第六戦隊と!   作:SEALs

52 / 83
お待たせしました。
某ミリタリー雑誌で古鷹型・青葉型特集を入手して嬉々するSEALsです。その際は某空の魔王・ルーデル閣下の勢いで喜びました。別世界の閣下も同じことして買いに行ったと想像もしています。
また第八艦隊、三川艦隊旗艦を務めていた鳥海が発見されたことに感涙もしています。これからもまた見つかることを願います。

今回の秋刀魚イベント、鰯も採れるという不思議なものですね。
今年は秋刀魚の不漁ではありますが、ぼちぼち秋刀魚集めに頑張っています。もちろん鰯もですが。

良いニュースとイベント話はさておき、予告通りに浅羽たちに襲い掛かる新たな危機、ボス戦に突入します。

果たしてどんなボスかは本編を読んでからのお楽しみです。
前回に引き続き、若干ホラー描写が含まれています。

それでは本編開始です。どうぞ。


第51話:The wicked《邪悪なる者》

「あの世でコミンテル連中どもに、レーニン勲章を貰うが良い」

 

浅羽は、燃え尽きて廃車と化したワゴン車に向かって言った。

彼が言うコミンテルンとは、別名『共産主義インターナショナル』。

1919年にソ連に創設され、1943年まで存在した各国共産主義政党の国際組織という恐るべき思想に伴い、世界革命のためにどんな手段を厭わない悪魔のような組織であり、この組織を設立した者がレーニンである。その後継者ヨシフ・スターリンは、世界革命などを実現させるために計画を立て、その名を受けたソ連のスパイ――リヒャルト・ゾルゲや尾崎秀実らの暗躍させ、軍や政府、あらゆる組織内部などに潜り込んだコミンテルの謀略にまんまと乗せられた日本は第二次世界大戦に巻き込まれ、あの敗戦を迎えたのは言うまでもない。

今はなき組織であるものの、戦後の日本を影から支配し続け、冷戦時代でも勢力を伸ばし、さらに中国・毛沢東を神として崇める第四インターナショナルが受け継ぎ、来たるべき第三次世界大戦を勃発させた同時に、世界革命を狙おうと企てていた。

 

だが、幸いなことにネットの復旧と、米陸軍情報部が秘密裡に傍受し解読した記録――のちにアメリカ国家安全保障局(NSA)が、イギリスの情報機関と協力して行ったソ連と米国内に多数存在したソ連のスパイとの間で有線電信により交信された多数の暗号電文を解読した極秘文書――ヴェノナ文書の公開及び、研究所の発表、そして日本国内にいる愛国者たちが和訳した書物などで真実が明らかになり始めた。

予想外の展開に伴い、策士策に溺れたコミンテルン(インターナショナル)の謀略は衰え始め、サイバー戦で巻返しを図るが、さらに追い打ちをかけるように中国を筆頭とした第四インターナショナルは深海棲艦出現と内戦により滅び、日米を含むあらゆる諸外国にいた共産主義組織などもまた追い詰められた。

 

だからこそ、コミンテルンに洗脳されたデュープスに慈悲すら掛けるのは地獄すら生温い。寧ろ相応しい最期。せいぜい死に際を見届けただけマシなもの。まだ人としての優しさと道徳心があるだけでも感謝するがいい――と囁いた浅羽は周囲を警戒しつつ、胸ポケットから煙草を取り出し、今の状況を忘れるかのように、煙草の味を堪能した。

戦場では呑気に吸うことは出来ないが、今ならば神様も許して下さるだろうと、自身にそう言い聞かせた。

 

時々、ちらっと視線を移し、負傷したスミスたちの手当てを行なっていた阿賀野と酒匂を見守る。

因みに酒匂は医療キットを使い、軽い火傷も完治した。

――しかしこの医療キットは、どんな傷でも一瞬にして完治するほど優れた代物だが、阿賀野たちが扱う高速修復材のような原理をしているかは分かり兼ねないな。と浅羽は首を傾げた。

 

また幸いにも彼らも軽傷だったため、応急手当てが済んだ後――さぁ、今すぐ全員武器をとれ!と闘志を燃やしながら、短銃身と静粛・高威力の.300BLK弾の使用に特化した特殊作戦向けライフルとしてシグザウエル社が開発したMCX突撃銃を携えた。

