TOWRM3 〜ThePlain's Walker〜   作:赤辻康太郎

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第十三話です。ガイダフ砂漠魔物運搬の後編(後日談)です。


第十三話

−−闘技場−−

 

 

「で、何で俺はここにいるんだ?」

「まあまあ。細かい事は気にしなさんなって」

 

スタン、ルーティそして樹の三人は闘技場にいた。といっても観客席ではなく選手控室つまり参加者としてきていた。

 

「俺は依頼だときいたが?」

「そうよ。ここで優勝するのが今回の依頼よ」

 

不機嫌な声で尋ねる樹に、ルーティは飄々とした態度で答えた。

 

「なら俺じゃなくても−−」

「それはダメ。あんたを優勝させるのが依頼だからね」

「はあ!?聞いてねえぞ!」

「言ってないからね」

 

驚いて声をあげる樹にルーティは悪びれる様子もなくアッサリと答えた。そんなルーティの態度のせいで、樹はさらに苛立ちを募らせた。

 

「まあまあ。樹も落ち着いて」

「そうよ。第一、あんたも普段こんなんでしょ」

「……っち」

 

言い返す言葉もなく、樹は苛立たしげに舌打ちをした。

 

『さあ皆様お待たせしました!闘技大会の開催です!!』

 

そんな中、大会の開始が宣言され観客席から盛大な歓声が聞こえてきた。

 

『先ずは選手の入場です!』

「ほら!行くわよ!」

「分かった」

「……」

 

アナウンサーの声に、ルーティとスタンは意気揚々と、樹は渋々と会場に入っていった。

 

『本日挑戦する勇敢なる戦士はギルド、アドリビドムのメンバー、ルーティ・カトレット、スタン・エルロン、津浦樹の三名だ!皆様、戦士達に盛大な拍手を!』

『『『わー!!!』』』

 

アナウンサーの声に合わせ、再び観客席から割れんばかりの歓声と拍手がルーティ達に降り注いだ。歓声の中には『頑張れー!』や『負けんなよ!』等の励ましの声から『ぶっ殺せ!』や『全財産テメェらに賭けてんだからな!』とかなり際どいものまであった。

 

「ったく。どいつもこいつも浮かれてやがる」

「もう!こんなとこで文句言わない!」

「へいへい」

 

という樹とルーティの言い合いは歓声に掻き消されていた。

 

『ルールを説明します。対戦は予選が五回戦とチャンピオンとの決勝戦の計六回戦。予選は魔物と戦ってももらいます。チームで戦っても構いませんが決勝戦は代表者一名がチャンピオンと一対一で戦ってもらいます。それでは、最初の相手はコイツらだー!!』

 

アナウンサーが叫ぶと、樹達の正面の鉄柵が上がり中からデカオタとオタオタが出てきた。

 

『では一回戦、始め!』

「さあ!張り切っていくわよ!」

「おう!」

「へーへー」

 

以前にも戦ったことがある相手だったので樹達はアッサリとデカオタ達を倒した。

 

『おお!すごい!すごいぞお!これはひょっとするとひょっとするかあ!』

『『『わー!』』』

「大袈裟だっつうの」

「まあいいんじゃないかな」

「さあ、どんどんいくわよ!」

 

その後二、三、四回戦と順調に進んでいった。

 

『何なんだコイツらは!化け物かー!』

「失礼ね!れっきとした人間よ!」

「まあ一人異世界人が混ざってるがな」

 

などと言っていると、最後の対戦相手が姿を現せた。

 

「ゴアアアッ!」

「何だコイツは?」

「ゴーレムじゃない?」

「けど見たことないな」

 

最後の魔物はストーンゴーレムのような姿だが色が灰色で身体もかなりゴツゴツしていた。

 

『コイツはストーンゴーレムの亜種ロックゴーレム!しかも我が闘技場で訓練されたエリートモンスターだー!』

「おいおい大丈夫かよ。んなん飼ってて」

「ほらつべこべ言ってないで!来るわよ!」

 

ロックゴーレムは大地を響かせながら樹達に向かってきた。だがゴーレム故かその動きはやはり遅かった。

 

「まあストーンゴーレムの亜種なら弱点も一緒だろ」

「よし。なら俺と樹が引き付けるからルーティは術で援護してくれ」

「OK。任せといて!」

 

短く作戦会議を済ませると樹とスタンはロックゴーレムに向かって駆け出し、ルーティは術の詠唱を開始した。

 

「「魔神剣っ!」」

 

