Blank stories   作:VSBR

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第九部

「寂しかったよぉ、どこ行ってたの?」

「くっつくな、もぅ。ダーウィンに用事があったの」

 べたべたと抱きつくテルシェに閉口しながら、ユウキは自転車を止める。空になったクーラーボックスを事務所に置いて、冷蔵庫に入っていた水をコップに注ぐ。ニヤニヤとそれを眺めているテルシェを睨んだ。

「何?」

「髪、伸ばしてる。長袖と長ズボン、着てる。ちゃんと、コップに入れて飲んでる」

「・・・・・・だから、何よ」

「ユウキって、そんな子だったかなぁって」

 初めて会った時のユウキ・ナンリは男の子だったけど、今目の前にいるユウキ・ナンリは女の子だと、テルシェは茶化すように言う。ユウキが投げ付けた飴玉を受け止めると、包み紙を開いて口に入れた。

「ね、遊び行こうよ」

「仕事は?」

「非番。ちなみに明日は遅番」

 ユウキの返答を聞く前にテルシェは彼女の手を取っていた。彼女を自転車に跨らせ、後輪横のステップを広げる。自転車は二三度蛇行してから、ゆっくりとスピードを上げ始めた。工事の喧騒から遠ざかるように、居住ブロックの方へとハンドルを向ける。

 吹く風が二人の髪を揺らす。ユウキは視線を上に向け、テルシェの言葉に耳を傾ける。

「兵役期間が終わったら一緒に旅行しようよ、地球一周」

「一周?」

「コースは任せて。ばっちり考えてあるから」

 そして生魚は大丈夫かと聞く。ユウキはそれには答えず、自転車の速度を少しだけ緩めた。視線を真っ直ぐ前に向けたまま、テルシェに何かあったのかと聞く。はしゃぎ方に、無理があった。

「・・・・・・別に? どうして?」

「ならいい」

 それ以上は追求しないユウキは、自転車のスピードを上げた。再び風が頬を撫で始める。テルシェは快晴の空を見上げた。

 あの時、バビは推進剤もバッテリーの危険域に入りつつあった。ガンランチャーは失い、突撃銃も一連射分しか残弾が無かった。ウォーレンは、それが分かっていたから戻れと命じたのだ。輸送機の護衛と言ったのは、彼女の性格を考えてであろう。

 だが、バビの状態がそうであるという事は、当然ゲイツも戦闘継続が難しい状態だったはずだ。その上、グゥルは被弾までしていた。

 戦場における個々人の生死の責任は、最終的にその個々人の責任に帰すものだとアカデミーでは教わった。ウォーレンであれば、きっと同じ事を言うだろう。

 だが彼は、わざと死地に飛び込むような無謀なパイロットではない。部下を守るために自らの命を張ったとしても、自ら命を落とす真似はしない人物だ。

 だからこそテルシェは、彼の死に関わっているのではないかと感じてしまう。自分の勝手さ無謀さが、結果として彼の死を招いたのではないか。そう感じてしまう。

 きっと、これが戦争なのだ。明後日、再び宇宙に舞い戻る彼女はそう思う。

 

 

 

 

 

 状況を鑑みれば、新型機の稼動試験などではないことは分かる。だから、ウィンダムばかりが集められた部隊というのは、普通ではない事態が起こっている事を示している。連合各国で試験中だった機体が、かき集められているようだ。数にして三十はあるだろう。ランデブーポイントである低軌道域で、各国の艦が隊伍をそろえつつあった。

「久しぶりだな、中尉・・・・・・少し、化粧が濃いか?」

「セクハラです、アストゥリアス少佐」

 敬礼を返しながらそう言った女性に、カルロスは肩をすくめる。メイファが体を流していく先に視線を送り、もう一度肩をすくめた。

「なるほど、真面目なのがお好みか」

 歯を見せて笑ってみせたカルロスに、アルベールは怪訝な表情を見せる。先ほどのメイファの言葉を聞くからに、彼はユーラシアのエースパイロットなのだろう。だが、アルベールに面識はないはずだ。

 旗艦となった大西洋連邦のアガメムノン級には、各国のパイロットを集まっていた。正式な作戦目標が伝えられるのだ。アルベールはじゃれあっているカナンとミコトを呼び、メイファを伴ってブリーフィングルームに足を向ける。

 艦隊の目標は旧世界樹宙域、作戦目標はユニウス条約違反のNJCを搭載したMSを破壊する事であった。そのMS・フリーダムの映像が映し出されると、ブリーフィングルームの半数から、どよめきのような声が聞こえる。戦中に宇宙を経験した事のあるパイロットは、皆その姿を知っていた。

 敵基地の位置や、フリーダム以外のMS隊の規模など、いくつかの情報が提示されていく中、話に割り込むように手を挙げたものがいる。

「ユーラシア連邦軍イベリア半島防衛軍戦技教導隊のカルロス・アストゥリアスだ。まず肝心な事を教えていただきたい。敵は何者です?」

 ブリーフィングルームの注目を一身に浴びながらカルロスは悠然と、部隊指揮官を見据える。部屋のただならない緊張感に耐えかねるようにカナンが小声で言う。

「ザフト、じゃねぇの?」

「・・・・・・ザフトなら、これは戦争になる」

 ミコトが合っているかと確認するようにアルベールを見た。彼は黙って頷く。もしザフトが条約違反のMSを運用しているのなら、正規の外交ルートを通じて抗議すべきであろう。このような形で軍を動かすという事は、敵はザフトではないという事だ。

