に恨みながら、ウォーレンは管制室に向う。自分の腕を過信するつもりは毛頭ないが、それでも自信が揺らいでいる事に間違いはない。本国との連絡がついたらしく、先にそちらの用件を済ませる事にした。

 係員に借りたメモ用紙が一杯になるほどボールペンを走らせ、ウォーレンはもう一度ため息をつく。先に下りた連中は、もう宿舎に向っているだろう。

 

「いや、女の人はあかんでしょう」

 不意に聞きなれないイントネーションが聞こえ、シビル・ストーンの視線がそちらに流れた。案内をしてくれていた女性が、受話器を取って何か話している。しばらくのやり取りの後、受話器を置いた女性は彼女に微笑みかけた。

「女の人には別の部屋、用意できましたから」

 カーペンタリアから輸送シャトルで上がってきたのは、シビルを含めて20名強だが、女性は彼女一人だった。男性と同室にならないように配慮してくれたのだ。やっぱり民間は違うと感心した。ザフトでは女性の軍人も珍しくはないとはいえ、やはり男性中心に物事が回るのが軍隊だ。

 イントネーションは元に戻ったが、ゆったりとした話し方と妙に落ち着いた雰囲気をかもし出す女性は、多分自分よりも年下だ。困った事があったら呼んで欲しいという申し出に、シビルはただ恐縮する。

「何してる、コトハ」

「お手伝いです。避難されて来た方を宿舎に案内」

 コトハと呼ばれた女性は鋭い問いかけの声にも言葉の調子を変えないが、シビルは思わず肩をすくめてしまった。自分と同い年くらいの男性、きつい視線にどことなく崩れたような雰囲気が印象的だ。

 少し後ずさってしまったシビルを、その男性は一瞥する。どんな意味があるのか、口元を緩めると、男性は何も言わずに立ち去っていった。

「あの人は?」

「オイレン・クーエンスさん。何ていうか、ここの用心棒みたいな人です」

 コトハの後について歩きながら、シビルは振り返ってオイレンを見る。人工灯の下でも影をまとっているような人だった。

 

 

 

 

「改めて自己紹介というのも変な感じですね」

「よろしくお願いします、大尉」

 姿勢のいい敬礼につられるように、彼も敬礼を返した。正式に顔合わせをする前に互いに迎撃戦闘をこなしているため、初対面とは言いにくいが、こういうのもケジメだろう。メイファ・リンの小柄な体は、覇気で張り詰めているようだ。

 小規模の暗礁空域の傍らに、アガメムノン級一隻を中心とする小規模の艦隊が展開していた。新型MSの運用試験のための艦隊である。集められたテストパイロットに、試験概要が伝えられる。

 ラビ・アルベール・コクトーは、一つの懸念を質問した。現在地は公宙域であるが、MSの航続距離圏内に、大洋州の領宙境界線が存在する。作戦指揮官は暗礁空域から出なければ問題はないというが、その顔色を見て一つのデモンストレーションなのだと理解した。

 ここに集まったのはテストパイロットを任されるレベルの人間ばかりだ。問題が起こる事はないと考えていい。オーブに若い二人を置いてきたのは、むしろ正解だった。

 会議室を出て自室に向おうとするアルベールを、メイファが呼び止めた。他のパイロットの目を気にするように、彼女はアルベールをMSデッキ脇のコーヒーディスペンサーに誘う。

「先日はありがとうございました」

 頭を下げるメイファに苦笑する。あの突っかかるような戦い方は、この真面目な性格そのものなのだろう。その事を指摘しようと思ったが、やめておく。少々危なっかしいが、MS戦のセオリーなど現在の連合には存在しない。彼女は、それで生き残ってきたのだから。

 用はそれだけかと聞こうとした時、彼女が声をひそめて言った。ただの訓練で終わるだろうかと。

 アルベールはその言葉を聞き返す代わりに考えた。そして次の言葉を待つ。逡巡を見せる彼女の表情にはあえて視線を向けず、ただ耳だけを彼女の言葉に集中させた。言うべき事を迷っている者に、余計な言葉を掛けてはならない。

「責任は、私が取ります」

 そう言って彼女は緘口令が敷かれているという情報を話した。オーブとの共同訓練中に、正体不明の巨大MSが現れたのだと。実弾訓練中であったため何とか撃退は出来たのだが、その後情報は必死に隠蔽されようとしていた。

 彼女は様々な事を懸念しているのであろう、軍とは盲信できる組織ではない。だが同時に、信頼せねば戦場で生き残る事は困難なのだ。アルベールは視線を向けて微笑んで見せた。

「撃退できたのだろう。なら、次もそうするまでだ」

 気休めに過ぎない事が分かっているから、せめて精一杯力強く言ってやった。メイファが、少し表情を緩めた。

 

 

 

 

 戦中、ザフトから強奪されたMSを秘匿していたオーブが、その技術を手にしている事は間違いがない。だがそれに関して、連合とプラントはともに何らかの動きを見せることが無かった。政治的な決着がつけられたと見るのが妥当であるが、この問題において、そのような決着がありうるというのだろうか。

 オーブは情報を完全に隠匿しており、連合・プラントともにオーブの動きを見落としている、それが上層部の結論であった。レシピと呼ばれる情報と比べて、軍事転用の容易なこちらの情報の方を優先するのは、ブルーコスモスとしては当然の帰結であろう。追い詰められたものは、いつだって即効性のあるものを求める。

「オーブへは仕事・・・ですか?」

 言い慣れない言葉にはにかんだ顔を隠すように視線を落とす少女の横顔が見えた。ディルク・フランツ・ツェルニーの思考が停止する。今自分がどこにいるのか、一瞬分からなくなった。

 街も人ごみも、ずいぶんと久しぶりだ。意味のない話を話しかけてくれる人間など、いつ以来だろう。止まってしまった彼の表情は、覗き込むような少女の顔に、再び動きを取り戻す。

