Blank stories   作:VSBR

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第八部

 エイプリルフールクライシスによる死者数の正確な統計など存在しない。把握できるレベルではないという技術的な話とは別に、それによる対プラント感情の悪化をこれ以上進めたくないという政治的な理由もあった。プラントに対する徹底的な報復を求める世論は根強い。

 NJによって核分裂を利用したエネルギー利用が出来なくなった地球では、深刻なエネルギー不足に陥った。資源衛星で使用される高効率太陽電池は、太陽からの紫外線やエックス線、ガンマ線といった放射線までも電気に変換することで効率を高めており、大気圏内では効率が極端に低下するため十分な電力の供給源とはなり得ない。そこで、宇宙艦船等で利用されている核融合炉を地上での電力供給に転用する事が行われた。

 ヘリウム3を燃料とする核融合炉はNJ下でも使用できるが、そのヘリウム3は現状月表面でしか採取できない。そのため燃料輸送に多額のコストがかかり、それまでは省みられてこなかったのだ。戦時下では採算を完全に度外視した上で、核融合炉による電力供給を行っていた。

 月の表側の拠点を失った連合は、ヘリウム3の供給体制に深刻な打撃を受けており、再びエネルギー不足に陥りかねない状況にあった。十数億と言われる犠牲者を出しながら、プラントに降伏を迫る事が出来なかったのは、そういった理由もあったのだ。プラントの殲滅より、明日の電気の方がはるかに重要である。

 そのため連合はユニウス条約の遵守を各国に通達しており、それぞれの国で国内法制の整備が進んでいた。NJCを利用した核エンジンの存在は、ユニウス条約の崩壊に繋がりかねない。

「事が露見する前に手を打つ・・・・・・」

 東アジア艦隊が巨大MSを撃破したのは、連合のそういった考えに基づくものなのであろう。輸送船に引き上げられた様々な残骸を検分しながら、ユイ・タカクラはつぶやいた。ブレイカーと呼称されていた巨大MSは、爆発によってその残骸が広範囲に散らばっている。

 しかしその核エンジンは未完成品であり、今回の回収対象ではない。完成品は、すでにカーペンタリアから運び込まれている。NJCを単に弾頭として使用する技術なら、ブルーコスモスも有していた。そこから連合各国に情報は流出しているだろう。実際にはユニウス条約など、締結した時から形骸化しているのだ。作業員の呼び声に、足を向けた。

 原型のよく分からない残骸が多い中、その部品だけは形が残っていた。専用の電源も付いており、機能も死んでいない事が分かる。作業員が外側の作業パネルをいじる。しばらくして、部品の上面がハッチのように開いた。

「これね、生体CPUってやつは」

 ユイの視線の先には、若い男性らしきものがいる。らしきとしたのは、体のあちこちから直接コードが延びている姿だからだ。人の形を模した機械に見えなくも無い。ひょっとしたら、眠っているのではなく機能を停止しているのかもしれない。

 今回の回収対象であるノーリッチ・シュナウザー。ブルーコスモスの強化兵士である。ユイは喉の奥で笑った。腰の拳銃に手を触れさせる。この場でこの不気味なものを破壊しても、咎める者はいないだろう。

 彼女は残酷な笑みを浮かべたまま、作業員にノーリッチ・シュナウザーの輸送を指示した。ブルーコスモスには、それに相応しい死に方を与えなくてはならない。慈悲など、一片たりも必要ないのだ。

 いい気味だわ、そう言ってユイはデッキを後にする。船は一路オーブへと向かった。

 

 

 

 

 

 それを言われた時、何度目の荷造りだろうかと思った。いっその事ここで行方をくらませて実家に帰ろうかとも思った。ただ命を狙われている可能性があるため、実行に移す気になれないだけだ。

 コトハ・キラサギが向ける非難めいた視線を意に介さず、トルベン・タイナートは詳しい日取りを追って知らせると言った。再びここから移動するというのだ。

「詳しい話、聞かせてもらえません? そろそろ」

「・・・・・・?」

「艦長さんも言ってましたよ、敵も味方も分からないのは耐え難いって」

トルベンが組んでいた腕をキーボードへと伸ばす。二三の操作で、壁面に映像が映し出された。彼がクライアントから受けた仕事の中間報告である。ジョージ・グレンが残した業績と、その遺伝子の相関関係を示すものであった。

 いくつかの限定的な条件を付ければ、遺伝子とその業績の間に強い相関関係が認められる可能性が見えてきた、そうトルベンは言う。この事から、遺伝子適性に基づく職業統制のような制度も、不可能ではないという結論を出し得ると、報告書には書いていた。

分かるかという視線を向けられたコトハは、分からなくてもいいから続けろと視線を返す。

「で、この報告書はどうもクライアントには不評でして」

「? 待って下さい・・・・・・じゃ今度逃げるのは、雇い主からですか?」

「ええ。まぁ、捨てる神あれば拾う神ありでして」

 次のクライアントは既に決まっているとトルベンは言った。この報告書を評価してくれる者もいるという事だ。彼にとっては、科学的に蓋然性の高い一つの仮説を支持しているに過ぎないが、どうもこの手の分野は政治色を帯びやすい。接触してきた次のクライアントが、今のクライアントの危険性を知らせてくれたのだ。

 

 詳しい話を聞いたら余計に訳が分からなくなったと、コトハが天井を仰いだ。映像を切ったトルベンに、何が問題なのかを聞く。

「だってプラントって、被選挙権は遺伝子適性のある人間にしかないんですよ。それに結婚相手まで決められてるんやないですか」

 今さら仕事を遺伝子適性に基づいて決められる事のどこに問題があるのだろうか。所得格差云々は、社会保障制度でカバーするだけであろう。プラントの少ない人口では、市場による最適な人的資源の配分が達成されるのを待つ余裕が無いのだろう。恋愛結婚を制度的に否定できる人々が、今さら職業選択の自由を掲げるというのはどうにも一貫性の無い主張だ。

 保守的というか反動的な家風で育ったコトハにとって、「自由」が家という束縛からの自由だった頃は確かにある。憧れの先輩と駆け落ちして、どこか遠くの港町でひっそり暮らす三文小説に夢中になっていた頃もあった。

 だが自分自身の遺伝子を含め、肉体も精神も社会的な関係性も、全てが束縛の産物であり、かつ自分自身の欠くべからざる部分である事を認識した時から、自由の意味は変わった。決して逃れられない自分自身というしがらみの中で、いかに自由にあるかを考えるようになったのだ。

 手を使えないサッカーに自由なプレーは存在しないのか。その束縛の中で、無限に自由なプレーを繰り広げているのではないか。彼女の考える自由は、そういう事だ。束縛の外側への逃避ではなく、しがらみの中での軽やかな創造性。

「でも、まぁ・・・・・・どうせ命狙われるんやったら、恋愛結婚原理主義者とかに狙われた方がマシって感じしません?」

「愛のためなら死ねる人達ですか」

 ハハハと笑って、トルベンはポットを傾けた。彼女の考えは、ただ彼女の中から生まれてきたものではないだろう。その生まれ育った言語環境、文化的背景、思想的バックボーンの上に成り立つものだ。

 それら環境的要因はあたかも遺伝子のように、環境自体を保持し継続していく自律的な作用を有している。そんな事を言って、大脳生理学から民俗学へと専攻を変えた友人がいた事を思い出す。

 もしそうだとすれば、神の設計図はどこまで線が引かれているのであろう

 

 

 

 

 

 あの巨大MSが撃破されたという情報を受け、カナデ・アキシノはいくつかの予定を変更した。完成品ではないとはいえ、核エンジンの現物が失われたのだ。大西洋とユーラシアは戦時中にブルーコスモスを通じてNJCの情報を入手していたはずだが、あくまでも核弾頭に転用できる技術でしかない。

 ヨーロッパにおける原子力発電事業の動向を探っていたカナデは、完全に行き詰ってしまった。ユーラシア軍を通じて現物と接触する機会を探ろうとしていただけに、方針の練り直しは必至だった。

