TOWRM3 〜ThePlain's Walker〜 作:赤辻康太郎
第十九話
しいな達がやって来て、そしてクロエが仲間になった更に数日後、アドリビドムにとある依頼が舞い込んだ。その依頼の内容は――
「『赤い煙に会いたい』ねえ……」
もはやすっかり、『病を治す存在』から『願いを叶える存在』へと化した赤い煙。近頃アドリビドムに齎される依頼の大半がこの手の依頼になっていた。樹も何十通と見てきて、いい加減飽き飽きしてきていた。
「ええ。場所はルバーブ連山のようね。どうする? 受ける?」
「パス。誰が好き好んで最初から他力本願な輩の世話なんてするかよ」
樹は苛立たしげに言うと、依頼書をアンジュに付き返した。赤い煙に会いたがる依頼者の殆どが、『金持ちに成りたい』とか『贅沢がしたい』などの如何にも俗物的な目的だった。ジョアンさんの様に『最後の手段』として捉える人は、ほぼ皆無に等しくなっていた。
「貴方ならそう言うと思ったわ。まあ、依頼者の方には悪いけど、元々引き受ける気もなかったしね」
「じゃあ何でこんなもん見せたんだ?」
樹がアンジュに尋ねた。最初から受ける気がないならそもそも依頼書を受け取らないはずである。
「今回はその依頼書を少し利用させてもらおうとおもってね」
「利用? ……ああ。そういう事か」
樹は少し考えて、アンジュの意図していることを理解した。
「ええ。折角居場所の情報があるんですもの。行ってみる価値はあるわ。依頼は私から出しておくから」
「あれ? もう俺がメンバーに入っているみたいな言い方だな」
「行きたいんでしょう?」
「当然。じゃ、よろしく」
「ええ。メンバーが決まったら教えるわ」
「了解」
その後、メンバーも決まり、樹はルバーブ連山へと赴いた。
――ルバーブ連山――
「何度来ても、ここの空気は美味いな」
「そうだな。空気が澄んでいる証拠だな」
「メルディもここ好きよー!」
「私も」
今回のメンバーは樹、レイン、ティトレイ、メルディである。目的は『赤い煙を見つける事』と『民間人を赤い煙に会わせないよう注意勧告する事』の二つである。
「そう言えば、樹とレインはここで出会ったんだよな?」
「うん」
「ああ。あの時はカノンノも一緒だったけどな。あん時はビックリしたな。女の子が空から降って来るんだからな。事実は小説より奇なりとはよく言ったもんだ」
ティトレイの質問に、懐かしそうに頷くレインと樹。出会い方が印象的だっただけあって、樹は今でもあの時の光景を鮮明に覚えていた。
「しかもこの間は山賊と間違われてクロエに襲われたし。ホント、ここには縁があるな」
「いや、クロエのはお前も悪いだろう」
「ん? そうか?」
ジト目でティトレイにツッコまれる樹。だが樹はどこ吹く風で涼しげな顔をして受け流した。
「ん? アレは……」
「登山者、じゃねえな格好からして」
四人の眼の前に、登山客とは思えないほど軽装の男女がいた。
「取り敢えず、声かけてみるか。おーい、そこの二人、そんな軽装じゃあ山は登れねえぞー」
ティトレイは二人組に話しかけながら近寄った。他の三人もティトレイの後ろからついて行った。
「あん? 何だ、お前ら?」
「俺達はギルドの者だ。依頼があってルバーブ連山を調査している」
話を聞く口実を作るため、樹は二人にそう説明した。
「ギルド? じゃあ俺達の護衛してくれよ。報酬は金持ちになったら払うからさ」
「お金持ちになれるのかー?」
「ええ、そうよ。この先に願いを叶える存在がいるの。それに『お金持ちにして』て願うの。そしたら、報酬を払ってあげる」
この二人も、赤い煙に願いを叶えてもらおうとしているようだ。
「残念だが、ソイツはもうここにはいないよ」
「はあ? 何言ってんだよ?」
「昨日アンタ等と同じ依頼をしてきた奴がいてな。そん時に俺と一緒にここに来たんだが、結局なにも見つからなかったよ」
勿論これは樹が二人を下山させるために吐いた嘘である。
「んだよそれ……」
「あーあ。無駄足踏んじゃったー」
二人はブツブツと文句を言いながら下山した。
「……ったく。命知らずな上に俗物的な奴等だぜ」
「ティトレイ、怒ってるのか?」
「ああ。アイツ等みたいに何の努力もしないで願いだけ叶えてもうらおうとする奴見てると、何かムカムカしてくるんだ。正直、さっきも殴りたいの我慢するので必死だったぜ」
苛立ちを全身から滲ませて話すティトレイ。その両拳は、怒りに打ち震えていた。
