TOWRM3 〜ThePlain's Walker〜 作:赤辻康太郎
第十七話
「来るぞ!」
「「……!!!」」
クラトスの叫びを合図に、ストーンシーサーは飛び上がり、四人を押しつぶそうとしてきた。
「散れ!」
クラトスの指示で、樹達は樹とレイン、クラトスとハロルドの二組に分かれ、一対二でストーンシーサーに対峙した。
「「魔神剣!」」
樹とレインはストーンシーサーに向けて魔神剣を放った。ストーンシーサーは二つの衝撃波を躱すが、
「双牙!」
「……!」
樹の放った二つ目の衝撃波は躱すことができず、被弾した。
「そこ! 獅子戦吼!」
レインはストーンシーサーが怯んだ隙に一気に距離を詰め、獅子戦吼を見舞った。これにより、ストーンシーサーは大きく後退する……筈だった。
「……!!」
「なっ!」
「分裂した!?」
ストーンシーサーは二体の魔物、本体側のストーンシーサーと台座側のストーンチェストに分かれた。
「こいつ、二体一対だったのか!?」
「樹、どうする?」
樹はチラリとクラトス達をみた。クラトス達も分裂したストーンシーサー達の対応に追われていた。
「しゃあない。各個撃破でいく。俺が本体に当たるから、レインは--」
「ダメ!」
自分が本体と相手すると言う樹の提案をレインは拒んだ。
「けどな……」
「樹は怪我が治ったばかりだから、本体の相手は無理だよ……それに私、樹を護りたい。護りたいの!」
真っ直ぐに樹を見つめて胸中を訴えるレイン。その眼に、一切の迷いはなかった。
「……OK。分かった。けど、無理はすんなよ」
樹はレインの強い意志に負け、折れた。
「それはこっちの台詞だよ」
レインは笑いながらいった。樹を自分が護る。ずっと抱いていた思いが叶った瞬間だった。勿論、樹が知る由もない事ではあるが。
「それじゃ……いくぞ!」
「うん!」
樹の掛け声と共に、樹はストーンチェストと、レインはストーンシーサーと対峙した。
「……!」
ストーンチェストは、自分に向かってきた樹に紫色のエネルギー弾を放ち牽制した。
「ふっ。魔神拳!」
樹はエネルギー弾を軽くサイドステップで躱すと、左腕を振り衝撃波を放った。
「……!!」
ストーンチェストは、その身体からから想像出来ない程の身軽さで跳躍し、魔神拳を躱すとそのまま樹を踏み潰そうと落下してきた。
「おっと」
樹はそれを難なく躱す。病み上がりとはいえ、見切りのよさは健在だった。
「畳み掛ける!瞬連刃!」
「……!」
高速の連続斬り。だがこれをストーンチェストは耐えた。
「秋沙雨!」
「……!!」
更に連続突きからのアッパーカット。これには耐えきれず、ストーンチェストは少し浮き上がった。
「獣牙連破刃!」
「…………!!」
最後に、連続斬りから獣の頭部を象った衝撃波を叩き付ける奥義『獣牙連破刃』をストーンチェストに叩き込んだ。樹の攻撃を受けたストーンチェストはそのまま消滅した。
「うっし!終わり!さて、レインはっと」
額の汗を拭った樹がレインの方を見ると、レインとストーンシーサーは、レインの振り下ろした剣を、ストーンシーサーが両腕をクロスして受け止め、膠着状態にあった。
「ぐっ……くっ……!」
「……!」
暫くこの状態が続いていたのだろう。レインの額には玉のような汗が溜まっていた。そして、徐々にレインが押されつつあった。
「ふっやあ!」
このままではいけないと感じたのか、レインは一旦バックステップで距離を取ると、すぐさまストーンシーサーに躍りかかった。
「……!!」
だが、まるでレインの行動を予測していたかのように、ストーンシーサーの腹部が左右に開き、中から大量の煙がレインに襲い掛かった。
「うわっ!」
煙に驚いたレインは、煙の勢いも相まって地面に墜落してしまった。
「……!」
これを好機とみたストーンシーサーは、レインを押しつぶそうと、バックスプリングの様な動作でレインにのしかかった。
――ズシン――
だが、響いたのは骨が砕ける音ではなく、岩が地面に激突したような音だった。