樹とスタンは同時に魔神剣を放ちロックゴーレムを牽制した。その隙に両サイドから攻撃を仕掛けようとしたねだが−−

 

「ゴオオオッ!」

 

ロックゴーレムは地面に両腕を叩きつけ魔神剣の数倍の大きさの衝撃波をとばしてきた。

 

「ぐっ!」

「がっ!」

 

ロックゴーレムが放った衝撃波は魔神剣を打ち消しそのまま樹達に襲い掛かった。樹とスタンは何とかガードしたが、威力が凄まじくガードを弾かれてしまった。

 

「ゴアアアッ!」

 

ロックゴーレムがその隙を逃す弾もなく、今度は両腕を叩きつけて地面を隆起させた。隆起した地面はまるで波の様に連鎖し樹とスタンを飲み込もうとしていた。

 

「ちぃっ!」

 

樹は辛うじて縮地で避けたが、

 

「うわぁっ!」

 

スタンは避けきれずのまれてしまった。

 

「スタン!」

「よくもやったわね!アイストネードッ!」

 

ルーティの怒り任せの氷属性中級魔術『アイストネード』が発動し、ロックゴーレムを襲った。

 

「ゴオアアアッ!」

 

弱点属性の攻撃を受けてロックゴーレムは大きくのけ反った。

 

「チャンス!瞬迅剣!」

 

ここぞとばかりに樹は瞬迅剣を見舞った。

 

−−ギィン−−

 

「なっ!?」

 

だが鈍い音を立てただけでロックゴーレムにダメージを与えることはできなかった。

 

「ゴオッ!」

「ぐうっ!」

 

逆にロックゴーレムの反撃を受けてしまった。刀でガードして鍔ぜり合いのような態勢にはなったが、力の差は歴然だった。

 

「ぐっ!」

「ゴ……オ……」

 

じりじりと押し込まれる樹。縮地を使えばこの場を離脱できるが、それには脚に気を溜めなければならない。しかし今の樹にそんな余裕はなかった。

 

「えっ、ちょっと!?」

 

ルーティが悲鳴を上げた。ロックゴーレムが攻撃してない方の腕を振りかぶったのだ。ルーティは今スタンを回復させるため術の詠唱に入っていた。しかも例え中断しても助太刀に行くには距離がありとても間に合いそうになかった。樹は文字通り絶体絶命のピンチだった。

 

「ち、くしょう……」

 

樹からも絶望的な声がこぼれた。その時−−

 

「−−−−!!」

「!!」

「ゴアアアッ!!」

 

−−ドゴオオオン−−

 

闘技場全体を揺るがす程の轟音と凄まじい砂埃が辺りを包んだ。

 

『こ、これはー!見えない!何も見えません!樹選手はどうなってしまったんだー!』

 

アナウンサーの絶叫と観客席からのざわつきが響き出した。皆樹の安否を心配しているが、ほぼ絶望的だと思っていた。

 

『おお!少しずつ晴れてきました。果たして樹選手の運命やいかに!』

 

とアナウンサーがドラマの次回予告のような事を叫んでいる合間にも砂埃が晴れていき舞台が徐々に見えるようになった。

 

『な、なんと!信じられません!私長い間この闘技場の司会をやっておりますがこんなことは数える程もありませんでした!』

 

アナウンサーが心底驚いたような叫ぶを上げた。

 

『何と樹選手!ロックゴーレムの攻撃を!あの状況のなか避けていたー!』

『『『わーーー!!!』』』

 

アナウンサーの今日一番の絶叫と伴に闘技場中からも今日一番の歓声が鳴り響いた。砂埃が晴れて見えたもの、それはあの絶望的な状況下にもかかわらずロックゴーレムの攻撃を避けていた樹の姿だった。先程まで樹がいた場所は大きく陥没し、攻撃の凄まじさを物語っていた。

 

「……はあ……はあ……」

 

だが避けたといっても肩で息をし、片膝をつき刀を支えにして辛うじて倒れるのを耐えている姿は満身創痍で依然としてピンチであることには変わりなかった。

 

「ゴォ」

 

ロックゴーレムは樹に止めを刺そうと樹に近寄っていった。

 

「ファイアボール!」

「ゴガアアアッ!!」

 

ロックゴーレムの顔面に三発の火球が炸裂し小規模の爆発が起きた。

 

「樹、大丈夫か?」

「……スタンか。悪ぃな……」

 

今の火球はスタンが樹を助けるために発動した『ファイアボール』だった。

 

