TOWRM3 〜ThePlain's Walker〜   作:赤辻康太郎

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第十五話です。オルタータ火山二回目、リングスポット探索後編です。


第十五話

第十五話

 

 

−−ドォン−−

 

「があああっ!」

 

轟音と共に悲鳴が上がった。だが、悲鳴の声はカロルではなかった。

 

「……?」

 

カロルは予期していた衝撃が来なかったので、そして自分ではない悲鳴が聞こえたので眼を開けてみたた。そこには−−

 

「たつ、き……?」

 

プスプスと、身体中から煙りを出して俯せに倒れている樹がいた。

 

「樹ー!」

 

カロルは急いで樹に駆け寄った。ダメージのせいでまだろくに走れない筈だったが、そんなものは気にもならない位動揺していた。

 

「樹、樹!しっかりして」

「ぐ……が……」

 

カロルは必死に呼び掛けたが、返ってきたのは弱々し呻きだった。恐らくカロルを庇って背中で火球を受けたのだろう。軽鎧の背中が特に焦げていて、髪の毛の焼けた嫌な臭いもした。鎧で被われていない首や顔も火傷を負っていた。

 

「樹……よくもおおぉ!」

「待て、レイン!」

 

我を忘れてフィアブロングに突撃しようとしたレインを、ユージーンが寸前で腕を掴んで制止させた。

 

「放して!アイツを……アイツを!」

「今お前が奴に突撃していっても返り討ちに合うだけだ!俺が時間を稼ぐ、レインは早く樹を回復させるんだ!」

「……!」

 

ユージーンの叱咤で冷静さを取り戻したレインは、一回頷いて樹の元に向かった。ユージーンは樹の回復時間を稼ぐため単身でフィアブロングに対峙した。

 

「樹……」

 

レインは改めて樹の様子を見て、かなりショックを受けた。

 

「……今助けるから」

 

レインは樹を回復させるため治癒術の詠唱を開始した。

 

「僕も手伝う……」

 

カロルはそう呟くとハンマーを構えた。

 

「活心エイドスタンプ!」

 

カロルはハンマーで樹のすぐ傍の地面を叩いた。すると叩いた箇所を中心に人一人から二人分程の魔法陳が展開した。そして魔法陳から出てきた光を浴びた樹とレイン、カロルの傷が少し癒されていった。

 

「介抱の光よ、彼の者に癒しを……ヒール!」

「う……ん……」

 

レインの唱えた中級の治癒術『ヒール』の光を浴びて、樹の傷はほぼ回復した。樹は起き上がると首を2、3度振った。どうやら大事には至らなかったようだ。樹が回復したのを見て、レインとカロルは取り敢えずホッとした。

 

「ふー。助かった。サンキューな。レイン、カロル」

 

樹はレインとカロルに回復してもらった礼を言った。

 

「ううん。無事で良かった」

「無事ってわけでもなかったけどな……よっと」

 

樹は立ち上がると軽く屈伸等して動けることを確認した。

 

「うっし。戦るか!」

「戦るって……今やられたばかりじゃない!?」

 

カロルは回復して間もないのに再び戦おうとする樹に驚いた。

 

「当たり前だろ。ユージーン一人じゃきついし。何より……アイツには『借り』を返さないとな」

 

既に樹の眼は眼前の敵を見据えていた。

 

「そんな……樹は怖くないの!?」

「ん?」

「だって……だって樹、アイツにやられたんだよ。死にかけたんだよ!?それも、僕なんかを庇って……」

 

カロルは眼に涙を溜め、俯き、今にも泣き出しそうだった。樹はそんなカロルの姿を見ると「ふぅ」と息を吐き、

 

「レイン。先にユージーンの加勢に行ってくれ」

 

とレインに頼んだ。

 

「樹とカロルは?」

「直ぐに行くさ」

「分かった」

 

レインは一度頷くと、ユージーンを加勢しに駆け出した。

 

「……カロル。俺の膝、触ってみな」

「え?」

 

膝を触れと言われて、カロルは恐る恐る樹の膝に触れた。

 

「……震えてる」

 

樹の膝は、カロルがハッキリと感じられる程震えていた。

 

「だろう?死ぬ程の攻撃を受けたんだ。怖いに決まってる」

「じゃあ何で!?」

 

カロルは恐怖を感じながらも戦いを挑もうとする樹の心理を理解できなかった。自分には、到底できっこないと感じていたから。

 

