TOWRM3 〜ThePlain's Walker〜   作:赤辻康太郎

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第十一話です。ガイダフ砂漠魔物運搬の前編です。


第十一話

第九話

 

 

スパーダ、カロルが加入してから更に数週間経ったある日の朝、

 

「「ぎゃあああ!!」」

「ん?」

 

朝食を終えロビーに出た樹の耳に絶叫が聞こえてきた。どうやら声は研究室からのようだ。

 

「どうした?」

「何かあった?」

 

そこに、同じく朝食を終えたユーリとルカがやって来た。

 

「今研究室から悲鳴が聞こえたんだ」

「悲鳴?またカロルがハロルドの実験台にされたか?」

「笑えない冗談はやめてよ。その悲鳴イリアかもしれない。さっき研究室に行くって言ってたから」

「まあなんにせよ、行って確かめてみるか」

 

樹、ユーリ、ルカは真相を確かめるため研究室の前まで来た。扉を開けようとしたその時、

 

「いやあああ!!」

「ぎゃあああ!!」

「ぶほぁ!」

「おっと」

「ほいっと」

「ぐぇっ!」

 

いきなり扉が開き中からイリアとカロルがダイビングヘッドばりに突進してきた。ルカは避ける事ができず、イリアのダイブを鳩尾で受け止めるはめになってしまう。ユーリはカロルを軽いステップでかわし、樹はカロルが地面に激突する前に鞄を掴んで支えた。その結果、鞄の紐がカロルの首に引っ掛かっかり、カロルは蛙の様な声を上げた。

 

「大丈夫か、カロル?」

「げっ、げほっ。あ、ありがとう」

「ったく。しっかりしろよな」

「避けたユーリが言わないでよ」

 

ユーリは自分のしたことなどどこ吹く風とカロルに笑いかけた。カロルはブツブツと文句を言ったが、いつもの事なのかそれ以上は何も言わなかった。

 

「痛たたたぁ」

「おい大丈夫か?」

 

ちょうどその時、ルカと激突したイリアが上体を起こした。

 

「あ〜なんとか。クッションがあって助かったわ」

「そうか。なら早くどいてやれ」

「どく?」

 

イリアは樹に指摘されて下を見てみた。そこには目を回して横たわっているルカがいた。余談ではあるが、イリアはルカの下腹部に馬乗り状態で、ルカの手はイリアの腰辺りを触っていた。

 

「っ〜///ど、何処触ってんのよ!このおたんこルカ!」

「ぼがっ!」

 

イリアは勢いよく立ち上がるとその勢いのままルカの顔面にコークスクリューを叩きこんだ。これによりルカは完全にのびてしまった。

 

「おいおいそりゃないだろう」

「ル、ルカが変なとこ触るからいけないのよ!」

「けどルカがいなけりゃ地面と激突してたろ?」

「そうだぞ」

「だから避けたユーリが言わないでよ」

「そりゃあそうだけど……」

 

樹と(ついでに)ユーリに責められてイリアはたじたじになってしまった。なまじ自覚があるだけに反論もままならない。

 

「分かったらとっとと医務室に連れていってやれ」

「……分かったわよ」

 

イリアは「まったくもう」と溜め息をつきながらルカの両脇を持ちズルズルと引きずりながらルカを医務室へ運んで行った。樹とユーリはイリアが文句を言ってくると思っていたので少し面食らった。

 

「普段からああだと苦労しないのにな」

「まあな」

「だね」

 

と男三人が生暖かい眼差しで二人を見送っていると、

 

「……お前達、こんな所で何をやってるんだ?」

 

騒ぎを聞き付けたのか研究室からウィルが出てきた。

 

「ちょっと人身事故がな。それより。そっちこそ何かあったのか?悲鳴が聞こえてきたけど」

 

樹は手短に説明するとウィルに悲鳴の原因を尋ねた。

 

「……それについては口で説明するより見た方が早いな」

 

ウィルは「ついて来い」と言うと樹とユーリを招き入れた。カロルはもう帰ると言ったがユーリが無理矢理引っ張っていった。

 

−−ガンガン−−

 

部屋に入って樹の耳に飛び込んで来たのは何かが激しくぶつかる音だった。

 

「これを見てくれ」

「これってコクヨウタマムシの……」

 

ウィルが指し示す場所にはガラスケースが置いてあった。それは以前ウィルがオルタータ火山で捕獲したコクヨウタマムシの音の出所もそのガラスケースだった。

 

