HACHIMAN VS 八幡 〜 オレハオマエデオマエハオレデ・いやちげぇから。こっち見んな 〜   作:匿名作者Mr.H

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今回まさかの2人まとめての章となります




偽善者・葉山隼人と、自分さえ良ければいい女・相模南の章

 

 ――ついに偽物との対面か。

 思えば朝目が覚めてから(実際には昼過ぎの大寝坊!)まだほんの数時間程度で、今までの人生ではとても考えられないほどの濃密な時間を過ごしたものだ。

 ま、もうこんなコントのようなふざけた時間を過ごすのはまっぴら御免だけれど。

 

 おっと、感慨に耽っている場合ではなかった。偽物へと続くこの最後の階段を、早く駆け上らなくては。

 

「……うぅヴぅッ」

 

 しかしそんな時だった。階段に足を掛けたそのとき、すぐ横から低い唸り声が響いたのだ。

 しまった! 急ぐあまりに葉山を起こしてしまったのだろうか……! やだなぁ、めんどくさいなぁ。

 

 時間もないし、気が付かなかったフリしてそのまま行っちゃえ! と力を込めた右足。

 だが、その右足が階段に掛かる事はなかったのだ。ナニカに右足の裾を握られてしまったから。

 

 勢いよく階段を駆け上がるつもりで前へと伸ばした足が横から引っ張られたもんだから、俺はつんのめってしまう。てかちょっとコケた。なんとか手を付いて階段に顔面直撃は免れたけど。

 

「あっぶね……! てめ、あぶねーなぁ……!」

 

 そりゃさ、事態が事態なのに素通りしちゃった俺も悪いですけども? さすがにこりゃないぜ葉山さん。

 体勢を立て直しつつ、恨みがましくジト〜っと湿気たっぷりに睨めつけてやると、葉山はゆっくりと起き上がり――

 

 

「くそっ、くそっ、くそがぁっ! ちっきしょおぉぉおぉぉ! ヒキタニィィィ! お前だけは絶対に許さんぞぉぉおぉ!」

 

「」

 

 激しく……とても烈しくシャウトしたのでした。

 

 

 えぇぇ……

 

***

 

 普段決して見ることの出来ない葉山の苛烈ぶりに、さすがの俺も動揺を隠せない。

 どれくらい動揺してるかといえば、体育の授業中に戸塚の短パンの隙間から白い布が見えてしまった時くらいの動揺っぷり。いやいやとつかたん、あれマジで目が離せなくなるってば。白ブリーフかな?

 だが紳士の俺は、女性用純白ショーツの僅かな可能性に賭けたいと思う。

 

 

「くそがヒキタニィ! お前さえ……お前さえいなければァ!」

 

 おうふ……脳内メモリーに大事に保存してある天岩戸に想いを巡らせている場合ではなかった。

 俺の素敵な想い出巡りの合間にも、葉山は相も変わらず見事な壊れっぷりを披露し続けてたんだっけ。

 

「お、おい葉山」

 

「ヒィキタニィィィ! お前さえいなければこんな事にはならなかったんだぁぁァ! ああ、俺はなんてことを……! それにお前さえいなければ、俺はいつまでもみんなの憧れの王様でいられたってのにィ! そして雪乃ちゃんだって……俺のモノになっていたはずだったんだァァ!」

 

 なに言ってんのこいつ。こんな事ってなんだよ。一体なんてことをしちゃったんだよ。

 あと雪ノ下がお前のものになるもならないも、俺まったくの無関係だろ……。

 

「だからお前だけは絶対に許さんぞぉぉおぉ! この俺様が、貴様を道連れヴェッ!?」

 

 すぱこーん! とスリッパもとい上履きで葉山の頭を思いっきりはたいてやると、あの葉山から変な声が出た。

 マジかよ、いくらギャグシーンだからって、あの葉山の口からカエルが潰れるような音が出たぞ。カエルが潰れたとこ見たことねぇけど。

 

「落ち着け葉山。お前…………キャラが崩壊してるぞ」

 

 いや、崩壊というか完全に別人。だってあの葉山が上履きで頭はたかれて「ヴェッ!?」なんて変な音だすわけないもん。

 

「ハッ!? ……ひ、比企谷……? お、俺は今、いったい何をしていたんだ……?」

 

「知らねーよ」

 

 むしろ俺が聞きたいわ。なんなのあの壊れっぷり。なんかに憑依でもされてた?