「カロル。お前は一つ勘違いをしてる」

「な、何を?」

「俺は怖いから、強くなりたいから挑むんだ」

 

樹はカロルの眼を真っすぐ見て、そう告げた。

 

「強く、なりたいから」

「ああ。確かにアイツは強いし怖い。けどな、怖くない相手と戦ったって強くなれないんだ。」

「怖くないと……強くなれない」

 

カロルは樹の話をしっかりと噛み締める様に聞いた。樹は「ああ」と頷くと「それにな」と話を続けた。

 

「それに……今はお前らがいるからな」

「僕達が?」

「ああ。俺は少し前までは一人で喧嘩してた。それも毎日の様にな」

「それって……」

 

カロルも樹が地球から来た異世界の住人だということは聞かされていた。だからこれは樹が地球に居た頃の話だと直ぐに分かった。

 

「毎日怪我して帰っては親や弟達に心配かけてたよ」

「友達は?」

「勿論、心配してくれる友達もいたさ。けど……一緒に喧嘩する様な奴はいなかったな」

 

樹はまるで昔を懐かしむ様に話した。ルミナシアとは違い、地球の、特に現代日本は命を賭ける様な場面は事件事故を除きほぼ皆無に等しかった。

 

「だからな、カロルみたいに一緒に戦ってくれる仲間が出来て、すげえ嬉しかったんだ」

 

心配してくれる人がいる。確かにそれは幸せなことで、樹もそれは感じていたし感謝もしていた。それでも、喧嘩している時、した後、樹は「一緒に喧嘩する仲間がいたらなぁ」と思う事もあった。そう思っていたから、ルミナシアで一緒に戦う仲間ができて、樹は純粋に嬉しく思い、「護る戦い」の充実感を実感していた。

 

「だから今俺は強くなりたいんだ。皆を護れる位に」

 

樹は笑顔でカロルの頭を撫でた。皆を護れる位強くなりたい。そるは樹の心からの願いだった。そしてされは、カロルの夢と、「皆を護る強い男になる」夢と一緒だった。

 

「んじゃ、俺は行くな。カロルも決心がついたら来いよ」

 

樹はカロルの頭を叩くとフィアブロングに向かって駆け出した。ユージーンは何とか一人で戦えてはいたが、レインの援護を足し合わせても防戦一方だった。

 

「悪ぃ、ユージーン。遅れた」

「気にするな。それより、カロルはどうした?」

「何、直ぐに来るさ」

 

樹は確信を持ってそう言った。

 

「そうか。なら、今は俺達で戦うぞ!」

「あいよ!……魔神剣!」

 

樹とユージーンは現状を打開すべく攻勢に転じた。

 

「……だって」

 

一方カロルは、その場で俯き呟いていた。

 

「……僕だって」

 

カロルの中で、様々なものが渦巻いていた。恐怖。仲間の顔。樹の言葉。自分の夢。そして−−

 

『アンタみたいな怖がりの弱虫が強くなれるわけない!』

 

大好きだった少女に言われた言葉。だがそれらがカロルの背中を押した。

 

「僕だって、強くなるんだああーーー!!!」

 

腹の底からの雄叫び。それはカロルの決意の顕れだった。そして、カロルの全身を、蒼く輝くオーラが包み込んだ。オーバーリミッツだ。

 

「わあああっ!」

 

カロルはハンマーを担ぐ様に構えるとフィアブロングに向かって走りだした。

 

「ハッハー!そうだ、カロル!お前はもっと強くなれる!」

 

樹から笑みが零れた。まるで自分が強くなったような喜びようだ。

 

「ユージーン!レイン!カロルの道を開くぞ!」

「おう!」

「任せて!」

 

樹達はカロルの為に道を開けるべく、フィアブロングを攻め立てた。

 

「グオオオ!」

 

カロルの姿を見たフィアブロングは、身の危険を感じ空へと踊り出た。

 

「させん!天雷槍!滅殺旋風牙!」

 

ユージーンはフィアブロングが飛んだことによって出てきた腹部から尾の間の比較的柔らかい箇所を狙って攻撃をしかくた。何度も攻防を繰り返す内に目星をつけておいたのだ。

 

槍を下段から上段に振り貫き落雷で追撃する特技『天雷槍』。さらに槍の柄で敵を掬い上げる様に攻撃、さらにジャンプから穂先を叩きつけ、槍を地面に突き刺し竜巻を起こして追撃する奥義『滅殺旋風牙』への連続攻撃を繰り出した。

