第六戦隊と!   作:SEALs

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お待たせしました。
イベントなどで、執筆が遅れて申し訳ありませんでした。
今回も貰えませんでしたが、ランカー報酬でアレが出たのですから。米重巡実装ということは、次の秋イベントはガダルカナル島でしょうかね。因縁ある戦いになりそうかなと思いますね。
まだ先ですが、ケリをつけにいければ良いですがね。

前回に引き続き、嬉しいことにUA2万突破しました。
これも皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。
これからも面白い展開がありますので、御楽しみくださいませ。

では、今回はようやく予告通りに酒匂ちゃんが主役です。
また彼女なりの小さな勇気を見せます。
誰かを守りたい勇気、誰もが皆ヒーローになれるよ、人生に大切なことなども込めてです。

なお、前回と同じく若干ホラー描写があります…
今回もどのようなホラーかは、本編を読んでからのお楽しみです。

それでは本編開始です。どうぞ。


第50話:小さな勇気 後編

某所

時刻 不明

 

「……ぴゃあ。ここ、どこ?」

 

何か奇妙な感覚を覚えた酒匂は、ふと何かの物音が響いたせいで、ようやく意識が戻ってきた。

最初は朦朧としていたが、その眠気を覚ますため軽く頭を振り、欠伸を洩らしたのち両手で顔を覆い、強くこする。

どうにか両眼を開けて、ゆっくりと上半身を起こし、自分の置かれた状況を思い出した。

ビルから脱出した浅羽と阿賀野たちと一緒に、合流した警備隊とともに行動したものの、ほんの一瞬の隙――ホラー映画に登場するような異形の者、可愛さと美しさはかけ離れ、禍々しい雰囲気を醸し出す頭の割れた不気味なフランス人形に攫われ、その恐怖に堪え切れず、知らない間に自分は気絶したのだと……

 

「司令……お姉ちゃん……みんな……」

 

酒匂は、不安な声を洩らした。

このままじっとして浅羽たちが助けに来るまで大人しくした方が良いか、または打開策、ここから脱出を考えるべき自ら行動を起こすか。選択肢は二つに一つ。孤立無援となったいま、自分が囚われの身であってもほんの一筋、希望の光に手を伸ばすことが生きることに繋がると信じ、彼女が選んだ道は――脱出。運は自分で切り開く。

この言葉どおり、彼女は唯一の希望を手に入れるために後者を選んだのだった。

 

――今はひとりぼっちだけど……司令やお姉ちゃんたちがいなくても必ず助けに来るだから、そんな風に弱気になっちゃダメだよ!

 

とそう自身に言い聞かせ、すぐに行動を起こした。

いま自分がいるのは部屋。ただし日常的なありふれた部屋ではなく、異形な装飾の施された部屋と言った方がいいだろう。

ホラーゲームの世界に登場するような不気味な部屋――片田舎にある一件の薄暗い不気味な廃屋、若しくは次々と人々を囚えていく魔の巣窟を模倣するかのように、僅かに置かれた家具は薄汚れ、壁に架けられた悪趣味な絵画、微かに原型を留めているものの、その瞳は輝くこともなく闇よりも暗い眼窩を持つ子どもの人形たち。

あのマネキンといい、フランス人形といい、ここに置いてある人形たちといい、身震いし兼ねないほど不気味な印象は拭えなかった。

辛うじてこの部屋を灯す光、天井に設けられたライトは、電球の寿命が来ているのか、チカチカと同じように、ゆっくりと点灯・消灯を繰り返していた音の他はない静寂が覆っている。

 

酒匂は、部屋の隅々まで必要なものはないかを探した。

サバイバルホラーゲームなどの世界では、不思議なことに薄汚れた家具や置き物などにアイテムが見つかることが多い。

プレイ動画で見たものを思い出しながら、自分が寝ていたベッドから薄汚れた家具、気味の悪い絵画などを見たり動かしたりした。

その知識のおかげか、箪笥の中からひとつのLED懐中電灯と、アウトドアなどに使用されるフォールディングナイフ、俗に言う『折り畳み式ポケットナイフ』を見つけることが出来た。