 

「まず何があったんだよ」

 

 ってヤベ、あまりにもツッコミたいことが豊富すぎて、このまま流すつもりが思わず聞いちゃったよ。俺いまスゲー急いでんだけどなぁ……。

 まぁ多少遅れても、主人公補正なご都合主義でちょうどピッタリに到着するんだろうけれど。今日もメタメタしてますね。

 

「……あ、ああ。……いや、何があったもなにも、確かつい先程まで君とここで話していたんじゃなかったか……?」

 

 おっとそうか。またここから話さなくてはならないのか。

 マジで急いでるし、とりあえずここは軽く濁しておこう。

 

「ああ、その事は気にすんな。別人だ」

 

「……? そんなわけは……、いや……そう、だな。そういえばさっきまで話していた君にはアホ毛が立っていたっけな。なによりも、顔も今よりもずっと……いや、すまない」

 

 おい、そこを濁すなよ。逆に傷ついちゃうだろうが。それと相変わらずアホ毛さんも健在そうで何よりです。

 とはいえさすがは葉山。今のやり取りだけでも聞きたい事など山ほどあるだろうに、俺の様子から急いでいるであろう事を判断して、言いたい事を飲み込んでくれたのだろう。

 

 

「……すまない。俺にもよく分からないんだ。先程まで君に……いや、彼に罵声を浴びせられていて、なぜか段々とこう……胸が、心が黒く染まっていくような不思議な感覚に襲われはじめて……最後に『この偽善者が! 制裁だ!』と言われた辺りで意識を失ってしまって……。そして気が付いたら、君に向かってなにかを叫んでいたんだ」

 

「……」

 

 ああ、そうか。これでもう5回目となるのに初めてのパターンだったからすっかりと頭から抜け落ちてしまっていた。そういやあいつ、記憶を改ざん出来るんだったな。

 

 記憶を改ざん出来る。つまり相手の精神を自由に操る事だって出来るというわけだ。ならばこうやって別人レベルに崩壊させる事だって出来る可能性もある。

 記憶の改ざんに気付いた時点で、この可能性も考慮に入れておくべきだった。

 

 ……しかしこれは酷い。小町、由比ヶ浜、平塚先生、雪ノ下と酷い目に合わせてきたみたいだが、これは特に酷い。別次元の酷さだ。

 

 

 偽物の主張。それは考えが浅かったり知識が薄っぺらかったりとかなり歪んだ主張ではあったものの、一応それなりに一貫性はあった。それは、相手が嫌い――という揺るぎない信念。

 

 例えどんな理由があろうとも、誰かを助けるのに理由がいるかい? という素敵な名言と同じく、誰かを好きになるにも誰かを嫌いになるにも、これといった理由なんていらない。

 考え方が合わない。生き方が合わない。なんとなく気に食わない。どんな理由であれ、人が人を嫌いになるのは仕方がない事だと思う。みんな大好き葉山くんだって、誰かしらには間違いなく嫌われているのだから。主に俺。

 

 だから誰かを嫌いなら嫌いで構わない。それを否定する気は毛頭ない。

 だがな、葉山に限らずいくら嫌いだからって、なんで改悪してまで痛め付けようとすんのかね。だって改悪しちゃったら、それもうお前が嫌ったキャラとは別人だよね? そしたらお前がなぜそのキャラを嫌いになったのかの意味が薄れちゃうんだけど。

 

 

 そしたらもう、その“嫌い“という意志にさえ、なんの信念も感じねーよ

 

 

 

 誰かを別人に仕立てあげて悪人にするのなら、そこでオリキャラの出番だろ。主人公を別人に仕立てあげてその悪人を成敗したいんなら、そこでオリ主の登場だろ。シーンを改悪捏造すんなら、そこでオリジナルシーンを想像して創造しろよ。

 

 ……わけがわからないよ。それもう二次じゃなくてオリジナルでよくない?

 

 

「そうか……悪いがちょっと急いでっから、すまんがそれは悪い夢でも見たって事にでもしといてくれ。アレだったら奉仕部に行けば雪ノ下達があらましくらいは教えてくれんだろ」

 

 こんな事態だというのに、そんないい加減な説明ではさすがに納得しないだろうとは思ったのだが――

 

「っ……。ああ、了解した」

 

 何事かを一瞬言い掛けた葉山は、その言葉を無理矢理飲み下してくれた。

 ムカつくけどやっぱこいつすげーな。本当に頭のいいヤツで助かる。

 

「比企谷、その急ぎの用事というのは……その……1人で大丈夫なものなのか?」

 

 そう言う葉山の目は、心の底から“友達を心配している“という目。

 この異常事態での俺の急ぎように、身を案じてくれているのだろう。本当にどこまでもお節介なゾーンくんだ。

 ならば俺は、どこまでもお節介なこの良い奴に、こう返すしかねぇだろ。

 