「私事で恐縮だが、つい先日このMSと交戦した。ビクトリアでな。8機のウィンダムが一分もたなかった・・・・・・もっとも、それをもってユーラシアが白だと言うつもりもないが」

 司令官が視線を落とした。そしてしばらくの後、確定的な情報ではないと前置きして、敵組織の正体を伝える。怪しげな陰謀論めいた話であるが、それを一笑にふせるほど、今の世界は常識的ではなかった。

 静かになったブリーフィングルームで、再び作戦概要の説明が始められる。

 集まったパイロット達がゾロゾロと部屋を出て行く中、大きく伸びをしたカナンがミコトに聞く。何故破壊なのかと。

「だって、凄いエンジンなんだろ。だったら壊す必要ないじゃん」

「君がそのエンジンを持ち逃げするような真似をしたら、私は容赦なく撃ち落す」

 その冷たい声に肩を震わせたカナンは、ミコトに隠れるようにメイファを見る。困った顔をしたアルベールが、三人に部屋を退出するよう促した。メイファの言う事は、そのまま正しい。

 各国の混成部隊なのは、どこかの国がNJC技術を独占しないよう相互監視させるために他ならないのだ。連携が取れるようで、決して取る事のできない戦闘になるのだろう。アルベールの憂いの瞳は、ようやく椅子から立ち上がったカルロスの姿を捉えていた。

 

 

 

 

 

 地球とプラントを結ぶ直行便など無い。政府関係者なら、ジブラルタルやカーペンタリアからプラントに向かえるのだろうが、そうでない場合は月の中立都市を経由するか大洋州所有の施設を経由するしかない。カフネとグェンは、入国審査が比較的緩やかな前者の経路を使ってプラントを目指していた。

 以前に自分がプラントにやって来たのもこの経路だったと、グェンは窓の外に煌き出した砂時計形コロニーを見ながら言う。カフネとはその時以来、ずっと行動しているが、色々な事がありすぎてあっという間のように感じる。

 そのせいか、隣で寝息を立てている女の子を養女に迎えるという決断に、感慨すら湧かない。世界を左右しかねない情報をその頭の中に持つという女の子が、地球の片田舎で食堂のウェイトレスをやるようになるのだ。

「戦争ってのは、そうやって終わるべきもんだろうに」

 カフネの頭をそっと撫で、グェンは月で受け取った封筒を開ける。ルーファス・リシュレークからのそれは、ビクトリアでの偽装工作が失敗し、二人がプラントに向かった事が露見したと記されていた。さらに、ユーラシアもプラントでは下手な動きが取れないだろうが、カフネはプラントからも狙われている可能性があると指摘している。

 カフネの両親がそうされたように、彼女自身も口封じされようとしているというのだ。核エンジンの技術が流出する事はプラントとしても看過できないのだろう。グェンは奥歯を噛み締める。

 追いかけてくるアルテシアと合流し、今度こそカフネを狙う者達の目を完全に欺かなくてはならない。

 会社の経営権は奪われたが個人資産は十分にあると書き加えてあるルーファスに期待する事にした。あの手の金持ちは、こういうことでもない限り自分の金の使い道がないのだろう。

「ほら起きろ、シートベルト締めるんだ」

 カフネの肩に触れたグェンが言う。プラント入港の時刻となり、客席にシートベルト着用のランプが点った。

 

 

 

 

 

 噂は聞いた事がある、映像も見た事がある。核エンジンの現物として目の前のハンガーにそびえているMSは、その筋では有名なMSだ。カナデ・アキシノは、しばらくの間それを見上げ続けていた。

 ザフトからオーブへと極秘で輸送された核エンジンは、モルゲンレーテの手で修復されているというのが、カナデの手元にある情報だ。モルゲンレーテが発電事業に乗り出すという話は、FUJIYAMA社の重電部門でも入手しておらず、オーブの核エンジンはMSに転用されたとカナデは推測していた。

 すると、目の前にあるMSはオーブから極秘で打ち上げられたものなのか、それともまったくの別物なのか。

「オーブのエンジンは、さる御方の預かりという扱いでね」

 カナデがゆっくりと視線を動かすと、ノーマルスーツでなくパイロットスーツを着た女性が寄って来るのが見える。よほどプロポーションに自信があるのだろう、共同訓練の時もきわどいドレスを着ていたのを思い出す。カナデは何も言わずに、ユイ・タカクラの次の言葉を待つ。自慢話は、聞かない方が色々としゃべってくれるものだ。

「NJCに、いくつもの希少元素が使用されている事は、知っているでしょう?」

 そのうちのいくつかは、アステロイドからの産出が困難であった。それは即ち、プラントはNJCの製造数に限界があるという事である。核ミサイルへの転用が出来なかったのは、NJCを使い捨てられないからだ。

 ユイがプラントで製造可能なNJCの数を言った。二桁に過ぎないその数字を、適当に言ったと考える事はできる。だがカナデは、その数字が正確だと感じた。この女性の自信はハッタリなどではない。

 さらに、彼女のいる組織はその貴重なNJCをオーブに降ろしたエンジン用の一基を含め、複数保有しているという。目の前にあるものは、そのうちの一基だった。核エンジン運用試験のために、MSに積み込んでいるのだ。

「近いうちに必要になるわ」

「必要・・・・・・ですか」

 手元の資料を眺めながら、カナデはつぶやくように言う。自分の会社が関わっているのでなければ、こんなものを信じる気にはなれなかっただろう。彼女は薄ら寒いものを感じた。核エンジン搭載型MS二機に、戦略兵器級の武装モジュールが二機。どれも正規の手段で入手したものではないはずだ。

