TOWRM3 〜ThePlain's Walker〜 作:赤辻康太郎
「「ライトニングッ!!」」
二人の少女の声が響き、二つの雷がサレに向かって落ちた。
樹が中々攻めない中、全員が樹はサレの術後の隙を狙っていると考えていた。攻められる状況でも中々攻め手に転じないので当たり前でる。だが二人の少女の考えは少し違った。
(樹は待ってる。一撃で決める絶対的な隙を−−)
(なら、今私が出来る事は一つ−−)
樹の真の意図を理解した後の少女達、カノンノとレインの行動は速かった。
「か、はっ!」
サレは一瞬自分の身に何が起きたか分からなかった。それを理解した時には、樹の攻撃が既に迫っていた。
「双旋牙っ!!」
樹は体を大きく捻り、戻る反動を上乗せしてサレの腹部に刀と鞘を横薙ぎに振った。
「ぐぼあああっ!」
完全に棒立ちになっていたサレに樹の渾身の一撃を受け止める術があるはずもなく、吹き飛び、森林特有の巨木の根に激突し土煙が盛大に舞った。
そう。これこそが、樹の考えた真の作戦。とどのつまりは『仲間の支援待ち』である。
樹はサレを見たときには既に実力の差を感じていた。真っ向から行っても敵わないと。だからこそのこの作戦、自分一人で敵わないなら皆で戦えばいい。
これは通常なら当たり前、作戦ですらない。しかしレイン達は物資を守りながら戦っていたため疲弊し、普段の実力が出せないでいた。回復魔法には傷を癒す力はあっても体力回復や増血作用が低いのがアダとなっていたからだ。さらにはサレに追われていた女性の存在。これもレイン達を疲弊させる要因となった。そんな状態のレイン達はサレにとっては絶好の的。狙い撃ちされるのが目に見えていた。カノンノと一緒に戦う事も出来たが、物資や女性を守る人員が少しでも欲しかった。故に、樹は一人で戦うしかなかった。
だがこの作戦には致命的な欠点があった。それはサレに悟られる可能性が大きい事だ。軍人であり軍の中でも実力者であるサレなら樹の作戦を看過することは容易いはず。
だから樹はサレの判断力を乱す方法を考えた。それがあの『奇襲』であった。樹はサレの様な人間は自分の一番の楽しみを邪魔されるのを酷く嫌う事を経験的に知っていた。だからこそあのタイミング、サレが悦に浸っている時に奇襲した。そして樹の予想通り、サレの思考は樹に対する怒りに向いた。あとはプライドの高そうな奴のカンに障る様な挑発をするだけ。
画してサレは樹の思惑通り、樹を殺す事のみに固執し、レイン達の存在を忘れる事となった。結果、樹の作戦が成功した。
「ナイスタイミング」
「えへへ」
「ふふふ」
樹はサムズアップでカノンノとレインを讃えた。二人は樹に褒められた事が嬉しかったのかはにかんだ様に笑った。
「ちっくしょおおがああああっ!!」
とその時、土煙の中からサレが雄叫びを上げながら現れた。血走った目は先程以上の怒りと殺意に満ちていた。
「何故だ!何故あのタイミングで術が撃てた!?何で発動するのが分かった!?」
サレは怒りを隠そうともせず喚き散らした。
「そんなの決まってるよ」
「何!?」
サレの疑問に答えたのは樹ではなくカノンノだった。
「樹は私達を信じてくれた」
「だから私達も樹を信じた。ただそれだけ」
「ま、絆の力ってやつさ」
カノンノ、レインの順で二人が理由を言い、樹が締め括った。
「信頼?絆?はっ!僕はねそういうのが一番嫌いなんだよ!」
そう叫ぶとサレは詠唱に入った。
「フヒャハハハッ!そんなに仲が良いなら、君達纏めてぶっ殺してあげるよ!」
どうやらサレは広範囲で威力の高い魔術を発動させるようだ。
「はあ……。アンタ俺の話しちゃんと聞いてた?」
「何い!?」
樹が呆れた様にサレに問い、サレは怒気を込めて反した。
「だから、アンタは誰と戦ってんだよ」
「何を言ってっ!」
樹の言葉に、サレは自分が招いた大きなミスに気がついた。
「もう遅えよ」
サレが気づいた時には、既に手遅れだった。
「俺達を」
「忘れるなよ!」
−−メキョ−−
「ぎひゃあっ!」
土煙を目隠しにし、サレの死角に入っていたヴェイグとシングの右ストレートが、サレの頬にクリーンヒットした。詠唱は強制的に中断され、サレは錐揉み回転しながら再び吹っ飛んだ。
「あらら。おいしいとこ持ってかれたか」
「何言ってんだよ」