「おう。1人でも大丈夫っつーよりかは、むしろ1人の方が安全まである。なんならお前が居ると邪魔。足手まといにしかならん」

 

 いやマジで。嘘偽りなく。

 

「はは、相変わらず酷いな君は。……分かった。じゃあ邪魔者は退散するよ」

 

「……おう、助かる」

 

 よし、これで葉山との会話も終了だ。あとは物語のラストシーンに向けて駆け上がるのみ。

 

「比企谷!」

 

 場を立ち去ろうとする葉山に背を向けて階段を駆け上がり始めた直後、またもや葉山からの制止が掛かる。

 

「……んだよ」

 

 振り向きもせずに、だから急いでるっつってんだろうがという不機嫌な空気を纏わせた声だけで返事を返し――

 

「気を、つけてな」

 

「余計なお世話だ」

 

 ぼそりと呟きまた階段を駆け上がる。

 

 

 本当にうぜぇな。だから俺はお前が嫌いなんだよ。

 

 ――確かに俺は葉山が嫌いだ。でもそれは、さっきのような崩壊した葉山が嫌いなわけじゃない。てか誰だよ。

 

 俺はあいつが誰にでも良い奴だから嫌いなのだ。誰にでも優しいから嫌いなのだ。そしてそんな苦しくて面倒臭いであろう生き方を、周囲の期待に応えて嫌な顔ひとつせず、足掻いて藻掻いて苦しんでまで遂行しようとする、ムカつくくらいに格好良い偽善者だから嫌いなのだ。

 俺は俺だけの感性で葉山を嫌っている。だからその嫌いという信念を、関係ないヤツに汚さないでもらいたいもんだ。

 

 偽物が葉山に対してどう罵倒したのかは分からない。ぶっちゃけ興味もないし知りたくもない。

 ただこれだけは言えんじゃねぇの?

 もしも俺が葉山を嫌いな理由と同じ言葉が偽物の口から出てきたんだとしても、自ら嫌いという信念を曲げてしまった偽物の口から出てきた言葉と俺の言葉は、同じ響きでもまったくの別物だということだけは。

 

***

 

 ヤツに向けての最後の一本道。

 あの時は文化祭の資材置場になっていて容易には駆け上がれなかったが、今はその荷物は跡形もない。遠慮なく思い切り地面を蹴れる。

 

 やがて辿り着いた踊り場。ヤツと俺とを隔てるのは、もはや目の前の扉のみ。

 

「いやぁ! もうやめてぇぇ!」

 

 そのとき扉の外から、女の子の悲痛な叫び声が聞こえた。

 

「もう許してよぉぉ……!」

 

 涙声にはなっているけれど、聞き間違えようもないこの声。半年弱前にもこの場所で聞いた、あの女と同じ声。そして……

 

「は? ふざけんな! なにが許してだよこのクソ女が! お前は俺になにをした? もう1度言ってやるよ。お前が責任を放棄して逃げ出したから連れ戻しに来てやった俺になにをしたのかを!」

 

 聞いた事のない男の声……。

 

「だからさっきから何度も謝ってるじゃん……!」

 

「バカかてめぇは。謝って済むなら警察要らないって親に教わんなかったのかよ。……お前はなぁ、責められるはずだったところを庇ってやって悪者になってやった俺の善意に気付きもせずに、そんな恩人の悪口を広めて学校1の嫌われ者にしたんだよ!」

 

 聞いた事のない声だけれど、これは間違いなく俺の経験談だ。些か別人の主観が混ざりまくってはいるけど。

 あ、そういえば自分の声は、頭ん中にある細胞やら骨やらを通過したあとに耳に届くとかいう関係で、自分が聞いている声と周りが聞いている声は違うように聞こえるんだっけ。

 

 

「うぅぅ……!」

 

「俺がどれだけ辛い思いをしたか知ってんのか? それなのにお前はいつまでも被害者ヅラしやがって。それなのに修学旅行では心底楽しそうなバカヅラ晒してたよなぁ? この、なんの反省も成長もしない自分さえ良ければいいクズが! 制裁だ!」

 

「うぅ……ぐすっ、もう、やめてよぉ……」

 

「なぁ、苦しいか? まぁ俺の方が8万倍苦しかったけどな。だからさっきも言ったが、だったらお前、もうそこから飛び降りちまえよ。あの文化祭の真実を俺が言い触らしたら、どうせお前にはこの先ろくな事がないぞ? クラスメイトから……いや、学校中からバカにされ蔑まれ、なんならいじめられちまうぞ? お前と仲良しの遥とゆっこにもいじめられるんだぞ? 死ぬよりも辛い毎日が待ってるんだぞ?」