「そもそも現物が消えたんじゃ、当分は事業化は無理か・・・・・・」

 カナデは部下にアポイントを取るように頼み、資料を探す。ユーラシアで原子力発電事業にもっとも関心を持つ人物に直接会う事にする。

 ヨーロッパでもそこそこ名の通った名家の実質的なトップで、複数の企業を傘下に持つ持ち株会社の経営者でもあった。戦時予算から復興予算へと政府方針が変わると読んでいるらしく、民生分野で活発な動きを見せている人物だ。しかしカフネ・イーガンを巡ってスパイ映画じみた事をしていたので、会うのを避けてきたのだ。取り出した資料には、以前アリシア・ルイーズ・ド・ヴァロアとの会談の中で、彼について語られた事がメモ書きしてあった。

「そう、言っていましたか」

 いい気分のするものではないが、ルーファス・リシュレークは最後まで話を聞いた。単なる表敬訪問にしては、ずいぶんと色々な事を話すものだと、カナデの顔を見ながら思う。ただ気がかりなのは、カナデが話すそれらの話はアリシアから聞いたものだという事だ。

 自分の出自や、リシュレーク家を巡る一族の問題などは、社交界を飛び交う無数の常識の一つでしかないが、何故それをアリシアは東アジアの企業の人間に語ったのであろうか。核エンジンの存在を探りに来た人間に、自分のプライバシーに関する事を話す理由はあるのだろうか。

 カフネ・イーガンを巡ってトラブルがあったとはいえ、つまらない意趣返しをするような人物ではない。だから聞きたくも無い話の続きを促してみた。

「リシュレークの家は人材も豊富で、羨ましいと。緊急事態における指導部の混乱を回避するには、何よりも人材の層の厚さが必要だと」

 カナデは平静を保って続けた。だが、何故この話題を打ち切ろうとしないのかが不思議だ。いつまでも本題に入れない。

 カフネ・イーガンの行方を、彼なら知っているはずなのだ。核エンジンの現物はなくなっているが、複製品を作れるくらいのデータは十分にあるはずだ。カフネの持つ情報はその価値を減じていない。だがその本人がどこにいるのか、社はおろか在ユーラシア東アジア大使館の情報部も掴めていなかった。

 顔のバレる危険性を冒してまで乗り込んできたというのに、どうにも話が進まない。応接間の電話が鳴りルーファスは立ち上がった。

「・・・・・・アルテシアが? 来客中だと伝えてくれ」

 ルーファスがソファーに戻るより早く、カナデは立ち上がった。流石に髪型と眼鏡だけでは、女の目は誤魔化せないだろう。あの美人秘書が来る前に退散した方が身のためだ。

 そそくさと立ち去るカナデを見送りながら、ルーファスはアリシアが語っていたという話の事を考え続けていた。嫌な予感が胸のうちを漂っている。

 

 

 

 

 

 状況は予断を許さなくなった。彼が追っていた物のうち、プラント製の核エンジンはオーブ国内に入ってからの足取りが全く掴めなくなっている。しかもザフト自体がその情報を追っている状態だ。プラント内部が割れており、その内の一派が極秘裏にオーブへ核エンジンを運び込んだと見るしかない。おそらく、ザフトも割れているのだ。

 こちらに関しては、オーブ内のブルーコスモスに任せるしかない。問題はもう一つの方である。コーディネーターに関するある重大な情報を持った科学者の動向も、見えにくくなっていた。

「ディルクさん、どうかしました?」

「え・・・・・・? あ、いや」

 何でもない、そう言ったディルクは、手にしたアイスキャンディーが溶けかけているのに気付き、慌てて口に運ぶ。はにかむように笑ったユウキは、口元を拭くようにとポケットティッシュを差し出してくれる。

 カーペンタリアの基地構造物を遠くに望む、丘の上の公園。アイスキャンディー売りの自転車が、ベルを鳴らしながらゆっくりと走り去っていくのが見えた。光の反射しにくい素材で覆われている基地構造物は、夕日の中でもやけにはっきりとその姿を見ることが出来る。こうして、彼女とここに来るのは何回目だろう。

 この町の住民は基地居住区の商業施設を利用できるので、町には古い映画館が一軒あるだけだ。ディルクとしては基地内をむやみに歩き回りたくない。そうすれば必然的に、こういう場所を二人で歩く事になる。

 名残惜しそうにアイスキャンディーの棒を舐めているユウキの姿は、子供そのものだ。ディルクは自分の行為の不可解さとともに、彼女の横顔を見つめていた。それに気付いたのか、彼女は顔を赤らめ、近くのくずかごへと棒を捨てに行く。ワンピースの裾がふわりと揺れた。

 この僅かなひとときの重さを、ディルクは驚きを持って受け止めている。ディルク・フランツ・ツェルニーというかりそめの名前が、真実の音をもって響く瞬間に戸惑っている。

 ナチュラルとコーディネーターのハイブリッドが可能か否か、それは実際に確かめてみなくては分からない事だった。彼はハーフが存在しうる事の証明であったが、同時に彼は生まれた事によって、その意味を失った。彼が生まれる事に意味はあった、だが生まれた彼に意味は残されていなかった。

 故に彼は悟った、全てのコーディネーターもそうであると。だから彼はブルーコスモスにいる。

「暗くなる」

 彼はユウキの手を取って、立ち上がらせた。伏し目がちの彼女を促すように歩調を合わせ、その隣を歩く。人通りはなく、二人だけが黄昏の光の中に溶け込んでいた。

 ディルクは自身の生きてきた時間の重みを思う。無意味な存在が紡ぐ時間に、重みなどない。だから、彼自身が紡ぐ時間にもまた重みはない。コーディネーターの死に喝采を送るメンバーを見ながら、彼はその無意味さを静観していた。

 ならば、この瞬間の重みは何なのか。今の一歩一歩が紡ぐ重みは。自分のペースで歩いているのではないので、楽な歩き方ではない。隣を歩く少女の歩調に合わせるその一歩一歩に込められた重みは、一体何なのか。

「それじゃ、ディルクさん・・・・・・また・・・・・・」

 いつもの分かれ道で、ユウキはそう言う。音も無く街灯が点り、彼女を淡く照らした。背を向けて踏み出そうとした彼女の腕を、ディルクは掴んだ。

 驚いた表情のユウキを、ディルクは抱き締める。そして、その唇を吸った。やがてユウキの体が安堵に満たされる頃、彼は彼女をそっと解放した。そして、何も言わずに歩を進めた。

 明日からの作戦は、トルベン・タイナートの追撃と確保もしくは殺害、及びデータの奪取ないしは破壊である。ジョージ・グレンのレシピは、もともとブルーコスモスが有していたものであり、そのデータをプラントへと流出させた幹部は、ディルクが粛清している。

 

 

 

 

 

「この手で、という思いはありましたよ」

 巨大MS撃墜の報を聞いたカルロス・アストゥリアスは、ベッドの上でそう言った。腕と脚の骨にヒビを入れただけだが、軍医が歩き回る事を許さないのだ。だが上官の話を寝転がって聞けるのは悪い気分ではない。

 ブレイカーを撃墜したのは東アジアと大西洋の合同部隊であり、ウィンダムと新型MAの戦闘試験も兼ねられたものであったらしい。カルロスは言う、大西洋は既にオールMSドクトリンを放棄する準備を始めていると。ユーラシアはまた出遅れていると。

 新型MAがどのようなものか想像するしかないが、ブレイカーに匹敵するという事だろう。大西洋は、巨大機動兵器をブレイカーのように単独運用するのではなく、MSを随伴させる形での戦術を考案したのだ。

 MAとMSは丁度、攻撃機と戦闘機の関係になるのだろう。MSは露払いとして敵の迎撃MSに対処し、高機動・高火力のMAが一撃離脱的に拠点や艦隊を攻撃する。MSの登場によって混乱した戦術は、再び基本的な形に戻ろうとしている。カルロスの指摘を、マドリードの司令官は苦い顔で聞いていた。

「とにかく、核エンジンは失われた。NJCのエネルギー分野への転用なり、NJの情報開示なりは、和平条約締結交渉の中で行われる」

 ユニウス条約の遵守がなければ、和平条約も存在できない。ザフトとの緊張が高まればイベリア半島は再び最前線と化す。それを阻止する事が、マドリードの司令部が持つ唯一の目的だ。

 そのための懸案事項の一つが解決したと、司令官が言う。カルロスはもう一つはと聞き返した。司令官がいかに暇人とはいえ、一パイロットを見舞う殊勝な心がけを持っているとは思えない。怪我人を使って、何か仕事をさせようとしているのだろう。

