TOWRM3 〜ThePlain's Walker〜   作:赤辻康太郎

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番外編その2です。本編の補助的な話です。時期的にはコンフェイト大森林での星晶探索より前になります。


番外編その2

番外編その2

 

 

「……」

 

樹はバンエルティア号の甲板中央で眼を閉じて立っていた。刀を左手に納刀状態で持ち両肩は力を抜いた状態で立っていた。樹の正面方向数メートル離れた所に空き瓶が一つ置かれていた。

 

「……っ!魔神剣!」

 

 

−−シーン−−

 

 

樹は眼をカッと開くと抜刀、技名を叫びながら刀を切っ先が地面に擦る様に右下から左上に向かって振り抜いた。が何も起こらず、空き瓶も立ったままだった。

 

「魔神剣!」

 

今度は返す刃で左下から右上に振り抜いた、が又しても何も起こらなかった。

 

「魔神剣魔神剣魔神剣魔神剣魔神拳魔神剣魔神剣魔神剣魔神剣魔神拳魔神剣!」

 

樹は何度も技名を叫び刀、時には拳を振るが、何も起きず、空き瓶も時折風に当たりカタカタと音を立てるだけであった。

 

「だーくそっ!全っ然ダメだ!」

 

樹は背中から甲板に倒れ込むとそのまま仰向けに寝転がった。

 

「何で出来ねえんだ?」

 

樹が長閑に流れる雲を見ながらぼやいていると、

 

「何してるの?」

 

頭上、正確には後ろから声をかけられた。

 

「ん?ああ、カノンノか」

 

樹が首だけを動かして声の主を確認すると、カノンノが立っていた。

 

「そんな所に立ってるとまたパン……待った、俺が悪かった!だから剣を振りかぶるのを止めろ!」

「まったくもう」

 

カノンノは余計な事を言おうとした樹に制裁を加えようとしていた剣を渋々納めた。

 

「それで、こんな所で何をしていたの?」

 

カノンノは樹の横に座ると改めて何をしていたのか尋ねた。

 

「ひ・み・つ♪」

 

だが樹は(本人曰く)茶目っ気タップリに満面の笑顔ではぐらかした。

 

「……」

 

カノンノは樹の笑顔を見ると、顔を耳まで真っ赤にして眼を逸らした。口元に手を当て小刻み震えながら必死に顔がだらし無くなるのを耐えながら。

 

「いや、そこまで露骨に眼を逸らされると結構凹むんだが……」

 

だがそんなカノンノの心境に気づいていない樹は見当違いな事を言った。

 

「はぁ……」

 

故に、カノンノの顔から赤見が一気に減り溜め息を吐くのも当然と言えた。

 

「どした?」

「何でない」

「?」

 

つくづく、『鈍い』とは罪である。

 

「二人共、何してるの?」

 

と、そこに買い出しに行っていたレインとクラトスが帰ってきた。二人が両手いっぱいに抱えた紙袋には食材や日用品で溢れていた。

 

「ふむ……魔神剣の練習をしていたのだろう」

 

樹と、離れた所に置いてある空き瓶を交互に見てクラトスはそう推察した。

 

「え?そうなの?」

「……ああ、そうだよ」

 

クラトスに一発で見当てられて、樹は少し悔しそうに肯定した。

 

「もう。それならそうと言ってくれたらいいのに」

「別に言う程の事でもないだろ」

「隠す事でもないよね」

「ぐ……それは……」

 

レインに言い返されて、樹は珍しく二の句が告げなくなった。

 

「どうせ思春期特有の理由もないプライドだろう?」

「……」

 

又してもクラトスに言い当てられて、樹はそっぽを向いた。

 

「はぁ。男の子って何でそうなんだろ?」

「ねえ」

「うるへい」

 

呆れ顔で頷き合うカノンノとレインに、樹はそう言い返すしかなかった。

 

「それで、何で魔神剣の練習を?」

「遠距離攻撃の手段があった方が戦闘の時に色々と有利だろ?」

 

