TOWRM3 〜ThePlain's Walker〜 作:赤辻康太郎
第十一話
樹が闘技場で一騒動起こしてから数日後、アドリビドムに、箒を携えた一人の少女が現れた。
「こんにちはー!ミントいるー?」
ピンクのロングヘアーをポニーテールに纏めた赤い瞳の少女は、バンエルティア号に入るなり大声でそう尋ねた。
「ん?ミントの知り合いか?」
「そうみたいね」
「あ、そこの君。ミントいる?」
たまたま依頼のチェックにフロントに来ていた樹に、少女はミントの所在を尋ねた。
「ミントならいると思うが」
「あ、アーチェさん。よくいらっしゃいました」
タイミングよく、ミントがロビーに出てきた。
「ヤッホー、ミント。頼まれた物持って来たよー!」
「わざわざすみません」
ミントは少女に頼み事をしていた様だ。
「ミント。知り合いか?」
「あ、はい。彼女はアーチェ・クラインさん。私やクレスさんのお友達です」
「アーチェ・クラインでーす。よろしくね!」
アーチェは元気よく自己紹介した。
「俺は津浦樹。アドリビドムで世話になってる」
「あー。アンタが樹ね。ミントの手紙で読んだわ。『異世界から来た期待の新人』って」
「それは買い被り過ぎだな」
樹はそっぽを向いてぶっきらぼうに言った。
「あはは。照れちゃって可愛い」
「アーチェさん。そろそろ……」
「おっと、そうだった。はいこれ」
アーチェはミントに古びた指輪を渡した。中央に宝石が嵌め込んであり台座にルーンが彫ってあった。
「何だそれ?」
「これは『ソーサラーリング』といって、マナを溜めて熱線を出す道具なんです。今後の役に立つと思ってアーチェさんに頼んでいたんです」
「ふーん」
ミントが頼んでいたのはこのソーサラーリングだった。
「まあ、まだ使えないんだけどね」
アーチェが頭の後ろで手を組んでぼやいた。
「何で?」
「起動するのに必要なマナが貯まってなんだ」
「じゃあマナを貯める必要があるってか?」
「はい。なので依頼としてお願いしようかと……」
ミントはチラリとアンジュを見た。アンジュはコクリと頷くと、
「分かった。依頼として受理します。メンバーはこっちで決めておくわ」
ミントの依頼を了承した。
「ありがとうございます」
「んじゃ決まったことだし、どっかで甘いものでも食べながら話聞かせてよ!」
「でしたら食堂に……」
「じゃあ行こう!」
「ア、アーチェさん!待って下さい!」
アーチェはミント引っ張って食堂に行った。
「ところでアンジュ、メンバー何だが……」
「はいはい。一人は貴方にしといてあげるわよ」
「サンキュー、アンジュ♪愛してるZE☆」
と、樹がウィンクしながら言うと−−
「たぁ〜つぅ〜きぃ〜?」
「まだ懲りないの?」
「どぅわはぁっ!」
カノンノとレインが現れた。二人とも大層お怒りのご様子で、レインにいたっては眼から光がなくなっていた。樹はいきなり後ろから声を、それも地の底から響き渡るな声を聞いたのでびっくりして飛び上がってしまった。
「カ、カノンノにレイン……」
「で、どうなの?」
「またお説教されたい?」
「すみませんごめんなさい調子こいてましただから武器を仕舞って詠唱を止めて下さいお願いします!!」
樹は土下座せん勢いで、いや実際に土下座して謝罪した。
「はぁ」
それを見て、アンジュは「任せて大丈夫かしら」と不安になった。
−−数日後−−
「それでは、これよりソーサラーリングにマナを込めるためリングスポットへ向かう。危険な道のりになるやもしれん。十分注意するように」
「うい」
「はい」
「何で僕まで……」
ユージーンの掛け声に、樹とレインは頷いたが、カロルは深く俯いて溜め息を吐いた。
樹達は今オルタータ火山の入口にいる。目的はユージーンが言った通り、リングスポットに行きソーサラーリングにマナを込めることだ。メンバーはユージーン、樹、レインそしてカロルの四人。樹は本人の希望、レインはいつものカノンノとの因縁の対決(あっちむいてほい)を征して選ばれた。ユージーンは経験豊富なので今回の様な危険な場所での作業に適しているとアンジュが判断したから。そしてカロルは何とユージーンが指名したのだ。