 司令官は察しがいいなと笑った。核エンジンに欠かせない人物は、まだ生きているのだ。カルロスは、そんな子供がいた事を思い出す。同時に、わざわざ「生きている」と言った司令官を冷たい視線を向ける。

「そういうのは、本職にやらせればいい。パイロットを暗殺者などに仕立て上げない事だ」

「気が早いな・・・・・・君にはマドリードの意向を伝えただけだ」

 正式な命令はユーラシア軍司令部から来るだろうと言って、司令官は病室を出て行った。カルロスは上体を起こして、窓から見える海を眺めた。

 おそらくユーラシア軍司令部の命令と、マドリードの司令部の思惑は食い違っているのだ。その時、現場の判断でそのいずれかを選択しろ、いやマドリードの意向を尊重して行動しろと言うのだ。

 つまりマドリードとして責任を取るつもりは無く、せいぜい作戦後にカルロスへの処分が下った後、何らかの便宜を裏から図る事もありうるかもしれないだろうという事に過ぎない。自分一人ならまだしも、家族も部下もいる身に、それは重過ぎる内容である。

 ましてや、標的となった年端も行かない子供を殺せと言われているのだ。気乗りなどするはずが無い。

「複雑骨折でもしておくんだったな・・・」

 明日には取れると言うギブスを見つめながら、カルロスはため息をついた。

 退院と同時に下された指令は、ユーラシア国内より拉致されたカフネ・イーガンの救出作戦を支援する事であった。妨害者の存在が懸念されるため、MSによる直接的な援護が求められると言う。

 

 

 

 

 

 ソースの完成と麺の茹で上がりが同時になるように時計を確かめながら、フライパンの中をかき混ぜる。ソースを絡める時にも加熱を続けるので、麺の茹で時間はほんの少しだけ短くしておく。キッチンタイマーの音と同時に麺をザルに上げ、素早くソースの入ったフライパンの中に入れる。

 皿に盛り付け、パセリを散らした。リビングのテーブルの上のグラスを片付け、皿を置く。シビル・ストーンは、ソファーで寝ている男の肩を優しく揺する。オイレン・クーエンスの不機嫌そうな表情に微笑みを見せ、食事が出来た事を告げた。

 トルベン・タイナートとその研究グループを伴ってウェリントンまで来たボズゴロフ級潜水艦のクルーは、研究施設近くに宿舎で寝泊りをしていた。シビルもその一人である。プラントと大洋州は友好関係にあるとは言え、カーペンタリア以外の場所でザフトの人間に行動の自由を与えるほど大洋州もお人好しではなかった。

 だが、心配されたカーペンタリアからの第二次攻撃もなく、シビルにとってはさながら休暇のような感じであった。そして彼女は、かいがいしくオイレンの部屋に通っている。

「味、どう?」

 いただきますも言わずに食べ始めた男が、そんな問いに答えを返さない事は分かっている。それでも彼女は、そんなやり取りを続ける。それはとても不思議な感じだ。どこをどう見ても、目の前の男は自分の好みではない。

 行動はどこか投げやりで、言葉はいつも乱暴だ。女性に対しての心配りなどというものはどこにも見えず、見せる態度はいつだって横柄だ。それなのに、温かな微笑みも、甘いささやきも与えてくれないこの男に、どうしようもなく惹かれている。

 今まで理想として夢見ていた男は、自分の内側にあるものを形にしただけだ。それは既知のものであり、語りつくしてしまったものだ。だが目の前にいるオイレン・クーエンスはそうではない。彼は、シビル・ストーンの外側にいる人間だ。それは未知の存在であり、これから語るべき存在だ。

 それでも分かっている事がある。彼もまた、コーディネーターの中で息苦しく生きてきた人間なのだ。そこから逃れんとする彼の姿は、彼女の心を捉えて止まない。

「博士達、またどこかに移動するみたいね。近いうちに召集があるって」

「・・・・・・」

 ボズゴロフ級に物資が搬送されていた事から、大体のことは察しがついていた。だが彼はそれに同行しない。オイレンは護衛の任を解かれていた。

 役に立たないと判断されたのだ。トルベンは、クライアントの変更に伴う契約の終了だろうと言っていたが、それは言葉の上での問題でしかない。今の状況を考えれば護衛が不要となるはずも無い。だとすれば、オイレン・クーエンスは護衛としての能力に劣ると結論付けられたと考えるしかなかった。

 ここ数日は、怒りと恐怖がない交ぜのままに胸のうちを渦巻いていた。

 以前のように軍縮だの条約だのの理由で降ろされたのではない、彼の能力だけがその理由なのだ。このままでは、MSに乗る前の自分に戻ってしまう。暗く澱んだアカデミーでの日々が再来してしまう。

 何としてでも、自分の能力を示さねばならない。そうしなければ、オイレン・クーエンスの存在自体が消えてしまう。

「あ、ちょっ・・・・・・片付け、てから・・・・・・」

 そう言いながらシビルは、オイレンの唇から逃れようとはしない。トマトとガーリックの味のキスなんて、ちっともロマンチックじゃないと思いながら、思うままに舌を弄ばれる。

 ちゃんとシャワーを浴びて、服を脱いで、ベッドの上で。部屋を訪れるたびに求められながら、彼女の求めるようなシチュエーションは全くなかった。それでもシビルは拒まない、いや求めていく。溺れているのが分からないほど堕ちている。

「なぁ、頼みがあるんだ・・・・・・」

 耳元で囁かれる事など、あっただろうか。彼の言葉が、メロディーにしか聞こえない。

「ありがとうな、愛してるぜ」

 その言葉だけで、シビルは果ててしまう。

 

 

 

 

 

 この艦に降り立つのは二度目だ。ユイ・タカクラはムラサメを歩かせ、エレベーターへと載せる。点検その他は必要ないと整備員に伝えて、MSデッキに降りた。口笛を吹くクルーに笑顔を向けながら、彼女は更衣室を借りる。艦長にパイロットスーツで会うわけにも行かない。

 だが着替えたのは、オーブの軍服ではなくスーツであった。少し別の肩書きでここに来たのだ。不服そうなゲンヤ・タカツキに丁寧な挨拶をして、書類を手渡す。それを一瞥した彼はさらに不機嫌そうな表情を見せた。

「・・・・・・東アジア軍ではく、自治州軍の命令書かね」

「詮索はご自由に。ですが正式なものです、問い合わせなり何なりはお国の方へ」

 例の巨大MSの排除にも、この組織は絡んでいるのかもしれない。作戦終了後も、色々と理由をつけてインド洋に留めさせられたのは、この命令書が理由なのであろう。インド洋上のザフト施設から打ち上げられるシャトルの拿捕が、次の作戦であった。戦争を再開するつもりとしか思えない命令だ。

 本来の任地から遠く離れて、このような不可解な作戦をやらされる。新兵の頃から、その苦労は変わらないようだ。涼しげに微笑む女も、ただの使い走りであろう。文句を言う気にもなれなかった。

 女を追い出すように話を終え、艦長室に幹部を集める。東アジアや大西洋の部隊を載せたままで艦隊を動かさなくてはならないのだ、そのあたりの調整も必要となる。おそらく載せている他の部隊にも、この不可解な命令は届けられているのだろう。

「州軍とはいえ、どこまで食い込んだ組織なのです?」

「私も噂でしか知らん、が裏にフジヤマがいる事は確実だろう。あそこなら州のトップと直結している」

「すると、あの女は・・・・・・モルゲンレーテですか」

「オーブの軍人だ、当然だな」

 戦争が巨大な経済活動である事は、軍人としてなかなか受け入れがたい事だ。だが現実に、自分達の生き死には金額換算されている。そしてその経済活動を巡って、せせこましい陰謀が張り巡らされているのだ。

 

 ユイは、再びパイロットスーツに着替えていた。甲板に上がったムラサメは、着艦したばかりのガルム・ガーをカメラで捉えている。

「また、会えたわね」

「!?」

 いきなり無線機を揺らした声に、ミコトは肩を震わせた。ムラサメの姿を見たときから嫌な予感はしていたが、その予感通りにあの『女』が来ていたとは。ミコトはヘルメットを乱暴に外して息をついた。

