TOWRM3 〜ThePlain's Walker〜 作:赤辻康太郎
「はーい。何か、ご用ですか?」
「失礼。アドリビドムの拠点はこちらでしょうか?」
「はい。そうですけど?貴方達は?」
アドリビドムを訪ねてきたのは、茶色の短髪に白い服を着て帯刀した少年と、紫色の髪をツインテールに結わえた少女の二人組だった。
「俺……私はガルバンゾ王国騎士団、『アスベル・ラント』。こっちは仲間の『ソフィ』」
「ソフィ、です……よろしく……」
二人は自らをアスベル、ソフィと名乗った。
「私はアドリビドムのリーダーをしています。アンジュ・セレナー。こっちの二人は樹とレインよ」
「津浦樹だ」
「レイン・リヒトです」
アスベルに倣って三人も自己紹介をした。
「ガルバンゾ王国の騎士様が一体何の用だ?」
「ちょっと樹……」
余程騎士に因縁があるのか、樹の言い方には少し棘があった。
「私達はガルバンゾ王国王女、エステリーゼ様を探しに来ました。こちらに滞在しているはずです。会わせてもらえませんか?」
「……何故、そう思う?もしかしたら、思い違いかもしれないぞ?」
「姫様誘拐の容疑がかけられているユーリ・ローウェルはご存知ですね?彼の仲間二人が、アドリビドムに潜伏しているとの情報が騎士団に寄せられました。なので、姫様はここにいるはずです」
挑発的に聞く樹に、アスベルは丁寧に答えた。
「取り敢えず、本人に話を聞いてみましょうか」
アンジュ達はアスベルを連れ、エステルの部屋に行った。
「私は……戻りません。フレンに、そう伝えてください」
国に戻るよう説得するアスベルに、エステルはキッパリと帰らないと言った。
「私は、自分の国が起こした事による異変を解決するまで、ガルバンゾには帰らないと決めたんです」
「ですが、姫様の仰った、生物が変化する現象の調査は、これから評議会に提起すれば――」
「それじゃ意味ないから、エステルは今もここにいるんだろ」
尚も説得を試みるアスベルを、樹が遮った。
「どうせ評議会のお偉いさん共は、エステルの話に耳を貸さないさ。エステルもそれが分かってるから、国に帰ろうとしないんだよ」
「そんな筈は!」
「樹の言う通りです」
「姫様!」
樹を擁護するエステルに、アスベルは驚いた。
「それではいつまで経っても変わりません。私は、国を護る為にも、ここにいなければと思っているのです」
「しかし……」
「ぎゃあぎゃあ五月蠅えな。本人が帰りたくないって言ってんだから、そうフレンって奴に報告すればいいだろ」
「そうはいかない。俺はフレン隊長から『姫様を連れて帰るまでガルバンゾには帰って来るな』と命令されている」
アスベルもアスベルで引く気はないようだ。
「立派なこって。結局、お前も民より命令か?」
「……俺だって国や民の為に何かしたいと思っている」
「なら何で何もやらない?どうしてエステルみたいに自分で考えて行動しようとしない?」
「俺は騎士だ。騎士は、国を護るためにも、与えられた任務を全うしなければならない」
「だから、それじゃダメだっつってんだろ!」
樹は怒鳴ると、壁を殴りつけた。
「国を護る為に任務を全う?それで護れるのは国じゃねえ、権力だ。結局、お前も、そのフレンも、権力を護る為の道具にしか過ぎないんだよ!」
「違う!フレン隊長は本当に民を護ろうと……」
「違わねえよ!上のご機嫌窺ってただ命令に従っているだけじゃ、何を考えていたって、どんな信念を持っていたって、何も考えていないのと一緒なんだよ!」
樹の激昂。それは、最下層民の苦痛を味わってきた樹だからこそ言える怒りだった。
「所詮。お前もフレンも、その程度の器だったってことだ」
「待て、俺への侮辱はいい。だがフレン隊長への侮辱は取り消してもらうぞ!」
「取り消さねえよ。フレンが民の為にどんだけ尽力してんのかは知らん。だがな、ガルバンゾの現状が変わってない以上、エステルが帰りたくないと言っている以上、そういう事なんだよ」
「貴様!」
刀の柄に手をかけるアスベル。部屋の中は一気に緊張感に包まれた。
「だったら、アスベルもここにいたらいいんじゃないですか?」
唐突にエステルがそんな事を言い出した。