「いいから。一旦離れるぞ。ほら」

「……スマン」

 

スタンは樹に肩を貸すと樹を連れてその場を離れた。離脱した先では既にルーティが回復魔術の詠唱をしていた。

 

「待ってなさい。今治すわ。……水精の恩恵を此処に、ヒール!」

 

ルーティが唱えた中級の回復魔術『ヒール』により樹の負った傷は見る見るうちに治癒された。

 

「ふう。助かった。サンキュー、ルーティ」

「どういたしまして。それより、よく避けれたわね」

「ああ。俺もダメかと思ったよ」

 

二人は樹が無事だったことに感心していた。

 

「……声が聞こえたんだ」

 

樹は俯くようにしてそう答えた。

 

「声?」

「ああ」

 

樹は立ち上がると観客席の方を見渡した。そして−−見つけた。

 

「俺のよく知ってる奴らのな」

 

樹の視線の先には、いつも彼と共にいた二人の姿があった。春に咲き誇る桜の様な色の髪の少女と、穏やかにたゆたう海の様な色の髪の少女の姿が。そして、こんな内容の依頼を、何処の、誰が、何の為にしたのかすぐに理解できた。

 

「なあ。スタン、ルーティ」

「ん?」

「何?」

 

それと同時に

 

「俺って馬鹿だよなあ」

 

樹は今の、今までの自分が如何に大馬鹿であったかを知った。

 

「ああ。そうだな」

「ふふ。そうね。大馬鹿ね」

 

二人は樹の顔を見て安心したように笑った。

 

「うっし。んじゃあパッパと終わらせますか!」

 

樹は気合いを入れるように自分の頬を軽く叩いた。その顔には、前の様な暗い影は微塵も感じられない。

「おう!」

「あったり前よ!」

 

いつもの樹に戻った。これでもう負けるハズはないと二人は思った。

 

「で、どうすんの?アイツかなり強いわよ」

「分かってるよ。まあもう手は考えてるがな」

「え!?もう!?」

 

どうやら樹は既にロックゴーレムを倒す算段をたてていたようだ。樹はロックゴーレムをチラリと見た。当たり所が悪かったのか、ロックゴーレムはまだファイアボールのダメージから回復していなかった。

 

「手短に言うぞ。基本的にはさっきまでと同じ術主体でいくが、今度は人数を増やす」

「ん?てことは」

「そう。スタンにも術側に回ってもらう」

 

樹の考えた作戦は術者を増やすというものだった。

 

「ちょっと!それじゃあ囮役があんただけになるじゃない!」

「そうだけど?」

「『そうだけど?』じゃないわよ!」

「だがこれが一番効率がいいんだ。ともかく、俺がアイツを寄せつけるから二人はなるべく詠唱時間の短い術を連発してくれ」

「……それで大丈夫なんだな?」

 

スタンが心配そうに聞いてきた。

 

「ああ。後は俺が隙を作るからデカイのを頼む」

 

樹はスタンの目を見てしっかと答えた。

 

「……分かった。やろう。ルーティも−−」

「はいはい分かったわよ。けど、危なくなったら直ぐに退きなさい」

「了解。なら……いくぞ!」

 

三人は素早く散開すると、スタンとルーティは術の詠唱に入り、樹はロックゴーレムに向かっていった。

 

「ゴガアアア!!」

 

漸く回復したロックゴーレムは樹の姿を捉えると怒りのままに両腕を地面に叩きつけ衝撃波を放った。

 

「よっと。お返しだ、魔神剣!」

 

だが樹はこれをいとも簡単に避け魔神剣を放った。

 

「ゴアアア!」

 

ロックゴーレムは今度は地面を隆起させる攻撃で魔神剣を相殺すると同時に反撃した。

 

「ほっと」

 

しかし、この攻撃もアッサリとかわされてしまった。

 

「ブリザード!」

 

とそこにルーティが唱えていた、強烈な吹雪を起こす氷属性中級魔術『ブリザード』がロックゴーレムを襲った。

 

「ファイアストーム!」

 

さらにロックゴーレムに強烈な熱風が吹きすさんだ。スタンの唱えた火属性中級魔術『ファイアストーム』だ。ブリザードもファイアストームも中級ではあるが比較的詠唱時間が短いので十分間に合った。

 

「瞬迅剣!」

「ゴオオッ!」

 