 カナンの心配そうな視線に、せめて笑顔だけでも返しておこうとする。そのカナンが声をかけた。

「どうした? また、キスするか?」

 ミコトの顔が赤くなるのと、その拳が顎を捉えるのは同時だった。あの夜の不覚を思い出し、彼女は一層顔を赤らめる。

 

 

 

 

 

「それが大人の責任ってもんだと思うんだ」

 グェンは妻の不安げな顔に、努めて明るい表情を見せた。ブルーコスモスのような過激派はいないとはいえ、このあたりもまた対コーディネーター感情がよいとは言えない場所なのだ。隠し通すか、ちゃんと公表するか、その点からきちんと考えていかなくてはならない。

 子供達は寝静まり、小さな灯りだけが食卓を照らしている。長い沈黙は考えるためではなく、納得するためのものだ。妻が小さく息を吐いた。

「そうね。今さら一人増えたって同じ事よね」

 これから店を始めるのであれば、人手が多いにこした事はない。妻はそう言って湯飲みを手にした。グェンは安堵の表情を浮かべる。そして早速明日にでも、カフネにその事を話すと言った。

 だが翌朝に事態は急変した。夜も明け切らないうちに、グェンの家を一人の女性が訪ねてきた。修羅場にならなかったのは、ひとえにアルテシアの的確な説明のおかげであった。彼女はようやく納得したグェンの妻に、カフネを呼んでもらうよう頼む。

「あなた方は関わりを持たない方がいい話です。カフネさんご本人に、直接・・・・・・」

「あの子は昨日から家の子になったの。子供に関わらない親なんていないわ」

玄関での押し問答に起きだして来たカフネが、驚いた顔をしている。グェンは額に手を当てて、天を仰いだ。

 ひとまずカフネには、グェンの養女にならないかという話をする。すぐに答えを出さなくてもいいと、その話を保留した上でアルテシアの話を聞く。ただでさえ混乱しているカフネをさらに混乱させるような話だった。

 一つはカフネの両親の遺体の話である。ザフトの警察当局が、保管されている遺体の引き取り手を捜しているという話であった。それが今になって伝わったという点が、非常に怪しいとアルテシアは言う。

 もう一つは、ルーファス・リシュレークの失脚である。彼がトップを勤める持ち株会社の緊急役員会議で、ルーファスを最高経営責任者から最高顧問へと昇格させるという動議が決議されたのだ。昇格とは言うが代表権の無い名誉職に過ぎず、事実上のクーデターである。

 彼の事を快く思っていない一族内部の人間が企てた事であるが、その背後にユーラシア軍の一部が関わっているという話であった。その目的は、ルーファス本人ではないはずだ。

「ルーファスも抵抗はすると言っています。ですが、今までのようにリシュレーク家の力でカフネさんの行方をごまかし続けることは出来なくなります」

「えげつないな、やり方が」

 グェンは腕を組んだ。まさか、家族全員引き連れてカーチェイスだの何だのはできない。だがここまでするという事は、それなりの荒事を向こうも覚悟しているという事だろう。

 厳しい表情を見せるアルテシアに、不安一杯の瞳で見つめるカフネ。グェンは唇を引き結んだ。妻に目を転じると、彼女の顔は笑みすら浮かべているようだった。真っ直ぐに夫を見る目は、信頼などと言う言葉では表現しきれないほどに力強いものだ。グェンは言う。

「まずは、朝飯だ。満腹になってから、名案を考える」

 

 

 

 

 

 基地のすぐ近くにある割には、のんびりした雰囲気の町だった。親プラントの国とはいえ、プラントとは似ても似つかぬ雰囲気になるだろう。何となく町を歩いているのは、とりあえず何をすべきかが分からないからだ。コトハ・キサラギはカーペンタリアの基地で降ろされていた。

 トルベンではなく、艦長のサイモンが色々と手を回してくれたのだ。軍人として一般市民の保護を優先しなくてはならないと、同行を許さなかった。トルベンは、コトハ個人への危険性を案じているようだが、トルベンのそばにいる方がはるかに危険と判断したのだ。

 問題は母国の東アジアに戻る算段である。サイモンも、カーペンタリアの基地から出る方法までしか教えてくれなかった。戦争前にプラントの学校に入る時は、東アジアのパスポートを持って、プラントの就学ビザをもらった。戦争で国交が断絶された後は、特例としての滞在が認められていたに過ぎない。ユニウス条約の締結で、それらの問題が解決したはずなのだが、果たして自分のパスポートはどこまで有効なのだろうか。

 それ以前に、大洋州のどの都市に東アジアの大使館があるのだろう。空港に行けば、東アジア行きの飛行機に乗れたりするのだろうか。

「・・・・・・これは、かなりピンチ?」

 誰もいないがそう問いかける。むしろ基地を出なかった方が良かったかもしれない。トルベンの命を狙っているのがザフト内部にいる可能性を考慮して、基地から早く出る事を勧められたのだが、里帰りの途中で迷子になったなどと言った方が、確実に帰国できるのではないだろうか。

「どうかしました?」

 声を掛けられ肩を震わせた。自転車を止めた少女が不思議そうな顔をしている。日焼けした肌に白いブラウスがよく映える子だ。伸ばし始めた髪がようやく様になってきたという感じの髪型が、可愛らしい。

「あ・・・・・・プラントから、来たんだけど、基地から出ちゃって・・・・・・」

「ザフトの人?」

「ううん。里帰りで、東アジアにね・・・・・・」

 少女の表情が怪訝なものになる。一般旅客シャトルの到着日は三日後であり、その前の便は10日前のものだ。一般旅客、とりわけ連合各国に向かう人はその行動に大きな制限が加えられているため、出歩く事など出来ないのが普通だ。

 そう指摘され、コトハは冷や汗が止まらなくなる。相手は軍属に見えないが、通報される可能性はある。

「何か、訳あり? 泊まるところとか、決まってる?」

 黙ったままのコトハに、少女はユウキ・ナンリと名乗り、ついて来るように言った。ホームシックとかで、後先考えず地球行きの便に飛び乗って難儀する人というのが、たまにいるのだ。通報すれば、そういう人も押しなべてスパイ容疑者となってしまう。

 あなたもそういうクチでしょと言って、ユウキは笑った。コトハは、安心の余り自然と笑みを溢していた。

 

 

 

 

 

 オーブのマスドライバーがいまだに試験稼働中であるため、現在地球と宇宙を結ぶのはビクトリアのマスドライバーのみである。カフネ・イーガンが宇宙に戻るには、ここを使うより他はないだろう。輸送機から降ろされたウィンダムは、真新しい装甲を光らせている。

 子供一人にたいした手の回しようだと思うと同時に、それをするだけの価値がある子供に怖さも感じる。コーディネーターの歪さの一端が垣間見えるようだ。

「それは同時に、大人の歪さかな」

「いえ、大人はもともと歪なものでしょう」

 だから戦争を始める、そう言ってルーファス・リシュレークはソファーを勧めた。肩をすくめるカルロス・アストゥリアスは、自分も偉くなったものだと思う。これはいよいよ、経済新聞を読む生活を始めなくてはならないかもしれない。いつまでもパイロットだけをやっていられる身分ではないのだ。

 もっとも今目の前にいるルーファスの事は、一般紙でも話題になっていた。民間企業における一族骨肉の争いかと思いきや、ユーラシア軍の思惑と自分の仕事に絡んだ問題だったのだ。

 ルーファスが単刀直入に切り出した。

「カフネ・イーガンを見逃して欲しい」

「そりゃ、実行部隊に言ってくれ」

「実行部隊は、パリとモスクワから出ているのでしょう。だが、マドリードは別の考えを持っているはずです」

「なるほど・・・・・・頼んでるわけじゃないってか」

 自分よりずっと若いのだろうが、企業経営を担ってきたというのは伊達ではないらしい。

 カルロスとて、この命令を納得しているわけではない。むしろやらずに済むならそれで済ませたいのだ。これ以上、三下悪人の真似事は御免であった。だが確認しておかなくてはならない事がある。

「あんたは、何を提供できる?」

「再就職の斡旋でしたら、いくらでも」

 ぶっ飛ばしてやろうかと思うが、押し留める。嫌味でも自虐でもなく、正直に言っただけであろう。閑職に飛ばされたルーファスに、出来る事などないのだ。

「いいな、若いってのは・・・・・・で、カフネちゃんをあんたはどうするつもりだ?」

「別に。今の私に、彼女の技術を有効活用する場所は残っていない」

「じゃ、何だってこんな事を」

「プライドに付けられた傷は、倍にして返すべきでしょう」

 カルロスは笑った。実際に命を張る人間を前にして、自分のプライドが最優先だと言い切ったのだ。ならば自分も、プライド最優先で動くしかないではないか。

 