「あ、あぁ・・・そうだ」

 空港でちょっとした騒ぎに巻き込まれた少女、ユウキ・ナンリと再会したのは偶然であった。だがこうして接触を続けているのは、理由がある。どの道、カーペンタリアを無視して活動する事はありえない。大洋州の人間との繋がりは、何かの役に立つだろうと考えたのだ。

 空港でも、再会の時もスボン姿だったが、今日はスカートであった。淡いブルーの布地が、潮風に揺れている。人々の喧騒が無くなったと思ったら、いつの間にか海を臨む場所にまで来ていた。まだ傾かない太陽は、海面を真っ青に染めている。ディルクはそっと息を飲んだ。

 横でユウキが何か言っているような気がする。とおきり風が木立を揺らす音、遠くから聞こえる波の音、そして少女の声。まるで和音のように、一切の不快感がない。彼は再び、自分の居場所を見失うような感覚に包まれる。

「あ・・・何か光った」

 ユウキが指を差した方向に自然と視線が流れる。目を凝らし、その先にあるものを認識した途端、彼は自分が何者かを思い出した。仕事のアポイントを思い出したと言い残し、彼は足早にその場を後にする。

 彼の視力は、水平線上を見え隠れするMSの姿を捉えていた。

 

 

 

 

 敵が強いのか、自分の乗っている機体が弱いのか。変形を解いて急ブレーキをかける敵MSに動きに、ガルム・ガーは追随する事が出来ないでいた。苦し紛れに撃つ攻撃はことごとく的を外し、ただ虚しく空へと吸い込まれていくだけだ。

 ビクトリアに向けて出港した輸送船は、オーブ領海を越える直前で、一機のMSから停止命令を受けたのだ。臨検を要求するそのMSを無視しようと、船が速度を上げたとたんに攻撃を受けた。辛うじて領海線を突破し、しつこく追ってくるMSを迎撃するためにガルム・ガーを出したのだ。

「神父さんなら、もっと上手く出来たよな」

「しゃべってないで当てなさい!」

 ミコトはそう言ってレバーを引き上げた。照準用スコープを覗いたままの姿で、カナンは何度も舌打ちをする。自分の射撃の腕には自信を持っているし、彼女の操縦技術には信頼を置いている。それでいて当たらない相手だ、かなりの腕のコーディネーターだろう。スラスターを全開にして機体に制動をかけ、二人は強烈なGを歯を食いしばって耐えた。

 それでいて、目だけは敵の動きを追い続ける。複列位相砲をワイドレンジにして突っ込んでくる敵に対して壁を作る。敵が急降下でそれをかわしたのが視界に入った。レールガンを撃ち込むと、水柱が豪快に吹き上がる。

 ミスッたというカナンの声より早く、ミコトはペダルを踏み込む。大量の水飛沫はビームを著しく減衰させる。大型MAでの接近戦は明らかに不利だ。機体下部に意識を集中させて、敵の出現に備えた。

 

「上よ!」

 変形を解いたムラサメがビームサーベルを振りかぶる。噴出した水柱に隠れるようにして上空に上がり、敵の目を欺いたのだ。オートでばら撒かれる機関砲を無視するようにその扁平な機体に向けてビームサーベルを振るった。

 疑問より早くユイの体は反応する。完全に捉えたはずのビームサーベルが何故か弾かれていたのだ。機体サイズから見てラミネート装甲はありえない。ならば、何故だ。押している感触はあるが、止めを刺しきれなかった事に嫌な雰囲気を感じた。

「・・・なら、退くしかないわね」

 MAが発進した輸送船にダメージを与えている事は確認した。そのまま外洋に出る事は不可能であり、彼女の乗るムラサメを撃墜しさえすれば、彼らは安心してオーブへ戻るだろう。ユイは口の端を歪めて、機体を変形させた。

 敵MAに真正面から対峙するように機体を回す。ビームとレールガンの連射を最小限度の動きで避けながら、ムラサメは最大戦速で距離を詰めた。MAの中心部分にあるユニットから、ビームサーベルが発振される。

 ムラサメは変形を解いてビームサーベルを振り抜いたが、そのまま猛スピードの車に跳ねられた人のように吹き飛んだ。十分な姿勢制御も出来ずに海面に墜落していく姿を、敵パイロットは確認したであろう。

「また会いましょう、ミコトちゃん」

 海面に浮かぶ救命ボートの上で、ユイはそう嘯いた。あの少年のような少女の、警戒心も露わな視線を思い出し、一人笑った。

 

 

 

 

「とりあえず、私が身元引受人になりますから」

 洋上で軍艦が拾った難民、この国なら入国手続きだけで二年はかかるだろう。親のコネはありがたく使わせてもらう。二人が親族のいるユーラシアに向うと言っているので、ユーラシア大使館にも連絡を入れておかなくてはならないだろう。カナデ・アキシノは後部座席の二人にそう言った。

 到着が早ければその足で大使館まで行けたのだろうが、今からでは窓口は閉まった後だろう。だから今日は自分の家に宿泊すればいいという彼女の申し出を、グェンとカフネは受ける事にする。

 しかし、彼女が東アジア有数の大企業の人間であり、かつ日本自治州政府首相の子だという事が、二人の警戒心を解かせない。カフネに関する情報を知れば、この対応がどう変わるか分からないのだから。グェンは緊張している少女の手にそっと触れてやった。

 都心部の高層マンションの地下駐車場に吸い込まれていく車の中で、彼はため息をついた。弟二人が来ているので少し騒がしいがと断るカナデに、さらに二人分の来客を受け入れられる部屋の広さを思う。安軍人には永遠に縁のない住居であろう。

「お帰り、姉ちゃ・・・お、おっさん!? しかもコブ付き!」

「お姉ちゃんの意志は尊重するよ、でも・・・選ぼうよ!」

 現地の言葉で話す二人の少年が何を言っているかよく分からないが、カフネの反応を見るとずいぶんと面白い事を話しているようだ。何となく愛想笑いを浮かべてみるが、何故か睨まれた。カフネに聞いても、知らない方が楽に過ごせると言われた。