 ザフトが秘密結社から始まったという話は、つまりこういう事なのだろう。連合の目を盗んで武装化を進めたザフトは、自らの目の届かないところで武装化を進める秘密結社によって潰される運命なのだ。

 まだ何かしゃべっているユイを無視するように、カナデはその場を離れた。自分がただの技術屋を出来るような世界は、まだずっと先だという事だろう。変形状態で係留されている愛機に、汚れ仕事はさせたくないと思う。

 

 

 

 

 

 ステーションに設置された郵便局のドアを出て、天井の電光掲示板を見上げる。船の出航時間が迫っていた。ディルクは床を蹴ってリフトグリップのある壁まで飛ぶ。連合加盟国所有の資源衛星を回る輸送船に偽装した船で、彼は旧世界樹宙域へと向かう。

 インド洋での戦闘をどういうわけか生き延びていたトルベン・タイナートを再び追いかけるのだ。彼の持つ「ジョージ・グレンのレシピ」なるものは、コーディネーターの存在基盤そのものを否定せしめると、幹部連中は言っていた。

 そんなものがなければコーディネーターを否定できないのであれば、ブルーコスモスも終わりであろう。ディルクは、ただ乾いた思いを持つだけである。

「青き清浄なる世界・・・・・・か」

 ステーションの窓から見える地球は、その言葉通りのように見える。だがその姿は、人が生まれる前からそうであり、人が滅んだ後もそうであろう。その言葉は厳然たる事実であり、それ以上の意味は持たない言葉だ。

 いつ頃からだろうか、こんな乾いた思いを抱くようになったのは。最近になって、急にそんな事を感じるようになった。コーディネーターやプラント、そして自分自身の出自に対する憎しみに虚しさのようなものを感じるようになっていた。リフトグリップを離し、搭乗ゲートをくぐる。

 船の乗組員は既に準備を整えており、時間通りに出発できるようになっていた。搬入されたばかりの積荷についての資料を受け取る。

「IWSPか。ウィンダムとのマッチングは?」

「大西洋軍の純正品だ、問題ない」

 ダガーとノワールストライカーの組み合わせよりは期待が持てそうである。それでも、整備員が言うようなパワーエクステンダーによって稼働時間が他のMSの1.5倍になるという話には信用を置かないことにする。

 せめて慣熟運転くらいはしておきたいと思うが、それが出来る場があるかどうか。船長にその旨を伝えておくと、とりあえずはシミュレーションを繰り返す事にする。生きて帰るのならば、わずかであっても出来る事をしなくてはならない。

 

 

 

 

 

「納得のいく説明をしていただきたい」

 姿勢を正したサイモンは、あくまでも穏やかな声ではっきりと言った。命令を忠実に実行するのが良き軍人だというのならば、今は不良軍人で構わないと思う。カーペンタリアではトルベン・タイナートを宇宙に脱出させるという命令を受けた彼が、宇宙に上がった途端、トルベン追撃の任務を命じられたのだ。

 完全に矛盾した命令に、彼の忍耐も限界を迎えていた。遊びでやっているのではない、実際に部下は失われているのだ。サイモンの眉間の皺がこれ以上深くならないほどになった頃、ようやく司令官が口を開いた。

 プラント内部における、議長派とクライン派の対立がその原因なのだという。

アイリーン・カナーバのクーデター政権を引き継ぐ形となった現議長は、前政権と同様に連合との緊張緩和や地球における現地勢力との関係強化など、現実主義的な政策を推し進めている。

 一方、かつてのオーブ亡命政権や地球の宗教指導者との関係が強かったクライン派は、その現実主義的路線に批判的であり、指導者たる人物がプラントに不在である事から原理主義的性向を見せ始めていた。ザフトはこの二つの勢力に分裂しているのだ。

「その科学者の研究は、クライン派にとっては都合の悪いものらしい」

 議長派の多い地球ではトルベンを逃がす任務が与えられ、クライン派の多い宇宙では逆の任務が与えられるのは、それが理由であった。サイモンは、姿勢も表情も変えずに司令官を見据える。

 司令官は確かに理由を語った。だがそれは納得のいくものではない。プラント内部でコーディネーター同士が対立してどうするというのか。そんなサイモンの言葉に、司令官は「ヤキンの時からそうだった」と自嘲した。ミーティアに破壊された僚艦の姿を思い出し、サイモンは口をつぐんだ。

 断ってくれて構わないという司令官の言葉に聞こえないふりをして、サイモンは司令官の前を辞した。ローラシア級3隻、ナスカ級1隻からなる艦隊は、今のザフトで考えれば決して小さくはない。艦載機は新型のゲイツRのみであり、力の入りようが分かるというものだ。

 

「問題は、パイロットだな・・・・・・」

 ザフトの制服を着崩したオイレン・クーエンスが、デッキを眺めながら愉快そうに言う。首尾よくザフトに潜り込んだ彼は、早速の仕事に浮き立つ心を抑えられないでいた。新型機で編成された部隊だ、パイロットにもそこそこの人間を持ってくるだろう。そして自分は、そんな連中をぶっちぎるのだ。彼は堪えきれずに笑う。

 整備員のノーマルスーツに他に、パイロットスーツがデッキを行き交っている。めいめいに自分の機体に取り付いていく姿を、オイレンは期待をこめて冷ややかに見る。ルーキーっぽいのも何人か混ざっていたが、面構えはそれほど悪くなかった。少なくとも数度の実戦は経験してきている顔だ。