前者は役立つが、後者はリーチ、攻撃力ともに貧弱で、戦闘に使用するには心細いことは否めなかったが、無いよりはマシだった。

 

これでよし。脱出の準備は出来た。

ホラーゲームの世界の主人公たちも、きっと今の自分と同じような気持ちで脱出劇を繰り広げて来ただろう、と酒匂は呟いた。

とにかく此処から脱出して、とにかくこの場所から離れたい。

まさか自分がこんな目に遭うとは思いもみなかったが、今は現実的と向き合うしかない。

 

ドアの前に立ち、すうっと深呼吸してから、ノブに手をかけ、そっとドアを開けた彼女は部屋から出て行った。

一歩踏み出し部屋の外に出ると、自分がいた薄暗かった不気味な部屋とは打って違い、より暗闇の世界に放り込まれたほどの錯覚を覚えてしまうくらい、廊下の先まで暗闇に包まていた。

さらに足元には器具類や木版などが至る所にまで散乱していた。

自身の足元に注意しつつ酒匂は、左手には先ほど手に入れたLED懐中電灯を持ち、右手には万が一に備え、フォールディングナイフを構えて歩き出した。

長年を掛けて人類が開発して手に入れた人工の光を頼りに、冒険感覚で廃墟を探索する気持ちが、少しでも恐怖を退けてくれた。

普段はあらゆる海域における任務や遠征などに慣れ親しんだが、ここでは経験はないものの、自分が本当の冒険者になった気がした。

照らした足元を進み、道中、役立つものはないか、と探していく。

ひとつひとつと各部屋に入って調べたが、廃墟のためか、古びた雑誌や新聞、半壊した家具、そして電化製品だけだった。

あらゆる種類のガラクタが散乱する各部屋で辛うじて見つけたものは放置されたままの工具箱。これを見つけ、すぐに中身を確かめた。

見つかったのは、ボルトカッター。しかも錠前を切断できるほどの強力なものだ。いかに工具と言えど、扱い次第には打撃武器にもなる。そのおかげで武器がふたつに増え、また運良く止血剤と鎮痛剤などの入った救急パックが見つかった。

 

また充分な持ち物が増えた彼女は、『もうここには用がないね』と呟き、部屋を出た直後――何処からか微かな声が響き渡ってきた。

最後まで聞き取れなかったため、酒匂はもう一度だけ耳を傾けた。

 

「もう大丈夫ですよ。助けに来ました」

 

人の声。警備隊員なのか、それとも偶然にもここに避難して来た生存者なのか、と思ったが、彼女は胸騒ぎを覚えた。

助けが来たのは嬉しかった。が、何故かその声の持ち主からは、遠くからでも分かるほど南国の果物に似た甘い臭い、それを腐らせた不快な甘い臭いがむっと鼻につき、酒匂は思わず噎せそうになった。

しかもまだ訊ねてもいないのに、ずっと、そうずっと……

 

「もう大丈夫ですよ。助けに来ました。もう大丈夫ですよ。助けに来ました。もう大丈夫ですよ。助け来ました」

 

何度も何度も同じ言葉を繰り返すその黒い人影は、ふらつきながら、ゆっくりとこちらに近づいて来た。

 

ズルッ……ズルッ……ズルッ……ズルッ……ズルッ……ズルッ……

 

まるで何か引き摺るような音がしながら。

もう少し双眸に映るのか、もう分かった気がした彼女は、生唾をごくりっと飲み込みつつ、ゆっくりと懐中電灯をあげ、その人影に向かって照らした瞬間――その正体が分かった酒匂は、恐怖のあまり答えることも出来ず、蒼白な顔で吐き気を堪えていた。

胃を振り絞るようにして、吐き気がこみ上げてくる。それを懸命に堪えながら、現実を直視した。

人影の正体は見知らぬ青年だが、その頭部は原型を留めておらず――さながらキノコ状に似ており、乾いた血と灰色の脳みそ、脳漿、肉などが混じり合い、カラメルや焼き菓子のような香ばしい砂糖の甘さとは打って違う、鼻にまとわりつくような不快な甘い臭いが強かった。

