TOWRM3 〜ThePlain's Walker〜 作:赤辻康太郎
第十話
樹達が回復したあと、一行は目的地であるブラウニー坑道奥地に到着した。
「ここが……」
「ゴホッ。はい。彼もここでその『存在』にあったようです」
マルタの呟きに続ける様にジョアンが答えた。ジョアンは樹達に「ここまでありがとうございました」とお礼を述べると一人で前に進んで行った。
「ゴホッ。病を治す存在よ。出てきて下さい。そして私の病気を癒して下さい。お願いします!」
ジョアンが弱った身体からありったけの声を張り上げて懇願した。しかし、ジョアンの身に変化もなければ何かが出て来る気配すらなかった。
「……何も起きない?」
「そう、みたいだね」
「何でだろう?」
「検討違いだったか、或は既にその存在とやらは何処か別の場所に移動したか……」
樹達がアレコレと推測していると、
「っ!ゴホッ!ゴホッ!」
突然ジョアンが咳込み出しその場に崩れ落ちてしまった。発作が起きたのだ。しかも今までと比べて容態は遥かに芳しくなかった。
「ジョアンさん!」
「まずいな。早く医者に看せないと」
ジョアンの体調を考え、一刻も早く外に連れ出そうとしたが、
「いいんです!このままに、ゴホッ……しておいて、下さい!お願いします!」
近寄ろうとした樹達をジョアンが遮った。
「ジョアンさん!?」
「何言ってるんですか!」
「このままだと……」
「……」
ファラ、マルタ、レインはジョアンの言うことが信じられず、理解出来なかった。だが樹は静かで、そして悲しげな眼差しでジョアンを見ていた。
「ジョアンさん……死ぬお積りですか?」
「「「!!!」」」
樹はジョアンがしようとしている事に気づいていた。ジョアンは苦しみながらも、けれども優しい表情で樹を見ていた。
「はい。先程も言いましたが、私はもう長くありません。村の何人もの人がこの病に罹り、息を引き取りました」
死期が近いのか、発作で苦しむことなくジョアンが語りだした。
「ですから、私も病に罹った時は死を覚悟しました。だけど彼はここに来て治ったと言いました。私は居ても立ってもいられなくなってしまいました。私には妻がいます。幼い息子もいます。二人の為にも生きなければと思いました。……いや、本当は死ぬのが怖かったんです。だから生きる事がでくるなら、私はどんな事でもしようと決心しました。どうせすぐに消え行く命です失敗に終わっても構わない。ですが、やっぱりここに来て核心しました。私は生きたい、生きたかったんです!」
『生きたい』。それは誰しもが当たり前の様に思い事。本能の根底にある願望。ジョアンも最後の賭けに来ていた筈だった。だが死の間際になって『最期』にしたくなくなった。これは人に限らず生きとし生ける者が持つであろう共通意識。故に、樹達は何も言えなかった。ジョアンが絞り出した。心からの『願い』だったから。その時、
「なっ!?」
「これって……」
「赤い煙!」
突如岩の隙間、地面や壁の亀裂などから赤い煙りが吹き出した。赤い煙りはジョアンに纏わり付く様にしばらく漂うと、コクヨウタマムシの時と同じ様にスウッとジョアンの体内に浸透するように消えていった。
「ジョアンさん、大丈夫ですか?」
いち早く我に帰ったファラがジョアンに駆け寄り安否を確認した。樹達もファラに続き近づいて行った。
「ジョアンさん、しっかりして下さい!」
「う……ん。わ、私は……!」
−−ガバッ−−
「きゃっ!」
ファラの呼びかけにウッスラと眼を開けたジョアンは、そのまま勢いよく立ち上がった。介抱していたファラは突然立ち上がったジョアンに驚いて尻餅をついてしまった。
「おお!ファラさん、すみません!大丈夫ですか?」
ジョアンはファラに気づくと彼女の手を取って立たせてあげた。その力は先程までとは打って変わって力強かった。
「あ、はい。私は大丈夫です。それより……」
「ジョアンさん、お体は?」
戸惑っているファラの変わりに樹がジョアンに容態を尋ねた。