樹は隙をついて瞬迅剣を繰り出した。だが今回は刀ではなく鞘ごとの攻撃だった。これにもちゃんとした理由があった。ロックゴーレムは表皮が硬いので通常の斬撃では文字通り刃が立たない。だが打撃だと表皮を砕く事ができるので威力は低いがダメージを与えられる。そう判断しての行動だった。そして、樹の目論見は見事的中した。

 

「まだまだあ!」

「ゴオオオッ!」

 

その後も樹はヒット&アウェイでロックゴーレムを翻弄し、時折スタンとルーティの術が炸裂するといった戦況が続いた。

 

『樹選手、ここに来て一段と動きが良くなってきたぞお!一体彼に何があったんだー!?』

「むしろ今までがおかしかったのよ」

「ああ。これが樹の本当の戦い方だ」

 

苦しい状況でも必ず勝機を見出だす。これが樹の本来の姿だ。

 

「刹華瞬光!」

 

何度目かの攻防のうち、樹は一瞬の隙をついて一気に決着をつけにかかった。

 

「ゴアアアッ!」

 

今までの攻防でかなり消耗していたのか、ロックゴーレムは大きくのけ反った。

 

「今だ!」

「任せろ!うおおおっ!」

 

樹の合図に、スタンが全身の気を一気に爆発させると、スタンを青い光が包み込んだ。『オーバーリミッツ』が発動したのだ。

 

『オーバーリミッツ』とはスキルの一種で発動すると術技の威力が上昇し、さらに強力な攻撃をすることが可能となる。

 

「魔神剣!魔王炎撃波!獅吼爆炎陣!」

 

スタンは魔神剣から炎を纏った斬撃『魔王炎撃波』、獅子の頭を象った闘気を放ちさらにドーム状の爆風で追撃する『獅吼爆炎陣』へと連続攻撃を繰り出した。だが、スタンの攻撃はこれで終わらなかった。

 

「負けられないんだ!舞え!紅蓮の翼!皇王天翔翼!」

 

全身から炎を立ち上げ、ジャンプ回転斬りから鳳凰のオーラを纏って突撃する秘奥義『皇王天翔翼』が炸裂した。

 

「ゴガアアアァッ!!!」

 

スタンの秘奥義を受け、ロックゴーレムは派手に吹き飛んだ。そしてそのまま壁に激突し動かなくなった。

 

『決まったあー!チームアドリビドム、決勝戦進出だあー!』

『『『わー!!』』』

 

樹達の勝利が決した時、観客席中から歓声と拍手が溢れ出した。

 

「ふぃ。何とか勝ったな」

「まったくね」

「それにしても、よく避けれたね」

「ああ。アイツらのお陰さ」

 

三人が観客席の方を向くと、樹が聞いた声の主、カノンノとレインが大きく手を振っていた。当然、スタンとルーティに依頼を出したのも二人だった。

 

「あ〜疲れた。なあ、少し休んでいいか?」

「何言ってんの!これからが本番でしょ!」

「ああ。気を引き締めていこう」

 

ルーティの言う通り、まだチャンピオンとの決戦が残っているためまだまだ気が引けなかった。

 

「てか決勝戦はチャンピオンとサシだろ?お前らのどっちかが戦ってくれよ」

「アンタ忘れたの?私達の依頼はアンタを優勝させることなのよ?」

「てことは……」

「ああ。決勝戦には樹に出てもらうよ」

「マジかよ……はあ、わあったよ」

 

樹は言っても無駄だと分かっていたので諦めてチャンピオンと戦う覚悟を決めた。

 

『それではお待たせしました。我等がチャンピオン、マイティ・コングマンの登場だー!』

 

アナウンサーの紹介と同時に、入場口に大量のスモークが焚かれ、煙りの中から一人の漢が出てきた。スキンヘッドに首からネックレスをぶら下げ、筋骨隆々。上半身裸で腰には金色に輝くチャンピオンベルトを巻いて現れたのは現闘技場のチャンピオン、マイティ・コングマンだった。コングマンは樹達を見据えると装備したナックルを撃ち鳴らし、

 

「俺様がチャンピオン、マイティ・コングマン様だ!さあ、どっからでもかかってきな!」

 

と挑発した。

 

『さあチャンピオンと戦うのは誰だあ?』

「俺だ」

 

樹は刀を抜くと一歩前に出た。コングマンは樹を見ると「フンッ」と鼻を鳴らした。

 

「おう。おめえはさっきロックゴーレムにやられてた奴か」

「そうだが?」

「ふん。あの攻撃を避けたのは褒めてやろう。だが、一人で敵を倒せないような奴に俺様と戦う資格はねえ!」

 

