Blank stories   作:VSBR

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第十部

「じゃ、若社長によろしくな」

 グェンの言葉に、アルテシアは握手を求めた。色々と奇妙な縁を持ってしまった人であるが、こういう人に出会えて良かったと思う。彼女はカフネにも握手を求めた。

「あなたには、謝っても謝りきれないのだけども」

「その分、感謝しても感謝しきれないほどの事をしてくれました」

 その言葉に救われた気分になる。マドリード行きの飛行機の搭乗時間が迫り、アルテシアは手を振ってゲートの方へと足を向けた。彼女を見送った二人は、自分達の乗る飛行機の搭乗ゲートに足を向ける。

 ルーファス・リシュレークは、宇宙でいくつかの偽情報を流していた。そして囮の輸送船を仕立て上げ、そこへの襲撃を誘ったのだ。より確実に相手の目をくらませるために、ブルーコスモスが所有していた輸送船にも、カフネが乗り込んでいるという情報を流しておいた。

 ブルーコスモスの武装輸送艦に彼女が乗っているという偽情報によって、カフネの乗った輸送艦の情報を隠す。そう相手に信じ込ませた。当の本人は、偽名と偽パスポート、そしてちょっとした変装だけで、大洋州の民間旅客シャトルに乗り込んでいた。衛星軌道の中立ステーションでカオシュン行き降下シャトルに乗り込み、彼女はまんまと地球に降り経つ事に成功していた。

 囮の輸送船は破壊されたという話であり、彼女を追跡していた連中はカフネの死を確信しているだろう。ビクトリアで行ったのと基本的には同じ作戦であるが、あえて同じ事を二度する事によって、相手の目を欺いたのだ。

「すみません、ナリタ行きの飛行機はここでしょうか?」

「ナリタ? だったら向こうのターミナルだ」

 女性に道を尋ねられたグェンが指差したのは、窓のずっと向こう側。マスドライバーはまだ使用できないが、宇宙から降りてくるシャトルを受け入れる宇宙港と、そこから東アジア各地の空港に飛行機を飛ばす国際空港を併せ持つカオシュン総合空港は、ターミナルビルだけで四つもある。

 はるか遠くのターミナルビルだという事が分かって、彼女はげんなりとした。それを隠すために深くお辞儀をすると、コトハはキャリーバッグを引いて小走りに目的のターミナルビルへ向かう。

 カーペンタリアの近くで出会った少女は、彼女をダーウィンの街まで連れて行ってくれた。東アジアの在外公館はなかったのだが、民間交流団体の事務所がありそこで国に戻る手続きをしてもらったのだ。

 自分が大洋州に降りてきた経緯を話すのは骨が折れたが、どうにか辻褄の合うストーリーをでっち上げる事はできた。周囲を見回すが、取り立てて自分の事を見張っているような人間はいない。

 命を狙われている可能性があるという事は、一応頭に入れている。だが、カーペンタリアを出て以降、身に危険を感じた事はなかった。やはり潜水艦の艦長が考えた通り、降りた方が安全だったのだろう。

「・・・・・・っ!? ご、ごめんなさい」

「いや構わんよ。余所見をしていたのは私だ」

 コトハがぶつかった男性はそう言って、足のもつれた彼女を支えるように手を差し出す。何度も頭を下げる彼女を見送った男性は、後ろから声をかけられた。

「あなた、誰ですかあの方」

「知らんよ、ただぶつかってしまっただけだ」

 ゲンヤ・タカツキは困ったような表情で言う。どことなく疑わしそうな顔で自分を見ている妻に、鼻の下が伸びそうになるのを感じた。美しい妻の悋気というものは、ほどほどであれば非常に魅力的なものだ。

 インド洋における、ザフト要人の打ち上げ阻止作戦は成功したはずだった。だがどうやら、その要人は宇宙に上がっていたらしく作戦は失敗という評価が下される事となった。

 もともと、よく分からない経緯で上からゴリ押しされた作戦であり、上層部もその責任のあり方について苦慮したのであろう。結果、彼には半年の謹慎が命じられた。

 とはいえ、家から一歩も出るなと言われるわけでもなく、長期休暇をもらったようなものである。それを利用して家族サービスの最中であった。トランクを転がしてはしゃいでいる二人の娘に声をかけ、彼とその家族は衛星軌道ステーション行きのシャトル乗り場へと向かった。

 

 

 

 

 

 幸先は悪いが思いの他部隊の内部に動揺がないのは、この連合部隊が寄り合い所帯だからであろう。大西洋の試作MAが大きな損傷を受けた状態で戻ってきたのだが、あくまでも大西洋の部隊が損耗したに過ぎないと捉えられている。

 目標である旧世界樹宙域は目前に迫っており、各部隊とも臨戦態勢を整えつつあった。ようやくMSデッキに現れたアルベールの姿を見て、カルロスが体を流す。

「いけそうか?」

「私は、何も問題ありません」

 ヘルメット同士を接触させた時のくぐもった声。カルロスはバイザー越しに、アルベールの表情を確かめる。あの戦争を生き残ってきたパイロットだ、ウェットな感情でミスをすることはあるまい。それでも、アルベールが二人のパイロットを気にかけていた事は分かる。

 損傷して戻ってきたガルム・ガーは、コクピット付近に大きなダメージを受けていた。カナン・エスペランザはコクピットの中で潰されており、ミコト・ムラサメも重傷を負って、懸命の治療が続けられている最中であった。アルベールは、ガルム・ガーからデータの吸い出しが終わる時間を告げる。