「それについては同感だ。だが、奴等の気持ちも分からんでもない」
「あ?」
ティトレイが樹を睨みつける。樹がそんな事を言うのが信じられないようだ。
「じゃあ樹は、アンナ奴等が願いを叶えても良いってのか?」
「そうじゃない。願いたくなるのは仕方ないって言いたいんだ」
樹は歩きながら話を続けた。
「今に絶望して、それでも頑張って生きて、でも結局ダメで。そんな状況になったら、誰でも願いたくなるさ」
「けどよう。それでも何とかするのが人ってもんだろう?」
「それはお前の意見だ。誰しもお前と同じ考えじゃない。十人十色、千差万別。この世に一人として同じ人がいないように、全く同じ考えを持つ人なんていないんだ」
「……」
人が違えば考えも違う。同じような考えを持つ人はいても、同じ考えの人はいない。ティトレイも頭の中では理解していた。けど、やはり納得はできなかった。
「ティトレイ。お前姉貴がいるって言ってたよな?」
「ん?ああ。けど、それがどうしたんだ?」
樹が唐突にそんなことを聞いてきたのでティトレイは少し戸惑った。
「じゃあ、もしお前の姉貴が、お前の眼の前で死にかけていたら?医者も誰も助けることができず、死を待つだけの状況で、願いを叶えてくれる存在が現れたら?お前は願わずにいられるのか?」
「そ、それは……」
樹の質問に、ティトレイは直ぐに答えることができなかった。
「……私は、願うと思う」
「レイン……」
樹の横で二人の話を聞いていたレインが口を開いた。
「もし樹やカノンノがそうなったら、多分……ううん、絶対に願うと思う。『助けて』って」
「メルディもよ」
メルディも、レインと同じ意見だった。
「どうしようもない絶望に陥った時、人は願わずにはいられないのさ。例えそれが悪魔だろうと……」
この時、樹の表情は、世の理を悟ったような、それでも人の儚さを憂いているような、そんな複雑な表情だった。
「ま、これは極論で、人生生きていればそのうち良い事も起きるさ」
しかしそれも一瞬の事で、樹はニッと悪戯っぽく笑うとそう締めくくった。
「霧が出てきたな」
「ああ。レイン、メルディ。離れるなよ」
「うん」
「分かたよ」
山の中腹に来た辺りで、霧が濃くなってきた。そのため視界が悪く、足元すら真面に見えない程だ。
「――おい!ありゃ何だ!?」
不意にティトレイが声を上げた。樹達がティトレイの指さす方に目を凝らすと――
「光ってる?」
赤い煙を纏った、人形(ヒトカタ)の様なモノがいた。
「コイツが、願いを叶える存在……」
樹が呟くと、ソレは樹達、正確にはレインの方に近づいて来た。
「……」
「大丈夫だ。俺達がついてる」
無意識に樹の腕を掴むレインを、樹は頭を撫でて落ち着かせた。
「……行くぞ」
「……うん」
レインと樹が、警戒しながらソレに近づこうとしたその時――
『いたぞ!ディセンダー様だ!』
後の方からそんな叫び声が聞こえてきた。
「何だ?」
声につられて後ろを振り返ると、白いローブを着た二人組の男が現れた。
「何だ、貴様らは?」
「それはこっちの台詞だ。何なんだお前らは?」
ティトレイが構えをとりながら詰問した。
「我々は『暁の従者』。そこに降臨されたディセンダー様をお迎えに参上したのだ!」
「おい。こんな奴らはどうでもいい。早くディセンダー様をお運びするぞ!」
暁の従者の二人はティトレイを無視して赤い存在に駆け寄ろうとしたが、
「待てよ。コイツがディセンダーって証拠がどこにある?」
樹が二人を止めた。樹は柄に手をかけいつでも抜刀できる態勢になっていた。
「何を言う!この荒廃した世に、人々の願いを叶える為に降臨した存在。それをディセンダー様と呼ばずになんと呼ぶ!」
「そうだ!その方こそ、我らに救いを齎す救世主、ディセンダー様だ!」
彼らは樹の声に耳を貸そうともせず、赤い存在をディセンダーと信じて疑わなかった。
「……どうやら言っても無駄なようだな」
暁の従者はティトレイやレイン、メルディの必死の説得にも応じず、只管に『ディセンダー様!』と叫んでいた。樹はこのままでは埒が明かないと判断し、力づくで抑えようと刀を抜いた。その時――
「ええい!退かんか!貴様ら!」
暁の従者の一人が何かを持って腕を振り上げた。
「まずい!皆、目と耳を塞げ!」
樹が叫んだとたん、男が腕を振り落し、何かを地面に叩き付けた。
――カッ、ドーン――
「うおっ!」
「きゃあ!」
「バイバッ!」
「ぐっ!」
叩き付けた瞬間、辺りを眩い閃光と轟音が包み込み、樹達は動けなくなった。