「なっ!」

「こいつはまぁ……」

 

ガラスケースを覗いた二人は二の句を告げられなかった。ガラスケースの中で異様な物体が暴れていたのだ。大きさはカブトムシくらいだろうか。黒々と無機質な光沢を帯びていた。そんな物体がガラスケースの中を所狭しと飛び回り時折壁面に衝突していたのだ。

 

「驚いただろう。今朝来てみると既にこんな状態だった」

「ああ。こりゃ確かに女子供には刺激が強すぎるな」

 

ユーリはカロル達が悲鳴を上げたのも納得だと頷いた。

 

「にしても、こいつ本当に生きてんのか?見たところ目も口も見えないんだが……」

 

ユーリは疲れ果ててケースの底でグッタリとした様子のコクヨウタマムシを改めて観察してみた。その指摘通り、コクヨウタマムシには本来あった目も口も見られたなかった。

 

「目や口だけじゃないわ」

 

ユーリの疑問に答えたのはちょうど研究室に入ってきたハロルドだった。

 

「さっき一匹解剖してみたんだけど、目や口だけじゃなくて呼吸器や消化器もなかったわ」

「マジかよ!?それって生きてられるのか?」

「少なくとも、私達の知っている『生物』の類には入らないわね」

 

ハロルドは肩を竦めながら答えた。ハロルドの回答にユーリはただただ唖然とするばかりだった。

 

「でも、何でこうなっちゃったんだろう?ねえ樹……」

「…………」

「樹?」

 

カロルが尋ねても、樹は何か深く考え込んでいるようでまったく耳に入っていないようだった。

 

「樹!」

「……」

「樹ってば!」

「……ん?ああ悪ぃ。どうした?」

 

肩を叩かれて樹はやっと自分が呼ばれている事に気づいた。

 

「その様子だと何か心当たりでもあったのかしら?」

 

ハロルドが樹に問い掛けた。樹は肩を竦めると、

 

「いいや。おそらくハロルド達が考えてるのと同じことぐらいしか」

「なーんだ。つまんないの」

「え!?もう何か分かったの?」

 

ハロルドは樹の回答を聞いてあからさまにガッカリした。反対にカロルは既に何らかの情報が得られている事に驚いていた。

 

「分かったっていうか分かりきっている事ね」

「ん?ああ。そういう事か」

「え?何?何なの?」

 

ハロルドの一言でユーリは合点がいったがカロルはまだ理解していなかった。

 

「簡単に言えば、生物変化の原因が赤い煙だと確証したことだ」

「え?それだけ?」

 

ウィルの答えに、カロルは拍子抜けした様な声を上げた。

 

「仮定が確信に変わっただけでも大きな進展さ。それよりウィル」

「何だ?」

「この事をアンジュには?」

「まだ報告してないが……」

「なら俺が伝えよう。ちょうど用事もあるしな」

 

ウィルが答えるやいなや樹は早口で言うと研究室を出ていった。

 

「……やっぱり何か思いついたんじゃない」

 

扉が閉まった瞬間、ハロルドはそう言って嘆息した。

 

「え!でも樹はさっき……」

「あんたアホね。あの樹があんだけ考え込んでたのよ。何か思いついたに決まってるわ」

「そうだな。しかも余程の事の様だな」

「ああ。でないとあんなに慌てて出ていかないしな」

 

カロル以外の三人は樹が何か思いついたことを確信している様だった。

 

「じゃあ、何で言わなかったんだろ?」

「そりゃ理由は色々あるだろ」

「樹の事だ、まだ仮説の域をでないか、それとも俺達には話せない事だったのか」

「或は、本人が一番信じていない、とかね」

「ふーん」

 

カロルは樹が出ていった扉をじっと見つめていた。

 

樹がロビーに出るとアンジュはちょうど受付カウンターで書類の整理をしていた。

 

「アンジュ、ちょうど良かった」

「あら樹。どうしたの?」

「実は……」

「アドリビドムの拠点というのはここでよかったじゃろうか?」

 

樹がアンジュに報告しようとした時、若い男性を二人引き連れた老人が訪ねて来た。

 

「はい、そうですよ。貴方がたはどちら様ですか?」

「ワシはモラード村の村長をしとるトマスと言う者です。後ろの若いの二人も村の者です」

 

老人はそう名乗ると一礼し、後ろの二人もそれに倣った。

 