 

 

 

 

 ラッキーかアンラッキーか迷う時は、迷わずアンラッキーだと思う事にしている。戦場における楽観論ほど、有害なものはない。音響デコイを放ち、艦隊を直進させた。敵が増えたと言っても、連携の取れた敵ではない。

 敵艦の艦砲の射程距離を算出し、最終防衛ラインを引く。ミサイルは基地の対空砲に任せるしかない。手駒は豊富ではないのだ、自分の出来る範囲を見定める。

「グーンとゾノの発進準備、連合水上艦にあたらせる。動き回って航空機の目をひきつけろ。艦隊は対潜水艦戦の用意を」

 サイモン・メイフィールドが帽子を被りなおす。宇宙と違ってノーマルスーツを着ないで済むので格段に動きやすい。各種計器やモニターに目を走らせ、彼我の位置関係を再確認させた。

 インド洋上の環礁に係留された大型浮体構造物に、ザフトの基地が設置されている。ジブラルタルとカーペンタリアを結ぶ空路の真下にあり、悪天候時の退避場所などに使用されていた。その滑走路は、ブースターを付けたシャトルの発射にも使用できる。

 トルベン・タイナートを無事に宇宙に帰す、それがサイモンと彼の指揮する艦隊の役割であった。艦隊と言っても、ボズゴロフ級二隻にいくばくかの小型艦艇のみである。上手く立ち回っても、どこまでできるか。

「死ぬなら宇宙だ」

 地球で、ましてや水の底で死ぬ気などなかった。サイモンの号令と同時に、静穏魚雷が一斉に発射される。

 

 海面から水柱が立ち上がったのが、望遠モニターでかすかに見えた。予定よりも早いという事は、先手を取られたのだろう。ウォーレン・パーシバルは後方モニターに視線を移す。輸送機から伸ばされるケーブルに繋がったままの機体が、まだ何機も見える。

「先行して仕掛ける。バビは全機の補給が済みしだい、作戦通りに行動だ」

 輸送機からグゥルが射出され、ウォーレンの乗るゲイツはここまで乗ってきたグゥルを乗り換える。ゲイツのモノアイが強く光り、グゥルのスラスターが一気に開かれた。彼らの目的は、トルベン・タイナートの身柄を確保する事である。ブルーコスモスと繋がっているとの容疑らしいが、上の言う事をそのまま信じる気にもなれない。

 それでも、大洋州の資源衛星以来の縁である。ここらできっちり片を付けておきたい。本来なら、敵の潜水艦をウォーレン達のMSが引き付け、味方の潜水艦が基地を強襲する手はずだったのだが、逆になるかもしれない。

「そうは問屋が卸さない・・・・・・か!」

 海中から打ち出されたカプセルが割れ、中からハビが姿を現す。制動をかけたゲイツの脇をビームがすり抜ける。ウォーレンはペダルを踏み込んで機体を突っ込ませた。姿勢を低くしたゲイツが手にするのは、わざわざ移し変えてもらった愛用の斬機刀。

 その一振りで、ガンランチャーから発射されたロケット弾を切り払う。散開したバビをビームライフルで狙い、海面下に向けてレールガンを叩き込む。グゥルのロケット弾を牽制に、突撃銃の乱射をもろともしないでゲイツは突進する。

「ちぃぃっ!!」

 直上からのビームを寸で回避し、ビームライフルを向ける。予想以上にバビの動きがいい。良いパイロットを先に連れて行かれたかと苦笑する間もなく、周囲からロケット弾が迫った。コクピットのアラームが一斉に鳴る。

 一条のビームと共にロケット弾の群れに穴が開き、ゲイツはそこに飛び込む。挙動の遅れたバビの頭を切り捨て、視線を巡らせた。一機のバビがゲイツを援護するように突撃銃を撃っている。

「ミンター! 作戦通りと言った!!」

「一番に補給が終了しましたので、隊長の援護に回らせてもらいました!」

 輸送機からの空中補給を真っ先に終えたテルシェは、そのままウォーレンの後を追ったのだ。ガンランチャーの射線を掻い潜った敵の姿を、その視界の片隅に捉え続けていた。正面からの攻撃をかわしながら突撃銃を側面に向けて発射し、後方モニターによぎった影を向けてビームを斉射した。

 変形によるエアブレーキで強引にビームを避けた敵機が、ゲイツのビームライフルに撃ち抜かれる。テルシェは小さく歓声を挙げて、次の敵を見定める。水中を走った影に爆雷を投下すると、派手な水柱が立ち上った。敵艦が放った魚雷だ。

 よく見えていると感心したウォーレンは、機体を旋回させる。テルシェを敵の矢面に立たせるわけにはいかない。テルシェ機を取り囲もうとするバビの動きをかき乱すようにレールガンとビームライフルを乱射した。

 すれ違いざまにビームサーベルを突き刺したバビが派手に爆発し、その光が海を照らした。

「・・・・・・別の機体?」

 テルシェの目が、海面スレスレを滑空するように飛ぶMSの姿を一瞬だけ捉えた。ロケット弾を回避するために機体を振ったため見逃してしまうが、まだ他にも敵がいる。

 

「別地点でも交戦?」

 旗艦のブリッジの大型モニターに映し出された地図に、敵の予測位置が示されている。だが大量に音響物が撒かれているらしく、どこまで信用できるかはこころもとない。しかし新たに検出された音は、戦闘音でほぼ間違いなかった。

 ゲンヤ・タカツキは唇を噛む。対水中MS戦を優先したため、艦隊が大きくばらけ、進路も大きく曲げられてしまった。その曲がった先で、交戦が行われているのだという。こちらに水中MSの準備が無く、駆逐艦の一隻がゾノの近接攻撃でブリッジを消し飛ばされている以上、判断にミスはないが相手の思惑には乗ってしまっている。

「ならばそのまま乗ってやろう・・・・・・MS駆逐艦以外は最大戦速で、交戦ポイントへ向かう」

 スカイグラスパーの一部と対MS装備を施した駆逐艦は殿として、グーンとゾノに当たらせる。MSで艦隊に奇襲を仕掛けたという事は、防衛側の規模はそれほど大きくない。十分に足止めできるはずだ。

 MSがいなければ、ボズゴロフ級とてただの潜水艦と変わらない。奇をてらう事無く、手札の数で押し切る。対潜装備と対地装備の二種類のスカイグラスパーが、次々と飛び立っていった。

 

「連合軍? 聞いていないな」

 機体を反転させてビームガンを撃つ。被弾し高度を落としていくスカイグラスパーの装備を、ディルクはモニターで確認した。大型の爆弾は、地上施設攻撃用である。狙いはザフトのシャトル打ち上げ基地だろう。

 ザフト同士の交戦を避けて基地に接近しようとした矢先、スカイグラスパーの編隊に見つかった。しかし、よく訓練されているのか、必要以上にノワールダガーへの攻撃を行わない。敵も作戦の遂行が第一なのだ。

 ペダルを踏み込みスラスターを吹かす。空になった増槽を一つパージし、スカイグラスパーの編隊を狙った。彼の作戦目標もザフトのシャトルだが、連合のように有無を言わさず殺害しろとの命令ではない。標的となる科学者の持つデータは、もともとブルーコスモスが持っていたものだ。コーディネーターの秘密が隠されているという眉唾物のデータだが、そういう物でもなければブルーコスモスの求心力は保てないのだろう。

 レールガンの一撃で三機のスカイグラスパーが消し飛ぶ。大型の爆弾を吊るしているため、動きが鈍い。護衛の機体も、ノワールダガーの敵ではなかった。ビームガンを構え、逃げようとする機体を狙った。

 

「ザフト!?」

「連合じゃないのか!?」

 スカイグラスパーを撃ち抜いたゲイツの中で、ウォーレンは苛立たしげに言う。見覚えのある黒い機体が連合機を攻撃していた。連合機の装備から、標的がトルベン・タイナートである事は予測できたが、目の前で敵対行動をとる黒い機体が何故連合機を攻撃していたのかが分からない。

