TOWRM3 〜ThePlain's Walker〜 作:赤辻康太郎
第二十五話
「ああー空気が美味しいー!」
船から降りて開口一番。カノンノが元気よく、声を高らかに叫ぶ。天気は快晴。時折吹く海風も穏やかで、カノンノでなくても叫びたくなるような気候だ。
「ん~?そうか?」
とカノンの後ろに居た樹が首を傾げた。
「うん!何だか空気が澄んでるきがする」
「ふ~ん……」
樹はカノンノが感じた様な雰囲気が今一分かっていないようだ。
「何だ?何か不満でもあるのか?」
「別に。ただ意外と普通だなって」
「お前は一体何を期待していたんだ?」
ミラが溜め息を吐きながら樹をジト目で睨む。樹はそれを気にもせず暢気に森の木々などを観察していた。
「まあ。僕らにとっては普通の島だからね」
「そうなの?」
苦笑するジュードに、レインが尋ねた。レインも、樹と同様、ヨモツ島が精霊の住む島ということで何かを期待していたようだ。
「いや。カノンノのいう事も尤もだろう」
と、最後に船を降りたウッドロウが、カノンノの言葉を肯定ながら合流した。樹達が船を降りたのは、白砂が波に洗われる海岸で、眼の前には森が鬱蒼と茂っていた。
「ウッドロウさんもそう思いますか?」
「うむ。どこか厳かな雰囲気を感じる」
「それはちょっと恥ずかしいかな?」
ウッドロウの褒め言葉に、ジュードが頬を少し赤らめながら顔を掻く。本人にとっては普通の土地と変わらないので、ウッドロウの様な感想はくすぐったいようだ。
現在、樹達はヨモツ島のとある海岸にいる。そこはバンエルティア号が接岸でき、尚且つジュードとミラの村に一番近い海岸であった。
ヨモツ島探索組は、先程海岸に降りた、樹、レイン、カノンノそしてウッドロウの四人。もう一つの精霊居所である霊峰アブソールにはカイウス、ルビア、エミル、マルタの四人がいく事になっている。樹達のヨモツ島滞在期間は一週間。依頼達成もしくは期間延長の場合も一週間後にこの海岸に集合する手筈になっている。
「ま、感想は人それぞれってことだな」
「何それ。いい加減だなあ」
樹のアッサリとし過ぎている結論に、カノンノが頬を膨らます。
「へいへい。そりゃあ悪うござんした。で、こっから村まではどの位歩くんだ?」
「ここからだと内陸に歩いて半日程だな」
「結構距離があるんだね」
地図ではそれ程大きな島ではなかったが、実際は思った以上の面積がありそうであった。
「では早速出発するとしよう。どうやら森の中を進むようだからね」
「ああ。では、行こうか」
ウッドロウとミラの号令により、一行はジュード達の村へ進むため、眼の前の森へ入って行った。
森に入って数時間が経過。樹達は時折オタオタやゲコゲコの上位種、ハリハリやトゲトゲなどの魔物と戦ったが、どの魔物も樹達の足元にも及ばずあっさりと敗北していった。
「お、川だ」
森の木々が開けた場所から、キラキラと輝く水面が見える。樹達がそこにたどり着くと、対岸との幅が5m程はある小川がサラサラと緩やかに流れていた。
「んじゃ、ここで昼飯も兼ねて休憩でもするか」
「「賛成!」」
「そうだね」
「うむ」
「ああ。お腹もすいたしな」
樹の提案に、皆異論はないようだ。特にミラは『食事』という言葉に既に涎を垂らしている程だ。
「ミラ……」
「し、仕方ないだろう……///」
普通なら立ち位置は逆なのだが、この二人にとってはこちらの方が日常らしい。それ程の自然さがあった。まあ、昨日の夕食風景を見ていれば予想はついていたことである。
「うっし。じゃあ、レインとカノンノは薪になる物を拾ってきてくれ」
「うん」
「わかった」
「ウッドロウ。釣りは出来るよな?」
「無論。私の趣味の一つだよ」
「なら俺のリュックの中に釣り針と糸があるから魚を頼む」
「心得た」
「ジュード。医学生って事は植生とかも詳しいのか?」
「まあ、ある程度はね」
「じゃあ悪いが、森に戻って野草や香草があれば採ってきてくれないか?」
「了解」
「私は何をすればいい?」
「ジュードのサポートを頼む」
「うむ。任された」
テキパキと樹は皆に指示を出していく。
「ところで、樹は何をするの?」
「ん? 俺か?」
樹はリュックをガサゴソと探ると――
「勿論、飯の支度だ」
円形の金属板と折り畳み式のコンロを取り出した。
「それは?」
「折り畳み式の鍋。ロイドに頼んだら作ってくれたんだよ」
喋りながらも樹はコンロを展開し、砂利を支えにして固定、固形燃料に火をつけた。
「んじゃ皆頼んだ」
樹の声に、皆頷くと直ぐに解散、其々の仕事へと取り掛かる。
「よし。ここにしようか」