 

「ギャオオオ!」

 

フィアブロングはそこがアキレス腱だったのか、攻撃することができず地面に落ちた。

 

「レイン!準備はいいか?」

「勿論!」

 

落ちた隙を、この二人が逃す筈もない。

 

「双刃閃!」

「渦巻く紺碧。総てを飲み込み洗い流せ……メイルシュトローム!」

 

樹は刀と鞘で流れるような連続斬りを叩きつける奥義『双刃閃』を、レインは対象の敵を中心に竜巻状の水流を発生させる水属性中級魔術『メイルシュトローム』を同人に発動した。そして、二人を光の線が結んだ。

 

「「水天逆巻け!龍虎滅牙斬!!」」

 

二人同時に武器を敵に叩きつけ天に昇る龍を象った幾つもの水流で追撃する共鳴術技『龍虎滅牙斬』が発動した。

 

「ガアアアアアアァッ!!」

 

弱点属性の攻撃をもろに受けて、フィアブロングが悲鳴を上げた。だが、これで終わるわけがなかった。

 

「獅吼滅龍フラッシュ!」

 

カロルは、ハンマーを横に一回転しながら振り獅子の頭を象ったオーラを放つ奥義『獅吼滅龍フラッシュ』を放った。

 

「全身全霊で叩く!1、2、3!轟破連刃インパクトォ!」

 

カロルはカバンから四つの巨大なハンマーを空中に放るとその内の三つを空中で掴んではフィアブロングに投げつけるのを繰り返し、最後の一つを両手でしっかりと握り締めフィアブロングに叩きつけた。秘奥義『豪覇連刃インパクト』だ。

 

「ギィヤアアアア!!!」

 

フィアブロングは断末魔の悲鳴を上げ、崩れ落ち、マグマの中へと消えていった。

 

「や……やった。ヤッター!」

 

フィアブロングを倒した実感が沸いて来て、カロルは両手を上げて喜んだ。

 

「うおっしゃあああっ!やったじゃねえか!カロル!」

 

樹はカロルを両脇から持ち上げるとそのままクルクルと回転してカロルを讃えた。さながらジャイアントスイングのようだ。

 

「う、ちょ、眼が回る〜」

 

カロルは凄い勢いで回されてしまったので眼が回ってしまった。

 

「おっと悪い」

「何か樹の方が嬉しそう」

 

レインはまるで自分の事の様に喜ぶ樹を見て微笑んだ。

 

「ん?そうか?」

「うん」

 

樹はレインに指摘され、恥ずかしくなってポリポリと頬を掻いた。

 

「カロル。よく頑張ったな。立派だったぞ」

「ううん。皆が居てくれたからだよ」

 

ユージーンがカロルを褒めたたえると、カロルはそう言って謙遜した。

 

「おーおー。いっちょ前なこと言うねえ」

「からかわないでよ。さ、先を急ごう!」

 

カロルは今回の戦闘で自信がついたのか先陣を切って歩きだした。

 

「張り切ってるな」

「今回の事で自信がついたのだろう。カロルはこれからきっと更に強くなるだろう」

「うん。そうだね」

 

カロルの成長を楽しみ思う三人であった。

 

 

−−リングスポット−−

 

 

その後は特に魔物との戦闘もなく、一行はリングスポットにたどり着いた。

 

「ここがリングスポットか」

「そうだ。あそこに台座あるだろう?」

「あ、ホントだ」

 

ユージーンの指差す方を見ると、複雑な紋様の施された台座があった。台座には宝石がはめ込まれていて、神秘的な輝きを放っていた。

 

「樹。あの宝石にソーサラーリングを翳してくれ」

「こうか?」

 

樹は台座に近づくと、ユージーンの指示通りにソーサラーリングを翳した。

 

−−スウゥ−−

 

すると、台座の宝石の輝きがリングに移り、リングの宝石が輝きだした。反対に、台座の宝石は輝きを失いただの石の様になった。

 

「これでソーサラーリングにマナが込められた」

「んじゃ任務終了だな。ささっと帰るか」

 

任務を終えた樹達が船に帰還しようと踵を反したその時、

 

−−バァン−−

 

という音と共に入口が塞がれてしまった。

 