「……?」
覚悟して目を閉じていたレインが目を開くと、
「大丈夫か?」
眼の前に樹の顔があった。
「た、樹!?」
レインは樹に横抱き、所謂『お姫様抱っこ』されていた。レインが押しつぶされる寸前、樹が縮地を使ってレインを救出していたのだ。樹とレインはストーンシーサーから少し距離を置いた所にいた。
「その様子なら大丈夫そうだな」
「あ……」
樹はレインの状態が問題ないと判断すると、レインを降ろした。レインは少し寂しそうな声を上げたが樹には聞こえなかった。
「間一髪だったっ!」
「樹!大丈夫!?」
樹は突然胸を押さえて蹲った。レインが心配そうに樹の肩に手を置く。
「ああ。問題ない。少し痛むだけだ」
「無理しちゃダメだよ!」
「こんなもん無茶のうちに入らないさ。さあて、とっととアイツ等を倒すか」
立ち上がった樹の眼には、眼の前のストーンシーサーだけでなくクラトス達と対峙している方も映っていた。
「如何するの?」
「何、少し頭を使えばいいのさ……クラトス!ハロルド!」
樹はレインに向かってウィンクをすると、クラトスとハロルドを大声で呼んだ。
「何だ!」
「何?もうへばったの?」
丁度ストーンチェストを倒し、ストーンシーサーと戦っていたクラトスも大声で応じた。ハロルドは冗談で返す位の余裕はあった。
――クルクル、ビシッ――
樹は二人がこちらを見たのを見計らって人差し指をクルクルと回した後、地面に向かって振った。
「……なるほど。ハロルド!」
「分かってるわよ」
二人は樹の意図した事を瞬時に理解し、行動に移った。
「んじゃ。こっちもやるぞ」
「何をするの?」
レインは分からなかったのか、首を傾げて聞いた。
「アイツの攻撃を躱しながら少し移動する」
「それだけ?」
レインは樹の行動が思ったよりも単純だったので不思議に思った。
「勿論それだけじゃないさ。タイミングを見計らって一気にケリを付ける。行くぞ!」
「分かった」
レインはまだ全部を理解してはいなかったが樹に従って動いた。
「……!」
ストーンシーサーも樹達を追って動いた。時折牽制を入れながら、二組の対戦相手は移動していった。
「……樹!」
「OK!レイン、合わせろ!」
「分かった!」
クラトスから合図が入り、樹はレインを抱き、縮地を連続で使い回り込んだ。
「獣吼戦破!」
「獅子戦吼!」
「……!!」
真横から二人に攻撃され、ストーンシーサーは大きく吹き飛んだ。
「空破衝!」
「……!!」
クラトスと戦っていたストーンシーサーは、クラトスの鋭い強烈な刺突『空破衝』を受け、こちらも吹き飛んだ。
「「……!!!」」
そして、二体のストーンシーサーは互いにぶつかり、一か所に固まった。
「聖なる刃我に仇なす敵を討て……ディバインセイバー!」
そこにハロルドが唱えていた魔術が発動した。ストーンシーサーの足元に魔法陣が浮かび上がり無数の雷が降り注いだ。そして雷はどんどん収束していき、最後には一つの巨大な雷となり、ストーンシーサーに突き刺さった。光属性の上級魔術『ディバインセイバー』だ。
「「…………!!」」
二体のストーンシーサーは絶命し、消滅した。
「消えちまったな」
刀を納めながら、樹がポツリと呟いた。
「コイツ等は人工精霊。実態を持たない魔物だ」
クラトスがストーンシーサーについて説明した。
「人工精霊?」
「何それ!?早く教えなさい!」
ハロルドは興味津津と瞳を爛々に輝かせてクラトスに問い詰めた。
「ミブナの里に伝わる秘術『光気丹術』で作られた魔物、とだけ言っておこう。それよりも……レイン、どうした?」
「ん?」
クラトスに言われてレインを見ると、レインは俯いていた。
「どうした?どこか痛むのか?」
「アンタはレインの保護者なの?」
ハロルドに茶化されたが、樹はしゃがんでレインの顔を覗き込むようにして聞いた。
「……れなかった」
「うん?」
「護れなかった……護って、言ったのに……」