「元々俺達の相手だ」
樹が愉快そうに言うと、シングは笑いながら、ヴェイグが手の埃を払いながら続けた。
「ハハハ」
「ヘヘ」
「フッ……」
−−パンッ−−
樹、ヴェイグ、シングの三人はお互いに笑い合うとハイタッチをして互いの健闘を讃えた。
「くそっ、くそっ、くそおおおっ!」
と、土煙の中から雄叫びを上げながらサレが立ち上がった。ヴェイグとシングに殴られた頬は腫れ上がり、口の端からは血が流れていた。
「何だ。まだ戦(や)ろうっての?」
樹達はサレの様子に鬼気迫る物を感じ、再び武器を構えた。
「……君、樹って言ったね」
樹はサレが自棄になって攻撃してくるかと思ったが、意外にもサレは冷静だった。ヴェイグとシングの一撃で頭に上っていた血が覚めたようだ。
「それが?」
「覚えたよ。君の顔と名前。次に会った時は容赦しないから、楽しみにしておくんだね」
サレはそう捨て台詞を吐くとその場から立ち去っていった。
「ん〜。目え付けられたか?」
「当たり前でしょ」
顎に手を当て呟く樹に、カノンノは呆れ気味にツッコミを入れた。と、そこに助けた女性が近付いて来た。
「あの、助けてくれてありがとうございました。私、ガルバンゾ王国の王女、エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインです。エステルって呼んで下さい」
助けた女性、エステルは助けてもらったお礼を述べ、自らをガルバンゾ王国の王女だと名乗った。
「ガルバンゾの王女様が何でこんな所に?」
「詮索は後!早く物資を届けようよ」
「……その事なんですが」
樹は王女が一人でこんな所にいる理由を聞こうとしたが、カノンノがそれを遮り物資の輸送を促した。だがミントが申し訳なさそうに割って入ってきた。良く見るとレイン達の表情も暗かった。
「まさか……」
「ごめん。サレにやられて、物資の殆どが駄目になっちゃったんだ」
「ごめんね、ヴェイグ」
カノンノの想像通り、物資の殆どがサレによって破壊されてしまっていた。レインは責任を感じヴェイグに謝った。
「いや。レインが謝る必要はない。守れなかったのは俺も同じだ」
「そうですよ。レインさんが一人で抱え込む必要はありません」
謝るレインに、ヴェイグが責任は自分にもあると言い、ミントもレインが一人で抱え込む事はないと言った。
「……一旦船に戻るか、この事をアンジュに報告しなきゃいけないし。王女様−−」
「エステルです!」
「……の事もあるしな」
樹がエステルの事を王女と呼んだ途端にエステルが訂正した。どうやら余り王女と呼んでほしくない様だ。
「そうだね。それにサレが居るなら今日はヘーゼル村の人達に会うのも難しそうだし」
樹の提案にカノンノが肯定し、他のメンバーも反対しなかったので、一度バンエルティア号に戻る事になった。
「もう少し待ってください!はぐれた仲間がいるんです」
だがエステルは仲間と合流するまで待ってほしいと言った。
「待ってほしいってそんな長い時間−−」
「おーい、エステルー!」
「待つ必要なさそうだね」
長居は出来ないと言おうとした樹の声は、エステルを呼び掛ける声によって遮られた。程なくして樹達の前に一人の青年と少女が現れた。青年の方は、腰まである男性にしては長い黒の長髪で、黒い服を着、金の腕輪をつけていた。手に持った鎖の先には一振りの刀が巻き付いていた。少女は茶色のショートヘアで赤を基調とした服を着て頭にゴーグル、胸元にはルーペがぶら下がっていた。
「あんた等がエステルのお仲間?」
「……お前達は?」
「ユーリ、待ってください!」
エステルは今にも刀を抜きそうな青年、ユーリを止めると事情を説明した。
「悪かったな。俺はユーリ・ローウェル。ガルバンゾのギルドの者だ」
「アタシはリタ。リタ・モルディオ。ガルバンゾで研究員をやってるわ」
二人は樹達に自己紹介をし、樹達もそれに倣った。
「じゃあそういう訳だから一旦船に来てくれ。積もる話しもそこでって事で」
「ああ」
「わかったわ」
ユーリとリタも船に行く事は反対はしなかった。
「んじゃ行きますか」
そして一行はバンエルティア号に戻った。
−−バンエルティア号−−
「そう。そんなことが起きてるなんて……」
