アカメが斬る! ━とある国の英雄譚━   作:針鼠

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エピソード 2-2

 正義とはなんだ?

 

 ここ数日、セリューはずっとそのことを考えていた。

 

 正義とは悪を罰する者。

 

 セリューにとってそれは亡き師、オーガであった。愛する父を殺した悪党を幼かったセリューの目の前で誅したその姿こそ、セリューにとっての正義のあり方だ。

 同時に、ルールに厳しく勤勉だった父の姿もまた同じ正義だった。

 

 ならば悪とはなにか。

 その問いで、セリューの思考はいつも止まってしまう。

 

 ナイトレイド。帝都の民を脅かす暗殺集団。加えて反乱軍とも繋がっていると噂されている。帝国の法を犯し、そしてまた帝国の民を殺める奴等は間違いなく悪である。

 

 

(その、はずなのに……)

 

 

 思い出すのは決まって同じ。数日前に交戦したナイトレイドの2人。

 

 あの日グリムの待機命令を無視して街に捜索に出たセリューはナイトレイドを発見。そのままコロと共に交戦した。敵は帝具持ちが2人。加えてその力量はセリューを上回っていたが、人体改造手術による奥の手とコロの狂化によって形勢を逆転。見事に追い詰めた。

 悪を滅ぼす。

 父が殺されたあの日から、ずっとそれだけを目標に己を鍛え上げてきたセリューにとって待ちに待った瞬間。――――しかし、セリューの手は止まった。止めてしまった。

 

 半身をコロに喰われながら、決死の覚悟で仲間を逃がそうとするシェーレ。

 片腕を折られ、警備隊の応援まで駆け付けたにも拘わらず、一歩も退かなかったマイン。

 

 彼女達の姿を目の当たりにしたあのとき、セリューは確実に気圧されていた。だが動けなかったのは彼女達の覚悟に気圧されたことが原因ではなかった。

 

 わからなかったのだ。

 

 悪とはなにか。――――見ればわかる。そう思っていた。悪を見破ることなど造作もないと、そう思っていた。それなのに、あのとき、セリューは彼女達がナイトレイドだと知りながら、最後まで彼女達が悪だと断定することが出来なかった。

 

 ショックだった。一度は悪だと断じた彼女達に対して、迷いが生まれたそのことがセリューを止めたのだ。

 

 隊舎に戻ってからも、体の傷を癒やしても、この苛立ちと不快な頭痛は治らなかった。

 

 だから、部屋の扉を開けて入ってきたグリムの誘い文句を聞いたとき、セリューは本気で怒り睨みつけた。冗談を受け流せる余裕などなかった。しかし続けざまの言葉を受けてセリューはグリムのあとをついてきたのだった。

 

 

「先輩、答えってなんですか?」

 

 

 街を歩くグリムの背にひたすらついて行くセリュー。最初こそ黙っていたが遂に堪えきれず口を開けた。

 

 

「この頭の痛みはなんなんですか? 何故こんなに私は苛立ってるんですか? どうして私はあのとき――――」一瞬間をあけて「あの2人を、殺せなかったんですか……」

 

 

 どうして。何故。

 

 ナイトレイドは悪のはずだ。

 警備隊の自分は正義のはずだ。

 

 シェーレとマインは悪のはずだ。

 セリュー・ユビキタスは正義のはずだ。

 

 それなのにどうしてあのとき、セリューは2人を殺せなかったのか。躊躇ってしまったのか。

 

 

「それは」グリムが応える「ここでお前自身が見極めな」

 

「レストラン?」

 

 

 大通りからは外れてはいるものの、同じく中心部からは外れている貧困街(スラム)とはまるで違う景観。ここは富裕層の別宅や、彼等御用達の店が建ち並ぶ区画。セリューも滅多に来ることは無い場所だ。

 

 

「ちょっと先輩!」

 

 

 こんなところになんの用があるのか。セリューが訊くより先にグリムはレストランの中に入っていってしまう。しかも扉には『CLOSE』の札が掛けられているのに、グリムは意に介した様子も無い。

 

 一瞬躊躇うも、セリューも後を追って店の中に入った。途端、悪臭に顔をしかめた。

 

 

「なんですか? この生臭い……っ」

 

 

 疑問はすぐに氷解した。

 

 

「いやぁっ!! やめ、やめ、て、ください!!」

 

 

