TOWRM3 〜ThePlain's Walker〜   作:赤辻康太郎

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第二十三話です。暁の従者追跡後編。いよいよ『彼女』が登場します。


第二十三話

第十七問

 

樹達は信者二人と戦った部屋から更に奥に駆け足で進んで行くと、先程の部屋より更に広い空間に出た。中は円形で屋根はドーム状。内装は、部屋の中心からやや奥側に天蓋付きのベッドと、その傍に設えられたナイトテーブル、簡素な照明のみ。今現在この部屋に居るのは樹達を除いて四人。先の戦闘の後、生物変化を起こし魔物化してしまった信者の二人。純白の生地に金のラインで縁取られたローブを纏いフードを深く被った如何にも『教祖』らしき人物。そして、身体の至る所から結晶が生えているかの様な装飾を施した少女が一人。

 

「おやおや。これはこれは。今日は珍客が多いようですねえ」

「そのようですねえ。ところで、貴方が、教祖様ですか?」

「はい。私が教祖です」

「そうですか。(……なんだ。この男の『異様』な感じは?)」

 

声色からして教祖は男性。しかもまだ若い男のようだ。だがその口調は、まるで道端で偶然知り合いに会ったかの様な、穏やかな口調。目の前の二人はまるで気にも留めていない。たった一言の受け答えだというのに、ジェイドは教祖に得体の知れない不気味さを感じていた

 

「あんたが教祖ってことは、そっちがディセンダー様か?」

「……誰?」

 

少女は樹に話し掛けられて初めて気づいたようだ。どこか虚ろな視線を樹に向ける。

 

「貴女は誰なの?」

「……僕?僕は、ラザリス……」

「貴女の目的は何ですか?何故人の願いを叶えたのですか?」

「……目的……なんだろうね?僕にもよく分からないや。多分、キミ達の世界を知るのに丁度よかったから、かな?」

 

アンジュとジェイドの問いに、ラザリスは淡々と、どこか投げやりに答えた。

 

「お前は願いを叶えることで、ドクメントを読み取ることで学習した。そう解釈していいのか?」

「うん。それでいいよ」

 

樹の問いを、ラザリスはあっさりと肯定した。

 

「この世界に出たばかりの頃には、僕に君達に接触する力はなかった。けど、君達の方から僕に接触してきた。『願いを叶えて』って。やがてあらゆる生物が僕に接触するようになった」

 

ラザリスはまるで世間話をするかのように、自分がどうやってルミナシアの生物と接触してきたのかを説明する。

 

「願いを叶えるという意志のコンタクト、コネクトでもいいかな、を繰り返すうちに、僕はこの世界の生命力と情報を少しずつ手に入れた。君が言ったようにドクメントを通じてね。今はこうして実態も思考も手に入った。これで、思う存分、僕の好きなように能力を使うことができる」

 

右手で握り拳を作りそれを見つめるラザリス。その眼に、少しだが力が宿った。

 

「ドクメントから生命力と情報を得る。貴女はヒトじゃない。貴女は……一体何者なの?」

「何者、ね。僕は『者』じゃない。僕は……『世界』だ」

「世界、だと?」

 

なんと、ラザリスは自分の事を世界だと言う。ラザリスの言葉に、樹は眉を寄せた。

 

「そう。世界。このルミナシアの様に、生まれる『はず』だった世界『ジルティア』。それが僕さ」

「生まれる、はずだった?それって――」

「ああ……ああ……!この世界にはもうウンザリだ!僕ならこんな醜い世界なんて創らなかった!僕ならもっと素晴らしい世界が創れたはずだ!」

 

生まれる『はず』それは誕生しなかったということ。では、何故ラザリスはここに存在しているのか。樹がその真意を尋ねる前に、ラザリスは突然発狂したかの様に、頭を抱えて呻きだした。

 

「な、何故です?何故私達がこんな姿に!」

「お助け下さい。ディセンダー様!ラザリス様!」

 

と、ラザリスの足元に跪いていた信者の二人がラザリスに助けを懇願した。だがその二人を見つめる、いや見下す少女の視線は、冷たい。

 

「おやおや。これは意なことおっしゃいますね」

 

教祖が少女よりも先に反応した。

 

「き、教祖様?」

「生物には、いや形あるモノには全て其々環境や用途に適応した『形』があります。鳥には空を飛ぶための翼や風切り羽。包丁には斬るための刃。世界樹にはマナを生み循環させるための巨大な根。つまり、貴方達のその姿は、ラザリスの力を使うのに適応した姿だということです。よかったですね。これで増々彼女の役に立てますよ」

