Blank stories   作:VSBR

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第一部

 天窓から差し込む月光が、床に散らばった刃物に反射している。両脚を撃ち抜かれた男が、なおも抵抗を試みるように床に落ちた刀に手を伸ばす。軽い銃声とともに刀身は砕け、飛び散った破片が男の手に突き刺さる。

 拳銃を撃った人間は、男に抵抗するなと無言で言う。そして、その命に興味は無いと付け加えるように視線を別の方向に向けた。いまだ表情を崩さない女が、椅子に座っている。拳銃が向けられた。

「・・・・・・ジブリールの差し金か」

 女の声が震えているのは、恐怖ではなく怒りのためだろう。拳銃を手にしていた男が、胸のポケットから小さな機械を出した。スイッチを入れると、男はその機械をテーブルの上を滑らせるように女の方へと投げる。機械から声が流れてきた。

「ルシア・ゼルレッチくん、このような形でメッセージを送ることを許していただきたい。我々は総意として君をブルーコスモスから除名する事とした。青き清浄なる世界に、君のような不浄の者は不必要という判断だ。ブルーコスモスは、君の趣味を満たすための遊び場ではないのだよ。君らの研究成果は、青き清浄なる世界の建設のために有効に使わせてもらう、その点は心配しないでもら・・・」

 女の握り拳が振るわれ、メッセージを最後まで流す事無く機械は壊れた。男は拳銃を再び構える。感情を隠す事をやめた女の表情は、その美しさのために一層恐ろしさを増していた。

 報告に来た部下がたじろいでいるのを背後に感じながら、男は小さくため息をついた。足をすくめている部下に近づき、報告を受ける。回収を予定していた物の大部分は、移送の準備が整ったようだ。

「だが本命は見つからず・・・か」

「ツェルニー大尉、尋問の準備は?」

 無駄だと言って、男は回収品のリストが映されたポケコンの画面を見る。運用関係の技術者と共に回収した試験型エクステンデッドの輸送を優先させる。データと違って現物の輸送は手間がかかるのだ。

 時計を確認して、順次撤収するように指示を出す。次の来客のアポイント時間まで、それほど余裕があるわけではない。部屋を出て行く部下の足音に混ざって、微かな物音が聞こえた。

 男が首を後ろに向けるのと、女が腕を振るったのは同時だった。執務机に置かれていたペーパーナイフが、首筋に向って飛んで来るのが見えた。その向こう側に、女の残酷な笑みが見える。

 男は振り返り様にペーパーナイフを掴み、そのまま体を回転させるようにペーパーナイフを投げ返す。残酷な笑みの残る目に、ペーパーナイフが突き刺さっていた。女の絶叫をかき消すように、銃声が響いた。

 

「ヴィレン少佐、ダメです。証拠らしいものは・・・死体くらいなものです」

「構わん、捜査はこっちの仕事じゃない」

 軍での最後の仕事が、ブルーコスモスの内部抗争の後始末だった事にげんなりしながら、少佐と呼ばれた男性は捜査当局者との打ち合わせのため指揮車両へと足を向ける。

 東アジア南部からインドシナ半島一帯で、麻薬の売買などを手広く行っていたシンジケートがブルーコスモスと繋がっているとの情報を受け、東アジア共和国と赤道連合は合同でその摘発を行っていた。両組織の幹部が極秘で接触するとのリークを受けて乗り込んでみれば、すでに全てが終わったあとであった。

 プラントとの戦争がひとまず終わった今、連合各国はたがの緩んだ自国内の体制強化に乗り出している。ブルーコスモスのような過激な原理主義は、排除される方向にあるのだ。

 だから連中も焦っているのでしょうと、捜査関係者は言っていた。

 

 

 

 

 宇宙から落とした基礎構造物を繋ぎ合わせて作ったカーペンタリア基地は、戦中もその設備の拡充に努めていた。だが、地球での大規模土木工事のノウハウを持たないザフトは、湾の浚渫や海岸線の護岸工事を行わず、もっぱらプラントから運んできた部品を組み上げる形での基地建設を続けている。

 プラントが地球に打ち込んだ楔、アイリーン・カナーバが首と引き換えした置き土産、基地建設時の勇壮な物語と共にロマンチックな響きを持って語られるカーペンタリアも、降りてみれば巨大な工事現場であった。一番偉いは重機であり、次がザウート、バクゥなどうるさいだけの駄犬であり、グーンなど水槽の金魚扱いだ。

 だがプラントの先人は、まさにこうやって宇宙に大地を作り上げたのだ。巨大建築とはコーディネーターの魂を揺さぶるものなのかもしれない。

「・・・完全に迷ったわ」

 関係者以外立ち入り禁止の立て看板の前で、女性が自分を納得させるように言った。

 目に付いたクレーンをランドマークにして歩いていたのだが、赤と白に塗られたクレーンは十数本林立している。先ほどまでは工事関係者らしき人がいたのだが、今歩いているところには、人影すらも見えない。遠くから聞こえてくる工事の音は、そこはかとない不安をかきたてる。

 仕方ないかと一人つぶやいた。方向音痴に関しては親を恨む事にする。見たものを細かく認識するのは得意だが、何故か道に迷うのだ。細かなものに気が付き過ぎる事の反動みたいなものであった。とりあえず今歩いてきただろう方向に向かって、足を進める。