緊急救援部隊である彼らは、装備も現地の警備隊よりも強力だった。対人戦で威力を発揮し、しかも40mmグレネード弾を連発出来る回転式弾倉を持つダネルMGL、FFV AT-4携行対戦車無反動砲を市街地戦用に改良、運用柔軟性が大幅に向上、より装甲貫通能力を有したAT4CS HPといった重火器も兼ね備え、まさに鬼に金棒。虎に翼と言っても良いだろう。

結果オーライ。無事に酒匂を救助し、新たな心強い仲間も加わったな、と呟いた最中。

 

「来たな」

 

浅羽の言葉で、能代たちの駆けつける姿が見えた。

休憩終了。彼は最後に吸っていた煙草を一吸いしてから、まだ火の点いたそれを携帯灰皿にしまい込む。

映画やゲームの主人公たちがかっこいい素振りとしてよくやる行為――投げ捨て、煙草のポイ捨てはしない。マナー違反だし、放火や不法投棄などになり兼ねない。だからこそ喫煙者として、きちんとマナーを守るこそが大切だと心がけている。

 

『提督、酒匂は!?』

 

辿り着いた能代と矢矧が訊ねた。

 

「大丈夫だ。ふたりとも」

 

と答えた。彼の言葉を聞いたふたりは、ホッと胸を撫で下ろした。

ふたりが来たことに気づいた酒匂は、嬉しさのあまりトテトテと走りながら、そのままボフリと能代と矢矧へと飛び込びこみ、その両腕を回して抱きしめた。

 

「能代お姉ちゃん、矢矧ちゃん!」

 

「酒匂!良かった。無事で!」

 

「良かった、酒匂!」

 

嬉しそうに、ギュッと強く甘える子どものように抱きしめる酒匂。

彼女が無事であることに、ふたりも喜々した。

 

「うん!大丈夫だよ。それにね、酒匂……人生に大切なこと、勇気と誰もがみんなヒーローになれることを学んだよ!」

 

酒匂の言葉に、ふたりは驚いた。

一体、どういう事かしら?と顔を見合わせ、その事情を知っている浅羽たちに訊ねると、口を揃えて『話せば長くなる』と答えた。

そうか。あとでゆっくり聞かないとね、と能代と矢矧は頷き、そのフサフサとした海鼠色の髪を撫でるのだった。

彼女たちの様子を見たスミス及び、周囲を警戒する軍曹率いる警備隊も、姉妹愛は良いな、と頷いたのだった。

 

「慎太郎さん。酒匂も無事に救出出来たから、そろそろ移動しましょう」

 

「そうだな……阿賀野の言うとおり、取り敢えず早くここから離れて、元帥や提督たちを見つけないと――」

 

そう言っていたときである。

 

「ハッピーエンドで終わらせるか、このお馬鹿さあああんーーー!!!」

 

奇声に近い絶叫。

齧歯類を捕らえようと、凄まじいスピードで突入する猛禽類の如く、襲い掛かってきたペストマスクの怪人ことアナストリー。

彼女の手には傘、その先端部には相手を刺突するための鋭利な針が仕込んである暗器の一種――仕込み傘を持っていた。

史実でも1970年代の冷戦時代、共産党政権化のブルガリアから西側に亡命したウラジミール・コストフと、ゲオルギー・マルコフが東側工作員――一説ではKGB、またはブルガリア秘密警察(STB)に狙われ、前者は奇跡的に生き延び、後者は死亡するという暗殺事件の際に使われたことがある。その際に使用されたものは、リシンが封入された約1mmの白金-イリジウム合金の銃弾を傘に偽装した空気銃である。

 

「今までは犬猫を虐待相手に飽きてしまったのに、ようやく艦娘を新しい遊び相手を手に入れたのに奪った報いと、この世界一可憐で素敵なアナストリー様に殺されること光栄に思いなさい!服を着た哀れな雄豚さーーーん!!!」

 