 出港時間が決まり、デッキでは各パイロットが最終調整に入っていた。その中の一人、テルシェ・ミンターの目はコクピット内を走る事無く、そこにある全ての計器を読み取っている。

 彼女がこの部隊に志願したのは、その追撃対象が因縁深い相手だったからだ。仇討ちのようなアナクロな事を考えているのではないしそもそも筋違いだが、この機会をみすみす逃す事は彼女には考えられなかった。

 ゲイツRのモノアイが強く光る。

 

 

 

 

 

 文字通りの連合艦隊であるため、通信や信号弾の統一、指揮系統の確立、文書類の書式のすり合わせまで、打ち合わせは多岐に渡った。これは、今後の対プラント戦争を見据えた、連合軍の運用試験という側面も持つのだろう。一服のコーヒーをすすりながら、カルロスは大きく伸びをした。

 自分の年齢を考えれば、パイロットを出来るのもこれが最後になるかもしれない。そうなれば、あとはこういう書類仕事をしなくてはならなくなる。退役してもらえる僅かな金では、家族を養うだけの畑は買えそうにない。

「結婚もせにゃならんしな・・・・・・そう思うだろう、ラビ」

 カップを返しに食堂に来たアルベールは、いきなり話しかけられて面食らう。眼鏡の奥で子供のように目を細めるカルロスの顔に、確か自分より年上だったはずだと思う。どう対応していいか分からず、困惑の表情を浮かべたままのアルベールに、カルロスは真剣な顔で言った。

「リン中尉のような女性を見事撃墜されるラビには、ぜひともその秘訣を教えていただかねば」

「・・・・・・申し訳ないが」

アルベールは薬指を見せた。カルロスはさらに居住まいを正す

「既婚者は即ち、人生における上官であります」

 これにはアルベールも吹き出さずにはいられなかった。カルロスは立ち上がり握手を求める。そして周囲を見渡して、食堂から出るように促した。本題なのだろうと、アルベールは気を引き締める。

 MSデッキの脇にあるパイロット用の控え室で、カルロスはアルベールに向き合った。アルベールは聞く。

「私に、何か?」

「いや、何ってわけじゃない。あのデカブツをやったのがラビだって話を聞いたものでな」

 今回集められたパイロットの中で、一番信頼の置けそうな人物とは、個人的にも繋がりを持っておいた方がいい、それがカルロスの考えだった。通信の利かないMSでの戦闘で、とっさの時に誰を頼って誰のために動くか。命令やルールで、体は動いてくれないものだ。

 少なくとも、今から自分達が相手にしようとするものは、あの巨大MSよりはるかに強い。だからこそ、優れたパイロットとの関係は重要になってくる。

「フリーダム、それほどの性能ですか?」

「初見だから手が出なかった。そう思いたいがね」

 ジブラルタル奪還の功労者とまで言われるパイロットの言葉である、誇張はないであろう。アルベールは、軽く唇を噛む。カルロスは胸のポケットに手を突っ込んで、小さな板を取り出した。

 ビクトリアでの交戦データ。僅か数十秒のデータであるが、ユーラシア軍が公開していないものだ。それを受け取ったアルベールは、カルロスに無言を送る。下手をすれば罪に問われかねない行為だ。

「そういうレベルの敵じゃなかったって事さ。リン中尉や、お子様二人にも見せてやってくれ」

 本当なら大々的に配りたいところだが、そうすれば自分が出撃できなくなるとカルロスは笑う。頭を下げようとするアルベールの肩を叩き、カルロスはその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 彼女の手の中にある小さな箱の中には、カフネの両親の遺髪が入っている。プラントでは、遺体は高度循環処理が行われるため遺骨のような物は残らない。その軽さを見つめる沈痛な表情に、グェンは掛ける言葉を探す事をしない。

 設計事務所と住居の整理をして、わずかな遺品を地球に送る手続きを終えた頃、アルテシアがプラントに入った。ビクトリアでの隠蔽作戦が失敗したため、次の作戦を携えている。ルーファスが用意した様々な装備品をともに受け取り、グェンとアルテシアは最後の打ち合わせを行う。

「パリの方は、こちちらに手を出せない状況です。ですがそれとは別に、全く異なる組織も動いています」

「カフネの親をやった連中か?」

「はい。ビクトリアでの作戦に介入してきたのも、その組織です」

 グェンは核エンジンの技術漏洩を嫌うプラント当局の差し金かと思っていたが、どうやら全く別の組織のようだ。プラントでも地球でも自由に活動できる組織、ある意味各国の政府当局よりもたちが悪い相手だった。

「だが、それだと若社長には関わりのない話にならんか? 彼を蹴落としたのはパリの連中だろう?」

「これはカフネさんに対する我々の責任です」

 感心したという表情のグェンに、彼はそういう人ですとアルテシアがつぶやくように言う。今は、ビジネスマンである事を優先しなくてもいいのだから。

 二人の間の事に口を挟むのは野暮と、グェンは用意された装備の確認をする。宇宙での活動は危険性が格段に上がる。それだけに、装備のチェックは念入りに行う必要があった。

 しかし、これだけのものを個人資産でどうにかできるという事に、笑いすら出てこない。レストランの開店資金に頭を悩ませる自分のような庶民とは、別次元の世界に住んでいるのだろう。