 

「……いやぁぁあぁ……」

 

「だから今のうち飛び降りちまった方が楽だって。な、行けよ、ほら、行っちまえよ」

 

「やめてぇぇえぇ……」

 

 

 ってやべぇ、呑気に聞いてる場合じゃなかった。

 聞き慣れない自分の声と、本当に俺に模したナニカに対面するんだと思った気持ち悪さで、つい会話に耳を傾けてしまっていた。

 

 

 俺は壊れた南京錠が床に転がったままの扉に手をかけた。

 ぎぃと軋む音と共に開いた扉の先には、フェンスによじ登っている相模と、そして少し離れた場所でそんな相模を愉しそうに見つめる…………誰?

 

 あぶねぇ、偽物とはいえあくまでも俺だという認識でいたものだから、メガネを掛けたあまりのイケメンさんな俺の気持ち悪さに思考が飛び掛けちゃった!

 

「おいやめろ相模!」

 

「……え、比企……谷?」

 

 俺の姿を視界に収めた相模の目が大きく見開く。そりゃそうだ。今までイケメンの俺と話していたのに、違う方向から大してイケメンではない俺が現れたのだから。なにこのカオス。

 

「チッ……」

 

 そんなイケメンの方から、やれやれと溜め息を吐きながらの舌打ちが聞こえたのだが、俺は偽物には目もくれずに相模だけを見る。もちろん偽物は気になって仕方ないが、今は偽物にかまっている場合ではないからだ。

 

「え、なに……? どういうこと……? な、なんで比企谷が2人いんの……? ……てかそっちのイケメン誰!?」

 

 今までの5人とは違い、今回は偽物が目の前に居るのだから話は早い。さすがの相模でも、一瞬でアレは別人だと悟ってくれたようだ。

 

「……アレは単なる偽物だから気にすんな」

 

「た、単なる偽物とか意味分かんないし、そんな簡単に片付けちゃっていい問題じゃなくない!?」

 

 ですよねー。いくら別人だと理解したといったって、じゃあ偽物ってなによ!? ってことになるよね。

 

「確かにそりゃそうなんだが」

 

 しかし今はそれさえ些末な事である。それよりもまずしなくてはならないことがあるだろう、お前には。

 

「とりあえずそれはそれだ。まずはそこから下りろ。危ねぇだろが」

 

 そう。まずはそこから、フェンスから下りるのが先だ。こう風が強いと、どんな不測の事態が起きないとも限らないのだから。

 

「……あ……っ」

 

 幸いにも相模は本物の俺と偽物の俺を同時に見ることによって、今までと違い一瞬で我に返ることが出来た。

 ならば、今自分がフェンスによじ登ってしまっている現状も、自分の意志というよりは偽物にそそのかされた故の行動だとすぐに理解出来ただろう。だからこいつはすぐさまフェンスから下りてくる。……そう思ったいた。

 

「……」

 

 我に返ったはずなのに、なぜか未だに辛そうなこいつの顔を見るまでは。

 

「……おい、どうした。危ないから早く下りろ」

 

「……」

 

 しかし相模は下りない。奥歯を噛み締めたまま黙る彼女は、苦しそうに俯くばかり。

 

「……じゃああんたに、比企谷に聞くんだけど……」

 

 ようやく言葉を発した相模は俯いていた顔を上げ、メイクが落ちてしまった涙まみれの汚れた顔で俺を見据える。

 

「どうした」

 

「……あっちの人が言ってたのは、全部でたらめ……なの……?」

 

「あ?」

 

「文化祭で、うちが比企谷のおかげで救かったって話……。それなのに、うちは救けてくれたあんたの悪口を吹聴して回って……あんたを陥れたって話……。そんであんたが、すごく辛かったって話……」

 

「……っ」

 

 相模の口から出てきた言葉があまりにも予想外で、俺は思わず言葉を失う。こいつそんな危ない状況で急になに言い出してやがる。そんなのあとでいいだろう。

 

 しかしそんな事を考えている余裕さえないこの状況では、こいつの話に付き合うしかない。早く話を終わらせて、すぐにでも引きずり下ろさなくては。

 だから俺はすぐさま否定の言葉を返す……つもりだった。だが、なぜかその言葉がすぐには出てこない。

 偽物が言った戯れ言など単なる妄言なのだけれど、唯一ひとつだけ胸に引っ掛かってしまったから。

 