 その面白い事を言っていたらしい少年が用意していた夕食をご馳走になり、客間に通されて一息つく。明日、ユーラシア大使館でクライアントに連絡をつけることが出来れば一件落着といくのだろうか。

 食堂の開店資金のために引き受けた簡単な仕事のはずが、世界規模の謀略に巻き込まれてしまった。自分達軍人が、ナチュラルだコーディネーターだ、連合だプラントだと戦争をしている最中から、世界は二歩も三歩も先に進んでいた。プラントは普通の国であり、コーディネーターはただのか弱い少女である事を、お偉方は戦争をしていた時から知っていたのだ。

 

 そのか弱い少女は、彼のクライアントの要請を受け入れるという。そのクライアントに心当たりはまったく無いが、それが最善の選択だろうという。

「もう一度聞くぞ・・・いいんだな?」

 グェンの言葉に、小さくうなずいた。疲労も限界に近く、両親の消息も確認したい。目の前の男性に迷惑をかけるのも、これ以上は心苦しい。どこかでピリオドを打っておきたかった。

 自分の持つ技術が、どういった意図を持って要求されるのか。それは設計事務所の仕事をしている時から分かっていた事だ。ならば、命の心配をするような事は取り立ててないはずだ。グェンに微笑んで見せたが、彼の目はあまり納得していないようだ。

「もう少しで、グェンさんともお別れですね」

 一緒の布団で寝てもいいかと言ったカフネは、答えを聞く前にグェンに身を寄せる。

 

 

 

 

 メモ用紙に書かれた文章が解読された。プラント本国から受け取った通信は、全体が特殊な暗号文だったのだ。シビル・ストーンが解読した文章を受け取ると、ウォーレン・パーシバルは表情を歪めた。

 意見を求めようとシビルに視線を向けたが、彼女の顔に変化はない。暗号を解読したのなら、その内容も把握しているはずだ。どうかしたのかと問いかけた彼女に、ウォーレンは何も言わなかった。とにかく、この内容を他のクルーにも伝えて準備をしなくてはならない。

「味方の資源衛星のつもりだったんだがな・・・」

 ザフトが一枚岩の組織で無くなった事は、ヤキン・ドゥーエの時に痛感している。最新鋭のMSが二機、その追加装備である大型武装ユニットと専用運用艦が、敵に回ったのを直接見ているのだ。

 そんなザフトの亀裂が、再び目の前に現れるとは思わなかった。彼は解読された文面を思い返す。さる研究者が持ち去った重要機密とは何なのだろう。そういえば、行きもそんなよく分からない荷物を運んだような気がする。居住区の庭を横切る時、視線を感じた。

 歩調を変えずに周囲の木々を眺めるような仕草で視線を巡らせる。こちらを見ていた男が、踵を返して遠ざかっていった。ここにいるのは、研究者ばかりでは無いようだ。

 

「地球へ・・・ですね」

 プリントアウトされた資料に目を通しながらそう言う。時間に余裕がないので、準備を進めておくようにと言われるが、トルベン・タイナートはため息を返答代わりにするだけだった。

 どの道、ここの施設では研究に限界があった。次の目的地ならもう少し細かな調査も可能になる。データの解析作業が中心となるため、無重力下の実験が必要とされる場合もないだろう。しかし、と彼は考える。

 詳細な解析を行ったところで、このデータにどれほどの価値があるのか。今のところ、目新しい情報は引き出せておらず、既知のデータの後追いばかりであった。このデータを手に入れその研究を依頼した者達は、「ジョージ・グレンのレシピ」という言葉に、過大なロマンチシズムを感じているだけではないのだろうか。

 所詮、ジョージ・グレンも人の作り出したものでしかない。人が作ったものは神が記した真理の断片でしかなく、彼の求めるものの断片でしかない。神が四つの塩基の有限な組み合せで真理を記したのであれば、彼が求めるのはコーディネーター技術によって既に書き写された組み合わせではなく、今だ書き写す事のできていない組み合わせの方である。

 手にした資料を机に置いて、彼は目を押さえた。科学者であれば、彼の考えに多少なりとも共感してくれるかもしれない。だが政治家であれば無理であろう。とにかく今は、ここを引き払う準備をしなくてはならない。

 

 

 

 

 CEにおいても、ヨーロッパ階級社会に大きな変動はない。上の階級では、たいていが知り合いか、その知り合いという関係に落ち着く。顔見知りだけで政策原案が作られる事も、よくある話である。

 そんな狭い世界の住人であるため、彼の事もよく知っていた。たとえ知る気が無くとも、噂はいくらでも耳に入ってくる。

「お父上は、お元気か?」

「ええ、おかげさまで」

 コーヒーの湯気が薄くなっている。どうでもいいやり取りを、少し長く続けすぎたようだ。ルーファス・リシュレークの涼しげな表情を、じっと見据える。度胸はたいしたものだ。虎穴に入らずんば虎児を得ず、といったところであろう。

 それは同時に、家業がそれだけ追い込まれているという証明でもある。戦争終結に伴う復興特需にリシュレーク家の傘下企業は乗り遅れていた。その上、ユーラシア軍は連合が採用したMSの採用を決定している。アクタイオンと組んでいた企業の株価は、その影響を受けざるを得ない。

 アリシア・ルイーズ・ド・ヴァロアは、冷めたコーヒーを下げさせる。そして、改めて目の前の男を見すえる。

「単刀直入に聞こう、こちらとの取引が可能な提案でも持ってこられたか?」

「いいえ。ユーラシア軍・・・・・・いえ、あなた方がアレを何に使おうとしているのかを聞きたいだけです」

 ルーファスの口調は、あくまでも確認のためだと言っていた。ニュートロンジャマーキャンセラーを機動兵器の動力源として使用するというこちらの考えは分かっているのだろう。アリシアは視線を逸らさず、ただ黙ってルーファスを見る。

 ニュートロンジャマーによるエネルギー不足、その解消のためにキャンセラーの技術を入手し、それを独占する事で戦後の電力業界で圧倒的な優位を築く。傾いたリシュレークの家業を劇的に復活させるまたとないチャンスであろう。

