TOWRM3 〜ThePlain's Walker〜 作:赤辻康太郎
番外編その1
番外編
太陽の光りが燦々と降り注ぐ蒼天の下、二人の少女達が互いに武器を手に取り対峙していた。
「勝負だよ、レイン!」
「絶対に負けない!」
二人の少女、カノンノとレインは普段の仲の睦まじさからは想像出来ない程闘争心剥き出しで睨み合っていた。
場所は二人が所属するギルド、アドリビドムの拠点であるバンエルティア号の甲板。二人は甲板の長辺方向に向かい合う形で立っていた。船内への入口側にカノンノが、船首側にレインが陣取る形だ。第三者から見れば、二人の背後に相対している竜と虎が見えそうな程の緊迫感に包まれていた。そして、
「なあ。何で俺達こんなトコに居るんだ?」
「私に聞くな」
二人の丁度中間の位置に樹とクラトスがいた。ただし樹は後ろ手に縛らて強制的に椅子に座らされているという異様な出で立ちであったが。クラトスは呆れ顔で立っていた。
「じゃあクラトスさん」
「お願いします」
カノンノとレインが続けざまにクラトスを促した。どうやらクラトスは審判役の様だ。
「……はぁ。了解した。それでは……」
クラトスは溜め息をつくと渋々言いながら右手を上げた。
「……始め!」
「やあああああっ!」
「はあああああっ!」
クラトスが開始を告げながら手を振り下ろすと同時に、カノンノとレインは駆け出した。
「……どうしてこうなったんだ?」
樹の疑問が虚しく空に消えていった。
事の始まりは数十分前に遡る。
−−数十分前−−
「「「いただきます」」」
「はい。召し上がれ」
樹、カノンノ、レインの三人は一緒にテーブルに着いて昼食を取っていた。メニューはロックス特製のハンバーグ定食だった。
「……(じー)」
「ん。レインどうしたの?」
昼食を食べはじめた時、レインがカノンノのハンバーグをじっと見つめていた。
「……大きい」
「ほえ?」
「カノンノのハンバーグ、私のより少し大きい」
どうやらハンバーグの大きさが気になった様だ。
「そう?同じに見えるけど」
「ううん。1.5周り位カノンノの方が大きい」
「……細かいな」
樹がレインの細かさに呆れながらツッコんだ。そして、
「はあ……ほら、これで文句ないだろ」
樹は自分のハンバーグを少し切り分けてレインの皿に乗せた。
「樹、ありがとう」
「どういたしまして」
レインは満面の笑みを浮かべて樹にお礼を言った。樹はそれにアッサリと答えると食事に取り掛かった。
「む〜。樹ちょっとレインに甘くない?」
対してカノンノは樹の取った行動が面白くなかったのか頬を含まらせて抗議した。
「そうか?」
「そうだよ」
「ん〜。まあウチにはチビっ子が多かったからな。そのせいかな」
樹はカノンノの抗議を気にする素振りも見せずに食事を続けた。
「む〜」
カノンノは納得がいかない様だったがそれ以上は何も言わずハンバーグを食べはじめた。
「はい。デザートの焼きリンゴですよ」
ロックスが三人の前に焼きリンゴの乗った皿を置いた。
「やったあ。ロックスありがとう」
「ありがとう」
「サンキュー」
三人は一つずつ自分の皿に取り分けた。
「あ、レインの私のより1周り位大きい」
「今度はこっちか」
今度はカノンノが焼きリンゴの大きさに声を上げた。
「そう?同じだと思うよ」
「ううん。絶対にレインの方が大きい」
「はいはい。これでいいだろ」
樹は自分の分を切り分けてカノンノの皿に置いた。
「わあ。樹ありがとう」
「いいよ別に」
「む〜」
今度はレインが樹のした事に対して頬を膨らませた。
「レインはさっきハンバーグもらったでしょ」
「……そうだけどさ」
「何でカノンノが得意げに言うんだ?」
カノンノが勝ち誇った様にレインに言うと、レインはそれを肯定しながらも何か言いたげな様子だった。樹はそんな二人の様子の理由に気づいていなかった。
「樹はカノンノに優しすぎる」
「だからそんな事ないっての」
レインの抗議を樹は少し面倒臭さそうにあしらった。