アンジュはエステルの話しを聞くとそう呟いた。ここはバンエルティア号にある客室の一室。エステルが王女という立場であるので落ち着いて話せるこの部屋が選ばれた。部屋の中にいるのはエステルとユーリ、アンジュの他に樹、カノンノ、レインだ。リタは研究者の血が騒ぐのか、研究室があると聞くと直ぐさま研究室に向かった。
エステルの話しによると、サレの所属するウリズン帝国と、エステルのガルバンゾ王国は星晶の採掘権を巡って争っていた。そんな中、星晶の採掘が終了した土地の生物が変化すると言う現象が起きている。その事を知ったエステルはユーリ、リタを連れて自ら調査に乗り出した、ということらしい。どうやらユーリ達とはぐれ、サレに襲われたのはその道中の様だ。
「それで、貴女達はどうするつもりなの?」
「私は、この目で今世界がどの様な状況なのか確かめるまでは国には帰りません」
「俺は国には帰れねえ。王女様誘拐の犯人にされちまったからな」
アンジュの問いに、エステルは目的のため、ユーリは事情により国には帰らないと答えた。
「なら、ここで働いてもらえないかしら?」
「いいんです?」
アンジュの提案にエステルは驚いた様に聞き返した。
「ええ。こちらとしても人手が増えるのは大歓迎ですから」
「……よく言うよ。始めからそのつもりだったクセに」
「何か言った?」
「いや、何も」
樹は小さく呟いたつもりだったが、アンジュにま丸聞こえだったようだ。アンジュに黒い笑顔で睨まれてはさすがの樹も黙るしかなかった。
「成る程ね。こりゃ、中々食えない人だな」
「ふふふ。どうかしらね」
ユーリの皮肉にもアンジュは口に手を当てて笑うだけだった。
「ま、何はともあれ。仲間になったんだ。よろしく頼むよ」
「よろしくね」
「よろしく」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
「ま、よろしくな」
樹達は改めて仲間になった事を喜び合った。
「じゃあ私はエステルの依頼の手続きをしてくるから」
アンジュはエステルの依頼をアドリビドムの依頼として正式に受理する手続きのために部屋を出て行った。
「さて。今日は疲れたし、あとは部屋に戻って休むとするか」
「あ、ちょっと待って」
疲れたから自室で休もうと移動しかけた樹を、カノンノが呼び止めた。
「ん?何か用か?」
「用かって。約束忘れたの?」
「約束?」
樹はカノンノ言う約束が何なのか分からない様だった。
「もう!私が模擬戦に勝ったら樹が一週間おやつ作ってくれる約束でしょ!」「樹のおやつ」
カノンノの言った『樹がおやつを作る』と言う言葉にレインはピクッと反応した。心なしか猫耳が立った様に見えた。
「あ〜。そんな賭けしてたな。忘れてたわ」
「えー!ひどお〜い」
「悪い、悪ぃ。ちゃんと約束は守るよ」
頬を膨らませるカノンノに、樹は両手を合わせて謝った。
「……丁度良いな。俺も今甘い物が食べたかったんだ」
「なら一緒に行く?」
「は?」
「ご一緒してもいいです?」
「いいよ」
「え?」
ユーリとエステルも二人に同行したいと言いカノンノはアッサリと了承した。当然樹は面食らった。
−−クイッ、クイッ−−
「ん?」
樹は服が引っ張られる感覚がしたのでそちらの方を見ると、レインが樹の服を引っ張っていた。
「……何だ?」
「私も樹の作るおやつ食べたいな」
樹は嫌な予感がしたが一応聞いてみた。が、返って来た答えは予想通りの物だった。ただし上目遣いで首を軽く傾げて言ってきたのは予想外だった。樹は「はあ〜」と大きな溜め息を一つ吐くと、
「分かったよ。作れば良いんだろ、作れば」
諦めた様に言った。とその時
「−−一つ忘れてたわ。樹、カノンノ」
「ん?」
「何?」
アンジュが何か忘れていたのか、部屋に戻って来るなり樹とカノンノを呼んだ。
「あなた達に任せていた依頼、報告まだだったでしょ?」
「……あ」
「……忘れてた」
樹とカノンノはサレの事もあってか、コンフェイト大森林に行くための口実として受けていた依頼をスッカリと忘れていたのだ。
「……忘れてた。ふ〜ん」
アンジュが笑いながら呟いた。ただしその眼は笑っていなかった。おまけに背後に明王が仁王立ちしているのが見えた。
「ア、アンジュさん。これは……」
「樹?」
「はいっ!」
樹は何とか弁明を試みたがアンジュに名前を呼ばれて中断を余儀なくされた