あと少しで刺殺出来る距離になる。

ニタニタと性癖も丸出しに下卑た感情を込めた叫びを露わに、全て勝ち誇っていたアナストリーは確信していたのだった。

しかし、驕りに満ちた彼女を阻止するかのように今にでも右頰を殴り抜く勢い、ヘビー級チャンピオンのプロボクサー並みの威力がある鉄拳が襲来してきた。

 

「ガボォォォ!?」

 

恐るべき一撃とも言える渾身のラッシュ。

この直撃を受けたアナストリーは、情けない悲鳴を挙げながら殴り飛ばされた。

 

「……可愛い酒匂を誘拐しただけでなく、阿賀野の大大大〜好きな慎太郎さんの悪口を言っちゃう悪い子さんはあ〜な〜た〜ねぇ〜?」

 

満面の笑みを浮かべた阿賀野。

先ほどのラッシュは彼女であり、その握り拳からは煙が立っていた。浅羽曰く『笑顔でお説教が1番怖い』ほど、ニコニコと満面の笑み状態の阿賀野は激怒しているのだった。

 

「ご、ごめんなさい……もう降参もするし、いろいろやった事も含めて、全て私が悪かったわっ!だから謝るから許して……ね、ね!」

 

殴られ倒されたアナストリーは起き上がるといなや、仕込み傘をさっさと投げ捨て、自分はもう戦う意思はない、許してくれ!と、両手を上げて許しを乞おうとした。

 

「……なるほど。使い捨てのぼろ雑巾の考えることだな。油断させておいて何かを企てる手口を考えているのだろう」

 

浅羽の声、静かな怒りを込めた声が響いた。

 

「そ、そんなことないよ。それに……もう戦う力も無いんだよ。そんな可憐な私に……と、トドメを刺したりなんか……」

 

「刺しちゃうよ」

 

側にいた阿賀野が言うと、繋ぐように浅羽が言った。

 

「ああ。人の道を外した者が傷つけられたとしても当然の報いだ。

俺たちは普通の人たちと同じように家族を、友を、平和を愛することを忘れない。それら全てを忘れた挙げ句、非道に走り、見境なく虐殺を謳歌するサイコパス野郎が傷ついたのは報い、つまり巡った因果の応報だ」

 

「それに、あなたは酒匂を傷つけたよね?何も罪のない酒匂を……だから絶対に許さないのは当然だよね〜?」

 

ふたりの言葉にアナストリーは、ヒィッと情けない声を出しながら逃げ出そうとしだが、恐怖のあまり一歩も動くことが出来なかった。

 

「阿賀野……酒匂に悪影響が及ばないように鉄槌を下そうな」

 

「うん。分かっているよ、慎太郎さん。さて……悪い子さんには、慎太郎さんと阿賀野からのキツ〜い お し お き タ イ ム だ よ ♪」

 

透き通るような綺麗な笑顔で、浅羽と阿賀野はそう宣言した。

双眸を落とし、当然と言えば当然の報いねと後ろにいた能代たちがそう頭の隅で呟いた瞬間。

 

「ママ……ママ……ママ……」

 

主人を守るように、目の前にゆっくりとテクテクと歩き、姿を現したあの不気味なフランス人形。

攫われたあの恐怖が忘れられない酒匂は、矢矧の背後に回り、制服の裾をギュッと握りしめ、顔の半分だけ出して隠れながら様子を見た。

主人を見逃がす代わりに、私を破壊してくださいか、馬鹿馬鹿しい。躊躇することなく浅羽は、SPAS-12を向けて発砲しようとしたが――

 

「今よ、マリーちゃんーーー!」

 

奇声を上げるアナストリー。

すると突然、不気味なフランス人形――マリーの両腕が肥大化した。人ほどサイズの大きさとなった直後、浅羽と阿賀野を殴り飛ばそうと長い両腕が襲い掛かった。

不味い!このままじゃ殴り飛ばされることを察知したふたりは、咄嗟に両腕を交わして身を構え、敵のパンチの衝撃を緩和しつつ、何とかその攻撃を防いだ。

 

「……なんだ、今のは?」

 

浅羽を含め、その場にいた者たちはみんな分からずじまいだった。

 

「さぁ……私たちに刃向かったこと後悔しなさい、腐れドブネズミども!」

 