「はい。もうすっかり大丈夫です。ほら、この通り!」
ジョアンはその場で体操をしたり辺りを駆け回ったりしてみせた。とてもさっきまで発作で苦しんでいたとは思えない程の回復具合であった。
「さあ。もうこのような場所に用はありません。急いで戻りましょう」
そう言うと、ジョアンは樹達を待たずにズンズンと来た道を戻って行った。その足取りはまるで野山を駆け回る子供の様に軽かった。
「あ、待って下さい!」
「一人では危険ですよ!」
ファラとマルタが慌ててジョアンの後を追いかけて行った。
「樹、私たちも急ごう」
「……」
レインが樹を促すが、樹は赤い煙が出て来た一角をジッと睨んでいた。
「樹?」
「ん?」
レインが袖を引っ張って樹はようやく我に帰った。
「どうしたの?」
「……いや、何でもない。俺達も急ごう」
樹はレインの問いに首を横に振ると、レインと共にジョアン達の後を追った。その暫く後、
「へえー。凄いな、彼。まさか『アレ』を倒すなんて」
先程赤い煙りが出て来た岩陰から一つの人影が現れた。人影が言う『アレ』とは恐らくあのストーンゴーレムの事だろう。
「それに、こっちを見てたってことは気づかれたかな?まあないとは思うけど、万が一もあるし警戒したほうがよさそうかな」
そう言うと、人影は闇に溶け込む様にスウッと消えていった。
「まあ折角『アイツ』が呼んだんだし。楽しみにしとくとしようか。ハハハ!」
という笑い声を残して。
−−バンエルティア号−−
「あら、皆お帰りなさい」
樹達がバンエルティア号に帰って来ると、ロビーにアンジュとクラトスがいた。
「ただいま。クラトスも今帰ったとこか?」
「ああ。今しがた帰ったとこだ。お前達もか?」
「ああ」
どうやらクラトスも依頼を終えて帰還したとこだったようだ。
「お疲れ様。それで、どうだった?」
「それが……」
樹の報告を、アンジュもクラトスも静かに聞いていた。
「そう……また赤い煙が」
「ああ。どうやら『病気を治す存在』は『赤い煙』だったようだ」
「本当にびっくりしたよ」
「ホント、ホント」
「うんうん」
アンジュは目的の存在が赤い煙だったことに驚きを隠さずに呟いた。ファラ達も目の前で起きた事を思い出して頷いた。
「赤い煙もそうだが、そのストーンゴーレムの方も気になるな」
クラトスは赤い煙と同様に知能の高いストーンゴーレムも気になったようだ。
「そうね。普通なら考えられないわね」
アンジュもストーンゴーレムの知能の高さに疑問を抱いた。
「……何にせよ、情報が少な過ぎるな」
「そうね。私も出来る限りツテを当たってみるわ」
「私も情報筋を当たってみよう」
「なら俺ももう少し資料を漁ってみるよ」
「お願いね」
その日は情報収集を中心にすることを今後の方針にして終了した。
−−数日後−−
「おう。アドリビドムの拠点ってのはここか?」
「ちょっ、ちょっとその言い方は……」
「ん?」
樹がロビーの掃除をしていると、入り口からガラの悪い声が聞こえてきた。そちらの方を向くと、帽子にブレザーを来た少年と、大きな鞄斜めかけにした背の低い少年の二人がいた。
「……そうだが、お前らは?」
樹は尋ねながら警戒した。鞄の少年は無手だが帽子の少年は腰の左右に一振りずつ刀を差していた。何者か分からないため警戒するには十分な理由だった。
「ほら、警戒されちゃったよ」
「ああ?だったらどう聞けっつうんだよ?」
「どうって……そりゃ普通に」
「ああん?俺がおかしいってのか?」
「そ、そうじゃないけど……」
少年二人が勝手に揉めていると、
「あら、スパーダ君じゃない」
「カロルじゃないか。どうしたんだ?」
両手に書類を抱えたアンジュとユーリがロビーに現れた。
「二人の知り合いか?」
樹の問いに、アンジュとユーリは首を縦に振った。
「ええ。彼はスパーダ君。私やルカ君達の知り合いよ」
「スパーダ・ベルフォルマだ。よろしくな」
帽子の少年、スパーダは先程のガラの悪い態度を変え気さくに手を振ってきた。