「け、けどこんな姿じゃ……」

「おやおや。何の代償も払わずに何かを得ようとしますか。まったく。貴方方『ヒト』は本当に強欲ですね」

 

クスクスと笑いながら告げる教祖。その言葉に、樹とジェイドは違和感を覚えた。

 

「『貴方方ヒト』だと?」

「どういう意味ですか?まるで自分がヒトではないような言い方ですね」

「はて?何のことですかね?」

 

惚けて首を傾げる教祖。その行動は何とも胡散臭く感じられる。

 

「まあ、安心して下さい」

「そ、それじゃあ!」

「ええ。我々は『その姿のまま』でもキチンと養ってあげますから。あ、元に戻れるなんて思わないで下さいね。私にも、勿論ラザリスにもその気はありませんですから」

「そ、そんな!」

「酷い……」

 

『戻す気がない』。それは、彼らを元に戻すことができる、若しくは元に戻す手段をしっているがそれをしない、教えないという事。それに気づいた信者の二人の顔が絶望の色に染まる。アンジュは教祖の余りの非情さに口を覆い、顔を歪めた。

 

「テメエ……!」

「止めときなさい。君じゃあ私に敵わないよ」

 

怒りを震わせ刀に手を掛ける樹。だがそんな樹を見ても、教祖は余裕な態度を崩さない。

 

「やってみなきゃ分かんねえだろ!」

 

叫びと同時、樹の姿が全員の視界から消えた。

 

「双砕牙!」

 

次の瞬間、教祖の背後に回った樹の拳が、教祖の顔面に迫る

 

 

――パシッ――

 

 

「なっ!?」

 

樹の拳は教祖の顔面に当たる直前に教祖本人によって受け止められた。自身に迫る拳を見ないままに。

 

「っ!『魔神拳・翔牙』!」

「むっ!」

 

樹は受け止められた事に一瞬驚いたが、直ぐに切り替えて気を纏ったアッパーカット、『魔神拳・翔牙』を放つ。教祖はまたも樹の拳を寸前で躱すが、

 

――バサッ――

 

魔神拳・翔牙の衝撃波によって、教祖のフードが捲れその素顔が露わになる。その素顔は――

 

「俺……だと……」

 

その素顔は、樹にそっくりだった。ストレートの金髪ショートヘアという、髪型と色の違いこそあるが、その顔つきは、樹と瓜二つ。まるで双子の兄弟のようだ。

 

「ちっ!」

 

 

――ブン――

 

 

「おあ!」

 

教祖は素顔を見られたことで苛立ったように顔を顰め、樹を片手一本で壁に投げつけた。

 

「がっ……」

「樹!」

 

壁に叩き付けられた樹は、当たり所が悪かったのか、そのまま崩れるように気を失った。

 

「やれやれ。とんだ誤算でしたね。ラザリス。そろそろお暇しましょうか」

「……そうだね」

「逃がさない!」

 

そのままこの場を去ろうとするラザリスと教祖に、レインが駆け寄ろうとするが、

 

「……ふん」

 

 

――ブアッ――

 

 

「くう!」

「きゃあ!」

「くっ!」

 

ラザリスが起こした突風に阻まれてしまった。突風の強さに、アンジュは倒れ、何とか耐えたレインとジェイドも片膝を着いた。

 

「……何故だい?何故こんな世界を護ろうとするんだい?『ディセンダー』」

「それでは、ご機嫌よう、アドリビドムの皆さん。そして、『津浦樹』」

 

二人はそう言い残すと、スゥと消えていった。

 

「……ディセンダー?それに、何故樹の名前を?」

「詮索は後にしましょう。今は、気絶した樹の解放が先です」

「……そうですね」

 

結局、赤い煙だった存在、ラザリス、そして教祖との出会いは、多くの謎を残すばかりだった。

 

 

――数時間後――

 

 

「――っ!」

 

ラザリスとの邂逅から数時間後、樹はバンエルティア号の医務室で眼を覚ました。

 

「……ここは、医務室か……」

「気がついたんですね」

 

樹が身を起こすと、ベッドの傍らで椅子に座っているアニーと眼が合った。

 

「アニーか。レイン達は?」

「皆さん既に治療を終えて、今は研究室にいるはずですよ」

「研究室か。リタやハロルドと意見交換してるのか?」

「多分そうじゃないんですか」

 

樹とアニーが現状について話していると、扉が開き、カノンノとレインが入って来た。

 