「――あああああっ!!光ってた奴がいねえ!」
ティトレイの叫びで、樹達が目を開けると、そこには既に赤い存在の姿はなく、暁の従者もいなくなっていた。
「持ってかれたか……」
「ヤバいぜ! 早く報告しねえと」
「その前に、二人の回復を待たねえとな」
樹とティトレイがレインとメルディの方を見てみると、
「ううー。目がクラクラするよー……」
「耳がキーンってする……」
二人はまだ先程の閃光弾のダメージから回復していなかった。
「そうだな。暫く休憩するか」
「ああ」
二人の回復を待って、樹達は船に戻った。
――バンエルティア号――
船に戻った四人は、早速アンジュに事の顛末を報告した。
「まさか、あの存在が暁の従者の手に渡ってしまうなんて……」
報告を受けたアンジュから零れたのは、そんな落胆の声だった。
「赤い煙が違った。人の形してたよ」
「ああ。薄っ気味悪かったぜ。何考えてんのか、まるで読めなかった。まるで生まれたてで、自分が何者かも分かってない。そんな感じだったぜ」
ティトレイとメルディが赤い存在の感想を述べた。
「奴らはアレをディセンダーと呼んでいたが、恐らくアレはそんな存在じゃない」
「そうね。もしアレが信仰の対象にされて多くの人と接触するようになったら、大変なことになるわ」
「皆ジョアンさんみたいに魔物になってしまうか?」
メルディが心配そうに尋ねる。
「その可能性は大いにあるわね」
「ああ。早く奴らの居所を掴まないとな」
次の目的に暁の従者の潜伏先調査が加わり、報告は終了となった。
「あ、そうだ。リタの研究に進展があったみたい。今から聞きに行ってみましょう」
アンジュの提案で、樹達は研究室に向かった。
「リタ。話を聞きに来たわよ」
「一体何が分かったんだ?」
文献を熱心に調べていたリタは、アンジュの声に気付いて顔を上げ立ち上がった。
「生物変化が起きたコクヨウタマムシのドクメントを調べてみたの」
「ふむ。で、結果は?」
「結論から言うと、コクヨウタマムシのドクメントは、私達の知らない異質なモノに変化していたわ。つまり、あの赤い煙だった存在は、私達とは異なるドクメントを持った存在ということになるわ」
リタの話を要約すると、赤い煙だった存在は、ルミナシアとは異なる理を持った存在だということだった。
「ただ、アレが何処からどうやって、何が目的で現れたのかは分からなかったわ」
「流石に、そればっかりは本人に聞くしかねえな」
暫く沈黙が流れた後、しいなが口を開いた。
「もしかしたら、願いをした人のドクメントを覗いて、進化しようとしているのかもしれないね……」
「人はそうかも知れねえけど、虫は植物の変化はどう説明するんだ?そいつらにも意志や願いがあるって言うのか?」
「おいおいティトレイ。虫や植物どころか、この世に生きるモノ全てに意志や願い、欲望はあるぞ。それも、最も根本的なのが」
「根本的?」
ティトレイは樹が何を言っているのか分からず、首を傾げた。
「『生存欲』。つまり『生きたい。生きる』と言う意志や願いだよ」
「樹の言う通り、生物は皆、生存欲を持っている。寧ろ生存欲を持っているから生きていられるし、生きようとしていられるんだ」
「見てな」と言うと、しいなは研究室に置いてあったサボテンのドクメントを展開し、サボテンに向かって術で火を放った。サボテンの周囲が燃え上がると、サボテンのドクメントが激しく反応した。
「……試させてもらって、ごめんな」
しいなはそう言うと火を消し、サボテンのドクメントを閉じた。
「分かったかい。瀕死、絶体絶命になった時の生物の意志ってのはこんなにも強いんだよ。植物でこれだけなんだ。更に欲深い人の場合は……」
「想像に難くないな」
樹の言葉に、全員が頷いた。
「ともかく、アレの目的はヒトになること。そしてそのために生物のドクメントを読み取り、情報を得ていた。生物変化はその副作用のようなもの。今のところ仮説の域を出ないけど、そういうことでいいわね?」
「ああ。そうだな。そんなところだろう。まあ何にせよ、本人から聞かないとどうしよもないけどな」
樹達がそう結論付けた時――
『すみません!何方かいませんか?』
と呼ぶ声がした。
「はーい。今行きます!じゃあリタ。引き続きお願いね」
アンジュはリタにそう言うと、声の主の応対に出た。
「俺もついて行ってみよ」
「私も行く」
樹とレインの二人もアンジュについて行った。
ご意見・ご指摘・ご感想お待ちしております。