 テルシェ機のビームを回避したノワールダガーが海面ギリギリまで降下する。ウォーレンはそれを追った。放置するのはあまりにも危険な機体だ。味方の編隊に合流するように通信を送るが、後ろからついて来るテルシェには聞こえていないようだ。

 そのテルシェ機にビームが襲い掛かる。機体をロールさせて攻撃を回避したバビは、胸部ビームで空を薙ぎ払う。それを見極めるように、ウィンダムが翼下のロケット弾を一斉に発射する。

 

「何者なのだろうな・・・・・・トルベン・タイナートという人物は!」

 ラビ・アルベール・コクトーの偽らざる思いである。ザフトと連合、そして所属不明の機体が入り乱れて一人の人物を追っている。そのたった一人は、この場にいる全ての人間の命に見合うものだというのだろうか。

 グゥルに乗ったゲイツがロケット弾の群れを切り払い、レールガンの正確な射撃と共に急接近してくる。引かずに踏み込み、斬機刀の一撃をシールドで受け流す。アルベールは、衝撃に耐え視線を上に向ける。上空で二の矢を放とうとしていたメイファ機は、バビの攻撃を受けてゲイツを狙えないでいた。

 苛立たしげに舌打ちをしたメイファは、モニター脇のスイッチを全て押す。ウィンダムに懸架されていた、対艦ミサイルと対地攻撃用大型爆弾が投下される。海面を大爆発させたそれは、もちろん攻撃を意図したものではない。

 一気に軽くなったウィンダムは、スラスターを全開にしてバビに肉薄した。だが勢いのままに突き出したビームサーベルは、激しいスパークとともに外側へと逸らされる。

「ビームサーベル持ってたの!?」

 突撃銃の下部に設置された発振機から銃剣のように伸ばされたビームサーベル。実験品だが役に立ってくれた。バビの胸部が光る。

 ウィンダムの足がバビの胴体を蹴りつけ、ビームの射線がずれる。シールドのビームコートが一瞬で失われるが、何とか回避できた。だが距離を取ろうとするメイファ機は、バビに執拗に絡まれる。

 支援の戦闘機もいるはずなのだが、それらの攻撃の隙間を縫うようにバビは飛行しているのだ。一機のスカイグラスパーが、突撃銃の直撃を受けて爆発した。

 

「まだ見えてる・・・・・・けどっ!」

 自分の集中力が切れていない事は分かる。だが同時に、自分達の劣勢もテルシェには見えていた。自分達の脇をすり抜けていくスカイグラスパーが増えているのだ。トルベン・タイナートの身柄を確保する前にシャトルが破壊されてしまうかもしれない。

 ガンランチャーでウィンダムの突進を阻み、ビームでスカイグラスパーの小隊を吹き飛ばす。

 

 

 

 

 

 

 ビクトリア湖北岸に鎮座するマスドライバー・ハビリス。湖岸とはいえ、内陸部に位置するそこは、他のマスドライバーに比べて不便だと言われていた。だが、他のマスドライバーが軒並み使用不能となっている現在、ここが地球の玄関口となっている。

 そのため、基地周辺での戦闘行為は厳禁である。カフネ・イーガンの確保も、特殊部隊によるものが計画されていた。カルロスの部隊は、マスドライバーから離れた基地に待機している。

「さて、何が起こるか」

 カフネの保護者を名乗った男性の名前に聞き覚えがあると思って、後で調べてみたら赤道連合のMS戦術を構築した一人であった。特殊部隊か諜報機関、そうでなければコックの身のこなしだと思っていたが、どうやらコックにはこれからなる予定であるらしい。カルロスは、駐機場のウィンダムを眺めながら一報を待った。

 カフネを乗せてビクトリアにやって来た大型クルーザーを特殊部隊が急襲。そのクルーザーから現れたMSが、カフネを連れてマスドライバーに向かう。そしてそのMSで、レール上を滑走し始めたシャトルに捉まり一気に宇宙まで。そういう筋書きであった。彼の役割は、そのMSを止める事である。

 サイレンが鳴り、隊員たちが色めき立つ。カルロスはヘルメットを掴んで走り出した。コクピットの機器を確認しながら、気合を入れなおす。茶番とはいえ、命の危険は常にあるのだ。

 湖上を飛ぶウィンダムのモニターが、ビクトリアの市街地を歩くダガーの姿を捉えた。警察や軍の車両が遠巻きにしているところを見ると、一般市民の避難誘導は終わっているようだ。

「マスドライバーは目の前だ。発砲は極力・・・・・・」

 言い終わる前に、上空から一条の光が差し込んだ。同時にダガーの足が撃ち抜かれ、その足元が爆発するように抉れた。衝撃波が周囲の車両を吹き飛ばし、ダガーがバランスを失って転倒する。

 聞いていない、そう思うと同時に索敵を開始する。熱紋センサーがギリギリの距離に反応を捉えた。照合率は8割だが、信憑性はゼロの結果だ。後続の一機から、通信が入る。ノイズの中の声は上空のアンノウンに関する事である。

「隊長の照合結果は?」

「多分、同じだよ」

 戦争の終結に伴い、宇宙から生きて帰ってきたパイロットが語る二つの恐怖。一つはジェネシスの閃光であり、もう一つは既に伝説と化しているMSだ。モニターに映った六枚羽根のMSの姿にカルロスはかつての同僚の引きつった顔を思い出す。

 ウィンダムの手を振り、部隊を散開させる。アンノウンの目的は分からないが、一箇所に固まっていては危険だと判断した。次の瞬間、味方の機影が三つ同時に消滅した。

 視線を転じるよりも早く、シールドに直撃を受ける。防いだのではなく、たまたまシールドに当たっただけだ。その衝撃に耐え、機体の姿勢を立て直す間に、さらに一機が撃墜される。

「真実なのかよ・・・・・・あの噂は!」

 カルロスは怒鳴り声と共にレバーを押し込む。ヤキン・ドゥーエ宙域戦で、連合とザフトの双方に無差別で攻撃を仕掛けた謎のMS。圧倒的な機動性と桁外れの火力を持ったそれは、たった一機で機動艦隊に匹敵する数の艦艇とMSを撃墜したと言う。

 フリーダムと呼ばれたそのMSの噂を今なら信じられる。ものの十数秒で、部下の半数を失ったのだ。カルロスのウィンダムがビームサーベルを伸ばす。

「お前ら、ちゃんと練習してるんだな・・・・・・」

 全周囲を感覚できるノーリッチ・シュナウザーは、残ったウィンダムが自分を綺麗に取り囲んでいるのを見た。肉薄してきた機体を囮にし、一瞬にして包囲を完成させた敵編隊を、ノーリッチは冷ややかに評価した。

 ブレイカーよりもはるかに軽く力強く動けるこの機体に、ノーリッチの意識は完全に覚醒している。全身の感覚がむき出しになっているかのように研ぎ澄まされ、感じるものの全てがあまりにも鈍重に見える。

 目の前をゆっくりと通り過ぎるビームサーベルを見送り、フリーダムはウィンダムの胴体を激しく蹴りつける。猛烈な衝撃に、カルロスは息を詰めた。

 激しくぶれるモニターの中で、フリーダムを取り囲んだ四機のウィンダムが、コクピットだけを正確に撃ち抜かれるのを見る。攻撃よりも早く反撃されていた。フリーダムの目が、自機を捉えた。

「終わりだ、のろま」

 苦し紛れのロケット弾を撃ち出したウィンダムに、ノーリッチは笑みを浮かべる。ビームサーベルでロケット弾を切り払い、ビームライフルを構える。突然、視覚の一部が欠落した。頭部への損傷が示されている。

 ロケット弾の背後から投げ込まれたスティレット。ノーリッチの死角に隠れたそれは、ビームサーベルを時間差でかわしPS素材ではないメインカメラに突き刺さったのだ。フリーダムは、フルバーストを湖面に叩き込み猛烈な水柱を発生させると、そのまま急上昇して姿を消した。

 

 その数分後、最終加速を終えたシャトルがマスドライバーから発進する。

「大丈夫だよね、その人」

「ユーラシアでも五本の指に入るエースパイロットだ、間違いはないさ」

 カフネとグェンは座席に身を沈めたまま小さな声で話す。二人は変装してシャトルに乗り込んでいた。クルーザーでのビクトリア入港、そしてダガーによるシャトルへの強行搭乗は、ルーファスが流した偽情報なのだ。