「フレンの命令で国に帰れないなら、アスベルもここにいて、皆と一緒に働いたらいいんですよ」
「姫様?」
「それに、ここなら色んな人を護ることができますよ?」
「そうだな。ここにいたら、お前も樹の言いたいことが理解できるようになるかもな」
エステルの提案に、ユーリも賛成した。
「アンジュ、どうです?」
「そうね……ウチは万年人手不足なものだし、働き手が増えてくれる分には大歓迎よ」
アンジュも異論はないようだ。
「樹はどう思う?」
「……アンジュがいいと言うなら、俺に反対する理由はねえ」
「私は樹がいいならいい」
樹も渋い顔をしたが、反対はしなかった。当然レインも。
「なら、決まりですね!」
嬉しそうに手を叩くエステル。アスベルはもう反論できる立場ではなかった。
「……分かりました。俺達もここでお世話になります」
「……よろしく」
また二人、アドリビドムに仲間が増えた。
――その日の夕食――
アスベルとソフィが仲間になったので、今日のディナーはいつもより少し豪勢だった。
「お味は如何だったかしら?」
「はい。とても美味しかったです。カレーも、このデザートも」
「カニタマ、美味しかったよ」
本日のメインは、二人の好物の甘口カーとカニタマだった。特にソフィは、カニタマを口一杯に頬張り、口の周りをタレでべとべとにするほどだった。
「ふふ。それは良かったわ。ところで……そのカレーとカニタマ、誰が作ったと思う?」
「え?ロックスではないんですか?」
ロックスは今日も料理に給仕に大忙しだったので、アスベルはロックスが作ったものだと思っていた。
「それを作ったのは、樹よ」
「アイツが!?」
アスベルは予想外の名前に本気で驚いた。
「意外でしょう?彼なりのケジメなんですって」
樹は、例えどんなに馬が合わない人と仲間になったとしても、チームワークを乱すことはしない。むしろ仲間として接しようとする。そのケジメの様なモノが、料理だった。同じ釜の飯を食う。昔から仲間意識を生み出す秘訣である。
「樹も、何だかんだ言ってあなたの事を仲間と認めたのよ」
「アイツが……そんな……」
アスベルは眼の前に置かれているデザートプレートをジッと見詰めた。
「――ちょっといいか?」
とそこに、件の樹がやって来た。
「何か用か?」
「ああ。少し付き合ってほしい」
「……分かった」
「私も行く」
「好きにしな」
樹はアスベルを誘うと、甲板に出た。三人の他にも、「何事か」と思ったアンジュやクラトス達も甲板に出た。
「……何がしたいんだ?」
アスベルは背を向けて立つ樹に尋ねた。樹はその問いに振り向くと、
「俺と、勝負しろ」
と刀を構えた。
「……やはり、認めてはくれないんだな」
「……」
無言の樹。アスベルはそれを肯定と取り、構えた。
「アスベル、私も戦う」
「ダメだ」
「でも……」
共に戦おうとするソフィを、アスベルは断った。ソフィはそれでも一緒に戦おうとしたが、アスベルに首を横に振られ、渋々下がった。
「いいのか?別に俺は二人係でも構わんぞ」
「それではフェアじゃないからな。それに……お前とは真剣に戦いたい」
「あっそ。それじゃあ」
樹は納刀すると、格闘技の構えを取った。
「何のつもりだ?」
「フェアじゃないってんなら、俺だけ刀を抜くのもそうだろう?」
樹をキッと睨むアスベル。樹はその眼差しから目を逸らさず、真っ直ぐに受け止めた。
――ヒュー――
一陣の風が、二人の髪を揺さぶった。
「行くぞ!」
「来いよ!」
それを合図に、二人が駆け出した。
「はっ!そこだ!」
「そらっ!三散華!」
アスベルは鞘で相手を突く技『瞬突』と三連続の後ろ蹴り『刹那』を繰り出し、同時に樹は右ストレートの後に、いつもとはモーションの違う、三連続パンチの『三散華』を繰り出した。
「烈震虎砲!」
「獣吼戦破!」
虎を象った気と獣を象った気。二つの気が同時にぶつかり、炸裂した。
「ぐあ!」
「ぐっ!」
炸裂した衝撃に、二人は後方に吹き飛んだが、直ぐに態勢を整え、
「魔神剣!」
「魔神拳!」
アスベルは抜刀し素早く剣を振り、樹はそのまま拳を振り、地を這う衝撃波を繰り出した。
「蛇咬閃!」