カノンノの質問に、樹は今度は正直に答えた。

 

「でも、それなら魔術でも良いんじゃない?」

 

レインの指摘通り、遠距離攻撃なら何も魔神剣だけでなく魔術も当てはまる。更に言えば弓や銃でも十分だった。

 

「術は詠唱中に隙ができるかなら。それに……」

「それに?」

「呪文を覚えるのが面倒臭い」

 

樹の何とも単純な理由に、三人は開いた口が塞がらなかった。

 

「ただでさえルミナシアの言葉を覚えるので手一杯なのに、古代神官語とかエルフ言語なんて覚え切れねえよ」

 

魔術の詠唱には、現在ルミナシアで一般的に使われている言語ではなく、古代神官語や古代エルフ言語等の『古代語(エンシェントワード)』と言われる言語が使われている。古代語は発音や文法が現在と異なる。そのため魔術師や治癒師(ヒーラー)、神官を志す人以外は習得する機会も必要性もなく、また習得するにはかなり努力しなければなかった。異世界(地球)人である樹にとっては尚更である。

 

「ま、まあ言われてみれば」

「確かに、古代語を覚えるより魔神剣を覚えた方が適当ではあるな」

「だろ」

 

カノンノ達も改めて納得した。

 

「けど、それなら銃とかの使い方を覚えた方が早くない?」

「それでも良いけど、やっぱし先ずはコイツ(刀)一本で戦えるようにならないとな」

「うむ。銃と剣を使った戦い方もあるが、やはり先ずはどちらかをある程度以上極めなければな」

 

武器というものは一種類だけを極めるのにも相当の時間と努力が必要となる。まして異なる二種類の武器となると、戦える様になるまで幾ら掛かるか。

 

「そんな訳で、魔神剣を練習してたんだよ」

「ならクラトスさんやクレスに教えて貰えば良かったのに」

 

クラトスやクレスは戦闘経験が豊富なので剣の師として教えを仰ぐのに最適な人材であった。

 

「まあ、それも考えたんだけど……」

「だけど?」

「一人で練習して覚えて皆を驚かそうかと」

 

何ともどうでもい理由であった。

 

「何それ?」

「中二病?」

「待てレイン。どこでそんな言葉覚えた?」

 

思わずレインの口から出てきた言葉にツッコミを入れた樹だが、結局はそう言われても仕方ないと言わざるをえない理由であった。

 

「まあ理由はともあれ、樹は『気』を使えているからコツさえ掴めばすぐに習得できるだろう」

 

クラトスは呆れながらもそう言った。

 

「気?」

「何だ、気づいて、いや知らなかったのか?技を使う時に手や足に気を篭めていただろう?」

 

クラトスはてっきり樹が気の使い方をマスターしていると思っていた。

 

「んにゃ。いつも気合い入れてるだけだ」

「……天賦の才、か。まったく末恐ろしいな。いいか?気とは……」

 

クラトスの説明を要約すると、『気』とは所謂『精神エネルギー』の一種で、体外から摂取したマナによって精製される。精神エネルギーはその名の通り主に精神面での活動に必要なエネルギーである。中でも気は精神的活動だけでなく術技の様な肉体的活動にも用いられる。魔神剣の衝撃波も気で強化した腕、覆った剣を振り抜く事により周囲の空気を衝撃波として押し出したものである。

 

余談ではあるが、魔力も気と同等の位置づけであり精神エネルギーの変換効率の差異によりその人が『物理タイプ』か『魔術タイプ』がが決まる。

 

「……と言うわけだ」

「成る程ねぇ。つまり、俺は技を使っている時、気合いを入れているつもりが無意識に気を篭めていたわけか」

「そういう事だ」

 

樹はクラトスの説明を聞くと腕を組み「うん」と頷いた。

 

「やっぱしこれ以上は一人じゃ限界だな。クラトス、俺に気の使い方を教えてくれ」

 

樹は一人で特訓する事の限界を悟り、クラトスに教えを請う事を決めた。

 