 ザフト以外の機体とも交戦していたようであり、そのザフト部隊も旧世界樹宙域に向かっているようだとの事だ。少しでも役に立つ情報があるかもしれない。

「当てにしているよ」

 カルロスはそう言ってアルベールの機体から離れる。だが目標がフリーダムである以上、それ以外の情報にどこまで意味があるかは分からない。

 ガルム・ガーについてもその性能は未知数であり、MSとの連携がどこまで可能かは不明であったため、戦力としては当てにしていなかった。そのため、戦闘参加が出来なくなったと聞いても、問題はないと考えていた。

 メイファのパイロットスーツがアルベール機に流れていくのを見て、カルロスはヘルメットの中で口笛を吹いた。ブリッジからの通信で、警戒態勢のレベルが一つ引き上げられるのが伝えられる。

 デブリベルトの外縁部に到達し、艦隊は速度を落とした。

 

「二機か・・・・・・」

 ローラシア級・クルックスのブリッジでは、追いついてきたナスカ級からの報告を受けて、サイモンが顔をしかめていた。この艦隊の艦載機は二十、そのうちの二機を作戦前に失う事になったのだ。

 その上、どういうわけか連合が付近に来ている。やはり、納得の出来る作戦ではなかったようだ。気心の知れたクルーでブリッジを固めているため、サイモンの胸中も見て取られるのだろう。士気に関わるので、サイモンは軽く頭を振って腹をくくる。

 目標となる敵施設はデブリベルトのほぼ中心部にあり、デブリ密度も高い。艦の動きも制限されるため、操艦には細心の注意が必要とされるのだ。

「索敵は密に。待ち伏せもありうるぞ」

 同時にMSデッキに警報が流れ、空気が抜かれる。緊急発進を可能とするための措置だ。パイロットにも、コクピットでの待機が命じられた。

 言われる前からコクピットに陣取っているオイレンは、パイロットスーツの手を開いたり閉じたりしながら、モニターを見つめている。敵には連合もいるらしい。これほど、自分のためにあつらえられた舞台があるだろうか。

 MSこそが彼の居場所であり、存在意義である。彼がコーディネーターとして生きるためには、そのMSにおいて他を圧倒し続けなくてはならない。

「腕は、ある」

 あとは機会だけなのだ。MSに乗る機会と、それで敵と戦闘する機会だ。それさえあれば、彼はコーディネーターでいられる。

 戦争も平和も、ザフトも連合も、彼にとっては関係がない。戦闘のない戦争なら拒絶するし、戦闘の出来る平和なら喜んで参加しよう。乗るMSと敵を与えてくれるのであれば、ダガーだろうとウィンダムだろうと乗り込むだろう。

 戦争が終わり、ザフトは彼からMSを奪った。しかしその休戦とやらは、早くも終わってしまったらしい。彼はこうしてMSに乗り、今や遅しと出撃を待っている。きっとこれからも、彼はコーディネーターであり続けられるのだろう。オイレンは通信機をオフにした。

 そして高らかに笑う。

 

 

 

 

 

 トルベンは、施設での研究に協力すると返答した。それを聞いた長髪の議員が、ただ満足そうに微笑んだのを、トルベンは不気味に思う。彼の乗った小型船がデブリの向こう側に消えていくのを見ながら、施設の中が慌しい動きを見せ始めた事を感じる。

 小惑星帯から運んできた岩塊を核に、周囲のデブリを再利用するような形で形成されているこの施設は、単に大量の量子コンピューターを核にした研究施設などではないようだ。専門家でなくとも、研究に必要な機材かそうでないかの区別くらいはつくというものだ。

「核パルスエンジン・・・・・・」

 戦艦などに積まれている物よりもずっと巨大なノズルの一端が、微かに見える。施設自体を移動可能な物として建造しているのだろう。おそらく完成後にはプラント宙域まで移動させるのだ。

 わざわざこの旧世界樹宙域で建造しているのは、構造物材料の入手が比較的楽だからと考えられた。問題は、何故わざわざ移動可能にした小惑星に、研究施設を作るかである。

 遺伝子研究が目の敵にされている地球なら、隠れるように研究を続ける理由も分かるが、ここは宇宙である。堂々とプラントの一画に研究機関を立ち上げれば済む問題ではないのだろうか。その程度の事は可能な権限をあの長髪の議員は持っているはずなのだ。それすら出来ないほどに、今のプラントは割れているという事だろうか。

「研究に集中したいものだ」

 ため息を我慢して愚痴をこぼす。だが、研究と関係のない分野にも頭を使わなければ、再びメンデルでのテロのような事態を招くかもしれない。

 コーディネーターで構成されたプラントにおいても、遺伝子研究というものに無制限の理解というものが得られなくなっている。この社会的な変化は、非常に大きな変化だと言わざるを得ない。

 その基盤は、シーゲル・クラインの唱えたナチュラル回帰思想であろう。だがその思想とて、正しく研究され科学的な根拠が示されてこそ正当化されるはずだ。それすらタブー視されるようになれば、そこに生じるのは新たなブルーコスモスでしかない。コーディネーターの生み出すブルーコスモス、想像もしたくないものだ。

 トルベンは与えられている居室へと足を向ける。量子コンピューターには、既にプラントに居住するほぼ全ての人間の遺伝子データが蓄積されており、それを利用したシミュレーションも可能になっていた。

 この先、何が起こるか分からない。だから先に進められる事は進めておきたいと、彼は思った。

 

 

 

 

 

 爆発とは微妙に異なる光が閃いた。おそらくアンチビーム機雷が敷設されているのであろう。デブリが濃い上に、アンチビーム粒子の撒布である。戦闘は困難なものになると考えられた。しかしそれは、あくまでも通常のMSによる戦闘ならばという条件がついている。