 いくつ目かの曲がり角、目の端を人影がよぎったのを見逃さなかった。足早にそちらへ向うと、作業服姿の人達が雑談をしている。頭を下げて道を聞いた。

「あぁ、新人さんね。連れてってやるやわ、ユウちゃん」

 現地の訛りを隠す事無く、作業員の一人が大声で人を呼ぶ。クーラーボックスを括りつけた自転車を押してきた子が、多少不満そうな表情で言う。

「何でボクが? まだこれから二ヶ所も回るところがあるんだけど」

「どうせ仕事もせんで、回らんでいいが。コッチの方が大事な仕事」

 作業員達はヘルメットを被りなおして、現場へと戻っていく。自転車の子は、付いて来いと言わんばかりに歩き出した。

「ゴメンね、お仕事中に」

「別に。キミは、何しに?」

「一応、パイロット」

 戦争は終わったけどね、と付け加えた女性はテルシェ・ミンターと名乗る。そして自転車の子に名前を聞いた。

「ユウキ・・・ユウキ・ナンリ」

 ユウキはそう名乗って立ち止まり、クーラーボックスを開ける。中から取り出したアイスキャンディーをテルシェに手渡した。休憩所から離れた現場に、冷たいものを配って歩いているのだ。

 歩き回って喉が渇いていたテルシェはありがたくアイスキャンディーを口にする。一本1アースダラーだとは知らなかった。

 

 

 

 

 水平線の向こう側から姿を現したのは、巨大な軍艦である。外観は旧世紀の空母と似たような姿にも見えるが、その性能を見た目で測る事は出来ないであろう。現在の軍艦はMSという新兵器をいかに運用するかを試行錯誤している段階である。オーブほどの国が旧来の空母と同じような姿の軍艦を建造していたという事は、その形状がMSの運用に適していると判断したからであろう。

「だが・・・外洋に出られる艦だな。タケミカヅチといったか」

 男性のつぶやきは、オーブの外交姿勢の変化を直接的に見せ付けられたからである。 東アジア共和国海軍のゲンヤ・タカツキは、双眼鏡から目を離して手元の資料に目を落とした。思わず資料を遠ざけてしまうのは、最近になって老眼が出てきたからだ。タケミカヅチから打ち上げられた信号弾に、返信の発光信号を送る。

 連合における新型MS試験の一環として、オーブとの共同訓練が行われるのだ。彼の指揮する艦には、軍関係者だけでなく開発メーカーの人間も多数乗り合わせていた。部下もやりにくそうである。

 ブリッジに熱紋センサーの甲高い音が響き、全員の視線が窓の外に向う。ゲンヤは再び双眼鏡を覗いた。タケミカヅチから一機の機体が飛び立っていたはずだ。

 

「戦闘機・・・にしては形が妙ね」

 甲板に出ていたパイロットスーツ姿の女性は、額に手をかざして上空をパスした機体を見上げる。ブリッジからの連絡でオーブ側から機体がやってくるとは聞いていたが、どうやら司令官を載せたヘリの類ではないようだ。

 背後の整備員が急に慌しくなった。着艦準備を始めるよう大声で指示が出されている。その指示を、女性は思わず聞き返してしまった。この艦はヘリ空母で、航空機が着陸するための減速ワイヤーの類は装備されていないはずだ。

 そのため着艦準備というより退避命令であった。オーブの機体は本気で着艦する気なのだろう、高度を落として真っ直ぐこちらに向って突っ込んでくる。

「・・・変形!?」

 慌てて逃げ出そうとした女性は、その航空機が突如人型に姿を変える瞬間を見た。その機体は、一気に増大した空気抵抗で速度を落とすと、全身のスラスターを使ってフワリと甲板に降り立った。

 呆然とする女性の前で、そのMSはハッチを開いてパイロットを降ろす。昇降用ワイヤーに掴まっているのは、メリハリのはっきりしたボディーラインの女性であった。ヘルメットを外してインナーを取ると、豊かな髪が零れ落ちる。

「オーブ首長国連合軍第四MS実験小隊のユイ・タカクラ少尉です」

 軽やかな微笑と共に握手を求められ、女性は慌てて自己紹介をする。今回の試験にオブザーバー参加する事になった、FUJIYAMA社のカナデ・アキシノと。

 

 

 

 

 月軌道は、プラント・連合の最前線となっている。ジェネシスによる攻撃でプトレマイオスクレーターの連合軍基地は消滅したが、防衛線である二つの宇宙要塞を失ったプラントにとって、月の裏側の連合軍は依然として脅威であった。

 そのためザフトは、残存の宇宙艦隊を再編して、月軌道の防衛に力を注ぐ事となっている。それだけに今回の命令は、いささか唐突であり不可解であった。

「つまり、積荷に関しての情報は最重要機密という事ですか」

「そうだ」

 月軌道艦隊司令長官に呼び出されて、受けた命令はカーペンタリアへの輸送任務であった。猫の手も借りたい月軌道艦隊の艦艇を引き抜いて、その護衛に当たらせるというのだ。

 しかも何を運ぶのかは、護衛艦艇の艦長である彼にも明かせないときた。ただ任務の遂行が不可能となった場合は、速やかに輸送艦ごと積荷を破壊しろとの命令である。眉間の皺が深くなっているのが、自分でも意識できる。