「そうだよ。レインにだって優しいよ。むしろ甘やかしすぎてる位だよ」
「だからしてないっての」
カノンノは、樹はレインに対しての方が甘いと言うが、樹はそれも否定した。
「違う。カノンノに優しすぎるの」
「レインに甘すぎるんだって」
「カノンノに−−」
「レインに−−」
「……何なんだこの状況」
カノンノとレインの言い合いは何故か樹がどちらに優しのか甘いのかになっていた。樹は自分の行動が議題であるのに他人事の様に二人を見ていた。
「こうなったら。勝負だよ、レイン!」
「望むとこ」
二人の言い争いは模擬戦で白黒つける事で結論がついたようだ。
「おいおい。何もそこまで−−」
「勝った方が樹の作るおやつ一月食べ放題だからね!」
「異義なし」
「大有りだこのやろう」
樹はいつの間にか自分(のおやつ)が景品になった事に異論を述べた。
「ただいま戻った。ロックス、昼食を頼む」
ちょうどその時、依頼から帰ってきたクラトスが食堂に入って来た。
「あ、クラトス。ちょうどよかった」
「樹達もいたのか。で、何かあったのか?」
「ああ。実は−−」
「「クラトスさん!」」
樹がクラトスに今の状況を説明しようとしたがカノンノとレインに阻まれてしまった。
「今度はカノンノとレインか。何だ?」
「私今から模擬戦をやるんです」
「それで審判を頼みたいの」
カノンノとレインはクラトスに押し倒さんばかりの勢いで詰め寄った。
「今からか?私は昼食を取りたいのだが。それに審判なら樹に頼めばいいだろう」
「樹はレインに甘いからダメなんです」
「違う。カノンノに優しいからダメなんだよ」
カノンノとレインは再び言い争いを始めてしまった。クラトスはチラッと樹の方を見たが、樹は肩を竦めてそれに応えた。
「「だからお願いします!!」」
「いや。だからな−−」
「「お願いします!!!」」
「わ、分かった。分かったから少し落ち着け」
クラトスは普段から考えられない二人の剣幕に押され審判を了承してしまった。
「じゃあ今から甲板へ行こう。レイン、樹行くよ」
「俺も?」
樹は自分も行かされるとは思ってもみなかったので驚いていた。
「当たり前でしょ」
「そうだよ」
「いや、遠慮しとく」
樹は巻き込まれたくないのでそのまま食堂を出ようとしたが、
「「問答無用!!」」
「どあっ!」
カノンノとレインが何処からか取り出したロープによって捕縛されてしまった。
「ちょっ!お前ら、そのロープどっから出した!?」
「それは乙女の秘密だよ」
「樹は乙女心が分かってない」
「そんな乙女心は海の彼方へ放り投げてしまえ」
樹のツッコミも空しく、樹は二人に連行されて行った。
「……では行ってくる。後で何か食べる物を用意しといてくれ」
「はい畏まりました」
クラトスも続いて甲板に向かって行った。
そして現在に至る。
「まさかこんな事になるとは。……不幸だ」
「不幸なのは私だ」
−−ギィンッ!−−
樹とクラトスの言葉を余所に、カノンノとレインは二人の目の前で鍔ぜり合いで競り合っていた。
「空蓮華!」
「旋風剣!」
二人は一旦距離を取った。そしてカノンノは空蓮華を、レインは前方に少し移動しながら回転斬りをする技、旋風剣をそれぞれ繰り出した。二人の技はほぼ同時に命中し、相殺された。
「「獅子戦吼!」」
さらにカノンノは獅子を象った闘気を纏った膝蹴りを、レインは同じく獅子を象った闘気を纏った右ストレートを繰り出した。これもほぼ同時に決まり相殺された。
「やっ!たぁ!」
「やっ!せい!」
その後も激しい斬り合い、技の応酬が繰り返され中々決着がつかなかった。
「ほう。二人とも中々やるな。相手の出方もよく理解している」
「そりゃあ二人とも普段から一緒にいるしトレーニングもしてるからな」
「それはお前も同じあろう」
「まあな」
クラトスは二人がよく闘っていることに感心していた。樹は普段から一緒にいて二人の実力はよく理解していたので別段な事ではなかった。
「それにしても。お前はその格好でよく落ち着いていられるな」