 三色、六条の光が宙域を引き裂くように伸び、それに触れた物は爆発か融解のどちらかを起こす。宇宙空間には似つかわしくない色とりどりの光は、美しくなくただ禍々しかった。

 その光を発するのは一機のMS。翼状のユニットを広げ、デブリが消え去った空間の向こう側を見ている。

「あれか」

 それをパイロットと呼べるのであれば、彼はコクピットの中でかすれた声でつぶやいていた。核エンジン搭載MS・フリーダムの中央演算装置と化したノーリッチ・シュナウザーは、晴れやかな気持ちで宇宙に漂っていた。フリーダムそのものとなった感覚は、人には決して味わえないものであろう。

 フリーダムのセンサー、いや彼の視覚がスラスターの光を捉える。目標の敵施設より発進したMSだ。ジンばかり五機ほどが、真っ直ぐに彼の元へと向かってくる。ノーリッチは微笑んだ。

 フリーダムの砲門の全てが光り、彼に言いようのない爽快感を与える。スラスター光は爆発の光に変わり、再び宇宙には静けさが訪れたようだ。ノーリッチは高揚感のままに走り出す。フリーダムのスラスターが全開になり、MSとは思えない加速で前進をはじめる。

 小さな石ころが装甲に当たる感覚すら心地良く、接触した機雷の爆発すらフリーダムの突進を止めない事が気持ち良かった。胴体を撃ち抜かれて漂うジンの残骸を戯れるようにビームサーベルで両断した。

 だから、フリーダムを足止めするような攻撃には心底憤慨する。直上から降り注いだ、巨大なビームの奔流は、二度三度とフリーダム目掛けて押し寄せてくる。

 

「当たるわけねぇな・・・・・・散開!!」

 通じるはずのない通信機に怒鳴って、カルロスは信号弾を打ち込む。わざわざフリーダム目掛けて発射したのは、ほんの少しでも足止めになって欲しいと思うからだ。だが、ウィンダムが十分に加速する前に反転せざるを得なくなる。

 フリーダムの機動力は、一瞬で彼の率いる部隊の背後を取った。まだ十分に散開すら出来ていない。味方機が撃墜されなかったのは、試作型のビームランチャーを盾に出来た事、後続の部隊の牽制があった事だ。ビームランチャーの爆発光が周囲を照らし、フリーダムのシルエットが不気味に浮かんだ。

 ビームライフルの一斉射、同時に複数の回避コースの全てを潰すようなロケット弾の発射。急造の部隊にしては良くできた連携でフリーダムを追い込もうとする。だがフリーダムは、ロケット弾をビームサーベルとPS装甲で強引に突破する。そこまでは読んでいたカルロスも、次の一手に吹き飛ばされた。

 翼状ユニットに装備されたプラズマ砲は、真横に向く事もできたのだ。シールドでの体当たりでなく、ビームサーベルでの攻撃を選択していたら、もう一方のウィンダムのように消えてなくなっていただろう。

 

「動かれたら捉えられん!」

 吹き飛んだカルロス機を追う動きを見せるフリーダムに、アルベールはライフルを連射する。戦闘宙域から一歩離れた場所で、手頃なデブリを足場に狙撃用のライフルを構えている。

 専用電源を持った大物用のビームライフルだが、はっきり言って当てられるとは思えない。バッテリーが上がるまでフリーダムの機動を阻害し続けるのみである。しかも、味方の攻撃を有利にするためではなく、撃墜されそうな味方機を支援するための牽制射撃に徹していた。

 だが、ビームサーベルでビームを弾かれればアルベールも目を疑わざるを得ない。それでも次の瞬間には、味方の一機が真っ二つにされているのだ。背後に目がついているかのようにビームをかわすフリーダムに、アルベールは舌打ちをこらえる。

 

「誘われるな!!」

 ビームサーベルの激しいスパークの中、メイファが叫ぶ。二機のウィンダムのビームサーベルを両手のビームサーベルで受け止めたフリーダムに、もう一機のウィンダムが攻撃を仕掛けた。だが正面でビームライフルを構えた機体はレールガンに撃ち抜かれ、背後から切りかかった機体は、スラスターに吹き飛ばされる。

 フリーダムがダッシュした勢いで振り払われたメイファ機を守るようにアルベール機のビームが注ぐ。フリーダムはそれを意に介さないように、回避の遅れた機体を斬り捨てた。

 その背後からカルロスのウィンダムがビームサーベルを伸ばす。仰け反るような姿勢でそれをかわしたフリーダムは、レールガンを発射体勢に移す。カルロス機は機体を捻り、レールガンの射線と射線の間に機体を滑り込ませて直撃を避ける。

 装甲を叩くウィンダムの機関砲を嫌うように距離を取ろうとするフリーダムにメイファ機が突進し、周囲からはビームが殺到する。

 

「何なんだよ! お前らはよぉ!!」

 ほとんど失われたノーリッチの声がそう叫ぶ。先ほどまでの心地良さなどどこかに消えていた。倒しても倒しても襲い掛かってくる敵の姿は、薄れかけた彼の記憶のザワザワと呼び覚ますかのようだ。

 ノーリッチは唸り声をあげ、感覚を周囲の宙域全てに広げた。空間の全てを把握し、そこに反射神経をつなげる感覚で、フリーダムの機能を開放する。

 全砲門発射体勢になったフリーダムに対して、全てのウィンダムが退避行動をとる。だが、一瞬だけ止まったように見えるフリーダムの挙動に、アルベールは嫌なものを感じた。それが形になる前に終わらせる。