 ヤキン・ドゥーエ宙域戦の記憶がまだ新しい時期である。軍からの不可解な命令というものには、神経質にならざるを得ない。

「サイモン・メイフィールド、これより護衛任務に向います」

 敬礼の姿勢だけは正しく保って司令官室を出る。色々と考えるのは、艦に戻ってからでも出来る事だ。通信室に入り所属と乗艦を伝える。部下に移動のための準備をさせておかなくてはならない。

 専用のブースに座ると、交換手の声が聞こえた。レーザー通信を阻害するデブリの少ない日でラッキーだと言ってくれる。NJは今日も絶好調であるらしい。

 それでも時折、ひどく画像の歪む画面から物静かな声が聞こえる。最近、彼の艦に配属されたオペレーターの女性だ。

「ストーンくん、聞こえるか?」

「はい、感度良好です」

 画面には激しくノイズが走っているが、声を聞く分には問題ない。シビル・ストーンは艦長の言葉を復唱する。彼女の乗るローラシア級クルックスと、麾下の二艦は護衛任務のためにマイウス・ツーへと向う。

 副艦長にそれを伝え終え、シビルはそっと息を吐き出した。ようやく、日々のルーチンな仕事には慣れてきたところだ。別段、仕事が苦手というわけでは無いが、実戦経験のある艦とそのクルーには、一種独特のチームワークがある。

 互いの長所で短所を補い合うクルーのスタイルに、彼女はなかなか馴染めなかった。

 

 

 

 

「これは、君に対する配慮を込めた提案だと思っている」

 おそらく、悪い人ではないのだ。ただ、その傲慢な善意に無自覚なだけであって。講義棟の連なる一角であるため、講義時間の真っ最中である今は学生の姿も見えない。木陰のベンチに沈み込んでしまいそうな感覚に、男性は思わず顔を上に向けた。木漏れ日が残酷なまでに美しい。

 正直、これほど早くに再召集があるとは思っていなかった。もちろん、正式な召集ではないため、拒否する事も可能という建前ではある。だが彼に、そんな選択肢は存在しない。ブルーコスモスの活動に対する取締りが強化されているとはいえ、大西洋連邦在住のコーディネーターは常に自分の有用性をアピールしなくてはならないのだ。

 男性は隣に座るスーツの男に、戦争が近いのかを聞いた。

「ラビには、試験機の随伴をお願いしたいのです」

 ザフトとの戦闘ではなく、新兵器の実験に協力して欲しいのだという。MSに代わる新型機動兵器の試験が計画されているのだ。スーツの男が時計を見て立ち上がる。周囲を見回した男は、誰かを見つけたように手を振った。ラビ・アルベール・コクトーは、そちらに視線を向ける。

 やって来たのは二人の少年。あどけなさが全く消えていないその顔に、ラビは気持ち悪さを覚える。子供を兵器に乗せるなど、まともな大人のやる事ではない。彼はその事をはっきりと言った。

 スーツの男は視線を落とす。そしてアルベールの耳元で言った。

「だからこそ、ラビをテストパイロットに選抜し随伴を要請するのです」

 アルベールは、それ以上は言わなかった。目の前の男は上からの指令に対して、出来る限りの事として、この提案をしているのだろう。それ以上は、何も要求できない。代わりに席を外してもらうよう言った。せめて、この二人と直に話をしてから、要請を受けるかどうかを決めたい。

 スーツの男が建物の陰に消えたのを見計らって、アルベールは短く自己紹介をする。一人の少年が折り目正しく敬礼をして名前を言った。

「ミコト・ムラサメ准尉であります!」

「カナン・エスペランザ。よろしく、神父さん」

 もう一人の少年がそういい終わるや否や、ミコトの拳がカナンの顎を捉えていた。

「真面目にやれ! 上官になる人だぞ!」

「上官になったら不真面目に出来ないだろ」

 ミコトの第二撃を受け流し、カナンはアルベールの後に隠れた。ミコトが深く頭を下げて、カナンの非礼を侘びた。アルベールは困惑した顔で二人を見つめる。そのまま何を言っていいか分からなかったので、気になった事を聞いた。

「ムラサメ准尉・・・キミは、女か?」

「!!」

「すっげぇ、さすが神父さん。こいつが女って一発で分かったの男じゃあんたが初めてだ」

 足払いで地面に倒れたカナンの腹に、ミコトの肘がめり込む。そんな二人の様子を見て、アルベールはスーツの男が言った言葉の意味が分かったような気がした。ならば、自分が大人として出来る事は一つしかない。

 

 

 

 

 集中力を有する仕事で凝り固まった体をほぐすように、窓辺で思い切り伸びをする。グランドでは、サークルや同好会の連中が思い思いに練習をしていた。遠くから聞こえてくるのはブラスバンドの音だ。戦争の終結は、アカデミーの空気からもはっきりと読み取れる。

 先輩達が作業を行っている中、一人で先に帰るのも気が引けるので、放り出していたスケッチブックに線を走らせる。スケッチブックのみを見つめて描いた絵は、作業台の上の絵と寸分たがわぬものになる。見たものをそのまま覚えられる記憶力と、日々精進を重ねている描写力の賜物であった。

