TOWRM3 〜ThePlain's Walker〜 作:赤辻康太郎
第二十一話
赤い煙が暁の従者に奪われてから数週間、セネルの知り合いの自称トレジャーハンターの少女『ノーマ・ビアッティ』がアドリビドムに参入した以外は特に進展もなく穏やかな日々が続いていた。そんなある日――
「失礼。アドリビドムの拠点は此方でよろしかったでしょうか?」
「はい。どちら様でしょうか?」
アドリビドムを男性一人、女性二人の三人組が訪れた。男性は男性にしては少し長いセミロングの茶髪に赤い瞳。青い軍服を着て眼鏡を掛けている。二人の女性の内一人は金のショートヘアに緑色の瞳で両肩のラインに沿ってフリルのついた服を着ている。最後の女性は茶色のロングヘアに青色の瞳、黒いロングドレスの様な衣装を身に纏っている。
「私はライマ国軍大佐、『ジェイド・カーティス』。そして――」
「ライマ国王女、『ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア』ですわ」
「私はライマ国軍『ティア・グランツ』です」
三人は皆ライマ国の住民。しかもその王女と軍人だった。
「ライマ国の王女様が何故こんな所に?」
「それは――」
「クーデターだろ?」
ジェイドがアンジュの問いに答えようとした時、どこからか現れた樹が代わりに答えた。
「……何故それを?」
ジェイドが険しい視線を樹に送る。ティアも樹を警戒し、ナタリアを護る様に立ち位置を変えた。
「そう怖い顔すんなよ。一国の王女様が突然辺鄙なギルドに現れた。しかも護衛付き。ただの旅行の可能性もあるけど、最初からアドリビドム目的で訪れたってことは、よっぽどのっぴきならない状況だってこと。しかも見たとこと荷物は最低限。こっから予想される要因は――」
「クーデター、と言うわけですか。なるほど。大した洞察力ですね」
ジェイドは樹の推理を聞いて納得がいったようだ。眼鏡の位置を直しながら警戒を緩める。
「お褒めに預かり光栄だな」
「ええ。背中に隠した新聞がなければもっと良かったですね~」
「「「え?」」」
ジェイドの指摘に、その場に居た女性陣三人が驚いていた。
「おっと、その鎌掛けには乗らないぜ……と言いたいところだけど、まあ事実だしな」
と樹は背中から新聞を一部取り出した。
「今朝から新聞が見当たらないと思ったら、アナタが持ってたのね?」
アンジュが溜め息を吐きながらぼやいた。
「悪い悪い。気になる記事が出てたからつい」
「なるほど。それが我々のクーデターだったわけですね?」
「そゆこと。一面にデカデカと載ってたからな」
アンジュに新聞を渡しながら樹はそう軽く答えた。
「あら、本当ね」
アンジュが新聞を見ると、一面に『ライマ国陥落! 暁の従者によるクーデターか? 王族行方不明!』と大きな見出しが出ていた。
「まったく。まあいいわ。それで、貴方達がここに来た目的は何ですか?」
「単刀直入に申しますと、我々を保護していただきたいのです。勿論、只でとは言いません」
「私達もお仕事をお手伝い致しますわ」
「よろしくお願いします」
三人の申し出にアンジュは、
「分かりました。貴方達をアドリビドムで保護します。その代わり、ビシビシと働いてもらいますからね」
と笑顔で承諾した。
「(何か怖えな)」
樹はアンジュの笑顔に薄ら寒いものを覚えた。
「ありがとうございます。それでは、細やかな贈り物ですがコレをどうぞ」
「コレは?」
ジェイドがアンジュに数枚の紙面を渡した。
「我々の軍が秘密裏に入手した暁の従者に関する情報です。今後の役に立つかと」
「何でこんなもんが?」
樹はクーデターが起きたばかりだというのに情報が早すぎると思った。
「最近暁の従者に不穏な動きがあると軍に情報が入ったの」
「それで密かに捜査をしていたんですよ」
「ならクーデターの情報も手に入ってたんじゃないか?」
「そのクーデターの報せが入った直後に起きましてね。対処のしようがなかったのですよ」
「なるほどな」
ジェイドは樹の問いに「ヤレヤレです」と肩を竦めて答えた。
「なら、これは受けてっておきます。暁の従者の追跡は依頼として受けてつけても?」
「そうしてもらえると助かります」
「分かりました」
こうして『暁の従者の追跡』が依頼に追加された。
――数日後――
ジェイド達がアドリビドムにやって来てから数日、暁の従者追跡隊のメンバーが決定した。メンバーは、ジェイド、アンジュ、樹、レインの四人だ。
ジェイドはライマ国軍大佐、そして依頼人として。アンジュはアドリビドムのリーダーとして暁の従者を説得するため。樹は、
「アレを奴らに渡しちまったのは俺にも原因がある」
という理由から。そしてレインは、
「何でか分からないけど……会いに行かないといけない気がする」