その顔の右半分には、生気のない瞳から赤い涙が流れ、口はニヤけた表情を浮かべ、そして死人をイメージした青白い奇妙な仮面を被っていた。

 

「もう大丈夫ですよ。助け来ました」

 

なおも抜け殻に等しい死体は、壊れたラジオのごとく同じ言葉を発していたが、その背後には薄っすらと別の人影が見えた。

薄暗い空間で重なり合って見えなかったが、もうひとつの人影がこの死体を操り人形みたいに操り、言葉を発していたことが分かった。

辛うじて分かるのはその人影は背が高く、全身を纏うような黒尽くめの服装、さらに素顔を決して晒さないように、中世ヨーロッパ――黒死病が蔓延した恐るべき暗黒時代に存在していたペスト医師たちが顔に装面していた防護マスク、鳥類の顔を彷彿したペストマスクを被っていた。

 

「寝ない子……だ〜れ〜だ〜?」

 

と呟き、左に握っていたスプレーを噴き掛けた。

勢いよく噴射した霧を吸い込んだ酒匂は、うっつらと瞼が重くなり、抵抗しようにも意識が朦朧とした。数歩ほどふらつき歩くと、睡魔に襲われ、力なく糸の切れた操り人形のように前のめりで、ゆっくりと異形の者の前に倒れ込んだのだった。

 

 

酒匂は、ここはどこ?デジャブとも言える目覚めの言葉を発した。

しかし、彼女が目覚めた場所は――あの不気味な部屋ではなく、今度はありふれた光景である公園――だが、今は破壊され尽くされ、幼児たちはいない。それよりは破壊の悪魔たちが好むような地獄と変わり果てたと言った方が良いだろう。

最悪なことに、両手を縛るタイラップが付けられ、さらに脱出時に手に入れた持ち物を全て没収されてしまったこともだ。

気を失った間に先ほどの怪人、ペストマスク医師に睡眠効果のある催涙スプレーを噴き掛けられ、この公園まで運ばれたことに違和感を感じると――

 

「おはよう。お嬢ちゃん」

 

ぬっと姿を現した人物。人物と言うよりは怪人だが、その下にある素顔と表情は見せないものの、聞き取れる声からして、ハンターが漸く獲物を探して自分で捕らえた喜びを表しているように思えた。

また、最初は男性かと思ったが声からして、女性だった。

しかも先ほどの黒い服装から、離島棲鬼(姫)の衣装に模した黒いドレスに身を纏い、黒い日傘を携え、そして誰もが魅了するかのようなモデル体型、淡麗な身体の持ち主であることに初めて気づいた。

また、先ほど自分を軽く持ち上げたあの不気味なフランス人形を抱えていた。

 

「いやいや。あなたは本当にラッキーな艦娘ちゃんね。本当に羨ましいわ」

 

ペストマスク姿の女性の言うことが理解出来なかった酒匂は、唖然として答えることが出来なかった。

 

「あら……嬉しくないの?人の話はちゃんと聞いて信じないとダメよ? 貴女のために私が特別に楽しいゲームを用意したのに、そんなつまらない顔をしちゃ悲しいわ〜。ねぇ、マリーちゃん〜?」

 

愛おしそうに話し掛けるその女性に対し、カタカタと口を動かし、眼を上下に動く人形は異常な光景だった。

他人から見ても気味が悪いものだったが、酒匂は下手に刺激しないように何も言わないように、落ち着いて訊ねた。

 

「そ、そのゲームとは何なの?」

 

酒匂が訊ねると、女性はすんなりと答えた。

 

「難しくないわ。誰でも楽しめるゲームよ。今から話すからよく聞きなさい。ルールは簡単。今から鬼ごっこをして貰うわよ。

ここからスタートし、ある目的地に到着すれば良いのよ。

私の端末機を貸してあげるから、よく見ながら、地図に、ここから先の北にあるニュークタウンという場所に向かって目指してね。

……だけど、ただの鬼ごっこじゃつまらないから、私が退屈しないように色々と手を加えている。だから、状況を見て、ちゃんと逃げたり戦わないと貴女のその可愛い顔が怪我したりするから気をつけてね?私のゲームを無事にクリアしたら、貴女の大切な家族の元に帰してあげるし、見逃してあげるから安心しなさい♪」