「モラード村!」

「ああ先日依頼に来られたジョアンさんの」

「はい。先日はジョアンがお世話になりました」

「いいえ。その後、ジョアンのお加減はいかがですか?」

「はい。あれ以来ジョアンもスッカリ元気になって、今は畑仕事に精を出しております」

「そうですか。それは何よりです」

「……」

「何か?」

「……いえ。元気になってよかったです」

 

アンジュはジョアンが畑仕事ができる程元気になったと聞いて嬉しそうに笑ったが、樹はどこか納得しきってない様子だった。だがトマスに問い掛けられても無難に答えれだけだった。

 

「それで、本日はどういったご用件でしょう?」

「実は、魔物の輸送をお願いしたいのです」

「……魔物の輸送」

「そうです」

 

どうやらトマスは魔物の輸送を依頼しに来たらしい。後ろの二人は護衛代わりといったところだろう。

 

「失礼ですが、理由をお聞かせ願いますか?」

「すみませんが、理由はお答えできません」

「何故ですか?」

「どうしてもです」

 

アンジュは理由を尋ねたがトマスは頑なに答えようとはしなかった。なのでアンジュは依頼を受けようかどうか考えていたが、

 

「引き受けてもいいんじゃないか?」

「樹?」

 

樹が引き受けようと申し出た。

 

「別にいいだろ。俺達はアドリビドム。困っている人味方、だろ」

「それはそうだけど……」

「頼む」

「う〜ん……分かりました。お引き受けします」

 

結局アンジュが折れて引き受ける事になった。

 

「おお、そうですか!ありがとうございます」

「一つ、いいですか?」

 

依頼を承諾されて嬉しがるトマスに樹が尋ねた。

 

「何ですかな?」

「魔物を捕らえた経緯が聞きたいのですが」

 

樹の申し出にトマスは少し考えたが、問題ないと思ったのか話しだした。

 

「魔物は昨日昼過ぎにいきなり村に現れたのです。そして村を襲い何件かの家が壊され、家畜もやられました。かなり被害に遭いましたが、村の男衆総出で何とか魔物を薬で眠らせて檻に閉じ込める事に成功したのです」

「それでこのままではいけないからアドリビドムに依頼に来た、と」

「はい。ジョアンからアドリビドムの事を聞きまして、そこなら何とかしてくれるだろうと」

「分かりました。ありがとうございました」

 

樹はトマスの話しに納得して頷いた。

 

「ではこちらが前金になります。残りは依頼が終了してから」

村人の一人がアンジュに麻の袋を差し出した。

 

「ありがとうございます」

「場所はガイダス砂漠のオアシスの辺りでお願いします」

「分かりました」

「では、よろしくお願いします」

「あ、最後に一つだけ」

 

帰ろうと踵を返したトマスを樹が呼び止めた。樹の手はまるで『一つ』を強調するかの様に人差し指が一本たっていた。

 

「ジョアンさんによろしくとお伝え下さい」

「……はい分かりました」

 

トマスは樹の台詞に一瞬怪訝そうな顔をしたがすぐに頷いて帰っていった。

 

「……それで、一体どういうつもり?」

「少し、確かめたい事があるんだ」

「確かめたい事?」

「ああ」

「何を確かめたいの?」

「……悪い。今は依頼に関する事としか言えない。」

樹の答えに、アンジュは「そう」と言うと目を臥せた。

 

「分かりました。今は何も聞きません」

「……悪ぃ」

「ただし、終わったらきちんと説明すること!いい?」

「了解」

「あとメンバーも自分で探すこと」

「……了解」

 

樹は苦笑いで答えたが、アンジュが何も聞かなかった事に心の中で感謝した。

 

その後樹は、たまたま予定の入ってなかったクレス、ルカを気絶させた罰としてイリア、そしていつもの如くカノンノとの壮絶なバトルを征したレインのメンバーでガイダス砂漠に赴いた。

 

 

−−ガイダス砂漠−−

 

「あ〜もう!面倒臭さいったらありゃしない!ねぇこの檻この辺に放って置いて帰らない?」

「ダメだよ。ちゃんとオアシスまで送り届けないと」

「ちぇ。まったくマジメなんだから」

 

クレスとイリアは檻を運びながら揉めていた。元々マジメ一辺倒なクレスとズボラなイリアでは反りが合わないのでこうなることは必然と言えた。

 