「閉じ込められちゃった!」

「慌てるな。樹、台座の向こうに的がある筈だ」

「……あった。あれか」

 

樹は台座の後ろ、底無しの崖を挟んだ壁に射的の的のようなものが付けられているのを見つけた。

 

「あれをソーサラーリングで撃てば開く筈だ」

「どうするんだ?」

「リングを的に向けて念じればいい。リングから弾が出されるイメージだ」

「ん……」

 

樹は的の正面に立つと、リングの宝石が的に向くように腕を伸ばし眼を閉じた。そしてリングから弾丸が発射される光景をイメージすると、

 

−−ボッ−−

 

−−バシッ−−

 

−−ズズズズ−−

 

ソーサラーリングから熱球が放たれ、的に命中した。するて入口を塞いでいた岩がスライドして出口が現れた。

 

「なるほど。こういう仕掛けか」

「ああ。盗賊等、対侵入者のトラップだ」

 

ソーサラーリングを知らない者にとって台座の宝石は宝石でしかないのでこのような仕掛けが施されたようだ。

 

「それじゃ、今度こそ帰るか」

 

樹達は今度こそ、帰還の途についた。

 

 

−−バンエルティア号・ロビー−−

 

 

樹達が帰還すると、ロビーでアンジュやルカが黒のロングコートを着て、穂先のついたライフルを抱えた髭面の男性と話していた。

 

「あ、皆お帰りなさい」

「アンジュただいま。お客か?」

「ううん。この人は私の知り合いの、傭兵のリカルドさん。リカルドさん。彼らは樹とレイン、カロル、それからユージーンさんです」

 

と、アンジュはお互いを紹介した。リカルドは樹達、特に樹、レイン、カロルを一瞥すると、

 

「また餓鬼か。つくづく、ここは餓鬼ばかりだな」

 

とあからさまに溜め息を吐いた。樹はそんなリカルドの態度にカチンときたのか、

 

「確かに俺達は餓鬼だよ。まだまだ世間知らずだし実力だってアンタより下だろうさ。けどな、その辺の大人達よかよっぽどマシな仕事はするぜ。文句を言うだけで自分からは何もしない大人や、下も顧みずブクブクと肥えるだけの大人よりはな」

 

と反論した。それを聞いて、リカルドは眼を見開いて驚いた。自分よりも年齢が一回り近く下の少年に、ここまで言い返されるとは思っていなかったからだ。

 

「樹の言う通だ。確かにアドリビドムのメンバーはまだまだ子共が多い。しかし、ここに居る子供達は皆優秀な子ばかりだ。現に、この樹とレインは共鳴術技を既に二回発動しついる。カロルに至っては、先程フィアブロングを倒したばかりだ」

「あら!凄いじゃない!」

「フィアブロングを……この餓鬼が……」

 

リカルドも長年傭兵稼業していてフィアブロングの強さは聞き知っていたし実際に一度戦ったこともあった。その時はまだ自分も20代になったばかりで、新人、ベテラン含め傭兵十人ばかりでやっと倒せた相手だった。それを、目の前の、まだ年齢も二桁になったばかりのような少年が倒したと言うのだ。俄かには信じられなかった。

 

「だから僕が倒したんじゃなくて、僕『達』で倒したんだよ」

 

カロルは自分だけの功績にされるのが恥ずかしかったのか、それとも後ろめたかったのか、『達』の所をやや強調して言った。

 

「けど、止めを刺したのはカロルだろ?」

「けどあれは樹達がダメージを与えてくれてたおかげだし」

「どんな経緯があるにせよ、カロルが止めを刺したのは事実だ。それは誇るべきことだ」

「そうだよ。あの時のカロル、カッコ良かったよ」

「そ、そうかな。えへへへ」

 

皆に褒められて、カロルは頬を染めて笑った。

 

「リカルドさん。樹達の言う通り、皆まだ至らない所は多々あります。けど、心から信頼できると、私は思っています」

 

未だに難しい顔をしているリカルドに、アンジュは諭すように言った。それを聞いて、リカルドは観念したようだった。

 

「なるほど。確かにお前らは餓鬼だが。クズどもよりはまともらしいな」

 

リカルドはそう言うと、樹に手を差し出した。

 

「リカルド・ソルダートだ。訓練くらい付き合ってやる」

「津浦樹だ。よろしくな」

「レイン・リヒトです」

「僕はカロル・カペル!よろしくね!」

「ユージーン・ガラルドだ。これからよろしく頼む」

 