ペストマスクを脱ぎ捨て、高らかに叫ぶアナストリー。

素顔を見せた彼女は、ロシアの雪よりも白い肌、両眼はカスピ海を模倣したかのような蒼眼、そして白い肌と同じようにシルクに似た柔らかさを持ち、煌めく銀髪を兼ね備えた美女だった。

全てを勝ち誇った確信、狂気の笑みと叫びを孕んだロシアの美女の声に反応した不気味な人形マリーは、4メートル近い筋骨隆々の巨体に変貌し始めた。直後――マリーの背中から食虫植物が持つような触手が姿を現すと、その先端から蜘蛛の糸に似た粘膜を吐き出し、アナストリーを取り込む形で融合し始めた。

すると、人形の頭部からはアナストリーの上半身が姿を現れ、同時に彼女の細い両腕は水母棲姫などに似た腕に変形した。

自身の巨体を支え切れないのか、マリーは人形的な動きを止め、地面を這い回るトカゲを連想させるような四つん這いの体勢に移る。と、横腹を突き破るように複数の腕が現れ、ムカデのような節足動物が持つ独特な外骨格に変貌していく。

 

「なんだ。あれは……」

 

唖然とする浅羽を嘲笑うかのように、融合を終えた彼女たち。

その姿はさながら姫・鬼・水鬼級が持つ深海艤装に似ているものの、今まで見てきたボスたちとは全く持って別物に思えた。

上半身は美女、下半身は非常に歪で醜悪な姿を持つ異形の人形という異世界から呼び寄せた魔物と言っても良いだろう。

 

「……さぁ、始めましょうか!」

 

アナストリーは、勝負はまだ一回の表よ!という勢いを込めて宣言した。

 

 

「……まったく、泣けるぜ」

 

勘弁してくれよ、神様。昔何気なく観たあの殺人人形映画よりはマシだが、それでも俺はホラー人形が嫌いなんだ。そう空しく心の中で呟いても戦闘体勢を構える異形の人形は居なくなることはない。

 

「だから、人形は嫌いなんだ!」

 

某映画のミイラ嫌いな主人公の如く叫んだ浅羽は、SPAS-12を撃ち始めた。いま撃ち出した弾はMPS/対軽装甲車輌用徹甲弾。

SPAS-12を含め現代の散弾銃は装甲車に対しても有効な武器であり、同種の弾であるタングステン・カーバイドの装弾筒付徹甲弾と言う戦車砲に使われる砲弾と同じ原理を利用している弾薬を使用すれば、装甲兵員輸送車(APC)の側面装甲板のような薄い装甲板を貫通する能力を持つ。

 

彼に続くように、阿賀野たちも一斉に撃ち始めた。

拳銃弾からライフル弾、40mmグレネード弾を撃ち続ける。

オーバーキルとも言わせる勢い及び、威力を兼ね備えた銃弾の豪雨。自分たちの視界すら遮るほどのマズルフラッシュ、イヤマフすら壊すほどの銃声が鳴り響く。

 

「そんな豆鉄砲が通じると思ってんのかーーー!」

 

カスピ海のような蒼い瞳から、黄色に光る禍々しい瞳を変貌し、高らかに叫んだアナストリーは、両腕を伸ばして襲い掛かった。

その伸縮可能な腕を、獲物を甚振る長い鞭のように振り回し、浅羽の側にいた阿賀野たちを簡単に跳ね除けた。

 

「邪魔な豚どももゴミ箱に捨てないとねーーー!」

 

彼女の下にある顔、マリーは耳まで裂けた口を開くと、そのなかからはカエルやカメレオンに似た異様に伸びた舌が露出した。

人肌の温度並みに生温かい粘着質のある唾液を纏う舌を伸ばし、軍曹率いる警備隊及び、スミスたちの身体に巻きつけて捕らえた。

彼ら全員を捕らえるもそれに対して嬉々することなく、つまらないわね、と不毛の込めた表情を浮かべたアナストリー。彼女に応えるように、マリーはまるでゴミを投げ捨てるように地面に投げ飛ばした。

投げ飛ばされた彼らは、彼女の宣言どおりに地面やゴミ箱に叩きつけられ、負傷及び、脳震盪を起こし行動不能に陥った。

 