「……まったく、何でアタシがこんな目に」

「ルカを気絶させたそうじゃないか。なら当然だよ」

「あ、あれはルカが……ああもう!樹!アンタがこんな依頼受けるから!」

「……」

「ちょっと!聞いてるの!」

「あ、悪ぃ聞いてなかった」

「っとに!どいつもこいつも!」

 

樹の態度も相まってイリアの苛立ちは募るばかりだった

 

「どうしたの?」

「いや、檻の魔物、一体どんなのだろうって思ってな」

 

レインが心配そうに樹に話しかけた。樹は首を横に振ってそれに答えた。

 

「そういえばそうね。ね、少し覗いてみない?」

「ダメだよ。幕を取ったら魔物が目を覚ますかもしれないからね」

 

帰り際にトマスは諸注意として『幕を取らないこと』と『覗かないこと』と言ってきた。魔物が光で目を覚まさなための配慮だそうだ。

 

「っとにマジメなんだから」

 

−−ズウウウゥン−−

 

イリアがブツブツと文句を言ったその時、一行を大きな地鳴りが襲った。

 

「な、何!?」

「皆!落ち着いて!」

「何か、来る?」

「あそこ!」

 

レインが何かに気づいて叫んだ。レインの示す方を見ると、

 

「キシャアアアアッ!!」

 

身長の二倍以上はあろう芋虫型の魔物『サンドワーム』が現れた。

 

「いやあああっ!キショイ!キショイ!」

「サンドワーム!」

「おおかた飯時だったんだろうな。それより、レインとイリアは術で支援しながら檻の護衛!俺とクレスで詠唱時間を稼ぐ!」

「了解!」

「分かった!」

 

樹は手早く指示を出すと抜刀し我先に駆け出していった。

 

「瞬迅剣!」

「魔神剣!」

 

樹は一気に距離を詰めて瞬迅剣を、クレスは距離があったので魔神剣を放ち牽制した。

 

「キシャア」

 

サンドワームは攻撃をものともせずにブレスを吐いて反撃してきた。その後、樹とクレスはヒットアンドアウェイを繰り返した。

 

「スプレッド!」

「ギシャアアアァッ!」

 

そこにイリアの唱えた水属性の中級魔術『スプレッド』が発動しサンドワームにダメージを与えた。

 

「キャアアアッ!」

「ぐっ!」

「がっ!」

 

サンドワームは奇声を上げると樹とクレスを振り切り一目散にイリア達の元へ向かって行った。

 

「こ、こっち来ないでよ!セッシブバレット!」

「シャアアアアッ!」

 

イリアはサンドワームを止めようと16連射で銃を撃つ秘技『セッシブバレット』を繰り出した、がそれをもってしてもサンドワームは止まらなかった。

 

「ちょっ、レイン!何まだ詠唱してんの!早くアイツ止めてよ!」

「ごめん。もうちょっと」

 

イリアはレインに応援を要請したがレインは詠唱に時間がかかっているようでまだ術を発動できないでいた。

 

「ちょっとっ、てっ!」

「キシャアアアアッ!」

「キャアアッ!」

 

イリア達の眼前に到達したサンドワームは攻撃のため首を大きくのけ反らせた。イリアはもうダメだ、と思い目を閉じた。

 

−−ギィイイン−−

 

だがイリアが予期した衝撃は襲ってこず、代わりに鈍い金属音が聞こえてきた。

 

「……?」

 

イリアが恐る恐る目を開けると、

 

「よう。何とか間に合ったな」

「た、樹!」

 

刀一振りでサンドワームの攻撃を受け止めている樹の姿があった。軽口を叩いている分余裕そうに見えるが、腕や脚が細かく震えているのでかなり無理をしていた。

 

「さて、サンドワームよ」

「ギ……ギ……」

 

樹はサンドワーム

 

「テメエには悪いが、こっから先は……」

「…ギ」

「一方通行だアッ!!」

 

−−ドゴオオオォン−−

 

怒号と共に樹はサンドワームの顎を蹴り上げた。

 

「ギシャアアアアァァッ!!!」

 

死角からの、それも至近距離攻撃を防御できる筈もなく、サンドワームは身体が反り返る程大きくのけ反った。

 

「レイン、今だ!」

「アクアエッジッ!!」

 

樹の合図に応えるようにレインのアクアエッジが発動した。

 

「えっ!?ちょ、デカッ!多っ!」

 