コングマンは右腕を大きく横薙ぎに振り樹に退くように言った。

 

「じゃあ何か?スタンなら戦う資格があると?」

「話が分かるじゃねえか。そう、手負いとは言えロックゴーレムに止めを刺した男、スタン・エルロン。奴こそ俺様が倒すに相応しい男だ」

「ルーティは?」

「はん。俺様は紳士だからな。女子供とは戦わねえ。まあ戦ったとしても俺様が負けるはずねえがな。ガハハハハハ!」

 

コングマンは上体を大きく反らせ豪快に笑った。自分が負けるはずがない。いかにもチャンピオンらしい自信と余裕に満ちた笑いだった。

 

「さあ、スタン・エルロン。俺様と一対一、男同士の熱い試合をしようじゃねえか!」

『おおと!チャンピオンは何とスタン選手を指名だー!どうするスタン選手?』

 

コングマンがビシッとスタンを指差し試合を申し出た。アナウンサーも観客を煽り、そこら中からチャンピオンコールとスタンコールが聞こえてきた。

 

「……」

「……」

 

樹とスタンは一度向き合うと頷いて、

 

「だが断る」

「いやだ」

 

とコングマンの申し出を一蹴した。

 

「な、な−−」

『何とスタン選手、チャンピオンの申し出をアッサリと断ってしまったー!』

 

予想外の展開に観客席も騒然となった。

 

「テメェ!俺様の申し出を断るたあどういう了見だ!」

 

これにはコングマンも腹を立てた。

 

「了見も何も、俺達の目的は樹を勝たす事だから」

「そういうこと」

「ぐぬぬぬ。そこまで言うならいいだろう。俺様に刃向かったこと後悔させてやる!」

 

コングマンは拳を構え臨戦態勢をとった。樹も刀を肩に担ぐようにし腰を落として左手を前に出した。

 

『さあそれでは!いよいよ決勝戦か−−』

「ちょっと待ったあー!」

 

開戦のゴングがなろうとした時、どこからか待ったの声がかかった。

 

「誰だ!神聖な血統を邪魔する奴は!」

「私です」

 

コングマンが叫ぶと、一人の少女が闘技場に踊り出た。金の長髪をポニーテールに纏めピンクのエプロンドレスを着た姿は、とても闘技場には似合わなかった。

 

「ああん?何だ嬢ちゃん」

「ちょと退いてくださいね」

「何ってうおあ!」

 

少女はコングマンに近づいたと思った途端目にも留まらぬ早業でコングマンをフルボッコにしてしまった。『女に負けない』と言っていたチャンピオンが形無しである。

 

「あんた誰?」

「私はリリス・エルロン。よろしくお願いしますね♪」

 

少女は自分をリリス・エルロンと名乗った。

 

「エルロンってことは……」

 

樹がスタンを見ると、スタンは青ざめて立ちすくんでいた。

 

「リ、リリス……」

「お兄ちゃ〜ん」

 

どうやらリリスはスタンの妹とのようだ。

 

「最近ちっとも連絡が来ないと思ったら、こんな所でな何してんのよ!」

「い、いや……これには深い訳が」

「まあまあリリス、落ち着いて……」

「ルーティさんもです!あとでタップリお説教ですからね!」

 

リリスの怒りはルーティに飛び火した。

 

「ええ!?私も!?」

「当たり前です」

「う……ええと……そう!そこのそいつ!そいつに誘われたのよ。いい儲け話があるって」

「はあっ!?」

 

ルーティは苦し紛れに樹を生け贄にした。

 

「貴方ですか!お兄ちゃん達を巻き込んだのは!」

「いや、むしろ逆な−−」

「問答無用!さあタップリジックリお説教しますから覚悟してください!」

 

怒りに我を忘れたリリスは樹の言葉に一切耳を傾けなかった。

 

「ったく。ルーティ、貸し一だからな」

「はあ。仕方ないわね」

「悪いな。樹」

「スタンは一ヶ月便所掃除な」

「俺だけ酷くないか!?」

 

スタンが悲痛そうな声を上げたが樹は無視した。

 

「んじゃあ。倒れたら負けでいいか?」

「ええ。私が勝ったら−−」

「説教だろ。好きにしろよ」

 

樹は頭を掻きながら投げやり気味に言った。

 

「俺が勝ったら……そうだな」

 

樹はリリスの格好を改めて見直した。

 

「な、何ですか?」

「お前、料理とか得意?」

「え、ええ。これでもエルロン家の台所を預かる者ですから」

「へえ」

 