「そして、最後は哀れに抵抗する海軍服を着た醜い雄豚ーーー!」

 

阿賀野たち全員が行動不能、何か策はあるか?と窮地に追い込まれた浅羽は、自身の足元に落ちていたAT4CS HPをすぐさま拾った。

気絶した阿賀野たち、負傷したスミスたちを巻き込まないように移動し、上手く敵の攻撃を躱した彼はAT4CSの安全装置解除、サイトを覗き見、息を整えて落ち着きをはらい、赤い発射装置を押した。

直後、バンッ!と鼓膜の奥まで響かせる発射音。発射口から紅蓮の炎に混じった白煙を靡かせ、飛翔するHP成形炸薬弾は標的に向かって突き進んだ。

 

「ふんっ!」

 

しかし、アナストリーは素手で蝿を叩き落とすように、いとも容易くHP成形炸薬弾をバシッと軽く弾き返した。

弾き返された炸薬弾は、近くの建築物に命中し爆発したのだった。

くそっ!と吐いた浅羽は、空になったAT4CSを放り投げ、近くに落ちていた予備のものに手を伸ばそうとしたが――

 

「ゴァアアアアアア!!」

 

彼女は特撮映画に登場する怪獣・怪人たちをも思わせる独特な奇声を発しながら、長い両腕で彼の首を掴み、自身の元まで引き寄せた。

浅羽にとって最悪なことは、全ての武器を落としてしまい、残る武器はナイフのみという最悪の展開だった。

 

「正義の主人公が勝つというのは、いまや映画の中だけよ?」

 

悪人面に伴い、獲物を甚振る歓びを含めた表情を見せながら皮肉な台詞を吐いたアナストリー。

 

「……だから、じわじわと首を絞め付けながら殺してあ・げ・る♪ 大好きなお嫁さんや義妹さんたちなどに見送られながら死ねるなんて良い光景だし、一生消えない傷まで出来て最高のエンドじゃない。

もしも彼女たちがPTSDになったら、私が死ぬまで世話をしてあげるから。もちろん、じっくりと洗脳して私好みのペットにね。

それじゃ……私に感謝とともに、哀れなお嫁さんを守れなかった己の不幸さと弱さを呪いながら死になさい。それと最期に言い残すことがあったら聞くわよ。ただし5秒間だけしか覚えられないけどね」

 

「ふふふ」

 

「あら。死に際におかしくなったのかしら?」

 

「そうだな……それだけの時間があればお前を倒すのに充分だ。だから……俺の代わりに地獄に落ちな、哀れなおブス」

 

「貴様ーーー!」

 

女性にとってこれまでにない侮辱。怒りに満ちた表情を露わにした瞬間、彼女の口の中からギョロッとした大きな眼が飛び出した。

じわじわと両腕に力を加えて、浅羽の首を絞め始めた時――

 

「もう遅い」

 

ニヤッと笑みを浮かべた浅羽が言葉を発し、クイッと横顔を見せた。

彼の行動に理解出来なかったアナストリーも同じように視線を移した時、やがて何かが動いているのが微かに見えた。

同時に、僅かに出来たその隙を見逃さず浅羽はナイフを取り出し、彼女の口の中で蠢めく大目玉に思いっきり突き刺した。

 

「ブアアアアアアーーー!」

 

堪え難い激痛のあまり、アナストリーは両手で傷口を押さえる。

一難去ってまた一難という言葉を表すように、加えて横からやって来た謎の第三者による体当たり攻撃を受けて吹き飛ばされた挙げ句、横転しながら近くにある小さな家に突っ込み、その衝突を受けて崩壊した家の下敷きとなったのだった。

首絞め攻撃から解放された浅羽は、介入して来た第三者の上に着地してことを得た。

 

「まさか、また戦車に助けられるとは……」

 

彼がいま腰を下ろしている場所、第三者の上とは戦車の砲塔部。

警備隊が保有する戦車のひとつ、前世代であるものの、今でも最新鋭ネットワーク及び、複合装甲、搭乗員保護のために砲塔上にはM153 CROWS II RWS (遠隔操作式機銃)の搭載、装填手用機銃へのシールド設置されるなどを含めた市街地戦装備と近代化改装を施し、T-600《タイタン》にも負けない無敵の強さを誇る米軍主力戦車M1A2 SEPV3《エイブラムス》。