イリアが驚くのも無理はない。何故ならレインの発動したアクアエッジは通常のものより丸鋸の直径が三倍も大きく、数も三枚から八枚に増えていたからだ。のけ反っていたサンドワームはなす術なくアクアエッジの全丸鋸によって斬り裂かれた。

 

「ギ……シ……ギシャアアァッ!!」

 

だがそれでもサンドワームは倒れなかった。剰え最後の気力を振り絞って樹に攻撃を仕掛けてきた。

 

「火事場の馬鹿力か。だが悪いな……」

 

今まさに攻撃を受けようとしている瞬間だというのに、樹は至って冷静だった。

 

「シャアアァッ!」

「これで」

「チェックメイトだよ!『次元斬』!」

 

サンドワームの牙が樹に襲い掛かる直前、サンドワームの身体が縦に真っ二つに割れ左右に崩れ落ちた。クレスが剣に闘気を纏わせてジャンプによる斬り上げと落下による斬り下ろしで攻撃する秘技『次元斬』でサンドワームを唐竹割りに斬り裂いたからだ。これによりサンドワームは完全に絶命した。

 

「流石はクレス、見事な剣技だな」

「いや、レインが術で弱らせてくれていたからだよ」

「ううん。樹が隙を作ってくれたから」

 

樹、クレス、レインは互いに謙遜し合い互いを讃えあった。

 

「ちょい待ち!」

 

そんな祝勝ムードの三人に、イリアが待ったをかけた。

 

「ああ。勿論イリアも、よく頑張ったね」

「当たり前でしょってそうじゃないの!」

 

クレスがイリアに労いの言葉をかけたが、イリアの争点は別にあるようだった。

 

「ん?他に何かあるか?」

「さあ?」

「大有りよ!」

 

どうやらイリア以外は全く気づいていないようだった。

 

「取り敢えず、樹!」

「俺?」

 

イリアは樹の名前を叫ぶとビシッと人差し指を差した。

 

「何であのタイミングで間に合ったのよ!普通無理でしょ!」

 

一つ目は樹が間に合ったことのようだ。

 

「ああ。アレか」

「『ああ。アレか』じゃないわよ!どうなってんのよアンタの脚は」

「どうなってんのよって、『縮地』使っただけなんだが」

「しゅ、しゅくち?」

 

聞き慣れない単語にイリアは目をシパシパさせた。

 

「長くなるから歩きながら説明する」

「仕方ないわね」

 

樹達は再び檻の運搬に戻った。

 

「で、その縮地ってのは一体何なのよ?」

「樹の『固有技能(アビリティ)』だよ」

 

イリアの疑問にクレスが答えを言った。

 

固有技能(アビリティ)とは戦いを有利に進めるための特殊技能、通称『スキル』の一種である。スキルには大まかに分けて二種類あり、一つはバックステップやマジックガード等、修業次第で誰でも習得できる共通技能(コモンスキル)で、単に技能(スキル)と言う場合はこの共通技能の事を指す。そしてもう一つが、流派や血脈による個々人特有のスキル、固有技能(アビリティ)である。固有技能である。固有技能は共通技能とは違い誰でも習得できるわけではなく、流派の継承や家柄、血筋に起因し習得できる技能である。そのため、共通技能には一般に普及している指南書があるが、固有技能を習得するための指南書は出回っていない。因み先程クレスが使った次元斬もクレスの習った流派、アルベイン流特有の技であるため固有技能の一つに当たる。

 

「ふーん。固有技能ねえ。けど移動系の技能って他にも結構使ってる奴いるわよね?」

「らしいな。けど俺のはそういうのとは違うらしい」

「例えば?」

「そうだな……いい比較が『パッシブスルー』だな」

「私が使ってるやつね」

 

パッシブスルーとはイリアやルカが使うスキルの一つでガード時に前進することで敵をすり抜け背後に回る事ができる。

 

「俺の縮地ではパッシブスルーとは違って敵をすり抜けられないんだ」

「へえ。ん?でもあの時……」

 

イリアの言う通り、樹はイリアとサンドワームの間に割って入っていた。言い換えればサンドワームをすり抜けたとも言える。

 

「あれは縮地で一気に間合いを詰めた後サイドステップして回り込んだんだ」

 