「遊んでるなら手伝ってよ、コトハ」

「うちのノルマは終わりました」

 スケッチブックを傍らに置くと、コトハ・キサラギは涼しい声で言った。今行われているのは絵画の修復作業である。

 最近地球から運び込まれた絵画らしいのだが、梱包も輸送方法も雑であったため、一部に傷みが生じてしまったのだ。存命中の無名の画家の絵画でそれほど高価なものでもない事から、学生による実習をかねて、ここで修復されているのだ。

 彼女はスケッチブックと作業台の上の絵画を見比べながら、抽象画はどうも苦手だと思う。渦巻き模様や螺旋模様らしきものが絡み合い、四色の色のみで塗り分けられた不思議な絵だった。

「こちらです、先生」

 アカデミーの職員が、来客らしき人を連れてきた。指導教官は席を外していると伝えたのだが、来客の用件は別のところにあったらしい。部屋を見回して、コトハが修復した絵のところに足を進める。

「・・・これは君が?」

「ええ、何か?」

 年の程は五十前後といった感じの痩せぎすな男性はこのアカデミーにはいないタイプ、科学者とかそういう感じ人間だった。絵画に興味を持つような人物には見えない。修復が終わったばかりなので動かせないと言おうとしたコトハは、その人物の視線が自分のスケッチブックに向いている事に気付く。

 男性はスケッチブックを手にとって、見本を見ながら描いたのかと聞く。その困惑が浮かぶ視線に、コトハは見ながら描いたと言おうとする。何か拙い事をしてしまったようだ。

 だが、一緒にいた先輩が本当の事を言ってしまった。見た絵を記憶して正確に模写するのが特技だと。男性は深くため息をついた。

「私はトルベン・タイナート。フェブラリウスの大学で研究者をしている」

 男性は連絡先の書かれた紙を手渡すと、スケッチブックは処分しておくようにと言った。そしてアカデミーの職員に、出来るだけ早く絵を梱包して大学の方まで送り届けるように頼んだ。

 これがナンパであれば、どれほど安心できるだろう。それくらいに暗い表情をしながら、トルベンと名乗った男性は部屋を後にした。彼が有名な遺伝子工学者だと知らされると、不安はさらに深くなる。

 

 

 

 

 ゆっくりとした手付きで眼鏡を拭き、もう一度資料に目を通す振りをする。不満を表情に出さないように、意識して口元を引き結んだのが逆にその心情を顔に表してしまったようだ。そっと視線を上げると、上官が苦笑いをしている。

「君の所属はどこだったかな」

「・・・戦技教導隊です」

 自分の所属する部隊に関して、これほど後悔した事は無い。だが今回の指令は、だからこそ回ってきた指令だといえる。指令書は、新型MSの性能試験及び運用試験への参加を命じていた。連合が新たに採用するMSの試験である、教導隊の人間が行うのが道理であった。

 だが、それは愛機との別れを意味する。噂では聞いていたが、ハイペリオンはついに制式MSの座を掴めなかったのだ。その性能を肌で感じてきた彼としては、非常に辛い決定である。

 指令書に書かれているMSはウィンダム、サブフライトシステム無しでの飛行を可能とし、空母での運用も視野に入れた機体であった。ダガーと比べても、カタログスペックの上では数段の向上が見られる。その性能では不満かねという上官に、せめてもの文句を言った。

「戦場で命を預ける物です。パンフの数字より、今までの実績を信じたい」

「確かにな・・・だが、ハイペリオンは君が思うほど高性能ではないのだよ」

 軍にとってはと付け加え、上官はコーヒーカップを手に取った。生産性や整備のしやすさ、故障の頻度に補充部品の供給体制、そしてそれらのコスト。軍の求める性能とはまさに総合的な性能なのだ。連合加盟各国で共同開発されたウィンダムの性能は、軍が求める水準を満たしているのだろう。ハイペリオンは、ユーラシアの特殊部隊による運用が続けられるのみであった。

 上官は、ウィンダムの運用ノウハウを早期に構築した陣営が、今後の連合の主導権を握るだろうといった。オーブ解放作戦以降の大西洋軍の独走は、ダガーという連合初のMSを生産から運用まで独占していたからこそ出来た事である。

「それを繰り返さないためにも、俺・・・私の力が必要という事です、か」

 ハハハと笑った上官が時計を見上げる。同時に部屋の扉がノックされた。

 入ってきたのは、東アジア軍の制服を着た数名の人間だった。ウィンダムの試験は東アジアとの共同訓練なのだ。一通りの挨拶が済むと、後ろに控えていた女性が前に進み出る。

 小柄で気の強そうなショートカットに、秘書か何かだと思っていたのだが、腕のマークはパイロットを示すものだ。

「東アジア共和国陸軍第422独立機甲混成部隊所属、メイファ・リン中尉。お目にかかれて光栄です、レコンキスタの英雄」

「カルロス・アストゥリアスだ。英雄はやめてくれ」

 

 

 

 

 初めて訪れたプラントは、拍子抜けするほどに普通の街であった。高層建築が多い事を除けば、待ち行く人々を含めて地球と変わる所は無い。クレープを片手に歩いているカップルの姿に、これが地球を未曾有の災害に落としいれ、血みどろの戦争を行っていた相手なのかと思う。