 

「……本当?」

 

「ええ。本当よ。だから頑張りなさい。それじゃ、いまタイラップを切ってあげるから」

 

酒匂の問いに、女性は頷いた。

そして両手を拘束していたタイラップを、いつの間にかあのフランス人形が携えていたナイフで切り、酒匂を解放した。

 

「はい。ナビに必要な端末機。大事にしなさいよ。それじゃ、ゲーム開始ね」

 

女性の言葉を聞き、端末機を受け取った酒匂は、走り出した。

後ろを振り向くことなく、思いっきり逃げるように。そう、ただひたすらに走り続けた。全ては恐怖から逃げるために。

だが、懸命に逃げる彼女の様子を予備端末機から見て、不毛する女性は指鳴らしをした。

 

「……本当に馬鹿な男に洗脳された愚かな艦娘たちなどを騙すことなんて容易いわね。ふふふ」

 

ブロロロッ。と怪人の指示に従って、桁ましいエンジン音を響かせた紺色のキャラバンワゴン。これに乗車した男性がハンドルを握ると、アクセルを踏み込んで発進させた。

 

「……もちろん。女に騙される馬鹿で単純な男もね。ふふふ」

 

 

市街地。

誰もいないこの場所は、ゴーストタウンと言った方が良い。

廃墟と化した市街地。故障か、破壊されて動かなくなった無人の軽自動車から警察や軍が持つ装甲車輌の群れ。

パニックの最中、不運にもブレーキを踏み損ねたらしい一般車が、公衆電話に頭から突っ込んで火を上げてすらいた。

敵に撃ち落とされて胴体だけになった報道ヘリや戦闘機の残骸の中を突き進んで近道を図る。

このゴーストタウンを乗り越え、目的地まで辿り着ければ、無事に帰ることが出来るという希望を抱いて。

 

「キエェェェ!」

 

短い奇声。酒匂は少しだけビクッとした。

脱出をさせまいと襲い掛かろうと近づいて来る鬼――実際にはマネキンであり、しかも手には打撃武器を携えていた。

マネキンは明らかに動きが遅く、このまま走れば逃げ切れる。だが、彼女のその目論見が、即座に潰えようとした。

突如、後ろから何かが近づく音に気づいた酒匂は振り向いた。

両眼を思わず閉じたいほど眩いヘッドライトを照らし、騒音とも言えるぐらい不快なクラクションを鳴り響かせ、体当たりする勢いで突進して来る1台のキャラバンワゴンが姿を現した。

 

このままじゃ轢き殺される。と判断した酒匂は、咄嗟に避ける。

ヒュ、と危険運転をするワゴン車が横切り、間一髪のところ、轢き殺されるという最悪な展開を回避することが出来た。

不運にも眼前に獲物を見つけた喜びのあまりに走り寄ってきたマネキンが体当たりを喰らい、視界の向こうへと吹き飛んで行った。

その運転手はもう一度、彼女を轢き殺そうとハンドルを握り、今の道を引き返しそうとするも、慣れない道に苛立ちながらもUターンをし始めた。

 

貴重な時間稼ぎ。酒匂はそれを利用して、逃げようと走る。

なお、先ほど体当たりで破壊されたマネキンに近づき、足元に落ちていたアクセスキットをそのまま拝借し、再び走り出した。

幸いにも落ち着きを備えていた。自分を執拗に追い詰めようとしているエンジン音を聞きながら、悠々と小さな穴をひとつくり抜いた。

そこから潜り抜けると、脱兎の如く、次の目的地を目指して行く。

ひとまず災難を掻い潜り、道中に徘徊するマネキンたちを蹴散らし、時には空き缶など手頃なデコイを投げて、マネキンたちの気をそらしている内に移動しながら歩き続けた。

 

 

ニュークタウン付近。

たった数分の出来事が、ずっと長く感じた。

どうか次の災難が襲い掛からないで、と走る酒匂は駆け抜け、疲れを忘れるほど、不気味な静寂と混乱の渦の中にあったゴーストタウンの街並みを走り、彼女は道路を右に曲がった。