「そう思うならこのロープ解いてくれよ」
カノンノとレインの闘いを余所に、二人は何とも平和な(?)会話をしていた。
「あら。皆何をしているの」
「む。アンジュか」
するとそこに、騒ぎを聞き付けたのか船内からアンジュが出て来た。
「今カノンノとレインが模擬戦をしてるんだよ」
「へえ。そうなんだ。で、何で樹は縛られているの?」
「俺にもサッパリだよ」
やはりアンジュも樹の格好が気になった様だ。
「まあいいわ。それにしても、本当に模擬戦?二人から何だかそれ以上の気迫を感じるけど」
「恐らく賭けでもしているのだろう」
「あらあら。あの二人があんなに真剣になって賭けるモノって何かしらねえ?」
アンジュは言いながら樹に意味ありげな視線を向けた。手に隠れたその口元はいやらしく笑っていた。
「ああ。何でも勝った方が俺が作るおやつ食べ放題だと」
「……へえ」
「む……」
樹の告げた景品の内容に、アンジュの笑みが凍りついた。クラトスはアンジュの雰囲気の変化をいち早く感じ取り冷や汗を流した。
「しかも勝手にあいつらが決めた上に一ヶ月だぜ?」
「へえ」
「……」
更に樹が告げた事によりアンジュの笑みがより一層冷たいものになり、クラトスは滝の様な冷や汗を流した。
「まったく。作る方の苦労も考えろ、ってアンジュ?」
「そう。そんな理由で」
「おーい。アンジュー?」
「ふふふふふ」
アンジュは樹の呼び声にも答えずただ乾いた笑い声を上げていた。
「……もしかして地雷踏んだ?」
「その様だな」
樹はクラトスに尋ね、クラトスは素っ気なく簡潔に答えた。
「ホント。しょうがないわね」
アンジュは乾いた笑みを浮かべたまま未だ闘っているカノンノとレインに向かって歩いて行った。
「終わったな」
「ああ。終わったな」
樹とクラトスは二人に向けて心の中で手を合わせた。
「くっ!いい加減諦めたらっ!?」
「そっちこそっ!」
いよいよ闘いが佳境を迎えたその時、
「ホーリーランスッ!」
12本の光の槍が二人に降り注いだ。
「「きゃああああっ!!!」」
二人は槍が当たる寸前で何とか回避した。
「二人とも。ちょっといいかしら?」
「ア、アンジュ?」
「今取り込んでいるから後に−−」
「い、い、か、し、ら?」
「「……はい」」
二人はアンジュの気迫に押され戦闘を中断した。
「じゃあ、二人とも。まずは正座ね」
「「はい」」
アンジュの指示に従って二人はその場に正座した。
「ではこれから二人に人の道を説いてあげます。準備はいい?」
「「はい」」
「では最初に−−」
「長くなりそうだから飯食べて来たら?」
「そうさせてもらおう。お前はどうする?」
「ん〜。もう少しいるわ。何か心配だし」
「そうか。では行ってくる」
クラトスはアンジュの説教が長くなることを見越して、食べ損ねた昼食を取るために船内へ入って行った。樹のロープはそのついでに切られていた。
アンジュの説教はそれから数時間続き、二人が足の痺れを訴え、赦しを懇願しても終わる事はなかった。
「−−以上です。分かった?」
「……は、はい」
「よろしい。じゃあ二人には反省の意味を込めて『一ヶ月おやつ抜き』にします」
「「そ、そんな〜」」
「何か?」
「……何でもないです」
「なら私は仕事に戻るから」
アンジュは二人の説教が終わると仕事の続きをするために船内に戻って行った。その顔はとてもスッキリとした晴れやかな笑顔だった。残された二人は甲板に両手をつきグッタリとうなだれていた。
「大丈夫か?」
樹は二人の側にしゃがみ込むと優しく声をかけた。
「まあ、あれだ。アンジュも虫の居所が悪かったんだろ」
「……さい」
「ん?」
樹が慰めているとカノンノがポツリと呟いた。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「……反省したか?」
「「うん」」