 だが、ニュートロンジャマーキャンセラーの原料は極めて希少であり、その配分は当然国家が主導して行うべきものである。そしてプラントとの戦争状態が休止に過ぎない現状、そして圧倒的なMS技術によって連合内で大きな力を占めるようになった大西洋に対する牽制のためにも、核技術はまず国家の安全保障のために使われねばならない。

「あなた方は現物を既に有している、その実験も行っている・・・・・・ブルーコスモスを使ってまで」

「それで?」

「だがその現物は不良品だ。修理工は・・・・・・まだいない」

「・・・・・・」

「もし取引があるのなら、それは私が修理工を手に入れた後になるでしょう」

 アリシアは嘆息を漏らした。彼は既に虎子を得る確証を持っているのだ。そしてそれを虎穴に戻す気がないと言いに来た。立ち上がり、慇懃な礼を述べて立ち去る男に、アリシアはもう一度嘆息を漏らす。

 

 

 

 

 それは当然、観測対象となるべき存在だ。地球軍の新兵器であるなら、なおさら多くのデータを入手する必要がある。ただ、新兵器の実験を何故友軍相手に行っているのかが理解できない。今のように、敵であるザフトを狙うのが筋なのではないだろうか。サイモン・メイフィールドは、現実逃避のようにそんな事を考えた。

「右舷注水ポンプに損傷! 潜航できません!!」

 不意打ちのリニアガンが引き起こした水中衝撃波は、あっさりと潜水艦の存在意義を奪い去った。だがこの場合は、こちらの存在に気付いた敵の索敵能力をほめるべきであろう。スケイルモーターによる無音潜航を行っていたのだ。どうやってそれを見つけたのかは後で考え、今は逃げるか攻めるかを決めるのが艦長の仕事だ。

 これ以上深く潜れなくなった以上、リニアガンによる攻撃は受け続けると考えなくてはならない。ボズゴロフ級の外装に、全幅の信頼を置くのは分の悪い賭けであろう。サイモンは転進と浮上を命じる。

 水中発射ミサイルと飛翔魚雷を発射させ、MSの緊急発進を準備させた。あのデカぶつを潰さなければ撃沈しかない。

 

「ザフト艦?」

 ブリッジで戦況を見守っていたゲンヤ・タカツキが思わず聞き返す。だが部下のソナー手の名人芸は彼自身が一番良く知っている。戦闘による音響の乱れの中であっても、ボズゴロフの音を聞き違えるはずがない。

 ならばあの巨大MSはザフトのものではないという事だ。それ以上の状況は理解できないが、とにかくアレを撃退するのはこの機会しかない。対水上艦戦闘の要領で、海の上に立つ巨大MSに対処する。

 家族とゆっくり過ごす暇もなく、再び日本を遠く離れたかいがあったというものだ。後方の空母から飛び立ったスカイグラスパーが、上空を通過した。艦隊が一斉に砲撃を開始し、同時に退避行動をとりだした。ビームが海面を抉って、水飛沫と靄が生まれる。常に動いていなければ、一撃で終わりだ。

 砲撃の集中する地点は、さながら昔の怪獣映画のようだった。海の上の巨大MS・ブレイカーへ、雨霰のごとく攻撃が降り注ぐ。実弾兵器がほとんどであるため、ブレイカーのPS装甲には通用しないが、その衝撃は海上をホバーで移動する巨体を十分に揺さぶる。

 海中から飛び出した魚雷が滑空翼を広げて襲い掛かる。腕を振るってそれを叩き落とし、スカイグラスパーのビームを口から展開した光波防御帯で受け止める。指から放たれる十条のビームは、真上から襲ってくるミサイルと砲弾を薙ぎ払うが、それを縫って接近するディンが盛んに突撃銃を浴びせてくる。

 海面に落ちる砲弾は絶えず水飛沫と衝撃を与え、海中から顔を出すグーンがチクチクとミサイルを当ててくる。攻撃の圧力に押されるように移動すると、狙い済ましたように砲撃が襲う。ゲンヤは攻撃の手を緩めないよう、後方に第二次攻撃隊の発進を要請した。護衛艦一隻が派手な爆発を起こし、艦隊が浮き足立ったのを感じたのだ。

 水平線の上で、敵が大きく腕を振り上げるのが見えた。

「ふざけるなよぉ!!」

 ブレイカーの中、ノーリッチ・シュナウザーが吠えた。全身を駆け巡る不快感が、腹の底の違和感を忘れさせる。彼の意識に連動するように、ブレイカーの腹部シャッターが開放された。

「左舷急速注水! 艦を傾けろ!!」

 サイモンの命令にクルーは反射的に従う。浮上して攻撃を行っていた潜水艦が一気に九十度傾いた。同時に巨大なビームの柱が、艦を掠める。巻き添えになったのかディンの信号が二つロストした。

 第二射は避けられない、そう覚悟した時、サイモンは敵がダラリと腕を降ろしたのを見た。頭部に砲弾の直撃を受けて巨体が転倒し、そのまま海中に没していく。

「ぐっぅ・・・はぁ・・・」

 ノーリッチが呻く。腹部ビーム砲を放った瞬間、腹の中の違和感が苦痛に変わった。重く熱いものが沸き立つような痛み。計器を読み取るのではなく、直接知覚する事によって機体の操縦を行う、彼特有の感覚であった。

 ブレイカーに搭載されているエンジンは、未だ出力の調整が万全ではないのだ。

 

 

 

 

 ずいぶんと長電話になってしまったが、カフネはまだ控え室で座っていた。大使館といえども役所仕事は変わらないと思う。

「ご家族、お元気でしたか?」

 表情が緩んでいたのだろうか、カフネにそう聞かれた。プラントからこのかた、まともに電話を掛けられるような場所に居なかったため、ずいぶんと家族に連絡できずにいた。軍人だったので、そういう事は珍しくないのだが、やはり家族の声が聞けるのとそうでないのでは、心の張りに大きな違いが生まれる。