「んでこっちがカロル。俺の元仲間」
「カロル・カペルだよ。よろしくね。ユーリとは同じギルドの仲間だったんだ」
鞄の少年、カロルは元気よく手を振って自己紹介した。
「俺は津浦樹。アドリビドムで厄介になってる。よろしくな」
樹もスパーダとカロルがアンジュ達の仲間だと分かると警戒を解き、二人と握手を交わした。
「悪いな。警戒しちまって」
「ううん。スパーダの言い方なら誰だって警戒しちゃうよ」
「……そりゃどういう意味だよ?」
樹達は先程の緊張などなかったかの様に笑いあった。
「それで、貴方がここに来たって事は……」
「ああ。例の『赤い煙の情報』、仕入れて来たぜ」
「ごめんなさいね。無理を言って」
「いいって事よ。こっちも家を出る口実が出来たしな」
どうやらスパーダはアンジュに頼まれて赤い煙の情報を集めていたようだ。
「んで。カロルは何しにここに来たんだ?」
「何しにって……ユーリが『魔物の変化』の情報が欲しいって言ったんじゃないか!」
「そうだっけか?」
「……ひどいよ」
カロルの方はユーリの依頼で魔物についての情報を集めていたようだが、ユーリはすっかり忘れていたらしい。
「それじゃあここだと何だから、何処か……」
「あれぇ、スパーダじゃない。どしたの?」
アンジュが移動を提案しようとした時、イリアがロビーに出て来た。
「よう。イリアじゃねえか。ん?お前がいるって事は……」
「勿論いるわよ、ルカちゃまも♪」
イリアからルカもいると聞いた瞬間、スパーダはニタァと嫌らしい笑みを浮かべた。当然、イリアも同じような笑みを浮かべている。
「おおし。んじゃ久々に会いに行くか。懐かしのルカちゃまに」
「にっしっしっしっ。そうねえ。久しぶりに二人で存分に弄ってあげましょう」
「お前、相変わらずいい性格してるな。ゲヘヘヘヘッ」
「あ〜ら。スパーダ坊ちゃま程じゃありませんことよ。にっしっしっしっ」
イリアとスパーダは笑いながらルカのいる部屋へと向かって行った。
「わ、私達もルカ君の部屋に行きましょうか」
「そうだな。早く行って止めないとな」
「よかったなカロル。いい相手が出来て」
「……全然良くないよ」
樹達もイリア達に続いてルカの部屋に向かった。
−−ルカとイリアの部屋−−
樹達が部屋に入ると、目一杯涙を浮かべたルカが助けを求めてきた。アンジュがイリアとスパーダを軽く叱って漸く本題に入った。
「それで、赤い煙の事なんだけど」
「ああ。赤い煙ならかなりの目撃情報があったぜ」
スパーダの話に因ると、赤い煙は最初の内はジョアンの依頼通り『病を治す存在』だったが、最近になって『願いを叶える存在』になったそうだ。さらに、その姿も煙りから見る人によっては植物や昆虫、動物と様々な姿になるようだった。
「願いを叶える存在……」
「ああ。今や街中、そいつを見つけようと躍起になってたぜ」
「そう……」
アンジュはスパーダの報告を聞くと悩ましそうに眼を伏せた。
「それで、カロルの方は?」
「こっちも結構集まったよ」
カロルの情報を纏めると、魔物の生態が著しく変化している現象があちこちで見られたそうだ。生息地域の変化に始まり知能の向上、本来群れる事のない種族の魔物が群れで襲ってきたりなどこちらも様々だった。
「魔物の群れに潰された村もかなりあるみたいだよ」
「まじかよ」
カロルから聞いた情報にユーリは眉をひそめた。スパーダの情報もカロルの情報も、どちらも聞いていて気持ちのいいものではなかった。
「それじゃあこれから……樹?」
樹は二人の話しを聞いている間じっと考え事をしていた。
「……」
「樹?」
「……」
「樹!」
「ん?ああ悪い」
「何か思いついたか?」
ユーリは樹が何か閃いたと思ったようだ。
「いや。思いついたっていうか、ちょっと気になってな」
「何を?」
「赤い煙は、何が目的なのか、が少し」
「赤い煙の目的、か……」