ウッドロウは樹がコンロを設置した場所からそう遠くない川辺を釣りのポイントにして準備を開始。まず樹から借りた釣り糸をある程度伸ばしナイフで切断。その一方の端に、先程より短く切った糸を括り付け、更にその端に釣り針を付けた。これを計5本分繰り返し、即席の釣竿を作った。竿とは言っても、針のない方の糸は自分の手に括り付けて長さを調節するので正確には釣り糸、であるが。
「さて、これでよし。餌は……」
辺りの足元をキョロキョロと見まわしていたウッドロウの視線が、とある石で止まる。彼がその石を持ち上げると、石の下に数匹の蚯蚓がウゾウゾと蠢いていた。
「これでいいな」
ウッドロウは必要な分だけ蚯蚓を拾い上げると、そのまま針に引っかける。王族と言う彼の地位からは考えにくいが、彼はこの手の経験が全くないと言う訳ではなかった。言動通り、彼は真面目で勤勉な性格だが、同時に活動的でもある。幼少時代もよくフィールドワークと称して野山を探検したりキャンプをしたりしていた。放浪中も宿が取れないことも多く幾日も野宿をしたこともあった。勿論食料は現地調達。動物や、時に魔物を狩りその肉を喰ったり、山菜や野生の果物を採ったり今の様に魚を釣るなどして飢えをしのいだ。
未だにこれをアドリビドムの皆に話すと『嘘だー』と言ってあまり信じて貰えないが。
「さて、何匹釣れるかな?」
久々の釣りに、ウッドロウの心は人知れず踊っていた。
「あった」
「こっちも」
その頃、カノンノとレインは樹に言われた通り、薪の代わりになる流木を拾い集めていた。最近大雨でも振ったのか、二人の視界には大小様々な流木が岸辺に打ち上げられている。
「……ねえ、レイン。勝負しない?」
「?」
ある程度拾った所で、カノンノがレインに勝負を持ち掛けてきた。
「勝負?」
「そう。どちらかが多く集めれるかで勝負するの」
内容はシンプルに、より多くの流木を集めた方が勝ち。だがレインは余り乗り気でないようだ。
「何で今?」
「……それはね」
カノンノは「フフフ」と不敵に笑うと――
「いつものリベンジ!」
「はあ……」
と高らかに宣言。一方のレインは興味がないのか消極的な反応だった。恐らく毎度のことなのだろう。
「勿論。勝った方にはご褒美があるよ」
「ご褒美?」
勝負自体には興味がないが、ご褒美には興味があるのかレインが少し食いついた。
「それはね……」
「それは?」
「『今夜樹の隣で寝れる権』!」
「乗った!」
カノンノの出した賞品(?)に、レインは完全に食いつき、勝負に乗った。
「OK。じゃあ、今ある分を樹に預けて、そこからスタートね」
「分かった」
二人は樹の元へと素早く戻る。
「ん? ああ二人とももう集め終わったのかってどうした? そんな怖い顔して」
下ごしらえをしていた樹は二人が意外と早く戻って来たのに驚いたが、その顔を見て余計に驚いた。
「ちょっと待っててね」
「すぐ戻って来るから」
「お、おう」
二人の真剣な顔つきに樹は若干引き気味だったが、二人はそれに気づかず、拾ってきた流木を一端その場に置くと、すぐさま反転しスタートダッシュの構えを取る。
「? お前ら何を?」
「「よーい、ドン!!」」
掛け声と共に猛ダッシュ、二人は一目散に駆け出した。
「……何だったんだ?」
樹は自らが預かり知らない所で自身が賞品にされていることなど知る由もなかった。
「……まあいいか。それより、鍋の様子はっと」
樹の前では、火にかけられた鍋の中でお湯がぐらついており、その中に刻まれた茶色い食材、干し肉が茹でられている。このお湯の水はさっき樹が川で組んできたものをコーヒーフィルターで濾過したものである。この濾過は細菌を除去する目的、では勿論なくただ水の中のゴミを取り除く為である。細菌などはどの道お湯を沸かすのでその際に煮沸消毒される。
「……ん。いい感じかな。出汁も出てるし」
樹はスプーンで一口そのお湯を飲んで加減を見た。樹の言った通り、この干し肉は具材であると同時に出汁でもある。
「~♪」
鼻歌交じりに塩胡椒をして味を調え、刻んだエシャロットを入れる。その後人参を同じように刻み鍋へ。そして固形のコンソメスープの素を入れてフタをする。
「あとは、ウッドロウ任せか」
「呼んだかい?」
とウッドロウが樹の背後から近寄って来た。その手には、針にかかった3匹の魚がぶら下がっている。
「お、釣れたか?」
「見ての通り。取り敢えず、これだけ釣れたが、大丈夫かい?」
「おう。サンキュー。内臓まで取ってくれたのか」
「ああ。その方が君も楽だろう?」
「ああ。マジで助かるわ」
樹は魚を受け取ると直ぐにその魚に多めの塩を振り、櫛を刺す。