「MSの価格は大幅に下落しているんです、ジャンク屋を野放しにしているから」

 そんな考えを読んだのか、アルテシアが解説を入れた。デブリ回収業者による放置軍資産の横領や横流しが横行しており、その影響で中古MS市場という兵器のリサイクルマーケットが生じているのだ。コズミック・イラは、金さえ出せば個人で大型兵器を所有できる時代である。

 つい半年ほど前まで自分が連合の最新鋭兵器として乗っていた機体が、値引きの札を貼られて売りに出されているのかと思うと、世も末だと感じる。そんな世界だから、少女を追い掛け回して平然としていられるのだ。

 心配そうな表情のカフネが顔を出した。グェンは歯を見せて笑う。子供が味わうべきではない苦労を散々味わってきた彼女に、今度こそ子供が味わうべき世界を提供してみせなくては大人として情けない。

 手荷物の確認をさせて出発の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 かつて世界樹と呼ばれたプラント群のあった宙域は、現在デブリベルトとなって月と地球の間に横たわっている。前大戦時に、ザフトと連合が初の大規模艦隊戦を行った場所であり、そこにあったプラントの多くは破壊され無残な姿のまま漂っている。

 構造物の残骸など比較的大きなデブリが多く艦船による航行が難しい場所であり、ユニウス条約でも抜本的な対策が講じられる事無く、放置されている。海賊などの武装勢力の格好の隠れ家と目されているため警戒はされているのだが、それも外縁部を偵察艦が定期的に回っている程度であった。

 その旧世界樹宙域の最奥部の『施設』にトルベン・タイナートは降り立つ。流石の彼も、こんな場所にこんな施設が建造されているとは思いもよらなかった。思う存分研究が出来ると考えるより、その背後関係の不気味さに身震いする思いだ。

「量子コンピューター・・・・・・どれだけの数です」

「まだ半数が搬入されただけです」

 案内をする人間が何事もないような口調で言う。プラントの新政策の要となるべきこの施設はまだ建造途中であり、その内部もまだ完成には至っていないという。見渡す限り量子コンピューターの躯体で埋められた部屋を眺めながら、これを何に使うのかがいまいち分からない。

 ジョージ・グレンのレシピと何らかの関わりを持つ物なのか、それとも全く別の研究のために自分が呼ばれたのか。施設の奥にある部屋に通され、施設の責任者と会った。世情に疎い自分でも、その長髪の政治家の事は知っている。そう言えば、彼の専門も自分と同じような研究だった。

「タイナート博士、色々とご苦労なされたとお聞きしました」

「その点に関しては、プラントに言いたい事もたくさんあります」

 丁寧だが自信に満ちた物腰の男性にそう言うと、トルベンはソファーに腰をかける。

 ジョージ・グレンのレシピとそれに関わる研究。ブルーコスモスが有していたという噂のそれをトルベンに託した最初のクライアントは、プラント内の組織を名乗りながらプラントから追われる身でもあった。しかも研究の途中でクライアントは方針を変更し、トルベンの命を狙う側に回った。

 ザフトにもトルベンを追う者とそれを保護する者がおり、彼も状況を正確に把握できているわけではなかった。目の前の男は、プラントを統括する者としてその不手際を詫びた。同時に、プラントの各勢力を十分に掌握できていない事を率直に認める。

「博士にデータを渡した組織、彼らが欲していたのは最高のコーディネーターの正確な能力です」

 ジョージ・グレンの遺伝情報と彼の能力の相関関係から、最高のコーディネーターと呼ばれる存在が発揮しうる最大限の能力を把握しようというのが目的であった。そのデータはおそらく、新型MSへとフィードバックされるのだろう。

「私は博士に、ジョージ・グレンの遺伝情報とその業績の関係性を調べていただいた」

 遺伝情報と社会的業績の間に存在するある種の相関関係をもとに、職業などの適正を判定する事が可能な場合もありうる。確かにトルベンはそういう結論を出していた。だが彼はつまらなさそうに言う。

「どっちも発現畑の領域だ」

 ゲノム畑の自分には、本来興味のない分野だと。トルベンが探す物は極論を言えば人ではなく遺伝子であり、彼が求める物は極論を言えば世界ではなく神である。コーディネーターという人の作った遺伝情報、ナチュラルという自然に作られた遺伝情報、それらに隠されている「神の設計図」を見つけ出すのが彼の研究分野だ。

 男は、それは十分に承知していると言う。さらに、その研究に全面的な協力をするとも言った。もちろん、施設の本格的な稼動に向けた協力を行ってくれるのであればという条件付きであるが。

 トルベンは出された紅茶に口を付ける。目の前の男の権限を考えれば、身の安全はとりあえず保障されるはずだ。あの大量の量子コンピューターを使用できるというのも魅力的であった。

 だが、あれだけ危険な目に遭ってくれば、警戒心というのはどうしても強くなる。近いうちに返答するとだけ言って、トルベンは部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 計画は順調に推移している。これも組織の力の一端といったところだろう。ユイ・タカクラはパイロットスーツの気密を確認し、MSデッキに飛び出す。

 トルベン・タイナートが宇宙に向かうタイミングで連合の部隊をけしかけたのは、その足取りを追うためである。ザフトが使用する秘匿航路を使用されれば追う事は難しいが、宇宙への打ち上げを優先せざるを得ない状況を作り出せば、追跡は容易になる。彼の行き先が、組織が全力を挙げてその行方を追っている『施設』である事は予測済みであった。