 

「同志たちを甘く見たりするからこうなるんだ。それに戦場でのお喋りは悪党の好きなこととは聞くが僕には理解出来ないな」

 

その側から開いた最上部ハッチから姿を現した人物が呟いた。

 

「郡司。助かったのは良いが、危うくこっちも巻き込まれるところ、おまけに尻まで打ちまったぜ。いてて」

 

「すまないな、同志浅羽。だが、防衛に過剰なんて出来ないものだよ」

 

「それに無線機で合図したから良いだろう? あとさっきの台詞は中々のものだったぜ。まぁ、怪物相手ならば多少はな」

 

郡司の側にある機銃手ハッチから顔を出した木曾が言った。

先ほど浅羽の携帯無線機には郡司たちの通信が入り、その際に必要な時間稼ぎであり、敵に体当たり攻撃をするための合図でもあった。

嬉しい誤算として、アナストリーの急所でもある大目玉に攻撃するのは隙も出来たのは予想外であったが。

 

「よし。奴も瓦礫の下でお陀仏だから、俺たちも……」

 

「ブアアアアアアーーー!」

 

ゾンビのごとく、瓦礫の中から這い上がるアナストリー。

顔や身体には所々剥げ落ちて赤黒い肉がむき出しになり、負傷はしているものの、咆哮しながら、憎悪に支配された禍々しい瞳で浅羽たちを睨みながら勢いをつけて迫ってきた。

 

「面白い。俺たちと張り合う気だな!」

 

「そうだな。本当の力を見せてやる!」

 

「それじゃ、今度こそ終わらせるぞ!」

 

止めを刺すため、浅羽も加え車内に入り――車長は郡司、操縦手は木曾、そして浅羽が砲手を担当するために配置につく。

エンジンを掛けっぱなしだったため、行動は容易かった。M1A2のエンジン音が最高潮に達し、スピードに伴い、咆哮をあげながらアナストリーに突進攻撃を敢行する。

 

「貴様らなんて鈍間な亀に過ぎないわーーー!」

 

手ごたえを感じたが、彼女もただでは喰らわせまいと、ガシッと両腕で真正面から抑え込み、浅羽たちの乗る戦車をひっくり返そうと、暴君怪物の特有であるその規格外のパワーを見せつけた。

 

「同志浅羽、頼むぞ!」

 

「俺たちが張り合っている間に決めてくれ!」

 

「ふたりとも、俺にまかせな!」

 

浅羽は滑空砲のスコープを覗き見、砲塔を旋回しつつ、抵抗する怪物アナストリーに照準を合わせる。照準とともに、主砲に砲弾装填完了という合図が送られ、弱点である頭部に向けて撃ち放った。

だが、悪運強く彼女はその砲撃を躱し、直撃を避けたのだった。

 

「おいおい、遠慮するな。逃げることはないぞ」

 

浅羽が茶化すも砲塔を動かしながら照準を合わせるも、120mm滑空砲の仕組みを瞬時に理解したのか、砲塔から身をそらすことで砲撃を回避しようとするアナストリー。

 

「馬鹿がっ!貴様ら博愛主義の豚どものおもてなしなぞ誰が受けるか。ここで貴様らの戦車を哀れな亀みたいにひっくり返し、最期にガソリンをぶち撒けて焼き殺し、そして焼き豚にして野良犬どもの餌にしてやる!」

 

憤慨のために増した最大限とも言える火事場の馬鹿力で、戦車をひっくり返そうと試みたが、なぜか彼女の恐るべき怪力が緩み始めた。

 

「ブアアアアアアーーー!」

 

アナストリーは、この世のものとは思えない絶叫を上げた。

その背後から白煙が、次第に身体中を駆け巡る靄に包まれ、ついには身動きひとつ取れなくなった彼女は氷の標本と成り果てたのだった。

 

「いったい、誰が……?」

 

浅羽が首を傾げた時。

 

《慎太郎さん、今だよ!動けない内に撃って!》

 