と言って頑として譲らなかった。レインのいつも以上の強い要望に、カノンノを始め、他のメンバーも何も言えなかった。
そして今、樹達は暁の従者のアジトがある『アルマナック遺跡』に来ていた。
「何でこう新興宗教とか秘密結社とかは薄暗い遺跡とかが好きなんだ?」
遺跡内を歩きながら樹が呟く。アルマナック遺跡内は最低限の明かりしか設けられておらず薄暗い。その上遺跡の床が所々凸凹しておりレインは時々足を取られて転びそうになっていた。
「こういった場所は『何か』を隠蔽するには持って来いですからねえ」
樹の呟きにジェイドがのほほんと答えた。
「まあ、それはそれとして。暁の従者がここを拠点にしたのは多分他の理由よ」
「どういう事?」
アンジュの言葉に、質問したレインだけでなく樹も注目する。
「ここはかつて『ディセンダー信仰』の聖地だったの。もう廃れてしまった宗教だけどね」
「何だ。暁の従者は全くの新興宗教だってわけじゃなかったのか」
暁の従者以前にもディセンダーを祀る信仰があったようだ。
「そう言えばそうだけど。教義が違うわ。以前起きていたのはあくまで『ディセンダーを畏れ敬う』宗教。言い換えると、精霊信仰や世界樹信仰みたいなものね」
「しかし、暁の従者は『ディセンダーと共に世界を救う』が教義。なるほど。確かに教義が異なるので、違う宗教と見て取れますね」
アンジュの説明に、ジェイドは納得して頷いた。
「ディセンダーと共に、ね……」
樹はそう呟き、眼前の薄闇を睨みつけた。少し歩く足に力を込めて。
暫く歩くと、少し広い空間に出た。そこには、同じような白い衣装に身を纏った男二人が何やら話し合っていた。
「どうだ! 凄いだろう! ディセンダー様に授けて頂いたこの力は!」
「何を! 俺だって……ん? 誰だ、お前達は?」
男の一人(以下信者A)が、両手を上に上げ、掌に魔術で作った焔を翳して自慢げに語る。もう一人の男(以下信者B)も自らの技を披露しようとしたが、近づいてくる樹達に気づきそちらを向いた。つられて信者Aも樹達を見る。
「お前達、何の用だ?」
「入門希望者か?」
男達は樹達を新たな入門希望者と勘違いしていた。アンジュは男達の問いかけに首を横にふる。
「私達はアドリビドムというギルドの者です」
「ディセンダーに会いに来た」
アンジュと樹が自分達の正体と目的を男達に告げる。『ディセンダーに会いに来た』樹の台詞に、男達は鼻で笑うと、
「ディセンダー様は司祭以上でないとお会いになることはできん」
「ましてや、貴様らの様な不心得者共が、ディセンダー様のお顔を拝謁するなど、笑止千万!」
と侮蔑を込めた顔と声で言う。その言葉に、樹は眼を顰めた。
「司祭以上? てことは、お前らも会ったことはないのか?」
樹の問いに、男達は増々人を馬鹿にしたような顔になり、
「我らはここでディセンダー様のお部屋をお守りするという重要な任務を与えられているのだ!」
「故に、我らは司祭様と同等の地位があり、ディセンダー様にもお会いしたことがある!」
と自慢げに言ってのけた。その言葉を聞き、樹は口の端を吊り上げジェイドはニヤリと笑う。
「そうか。この先にディセンダーがいるのか」
「どうやら、そのようですねえ。あ、お二人とも、どうもありがとうございました」
「「なっ!」」
自分達の言ったことを思い出し、男達は慌てて口を塞ぐ。が、時すでに遅し。
「き、貴様あ! 我らを謀ったな!」
怒りに打ち振るえ、顔を真っ赤にして喚く信者B。対して、そんなものなどどこ吹く風、と樹とジェイドは互いに肩を竦め合い、
「そんな事言われましてもねえ」
「俺は『会ったことはあるのか?』って聞いただけで『この先にいるのか』なんて聞いてないし。そっちが勝手に答えただけだろ?」
といけしゃあしゃあと言う。
「それを謀るっていうのよ……」
呆れ顔でアンジュが二人を窘めるが、二人のお蔭でほしい情報が手に入ったのは事実なので、それ以上は言わなかった。
「ふ、ふん! まあいい。それで、貴様らはディセンダー様にお会いしてどうしようと言うのだ?」
信者Aは、信者Bよりかは落ち着いていたのか、咳払いをすると改めてアンジュ達の目的を聞いた。
「あなた方がディセンダーと崇めている存在をこちらに渡してほしいのです」
「アレはディセンダーではなく、もっと得体の知れない『何か』かもしれないんです」
アンジュが必死の形相で、いや必死に説得を試みる。だが男達は、アンジュの話に耳を傾けようとしなかった。
「馬鹿め! ディセンダー様が得体の知れない何か、だと? ふざけるのもいい加減にしろ!」
「ディセンダー様は未だこの世に降臨されて間がない。伝承通り、記憶のないのだ。だが、今、この世の理を学ばれている。腐敗したこの世界に、正義の鉄槌を下されるために!世界の救済の為に!」