 その『施設』の場所を特定する事に成功し、その情報をトルベン・タイナートの生存と共に情報をプラントへリークしたのは、『施設』破壊の手駒としてザフトを使うためである。同時に、核エンジンの偽情報を連合に流し、連合の追跡部隊も『施設』へと向かわせた。

「核に関しては100%ウソではないものね」

 いくばくかの守備隊はいるだろうが、ザフトと連合の双方に攻撃目標として定められれば、持つはずもあるまい。念のために、フリーダムもそちらに向かわせる事としている。

 もう一つの懸案事項だった核エンジンに関しても目途が立った。連合には核エンジンの安定起動に必要な技術は渡っておらず、プラントでも組織への技術者引き抜きはあらかた終わり、引き抜きに応じない人間の処理は数名の逃亡者を除けば完了している。これで核エンジンに関する技術は、組織とそれに協力する企業が独占する事になる。

 彼女はこれから、数名の逃亡者の一人、カフネ・イーガンの追撃任務に移る。組織より早く別の勢力が接触していたため、なかなか手が出せなかったのだ。だが少し情報を漏らしただけで、ノコノコとプラントまで出てきた。

「気持ち良いくらいに計算通り・・・・・・か」

 ユイの乗るオーブ宇宙軍の軍艦は、ジャンク屋の母船のような外見に偽装して、コペルニクスを出港していた。コペルニクスの中立など題目に過ぎず、月におけるオーブ宇宙軍の母港というのが実態であった。

 本国に比べて大西洋の監視が緩いため、アスハ派などの反政府勢力の拠点ともなっている。当然、組織がそのバックアップを行っていた。オーブ軍を使用できるのも、そういう繋がりがあるからだ。

 艦はカフネ・イーガンを始末した後、その足で旧世界樹宙域に向かう予定である。

 ブリッジから回されてきたデータをコクピットに映し出しながら、発進のタイミングを計る。艦の望遠カメラが捉えたのは中古の輸送船。現在カフネ・イーガンの援助を行っているのはユーラシアの元企業家らしい。おそらくは、あれも個人名義の船なのだろう。

 カタパルトのシグナルにグリーンが点った。ユイが力を込めようとした時、アラームが鳴る。輸送艦以外に複数の熱紋が確認されたのだ。

「ま、これくらいのアクシデントがないと、気持ち悪いものね」

 ユイはブリッジに連絡して発進手順を再開させる。熱紋の正体がザフトであれ連合であれ、カフネ・イーガンが保護されるような事になっては厄介だ。宇宙用に換装されたムラサメが、航空機形態で艦を飛び立つ。

 

 輸送船が発光信号を出しながら、近づいてくるナスカ級との距離を縮めていく。

 ザフト艦隊は旧世界樹宙域に向かう途中で連合船籍の艦を見つけたためその船に停止を命じたのだが、素直に従うところを見ると犯罪者の類ではないのだろう。サイモン・メイフィールドは、輸送船の検査を一隻のナスカ級に任せて艦隊を進めさせた。ナスカ級の足であれば、ローラシア級が先行しても追いつけるはずだ。

「航行システムの故障かなんかみたいだな」

 警戒のために発進したゲイツRの中で、雑音交じりにブリッジからの声を聞く。そんなものかと思いながらモニターに視線を戻したテルシェは、一瞬だけ何かが光るのを見た。とっさに警戒の信号弾を打ち上げる。

 見えた光が走った方向に、レールガンの弾種を散弾切り替えて発射した。閃いた光はミサイルの爆発。輸送艦が囮である可能性が生じ、ナスカ級が高速で後退を始める。同時に他の艦載機の発進も行われた。

 四機のゲイツRが輸送艦を取り囲むが、直上からのビームで輸送船が揺れる。ゲイツのセンサーが捉えるのは正体不明の航空機。

「MS!?」

 ビームを放った航空機が人型に変形するのと、輸送船から黒いウィンダムの姿が現れるのは同時であった。一瞬にして敵味方の識別が不可能になる。それでも散開して攻撃に備えようとしたゲイツRの中の一機が、ビームの奔流に飲み込まれた。そのビームは、輸送船に止めを刺そうとしたムラサメの足も止める。

「あれは間違いなく連合機です!!」

 テルシェは通信機に怒鳴りながらビームライフルを連射する。巨大な鋏付きの腕をつけた異形のMAがスラスター炎を盛大に光らせながら突っ込んでくるのが見えた。

 

 ガルム・ガーのコクピットの中では、カナンの視線がスコープの中をめまぐるしく動いている。ムラサメを狙おうとしたのだが、あの黒く塗られた機体には見覚えがあるような気がした。IWSPを装備しているが、味方という雰囲気ではない。だがミコトが機体を振るのと同時に、ターゲットをムラサメに戻す。

 二人は宇宙での慣熟飛行を兼ねた偵察任務中に、ムラサメの姿を発見し攻撃を仕掛けたのだ。これまでの事から、ムラサメが敵対勢力である事は間違いない。

 リニアガンを乱射させながら、カナンは反撃を始めたゲイツRの動きにも視線を飛ばす。それに連動して近接機関砲が作動し、陽電子リフレクターはビームライフルを弾いていく。

「ラビには怒られるな」

「カナンは巻き込まれただけだ。これは私の独断に過ぎない」

「いいって、一緒に怒られてやるよ」

 ガルム・ガーから伸びる二条のビームをムラサメがすり抜ける。そのまま変形してスラスターの向きを変え、強引に制動をかけてゲイツRのレールガンを避ける。激しく動くモニターの中に、ユイはじっとたたずむウィンダムの姿を見つけた。