 ――確かにあのとき俺は辛いと思ったのだ。自分で考えて自分で選んで自分で実行したのだから後悔なんてない。だからその後の毎日のようなクラスメイトからの……学校中からのこれ見よがしの侮蔑の瞳も蔑みの悪評も、まるでなんでもない事のように振る舞った。

 ……けれど、あの辛さに実際に枕を濡らした夜もあったのだ。

 

「……バカ言ってんじゃねぇよ。なんで俺がお前なんかを救けてやる為に犠牲になってやんなきゃなんねぇんだよ。それはそこの偽物の戯言だ」

 

 ようやく絞りだした相模への返答。そんな返答に、相模は納得の表情で小さく頷く。

 

「そっ……か。……やっぱ、ホントなんだ」

 

「は? お前人の話聞いてたか? 今、俺否定しただろうが」

 

「……うん。でもさ、ちょっと間があった」

 

「アホか、間くらい出来るだろ。……俺は人と喋るのに慣れてねぇから緊張しちゃうんだよ」

 

 間が空いたくらいで怪しまれてたら、コミュ障のぼっちは世の中とても生きづらいっての。

 あ、すでに結構生きづらかったです。

 

「でも、ね」

 

 呟くようにそう言った相模は、今にも泣きだしそうな苦い微笑で言葉を紡ぐ。

 

「……普通あんだけ悪者にされたらこう言うよ。「確かにお前のせいで悪者にされて傷ついた」って。少なくともうちが思ってたような最低なヤツならさ。……でもあんたは違ったじゃん。こうやって救けにきてくれたし、うちのせいって一言も言わなかったもん。それってつまり比企谷はうちが思ってたヤツとは違うってことで、それはつまりうちの見方が間違ってたってことでしょ?」

 

「あ」

 

 ……まさか相模に俺の言質をそう取られるとは思わなかった。

 つまりあそこで肯定していた方が正解だったということなの、か……?

 

「それはあれだ。そうだよお前のせいだなんて言ったら、お前に飛び下りられちゃうかもしれんだろ」

 

「ぷっ、あはは、バカじゃん? ついさっき緊張しちゃって上手く喋れないとか言い訳してたくせに、今度はすぐさま答えてやんの。ホントあんたって嘘ばっか……。比企谷って、超ムカつくけど頭の回転は妙に早いもんね」

 

「……」

 

 ダメだ、完全に相模ごときのペースにされている。

 それもこれも、こいつが一体なにをしたいのかが分からないからだ。

 

「うち、最低……」

 

「っ!?」

 

 

『うち、最低……』

 

 この言葉はいつかの屋上での言葉とまったく同じ響きだった。その自己嫌悪の言葉は、ダメダメな自分を責める悔やみの言葉。

 それなのに、あの時と同じ言葉なのに、あの時と今では完全なる別物に感じてしまった。

 

 あの時の相模の言葉は、この場に一緒にいた葉山や遥ゆっこに「そんなことないよ」と言って欲しかっただけの、なんの中身もない空っぽの言葉だった。

 

 でも今聞こえた言葉には……その言葉が発せられたその表情には、そんな構ってちゃんの欺瞞の色は微塵も見えない。それは、心から自分自身に嫌悪する色。

 

「やっぱさ、うちはあんたの言う通り、最低辺の人間だよ。あの時からひとっつも成長してない最低辺のクズ……。このままじゃ多分あっちの人が言うように、うちはみんなから無視されて居ない子にされていじめられて、死んだ方がマシなくらいの辛い人生になっちゃう……。もう、ホントにここから飛び下りちゃった方が、ずっと楽なのかもね」

 

 

 ――ヤバい、あの目は本気だ。このままじゃ、あのバカ本当に飛び下りちまう。

 

 どうすればいいどうすればいいどうすればいいどうすればいい……!?

 マジで分からん。どんなに考えても、なにも答えが出てこない。

 

 ……だったら、考えてなにも出てこないんだったら……。仕方ない。考えるのはやめだ。思うがままに口を動かすのみ。

 

「本当に最低だな」

 

 そしてようやく俺の口を押し開いて出てきた言葉も、なんの因果か皮肉にもあの時とおんなじ言葉だった。

 

***

 

「……うん、うちってマジで最低」

 

 口を衝いて出た言葉を、相模はあたかも当然といった様子で肯定した。

 でもな、それは違うから。

 

「勘違いすんな」

 

「え」

 

 マジで勘違いも甚だしいわ。俺が言う最低とお前の言う最低は別物だ。

 