「すまない。私はこれから長期の仕事が入ってるんだ」

「なら仕方ないか。じゃあクレ……」

「クラトスさん。支度できました」

 

と、そこへ旅仕度をしたクレスとミントがやって来た。どうやらクラトスを呼びに来たようだ。

 

「クレス達も仕事に行くのか?」

「ああ。クラトスさんと一緒に『幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)』のキャラバン隊の護衛に行くんだ」

「一週間程同行する予定です」

 

間の悪い事に、クラトスもクレスも長期護衛依頼のため船を離れるようだ。

 

「幸福の市場ってあの五大ギルドのか?」

 

幸福の市場は女社長カウフマン女史が率いる商業ギルドで『世界五大ギルド』にも巨大ギルドである。『砂粒から隕石まで』をモットーに扱えない品はないとさえ言われている。

 

「ああ。以前幸福の市場の依頼を受けたことがあってな。その縁だ」

「クラトスさんのお陰でアドリビドムにも依頼が来る様になったんだ」

「へぇ。まあウチみたいな新興ギルドにしちゃあ大事なお客様であり宣伝元ってわけか」

「言い方はどうかと思うが、まあそういう事だ」

 

アドリビドムの様な新興勢力にとって幸福の市場の様な大ギルドからの依頼は大口というだけでなく『宣伝効果』も重要になってくる。良い仕事をすればギルドを通じて世間にアピールできるが、仕事が悪いと悪評が広がる。故にこの手の依頼は特に重要となる。そういった意味では、今回のメンバーは実力、人柄ともに申し分ないといえる。

 

「しゃあない。他を当たるよ」

「すまんな。では行って来る」

「皆、一週間留守を頼むよ」

「お土産を買って帰りますから」

「頑張ってね」

「行ってらっしゃい」

 

樹、カノンノ、レインは仕事に向かうクラトス達を見送った。

 

「さて、どうするか」

「ロックスに頼んだら?私やアンジュもロックスに戦い方を習ったよ」

 

ロックスは外見からは見えないがかなりの武芸の達人で、カノンノが幼い頃から指導をしていた。なので指導役にはピッタリだとカノンノは提案したが、

 

「いや、ロックスはやめとくよ。これ以上負担かけるわけにもいかないし」

 

と、樹は断った。ロックスはコンシェルジュとして食事の支度は勿論、掃除に洗濯、備品や食料の在庫管理から買い出し、さらにはマッサージやカウンセリングなど多岐に渡る仕事をしている。これに加えて樹の訓練となると、とてもではないが体力が持ちそうにない。今でさえ負担が大きいのに、更に仕事を増やすわけにはいかなかった。

 

「そっか」

「なら、どうする?」

「どうすっかなあ。取り合えず、ルカかエミルあたりにでも−−」

「話しは聞かせてもらったわ」

 

樹達がどうするか悩んでいると、どこからともなくハロルドがやって来た。

 

「ハロルドか。まさかお前が教えるって言うんじゃないよな?」

「相変わらずいい勘してるわね」

「え!?ハロルドが?」

 

驚きの声を上げるカノンノ。科学者であるハロルドが特訓をつけると言ったのだから無理もない。

 

「私を誰だと思ってるの?科学者はね、あらゆる知識に精通してるのよ。勿論、運動力学もね」

 

人差し指を振りながら自分が指導する理由を述べるハロルド。確かハロルドなら科学的な見地から指導することもできるかもしれない。

 

「という訳だから、樹を暫く借りるわね」

「は?」

 

ハロルドの中では、いつの間にか樹を自分が指導することになっていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!?」

「何?質問なら一人一つまでよ。私も予定があるし」

「それは俺に特訓をつける予定か?」

「そうよ。じゃあ樹の質問は終了ね。二人はあるわけ?」

「いくらなんでも急過ぎない?」

「私達も一緒じゃダメなの?」

「別に急過ぎないわよ。『善は急げ』、『思い立ったが吉日』って言うでしょ。あとこれは私が考えた秘密の方法だからあまり他人に教えたくないの。だから二人の参加は無理ね」