 憑き物が落ちたような虚脱感を味わえただけでも、ここに来たかいがあったのかもしれない。戦争が終わって半年程度でプラントに入国できるなど、どんな手品を使ったのか知れたものではないのだから。

 ではその手品を何のために使ったのだろうか。男は地図を確認するように立ち止まる。マイウス市の中心街から離れた一角は、雑居ビルや小さな工場が立ち並んでいた。こういったところも、地球と同じだ。

「イーガン設計開発事務所は、ここですか?」

「あ、お父さんとお母さ・・・社長と専務は外出中です」

 ご用件でしたら私が承りますと言ったのは、自分の子供より少し大きいくらいの女の子だった。カフネ・イーガン、彼の接触目標である。

 図面用のコンピューターに大判のプリンターとコピー、机の上に乱雑に積まれた書類、いかにも設計事務所といった感じだが、書庫や小物類に散見される家庭の匂いが、家族経営を偲ばせる。営業スマイルの少女に、男は名を名乗った。そして、用件を切り出す。

「・・・旅行代理店の方ですか。グェン・ヴィレンさん?」

「いや、違うんだが・・・」

 彼が彼女に接触した理由は、彼女をユーラシアへと「招く」事であった。詳しい話はこの書類を読んで欲しいと、グェンは封筒を差し出す。厳重に封をされたその内容は、彼自身知らされていない。宛名は、彼女自身の名前になっていた。

 警戒心一杯の表情で封筒を受け取ったカフネに、グェンは苦笑する。だが、家の手伝いをしているような子供にどのような用件があるのだろうと、彼はクライアントの顔を思い浮かべていた。楽な仕事というものは、どこにもないようだ。不意に、事務所の呼び鈴が鳴った。

 カフネがドアを開けるより早く、ドアが開かれる。郵便だか宅配便のような制服を着た人間が三人、異様な身のこなしで入ってきた。室内にいたグェンの存在に驚いた素振りを見せたのは一瞬であり、彼はこの連中が宅配便のアルバイトなどではない事を見抜く。

 偽宅配便がカフネの腕を掴んだのと、グェンの靴がそいつの顔にめり込んだのは同時であった。そして彼は悟る、何故自分がスカウトされたのか。

 叫び声すら上げられないカフネを担ぎ上げ、グェンはブラインドの下ろされていない窓から外に飛び降りた。背後から聞こえてきたのは、サイレンサーで消された銃声。オープンカーの幌をクッションにして道路に下りると、近くに止めてあった自転車を失敬する。

 

 

 

 

「マム、久しぶり」

「よく来たわね、アルテシア」

 若い女性と中年の女性が、親しげなハグをする。パリ郊外にあるヴァロア邸は、日々政府要人の訪問に事欠かないが、今日の客は彼女の私的な知り合いである。カフェ・オ・レを給仕していた女性を下がらせ、しばし世間話に花を咲かせる。

 陰では女ナポレオンと呼ばれるアリシア・ルイーズ・ド・ヴァロアも、今はただの女性であった。訪ねてきたのは、彼女が寄付を行っている孤児院で育った女性だ。はつらつとした姿は、彼女が良い環境にいるだろう事を想像させる。それでも、今後の事まで心配してしまうのが親心だ。

「リシュレークの家は・・・大丈夫なの」

「戦争は、終わったのよ」

 質問を上手にはぐらかせた。アルテシア・ローレンスは、呼吸を落ち着かせるようにカフェ・オ・レボウルに口をつける。この相手が警戒心を解いている機会など、そうそう巡って来るものではない。胸の底の良心を宥めるように、男の顔をボウルの底に思い描く。

 静かにボウルを置いたアルテシアは、そっと視線を外して庭の木々を見つめる。心配そうな微笑を横顔に感じながら、彼女はつぶやくように言葉を紡いだ。

「戦後復興は電力から・・・そう言ってるわ」

 アリシアの微笑みが柔らかさを失う。さらに言葉を続けた。

「危険な仕事だから、自分でやるって・・・秘書の私にも教えてくれないの。何でも・・・」

「アズラエルの遺産」

 心臓を鷲掴みにされるようなアリシアの声に、表情を変えなかったのは奇跡のファインプレーだ。アルテシアはあくまで自然な装いで視線を元に戻し、首を傾げる。アリシアの周りの空気が硬直しているのが分かる。

 アリシアは呼び鈴を鳴らして、カフェ・オ・レのおかわりを持ってこさせる。だがもはや、世間話を出来る雰囲気は失われていた。それでも、アルテシアにとっては十分な情報を得る事ができた。後は知らぬ存ぜずを決め込めばいい。こちらの情報もアリシアに知られてしまっただろうが、それは想定の上である。

 日差しの温かさを感じないくらいに涼やかな空気、だというのに全身に汗が滲んでいるのが分かる。アリシアの迫力は想定していた以上のものであった。あの頃とは、何もかもが違う。

 

 

 

 

 点っていく計器類が、コクピットを光で満たしていく。最後に正面モニターが点り、カメラが映し出す映像が辺りをおおった。画面に映る各種データを読み飛ばし、レバーとペダルの遊びだけを確認する。シートベルトの圧力を上げて、体の浮遊感を消す。

 随伴の二機にはドッペルホルンを装備させておいた。こちらの機動について来られないのであれば足手まといであり、どの道特攻まがいの奇襲である。気楽に暴れられる状況を作っておきたい。