「んで、これをっと」
カノンノ達が拾ってきた流木で即席の竈(焚火)を作り、魚を刺した櫛をその周りに突き刺す。
「では、私はもう少し釣っておこうか」
「おう。こっちも準備が出来た呼びに行くわ」
「ああ。分かった」
ウッドロウは軽く頷くとまた釣りに行った。
「樹。これでいい?」
「ん?」
今度はジュードとミラがやって来た。その手には果物や香草が抱えらている。更にミラの手には大きな葉っぱのようなものが。
「それは?」
「これは『ウロコバナナ』の葉だ」
「ウロコバナナ?」
「これだよ」
ジュードが持っていた果物のうちの一つを樹に手渡す。それは、まさに名前の如く、皮が鱗状になっているバナナだった。
「ふーん。これがウロコバナナね。初めて見たな」
樹もルミナシアに来てから地球にない多くの食材を見てきたが、これは初めてだった。
「この島にしか生えてないみたいだからね」
「今は時期ではないが、熟したらとても甘くて美味しいんだ。村ではジャムにしたり、果実酒にしたりしている」
「へえ」
樹の持つそれは、実も固くまだ青いため、熟していないのは明らかだった。
「今度これ使ってみるか」
「樹ならそう言うと思ったよ」
予想通りの回答をする樹に、ジュードが笑みを零す。樹は「うるさいなあ」と言うとプイッとソッポを向いてしまった。それを見て慌てて謝るジュードに悪戯っ子の様な笑みで「気にするな」と言う樹。ついこの間出会ったばかりだと言うのに、二人は既に十年来の親友に匹敵する程の仲のよさだ。これは樹の持つ独特の雰囲気のせいかそれともジュードの天然とも言える優しさ故か。はたまたその両方か。
「む~」
しかし、そんな二人を面白くないと言わんばかりの視線で睨みつける者が。
「二人とも、じゃれつくのはいいが早く食事にしないか?」
それは意外にも、空腹を我慢できなかったミラだった。
「ミラ……そう言う言い方は――」
「まあジュードを揶うのはこれくらいにして続きするか」
「揶ってたの!?」
「ジュードも手伝ってくれ」
「あ、うん」
ジュードは樹の告白に声を少し荒げるが、樹の指示に流されてしまい調理を手伝うことに。
「さて、今日のメニューは何かな?」
ミラは昼食の献立をワクワクしながらその場に腰を下ろし待っていた。
――数十分後――
「よし! 出来た!」
「おお! 待ちかねたぞ!」
それから数十分後、漸く本日の昼食の支度が整った。勿論最初に歓声の声を上げたのはミラだ。
「それで樹。今日のメニューは何だい?」
「川魚の塩焼きと、同じく川魚のウロコバナナの葉蒸し。それとコンソメ・パン・デ・スープ。デザートにドライフルーツとジュード達が採って来てくれたフルーツだ」
皆の眼の前には、櫛に刺さった塩焼きの魚数匹と、ウロコバナナの上に乗った蒸された魚がこれまた数匹。塩焼きの方は皮や塩についた焦げ目から香ばしい香が漂い、蒸し魚の方は一緒に蒸されていた香草から爽やかな香りが溢れている。器に盛られたコンソメスープの中には乾パンが入っており、スープを吸って麩の様に膨れている。更には皿代わりのウロコバナナの葉にドライフルーツと捥ぎたてのフルーツが盛られていた。
「それじゃあ――」
「「「「「「頂きます!」」」」」」
皆手を合わせ、楽しい昼食が始まった。
――1時間後――
「さて、そろそろ行くか」
それから更に1時間後、雑談交じりの楽しい昼食も終わり、後片付けも終了。身支度を軽く整え、村への進行を再開する。
「……待て!」
と、進みかけた足を、ミラが鋭い声で制した。
「どうしたの?」
ミラの声に、カノンノが不安げに聞く。
「……来る」
「っ!」
「……いよいよか」
静かに答えるミラ。その言葉にジュードは真剣な眼差しになり、拳を構える。樹も直ぐに察し、荷物をその場におろし、いつでも抜刀できる態勢を取る。ウッドロウとレイン、そしてカノンノも臨戦態勢に。
「……来るぞ!」
ミラの叫びが合図になったのか、6人の正面、左右、後ろ、その『地面』から黒い影の様な魔物が現れる。その数およそ10体。其々オタオタ、ゲコゲコ、プチプリ、チュンチュンと、姿形は今まで戦った経験のある魔物と同じ。しかし、その闇を思わす漆黒の体躯と、身体を走る極採色に輝く線が、異様な雰囲気を醸し出している。
「キャアアアアアアアアア」
オタオタの一匹が耳を劈く様な、不快な叫びをあげ突進してきた。
「――上等!」
唸りと共に抜刀する樹。ヨモツ島での本当の闘いは、ここから始まる。
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