 発射したビームが外れるのと、味方機の一機が爆発するのが同時。さらに、熱紋センサーのアラームが鳴った。アルベールの視線がモニター上を走るより早く、狙撃用ライフルが弾け飛んだ。

「・・・・・・! 無線ガンバレル!?」

 フリーダムから発進した四基の攻撃デバイスは、ビームを吐き出しながらウィンダムへと襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 交戦は確認している。連合の部隊と施設側の交戦であろうと推測し、サイモンは艦載機の半数に要塞攻撃装備での発進を命じる。デブリの密度が高く、アンチビーム粒子も撒布されている事を考えると、艦砲での攻撃は効果が出にくい。MSで接近して直接打撃を与えた方が確実という判断だ。

「艦隊は速度を維持し前進。砲の有効距離の算出を急げ」

 旧世界樹の構造物残骸を利用して作られた施設であれば、その強度は計算しにくい。要塞攻撃装備でもダメだった場合、最後は艦砲が頼みだ。偵察カメラの捉えた交戦映像を見ながら、作戦の成功を願う。

 連合がこの施設を狙う理由は分からないが、とにかく施設守備隊を引き付けてくれているなら好都合だ。各艦のカタパルトが開放され、発進の合図を待ち構えていた。

 

「オイレン・クーエンス、ゲイツR発進!!」

 先頭を切るように発進されたオイレンの機体。携行型指向性熱エネルギー砲とキャニスミサイルランチャーに脚部外付けロケットランチャーまで装備した機体は、後続の機体の進行方向を無視するように機体を傾けた。

 岩の塊にミサイルを撃ち込むなど、バカでもできる事だ。彼の存在意義はそんな場所にはない。ミサイルランチャーからミサイルを撃ち出すと、ランチャーを捨てて突進した。

 ミサイルの爆発する派手な光をバックに、ゲイツRは戦闘の中心部へと突っ込む。熱エネルギー砲を構えさせ、オイレンは引き金を引く。

「受け止めた!!」

 羽を広げたMSがシールドを掲げるのを見て、オイレンは歓喜の声を上げる。熱エネルギー砲を乱射しながら突進を続け、機体を振るようにして殺到するビームをかわすと、熱エネルギー砲の砲身で、フリーダムを思い切り殴りつけた。所詮、取り回しの利かない武器である。

 周囲のウィンダムが動揺しているのが見て取れる。それがオイレンを奮い立たせた。

「眺めてろ、雑魚どもがぁ!!」

 シグーの持つシールドガトリング砲と同じものを設置させた専用の盾で牽制し、ビームサーベルを振りかぶる。予想よりはるかに早いフリーダムの挙動にも、オイレンは動じない。ビームサーベルが触れ合い発光すると同時に、レールガンを撃ち込んだ。至近距離からの攻撃である。いかにPS装甲といえども、機体は揺れる。

 シールドが半回転して二本のビームサーベルが発振された。都合三本のビームサーベルがフリーダムに殺到する。それすら避けきったフリーダムは、ウィンダムの牽制に振り向けていた攻撃デバイスを呼び戻し、反撃に移った。

 機体を軋ませるような機動でゲイツRはフリーダムに追いすがる。見るからにロングレンジ用の機体、その上デブリをもろともしない火器の出力を考えれば、最悪でもショートレンジ以下で戦わなくてはならない。ビームライフルとレールガンの牽制を織り交ぜ、突っ込んでくるデバイスを斬り払って、距離を詰める。

 

「ラビ、あれは?」

「フリーダムと交戦している。当面の敵では無いのか・・・・・・」

「いや、甘いぜ! 味方でもない!!」

 カルロスはペダルを踏み込んだ。フリーダムへの攻撃を仕掛けたウィンダムが、ゲイツRレールガンに撃ち抜かれたのだ。厄介なのが一機増えただけである。フリーダムのプラズマ砲を回避し、死角に滑り込もうとした攻撃デバイスにはスティレットを投げ込んでおいた。

 周囲のウィンダムも一斉にフリーダムへの攻撃を再開する。直接機体を狙う攻撃から、回避コースを潰すための攻撃まで、あらゆる攻撃がフリーダムを取り囲む。

 しかしフリーダムは肉薄した機体にビームサーベルを突き立て、同時に全砲門を開放して囲みに穴を開けると、そこから包囲を抜け出そうとする。待ち構えていたゲイツRの攻撃を装甲頼りに突き抜け、反転して再度全砲門を開放する。

 複数の爆光にノーリッチは落ち着きを取り戻し、残ったドラグーンを放出する。砲撃の照準の一つを施設へと振り向けると、残りを飛びまわるMSへと向ける。

 広がりきった彼の感覚は、周囲全ての動く物体を完全に把握していた。交戦域を外れて飛び去ろうとする機体を感じ、フリーダムがビームライフルを放つ。

 

「わけが分からん!!」

 機体を横滑りさせたディルクは、そう叫んでレールガンで応戦した。連合の目的は間違いなく、あの羽根付きMSだ。ザフト機の目的は分からないが、他の機体をみればザフト自身の目的は、トルベン・タイナートが潜伏しているという施設だ。ではあの羽根付きの目的は何だ。

 施設を狙う自分を狙ったという事は、施設側の守備隊なのか。それとも全く別の目的を持っているのか。施設がザフトに破壊される前に、「ジョージ・グレンのレシピ」を確保しなくてはならないが、あのMSはそれをさせてくれそうに無い。

 二機の攻撃デバイスの動きを見切って黒いウィンダムは機体を回転させると、その動きのままにフリーダムの斬撃を受け止める。その後ろから来るゲイツRの機関砲弾の流れ弾をシールドで受け止めて、距離と取ろうとスラスターを吹かす。