「阿賀野か。ありがたい!」

 

イヤマフ越しから聞こえた阿賀野の声。

スコープで確認するとダネルMGLを携えた彼女の姿が見えた。

気絶から眼を覚ました阿賀野が敵に撃ったのは榴弾ではなく、冷凍弾――着弾と同時に極低温の液体窒素を散布し、周囲にいる敵を凍らせることが出来る特殊弾薬。この弾薬を使い、アナストリーの動きを封じさせたのだ。

 

「阿賀野……さすが、俺の最高の嫁だよ!」

 

浅羽は叫んだ。と同時に、ペリスコープを再び覗いて氷漬けと化したアナストリーに照準を合わせた。

 

「悪く思うなよ!」

 

台詞とともに、シャコンッと車内に響いた自動装填装置が作動、装甲貫通力を誇るM829装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)装填完了!を知らせる音。が鳴り響いた時、彼は躊躇せず引き金を引いた。

再発射。バンッ!と空気摩擦を切る耳を聾する砲声、戦車を激しく揺らす衝撃、願いを込めた一撃のAPFSDSが咆哮を上げて飛び出し、氷漬けのアナストリーの顔に命中し吹き飛ばした。

最中、粉々に砕けた脳漿や肉片、人骨が混じったシャーベット状のものが地面に散乱した。

跡形もなく怪物の顔は木っ端微塵に破壊され、司令塔でもある彼女を失い力尽きた怪物は、最大限にエンジン出力を上げたM1A2に押し返された挙げ句――下敷きにされ、凍り付いた身体は戦車の重力及び、履帯には耐え切れず、グシャッと不快な音を鳴らしながら脆くも砕け散ったのだった。

 

「やったな。同志」

 

「……ああ。一時はどうなるかと思ったぜ」

 

浅場の方へ振り向いた郡司は他愛なく笑い、木曾はやれやれと言いながらも静かに微笑した。

 

「ふたりと、阿賀野……みんながいたおかげさ」

 

ボスとの戦いが終わり、もうなんと自分に言って良いのか分からなくなったほど嬉しくなった。

 

《慎太郎さん!阿賀野もみんな無事だよ〜!》

 

「早く行った方がいいんじゃないかな、同志?」

 

「そうだな。俺たちが見張っているから行きな。行って安心させてやれ」

 

ふたりに言われ、浅羽は戦車から降りて走り出した。

阿賀野もまた走り出す彼を受け止めるように抱きしめて囁いた。

阿賀野たちの愛が勝利したよ…そう言って微笑む彼女を浅羽は両腕を首に回して力いっぱい抱き締める。

能代たちからは、また砂糖を撒き散らしていると思われるが、普段の心得だから慣れているものだ。郡司たちと武器弾薬などを取り揃えて行くまでは暫くはこうしたい。と思いながら抱き締めるのであった。




無事にボスも倒し、ハリウッド映画みたいに締めくくりました。
もはや、バイオシリーズなどのボスに近いものになりましたが、郡司たちの戦車も加わり、架空弾を使用して見事に倒す描写などにも苦戦しましたが、なんとか纏まりました。
余談ですが後にアナストリーの犠牲が、オリンピア軍の新たな戦力になるきっかけになりますのでしばしお待ちを。

アナストリーは怪物ですが、田中光二先生作品『夜襲機動部隊出撃!』で異形の怪物たちの巣窟と化したガダルカナル島に登場する怪物に比べたら、まだ弱い方かなと思います。
なお後味の悪い映画として有名な某『ミスト』のように、深い霧に包まてそこから島からウジャウジャ出てきますから異形の者、邪悪なる怪物相手に日米両軍が苦戦します。最後の手段は致し方ないとはいえ、登場する多くの怪物が人を喰らう肉食ですから放っておけば世界が怪物の巣窟になり兼ねないという洒落にならないものでしたから。

では、長話はさておき……
次回は再び提督視点に移ります。
ひとりで市街地を探索しながら、地上戦を有利にしつつ、空を掛ける戦いへ……になるかなと思います。
果たしてどんな展開になるかは、次回のお楽しみに。

では、第52話まで…… До свидания(響ふうに)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。