人通りのない小汚い路地裏を通り抜ければ、しばらくはあのワゴン車に追いかけ回されない。

 

このまま北を目指せば、もう少しでニュークタウンだと達した時。

 

「いたっー!」

 

待ち伏せしていたのか、それとも偶然なのか立ち塞がるように現れたマネキンは、米軍を模しているのか茶褐色の迷彩服を着ていた。

 

「ぴゃあああああっ!」

 

殺意を剥き出しに今にも振り下ろされるナイフを持つ敵の右腕を、酒匂は手にしていたアクセスキットを身構えて防いだ。

防衛反応、または反射的と言えど、咄嗟の攻撃を防いだだけでも運が良かったと改めて実感したのだった。

 

「大人しくしなさい!」

 

今度は素手で掴みかかろうとするも、正当防衛だよ、と酒匂は躊躇うことなくひと振りふた振りとアクセスキットを思いっきり振った。

この強烈な直撃を顔面に当たったマネキンは、ウッ、と短い断末魔が上がり、敢え無くその場に倒れたのだった。

突然の奇襲を防ぐも、緊張感などを越して酒匂は、身体から力が抜き出してしまい、堪らずその場に腰を落とす。

走り続けた疲労もあり、立ち上がろうとして、怪我をした様子は無いのに足に力が入らないことに気付く。

息を切らすながらも、動かなくなったマネキンが腰部分にかけていたミリタリー水筒を拝借。疲れた身体を癒すために水を口に含み、湿らせて飲むと言った方が良いだろう。

その冷たい甘水が喉に流れ、やがて全身に沁み渡るのが伝わる。

 

とにかく落ち着こうと深呼吸し、酒匂は一度空を見上げる。

オレンジ色に染まる空に、ポツポツと小さな鏃型の飛行物体の群れが大量に姿を現し、空の無法者たちであるオリンピア軍の戦闘機などを次々と撃ち落とす光景が映った。

味方が来た。きっと司令やお姉ちゃんたちももうすぐ来てくれる!

地獄でポツリと、彼女は希望に満ちた瞳を輝かせ、疲れた身体をどうにか立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。

僅かに残る車も、信号機も、ビルなど、視界に映る全てが崩壊寸前と化し、瓦礫の山と化した首都の街並みを諦めることなく歩く。

あと少し。あと少しだけここを超えたら、目的地に到着する。と希望を抱きながら進んで行った瞬間。

 

ゴール近くに、あのワゴン車のクラクションが木霊する。

酒匂は、近くに生い茂る木陰に、やり過ごそうと身を隠した。

すると、重装甲に覆われた装甲車とともに、ワゴン車も姿を現した。

前者は離れようと、後者は側から煽り運転をしながら挑発していた。すると、ふてぶてしい顔つきを持つ運転手は、憎悪を込めて容赦なく装甲車の搭乗員たちに向かって罵声を浴びせると、栓にはなぜか火を靡かせた奇妙な酒瓶を取り出した。

 

「おらっ!人殺しの税金泥棒ども!俺様特製の極上カクテルだ!最高の味だから遠慮することなく受け取りな!」

 

と呟く運転手は、その燃え盛る酒瓶を放り投げた。

彼が投げ出したもの――日本赤軍や中核派などの反日テロリストたちが好む武器のひとつとして知られる火炎瓶。武器としての原理はきわめて単純だが、時には恐ろしい威力を発揮し、過去にノモンハン事変や冬戦争などでは敵戦車や装甲車がエンジンに喰らって行動不能にさせられたり、車輌内部に投げ込まれて搭乗員たちごと火だるまになるなど、今でも安価な対戦車火器としても使われている。

この攻撃により、側にいた装甲車の前方に命中。これにより視界不良に陥り、同時に運悪くブレーキを踏み損ねたらしく、ぐわっと、何トンもあるはずの装甲車の車体が舞い上がり、横倒れになる。

 

「俺のせいじゃないぞ。貴様らが俺の愛車の側で煽り運転をしたのが悪いんだからな!あとで慰謝料などたんまり貰うぜ!だから、貴様ら人殺し軍人どもに、追加サービスしてやんよ!」