「あ、樹。起きたんだね。よかった」

「心配した」

「悪いな。心配かけて。それよりレイン。アレからどうなった」

「うん……」

 

レインは一度頷くと、樹が気絶してからの事を説明した。ラザリスと教祖には逃げられてしまったこと。魔物化した信者の二人は、レインの不思議な力で元に戻したこと。二人に手伝ってもらって樹を船まで運んだこと。二人はオルタ・ビレッジに参加してもらうことになったこと。そして、ラザリスと教祖の去り際の台詞のこと。樹はレインの話を黙ってきいていた。

 

「俺の名前を知っていた、か……」

「顔も樹そっくりだったんだよね。樹の兄弟かな?」

「……俺に血の繋がった兄弟なんていねえ。俺の兄弟は孤児院の奴等だけだ」

 

カノンノの言葉を、樹は強く否定する。それは、認めたくないという拒絶の現れでもあった。

 

「ごめん」

「いや。俺の方こそ、言い方が悪かったな」

 

医務室の中がギクシャクとした雰囲気に包まれた。

 

「……結局。何も分からなかったね」

「ああ。肝心な奴らの目的も。正体も」

「それにディセンダーって、誰に向けていったんだろう?」

 

そう。教祖が樹の名を知っていたのと同じくらい、ラザリスがディセンダーと呼びかけたのも気がかりである。

 

「あの場所にいた奴の中で、ディセンダーの可能性があるのは、俺かレインだな」

「レインさんは記憶喪失の話から可能性はあるでしょうけど、樹さんはどうでしょう?」

「『異世界からの救世主』をディセンダーと呼んでいた可能性もある。伝承ってのは、時代が流れるにつれ中身が曖昧になっていくからな」

 

樹はそう言うと、ベッドから降りた。

 

「もういいんですか?」

「ああ。もう大丈夫だ。アンジュに今後の方針を聞いてくる」

「なら私も行く」

「私も」

 

樹、カノンノ、レインの三人は医務室を出てアンジュに会うためにロビーに向かった。

 

「「「精霊に会いに行く?」」」

 

ロビーに着いた三人が、アンジュから聞かされた次の目標は、『精霊との接触』だった。

 

「そう。しいなの話だと、ミブナの里以外にも精霊がいる可能性があるそうなの」

「精霊ってのはマナの循環を担っているからね。一か所だけじゃなくてルミナシアの各所に存在してるのさ」

「なるほど。ミブナの里の精霊は星晶採掘の影響でいなくなっちまったが、他の場所にはまだ居る可能性があるってことか」

「そういう事。今キールが古文書を解読してるわ」

「丁度今終わったぞ」

 

噂をすれば影。ロビーに古文書とルミナシアの世界地図を抱えたキールがやって来た。

 

「古文書によれば、精霊のいる可能性があるのはこの『二か所』」

 

キールは話しながら地図に印を付けていく。

 

「先ずはここ。『霊峰アブソール』。ここは精霊信仰の聖地として有名なんだ」

「確かに、聖地ならまだ居る可能性は高いな」

「そしてここ。『ヨモツ島』」

「ここも精霊信仰の聖地か何かか?」

 

樹の質問に、キールは首を横に振る。

 

「分からない。何故かこの島の情報がほとんどないんだ。大陸との交流も殆どない。まさに絶海の孤島なんだ」

「他の国と隔離されていて、星晶採掘の影響を受けていないから精霊がいるのかしら?」

「その可能性が高いな」

「それで、どっちに行く?まあ両方だろうけど。それなら誰を送る?」

 

樹達が誰を向かわせるかで悩んでいると、

 

「すみません。アドリビドムの拠点はここですか?」

 

来客が到来。客人は少年と女性の二人組。少年の方は黒髪短髪で手に手甲を嵌めている。女性は腰まである金のログヘアーで、髪の一部がエメラルドグリーンのはねっ毛になっている。女性は腰に剣をつけていた。瞳の色は、少年が茶色。女性が赤紫色だ。

 

「そうですが、貴方達は?」

「僕は『ジュード・マティス』です。こっちが――」

「『ミラ・マクスウェル』だ。我々はヨモツ島から来た」

「ヨモツ島から!?」

 

何と、二人の来訪者、ジュードとミラは、たった今話していたヨモツ島から来たという。

 

「はい。実は、アドリビドムの皆さんに依頼があって来ました」

「我々を助けて欲しい。我々の平和を脅かす『精霊』から」

 

果たして、ジュードとミラが持ち込んだ依頼は、渡りに船となるのか。それとも……




次回からオリジナル回となります。

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