「で、でも……」

 

まるで始めから質問の内容が分かっていたかの様に、ハロルドはスラスラと答えた。それでも、カノンノは追い縋ろうとするが、

 

「勿論、只とは言わないわ。樹を貸してくれたお礼として『コレ』をあげるわ」

 

ちょっとこっち来て。とハロルドはカノンノとレインを物陰に引っ張って行った。樹もついて行こうとしたが、当然の様にハロルドに止められた。

 

「「ふおぉぉおっ!!」」

「な、何だあ!?」

 

突然ハロルド達が居る方から奇声が響いた。声からしてカノンノとレインだろう。樹は急いで駆け寄ろうとしたが、

 

「ダメ!樹は来ちゃダメ!」

「は?いやしかしだな」

「私達は大丈夫だから、絶対に来ちゃダメ!」

「お、おう」

 

カノンノとレインの必死過ぎる制止によって踏み止まった。

 

「じ、じゃあ私達はアンジュに依頼がないか聞いて来るね。レイン、行こう」

 

「うん。ハロルド、樹をお願いね」

「任せなさいって」

 

暫くして、物陰から出た三人はそのまま別れ、カノンノとレインは船内に入った。入る時に見えた顔がいやにニヤニヤしていて肌がツヤツヤしていた様な気がするが、樹は気にしないことにした。

 

「どうやって懐柔したんだ?」

「それは秘密。取り合えず、研究室に行きましょ。説明はそこでするわ」

「はぁ……乗りかかった船だ。仕方ない。分かったよ」

 

樹は納得のいかない点もあったが、取り合えずハロルドについて行った。

 

 

−−研究室−−

 

 

「んで、この超漫画チックなギプスは何だ?」

「私の開発した『魔神剣養成ギプス』よ。結構似合うじゃない」

「ギプスが似合うとか、どうなんだよ?」

 

樹の身体は、ギプスでギチギチに締め付けられていた。研究室に入るなり、ハロルドが着けろと言ったのだ。

 

「あれか?これ着けて剣振れば魔神剣を習得できんのか?」

「当たらずとも遠からず、ってとこね。それつけて運動すれば、自分が今どの筋肉に力を入れてるかが分かる様になるわ」

「ああ、気を必要な所に集中させるための擬似体験か」

「そ。それに負荷をかけて運動することで自然と血流も上がるわ。血流を感じることは気の流れを感じるのに繋がるわね」

「なるほど。一応、理に適ってるな」

 

樹は、ハロルドもちゃんと考えてるんだな、と感心した。

 

「あくまでも、気の扱いを知るための予備実験みたいなものよ。これをしたからって100%習得できるってわけでもないわ。それでも、やる?」

「これ着せといて今更やらないってわけにもいかないだろ?」

「よろしい」

 

樹の答えに、ハロルドは満足そうに頷いた。

 

「じゃあ始めるけど、その前にこれに乗って」

 

と、ハロルドは体重計を置いた。

 

「体重計?」

「一応あらゆるデータを録っておきたいのよ。この体重計は乗るだけで体重は勿論、乳酸量や明日の運勢まで分かる優れ物よ」

「運勢まではいらんだろ」

 

とツッコミを入れながらも、樹は素直に体重計に乗り、ハロルドは計測値をメモした。

 

「それじゃあ、今か始めるわね。そうねえ……取り合えず船を10周してきて。勿論、フロア全部、甲板も含めてね」

「ま、マジかよ」

 

普段は何ともないが、ギプスを着けての10周となると、樹はゾッとした。

 

「何言ってんの?終わったら10分のインターバルをおいてまたやってもらうわよ。それを最低でも5セット、一週間はやってもらうわよ」

「……」

 

樹は生きてられるかが心配になってきていた。

 

 

−−1セット目終了−−

 

 

「……ぜ、ぜぇ……は……ぜ……し、死ぬ……」

 