 

見事に直撃したことに、運転手は嬉々しながら叫んだ。

横転した装甲車に向かって、さらに3本の火炎瓶を放り投げた。

しかも彼らにとって不運なこと、先ほどの横転によるショックでハッチが開かなくなった。開けてくれ!助けてくれ!と叫び続ける彼らを嘲笑うようにさぞ満足したのか、未だに見つからない酒匂を探すために、運転手はアクセルを踏みつけその場から離れていった。

 

近くに隠れていた酒匂は恐る恐る近づいたが、しかし、紅蓮の炎が宿っていた装甲車の前に立ち竦んでしまった。

前世のあの記憶を、艦時代の自分を思い出した。

米軍による原爆実験――ビキニ環礁で行われたクロスロード作戦に使われた、あの恐怖の妖光に包まれ、24時間近く悲惨な運命に遭い、生涯の幕を閉じた。だが、運命のいたずらか、再び生命を、艦娘としての生命を受けて生まれ変わった今でも時々思い出す。炎を見つめるとあの記憶を思い出し、トラウマによる発作に襲われたり、恐怖により立ち竦んでしまう。

誰かに、今すぐ助けを呼びに行かねば。周囲を見渡しても自分以外はいない。仮にいたとしても装甲車が持つかどうかも分からない。

助けてくれ。これ以上は持たない!と助けを求め続ける搭乗員たちの声からして、そう長くは持たないことを訴えている。

 

あの炎みたいに怖い。だけど、助けを求めている。

まるで死んだ人々の怨念全てがそこに集まったような、見る者に果てしない恐怖と強い警告を与える煉獄の炎の前に――

 

「いま、酒匂が助けるね!」

 

怖い。だけど、このまま見殺しには出来ない。

勇気を振り絞って酒匂は、紅蓮の炎に包まれた装甲車に構わず、最上部のハッチ――その僅かな隙間にアクセスキットを差し込み、持てる力を入れて開けようと努める。が、不具合が生じたのか上手く開かず、何度もやっても開くことはなかった。

 

「お嬢ちゃん。ありがたいが、このままでは君まで爆発に巻き込まれてしまう!早く逃げるんだ!俺たちのことなんて……」

 

ハッチの向こうから聞こえる搭乗員の声。

その僅かな隙間から危険を顧みず、自分たちを助けるために命懸けでハッチを開けようとする酒匂の姿。

だが、自分たちのせいで爆発に巻き込まれ死んでしまったら、元も子もないと、救助を拒もうとするも――

 

「嫌だ!酒匂、逃げないよ!もう誰も死んで欲しくない!あの頃みたいに誰かを護れなかった後悔なんてしたくない!だからおじさんたちも諦めないで!酒匂が絶対に助けるから!」

 

恐怖を堪え、涙目で訴える彼女の姿と、諦めない勇気に、装甲車の搭乗員たちは胸に突き刺さり、同時に勇気づけられた。

諦めないで。小さな英雄がくれた小さな勇気。そして、彼らからしたら天使が助けに来てくれたと見え、言葉として聞こえたのだ。

 

「ありがとう。酒匂ちゃん。君の言う通り、俺たちも諦めない!だから頑張ってくれ!」

 

「うん!酒匂、頑張る!司令、お姉ちゃん……お願い!酒匂に力を貸してーーー!」

 

彼女の想い。その想いを込めた力が答え、ガクッ、と装甲車の最上部のハッチが奇跡的に開いた。

 

「おじさん!早く!」

 

酒匂はハッチを最大限まで開き、手を伸ばす。

ありがたい、と兵士は彼女の手を掴み、すぐに引きあげる。

両手に軽い火傷を負ったが、今は関係ない。このくらいの傷なんてへっちゃらだ。小さな勇気が強靭な勇気に変わり、彼女は車内にいる残りの搭乗員たちを次々と救助した。救出後、爆風と衝撃、破片による二次被害を防ぐために燃え盛る装甲車から離れて避難した。直後――装甲車は爆発し、鉄くずの墓標へと姿を変えていった。

 

「良かった。間に合って……」

 