 フリーダムはゲイツRの攻撃を捌きながらも、黒いウィンダムへの攻撃の手を緩めない。一瞬にして距離を詰めたフリーダムに対して、黒いウィンダムは対艦刀を抜き打ちにする。

 PS装甲に刀がぶつかる激しい衝撃を全身で受け止めながら、ディルクはレールガンと単装砲を連射させた。直撃弾がフリーダムの姿勢を崩し、そこにゲイツRのビームサーベルが襲い掛かる。ノーリッチがつぶやくように言う。

 

「お前、ほんとはコーディネーターじゃないな」

「!!? ほざけ!」

 通信機から聞こえた声を引き裂こうとするビームサーベルが空を斬ると同時に、オイレンはシールドの機関砲を至近距離から撃つ。その牽制射からビームライフルでの攻撃に繋げようとした瞬間、フリーダムの脚部がゲイツRの胴体を捉えていた。だがフリーダムは吹き飛んだゲイツRに追撃を仕掛けない。

 背後に迫っていたウィンダムを、最大限に伸ばしたビームサーベルで薙ぎ払い、姿勢を崩された機体に攻撃デバイスをけしかける。全砲門が開かれ、再び複数の光が生まれる。

 

 機体を盛大に振り回しながら、メイファのウィンダムは三基のデバイスに対処している。ビームの衝撃がシールドを揺さぶり、フリーダム本体から放たれるレールガンが機体をかすめる。

 一基のデバイスとビームライフルが相打ちになった。手元で爆発するライフルをもろともせず、一瞬だけほころんだデバイスのフォーメーションを突っ切って、メイファは機体をフリーダムに突進させる。黒いウィンダムとゲイツRに絡まれるフリーダムの背後に、隙を見たのだ。

「無理してるなぁ、女」

「!!」

 ウィンダムがビームサーベルを振り上げるのと、フリーダムがビームライフルを持った手を背後に向けるのは同時だった。とっさにシールドを掲げた瞬間、レールガンに脚部を吹き飛ばされていた。

 ゲイツRと黒いウィンダムを振り切ったフリーダムが、メイファ機に突っ込んでくる。横合いからアルベール機が体当たりを仕掛け、カルロス機が群がるデバイスを狙撃していく。カルロスが怒鳴る。

「リン中尉、退け!!」

「ま、まだ行けます!!」

「撤退だ! 味方も半分以上落とされた! リン中尉は撤退の指揮を、あれは俺らで抑える!」

 アルベールのウィンダムが、それを促すようにメイファ機に視線を送った。メイファ機が信号弾とともに後退していくのを確認し、アルベール機がスラスターを吹かす。

「色男ってのは、乗る機体も色男なのかい?」

「来るぞ!!」

 アルベールは短く叫んで機体を振った。プラズマ砲の光跡が通り抜けると同時に、ビームライフルを連射する。最後に残っていたデバイスをビームサーベルで斬り捨て、フリーダムへと接近する。

 

 四機のMSの波状攻撃。連携が取れていないとはいえ、それを難なくあしらうフリーダムの姿は、圧倒的だった。だがノーリッチは満足できない。一蹴できないという現実が、この上なく不愉快だ。

 ウィンダムにビームサーベルを受け止められ、黒いウィンダムの対艦刀にシールドを掲げざるを得なくなる。プラズマ砲はゲイツRを捉えられず、もう一機のウィンダムの狙撃に機体を回避コースに乗せてしまう。距離を取って全砲門を開くが、その光は虚しく宇宙を走る。施設攻撃を行っていたMSが、不幸にも流れ弾に被弾するだけだ。

 フリーダムはビームサーベルを連結して、刃を倍以上の長さに伸ばす。それを風車のように回転させて突進した。ビームライフルもレールガンも、全てそのサーベルで斬り払っていく。

「子供騙し!!」

 ゲイツRが脚部のロケット弾を放出する。対要塞用の装備であるため、初速は遅いが爆発力はMS用のものとは比べ物にならない。ビームサーベルの風車に接触した六発のそれは次々と大爆発を起こす。PS装甲と言えども、猛烈な量の破片を全身に浴びれば、パイロットに影響が出る。ましてや、感覚が直結するノーリッチであればなおさらだ。

 フリーダムの動きに僅かな隙が生まれる。そしてこの場にいるパイロットは、その隙間に自らの殺気を捻じ込む事のできるパイロットだ。四方から同時に、攻撃が延ばされた。

 

「どう動いた!?」

 ディルクは叫んでシールドの機関砲を乱射する。あの場の全員が必殺の間合いだと思って仕掛けた攻撃は、フリーダムを捉えていない。いつの間にか囲みを抜け出ていたフリーダムが、全砲門を向けている。

 応戦と回避、したくはないがフリーダムに突進するゲイツRへの援護。黒いウィンダムは、全身の火器を振りまきながら対処する。それでもフリーダムの勢いが止まらない。二機のウィンダムがビームライフルを構えたのを見て、対艦刀を抜いた。飛び道具を当てられる気がしないのだ。

 

 それはカルロスとアルベールも同じである。だが、一機のMSに四機で接近戦は、逆に戦いにくい。味方ではないので遠慮は要らないのだが少なくともフリーダムを落とすまでは、ゲイツRと黒いウィンダムに味方でいてもらわなくてはならない。

 対艦刀を白刃取りしたフリーダムを狙ったビームも、ゲイツRと斬り結ぶフリーダムを狙ったビームもことごとく外される。二機のMSをあしらいながら、反撃までしてくる敵に、カルロスは得体の知れない者を見る気分になる。