1セット目を終えて、樹は既にグロッキーになっていた。

 

「これくらいで音を上げるなんて、意外にヤワなのね」

「そう、は……言っても、な……」

 

やはりギプスを着けてるので、身体への負荷は半端ではないようだ。

 

「はいはい。取り合えずこれ飲みなさい」

 

ハロルドは半透明な液体の入った瓶を樹に渡した。

 

「……これは?」

「私の作った栄養ドリンクよ。疲労回復を促進させる成分も入ってるわ」

「……」

 

樹はハロルド製というので飲むのを躊躇ったが、背に腹は変えられないので、思いきって飲んだ。

 

「……美味いな」

「そりゃあ私も飲んだもの。もう少ししたらまた始めるわよ」

「……了解」

 

こうして樹の特訓は一週間続いた。

 

 

−−一週間後−−

 

 

「はい。これで終了よ。お疲れ〜」

「あ〜死ぬかと思った」

 

ハロルドの特訓を何とかやり遂げた樹は、ギプスも脱がずにその場で仰向けに寝転んだ。

 

「ほら。終わったんだからチャッチャとそれ脱いで出ていきなさいよ」

「何かつれねぇな。ホントにこれで習得できるのか?」

「それはアンタしだいね。ほら、私はデータの整理があるんだからとっとと出る」

「へいへい」

 

樹はギプスを脱ぐと、軽く汗を拭き着替えて研究室を出た。

 

 

−−その日の夜−−

 

 

「はあ。いい湯だった」

 

樹はタオルで髪を拭きながら廊下を歩いていた。今日はシャワーではなくて風呂に入っていたのだ。バンエルティア号のシャワールームには小さいが浴槽も設置されている。普段はシャワーで済ませるが、ここ一週間は特訓でかなり汗をかいていたのでそっちを利用していた。

 

「ん?ルビアとマルタか?」

 

と、前の廊下を、ルビアとマルタが歩いていた。歩いていただけなら気にも留めなかったが、何やら辺りを気にしてキョロキョロ、コソコソと移動していたのでかなり怪しい。

 

「何か、あるな」

 

樹は後をつけることにした。

 

「研究室?」

 

マルタ達をつけていると、研究室にたどり着いた。

 

「あいつら、こんなとこに何の用が……」

 

樹は研究室の扉を、音が立たない様にユックリと慎重に開けて、中を覗き見た。

 

「ハロルド、はいいとして。何でイリアにルーティも?それにカノンノとレインまで」

 

研究室の中には先に入った二人だけでなく、イリア、ルーティにカノンノ、レインまでもいた。しかも皆ハロルドを取り囲む様に集まっていた。

 

「で、ハロルド。例の薬出来たの?」

「(例の薬?)」

 

ルビアが薬は出来たのかとハロルドに詰め寄った。

 

「出来たわよ。これを一瓶飲んで一日過ごせば一晩で最低でも500gは痩せるわ。運動と併用でさらに効果は上がる筈よ」

「(!?あの瓶は!)」

 

ハロルドがルビアに渡した瓶は、樹が栄養ドリンクと言われて渡された物と同じ瓶だった。

 

「ありがとう!けど、よく樹が承知したわね?」

「(やっぱりか!)」

 

マルタの質問で、樹は要約自分が騙されていた事に気がついた。

 

「まあね。私にかかればどうってことないわ」

 

事もなげに言うハロルド。ただし樹もアッサリと騙されていたので間違ってはいない。

 

「これが、これを大量生産して町で売れば……」

「私達は大儲け、大金持ち」

 

厭らしい笑みを浮かべるイリアとルーティ。二人は薬を商品にするために来た様だ。

 

「ね、ねえ!それよりも……」

「早く『アレ』頂戴!」

 

どうやらカノンノとレインもハロルドに何か頼んでいたらしい。

 

「分かってるわよ。はい」

 

ハロルドは二人に紙切れを何枚か渡した。

 

「やった」

「ありがとう」

「どれどれ……うわー」

「よくこんなの撮れたわね」

 