樹は二つの衝撃波が激突するか否かのタイミングで、刀をアスベルに向かって『射った』。
「くっ!」
アスベルは飛来してきた刀をギリギリで弾いた。だが、それがいけなった。
「蛇咬交牙!」
「ぐあ!」
樹が刀を死角にして、アスベルを蹴り飛ばした。アスベルはガードができず、吹っ飛んだ。樹は着地すると、丁度落ちてきた刀をキャッチし、肩に担ぐように持った。
「アスベル!」
「来るな!」
ソフィはすぐさまアスベルの元に駆け寄ろうとしたが、アスベルがそれを拒否した。
「俺なら、大丈夫だ」
「アスベル……」
大丈夫だと言うアスベル。だが、良いとこにもらったのか、アスベルの足は微かに震えていた。
「……無様だな」
「アスベルは無様じゃない!」
アスベルを侮辱する樹を、ソフィは怒鳴りつけた。だが、樹はソフィの声に耳を貸さずアスベルに話し出した。
「お前、誰かを守る為に死にかけたことはあるか?」
「何?」
「俺は、あるぞ」
「「!!」」
『死』。その言葉を聞いた瞬間、アスベルは父親の姿が脳裏を過った。
「まあ、あるないは別にいいけどな。機会がなかっただけかもしれねえし」
「何が聞きたい?」
「……さあな。ただ、お前はそんな時、死ねるのか?」
「それは……」
樹の問いかけに、アスベルは直ぐに答えることができず、俯いてしまった。
「アスベル!危ない!」
「はっ」
アスベルがソフィの声で前を向いたとき、眼前に樹の脚が迫っていた。
――ドガッ――
「がはっ!」
当然防御することも出来ず、アスベルの身体は宙に舞い、そのまま甲板に叩き付けられた。
「アスベルー!」
ソフィはアスベルに駆け寄り、アスベルの身体を起こした。
「大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫、だ」
辛うじて立ち上がるアスベル。だが、もう限界が近いのは明らかだった。
「何だ。もうギブアップか?」
「ま、まだ……だ……」
ふらつきながらも構えを取るアスベル。そんなアスベルを、樹は冷ややかな眼で見ていた。
「分かるか?これが俺とお前の差だ。どんな理想を掲げたって、護りたいって願ったて、そこに『自分の意思』がなきゃ意味ないんだよ」
「……」
「お前は騎士になって今まで何をしてきた?騎士として任務を全う?そこにお前の意思はあるのか?国や民を護る為に、お前は何を考え、何をしてきた?」
「……」
樹の話をアスベルはただ黙って聞くしか出来なかった。樹の言葉は、反論する気を無くさせるほどアスベルの心に刺さっていった。
「結局、お前は何も護れないんだよ!」
「違う!」
そんな樹の言葉を否定したのは、ソフィだった。
「アスベルは護ってくれた。記憶をなくして居場所のない私に居場所をくれた。私を護るって言ってくれた。だから、アスベルに護れないものなんてない!」
「ソフィ……」
ソフィは樹の言葉を真っ向から否定した。アスベルは、ソフィの言葉で、身体に力が漲るような不思議な感覚を感じていた。
「だったら、何でソイツはもうフラフラなんだ?自分一人護れない奴が、誰かを護れるとでも?」
「アスベルは……私が護る!」
ソフィはそう言うとリスレットを構えた。それを見て、樹も刀を構えた。
「ソフィ。ありがとう」
「アスベル?」
だがアスベルはソフィの頭を撫でると、ソフィの前に出て構えた。
「決着は、俺がつける!」
「そんな状態で、お前に何ができる?」
決着を自らつけると言うアスベルに、樹は冷ややかな表情で聞いた。
「……確かに俺はまだ誰かを護って死にかけたことはない。けど……俺はあの時決めたんだ。絶対に護ってみせると。例え、命に代えても!」
アスベルが叫ぶと、彼の身体を青白いオーラが包み込んだ。樹はその姿を見ると、嬉しそうに嗤った。
「勝負だ!津浦樹!」
「いいぜ!来いよ!アスベル・ラント!」
開始時のように、二人は駆け出した。
「四葬天幻!」
「双刃牙!」
アスベルの流れるような連続蹴りと、樹の流れる様な双刃の連続斬り。二人の攻撃は互いに打消しあった。だが――
「終わらせてやる!」
アスベルの攻撃は、まだ終わっていなかった。