レインは樹を護り切れなかった。それどころか樹に助けられた。それがとても悔しかったのだろう。樹の見たレインの表情は、今にも泣きだしそうだった。
「……てい!」
そんなレインの額に、樹はビシッとデコピンをした。
「……痛い」
打たれた額を押さえてレインが訴えた。
「お前、んな事で悩んでんのか?」
「そんな事って、私は……!」
レインは声を上げた。レインの思い。それは「そんな事」で済まされるほどレインの中では小さくなかった。
「勘違いするなよ。誰もお前の悩みや思いを否定したりしねえよ」
「でも……」
「俺が言いたいのは、レインは十分に俺を護ってくれたって事だよ」
樹はレインの頭を優しく撫でながらそう言った。
「え?」
「レインが本体と戦ってくれていたから、俺は台座に集中できたんだ」
「けど……」
それでも、樹に無理をさせてしまった。レインはそれが許せなかった。
「レイン。確かに樹を完全には護れなかったかもしれん。だがな、樹の負担を最大限減らすことができたのは、お前がいたからだ」
「クラトス……」
「そうそう。寧ろ問題は樹よねえ。か弱い女の子にあんな魔物の相手させるわ結局無茶するわ。ホント、どうなのかしらねえ?」
「悪かったな」
「ハロルド……」
クラトスは樹の負担を減らしたのはレインの成果だと褒め、ハロルドはそもそもの原因は樹にあると言った。
「前に行ったろ?俺には一緒に戦ってくれる仲間がいなかったって」
「うん」
「けどな。お前は俺が背中を預けられる、大切な仲間なんだ」
「樹……」
背中を預けられる。これは一緒に戦う仲間にとって、最高の褒め言葉である。
「だか、その、何だ……これからも背中預けてもいいか?」
樹は自分で言って照れ臭くなったのか、頬を赤く染め、ソッポを向いてレインにそう聞いた。
「うん!勿論!」
レインは満面の笑みで了解した。レインは樹の言葉で、天にも昇る心地がした。
「あらあら見せつけてくれちゃってぇ。お熱いわねぇ」
「茶化すなハロルド」
ハロルドを窘めるクラトス。だがクラトスの顔もにやついていて説得力がなかった。
「ばっ、そ、そんなんじゃねえよ!」
顔を真っ赤にして否定する樹。だが否定するのが遅すぎた。
「おーい!大丈夫かい?」
不意に声を掛けられてそちらの方を見ると、一人の少女がこちらに駆けて来るところだった。
「……しいな、やはりお前だったのか」
「クラトスの知り合いか?」
「そうだ。彼女は『藤林しいな』ミブナの里の忍だ」
髪を後ろで結わえ、薄紫色した独特の衣装、忍装束に身を包んだ忍の少女『藤林しいな』はクラトスの知り合いだった。
「クラトスじゃないか!久しぶりだね」
「そうだな。先程の魔物はお前が?」
「ああ。最近怪しいやつが里を探ってるて情報があってね。警戒のために使役してたんだけど……」
「暴走したってわけね。けどいいもの見れたわ」
ハロルドが口を挟んだ。いいものが見れたと言うハロルドを、しいなは怪訝そうな眼差しで見た。
「コイツはハロルド。それと、樹にレイン。皆アドリビドムのメンバーだ」
「よろしくな」
「よろしく」
クラトスはしいなに樹達を紹介した。
「よろしく。それで、今日はどうしたんだい?」
「里の精霊に話がしたい。会わせてもらえないか?」
精霊に会いたいとクラトスが言うと、しいなは顔を曇らせた。
「悪いけど、里に精霊はもういないんだ。星晶がなくなりだした頃からいなくなっちまったんだ。
星晶採掘の影響は精霊にまで及んでいた。
「星晶……ウリズン帝国か?」
「それ以外の国もさ。アイツ等星晶だけじゃなくて使えるものは何だって奪っていくきだ。里が見つかるのも時間の問題だね」
苦い顔で答えるしいな。樹はそんなしいなの姿を見て、行き場のない憤りを感じた。
「ならば仕方ない。今は引き返すか」
「そうね。精霊がいないんじゃ話にならないし」
「……待ちな!」
引き返そうとするクラトス達を、しいなが引き留めた。
「クラトス。アンタが精霊に会いたいって言うってことは、相当厄介な問題なんだね?」
「そうだ」
しいなの質問に、クラトスは軽く頷いて答えた。