「そう落ち込む事はない。今回の任務にはお前の『小さな』身体が必要になのだ」
「小さなって……」
ユージーンは特に強調したわけではなかったのだが、カロルは身体が『小さい』と言われて軽くショックを受けた。
「気にすんなよ。カロルは今成長期なんだから。そのうち伸びるさ」
「だといいけど……」
樹がフォローを入れたが、カロルは思考がネガティブになっていて余り効果がなかった。
「時間が惜しい。直ぐに行こう」
「あいよ」
「分かった」
「はあ……」
若干の不安を抱えながらも、樹達はリングスポットへと足を向けた。
「ここだ。リングスポットはこの先にある」
途中レドオタやボーボーと戦いながら進むこと数十分、樹達は鉄でできた扉の前にいた。当然自然にできたものではない。
「火山に鉄の扉ね。いかにもって感じだな」
「ここは昔精霊信仰の聖地だったそうだ。恐らくその名残だろう」
「そうなんだ。でも、鍵がかかってるよ?」
レインが試しに扉を前後に動かしてみたが、扉は開かなかった。
「……引き戸ってわけでもないな」
今度は樹が左右に動かしてみたが、結果は同じだった。
「カロル、お前の出番だ」
樹とレインが扉を開けるのに四苦八苦している中、ユージーンは突然カロルを指名した。
「うぇっ!?ぼ、僕?」
ここで指名されるとは思ってなかったので、カロルは飛び上がる程驚いた。
「そうだ。お前の力が必要なんだ」
「そうは言っても……鍵穴がないからいくらなんでも無理だよ?」
「鍵穴があったら何とかできたのか?」
カロルは扉を調べてみて、鍵穴がないことから自分にできることはないと言った。樹はまるで「自分はピッキングができる」とも取れるカロルの発言に思わずツッコミを入れた。
「違う、そうではない。こっちだ」
ユージーンは樹達を扉付近の壁まで連れて行った。
「ここに穴があるだろう」
「お、ホントだ」
壁には小さな子供一人が通れる位の穴が開いていた。
「ま、まさか……」
「そうだ。この穴は扉の向こう側と繋がっている。カロルにはこの穴を通って向こう側にあるレバーを動かしてほしい。そうすれば扉が開く筈だ」
カロルの悪い予感は見事に的中した。
「なるほど。確かにこりゃカロルじゃないと無理だな」
「そうだね。私でも無理そう」
このメンバーだと、穴に入れそうなのはカロルしかいなかった。
「うう何で僕がこんなことを……ねぇ、チャットじゃダメだったの?」
「チャットにも頼んでみたのだが、泣いて断られてな」
「ああ。そういやな……」
チャットは重度のモフモフ恐怖症のためユージーンと共に行動することを極端に嫌った。そのためカロルに白羽の矢が立ったのだ。
「というわけなのだ。カロル、頼む」
「う……わ、分かったよ。行って来るよ」
「頼んだ」
「頑張ってね」
樹達の声援に後押しされ、カロルは意を決して、と言うよりは諦めたかの様に四つん這いになって穴の中へと入っていった。
「大丈夫かな?」
「ま、大丈夫だろ」
「ああ。心配ない」
時々穴の中から「ぎゃー!」とか「ね、鼠がー!」等の悲鳴が聞こえてきた。レインはそれを聞いてカロルが心配になったが、樹とユージーンは大丈夫だと言った。
−−キー−−
暫くして、扉が開き、向こう側からカロルがやって来た。
「……終わったよ」
「お疲れさん」
「お疲れ様」
グッタリとヨロヨロと歩いてくるカロルを、樹とレインが労った。
「よくやってくれた。しかし、よくその大きなカバンで通れたな」
「……そうだね。僕もそう思うよ」
カロルは余程嫌な思いをしたのか答え方も投げやりになっていた。
「では先に進もう。ここからまた少し歩くからな」
「了解」
「分かった」
「うへ〜。まだ歩くの?もうちょっと休もうよ」
「船に帰ってからゆっくり休めばいいだろ」
カロルの提案は受け入れられず、一行は先に進んだ。
また暫く魔物と戦いながら進んで行くと、火山の最深部の少し開けた場所に出た。そこには炎を纏った竜の様な魔物がいた。岩石でできた巨体は魔物の強さを如実に顕しているようだった。
「む……フィアブロングか。どうやらここは奴の縄張りらしいな」
「まさか……アレと戦うって言うんじゃ……」
「じゃねえと進めねえしな。てか、向こうもやる気みたいだし」