リカルドと樹達は握手を交わした。

 

「じゃあ挨拶も済みましたし、今日の報告をお願いします」

「報告は俺達がやろう。樹は医務室に行くといい」

「悪いな。そうさせてもらうよ」

 

樹はユージーンに報告を任せると医務室に言った。

 

「……何か、あったの?」

 

アンジュは、普段あまり医務室に行きたがらない樹が素直に行ったので訝しがった。

 

「それも踏まえて報告しよう」

 

と前置きしてユージーンは報告を始めた。

 

−−コンコン−−

 

「アニー、居るか?」

「はい。どうぞ」

 

ノックしてアニーが居る事を確認して、樹は医務室に入った。医務室では、アニーとナナリーが部屋の片付けをしていた。

 

「あ、樹さん。今帰ったんですか?」

「おかえり。樹」

「ああ。ただ、い……ま……」

「樹さん!?」

「樹!?」

 

樹は医務室に少し入った所で、突然糸が切れた人形の様に倒れ込んでしまった。アニーとナナリーは急いで樹に駆け寄った。

 

「樹さん!大丈夫ですか?」

「ぐっ!」

 

アニーが樹の肩を揺すると、樹は顔をしかめて呻いた。

 

「ナナリーさん。直ぐに診療します。樹さんをベッドに」

「あいよ」

 

アニーとナナリーは樹をベッドに仰向けに寝かせた。

 

「があっ!」

 

すると樹は悲鳴を上げた。

 

「っ!ナナリーさん!」

「ああ!」

 

アニーとナナリーは樹の体勢を俯せに変えると、剥ぎ取る様に鎧とアンダーウェアを脱がせた。

 

「これは!?」

「酷いね……」

 

樹の背中には大きな火傷が残っていた。しかも一部が化膿している。ここまで酷いと普通は痛みで動けない筈である。樹は、気合いで騙し騙し今まで耐えていたのだ。

 

「とにかく治療します!ナナリーさん、手伝って下さい!」

「分かった。任せな」

 

アニーとナナリーは樹の治療を開始した。

 

 

−−数十分後−−

 

 

「う、ん……ここは、医務室か」

 

樹は医務室のベッドで眼を覚ました。医務室に入った途端に緊張の糸が切れて意識が朦朧としていたためそれからの記憶が曖昧だが、身体の痛みと巻き付けられている包帯から治療されたという事は分かった。

 

「あ、眼が覚めましたか」

 

アニーが盥を持って医務室に入ってきた。水を変えて来たのだろう。

 

「ああ。ついさっきな」

「よかった。驚きましたよ。入って来るなり倒れちゃうんですもの。それに……」

 

樹はアニーが言いたい事がよく分かっていた。

 

「悪いな。心配かけて」

「いえ。……さっきレインから聞きました。相当無茶をしたようですね」

 

樹の症状は、背中の大分を火傷(一部化膿)に打撲、肋骨の骨折とかなりの重症だった。本当に今まで動けていた事が不思議である。

 

「まあな。ま、カロルを護れたんだ。後悔はしてないさ」

 

そう話す樹の顔は晴々としていて清々しい位だった。

 

「医者として忠告します。もうこれ以上の無茶はしないで下さい。いくら護れたって、死んでしまったら意味ないですよ」

「善処する」

「それ、絶対しないですね」

 

アニーは呆れ返って溜め息を吐いた。

 

「あ、そうだこの事カノンノ達には……」

「「樹ー!!」」

「ごぼぉはぁ!!!」

 

樹が何か言いかけた時、突然医務室のドアが開き、カノンノのレインが樹の背中(腰あたり)に頭からダイブした。

 

「勿論話しました。あと水を変えに出た時にロックスにも言付けを頼みました」

「は、早く言ってくれ……」

 

アニーはまるで目の前で何も起きていないかの様に淡々と話した。

 

「どうして黙ってたの!?」

「何でこんな無茶したの!?」

 

カノンノとレインは樹の背中を押さえ付けながら叫んだ。

 

「ふ、二人とも。取り敢えず降りてく……」

「スッゴく心配したんだから!」

「ちゃんと説明してよね!」

「わ、分かった。分かったから降り、死ぬ、死ぬ〜!」

 

この夜、バンエルティア号に樹の悲鳴が夜通し響いたという。

 




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