「お前は自分が最低だからと悔やんで飛び下りようとしているようだが、俺が言ってんのは、悔やんでんのにまたそうやって逃げ出そうとしてるお前が最低だと言ったんだ」

 

「え……」

 

「だってそうだろ? あの時は責任放り出して逃げた構ってちゃんだったから最低だったのに、それを悔やんでまた逃げるなんて、ただの最低の上塗りだ」

 

「……」

 

 正直これは危険すぎる賭けなのだろう。今にも飛び下りようとしている女の子をさらに追い詰めているのだから。

 しかしどっちにしろ飛び下りる気ならば、この賭けに勝つしかない。俺に尋常ならざる反発心を持つ相模南という女に、全額をベットして。

 

「ホントにしょーもねー人間だなお前は。まーたそうやって逃げんのかよ。どこまで逃げりゃ気が済むんだか」

 

「ぐっ……」

 

「なんなの? これで上手く死ねたら、今度は閻魔さんからも逃げ出すのか?」

 

「……さい……っ」

 

「これでマジで死んだらさぞかし笑い者だろうな。罪も悪評も全部人に押しつけといて、いざバレたからあの世に逃げ出しましたってか?」

 

「……るっさい……っ」

 

「俺が学校1の嫌われ者なら、お前は学校1の笑い者になるな。そりゃ最低のお前にはさぞかし本望だろうよ」

 

「うるさい! うるさいうるさい! うるっさぁぁい!!」

 

 怒りの形相でそう叫んだ相模は、…………フェンスから飛び下りた……。

 

 

 

 そして俺の口角は大きく歪む。なんとも悪者なツラになっているであろうくらい、上へ、上へと。

 ……ふぅ、どうやらこの賭けは俺の勝ちのようだ。全額引き戻してやったぜざまぁみろ。

 

「うるさい! じゃあ、じゃあうちはどうすればいいってのよ! こんなクズでどうしようもないうちは、一体どうすりゃいいのよ!?」

 

 相模はフェンスから飛び下りた。しかしそれは校舎の外ではない。

 ……命が繋がる、屋上の床へとだ。

 

「うちなんか生きてたって仕方ないじゃん……! あんな事があったのになんの反省も成長もしてない最低辺のうちなんて、この先どうせ……ろくな事があるわけない……っ!」

 

 本当に笑っちまうな。こいつどんだけ俺の事が嫌いなんだよ。さっきまで死ぬ気まんまんだったのに、なんだよその威勢の良さは。

 やー、嫌われてて良かったわぁ。

 

 

 だから俺はそんな相模に言ってやろう。偽物の口車に乗って、大きな勘違いをしている相模へと。

 

 

「なぁ相模、いつからお前はなんの反省も成長もしていないと錯覚していた?」

 

「……え?」

 

「ほんの微々たるもんではあるが、お前それなりに反省も成長もしてたろ。……体育祭の運営委員長やって」

 

「体育祭の、運営委員長……? うち、そんなのしたっけ……? あ、でもなんかそんなのもやったような……」

 

 やっぱりか。まぁそうだろうな。

 

「で、お前はあの体育祭で何をした? 「今度はちゃんとやろうって頑張ってるじゃない!」「反省だってしてたのに……だから次はちゃんとやろうって、だから……」とか言って、みっともなく泣き叫んでたよな、運営委員全員の前で」

 

「っ〜〜! ぐぎぎ……!」

 

 あ、どうやら今のは相模の黒歴史を思う存分に突いたようだ。これでもかってくらいに真っ赤に悶えていらっしゃる。

 

「まぁ今のだけ聞いてもとても成長したようには見えんが、問題はそのあとだろ。そんな醜態を見せたくせに、お前はそれでも逃げずに最後までやり通した。……あの相模がだぞ? あの下らない自尊心の塊だったあの相模が、あれだけの醜態をあんな大勢の前で晒したのに、それでも最後まで逃げずに委員長をやり通したんだぞ? すげーよ。大した成長だ」

 

 と、せっかくこんなに褒めてるのに、当の本人は苦しそうに悶えっぱなしである。

 他人に自分の黒歴史を語られるというこの地獄。さらなる成長の糧とするがよいぞ。

 

「……それにアレだ。そのプライドが邪魔をして絶対に近づかないようにしていたあの三浦にだって、お前は精一杯の笑顔を作って頭を下げた」

 

 序列2番目グループのプライドからか、こいつは三浦には決して近づかなかった。それはもう、三浦から近い教室の後ろ側の扉を避けて、わざわざ前の扉しか使わない徹底ぶり。

 そんなこいつが、お得意の卑屈な笑顔を抑えて三浦に頭を下げたのだ。大した成長じゃね?