 カルロスは自動操縦で歩くダガーのコクピットを破壊し、カフネ・イーガンの死亡を演出するはずだった。その作戦が謎のMSの乱入によって失敗した事を、二人は知る由も無い。

 

 

 

 

 

 

 次から次へと現れるスカイグラスパーに対処しきる事はできない。いや、連合のMSがそれに対処させてくれないのだ。二機のウィンダムと、それが率いるジェットストライカー装備型ダガーの部隊が、ウォーレンの前に立ち塞がっている。

 テルシェのバビは期待以上の働きを見せてくれているが、味方の数が少ない。基地に侵入しシャトルを拘束するための部隊を潜水空母から打ち上げてもらい、数の埋め合わせをしていた。

 科学者の身柄を確保するためには、その生命の安全が最優先だ。ゲイツのシールドから伸ばされたビームサーベルがタガーを両断する。

「また宇宙まで追いかけるだけだ!」

 ディンを撃ち抜いたウィンダムに突進し、ビームサーベルとシールドを振るう。シールドの下半分が切断されたウィンダムは、ロケット弾を撒いて距離を取った。

 

 ゲイツの動きを見ながら、アルベールは上空からビームを降らせてくるバビを狙おうとする。メイファ機に絡まれながらも、対地攻撃機を優先して狙っているバビは厄介この上なかった。だが、簡単には狙いを変えられない。

 水中から撃ち出される対空ミサイルを回避し、ゲイツの攻撃をビームサーベルで受け流す。突き出された斬機刀が頭の上を通り過ぎるのを見て、背中に冷たいものが流れる。それを感じられるという事は、まだ冷静でいるという事だ。アルベールはペダルを踏み込む。

 すれ違い様にディンの翼を切断し、振り向き様にスティレットを投げ付ける。ゲイツのシールドがそれを受け止めた隙を突いて距離を詰めた。

「恨めよ!!」

 半分になったシールドを構えて体当たりを仕掛け、ゲイツのバランスが崩れたところにビームサーベルを振り上げる。だが、詰めていたはずの間合いを外され、シールドを脱落させる事しかできない。それでもアルベールは、さらにレバーを押し込んでウィンダムを肉薄させる。

 オートで作動した近接機関砲がグゥルを損傷させた。黒煙を上げるグゥルにゲイツはしがみつくような姿勢になる。

 

「隊長!?」

「よそ見は余裕か!」

 メイファはそう叫んで、残ったロケット弾を全て撃ち込む。同時にウィンダムのスラスターも全開にした。ゲイツの援護に向かおうとするバビは、完全に側面を晒している。ビームライフルがバビのガンランチャーを破壊し、残弾を一気に爆発させる。

 だがバビは、直前でガンランチャーを放っていた。爆発の熱に引き寄せられ、熱紋誘導ロケット弾はバビから離れた場所に殺到した。ウィンダムのみを狙える状況にして、バビは突撃銃を構える。ウィンダムがシールドを掲げると、空気抵抗でその速度は急激に低下した。バビは即座に変形して、ウィンダムを振り切る。

「隊ちょ・・・・・・」

「ミンターは輸送機の護衛に付け。MSは俺が抑える」

「でも、グゥルは」

「新米に心配されるほどヤワじゃない。帰る場所、ちゃんと確保しておけよ」

 キーボードを叩き終えたウォーレンは、ゲイツを立ち上がらせる。姿勢制御用のスラスターに損傷を抱えてしまったが、バッテリー切れも近くどのみち長く戦うつもりはない。手負いと見て突進してきたダガーをレールガンで吹き飛ばし、ゲイツを上昇させる。

 猛スピードで突っ込んでくるウィンダムのビームが、ゲイツの脇をかすめた。後方モニターには、そのビームを辛うじて回避したバビの姿が映る。ウォーレンは絶対に繋がるようにレーザー回線を開く。

「一度くらい、俺の言う事を聞け!」

 バビが反転したのを見て、ウォーレンは安心して体重をペダルに乗せた。バビを追おうとしたダガーを撃ち抜き、正面で逃げ遅れた格好のダガーを斬り捨てる。突っ込んできたウィンダムのシールドに斬機刀を叩きつけると、その反動を利用するように機体を跳ね上がらせた。

 ビームサーベルがもう一機のウィンダムに振り下ろされる。ゲイツのサーベルは、ビームサーベルを構えたウィンダムの手首を斬り落とし、そのまま腕ごと斬り裂く。しかし代わりに、ウィンダムのビームライフルがゲイツの胴体を貫通していた。

 アルベールが苦い祈りを口の中で唱えるより早く、ゲイツの足元のグゥルがスラスターを吹かす。ゲイツの爆発で機体を揺さぶられる中、アルベールはバビを追撃しようとしたメイファ機が、グゥルの体当たりを受けてバックパックを失うのを見た。

 

 

 

 

 

 既に基地に対する攻撃は始まっているのだろう。対空砲が撃ち上がっているのが見えるが、あれではどうにもならない。航空機の数が少なく見えるのは、ザフトの奮戦の結果か連合の作戦の副産物か。艦砲による攻撃がないという事は、艦艇の接近阻止には成功したという事だ。

 ザフトの基地構築物がどの程度の耐久力を有しているのか、攻撃の合間を縫ってシャトルを打ち上げるだけの度胸と技量を持っているのか。ビームを回避し、ディルクはモニターを望遠にする。

 打ち上げ状態のシャトルをMSで打ち落とすのは難しい。飛行能力が限定的なノワールストライカーではなおの事だ。最後の増槽と外付けバッテリーをパージし、ディルクは咆える。

 

「来た・・・・・・落として!」

「任されて!」

 ガルム・ガーのコクピットで二つの声が交錯する。パイロットの耐G限界に迫る機動で、ガルム・ガーが機体を揺する。赤熱した両の鋏でレールガンの弾丸を受け取め、陽電子リフレクターが乱射されるビームガンを弾き続ける。

 揺れる巨体から正確無比に放たれるビームとリニアガン。ノワールダガーの機動範囲を制限するように攻撃が撒かれる。やむなく正対したノワールダガーが対艦刀を抜いた。ガルム・ガーのクローが展開する。

「捕ま・・・・・・!」

「・・・・・・らん!」

 いつの間にか握り変えていたビームサーベルが、ガルム・ガーの鋏を切断している。すかさず放ったリニアガンも、フェイズシフトした滑空翼を前方に展開する事で弾かれ、カナンは盛大に舌打ちする。リニアガンの衝撃を利用して間合いを取ろうとするノワールダガーの目の前で、ガルム・ガーが噴火したかのようにスラスターを吹かす。

 急降下で突進を回避したノワールダガーの頭上から、ガルム・ガーの近接機関砲が降り注ぐ。機体の機動を追い回すように撃ち込まれる弾丸に、ディルクは機体を反転させて反撃を試みた。

 だが、明確に死を感じ取れるようになった彼は、その無謀さに活路を見出せない。レバーを引いて機体の向きを変えた。

「落ちた!?」

「違う! 後ろだ!!」

 ミコトの声にカナンが応じる。腕を後方に向けて攻撃を放つが、水柱を生む事しかできない。海に突っ込んだノワールダガーが再び空中に飛び上がり、ガルム・ガーの背後を取る。

 コクピットが激しく揺れ、スラスターへの損傷が示された。一気に高度の落ちたガルム・ガーの頭の上を、ノワールダカーは飛び去ろうとしている。ミコトは、ブレる機体を必死に制御した。機体の揺れが止まった瞬間、彼女は叫ぶ。

「今度こそ、当てろ!」

「奥の手は・・・・・・最後に飛ばすもんだ!!」

 ガルム・ガーの腕が関節から外れ、ミサイルのように飛び出した。ワイヤーで有線誘導されるそれは、鋏を広げてノワールダガーを襲う。ディルクがその武器の正体に気付いた時は、既に遅かった。

 ノワールダガーの腰を挟んだ鋏は、着水したガルム・ガーもろともノワールダガーを海面へと引き摺り降ろす。

 海面と海中を交互に映すモニターの中、水平線に浮かんで見えるザフトの基地施設が激しく煙を上げているのをディルクは見た。トルベン・タイナートの乗ったシャトルの打ち上げを阻止するという、彼自身の任務はとりあえずは成功だろう。だが、何の感慨も湧かなかった。