樹の疑問を聞いて、その場にいた全員は考え込んでしまった。樹の指摘通り、赤い煙りが何らかの目的を持って人の願いを叶えていたと仮定すると、何が目的なのか皆目見当もつかなかった。
「……ここで悩んでても仕方ないわ。それより、今後どうしましょうか?」
「取り敢えず、今まで通り赤い煙りについての情報を集めればいいんじゃないか。んで接触を試みる奴がいたらそれとなく止めるよう促すっと」
「……それがいいな。赤い煙りが何なのか分からない内は迂闊に近づくのは危険だしな」
ユーリの提案に全員が賛同し、その場は解散となった。
−−樹の自室前−−
「樹、いるー?」
樹の部屋にカノンノが訪ねてきた。夕飯を知らせに来たのだ。
「樹ー?入るよ?」
カノンノは返事はなかったが、食堂に連れて行かなければならなかったので、後ろめたかったが勝手に開けて入ることにした。
「あ、やっぱりいた」
部屋に入ると、確かに樹はベッドに寝そべっていた。だがカノンノが入って来たのに気づいた様子がなかった。
「樹!」
「うおぅ!」
樹は耳元で叫ばれて驚いて飛び起きた。
「何だ、カノンノか」
「何だじゃないよ。いくら呼んでも返事しないし」
カノンノは腰に手を当ててプリプリと怒った。
「悪い、悪い。ちょっと考え事を、な」
樹はそう謝るとカノンノの顔をジッと見つめた。
「そ、そんなに見つめないでよ」
カノンノはあまりに樹が見つめてくるので、恥ずかしくなって顔を逸らした。
「ん?ああ悪ぃ」
「もう!どうしたの?何か変だよ?」
カノンノは樹の様子がいつもと違っていたので気になって聞いてみた。
「……なあ。変な事聞くけどさ」
「何?」
「願いを叶えてくれる存在がいたとして、カノンノはそいつにあったら何を願う?」
「え?」
カノンノは驚いた。樹が真剣な表情でそんな事を聞いてくるとは思わなかったからだ。
「もしかして、アンジュが言ってた赤い煙の事?」
「いや、それを抜きにして聞きたいんだ」
つまりただ単純に『願いが叶うとしなら何を願う?』という質問だった。カノンノは少し考えた後、
「……やっぱり、お父さんとお母さんに会いたい、かな」
「……そっか」
カノンノは生まれて間もない頃に両親を亡くしていた。それも戦争でだ。カノンノの両親は二人とも腕の立つ名医だったが、カノンノが生まれて一年足らずで戦場医師として国から召集を受けてしまった。国の命令を拒む術はなく、幼いカノンノをロックスに託し泣く泣く戦場に赴き、帰らぬ人となってしまった。樹は以前、自分の過去を話した時にカノンノの過去の事も聞いていたので、何となくカノンノの答えは予想できていた。できていたが、聞かずにはいられなかった。何故かは、樹本人にも分からなかったが。
「樹はどうなの?」
「俺?」
「やっぱり……元の世界に帰りたい?」
「……そうだな」
「……そっか」
樹は自分の願いを正直に答えた。元の世界に帰る。これはカノンノが樹の立場だったとしても願う事だろう。カノンノもそれは分かっていた。分かっていたが故に、カノンノは悲しくなり、俯いた。
「……けど、どうかな。今は分からねえや」
「え?」
「ルミナシアに来た頃はさ。早く帰りたいって願ったさ。けど、この星の現状を見てると本当にそれでいいのかって思えてきてさ」
「樹……」
「正直、帰りたいって気持ちは今もまだあるよ。けど、実際そんな存在に何を願うか……やっぱり自分でも分からねえや」
「……変なの」
樹は苦笑いを浮かべてそう言った。樹の気持ちを聞いて、カノンノは嬉しいような悲しいような、複雑な笑みを浮かべた。
「さて、この話しは終わり。カノンノが来たって事は飯の時間だろ?行こうか」
「……うん」
樹はベッドから下りるとカノンノを食堂に行こうと誘った。カノンノも頷いて樹に寄り添う様に続いた。樹はいつか元の世界に帰ってしまう。けど、今は、もう少しだけ樹といられる。そう思うと、少しだけホッとする。そう思うカノンノだった。
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