 控え室の扉が開いて、二人は同時に視線を向けた。グェンはあっと声を上げた。現れた女性は、彼に仕事を依頼した人物だったからだ。歩み寄ってきた彼女は、グェンに丁寧な礼を述べる。

 そしてカフネに向き直り、アルテシア・ローレンツと名乗ると、これまでの苦労をねぎらった。カフネが少し身構える。

「突然の事で色々と疑問に思われている事もあるでしょう」

 大人を相手にするような態度で接するアルテシアは、カフネを別室に促す。これまでの経緯や、彼女を招いた理由など説明しなくてはならない事がたくさんあるのだ。当然のようについていこうとしたグェンを、アルテシアは押しとめた。用があるのは、あくまでもカフネだ。

 振り向くと不安が高ぶりそうなので、グェンの方を見ないようにカフネは別室に入った。応接セットが申し訳程度におかれているだけの殺風景な部屋だ。テーブルには、紅茶とケーキが用意されている。

 遠慮せずにと言うアルテシアに、カフネはまず話を聞きたいと言った。アルテシアの口から出てきたのは、やはりニュートロンジャマーキャンセラーに関する技術の事だ。

 もともとザフトの開発局の下請けとして様々な機器の設計を行っていた彼女は、ニュートロンジャマーキャンセラーとそれを応用した核エンジンの基幹部品の設計を請け負っていた。装置全体から見れば一部分に過ぎないが、核分裂反応の促進と抑制、即ちエンジン出力の調整に関わる装置の心臓部分が、彼女の設計担当部品であった。

 この部品が無ければ、核エンジンには常の暴走の危険性が付きまとい、ニュートロンジャマーキャンセラーも連合のようにミサイルの弾頭として使用するしかなくなる。非常に重要度の高い部品なのだ。

 そのためザフトの設計局からは何度も入局を要請されていた。装置の重要性を考えれば身辺保護の必要もある、そう言われた事もあった。実家を継ぐ事を考えていた彼女としては、れを断っていたのだが、今となってはそれが悔やまれる。

 アルテシアは、その技術をエネルギー不足を解消するために使いたいと言う。原子力発電の再開は、戦後復興に欠かせない要素だと。自分達は民間企業であり、軍とは距離を置いているとも言った。カフネは話を遮る。聞きたい話が出てこないからだ。

「あの・・・パパとママは、無事ですか? ここから連絡できますか?」

 アルテシアが言いよどむ。カフネは血の気が引くのを感じた。何か、あったのだろうか。

「ご両親は・・・お亡くなりになられました」

 

 

 

 

 武術の型を一通り演じ、ミコトは静かに息を整えた。それでも、落ち着かない心はそのままであった。オーブの可変MSに乗っていたパイロットは、間違いなく自分達より優れた操縦技術を持っている。撃退できたのは、機体の性能差に過ぎない。背後から投げられたドリンクのボトルを振り向かずに受け止める。

 射撃用ゴーグルを額に乗せたまま、カナンがやってくる。彼も、自分と同じ事を考えているのだろう。

「ま、拳銃が上手くなったって、MSの射撃能力が向上するわけじゃない」

 笑いながらそう言うが、彼もショックを受けているだろう。あれほど攻撃が当たらない敵には、戦争中もめったにお目にかかれなかった。彼は整備の終わった機体を見上げる。オーブに戻ってきた輸送艦は、再び出港する機会を窺っていた。

 本来の目的地である宇宙では、既に訓練が始まっているはずである。空になったボトルを受け取ったカナンは、代わりに封筒を差し出す。オーブでの滞在場所としているホテルに届いた郵便物であった。

 差出人はユイ・タカクラ。中の手紙を覗き込んだカナンは口笛を吹いた。デートのお誘いじゃん、とからかう彼にハイキックを見舞う。保養施設の割引券が二枚同封されていた。

 火山島を中心とするオーブでは地熱利用が盛んであり、建国を行った民族が入浴に関する非常に繊細な文化を持つ人々であったため、赤道直下の国でありながら温泉を備えた保養施設が根強い人気を博していた。

 

 ユウキ・ナンリの手にはラムネが二本握られている。

 その一本を受け取った男は、旅行はいつまでかと尋ねる。ディルク・フランツ・ツェルニーは、虚ろな目をユウキに向けていた。

「学校が始まるまで」

 復興資金としての外貨獲得が至上命題となっているオーブは、深刻な被害を受けた首都周辺を除いて、観光客の積極的な誘致を行っている。もともと治安の良かった国であり、学生の一人旅にはもってこいの場所なのだ。

 そんな事を話しているユウキをディルクが見つめ続ける。風呂で流したはずの汗がもう滲み始めていた。カーペンタリアからオーブに、核エンジンの部品が極秘輸送された事は確定しているが、その運び先が不明のままだった。流石にブルーコスモスでは、この国で自由な活動が出来ないのだろう。

 本来ならいつでも出撃できるよう、運び込んだMSの調整でもやっておかなくてはならないはずなのに、何故かこんなところに来ていた。どうしたのかと聞くユウキに、ただ首を振った。

「テルシェなら、こういうところ喜びそうなのになぁ」

 この前、宇宙に上がっていった友人だと、彼女は空を見上げながら言った。その彼方では、数隻の戦艦が隕石に偽装しながら、目標地点の監視を行っている。

 

 ナスカ級とMS搭載型哨戒艦からなる艦隊では、作戦の概要がパイロットに伝えられていた。作戦は、目の前の大洋州資源衛星に潜んでいる研究者の捕縛。犯人グループは、プラント内部にも通じている組織で、遺伝子研究に関する重大な機密を持ったまま逃走しているという。

「・・・身内って事か」

 周りのパイロットを代表して、テルシェがつぶやく。兵士に作戦のえり好みなど出来ないが、連合との戦争に向けてザフトを志願した者にとっては、気の進まない話であることは事実だ。