 カフネ・イーガンの護衛にMSがいるとの情報はあったが、まさかウィンダムとは想定外だ。輸送船を守るように、その甲板の上で周囲の機体全てに殺気を放っているかのようだ。

 ゲイツRが周囲で戦闘を行っているためナスカ級からの艦砲射撃はなく、このまま輸送船を射程距離圏外まで移動させればいいと考えているのだろう。ユイはロケット弾をガルム・ガーの陽電子リフレクターに命中させて煙幕代わりとする。変形したムラサメが、周囲のゲイツRを振り切ってウィンダムに肉薄した。

 

「・・・・・・黒幕か」

 ムラサメのビームサーベルをビームサーベルで受け止めさせ、ディルクは呻くように言った。連合とプラントの背後で、何らかの意図が働いているような動きがある事はブルーコスモスも掴んでいた。それが何者かは分からないが、連合でもザフトでもブルーコスモスでもない勢力がこの場にいるのならば、それが背後に見え隠れしていた何者かであろう。

 航行プログラムの不備という通信をあっさり信じたザフト艦は、輸送船の正体を知らず偶然発見したに過ぎないのであろう。だがこのMSは撃沈を狙って攻撃してきた。つまりこちらの正体を知っているこという事だ。再度突撃してくるムラサメに、ウィンダムのレールガンが咆哮した。掲げたシールドは、ゲイツRのビームを弾く。

 周囲の機体は全て敵であろう。だからまず、明確に自分を狙ってくる敵を把握する。対艦刀をムラサメのシールドに叩きつけるようにして弾き飛ばし、返す刀がミサイルを斬り払った。MAの注意が自分に向かってこないのは好都合だ。

 

「速くたって!!」

 テルシェの声とともにゲイツRのビームがガルム・ガーに殺到した。同時に、変形制動を繰り返すムラサメに機体を肉薄させて、シールドからサーベルを伸ばす。振り上げたサーベルは空振りになるものの、僚機の牽制射撃に回避コースを奪われたムラサメに対して、さらに踏み込んでビームサーベルを振るう。

 ビームサーベル同士の接触が派手な光を生み、怯んだゲイツRの胴体にムラサメが脚をぶつける。歯を食いしばって衝撃に耐えてレバーを操作し、突進してきたガルム・ガーをギリギリでやり過ごす。すれ違い様の近接機関砲が、激しくシールドを揺らした。

 視界の隅をよぎった黒いウィンダムにレールガンを放つが、易々と回避される。その向こうに見える輸送船を狙ってみたが、きっちりとシールドで弾き返された。

 ディルクはゲイツRの動きに舌打ちをする。何とか切り抜けられそうだと思ったが、やはり戦場に甘い見通しは存在できないようだ。それでも、ムラサメの動きが拘束されているうちに、輸送船を少しでも離しておきたい。

 

「いいわ、まずはこの運命の糸に決着をつけましょう!」

「んな糸、俺が切ってやるよ!」

 カナンの声とともに、ガルム・ガーのクローが鋏状に展開される。赤熱化したそれは、ムラサメを狙って繰り出された。機体をひねるようにして鋏をよけたムラサメがライフルを構えるが、背面部に展開された陽電子リフレクターに無駄弾を撃たない。カナンは距離を取ろうとするムラサメをビームで狙い撃ち、隙を窺おうとするゲイツRには牽制のレールガンを乱射しておく。

 航空機形態で突っ込んできたムラサメは、発射されたガルム・ガーの両腕をかわすと速度を緩める事無く迫ってくる。変形と同時にビームサーベルが伸ばされた。

 スラスター位置の変化に伴う急制動で、ガルム・ガーの腹部にもぐりこむような形に持ち込む。近接機関砲の死角を見極めた上での動きだ。だが次の瞬間のユイの表情は、歓喜でなく驚愕だった。

 ガルム・ガーは機体を反転させ裏返しになるような動きで、陽電子リフレクターが展開する背面部をムラサメの正面に持って来た。強引この上ない動きだ。さらに、打ち出された腕が戻ってきた。ガルム・ガーの両腕は、有線ガンバレルと同じ要領で動かせる。

 機体制御と火器管制が分かれているため、空間認識能力のようなものが無くとも、操作は出来るのだ。ミコトの激しい操縦に歯を食いしばりながら、カナンが攻撃を繰り出す。

「あなたはその子の半身しか愛せないでしょ!」

「ミコトの体目当てで偉そうな事抜かすな!!」

 機体が交錯するたびに無線は明瞭になり、そこで幾度と無く言葉が交錯する。

「何故、あなたは自分の半身を否定するの!?」

「否定などしていない!」

「なら、どうして私に拘る? 私を怖がる?」

「気持ち悪いからだよ!」

「男が口を挟むな!!」

 ムラサメの動きが一瞬だけ単調になった。カナンはそれを見逃さずに照準を付ける。だが機体の揺れとともに攻撃は外れる。ゲイツRの攻撃がガルム・ガーの機体を揺さぶったのだ。

 

 それを見て、ディルクはウィンダムのスラスターを開く。ゲイツRがガルム・ガーへの攻撃を再開すれば、ムラサメはこちらに向かうだろう。輸送船に近づかれる前に抑える。位置を知らせるように、レールガンとビームライフルを乱射した。