怖かったけど、やれたよ、と地面に腰を下ろした。

小さな勇気が、大きな一歩となり、あの記憶を乗り越えたことに、安堵の笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、酒匂ちゃん。君のおかげで俺や部下たち全員が助かった。私の名はスミス大尉だ。隊を代表して礼を言うよ」

 

「えへへ。おじさんたちが無事ならば良かったよ」

 

ガスマスク姿の兵士――スミス大尉が感謝の言葉を述べた。

なお手を差し伸べた彼に、酒匂は握手に応じた。

その際に見る者さえ安心させるような笑み、彼らからしたらなんとなくその笑顔は、小さな天使、そんな雰囲気も思わせたのだった。

 

「おじさんたち、手当てしないとね」

 

「大丈夫だ。少し休めば……」

 

いますぐ手当てしないと、酒匂は救急パックから医療キットなどを取り出し、彼らを応急処置をしようとした矢先。

 

「みぃ〜つぅ〜けぇ〜たっ!」

 

狂気の笑みを浮かべながら、ワゴン車のエンジン音を最大限にまであげて、漸く獲物を見つけた運転手。

しかも右手には端末機を見せつけて、高らかにこう宣言した。

 

「残念ながらお前は、最初からアナストリー様に手渡された特製端末機に内蔵された発信機で全てお見通しだったんだよ。だからわざとお前を見逃して、ここまで追い詰めたって訳よ。ただし、人殺しが来るのは予想外だったがな。希望を抱きながら、最期に絶望にまみれて地獄に突き落とすのが最高のハッピーエンドってもんよ!ははは!」

 

勝利宣言に伴い、相手を見下しながら嘲笑するほど余裕がある自分の実力を自画自賛する運転手は、もうひと押し言葉を投げた。

 

「どうだ。泣いて謝って、俺様に慈悲を求めれば助けてやっても……」

 

「しないんだよ!」

 

立ち上がり、両手を広げ、身体を張る酒匂は叫んだ。

 

「約束したもん!おじさんたちは酒匂が護るって約束したもん!だから今度こそ酒匂は誰よりも強くなって、司令や阿賀野お姉ちゃんたちのように強くなるって決めたの!」

 

彼女は涙を堪え、負傷するスミスたちを護るために揺るがない。

司令の大好きなある有名小説作家の作品にある言葉、人生にもっとも大切なことは勇気。勇気が必要だと教えてくれた。

この言葉どおりに自分も誰かを護る力、例えそれが小さな勇気でも、その力は巨人さえも倒す勢いを出したのだった。

かつてのアーサー騎士団が、レディを護るため、本当の強さとも言える勇気を抱いて護り通したように。

 

「き……貴様っ!この死に際に及んで、約束だっ?護るだっ?そんな気持ちの悪い言葉を口にし、しかも人殺しの兵器女が人間様に説教をくれるなぞ1000年早いわっ!人殺しどもは黙って、あの世で地獄の業火にでも焼かれながら死ねぇぇぇーーー!!!」

 

突然の反撃、絶対的に無害だと思っていた者の反抗。

それは運転手にとっては精神的にダメージとなり、苛立ちを隠せず、頭に憤怒の血が駆け上がったか彼は、酒匂たちを殺そうとアクセルを思いっきり踏み付けた。

 

「あの世に送る手助けをしてやる、ありがたく感謝しろよ、人殺しどもぉぉぉーーー!」

 

と、叫んだ瞬間、予想に反してワゴン車がなぜか左折したのだ。

自分の意思を失い暴走するワゴン車は、目の前にいた標的から逸れて行き、どんどん離れて別の場所へと進んでいく。

どうしたんだ?いったい何が、何が起きたんだ!?と、分からずしまいにハンドルを懸命に動かすも、やがてコントロールが利かなくなった暴走ワゴン車は、今の世界がひっくり返ったような衝撃を受けた。横転する視界、揉みくちゃにされる思考状態に陥った運転手は、状況の理解が進まぬうちに頭部に強い衝撃を受け、彼の意識は深い闇へと落ちるのだった……

 

「ぴゃあっ!……何が起きたの?」

 