 本物の化け物を相手にしているのではないか、そんな思いが彼の脳裏をよぎった瞬間、フリーダムに捕まった黒いウィンダムが、軽々と投げ飛ばされてゲイツRと衝突したのが見えた。

 アルベールからの通信と、体が動いたのは同時。それでも、フリーダムの接近に機体を回避させきれずシールドを持っていかれた。右手でビームサーベルを突き出すが、ほんの少し機体を傾けただけのフリーダムに、あっさり避けられる。その位置のまま撃ち出される近接機関砲を受けて、ウィンダムの右手が吹き飛んだ。

「がんばれよ、ナチュラル」

「分かるのかよ!!」

 ウィンダムの足がフリーダムを蹴り飛ばし、左手から投擲されたスティレットがフリーダムのカメラを狙う。しかし、それを受け止めたフリーダムは、逆にスティレットを投げ返した。

 ありえないようなスピードで戻ってくるそれは、カルロス機の腰部に突き刺さり爆発した。衝撃でウィンダムは、すぐそばのデブリに衝突し動きを止める。

 さらに止めを刺そうとするフリーダムに、アルベール機が突進を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 着艦するウィンダムの数は明らかに少ない。艦隊司令も、流石に表情を歪めざるを得なかった。核エンジン搭載MS、その機体性能の異常な高さだけでこの結果を説明できるのであろうか。

 艦隊に前進を命じ、計画通り一隻の艦からクルーの緊急退避を行わせる。フリーダムを有する組織の拠点と目される構造物に対して、艦一隻を特攻させるのだ。いかに核エンジンであろうとも、補給も整備も無しに活動できるものではないのだから。

 損傷した機体で何とか母艦にたどり着いたメイファは、コクピットハッチを開けるとMSデッキに飛び出す。全身に嫌な疲れが広がっているが、気力はまだ萎えていない。動けそうな機体を物色するのだが、どのウィンダムも損傷を受けている物ばかりだ。艦が動き出したのを感じ、戦闘も最終段階に近い事を感じる。

 

「連合艦が!? 彼らの狙いもここか?」

 サイモンは索敵班からの報告に思わず問い返した。ザフト艦隊が間もなく艦砲の射程距離に入るというところで、連合艦隊の動きをキャッチしたのだ。連合もトルベン・タイナートの排除を目的としているのだろうか。

 艦隊を止めMSを回収して後退、連合艦が施設破壊に成功した事を見届けてから撤退というのもありである。下手に近づいて、自分達が施設の守備隊だと勘違いされては、面倒な事になる。

 目標施設は、その表層部に崩壊しやすい岩石や構造物を配置し、チョバムアーマーのように外側からの攻撃を緩和する仕組みになっていた。そのためMS隊の攻撃は不調に終わり、艦砲による直接攻撃が必要になっている。はたして、連合艦隊が施設破壊を完遂できるかどうか。サイモンは眉間の皺を深くした。そして転進の命令を出す。

「連合艦の位置を正確に割り出せ。施設を挟んで連合艦と反対側に移動し、そこから艦砲を使う」

 帰還を始めたMS隊から、施設防衛のMSが予想外に少ないとの報告が上がってくる。施設周辺で激しい戦闘が繰り広げられていると考えていたサイモンは首をかしげた。モニターが捉えていたおびただしい光は何なのだろうか。

 

 フリーダムの全砲門が開く。プラズマの渦を頭上にやり過ごしながら、ゲイツRが突進する。フリーダムの構える銃口を見据え、機体の動きを最小にして距離を詰める。ビームライフルとレールガンを真正面から放ち、同時にスラスターを吹かす。

 フリーダムの回避方向は読み通り、ビームサーベルを受け止められる事も想定していた。シールドからビームサーベルを伸ばし、さらに斬撃を加える。フリーダムのシールドはゲイツRの腕ごと受け止める。センサーを狙って放たれる近接機関砲を回避しつつ、オイレンはゲイツRの足をフリーダムの腹部にぶつけていた。

 滑るように後ろに下がったフリーダムに、二本の対艦刀が襲い掛かる。シールドに深い傷を付けたその機体は、勢いのままフリーダムをデブリに押し込もうとする。ディルクはペダルとレバーを確認した。ウィンダムのフルパワーでも、フリーダムを押し切れない。それどころか対艦刀の一本を弾き飛ばされ、シールドにはレールガンの直撃をもらう。使い物にならなくなったガトリング砲をパージし、単装砲で牽制射を続けた。

 

 背部のプラズマ砲はゲイツRを追尾するように動き、手にしたビームライフルは黒いウィンダムを狙っている。腰部レールガンはその射角が固定されている。アルベールはビームライフルの照準を合わせた。

「なにぃっ!!」

 ノーリッチが声無き声で叫ぶ。ビームがシールドを貫通し、左腕の装甲に僅かな損傷が現れたのだ。対艦刀で付いた傷を、ビームが抉ったのだ。シールドを投げ捨て、そのビームを放った敵へと意識を向ける。同時に、二方向から攻撃が延びてきた。

 不愉快さを抱えたまま距離を取ると全砲門開放。同時にスラスターを全開にして肉薄し、ビームサーベルを振るう。ビームサーベルの接触が光を生むが、それに構わずレールガンを放った。

 モニターに左脚部の全損が表示され、アルベールは舌打ちをする。次の瞬間にはシールドを両断されており、回避のためにスラスターを吹かした時には頭部にビームサーベルを突き込まれていた。