樹達を見つけたフィアブロングは、縄張りを侵した侵入者を排除するため樹達に向かって来た。
「ぎゃー!こっち来たー!!」
「全員構えろ!」
「こりゃ骨が折れそうだ」
「私は術で援護するね!」
樹、ユージーン、カロルはそれぞれ刀、槍、ハンマーを構え、レインは術の詠唱を始めた。陣形は男三人が前衛、レインが後衛の形をとった。頑丈そうなフィアブロングには物理攻撃よりも術の方が効果的だという判断だった。
「瞬迅槍!」
「裂旋スマッシュ!」
「瞬連刃!」
ユージーンが鋭い刺突を繰り出す特技『瞬迅槍』、カロルがハンマーを横薙ぎに振るう特技『裂旋スマッシュ』、樹が高速の連続斬りを繰り出す特技『瞬連刃』で攻撃するが、
「ギャオオオ!」
フィアブロングはその巨大な尾を横薙ぎに振り、攻撃ごと樹達をぶっ飛ばした。
「ぐおっ!」
「がっ!」
「ぎゃあああ!」
攻撃モーション中だった三人はまともに防御する間もなくフィアブロングの攻撃を受け、数メートル程は飛ばされてしまった。樹とユージーンは膝を着きながらも辛うじて着地したが、カロルはそのままゴロゴロと転がってしまった。
「皆っ!くっ……アクアエッジ!」
「ギャオオオァ!」
レインはアクアエッジで反撃した。初級の術とは言え水属性が弱点だったのか、多少のダメージが通った。
「ぐ……樹、大丈夫か?」
「あててて……何とかな」
樹とユージーンもダメージを受けていたがまだ戦えるようだった。
「む?カロルはどうした?」
「あれ?どこ……あそこだ」
カロルは二人よりも遠くに飛ばされていたため、樹達の方に走って来ていた。
「ご、ゴメン……」
「気にすることはない。カロルは俺達より体重も軽い。飛ばされて当然だ」
「そういうこと。ま、次で挽回すりゃいいさ」
樹はそう言うとカロルの頭をポンポンと軽く叩いた。
「うん。分かった」
「うし。じゃあ反撃と行きますか!」
樹達は再びフィアブロングに戦いを挑んだ。
「グオオオッ!」
「ちっ!やっぱ堅いな」
その後、樹達とフィアブロングとの戦いは硬直状態が続いていた。フィアブロングの身体は樹達の想像以上に強固で、物理攻撃では殆どダメージを与えられなかった。なのでレインの術頼りになるのだが、フィアブロングが中々怯まないため、詠唱の長い術やブーストスペルによる効果上昇もあまり出来なかった。
「どうするの!?このままじゃこっちが不利だよ!」
「わーてるよ!くそっ!せめて隙を作れれば……」
樹の顔に焦りが浮かぶ。フィアブロングと自分達は体格や攻撃防御力は勿論、体力面でも大きな差があった。このまま硬直状態が続けば樹達の敗北は火を見るよりも明らかだった。樹は何とか打開策を模索しようとしているが、圧倒的とも言える戦力差故か、中々妙案が
浮かばなかった。
「ギャオオオ!」
とその時、フィアブロングが空に飛んだ。
「まずい!総員退避!攻撃に備えるんだ!」
ユージーンはフィアブロングが上空から攻撃して来ると判断し全員に退避行動を促した。
「ゴオオオッ!」
−−ズウウウゥン−−
「ぬあっ!」
「があっ!」
「きゃあ!」
「うわぁ!」
だがフィアブロングの攻撃は上空からではなく、自重を利用した『遠当て』であった。上からの攻撃に備えていたので、樹達は予想外の下からの攻撃になす術がなかった。
「ぐ……あ……」
辛うじて樹は刀を支えに膝起ちしていたが、まともに動けそうになかった。他の皆も、樹と同じ様な状態だった。
「ゴオオオ」
フィアブロングは再び空へと舞い上がった。ただし、今回は口内に炎が溜まっていた。
「や、べ……」
今攻撃を受けたら一たまりもない。最悪の場合、命を落とすだろう。
「ガアアアッ!」
フィアブロングがそんな樹達の心情を理解するわけでもなく、ましてや敵に慈悲をかけるわけもなく口から火球を放った。狙いは−−
「う……あ……」
一番ダメージを受けていたカロルだった。
「う……」
覚悟したのか、諦めたのか。カロルはユックリと眼を閉じた。
−−ドォン−−
「があああっ!」
無情の火球が爆散した。
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