それを聞いて、樹はニヤリと笑った。いつもの何か企んでいる時の顔だ。

 

「じゃあ俺が勝ったら……」

 

樹は刀の切っ先をリリスに向けると、

 

「俺が勝ったら……お前を貰う」

 

と、とんでもないことを言ってのけた。

 

「え」

「え」

『えーー!!?』

 

これにはリリスだけでなくスタンや観客達も驚いた。

 

『た、樹選手何と大胆なって、あ、ちょ−−』

『ちょと樹!』

『どういうこと!説明して!』

 

アナウンサーのマイクを引ったくってカノンノとレインが声を荒げた。

 

「あ、あの……それって、もしかして……」

「んじゃあとっとと始めるか」

「ま、待ってください!まだ心の準備が−−」

「ほいっと」

「あっ」

 

樹は慌てふためくリリスに縮地で近づくと足払いをかけてリリスをこかせた。これにより呆気なく決着がついた。

 

 

−−闘技場・選手控室−−

 

その後、コングマンがリリスに倒されてしまったため優勝をどうするかを決めるため樹達は控室に戻っていた。

 

「樹!」

「説明!」

 

当然控室にもカノンノ達はやって来た。

 

「おう。来たか」

「『来たか』じゃないよ!」

「ちゃんと説明して!」

「できれば私にも……」

 

カノンノ達は樹に先程の発言の説明を求めた。因みにリリスも同室であれから顔を赤らめっぱなしでいる

 

「説明もなにも。そのまんまだけど?」

「そのまんまってまさか……」

「リリスをアドリビドムにスカウトしようと思ってさ」

「プロポ……スカウト?」

 

樹の言葉に、その場にいた全員の目が点になった。

 

「ああ。不意打ちとはいえチャンピオンを倒すくらい強いしオマケに料理や家事もできるときた。これは即戦力にってあれ?どうした、三人とも?」

「……」

「……」

「……」

 

樹の真意を聞いて、カノンノ、レイン、リリスの三人は静かに武器を構えた。

 

「……樹の」

「……樹の」

「……樹さんの」

「「「馬鹿あーー!!!」」」

「えっちょっまっぎゃあああああ!!!」

「……ホント、大馬鹿ね」

「あはははは……」

 

三人の少女に襲われる樹に、ルーティとスタンは呆れるしかなかった。

 

その後、スタンの口添えによりリリスが、何故か樹にリベンジを近い勝手について来たコングマンが、船長のチャットが大ファンだったこともあり

仲間になった。因みに有耶無耶になった優勝者はコングマンの鶴の一声で樹になった。また樹は今までの罰として一ヶ月調理当番をするハメになった。

 

 

−−某日・某所−−

 

 

「姉ちゃんこっち酒たんねえぞ!」

「は、はい!ただいま!」

「お姉ちゃんいい身体してんねえ」

「きゃっ!ちょっと、どこ触ってんのよ!」

「ああん?んだテメェやろうってのか!」

「上等だコラ!」

「ギャハハハハハッ!」

 

夜も更け、賑やかな喧騒が響く酒場。そんな酒場の一角に設けられたバーカウンターで一人酒を飲む男がいた。男の周りだけ別世界の様に静かだった。バーのマスターも話相手になるわけでなく静かにグラスを磨いていた。

 

「隣いいかね?」

 

男に一人の騎士が聞いてきた。豪華な装飾の施された鎧や胸に掲げられた勲章からしてかなり位の高い騎士のようだ。このような大衆酒場にはとても似つかわしくない出で立ちであるが、皆酔っていてきづいていなかった。

 

「……どうぞ」

 

男はボソボソと暗い声で答えた。

 

「ありがとう。マスター、いつものを」

「畏まりました」

 

騎士は礼を言うと座りながら注文した。注文の仕方やマスターの態度から騎士は常連客のようだ。尤も、テーブル席で酔い潰れている連中とは面識はないようだったが。

 

「……で、どうでした?」

「ああ。アレか。ふむ、中々いい感じだな」

 

男と騎士は何やら商談の様な会話をしだした。

 

「だがやはりまだまだ研磨が必要なようだ」

「……分かりました」

「では、よろしく頼むよ」

「お待たせしました」

 

会話が終わると同時に騎士が注文したものが運ばれてきた。

 

「では……」

 

騎士は男に向かってグラスを掲げ、男もそれに倣った。

 

「我等が覇道の為に」

 

グラスがぶつかる音が夜の静寂へと消えていった。

 




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