「ここまでか・・・・・・!」

 そうつぶやけたのは、フリーダムが止めを刺さなかったからだ。おそらくあの二機が攻撃を仕掛けたのだろう。アルベールは、非常灯の点ったコクピットで、機体の復旧作業に取り掛かる。せめて帰還できるようにしなくては、漂流する事になる。

 

 流れていくウィンダムを尻目に、オイレンは笑みを浮かべたままレバーを握る。一機ずつ消えていく戦場、次に消えるのは黒いウィンダムかそれともフリーダムか。最後に残るのは、自分以外にありえない。

 フリーダムに近接し、残ったガトリング砲弾を叩き込む。装甲任せに突っ込んできたフリーダムのビームサーベルを受け流すと、そのまま機体を反転させるようにして互いの位置を入れ替える。背後から放たれる黒いウィンダムのレールガンに、フリーダムの意識が流れた。

 その瞬間、ゲイツRの攻撃がフリーダムへと延びる。ビームライフルとレールガンが同時に光る。

 ビームをかわすためには、レールガンの直撃を受けるしかない。PS装甲を持ってしても激しく揺さぶられる機体。ゲイツRのビームサーベルに、右のプラズマ砲を切断されていた。フリーダムの頭上を通り抜けたゲイツRは、さらにビームライフルで右ウィングユニットを脱落させる。

 ノーリッチの意識が完全にゲイツRに向かう。ディルクは冷静にそれを見つめていた。ビームライフルとレールガンが立て続けに左ウィングユニットに命中し、その形を無残なものに変えた。

「次に消えるのはお前だったな!!」

 オイレンは叫び、ゲイツRを反転させる。三本のビームサーベルを展開して、フリーダム目掛けて突っ込む。火力も機動性も落ちた手負いの機体、オイレンは完全に捉えていたはずだった。

 ゲイツRの両腕が消える。フリーダムのレールガンを、正確に命中させられたのだ。とっさに制動をかけてレールガンによる反撃を試みるゲイツRをあざ笑うように、フリーダムの拳がその頭部を潰した。

 

 その衝撃で吹き飛ぶゲイツRへの興味を失ったように、フリーダムは黒いウィンダムを見た。ディルクは戦慄を覚える。

 フリーダムが動く。ディルクの挙動は遅れた。フリーダムに覚えた恐怖が、彼の動きを縛ったのだ。回避を諦め、シールドを犠牲にする。間合いを取ってレールガンで牽制するが、フリーダムはさらに接近してくる。単装砲の連射をもろともせずに突っ込んでくるフリーダムは、一気にビームサーベルを伸ばした。切断されたビームライフルが小さく爆発する。

 ディルクはペダルを踏み込んだ。それでもウィンダムの動きが遅いと感じる。しかしそれが、自分のせいだという事も分かっている。レールガンと単装砲の砲弾の全てを使い尽くした。

 ディルクは歯を食いしばり、急激に縮まる距離を耐える。待ち構えるような体勢のフリーダムの目の前で、ティルクはIWSPのパージを行った。大型のバックパックがスラスターを全開にしたまま突進する。

 ビームサーベルが一閃し、IWSPが爆発を起こす。黒いウィンダムはその爆発の中に飛び込んだ。対艦刀を振るうと同時にガキンという鈍い音がコクピットにまで響き、爆煙の向こう側にフリーダムのカメラが光るのが見えた。

 タイミングが僅かに早かった。フリーダムの左手が、ウィンダムの右腕を掴んでいる。無線が揺れた。

「お前、女がいるだろ」

 敵のパイロットが何故そんな事を言うのかは分からない。だがそれ以上に分からないのは、ディルクの中の恐怖が不意に消えた事だ。

 フリーダムはウィンダムへと、ビームサーベルを無造作に突き刺した。

 

「ああ、いるさ」

 ノーリッチは無線から声を聞いた。

 ウィンダムは対艦刀を左手に持ち替え、逆手に握ったそれをフリーダムの胸へと押し付ける。首の稼動部分を確保するための装甲の境目、そこから突き込まれた対艦刀は、フリーダムのコクピットを押し潰し、そのまま核エンジンにまで達した。

 

 

 

 

 

 

 施設構造物の陰に隠れて連合艦隊の動きは見えない。だが、盛んに艦砲を撃っている事は、宇宙空間を照らす光の量で分かった。サイモンの艦隊も砲撃を開始する。デブリを組み合わせて作ったようなその構造物が、グズグスと崩れていく様子がモニターに映る。

 しかし、大型の岩塊構造物を外部からの砲撃だけで壊すのは、非常に難しい。出来るだけ砲撃を一箇所に集中させ、構造物の内側に攻撃を通そうとする。偵察カメラからの映像が解析される。

「艦が特攻?」

 連合艦の一隻が艦隊を離脱し、施設に向けて急速に接近しているという。サイモンは艦隊に宙域からの離脱を命じる。無人艦による特攻、おそらくは核爆弾を搭載している。宇宙艦のスペースであれば、レーザー核融合弾の搭載も可能だ。

 僚艦の移動を確認して、サイモンの乗るローラシア級・クルックスも180度回頭する。だがスラスターが全開になるより早く、ブリッジのモニターに強い光が映った。

 宇宙艦のスラスターに使用されているレーザー核融合を応用した爆弾は、核融合によるエネルギーを周囲に拡散させず、一方向に集中させて対象を破壊する。艦に搭載された爆弾は、施設構造物に対して大規模な損傷を与えただろう。