「じゃあ縮地って……」

「そう。簡単に言えば『一瞬で間合いを詰めたり距離を取る』スキルって事だな。あと左右の移動もできる」

「しかも通常のバックステップやフロントステップよりもかなり長距離を移動できるからね。クラトスさんやユージーンさんと話し合って固有技能にしようって事になったんだ」

 

事の発端は先日のブラウニー坑道で樹がファラを助けた事だ。あの時も今回と同様に通常では考えられない距離を一瞬で間に合わせていた。それに疑問を抱いたマルタがクラトスに話したところ、技能ではないかということになった。詳しいことはまだ不明だが誰も見たことのない技能だったので固有技能に分類した。名前は樹が地球にいた時に聞いた古武術の移動法から取った。

 

「なるほどねえ。じゃあレインのアクアエッジも……」

「うん。私のは『ブーストスペル』って言う固有技能なの。効果は『魔術の強化』だよ」

 

やはりレインの魔術も固有技能によって強化されたものだった。

 

「それこそ魔術師なら結構使ってそうな技能よね」

「ああ。『ヘビィスペル』とかだろ」

 

ヘビィスペルとは通常よりも詠唱時間と消費魔力が増大する代わりに威力が上がるという技能である。

 

「私のはちょっと違って『詠唱終了後』から始まるの」

「どういう事?」

「詠唱が終わった後の詠唱待機状態が長ければ長いほど術の威力が上がるの」

「それがさっきのアクアエッジってわけさ」

 

レインの固有技能、ブーストスペルは詠唱待機時間の長さにより術の範囲や威力が増大する。また最大まで待機すると確率状態異常を付加することができる。

 

「ふーん。けど何で今まで使わなかったわけ?」

 

確かに、樹もレインもここ最近の依頼では一度も使ってはいなかった。

 

「まあブラウニー坑道の依頼があってから気づいたってのもあるが、一番の理由は負担がデカいからかな」

「負担って、仮にも固有技能じゃない」

 

イリアの言う通り、一般的な共通技能や固有技能は身体への負担があっても微々たるものである。寧ろ負担がある方が少ないくらいだ。

 

「普通はな。けど縮地は脚に貯めた気を瞬間的に爆発させて移動する固有技能だからな。使い過ぎると身体と精神への負担が酷いんだよ」

 

基本、技能の中でも移動系のスキルは脚に気(精神エネルギーの一つ、魔力とは異なる)を貯めて使うものが多く、縮地もその内の一つである。だがその負荷が他のよりも大きいため樹は多用を避けていた。

 

「私のブーストスペルは一度詠唱待機状態にならないといけないから隙ができちゃうの」

 

レインのブーストスペルは前述通り、詠唱待機状態に入るためその間レインはほぼ無防備な状態となる。途中で攻撃されたり待機を止めてしまうと術そのものが発動しない。そのためある程度以上の威力を出そうとすると今回の様に時間稼ぎができないと中々使うタイミングが掴めないのだ。

 

「ふーん。何だか便利なのか使えないのかわからない固有技能ね」

「悪かったな」

「まあまあ。樹もレインも慣れたら使いこなせるようになるよ」

 

険悪になりかけた雰囲気をクレスが宥め、一行はオアシスへと歩みを進めた。

 

「そう言えば樹」

「ん?何だ?」

 

サボテンに似た魔物『カクトゥス』を退治したクレスが樹に話しかけた。

 

「あれから共鳴術技(リンクアーツ)の方はどうだい」

 

共鳴術技とは、樹とレインがストーンゴーレム戦で最後に見せた合体技の事だ。船に戻った後戦闘に詳しいクラトスやユージーンに尋ねたところ共鳴術技だということが判明した。

 

『共鳴術技』とは心の通い合った二人が同時に術技を使用した時に発動する合体技のことで、発動の兆しとして両者の間に光の線が走る。

 

「いや、サッパリだ」

 

樹はブラウニー坑道以来レインだけでなくカノンノや他のメンバーとも試してみたが、一度も発動しなかった。

 

「共鳴術技かあ。私も昔ルカやスパーダと試したなあ。ま、結局ダメだったけど」

「僕もチェスターと挑戦したことがあるけど一度も成功しなかったよ」

 

クラトス曰く、『数十年コンビを組んだ間柄でも発動するのは稀』と言うことなので何か特殊な条件があるのではとのことだ。

 

「まあ共鳴術技に関しては焦らずじっくりやるさ」

「そうだね」

 

そう結論づけて、一行は再びオアシスを目指した。

 




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