 目標は輸送船、三隻のうちどれが本命かはいまだ持って不明。そもそも成功させる気があるのかどうかすら分からなくなってくる作戦だ。

「ダガーの配置完了しました。砲撃開始と同時に射出します」

「遅い、着弾と同時にライフルの有効射程に入りたい」

 船長からの許可が下り、リニアカタパルトのチャージが開始される。

「ノワールダガー、出る」

 いつものように、名前は言わない。ディルク・フランツ・ツェルニーという名、いや名前そのものに対するコンプレックスは、消えそうにない。

 加速されたMSが宇宙空間に飛び出す。スラスターを吹かさないのは、熱紋を抑えるためだ。機体の熱だけであれば、艦のセンサーでも感知は遅れる。AMBACだけで機体の向きを制御し、リニアカノンの照準を定める。第一撃で目標の一つを破壊しなくては、作戦の成功などありえない。

 護衛のローラシア級が射線を遮らない事を願う。それが裏切られ、ディルクは思い切り舌打ちをした。

「素人が!!」

 ドッペルホルンによる砲撃が早すぎたのだ。砲撃に対して防衛行動を取った一隻のローラシア級が、丁度ノワールダガーの照準に重なった。艦のセンサーに捕まる前に第一射を放つ。同時に最大戦速で艦隊へと機体を突っ込ませた。

 対空砲火の光より早く、MSのスラスターの噴流炎が見える。一撃を食らっておきながらもMSの展開を優先したのだ。輸送艦隊にしては上等な司令官を持っているようだ。ディルクはペダルの踏み込みを弱める事無く艦隊へと接近する。閃いたビームサーベルがジンを上下に分割していた。

 

「ミシマ、主推進器に被弾。速力が半減しています!」

「フィッツジェラルドを前に、ミシマを盾にする。砲撃は無視だ、当たらん!」

 サイモン・メイフィールドは、積荷の正体を知りたいと願う。ザフトの艦隊が護衛する輸送艦を狙うのである、テロリストや海賊の類ではあるまい。ならばこれは戦争である。その引き金は、間違いなくあの積荷だ。

 モニター上の味方機がロストする。新兵が乗っているわけのない月軌道艦隊のMSだ。それが瞬く間に三機ロスト、艦の一隻は事実上の放棄、どこからか撃ってくる砲撃が牽制にすらなっていない現状を鑑みれば、

「一機です、間違いありません!」

 裏返りそうなシビル・ストーンの声に、サイモンは眉間の皺を深くする。ヤキン・ドゥーエを戦い抜いた彼は、戦闘におけるコーディネーターの優位性など信じてはいない。だが単機で斬り込んでくる連合機は始めて見た。

 損傷した艦を突出させ、あるだけの対空砲火を吐き出させる。それを軸とするように護衛機で火線の網を張って、敵機の速度を落とさせた。戦争末期に就航した対空強化型の艦である事が唯一の幸運だ。輸送艦の足の遅さにイライラしながら、サイモンは敵母艦の索敵を急がせる。

 砲撃を行っている機体を含めればMSは三、四機、それを積んでいた艦である。隠す方が難しいだろう。キャプテンシートが激しく揺れる。

「船首左舷部に被弾!」

「通常砲弾程度で沈むか! 索敵急げ!!」

 味方機の頭部が吹き飛ばされるのが望遠モニターに映った。

 

 

 

 

 一般旅客の使用するロビーではなく、商用の貨物用シャトル専用の発着ロビーを歩く。作業服姿の人が大半で、普通の服を着ている自分達はかなり目立つ感じだ。前を歩いていた男性が立ち止まる。待ち合わせの場所らしい。

 引っ張ってきたキャリーバッグを足元に引き寄せ、コトハは腕時計を見ている男性に声をかけた。

「先生、いい加減教えてくださいますか。これ以上は誘拐やって、大声出しますよ」

「トルベンで構いませんよ、お嬢さん」

 こちらの問いかけをはぐらかすような言葉だが、おそらく他意はないのであろう。アカデミーにいた芸術家肌の変人とは、また違った種類の変人にカテゴライズされる人物だと思う。

 肩でため息をつくコトハを横目に、トルベンはもう一度腕時計を見る。定期シャトルに遅れが出ているようだ。おそらく彼らが乗る予定のシャトルも、順番に遅れていくだろう。彼は自分のスーツケースに腰を下ろす。そして、コトハを見上げて問いかけた。

「トポロジーって分かりますか」

「・・・幾何学かなんかですよね、般教にそんな授業があったような」

 数学上の専門的な話題は本題ではないのですがと、トルベンは前置きをする。では本題をしゃべってくれと言ったコトハに機先を制されて、彼は軽く咳払いをした。そしてコトハが修復したあの絵は、位相幾何学を応用した特殊な方法で解析すると、全く別の図形に変形させる事ができるのだという。