「ウチみたいな小さなギルドにとって、最も重要な物は?」
「信用です」
樹はアンジュの問い掛けに即答した。アドリビドムはギルドとしての規模や知名度はまだまだ小さいので一つ一つの依頼を確実に熟し、少しずつでも信用を得る事が何よりも大切。樹もそれは理解していた。
「なら何で依頼を忘れたの!」
ついにアンジュの雷が落ちた。
「カノンノも!貴女は樹の先輩でしょ!」
「うう」
アンジュの言わんとしている事が分かっているので、カノンノは何も言い返せなかった。
「二人共!今すぐ依頼を達成してきなさい!それまではおやつも夕食も抜き!いいわね!」
「「イ、イエスッ、アイ、マム」」
樹とカノンノは慌てて部屋を出て行った。
「まったくもう」
アンジュはプリプリと怒りながら部屋を出て行った。
「まったく、賑やかなギルドだな」
「ふふ。そうですね」
部屋に残ったユーリとエステルは笑いながらそう呟いた。
−−その夜−−
樹は一人看板に出て、寝転びながら星を見ていた。
「樹?」
すると、樹を呼ぶ声がしたので、樹は声のした方に顔を向けた。
「レインか。眠れないのか?」
「うん。樹は?」
「俺も似たようなもんだ」
レインは樹の傍まで寄ると、
「隣、いい?」
と聞いた。樹は断る理由もなかったので「ああ」と短く答えた。レインは樹の許可を得たので樹の隣に座った。
「考え事?」
暫く経った後、レインは樹の顔を見ながらそう尋ねた。
「ああ」
樹はレインの顔を見ずに答えた。
「……サレと戦ってた時、正直怖かった」
「うん」
ポツリと話しはじめた樹に、レインは静かに相槌を打った。
「でな、その時思ったんだ。『これが殺し合いなんだ』って」
樹はサレと対峙して初めて命のやり取りを感じていた。
「当たり前だよな。今までそれとは無縁の世界で暮らしてたんだから」
樹は地球(元いた世界)では戦いは喧嘩ぐらいしか経験していなかった。勿論、喧嘩で命を落とす可能性がないわけではない。けれどもそれは言わば『時の運』。今回の様に『敗北』が即刻『死』に繋がる訳ではない。喧嘩の殺気は所詮喧嘩。命を賭けた『本当の殺気』には遠く及ばない。樹は身を以ってそれを感じた。
「けどな、後で考えたら、それは違ってたんだ」
「え?」
だが、樹は自分の考えは違っていたと続けた。
「本当は初めてじゃなかった。もっと前に感じてた。いや、感じてなくちゃいけなかった」
樹の言った『もっと前』。レインは何となくであったが予想がついた。
「……魔物と戦った時」
「ああ」
レインの答えに樹は頷いた。樹は上半身を起こし、自分の掌を見つめた。
「魔物だって当然生きてる。命がある。けど、俺は魔物との戦いに『命のやり取り』を感じなかった」
「樹……」
「これじゃあ何時かサレと同じになる。人と戦っても何も思わなくなるような人間に。そう思ったら、余計に怖くて、情けなくなったんだ」
動物を欲望のままに殺し続けた人間はいずれ人間を殺す。犯罪心理等でよく言われる言葉だが、樹はそれを自分に感じていた。樹が魔物を殺すのは欲望のままにではない。けれど、何も考えてなければ結局同じ。樹はそう考えていた。樹は未来の自分に対する恐怖からか、はたまた情けなさからか、小刻みに震えていた。
「樹……」
−−ギュ−−
レインは震える樹を優しく抱きしめた。
「レイン……」
「大丈夫だよ」
突然の事で一瞬呆けた樹に、レインは優しく語りかけた。
「大丈夫。樹はサレなんかにならないよ」
「……」
「もしなりかけても、例えなったとしても、私が、私達が止めるから、ね」
レインは樹に微笑んだ。樹はレインの笑顔を見て、肩の荷がスッと落ちた様な気がした。
「……まさか、お前に慰められるとはな」
「どういう意味?」
樹が自嘲気味に言うと、レインは頬をプクッと膨らませた。
「……ククク」
「……フフフ」
二人は何だか可笑しくなったのか、互いに見つめ合って笑い合った。
「そろそろ寝るか」
「うん」
二人は自室に戻るため立ち上がり、連れ立って船内に入っていった。
「……樹、レイン……」
後に残ったのは、夜風に揺れる、二人の様子を影から窺っていた桜色の髪であった。
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