 ブリッジには、状況確認の言葉が飛び交い。光の収まったモニターには、崩壊の始まった施設の姿が映る。

「各艦退避行動! 石ころで沈むなよ!!」

 サイモンが怒鳴ると同時に艦が急激に動き、強い慣性重力を感じる。核爆弾とそれによる施設の崩壊によって、デブリが高速で飛び散っているのだ。ある程度の大きさ以上のデブリとの衝突は艦船にも甚大な被害を与え、最悪の場合艦が沈む事もありうるのだ。艦砲が火を吹き、目の前の岩塊を割った。

 僚艦からの被害報告と、自艦のダメコン指示が飛び交い、ブリッジはパニックの様相となる。サイモンも声の限りに、命令を出していく。

 

 ザフト艦隊が宙域を離脱していくのを確認し、デブリの影に留まっていたMSがゆっくりと移動を始める。特攻艦の衝突位置から、高速デブリが生じたのはザフト艦隊のいる方向がほとんどであり、フリーダムが交戦していた宙域は静かであった。MA形態に変形した心神の中で、カナデ・アキシノが報告書の草案を考える。

「核エンジンとフリーダムに関しては、予想された通りの性能が出ていない。ただし、機体側の問題ではなくパイロットの問題である可能性が高い、と」

 第一目標であった施設攻撃をほとんど行わず、連合MSとの戦闘を行ったのはパイロットの性癖もしくは情緒不安定性に起因するのだろう。ブルーコスモス製の生体CPUである、まともだとも思えなかった。ドラグーンシステムの使用についても、十分に使いこなせていたとは言いがたい。

 だがフリーダムのカタログスペックが要求するパイロットは、コーディネーターでもそれを満たす事は難しいだろう。少なくとも自分には無理だと断言できる。それにもかかわらず、これ以上に機体の開発に着手しているというのだ。一体誰を乗せるつもりなのだろうか。

 不十分なパイロットであれだけの性能が出せたのである、もし乗りこなすパイロットなどがいれば、それはどんな結果になるのだろうか。

「・・・・・・あぁ、いるのね。パイロットは」

 これはつまり、オリジナルパイロット以外はフリーダムを使いこなせないという証明のために必要とされた戦闘なのだ。カナデは、そこで考えるのを止める。これ以上考えれば、何か不穏なものに触れかねない。

 そうなれば自分の命も危ない。カフネ・イーガンのように自分も関わりすぎた、そう彼女は思う。もしムラサメが一緒に来ていれば、この場で撃墜されていたかもしれない。自分の身の振り方、そして会社の身の振り方を慎重に考えなくては、この得体の知れない『組織』は容易に切り捨てにかかるだろう。

 センサーの反応に機体を振り、スラスターを全開にする。コクピットのモニターには、一機のダガーが心神に目もくれず戦闘の行われていた宙域へと向かって行くのが映っていた。

 

「大尉! アルベール大尉!」

 通じる可能性の低い無線に向かって、メイファは怒鳴り続ける。艦内作業用に搭載されていたダガーを使って捜索に来たのだ。艦隊の方では既に戦死扱いにしようとしているようだが、撤収準備が整うまでの時間は捜索を許可してくれたのだ。

 カメラを何度も切り替え、熱源デブリに何度も舌打ちしながら、真っ暗な宇宙空間に視線を凝らす。小さな爆発光が、一瞬だけセンサーに反応した。

 半壊状態のウィンダムが手にしたスティレットを爆発させたのだ。ダガーのスラスターが強く光った。望遠モニターが捉えた胸の識別マークはアルベール機を示している。

「大尉!!」

 ひしゃげた装甲板をダガーの手がこじ開け、コクピットハッチを手動で開く。暗いコクピットの中で、パイロットスーツが動くのを見た。メイファはそのままコクピットの中に体を飛び込ませた。

「ご無事で、何よりです・・・」

 メイファの涙声に少し驚きながら、アルベールは助かった事に安堵する。信号弾代わりにしたスティレットの残りも二発になっていた。

抱きつかれた格好に困惑しながら、アルベールは掛ける言葉が見つからない。代わりに、無線機がしゃべってくれる。

「リン中尉、俺も名前で呼んで欲しかったな」

 元気そうなカルロスの言葉に、メイファは慌てて非礼を詫びた。

 

 

 

 

 

 

 ゴツゴツと響く音は、デブリが衝突する音だ。トルベン・タイナートが身を寄せている施設は、旧世界樹宙域を抜け出ようとしてる。巨大な核パルスエンジンが時折、思い出したように噴射される。行く先は、月軌道だという話だ。

 施設がザフトなどから狙われている事は想定していたらしく、そのための準備も行われていた。施設を取り巻くように防御用の岩塊を張り巡らせ、さらにその岩塊に自爆装置を取り付けていたのだ。

 艦砲その他の攻撃を受けて、施設が爆発したように見せかけ、なおかつ高速で移動するデブリを大量に作り出すことによって、攻撃を行っていた艦隊をセンサー有効範囲から排除する仕組みである。結果、ザフトと連合の艦隊はそろって宙域を離脱。それを確認した後に、悠々と施設は移動を開始したのだ。

「だが、食えんな・・・・・・」

 上手く行ったから良いようなものの、失敗すればトルベンの命はなかった。一人でさっさと施設を離れた長髪の議員は、この施設が破壊されても仕方ないくらいの考えでいたのだろう。

 おそらく、もう半分の量子コンピューターは、バックアップとして別の場所に集められているのだ。そしてこの施設が無事に脱出できた事を確認した上で、搬入を開始することになっているのだろう。

 地球圏に住む人間の全遺伝情報を蓄積し、社会そのものをシミュレートしようという実験。どうやら純粋に学術的な話ではないようだ。トルベンはただ、ため息を堪える。


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