「分かった。なら後でアンタ等のギルドに里の文献を持っていくよ。里の精霊はもういないけど、他の地域の精霊について何か載っているかもしれない」
「それは助かる。是非とも頼む」
「ああ。任せときな」
しいなは胸をドンと叩いて請け負った。これで取り敢えずは精霊についてのメドが立った。
「サンキューな」
「ありがとう」
「別にどうってことないよ。人工精霊を止めてくれた借りもあるしさ」
改めてしいなに礼を言い、後の事はしいなに任せて一行は船に戻った。
――その夜――
アンジュに事の顛末を報告した樹は、カノンノと一緒に展望室に来ていた。カノンノが樹をスケッチに誘ったのだ。本当は外の甲板で描きたかったのだが、夜風が強く不向きだったので展望室になった。と言っても、樹は寝転んで星空を見ているだけでスケッチをしているわけではなかったが。
「ねえ、樹」
「ん~?」
スケッチしていたカノンノが、不意に樹に話しかけた。
「今日さ、レインに『お前になら背中を預けられる』って言ったんだよね?」
「あ~。そんな事言ったなあ。我ながら臭い台詞だね。まったく」
樹はその時の事を思い出して自嘲的に笑った。
「あのさ、樹」
「何だ?やっぱりカッコつけすぎたか?」
「……私じゃ、ダメなの?」
「……」
真剣な声で聞くカノンノ。樹は直ぐに言葉が出なかった。
「私じゃダメなの?樹の力になれないの?」
堪え切れずに、カノンノはスケッチブックに顔を埋めた。カノンノ悲痛な思いが、震える声に込められていた。
「……バカだな」
樹は起き上がると、カノンノの肩をギュッと抱き寄せた。
「た、樹!?」
突然の事に、カノンノも顔を上げて驚いた。
「バカだな、カノンノは。俺が何時、お前が頼りにならないって言ったよ?」
「だ、だって……最近あんまり一緒に戦ってないし。それに……」
樹がピンチの時にはいつもレインがいた。そして、樹とレインはいつも肩を並べて戦っていた。カノンノはそれが悔しかった。そして何より、そんな風に思ってしまう自分が嫌いだった。
「そりゃカノンノと一緒に戦ってる回数はレインよりは少ないさ。けどな、俺はお前が頼りにならないなんて一度だって思ってないぞ」
「本当?」
「本当さ。それに、お前がここにいてくれるから、『俺には帰る場所があるんだ』って思えるんだ」
樹の帰る場所。最終的にはそれは地球ということになるだろう。だがこのルミナシアでは、樹には帰る場所と言えるものはない。
「カノンノがアドリビドムに誘ってくれてなきゃ、もっと言えば助けてくれなかったら、俺は野垂れ死んでたろうな。けど、そんな俺をカノンノが救ってくれた。本当に感謝しているよ。ありがとう」
「そ、そんな……いいよ、今更」
改めて面と向かってお礼を言われて、カノンノは恥ずかしくなった。
「お前は俺に居場所を与えてくれた。だから俺は頑張れるんだ」
「樹……」
『カノンノが居場所をくれた』これは樹の本心であり、カノンノを信頼している理由だった。
「だからさ、自分が頼りないとか思わないでくれよ。お前だって、俺にとっちゃ大切な仲間なんだからさ」
「『お前だって』、か……樹らしいね」
「そうか?」
樹は誰か一人を特別視しない。それは平等というわけではなく、樹の中で『仲間』という存在が一様にして大切な存在だからである。カノンノはそれが嬉しく、ちょっぴり残念だった。尤も、樹自身がそれに気づいていなかったが。
「ねえ樹。一つお願いがあるんだけど」
「何だ?」
「もう少し、このままでもいい?」
カノンノは樹に少し寄りかかってお願いしてみた。樹は一瞬面食らったが、
「……どうぞ、お姫様」
と悪戯っぽく笑って了解した。
「ふふ。ありがとう」
カノンノは嬉しそうに笑うと、樹の胸に身体を預け、目を閉じた。
そんな二人を、輝く満月と瞬く星々が優しく見守り、飛び出す勇気を持てなかった『光』が見詰めていた。
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