紙切れを覗いたイリアとルーティが少し引いた。撮れたと言っているので写真だろう。

 

「私かかれば、この位朝飯前よ」

「それはいいけど……これ樹にバレたらまずいわよ?」

「逆に言えば、バレなきゃいいのよ」

 

開き直るハロルド。確かにバレなければ問題ないだろうが、

 

「ほう。そんなに凄いのか?」

 

時既に遅し。

 

「あ」

「た、樹……」

 

樹は既にカノンノ達に気づかれない様に研究室に入っていた。そして、その写真を見た。そこに写っていたのは、シャワー中や入浴中の樹の、あられもない、際どい姿だった。他にも普段の何気ない姿や模擬戦中の凛々し姿、寝顔なんてものもあった。

 

「ふむ。確かによく撮れてる。だが……俺は撮影許可を出してないが?」

 

ハロルドをジロリと睨む樹。だがハロルドは視線をそらして口笛を吹いていた。

 

「なるほど、そして俺はダイエット薬のモルモットにされていたわけだ」

「「「「「「……(サッ」」」」」」

 

樹の鋭い視線を、まともに見れる者はいなかった。

 

「よし分かった。お前ら、覚悟はできたか?」

 

樹が笑顔で聞いてきた。だが眼は笑っておらず、後ろに般若が仁王立ちしていた。

 

「ちょ、待っ……!」

「お、女の子に手を挙げる気!?」

「そんな事より!は、早く逃げなきゃ!」

 

樹の怒りに、マルタ達は逃げようとしたが、

 

「逃がすか!『魔神拳』!」

「「「「きゃあああっ!!」」」」

 

樹の魔神拳が炸裂した。こうして、皮肉にも樹は魔神拳(剣)を習得した。

 

 

−−数日後−−

 

 

「ただいま戻った」

「あ、クラトスさんお帰りなさい。クレスもミントも、お疲れ様」

「ただいま、アンジュ」

「ただいま戻りました」

 

長期の護衛任務に出ていたクラトス達がバンエルティア号に帰還した。

 

「どうでした?」

「途中で何度か夜盗や魔物の襲撃に遭ったが、大した被害もなく無事に終わった」

「カウフマンさんがまたお願いしたいとおっしゃってましたよ」

「そう。よかったわ」

 

依頼は、特に問題もなく無事に済んだ様だ。

 

「それで……『アレ』は何なんだ?」

 

クラトスが向けた視線の先には、樹の監視の下、せっせと掃除をしているルビア達がいた。

 

「ああ。実は……」

 

アンジュはルビア達が掃除をしている理由を説明した。

 

「……てなわけで、それから一週間、船の掃除を徹底的にさせられているのよ」

「それは……」

「まあ、仕方ないね」

 

理由を聞いて、クレスとミントは苦笑いするしかなかった。

 

「しかし、樹にしては罰が軽いな」

「違うのよ。一人につき一週間なの。だから全部で七週間ね」

「……」

 

樹の罰が軽いわけなかった。

 

「ところで、アンジュは大丈夫なのか?」

「な、何で?」

 

アンジュは明らかに動揺していた。

 

「お前の事だ、マルタ達に便乗していたんだろう?」

「う……実は……」

「やはりな」

「樹には黙っておいて。お願い!」

 

クラトスに手を合わせて懇願するアンジュ。イリア達の姿を見ていたら、とても自分も一枚噛んでいたとは言えなかった。

 

「それはいいが……もう無理だな」

「……え?」

 

アンジュが視線を感じ、ギギギ、とブリキの玩具の様に振り向いた。

 

「はぁ〜い♪」

 

振り向いた先には、笑顔(般若つき)の樹がいた。

 

「……諦めるんだな」

「いやああああっ!」

 

樹に連行されるアンジュの悲鳴がバンエルティア号に木霊した。

 

今日もアドリビドムは平和である。

 

「「「「「「「どこがじゃああああっ!!!」」」」」」

 




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