話しているうちに興奮してきたのか、男達の声が徐々に荒々しく、大きくなる。まるで自分達が如何に素晴らしい偉業を成そうとしているかを熱弁しているようだ。いや、彼らにとって、『ようだ』ではなく、『している』のだ。ディセンダーの御旗の元、世界救世という暁を迎える。それが、暁の従者の目的なのだから。
「ふあ~あ」
男達が更に声を荒げて熱弁する中、突如聞こえてきた間の抜けた欠伸。
「……もういいか?いい加減ウンザリしてきたんだが」
欠伸の主、樹は苛立ちを隠そうともしない。刀に手を掛けながら一歩前に出る。
「自分達が何を言ってるのか。何をしようとしているのか。それが分からない奴らに情けをかける気はねえ」
ゆっくりと歩きながら、刀を抜く。
「貴様……!」
「我らを……我らのディセンダー様を侮辱する気か!」
怒髪天を衝く。樹の言葉に、男達は額に青筋をこれでもかと言うほど浮かべる。
「侮辱だと?はっ!笑わせるな……テメエ等に、そんな価値あるわけねえだろ」
樹は最高に、本当に自分が思う最高の笑顔で、嗤った。
「「貴様ああああーーーー!!!!」」
終に男達は樹に襲い掛かった。
「どおおおっ!」
信者Bはあり得ないスピードで樹に急接近。そのまま力の限り拳を振り下ろす。
――ドゴオ――
「おお。怖い、怖い」
だがその拳は樹に当たることはなく床に激突。石畳に大きな陥没を作った。
「でややややややあ!!」
続けての連撃。信者Bの拳が、蹴りが、肘打ちが、膝蹴りが、矢継ぎ早に樹に降り注ぐ。
「……」
しかし、それが樹に命中することはなかった。樹は全てを紙一重で躱していく。
「バカ野郎!少しは頭を使え!……ファイアボール!」
格闘の嵐の後に火球が飛来する。ディセンダーから授かった力の賜物なのか、通常よりも数が多く、一つ一つが大きく、スピードも早い。
「……」
樹はこれも全て避ける。
「もらったあ!」
その隙を突き、信者Bの拳が落ちる。
「……ふん」
「あ?」
信者Bが間抜けな声を上げる。それもその筈、彼の視界は、上下逆さまになっていたのだ。
「が、はっ!」
次の瞬間、信者Bの背中に烈しい衝撃が走る。衝撃で肺に溜まっていた空気が一気に体外へ排出される。
樹は信者Bの拳が振り下ろされた時、その手首を掴み、勢いを利用して投げたのだった。あの激しい攻防の中、そんな芸当ができるものなのか。見ていたアンジュ達は信じられなかった。
「ぐぬう……こうなったら、最大の呪文で貴様ら全員――」
「大して隙も作ってないのに大技とは余裕だな?」
「ぐぼあ!」
信者Aが呪文の詠唱を開始する直前、樹の膝が信者Aの顔面、正確にはその鼻っ面に突き刺さる。信者Aはそのまま二、三回と地面を転がったが、直ぐに起き上がりダウンはしなかった。信者Bも直ぐに回復し、信者Aと共に構え直す。
「……タフさだけは一流だな」
「くくく。ディセンダー様より賜いしこの力。貴様なんぞに敗れるものではないわ!」
「貴様らも改心し、ディセンダー様に許しを請うたらどうだ?さすれば貴様らもこの崇高なる力を手にすることができるやもしれんぞ?」
誇らしげに語る信者AとB。更には樹達に勧誘活動まで仕掛けてきた。
「……お前ら、自分が何を言ってるのか本当に分からないのか?」
「貴様こそ何故理解せん?この力があれば、我らの正義が証明できるのだぞ?」
「『力なき正義は無力なり』、ですか……」
ジェイドが眼鏡の位置を直しながら呟く。信者Bはジェイドの呟きに頷くと、
「そうだ。そして力が、ディセンダー様のお力が有れば、我らが望みが全て叶うのだ!」
望みが叶う。それを聞いた途端、樹の脳裏に『ある人』が浮かんだ。
『これが、最後の希望なんです』
自分が護衛し、引き合わせてしまった人。
「所詮我ら貧しい者達は国に虐げられるのみ。だがディセンダー様なら、ディセンダー様なら我らをお救い下さる!」
『生きることができるなら、私はどんな事でもしようと決心しました』
自らの運命に絶望しながらも、必死に贖おうとした人。
「いや。人は、人類は、ディセンダー様によって救われるべきなのだ!」
『この世界そのものが、自分の居場所ではないのでは、と感じる様になりました』
そして、そのことによって更なる宿命を背負ってしまった人。
「……黙れ」
「何?」
樹が低く唸る。
「テメエ等と、テメエ等なんかと……」
『私は、生きたいのです!』
そして、その人の、心からの『願い』と『叫び』が。
「テメエ等なんかと、ジョアンさんを一緒にするんじゃねえ!!」
怒号。樹の雄叫びにも似た叫びとと共に、樹の気が膨れ上がる。
――ドクン――
『影』が揺らぐ。
ご意見・ご指摘・ご感想お待ちしております。