 いわば一種の暗号のようなものなのだ。つまりコトハは、その暗号文を丸暗記している事になる。そして、それはとても危険な事なのだとトルベンが言った。

「・・・何でですか?」

「あの絵を思い出してごらん、そして僕は遺伝子工学の研究者だ」

 四つの色の折り重なった螺旋模様で構成された絵を思い浮かべる。そこにトルベンの研究分野を重ね合わせると一つの答えが出た。

「あの絵は、レシピと呼ばれている」

 危険の意味を多少は理解したような顔のコトハに、トルベンは申し訳ないと詫びる。絵画の搬送ミスは完全にトルベンらの責任であった。メンデルでの研究経験を持つ彼は、まさに生命に直結する危機感を持っているのだ。それに全く関係のない学生を巻き込んでしまった。

 だから近づいてくる男にも、一応の警戒を示しておく。戦争終結直後で警戒レベルが上がったままの宇宙港だが、用心は自分でしておくべきものだ。

「タイナート先生かい? 女連れとは聞いてなかったが?」

「・・・失礼だが、君は?」

「オイレン・クーエンス、あんたの迎えだ」

 そう言った男は、不躾な視線でコトハを眺める。愛人でも無ければ、隠し子でもないと言おうとしたが、この手の男にはゆっくりと時間をかけて接していく方が得策だと思い直し、彼女は黙ってキャリーバックのハンドルを伸ばした。

 男は不遜な態度のまま先に立って歩き出した。空港ロビーの窓から見えるシャトルを顎で指し示す。かなり大型のものだ。彼らはこれから大洋州の所有する資源衛星へと向う。

 

 

 

 

 揺れ一つない磁気浮上式列車は、飛行機よりも快適かもしれない。ただ、車窓の景色を楽しむには不向きなのが玉に瑕だ。昼食が下げられ、食後のデザートとともに書類が手渡される。移動中にやってくる書類に、良い報せが入っているわけもなかった。

「・・・確認は?」

「取れています」

 書類には、彼が接触を図った人物の死亡が記されていた。事態の展開の早さに、考えがまとまらない。秘書からの報告では、警戒中の人物もこちらと同じ目的を持っているはずである。そういったこちら側の動きを察知して、ザフトが先手を打ったという事であろうか。

 デザートには口をつけず、そのまま下げてもらう。ブリュッセルまで一時間ほど、食後の一服をくつろげる気分ではなかった。

「アルテシアは、明日戻るのだったな」

 ルーファス・リシュレークは、そう確認をして別の書類に目を落とす。財務内容はなかなか改善の兆しを見せない。政府方針の迷走が、経営環境に悪影響を与えている事は明確だった。

 戦争がひとまずの終結を見せた今、世界はどの方向を見て足を踏み出そうとしているのか。ある者は、エイプリルフール・クライシス以来続く、地球規模での経済混乱を立て直すべきときだと言う。またある者は、プラントの野心を押し留めるに足る新たな軍備が必要であると言う。

 戦争遂行のための各種規制が撤廃されない以上、民間企業とはいえ政府方針に従って活動を行わざるを得ない。だが肝心の政府方針が定まらない以上、経営方針も決める事ができない。

「だからこその電力事業、なのだがな・・・」

 休止していた油田・ガス田の再開は進んでいるが、エネルギー価格は際限無く上昇していくであろう。そうすれば、経済復興だろうと軍備拡張だろうと、すぐに行き詰る。だからこそ、増加するエネルギー需要を賄いうる新技術を手にした者は、間違いなく戦後世界の中心となる。

 それがルーファスの野望である。そのための鍵を求めて、プラントに人を送った。その人物からの報告はまだないが、先ほどの書類を見れば相当に危険な仕事となっているだろう。契約書のファイルを探し、内容を確認する。

「ご家族は・・・奥さんに、お子さんが五人か。死亡保障は低すぎるかもしれないな」

 万が一の場合は、ポケットマネーから弔慰金を出す事を決めておく。

 

 

 

 

 ライフルの有効射程距離に入ったのと、カメラが捉えていた艦が爆発するのはほぼ同時だった。援護が間に合わなかった事に心の中で舌打ちをする。

 センサーとカメラの乱れを勘で補正して、引き金を引いた。相変わらず、ビームライフルとの相性は悪い。もともとゲイツ用に開発されたライフルをシグーでも使えるようにしたものだ。戦争末期では、信頼性よりとりあえず使える事が優先された。バッテリーへの負荷を考慮に入れて、狙いを付ける。無駄弾は撃ちたくないが、牽制射撃を続けた。

「速いな・・・!」

 宇宙に溶け込んでしまいそうな暗緑色のダガーが、ビームの煌きの中に舞っているのが見える。特徴的なバックパックを付けているという事は、専用機の類だ。こちらの射撃にも気付いたはずだ。ダガーの挙動は、一隻撃沈を成果に帰還する腹積もりにも見えた。横滑りするようにビームライフルの射線を外す敵の動きに、ウォーレン・パーシバルは奥歯を噛み締める。

 シグーにシールドを構えさせて、ペダルを踏み込む。二挺の小型ビームライフルを細かく連射してくる敵機に怯む事無く、シールドの機関砲で応戦した。ビームが機体をかすめたが、それが直撃しない事は見えている。

「ざんっ!!」

 気合の声と共にシグーは腰の斬機刀を振り抜く。以前の乗機から移し替えた装備だ。漆黒の空間に火花が散るのが見える。敵は対艦刀を抜いていた。ビームサーベルであれば、そのまま突き抜けて攻撃を通せたはずだ。