 案の上突進してきたムラサメを単装砲で牽制し、対艦刀とビームサーベルを構えて迎え撃つ。ビームサーベルが交錯し、対艦刀がシールドに衝突する。その衝撃を全身で受け止めながら一気に押し込もうとするが、ビームとレールガンの奔流にウィンダムは機体を翻さざるを得ない。ガルム・ガーが、他のゲイツRを引き連れるように突っ込んできたのだ。追いすがる三機のゲイツRから、盛んに火線が伸びる。

 

「私達はお呼びじゃないっての!?」

 テルシェは声を荒げてロケット弾を発射する。旋回するムラサメをレールガンで狙い撃ち、ガルム・ガーにはビームサーベルで斬りかかる。陽電子リフレクターに斬撃は弾かれるが、背後に回りこもうとしたガルム・ガーの腕はちゃんと見えていた。ビームライフルがそれを一発で撃ち抜く。

 僚機がウィンダムの攻撃でシールドを吹き飛ばされるのを見て援護射撃を入れ、突進してくるムラサメに散弾の壁を作った。変形してシールドを掲げたムラサメに、ゲイツRを接近させる。ゲイツRの振るったビームサーベルは、ムラサメのシールドのビームコーティングを一気に剥ぎ取る。

 二機もろとも吹き飛ばそうとするガルム・ガーの腕の動きに、テルシェは軽く舌打ちをして機体を反転させた。腕を伸ばしている分、ガルム・ガー本体の防備は薄くなっている。

 陽電子リフレクターに攻撃を弾かれ続けている僚機の脇をすり抜けた。味方の攻撃がガルム・ガーの向きを固定している隙に、その腹部に回り込むのだ。グレネードをウィンダムに放って牽制としてスラスターを全開にする。

「!?」

 テルシェは女の子と目を合わせてしまった。正確には、ガルム・ガーの機体に描かれた女の子の絵と目が合ってしまったのだ。彼女の動体視力だからこそ、その絵を、その絵の目を捉えてしまったのかもしれない。

 しかしそれは、テルシェの集中力に空白をもたらした。次に彼女が見た物は、モニターを覆うほどに接近した黒いウィンダム。

 対艦刀がゲイツRの装甲を捻じ曲げ、押し切っていく。ウィンダムが腕を振り切ると、ゲイツRはその無残な切断面を晒すように両断されていた。軽く身構えたウィンダムの目の前でゲイツRは爆発する。

 

 その爆光を背景に、ガルム・ガーとムラサメが最後の突進を敢行する。どちらもこれ以上の交戦は不可能だ。

「あなたは自分をどちらでもない者だと思っているのでしょう!!」

「私は!!」

「でもね・・・・・・私達はどちらでもある者なのよ!」

「っ!」

「だから、どちらか一方なんかでは満足できない! 男も女も、私達の片方しか満足させられないわ!!」

 一本になった腕から、ビームとレールガンが交互に発射される。機体を僅かに揺するだけでそれをかわすムラサメが、速度を減じる事無く近づいてくる。

「初めてなのよ!! 私と同じ、どちらでもある者を見つけたのは!! あなたなら私を満たしてくれる! 私ならあなたを・・・・・・」

「嬉しそうにエロトークしてんじゃねぇよ!!」

「男が! 黙れ!!」

「ミコトとベロチューした事がある時点で、俺の勝ちは確定してるんだよ!!」

「カナン!! 今、言う事かそれ!?」

「今でなくっていつ言うよ!!」

 ムラサメのスラスターが全開にされた。カナンはタイミングを計って、ガルム・ガーの腕を発射する。ムラサメが変形を開始する瞬間を狙った。赤熱化した鋏がムラサメを掴んだように見えるが、握り潰したのはシールドのみ。

 ムラサメがビームサーベルを突き出したのは、陽電子リフレクターの基部。バリアを失いむき出しになったガルム・ガーの装甲に、ムラサメはグレネードを押し付けた。内部が露出するほどに装甲が抉れ、ガルム・ガーはコントロールを失う。

「さよな・・・・・・」

 ユイの言葉が終わる前に、ムラサメは激しい衝撃に機体を吹き飛ばされる。戻ってきたガルム・ガーの腕が、今まさに止めを刺そうとビームサーベルを構えたムラサメに衝突したのだ。

 それを見届けたかのようにウィンダムはスラスターを吹かして交戦宙域を離脱する。ナスカ級からも撤退の信号弾が打ち上げられていた。

 

 

 

 

 

 機体そのものをひどく歪めたままの姿で戻ってきたムラサメから、パイロットが運び出される。重傷を負っているようだ。艦内はそれなりの騒ぎになっているようだが、見舞いに行くような義理をカナデは持っていない。

 結局、この艦にもたらされた情報は偽の情報だったようだ。つい先ほど、別の部隊からカフネ・イーガンの捕捉及びその殺害の報が届けられた。偽情報でこちらの目をくらませている間に、地球に逃げるつもりだったようだ。カナデは、砂糖を入れてもなお苦いコーヒーをすする。

「ちゃんと、うちで保護できていれば」

 あの子も死なないで済んだのに、そう思わざるを得ない。もちろん、FUJIYAMA社が欲得づくで彼女を利用する事は確実だろうが、それとて死ぬよりはるかにマシな事であろう。

 戦争はその形ばかりが終わり、肝心の平和は一向にやってこない。そして犠牲者の数が、こうしてただ増えていくだけなのだ。その数の中に自分が入ってしまう可能性も、十分すぎるほどにある。

 MS開発に携わるものとしてはウェットな反応であろうか、そう思いながら彼女は一人コーヒーのカップを傾ける。


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