 宇宙に戻った途端、休む間もなく作戦参加の命令である。ザフトの人手不足は深刻なようだと、みんな話していた。最も重要な、研究者の身柄確保と機密の奪取に関しては、別の部隊が受け持つという話であり、彼女らの役目は犯人グループをいぶり出す事にあった。

 ただ、護衛のMSを有しているという情報もあり、気が進まないなどと言っていられない可能性もある。集められたパイロットは、隊長以外はテルシェ同様の新人ばかりだという事も、簡単な作戦で終わらない事を予感させる。

 最後に作戦開始時刻が伝えられ、パイロットはブリーフィングルームを後にする。テルシェは振り返って、モニターに映る資源衛星を見た。既に潜入部隊を送り込んでいるとは、ずいぶんと手回しがいいと思う。

 

「で、ですよね・・・・・・」

 陸戦など不可能だといったウォーレン・パーシバルの言葉に、シビル・ストーンはこっそり胸を撫で下ろした。拳銃射撃も格闘術も不得意ではないが、実戦でそれをやれと言われて素直に出来るとも思わなかった。

 緊急避難したシャトルのクルーに伝えられた本国からの暗号通信は、外に展開する艦隊と呼応して、ここの資源衛星に逃げ込んだ研究者グループを確保するようにとの命令であった。どうしようもなく行き当たりばったりなその作戦は、本国の焦りなのだろうか。ウォーレンはそのあたりの裏事情をしきりに気にしているようだった。

 彼女は整備の続くシャトルを出て、割り当てられた自分の部屋に向おうとする。通路の曲がり角で男とぶつかった。オイレン・クーエンスの暗い視線に、反射的に身をすくめる。

「・・・・・・怖いか?」

「いえ、その・・・・・・」

「あんたも、恵まれてない部類なんだろ? 分かるぜ」

 少しだけ視線を緩めた彼がそう言って彼女の肩を叩いた。どういう意味かを聞こうとしたシビルに、オイレンはただ片手を上げるだけだった。

 

 

 

 

「一端の悪人だな、こりゃ」

 中央アジアの山岳地帯にへばりつくように建設されている小さな軍用飛行場に、一機の航空機が着陸している。その周囲には三機のウィンダムがビームライフルを片手にたたずんでいた。

 東アジアからユーラシアへと向っていたプライベートジェットが、国境を越えたあたりで着陸命令を出されたのだ。乗っていたアルテシア・ローレンツは、その命令を無視して振り切る事を提案したのだが、MSによる攻撃を示唆されやむをえず着陸する事となった。

 飛行場には別の飛行機が着陸し、乗員の乗り換えが行われる事が予測される。目的はもちろん、カフネ・イーガンであった。政情不安な地域での誘拐事件を装って、彼女の身柄を奪取しようというのだ。ウィンダムのコクピットのモニターにはタラップを降りていく少女の姿が映った。コーディネーターの技師だというが、どうにも信じられない。自分の妹と同じくらいだと、パイロットのカルロス・アストゥリアスは思った。

 MS用新型動力源に関する重要な機密を持つ人物で、ブリュッセルの企業やパリの参謀本部が追いかけていたという。だが彼に命令を下し、この作戦を決行したのはマドリードの司令部であった。

「重要人物を誘拐で横取り・・・・・・こういう悪人は、映画の中盤で消えるんだよな」

 カルロスがウィンダムのカメラを回したとき、僚機の一機が足を撃ち抜かれて滑走路に倒れこんだ。ライフルより早くシールドを掲げて、敵の初撃を受け止める。滑走路の端の方のカマボコ型格納庫の方から、ストライクダガーが走ってきた。ビームライフルを構え、明らかに敵対行動を取っている。

 ここの基地には話を通していたはず、ならばあれは何だ。戦場でその問いかけは死につながる。対応の遅れたもう一機はカメラを撃ち抜かれ、戦意を失ったように逃げていく。カルロスのウィンダムがサーベルを抜き放った。ビーム同士の干渉で、夕闇の迫った滑走路が明るく輝く。

 

「上手くやれよ、美人さん!!」

 ストライクダガーの中で、グェン・ヴィレンは叫んだ。このような形は予想外だが、カフネが狙われる事は想定していた。敵が彼女の身柄確保を優先している隙を突いて、彼は飛行機を抜け出し基地の歩哨を二、三人張り倒し、整備員一人をクレーンにぶら下げてストライクダガーを強奪したのだ。

 だが彼の役目はあくまでも敵の目を引きつける事であり、彼女を助けるのはアルテシアの役目であった。彼女のスラリとした脚は、男を魅了するより早くノックアウトさせる。

 股間を押さえてうずくまる男を飛び越え、彼女は人垣の中に踊りこんだ。そうすればむやみに発砲ができなくなる。目隠しをされているカフネを担ぎ上げると、立ち塞がろうとした男を踏み台にして人垣を飛び越える。カフネを抱えていれば絶対に撃たれない。

 

「ハリウッドかよ、お前ら!」

 カルロスはペダルを踏んだ。シールドを構えて体当たりを仕掛け、よろけたストライクダガーにビームライフルを向ける。しかし安易に引き金を引けない場所である事を悟り、動きが止まった。その隙を逃さず、ストライクダガーがビームサーベルを振り上げる。切断されたライフルを捨てると、ウィンダムにサーベルを構えさせた。

 MSの性能差を考えると、敵のパイロットはかなりの腕だ。慎重にストライクダガーとの間合いを計る。着陸させた飛行機が滑走路を移動し始めた。

「パイロットは見捨てるのか!?」

 ストライクダカーは通常のバックパックしか装備しておらず、飛行機を追って飛ぶ事はできない。ならば、身を捨てて飛行機の離陸を守るつもりなのだろう。飛び上がられる前に勝負をつける。カルロスはフッと息を吸った。レバーを一気に押し込み、ジェットストライカーの推力が、二機の距離を一瞬で縮める。