 伊達に特殊な機体に乗っていないと感心するより早く、敵のレールガンが放たれた。自由に稼動する翼状のユニットに取り付けられたそれは、こちらの機動に合わせて厄介なほどに動き回る。ウォーレンは再度踏み込む。リニアカノンのついたユニットを死角は、ゼロレンジしかありえない。

 シールドの機関砲の残弾を気にするのを止めて突進をかける。逃がしはしない。

 

「運が無い!!」

 ディルクは叫んでレバーを押し込む。バッテリー残量を考えればこれ以上の戦闘は難しい。襲撃した輸送艦隊に増援が来る事までは想定していなかった。モニターの片隅には、ヴェサリウス級の姿が映っている。

 シグーの突き出す刀が頭部の右側を通り抜ける。同時に機体同士が衝突してコクピットが揺さぶられた。揺れる視界の中で、敵の刀がその向きを変えたのを見る。持って行かれるという意識と同時に、避けてはならないという本能が閃く。左腕部と左ウイングユニットがひしゃげていくのが、やけにはっきりと見えた。

 しかし、ノワールダガーは斬撃の勢いを利用してその場で一回転する。右手から伸ばされたビームサーベルは、その勢いのままにシグーの頭部を斬り取った。あとはあるだけの弾で牽制を入れて、スラスターを吹かすだけだ。

 ドッペルホルンの攻撃もいつの間にか止んでおり、宙域は再び静かになっていた。

 

 撤退していく敵機のスラスター炎に、シビル・ストーンは肩の力が抜けるのを感じる。救援に駆けつけてくれたMSとの間に通信が開かれた。無線が通じるくらいの距離で戦闘が行われていたのだ。Nジャマー下特有の、酷くノイズの交ざった声が聞こえてくる。

「プラント守備艦隊、ヤヌアリウス遊弋隊のウォーレン・パーシバルだ。まずは拾ってくれ」

「こちら月軌道艦隊所属、第52臨時輸送艦隊護衛部隊。指揮官のサイモン・メイフィールドだ。救援感謝する」

 シビルは光学センサーが、シグーの打ち上げた信号弾の光を捉えた事をサイモンに伝えた。

 

 

 

 

「何だよ、こいつっ!」

 通常のコクピットに比べてはるかにたくさんの装置が詰め込まれた場所で、それらの装置と一体化するような格好になっていたノーマルスーツがくぐもった声を出す。潰れたようなその声は、苛立ちの言葉を吐き出し続けている。

 エグザス本体から最大限まで伸ばされたケーブルは四本。そこに接続された四基の攻撃デバイスが、パイロットの意志を正確に攻撃へと転化させていた。だがその中心にいるはずの敵は、彼の攻撃のことごとくをかわし、本体のみを狙って反撃を重ねていた。

「お前・・・他に出来ること無いだろ!!」

 エグザスのコクピットの中、咆哮のように聞こえる声でノーリッチ・シュナウザーは言う。同時に、ガンバレルの動きは激しさを増し、エグザス本体も敵機を狙い始める。ガンバレルが発振するビームの刃が、妖しげに揺らめいた。

 それでも、敵は冷静さを失わない動きで、エグザスのオールレンジ攻撃をいなしていく。

 

「勝てると思うなよ! MA風情が!!」

 オイレン・クーエンスの叫びともに、一基のガンバレルがレールガンの直撃を受けて爆散する。彼の駆る機体は、アサルトシュラウド装備型ジン。武装とスラスターが一体化されたベルモットと呼ばれる追加装甲を着込んだそのジンは、マティーニと俗称される機体だ。

 アサルトと呼ばれるジンよりも使い勝手が悪いと評判の機体だが、彼にとってはそのような評判は無関係であった。彼に操れないMSなど存在するはずがないのだ。発射されたグレネードの爆発が、エグザス本体の動きを止める。

 本体を守るように寄り集まってくるガンバレルに、マティーニの突撃銃が降り注ぐ。重斬刀での斬り込みは回避されるが、ケーブルの一本が切断されガンバレルの一基がコントロールを失ってあらぬ方向へと飛んでいった。

 

「私の言った危険という意味、分かったかな」

 生きた心地のしない状況で、そんな事をよく言えるものだと思う。トルベンの声が、ノーマルスーツのヘルメット越しに聞こえる。彼らの乗る貨物シャトルは、プラントの領宙を越えてしばらくしたところで襲撃を受けた。

 それは予期されていた事だったのだろう、オイレンは直ちにMSを発進させその迎撃に当たった。襲撃された理由は、間違いなく「レシピ」と呼ばれているもののせいなのだろう。

 だが、こんな事に巻き込まれた不幸を嘆く余裕も無く、コトハは無事にこの場を切り抜けられることだけを祈った。シャッターの下ろされたシャトルの窓からは何も見えないが、時節座席が揺れるように感じるのが、何よりも不安であった。

 

「調子に乗るなよ!」

「死ねや!」

 二基のガンバレルの特攻を追加装甲のパージで切り抜けると、オイレンは重斬刀のみのジンでエグザスに突っ込んだ。一瞬の交錯と激しい衝撃。刀ごと右腕がもげた。大きく息をついてセンサーに視線を落とす。

 エグザスの熱紋ははるか彼方に離れており、ジンの推進剤も乗ってきたシャトルまで持つ程度しか残っていない。


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