 

 それは、基地施設を攻撃している連合にとっても同じである。ゲンヤ・タカツキは、艦隊の取りまとめと、帰還してくる艦載機の着艦作業を急がせる。

「てこずったな、色々と」

 スカイグラスパーを分散し小出しに出撃させるのは各個撃破の危険性を伴うが、敵に十分な数がないと読んだゲンヤはあえてその作戦をとった。結果、スカイグラスパーの多くは基地施設攻撃に成功している。

 ただ、対潜水艦戦は積極的に行わなかったため、敵艦への打撃はほとんど与えられていない。ザフトの潜水艦同士が戦闘をしているという情報もあり、大量の音響デコイが撒かれていた事から攻撃も出来なかったのだ。機雷に接触して速度の落ちた艦から、乗組員の撤収が始まっている。

 浮体構造物を利用した基地施設が、攻撃によって大きく傾いたとの連絡が入った。これでシャトルの打ち上げは不可能であり、作戦は成功と判断する。後は、大西洋の大型MAの回収作業が終わるまで、警戒を怠らずに待つだけだ。

 

「長い・・・・・・ですね」

 クルーが囁くように言う。レイアウトは宇宙艦とそれほど大差ないというのに、潜水艦の圧迫感はひとしおだった。耐圧深度ギリギリで息を潜めているボズゴロフ級では、海面の連合艦が海域を離れていく音を聞き続けている。

 眉間を中指で揉むようにして、サイモン・メイフィールドが微速前進を命じた。艦装甲に張られたスケイルモーターが作動し、潜水艦の移動音を消す。

 やがて海面に姿を現したボズゴロフ級は、その上部甲板のハッチを開く。MS発射筒に設置されていたのは、ロケットであった。小規模の貨物や人員を輸送するための使い捨て打ち上げカプセル。トルベン・タイナートとその研究グループは、疲れきった表情でその中にいた。

 旧世紀のロケット同様に、打ち上げ時の大きなGを全身に感じながら、トルベンは自分の持つデータを巡る空虚な争いに思いを馳せる。それは、これからも続いていくのだろうと。

 

 

 

 

 

 カオシュンにあったマスドライバーが使えなくなり、東アジアではシャトルの打ち上げが困難になっている。大陸の内陸部や、東シナ海の島などに小規模の打ち上げ施設は持っているが、効率的とは言いがたい。

 オーブの宇宙港に専用の輸送機が引き出されていく。FUJIYAMA社がチャーターしたものだ。再建中のマスドライバーより一足早く、シャトルの打ち上げ基地は稼動を開始していた。外部燃料タンクへの燃料注入が始まっている。

「夜には、打ち上がりそうです」

 空港職員の報告を受け、カナデ・アキシノは出発の準備を始める。核エンジンの現物を確認するために、宇宙に上がるのだ。

 自分よりももっと上、即ちFUJIYAMA社の経営幹部それもごく一部の人間が、核エンジンの現物を持つという組織と接触を続けていたのだ。自分の両親も知らない部分で、そんな重大な事柄が進められていた。あまり愉快な気分にはなれない。

 ブルーコスモスが持っていた核エンジンは、ブレイカーの消失によって失われたはずである。ならば現物が存在するのはザフトだけであるが、問題はザフトの一部とオーブの一部は、戦後も密接な関係を続けているとの情報が存在する事であった。

 戦中、モルゲンレーテが核エンジンを持つ機体に接触していたのは公然の秘密であり、それ以降も何らかの技術的繋がりを持ち続けているというのは想像に難くない。そこにFUJIYAMA社も絡んでいるのだとすれば、この話もどうにか納得のいくレベルとなる。

 ならばそれが、なぜ全社的な方針ではなく一部の人間が秘密裏に進める話となっているのであろうか。カナデは空港に隣接するホテルの部屋を出た。

「ブルーコスモスと同じレベルの話、なのかもね」

 戦中、核エンジン搭載MSを運用していたのは、ザフトではなくその分派だったのだ。オーブの亡命政府も資金援助していたというそのザフト分派は、ヤキン・ドゥーエ宙域戦に潜入し、連合とザフトに大損害を与えた上に、プラントのクーデター勢力を支援してクーデターを成功させた。

 ブルーコスモスが牛耳っていたと陰口を叩かれる連合と同じレベルで、プラントも混乱していたのだ。核エンジンもその混乱の元凶が手にしているのかもしれない。

 まともにビジネスが出来るのだろうか、彼女はそう思いながらタクシーを拾った。

 

 

 

 

 

「第七予備管制塔、第七予備管制塔、状況を説明されよ」

「こちら第七予備管制塔、異常無し。通常の打ち上げシークエンスを継続する」

 自動音声が定型の文句を返し、カウントダウンの数字は順調に減り続けていく。画面には異常を示す複数の警告が表示されているが、キーボードを操作するたびにその警告は消えていく。モニターに映し出されているのは、滑走路に引き出された小型のシャトルであり、そのシャトルに乗り込んでいるオイレン・クーエンスの顔である。

 シビル・ストーンは別の画面を呼び出すと、シャトルの軌道計算を再度行う。修正結果をシャトルの自動操縦装置に転送し、笑顔を見せた。

「大丈夫、間違いなく上がれるわ」

「あぁ、ありがとう」

 そっけない言い方であっても、彼の口から感謝の言葉が出てくるだけで十分だった。別の管制塔から繰り返し入ってくる通信を聞き流し、管制塔の機器を停止させようとする外部からの干渉を排除する。

 二人は、大洋州から再びカーペンタリアに舞い戻っていた。オイレンを再び宇宙に上げるためである。シビルは、彼に頼まれた事を異常な的確さでやってのけた。

 偽の整備指示書や配置転換命令書をシステムの中に紛れ込ませた。それを使って彼が乗るためのMSとしてゲイツRを調達し、打ち上げのためのシャトルを準備した。基地の警戒網をくぐってオイレンをカーペンタリアに潜入させた。彼を自室に匿って時を待った。別のシャトルの着陸時間に合わせる事で、滑走路の封鎖などが出来ない日時を探った。そして今、普段は使われていない管制塔に忍び込んで、打ち上げの最終段階に入っている。

 自分でも驚くほどに色んな事が出来るようになっていた。何事にも目立たず、ただ周囲に溶け込むように過ごしてきた今までとは、何もかも違った。自分の考える事の全てがエキサイティングであり、感じる事の全てがスリリングだった。

 毎夜囁かれる「お前だけが頼りなんだ」というオイレンの言葉に、幾度と無く絶頂を味わった。そのたびに、生まれ変わったような感覚を覚えた。

 いや感覚ではない、事実として生まれ変わったのだ。モニターの中で細かな機器のチェックを行っているオイレンの顔を見つめながら、シビルは表情を緩ませる。壁のスピーカーが警告音を鳴らす。

 舌打ちをしてモニターを切り替えると、武装した兵士が管制塔のドアに取り付いたのが見える。カウントダウンの数字を確認して、キーボードを操作する。管制塔の出入り口のロックが固定された。バーナーや電動カッターを用意しているようだが、発射まで十分に時間は稼げるはずだ。

「大丈夫なのか」

「ええ、心配しないで」

 モニターを見つめ、そこに切なく手を伸ばす。再び計器の方に向かった彼の視線は、彼女から外れるが、彼女の視線はじっと彼を捉えていた。カウントダウンの数字が色を変える。

 オイレンはモニターを外部に切り替えた。遮るもののない滑走路が彼を迎えている。デジタル表示がゼロを指し示し、計器が一斉動き出す。振動と加速度が、ゆっくりと伝わってくる。

 自分を切り捨てた連中に、自分の力を見せ付ける。そのために宇宙に上がるのだ。はしゃぎ出したい気分を抑えてオイレンは打ち上げの慣性重力に備える。切り忘れた通信機から、激しい銃声が聞こえた。オイレンは通信機を切る。

 滑走路を飛び出したシャトルは、着陸態勢に入ったシャトルとすれ違うように上昇していく。このシャトルの存在は、先に準備されていたプログラムによって正規の打ち上げ便にすり替えられ、彼の身分は用意された偽のIDカードによって誤魔化される事になっている。

 オイレンはただ一点、宇宙を見据えていた。


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