 冷静な表情のまま、グェンがコクピット側面のスイッチを作動させた。頭部の発射筒から打ち出された発光信号弾が、派手に炸裂する。ウィンダムはその光にモニターを焼かれた。

 数秒の後、正常に戻ったモニターには、滑走路を走る飛行機を走って追いかけるストライクダガーの姿が映っている。カルロスはモニターを望遠にした。

 飛行機は、非常用の後部出入り口を開いている。おそらくオートで走っているだろうストライクダガーは、その掌にパイロットらしき人影を乗せていた。今まさに離陸しようとする飛行機に手を差し伸べたストライクダガーから、その人影が飛び出した。

 悠然と飛び去っていく飛行機は出入り口を閉じる。ストライクダガーは足をもつれさせるように転び、滑走路脇の緑地帯に転がっていった。

「・・・・・・ほんとに、ハリウッドだよ」

 カルロスはヘルメットを脱いでそうつぶやいた。これだから、あの手の映画は嫌いなのだ。

 

 

 

 

 試験飛行を終えた部隊が着艦し、次の部隊が発艦していく。ウィンダムの宇宙適応能力は、悪くなかった。ラビ・アルベール・コクトーが自分の機体を先頭にたてる。五機のウィンダムは、ぴったりとそれについてきた。各種センサーの感度を確かめながら、デブリを縫うように飛行する。宇宙においても、連合のMSは集団戦闘が基本であり、このような編隊飛行はその基礎技術である。

 一機のウィンダムが、アルベール機の装甲に触れる。接触回線特有のくぐもった声が響いた。メイファ・リンが確認した閃光を確かめるため、編隊を停止させ全機に索敵を命じた。

「見えた・・・・・・近いです!」

 訓練空域となっているデブリ帯を抜けてすぐの場所に、MSの戦闘らしき光が見えたのだ。直ちに照合された熱紋は、戦闘を行っているMSがザフトのものだと伝えていた。

 こちらに向ってくるとは考えにくいが、停戦条約が締結された間もない時期である。不幸な事故であっても許されない。アルベールは三機のウィンダムに帰還と状況の伝達を命じる。その上で、自分を含めた残りの三機が戦闘の経過を観測する事にした。手頃なデブリに機体を隠すようにして、カメラだけを回す。

 大きな爆発が見えた。その光がザフト艦のシルエットを映し出す。

 

「好き放題やられすぎだ!」

 パイロットスーツにヘルメットを引っ掛け、ウォーレン・パーシバルはシグーのコクピットに滑り込んだ。艦隊による牽制で標的となる研究者グループを資源衛星から追い出し、それをシャトルで追尾してシグーで拿捕。難しくもないその作戦は、艦隊に対する資源衛星側からの先制攻撃によって完全に失敗した。

 既に哨戒艦一隻がメインスラスターへの直撃を受けて戦線離脱を始めている。ウォーレンの脳裏に、あのジンの姿がよぎった。封印破りは国際法上も問題であるが、親プラント国である大洋州なら穏便に事を運んでくれるだろう。シャトルにも準備が整い次第発進するように伝え、シグーを動かす。

 替えのシールドを左の二の腕に直接固定するようにして失った腕代わりにしている。いかにも応急処置といった感じだが、それ以外の整備は完璧だと信じる。通常のライフルを掴ませると、シグーは宇宙に飛び出した。

 

「早いんじゃ・・・・・・ない!」

 制動の横Gに耐えながら、テルシェが歯を食いしばるようにいう。彼女の目は、間違いなく敵機を捉えている。動きが追えているにもかかわらず、当てられないのだ。レールガンが虚しく宇宙に吸い込まれていく。

 乗っているのは最新のゲイツRタイプ。いくらアサルトシュラウド装備とはいえ、ジンに引けを取るわけがない。それなのに、ビームライフルを構えた時には射線を外されているのだ。機体が激しく揺れる。シールドを構えたのは、もはや反射神経でしかない。マティーニの噴流炎を視界に捉えて振り向いた時には、一機のゲイツがリニアガンで胴体を撃ち抜かれていた。

 

 部隊に動揺が走った。一番最初に撃墜されたのが隊長機なのだ。オイレン・クーエンスが鼻を鳴らす。思った通り、隊長機を落としたとたんに、烏合の衆になった。

「どいつもこいつもお子様なんだろう!」

 逃げ腰のゲイツに狙いを定めようとするが、オイレンはとっさにレバーを引いた。足元からビームが伸びてきたのだ。死角だと思った直下からのビームすら避けられ、テルシェは歯噛みする。敵の標的が自分に移った事も感じ、嫌な汗が流れた。

 目と反射神経だけで敵の攻撃を捌く。だが切れそうな精神を繋ぎとめられない。これが切れたら間違いなく死ぬという恐怖が、さらに精神を削っていく。

 悲鳴を上げそうになったテルシェの耳に通信機からの雑音が入る。斬機刀を振りかぶったシグーがマティーニの背後に見える。

 

「フォーメンションを組み直せ! 一人でどうできると思っている!」

 実体剣同士が激しく刀身を削り合う。ウォーレンは、通じるかどうか分からない通信機に怒鳴った。指先の操作で信号弾を上げると、呼応するようにヴェサリウス級からも信号弾が上がった。

 パニックに陥っていたゲイツの部隊が、編隊を組み直していく。敵は一機なのだ、数を頼んで押しこめばいい。シグーとマティーニの距離が離れた。同時に、両機のライフルが火を吹く。

 

「リベンジマッチ!!」

 敵機の状態は万全ではないが、戦場ではそれも実力のうちだ。シグーを牽制するために小型ミサイルを撒き、肩部リニアガンでゲイツを狙う。背後には脚を消し飛ばされたゲイツが、回転しながら流されていくのが見える。シグーの斬撃をあしらいながら、マティーニのスラスターを全開にした。

 ヴェサリウス級を狙うその動きに、再びゲイツの部隊が動揺する。後は一つ一つ潰せばいい、オイレンのその考えを裏切るように一機のゲイツが飛び出す。テルシェはレバーを握り締めて、マティーニに突っ込む。見覚えのあるシグーが、彼女を勇気付けていた。