「全てを斬り裂く!獣破!轟衝斬!」
「があああっ!」
居合切りからの強烈な斬り上げ。アスベルの秘奥技『獣破轟衝斬』が樹を襲った。樹は攻撃を受け、後方に大きく吹き飛んだ。
「がはっ!」
樹は重力に従って看板に叩き落とされ、そのまま動かなくなった。
「そこまで!勝者、アスベル!」
アンジュが宣言し、アスベルの勝利が決まった。
「や……やった……」
アスベルも限界が来たのか、その場に崩れるように倒れ込んだ。
「アスベル!」
「ルカさん。樹さんをお願いします!」
「わ、分かった!」
治療のため、アニーがアスベルの、ルカが樹の元に救急箱を持って駆け寄った。
「アスベル、大丈夫?」
「ああ。何とかな」
心配そうに聞くソフィに、アスベルは笑顔で答えた。
「大変だ!樹の意識が!」
ルカが悲痛そうな声で叫んだ。樹の意識がないようだ。ルカの声に、クラトスが樹に近寄った。
「……」
クラトスは樹の容態を見ると、
「いつまで『寝たふり』をしている」
と樹の額をペシリと叩いた。
「あいた!クラトス、怪我人にそれはないだろう?」
「お前があの程度で気絶するわけがなかろう」
樹はクラトスの言葉に「やれやれ」と首を振るとそのままムクリと上半身を起こした。
「あーあ。折角ルカは騙せたのに」
「口の端が時折引きつっていたぞ」
「あー。そっか。次からは気を付けよう」
先程まで死闘をしていた人物とは思えないほどの暢気さである。
「手ごたえはあったのにな」
樹の様子を見て、アスベルは少し悔しそうな表情をした。
「そりゃあ喰らったからな。まあ喰らった瞬間に鞘でダメージをある程度殺せたからよかったぜ」
樹は左手に握った鞘をアスベルに見せた。
「それにしても。少し酷いんじゃないアニーさん。真っ先にアスベルのとこに行くなんてよ」
「人の注意を聞かずにまた無茶する人の事なんて知りません」
樹がアニーに軽口を叩くと、アニーはソッポを向いた。
「また?」
「樹さん、ひと月近く前にフィアブロングと戦って大怪我したんです」
「フィアブロングと!?」
アスベルは樹の動きが病み上がりのそれじゃなかっただけに、とても驚いていた。
「ん?ああ。あん時は死にかけたな」
「じゃあさっきお前が言ってたのは」
「そ。この間のことさ」
まるで思い出話をするように話す樹に、アスベルは言葉が出なかった。
「それで、アスベルは合格?」
アンジュが唖然としているアスベルを尻目に、樹に尋ねた。
「文句なし。最後に覚悟も見れたしな」
「アレは、試験だったんですか?」
「んー。ちょっと違うかな。アレも樹なりのケジメよ」
アスベルの問いに、アンジュは少し悪戯っぽく答えた。
「樹は貴方に知ってほしかったんじゃないかな。本当の『護る意志』を」
「本当の、『護る意志』……」
アンジュの言葉を噛みしめるように、アスベルは反芻した。
「お前は護るって言うばかりで、護る為の意思と行動があやふやだったからな。けど、最後ので分かったよ。お前はちゃんと理解してるって」
樹は立ち上がりながらそういうと、アスベルの元に近寄った。
「つうわけで、これからよろしくな。『アスベル』」
樹はアスベルの名を呼ぶと、右手を差し出した。
「ああ。こちらこそよろしく。『樹』」
アスベルも樹の名を呼び、右手をしっかりと握った。
「樹ー!お稲荷さん作ったよ!」
「中身は生姜と白胡麻だよ」
丁度その時、カノンノとレインが包みを持ってやって来た。中身は樹の好物の針生姜と白胡麻の稲荷寿司だった。
「お。サンキュー。アスベルも食うか?」
「そうだな。もらおうか」
「私もいい?」
「勿論」
死闘の場は一転、稲荷寿司を囲んだ細やかな宴会場となった。
――ルミナシア上空――
「暢気なもんだねえ」
ルミナシアの上空、バンエルティア号から遥か空の上から、樹達の様子を窺うモノがいた。
「まあいいか。アレ、いやもう『彼女』かな。彼女も目覚めたことだし。こっちもあっちも、否が応でも忙しくなるし」
ソレは自分の上、月を見上げると、
「もう直ぐ会えるね。樹」
と嗤い、虚空に消えた。
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