二人は樹に謝った。今回ある意味では原因だったとはいえ直接は関係のない樹を巻き込んでしまった。二人はその事を樹に謝った。樹もそれを理解したのであえて慰めずに反省したか聞いた。当然、二人は頷いた。
「ならいい。ま、何だかんだ言っても二人ともまだ子供だからな。こんくらいの喧嘩はわけないさ」
「……樹だって同じ位じゃない」
「精神年齢はお前らより上だ」
「ぷ……何それ?」
レインは樹の言葉に思わず吹き出してしまった。レインの笑いを皮切りに三人とも大声で笑いあった。
「さて、そろそろ戻るか。ほら、立てるか?」
樹は立ち上がると二人に手を差し出した。
「……ごめん。足痺れちゃって」
「……私も」
「まああれだけ説教喰らってりゃな。ほら、肩貸してやるから」
「うわっ!ちょっと待っ……」
「っ!」
樹は二人の手を取り少々強引に立ち上がらせた。二人は足の痺れと疲労もあって樹に左右からもたれ掛かる様に抱き着いてしまった。
「っと。大丈夫か?歩けるか!」
「……何とか」
「……(コクコク)」
樹は二人をしっかりと抱き抱える様にして支えると歩けるかどうか聞いた。カノンノは顔を真っ赤にしながらも何とか答えた。レインは耳まで真っ赤にして二、三度頷いて答えた。
「うし。なら少しずつ歩くぞ」
「……ねえ、樹」
「ん?」
「えっと、その……何も感じないの?」
「感じる?何を?」
「「……はあ」」
樹の返答に二人は重い重いため息をついた。それでも樹はよく分かっていない様だったが。
「まあいい。あ、そうだ。今日の夕飯は俺が作るよ」
「「本当!?」」
「ああ」
「「やったー!」」
「現金な奴ら」
カノンノとレインが先程とは打って変わって元気になったのを見て、樹は苦笑いが隠せなかった。
−−その日の夕食−−
「あの、樹?」
「ん?」
「これ、何?」
「何って、『夕食』だろ?」
「それは分かってるんだけど……」
「残さず食えよ」
「いや、あの……」
「の、こ、さ、ず、く、え、よ」
「「……はい」」
カノンノとレインは樹が作った夕食だと言うのにいつもとは違いげんなりとした表情で食卓についていた。その理由は、
「「何だってピーマン尽くしなのーー!!!」」
そう。カノンノとレインの目の前には、ピーマンピラフ、ピーマンたっぷりのコンソメスープ、ピーマンの肉詰め、青椒肉絲、ピーマンサラダとピーマン尽くしのメニューが並んでいた。しかもアンジュの意向でデザートは無し、更にはドリンクは水オンリーという徹底振りだった。
「いやなに、二人ともピーマン嫌いだろ?この際だから克服してもらおうと思ってな」
樹は『いい笑顔』で二人に献立の理由を告げた。
「……もしかして、怒ってる?」
「怒る?何を?」
「だから……」
「お前らが俺を『勝手に』景品にしたことなら、全然、全く、これっぽっちも怒っないぞ」
((やっぱり怒ってる))
樹は怒ってないといいながらも黒い笑みを止める事はなかった。
「まあお前達が招いた種だ。諦めて受け入れるのだな」
とそこにクラトスが食堂に入るなりそう言った。
「お、クラトスかちょうど良かった。今出来たとこなんだ」
「ほう、それはよかった。なら頂こうか」
「はいよ」
樹は出来たばかりの料理が乗ったトレイをクラトスの前に置いた。
「……樹、これは何だ?」
「何って、クラトス『専用』の『特別メニュー』だけど?」
「質問を変えよう。何故トマトばかりなのだ?」
クラトスのメニューは、スライストマト、トマトスープ、チキンのソテー角切りトマトのディアブロソースがけ、トマトジュースと、まさにトマト尽くしだった。更にライスはトマトを器に見立てたトマトドリアと、こちらも大した徹底振りだった。
「カノンノ達の料理作ってたらいっそ全員にしたらどうかってなってな。」
「「「ま、まさか……」」」
「今日から一週間メニューは『嫌いな食べ物尽くし』だ。覚悟はいいな?」
その後一週間、アドリビドムから陰欝な雰囲気がとれなかったそうな。
「あ、因み俺は嫌いな食べ物ないから」
「「「鬼か!」」」
ご意見・ご指摘・ご感想お待ちしております。