 振り抜いたビームサーベルは敵を捉えないが、それを回避したマティーニをシグーが冷静に狙い撃つ。舌打ち交じりに被弾箇所を確認しながら、オイレンは背中にマウントしていた特火重粒子砲を構える。

 無造作とも言える動きで放たれたそれは、哨戒艦のブリッジを抉り取っていた。そのまま砲身を鈍器代わりにして突っ込んできたシグーを殴りつける。斬機刀に割かれた砲が爆発し、その光りを目くらましに、オイレンはマティーニを今見つけた物の方へと向わせる。

 

「正気か!?」

 アルベールが叫ぶ。真っ直ぐ向ってくるジンの動きは、間違いなくこちらを見つけている。何のために連合機を狙うのかは分からないが、狙われた以上ここに留まって入られない。

「私が抑える! 両機とも退け!」

 接触回線でそう伝えると、デブリの影からウィンダムを飛び出させる。シールドを揺さぶるのは、突撃銃の正確な射撃。この距離から当ててきた。先ほどから戦闘を観測し、ジンの動きが異常に優れているのは確認しているが、それをいきなり見せ付けられた。ビームライフルを構えるが引き金をためらう。

 追撃してくるザフトのMSに流れ弾を当てられない。その逡巡を見透かされるように小型のミサイルを撒かれた。機関砲とサーベルで振り払うが、背後を取られた事を感じる。牽制のビームが走り、ジンが離れる。

「リン中尉!? 退けと言った!」

「援護します!」

 ためらいなくビームライフルを連射するメイファのウィンダムがジンに突っ込む。放たれたリニアガンをシールドで受け止め、ビームサーベルを伸ばした。ジンならばそれを受け止める装備はない。

 ウィンダムの腕が振り下ろされない。逆に踏み込んだジンが腕ごと受け止めたのだ。ジンの脚がウィンダムの胴体を捉え、メイファ機が吹き飛ばされる。アルベール機が間に割って入り、重斬刀を振りかぶったジンの動きを止める。

 

「パーシバル隊長・・・・・・!」

「期待するな! 仕留める!!」

 何故ここに連合の機体がいたのか、そして敵がその連合機に攻撃を仕掛けたのは何故か、それはあの機体を撃墜してから考える事だ。連合機があれを倒してくれるなどという期待も持ってはいけない。戦場の楽観論は悲劇しかもたらさない。

 連携の取れない相手との共闘は困難であり、その上連合機に弾でも当てたら、それこそ休戦条約が消えうせる。斬機刀を構えて、シグーを突進させる。ゲイツからの援護射撃が頭上を通り過ぎる。

 突撃銃の火線を見切って機体を回転させると、その動きのまま刀を振った。回転した刀が突撃銃の銃身を捉えるが、それは既に弾の切れたものだった。マティーニが腰からビームカービンを抜く。

 

「やってみろよ!!」

 オイレンの声は、歓喜にも似ていた。しつこく絡んでくるウィンダムに重斬刀を叩きつけ、肉薄しようとするシグーをミサイルの網に絡める。リニアガンでウィンダムの射撃体勢を崩し、一番動きの鈍いゲイツに狙いを絞る。

 それに誘われるシグーの動きに合わせてビームカービンで狙い撃ちにし、隙を窺うウィンダムに牽制のグレネードを放つ。リニアガンがゲイツのシールドを捉え、姿勢の崩れた機体の中心に照準が合わさった。ビームカービンが捉えたのは、飛び込んできたシグー。左腕代わりのシールドが完全に吹き飛ぶ。

 畳み掛けようとするマティーニを狙い撃つのはウィンダムのビーム。細かく放たれるビームの雨の中をビームサーベルを構えたウィンダムが突っ込んでくる。突き出されるそれを紙一重の間合いで避け、近接用機関砲を叩き込む。脚にしかダメージを与えられなかったのは、敵が突進の速度を緩めなかったからだ。それでも機体の機動性は落ちる。

 手負いが二機に無傷が二機。どちらを狙うか、オイレンの目がモニターを走る。バッテリーと推進剤の残量を計算し、全機の撃墜は難しいと判断した。マティーニは残っていたミサイルを二機のウィンダムに向けて発射すると、スラスターを吹かした。

 

「ミンター! 逃げろ!!」

 突っ込んでくるマティーニに、シグーも負けずに突っ込む。だが振るった斬機刀が受け止められた時には、マティーニの姿がモニターから消えている。刀同士がぶつかり合った反動で器用に機体を反転させ、そのままシグーを無視してゲイツに向う。

 連射されるレールガンもマティーニを止めない。シールドを重斬刀で弾き飛ばし、無防備になった胴体にビームカービンを向けた。口の端を歪めたオイレンは、次の瞬間さらにそれを歪める。

 

「無茶をする・・・・・・」

 アルベールは汗を拭いたい気分で一杯だった。彼がメイファ機を守ろうと、向ってきたミサイルに対処している中、彼女はただジンのみを狙っていた。彼女のウィンダムが放ったビームは、ジンの腕を消し飛ばしていた。ミスをすれば、ザフト機を撃墜しかねない間合いだ。

 潮時と見たのかジンは追加装甲を排除し、そのまま戦域を離脱して行った。

 

 ヴェサリウス級に収容されたシャトルの中で、シビル・ストーンはシートベルトを外した。結局作戦は失敗であり、艦隊は哨戒艦二隻にMSを三機も失う被害を出した。科学者グルーブは、戦闘の混乱の中で姿を消していた。

 それでも、彼女は割り当てられた部屋でホッと息をついていた。自分自身が大事に巻き込まれずによかったと思うのは、ダメな事だろうか。

「向き不向きって、あるじゃない・・・」

 ベッドに転がりながらつぶやく。どんな仕事もこなせるが、どんな仕事も自分には不向きなのかもしれない。不意に、あの男性の言葉を思い出した。

 恵まれない部類、それはそういう意味なのだろうか。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。