 

 

 確かにほんの微々たる変化、ほんの微々たる成長かもしれない。

 しかし俺の持論は“人間なんてそう簡単に変わらない“、だ。そしてその考えは間違っていないと思う。多少変わったように見えたって、本質的なところではそう簡単に変われないのが人間だろう。

 

 それでも相模はあのとき確かに変わったのだ。それは本当にほんの僅かな、ほんの微々たる変化ではあるけれど。

 であるならば、人間簡単に変われないと偉そうに達観している俺の持論と照らし合わせて覗いてみれば、相模はあのとき確かに成長したのだ。

 

「だからお前はもう最低辺とは違うんじゃねぇの? そして変われたんだから、お前次第でこれからいくらでも成長くらいできんだろ。……死んで楽になれば最低も最低のお前だが、生きてれば最低ではない。どうだ? 生きてた方がちょっとお得だろ」

 

 悪役よろしくニヤリと笑ってやると、涙と鼻水まみれの相模がこくんと小さく頷いた。

 

「それにもうひとつ、勘違いすんなよ? 俺は文化祭でお前を救けた覚えはひとつもない。アレはお前を救ける為に無茶したわけじゃなく、ウチの部長さんの暴走気味の頑張りを無駄にしたくなかったから勝手にやっただけだから。お前が助かるとか周りから責められる責められないとか、そんなのひとっつも考えてなかったから」

 

「そうなの!?」

 

 そう。相模の為に犠牲になったのに恩を仇で返された! とか、それどこの妄想だよ。てか犠牲になったつもりなら見返りを求めるんじゃありませんとあれほど……。

 

「あとお前、仲の良かった遥とゆっこにもいじめられるとかって話だったが、そもそもお前あいつらとは元々たいして仲良くなんかないただのよっ友だった上に、すでに仲違いしてんじゃねーか」

 

「……あ! だ、だよね……うち遥とゆっこと仲良く無かった! ……てか、なんでうち体育祭運営委員長の事もゆっこ達の事も忘れちゃってたんだろ……? あ、あっちの人も、そんなこと一言も言ってなかったし……」

 

「あー、そりゃアレだ。そこの偽物はそのこと知らなかったんだろ」

 

「そうなの……? だ、だってうちとあんた、運営委員で毎日顔合わせてたじゃん……」

 

「……い、いやまぁ多分、色々あんだろ……なんか、裏事情的なやつが」

 

 だって体育祭って運営委員会のシーンはアニメ化されてないからね! 言わせんな恥ずかしい。

 てか偽物って、相模と遥ゆっこが同じクラスの取り巻きだと勘違いしてる節さえあるよね。各クラス男女1名ずつの召集なのに、委員会に同じクラスの女子が3人居るわけねーだろ。

 

「ま、まぁアレだ。とりあえずそれは置いといてだな……。死ぬのやめたんだから、もうとっとと帰れ」

 

「……え」

 

「さっきからあちらさんが暇そうにお待ちかねのご様子なんだよ」

 

 なんなら小指で耳をかきながら寝ちゃいそうまである。

 こっちはこっちであいつには都合の悪い話をしてたからなぁ。知らないから聞きたくないであろう体育祭とか遥とゆっこのお話とか。

 

「で、でも……」

 

「んだよ」

 

「なんかよく分かんないんだけど……大丈夫、なの? 比企谷は」

 

 相模は不安そうな顔で、ちらりと偽物を横目で見る。

 なんだよ俺、相模なんかに心配されちゃうのかよ。

 

「大丈夫かどうかで言ったら、お前がこのままここに居る方が大丈夫じゃない。てか邪魔でしかない」

 

 あいつのあの様子を見る限り、多分直接相模に手をかけたりはしないのだろう。

 雪ノ下達同様、制裁という名の精神攻撃で相手を追い詰めて冷静さを失わせて、罪の意識を煽るのが目的か。

 

 そして葉山をあそこに配置しておいた意味は多分――

 

 

『お前さえいなければこんな事にはならなかったんだぁぁァ! ああ、俺はなんてことを……!』

 

 

 相模を追い詰めて死なせたのは葉山だという筋書きでも用意しておいたのだろう。飛び下りたあとの相模の無惨な姿を見せて心をズタズタにして制裁完了ってか。

 ひでぇな。なんなの? 葉山に親兄弟でも殺された恨みでもあんの?