奇跡が起きたの?それとも偶然なのか、と、自分でも分からずじまいだった酒匂の眼の前に現れた人物たちが姿を現した。

 

「司令!お姉ちゃん!」

 

彼女の瞳には、浅羽と阿賀野が駆け寄る姿が映った。

 

「すまない。待たせたな、酒匂!」

 

「酒匂、ごめんね!お姉ちゃんのせいで怖い思いさせちゃって!」

 

頭を撫でる浅羽と、抱き締めながら一筋の涙を流す阿賀野。

自分たちのせいで大切な妹に怖い思いをさせてしまったことに責めたが、酒匂は『大丈夫だよ、みんなのおかげで勇気を出したし、強くなったよ!』と笑みを浮かべ、ふたりはこの言葉を聞きて微笑み、強くなったなと褒めた。

 

「貴様ら!俺と俺様の愛車に恨みでもあんのか!?」

 

良い雰囲気を台無しにする台詞が飛んできた。

運転手は負傷しながらも点火したばかり火炎瓶を掲げ、今にでも浅羽たちに目掛け投げつけようとした。

 

「……汚物は消毒しないとな」

 

浅羽は道中で見つけた新武器――WA2000を素早く構えた。

ドイツが誇る老舗銃器メーカーとして有名なワルサー社が開発・製造した傑作狙撃銃。セミオート式でありながら、その精度はボルトアクション狙撃銃に並ぶ高い命中精度を兼ね備えている。

先ほど酒匂たちを轢き殺そうとした際に、ワゴン車が突如として暴走したのは、彼がこの銃を使い、タイヤを狙撃したからだ。

再び覗き見。シュミット&ベンダー社製の狙撃用スコープ越しに映る標的を確認した。ほんの一瞬、錯覚かもしれない。自分の周囲や時間の流れを遅する能力が備えたかのように標的の動きも鈍く見えた。だが、きっと空腹を感じたせいかもしれないと思いつつ浅羽は、躊躇うことなく引き金を引いた。

 

ドンッと乾いた発砲音。銃口から撃ち放たれた銃弾は、憎たらしいふてぶてしい顔を持つ運転手の右手に見事に命中した。

標的が投げつけようとした自慢の火炎瓶、その瓶が割れ、男の身体にガソリンが燃え移り、瞬く間に広がる。

数秒とも掛からずに火だるまとなり、身体が熱い!焼け死ぬのは嫌だ!水を掛けてくれ!助けてくれ!と悲痛の叫びを上げようとしたが、快楽殺人者を見逃がすほど優しくない浅羽は、容赦なく運転手の喉に銃弾を叩き込み、左の肘、そしてその場から逃げられないように両脚の膝を狙撃した。

声帯気管を潰され、喋れなくなった彼は、身に纏う炎がワゴン車から漏れ出し気化したガソリンに引火、一気に燃え上がり、車内に積まれていた火炎瓶を誘爆させる。

 

「ゲームオーバーだ」

 

浅羽は囁いた瞬間、ワゴン車は爆発。愛車と運命を共にした哀れな運転手に対し、冷めた感情を露にするだけだった……




今回は史実ネタを少々加え、酒匂ちゃんなりの勇気を、勇気ある行為を見せました。勇気あるところ常に希望が存在しますからね(ネイビーシールズ小並感)
艦これを始めるまでは本当に海軍知識が乏しかったものでしたから、知った際は艦歴と戦歴などと衝撃的なことを知ることも出来ました。ですから、今回の話は過去を乗り越える勇気などを教訓として書きました。

ホラーに関しては、バイオシリーズなどのサバイバルホラーゲームをイメージしながらやりました。怖い!(ニンジャスレイヤー風に)
今回は武器を持ちながら声を発するというマネキンたち、哀れな操り人形のごとく利用された者もいましたが、上手く演出出来たかなと思えば幸いです。

では、長話もさておき……
次回は無事、酒匂ちゃんを救助した浅羽たちに新たな危機が襲い掛かります。長らくお待たせしましたが、ボス戦になりますね。
果たしてどんなボスかは、次回のお楽しみに。

では、第51話まで…… До свидания(響ふうに)

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