 

 だからもう相模がここに居たところで別に危険性は無いとは思うが、逆に居てもなんにもならないし邪魔なだけってのは本当のこと。

 

「……分かった。うちもう行く」

 

「おう」

 

 もう一度不安げに偽物と俺の様子を窺ってから、真っ青な顔と震える足を引きずって、とぼとぼと屋上から去ろうとする相模。

 ……あ〜、ったく、しゃあねぇなぁ。

 

「……あー、アレだ、さすがにこの事態でまだ混乱してんだろうし、もしまだ不安とかなら奉仕部に行け。雪ノ下と由比ヶ浜もこの事態を知ってるし、いくらあいつらが嫌いでも、1人で居るよりはよっぽど安心すんだろ」

 

「比企、谷……!」

 

「それにたぶん葉山も居るだろうから優しくしてくれんじゃねぇの? 知らんけど」

 

「……うん! ありがとう。そうする」

 

 すると相模は蒼白になっていた顔にほんの少しの彩を加えて、なんと俺にぺこりと頭を下げたのだ。あの相模が、だ。

 

「……あの、うちの為じゃなかったって言うけど、でも文化祭後にうちの責任を追及してうちに悪意を向かせようと思えばいくらでも出来たはずなのに、でもそれをしなかったのもやっぱり比企谷だから……っ」

 

「うっせ、早く行け」

 

「うん……気を、つけて」

 

 ばたんと閉まる屋上の扉。

 

 ……ったく、なんだこれ、調子狂うだろ。

 いくらこのトンデモ状況とはいえ、あの相模が俺に頭を下げるなんて明日大雪になっちゃう。

 

 

「……あー、やっと終わったのん? なげーよ。なんかなに言ってんのかよく分かんなかったし、危うく寝ちゃうとこだったわ」

 

 そんな、相模のほんのちょっとのさらなる変化を目の当たりにして、知らず知らずニヤリと口角が上がっていた時だった。とても不快な声が、ついに初めて俺に向けられたのは。

 

「やれやれ、なーんで邪魔しちゃうかねー。あとちょっとでせっかく片付いたのに」

 

 ……なんという不快感だろうか。

 確かに俺とはまったくの別人といっても差し支えない程の顔立ちだというのに、それでも間違いなくこいつは俺の、比企谷八幡のつもりで喋っているのだ。

 

 

 

 俺はこいつがなんなのか知っている。気が付いている。

 しかし、分かってはいてもまずは聞かなければならない。お前は一体何者だと。

 

「……なんなんだお前」

 

 

 すると偽物は答える。待ってましたとばかりに薄く微笑み、両手を広げて胸を張り。

 

 

「はじめましてだな、比企谷八幡。俺は比企谷八幡………………俺はお前で、お前は俺だ」

 

「……」

 

 

 

 ――ちげぇから、こっち見んなよHACHIMAN。

 

 

 




こうしてHACHIMAN被害者最後の1人はまさかの相模となりましたが、別に奇をてらったわけではありません
実は私がこの作品を書く最後の決定打となったのが、この『相模の自殺』だったからです

元々アンチヘイトは無視してた私ですが、楽しんで読んでいた作品の感想に例の如くアンチコメ、アンチ誘導コメが書かれるようになって多少モヤッとした為、じゃあ今まで無視していたアンチヘイトがどんなものかをちゃんと見て知ってから、ナニカをしてやろうと思い立ちました。

で、たまたま見たアンチヘイト作品で取り上げられていたのが相模を自殺させるという下らないモノだったんです

まぁ別に相模には嫌われる理由は山ほどあるし、特にアニメしか観てない層にはどうしようもない嫌われキャラでしかないため、嫌いなら嫌いでいいんですよ
でもどんなに嫌いだからって原作キャラを勝手に自殺させたりはないだろう…と

で、さすがにこれはいくらアンチ好きな読者でも批判があるだろうと感想欄を見てみたら…………まぁ、あれですよ。草が生えてたわけです

「ざまぁw」「制裁w!」「もっと苦しめてからの方が良かったんじゃないw」

的な…


ああ、これはもうこの人達駄目だなと思いました
(ちなみに自分で批判の感想送ったら作者さんに「エンターテイメントですからw」と言われましたね)

エンターテイメントで自殺させて歓ぶアナタ達が、エンターテイメントとしてギャグシーンで殴ってる平塚先生や、まだまだ高校生でしかない由比ヶ浜のちょっとした過ちを責めて『常識』を語んなよ…と

そんなわけでこの作品を書く事にしましたし、最後の被害者も相模に設定したわけであります



そんなこの作品も次回で終了です
更新は来月となってしまいますが、よろしければ最後までどうぞ



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