 裸体を晒して泣き叫ぶ少女はセリューよりも幼そうな女の子だった。腕や足の噛み傷から血を流し、少女に覆いかぶさる大型犬は、少女の悲鳴を楽しむように血混じりの唾液を垂らして吠え猛る。

 

 

「痛い痛い痛い痛い痛いッッッ!!!」

 

 

 テーブルの上では、片目から血を流した少女が肥満体の男に羽交い締めにされていた。

 

 

「がッ……あ、ぐッ……」

 

 

 最後のひとり。セリューの足元に横たわる少女は無残なものだった。折られたのか、両足はあらぬ方向に捻れていた。他の2人と動揺に裸に剥かれた体には切られ殴られた傷がいくつもある。腫れた瞼は紫に染まり片目を潰していた。

 ピクピクと痙攣した体。ヒューヒューという覚束ない呼吸音だけが聞こえた。

 

 

「な……んですか、これは……」

 

「おやおや?」

 

 

 呆然とするセリュー。

 すると椅子に腰掛けて傍観していた若い男がそれに気付き、ゆっくり腰をあげた。

 

 

「困るんですよねぇ。表の札は見えませんでしたか? 今日は貸し切りですよ」

 

 

 こんな光景を見られておきながら、一切の動揺も見せない。それどころか薄ら笑いすら浮かべる青年。

 

 グリムが青年の前に立った。

 

 

「帝都警備隊隊長のグリムだ。オーガの後任をしてる」

 

 

 グリムがそう名乗ると、青年は大仰に驚いたリアクションを取る。

 

 

「ああ! なるほど!」

 

 

 今度は邪気の無い、人当たりの良い笑顔を浮かべてグリムの手を取った。

 

 

「いやぁ、初めまして。僕の名前はバックです。以前はオーガさんにとてもお世話になりました」

 

「そうかい」

 

「あ、オーガさん死んでしまったんでしたっけ? とても悲しいです。仲良くしていただいていましたから……」

 

「貴様らなにをしていると聞いているんだ――――!!」

 

 

 怒声をあげてセリューはトンファーガンを構える。その行動に、少女達をいたぶっていた老人達が怯み、黒服の護衛達が彼等を守るように立ちふさがった。

 

 店に入る前から感じていた違和感の正体にセリューはようやく気付く。この場所は確かに帝都でも富裕層が多い区画だが、だとしてもおかしかった。――――あまりにも人気がなさすぎた。

 その理由は今にしてみれば明らかで、彼等が人払いをしてたのだろう。この所業を見られないように。

 

 身売り。

 

 地方の村にはよくあることで、重税による貧困から、子供が売られることは珍しくはなかった。とはいってもこれはあくまでも帝都の法に反しない、真っ当な契約である。

 少ない食糧の食い扶持を減らし、かつ冬を越す為に金を得る村。買う側は、そうやって得た従者の数や質が一種のステータスとなっている。

 男児は肉体労働や、武術の心得があれば護衛として。女児なら身の回りの世話、といった具合に。

 貧しい暮らしから抜け出したい、帝都で一旗揚げたいと、率先して出稼ぎに出る者だっている。

 

 だが中には最悪な者に買われてしまう者もいる。

 人体実験の材料。怪しい儀式の生贄。快楽のはけ口。

 

 そういった者は二度と村に帰ることは出来ない。

 

 

「言い逃れは出来ないぞ悪党ども! この場の全員、現行犯で逮捕する!」

 

「あははは!」

 

「なにがおかしい!」

 

 

 バックに銃を向けるセリュー。数人の護衛が動こうとするが、バックは手でそれを制した。

 真っ向からセリューに向き合う。

 

 

「いえね。僕達は何故逮捕されるんですか?」

 

「何故、だと? この状況を見られて言い逃れなんて出来るわけないだろう!? 貴様らの悪事を私が裁く!」

 

 

 ニィ、とバックは三日月のように裂いた笑みを浮かべた。

 

 

「だから、何故僕達が悪なんですか? ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なにを言って……」

 

 

 この期に及んでどんな言い訳をしてくるのかと思えば、そんなものではなかった。言い訳などない。むしろセリューの方がおかしなことを言っているのだとばかりに、バックはあまりにも堂々と、そして淀みなく問い返してきた。

 あまりのことに呆気に取られていたセリューに、グリムの発言によってとんでもない衝撃が走る。

 

 

「そいつの言う通りだ、セリュー。これは犯罪じゃない」

 

「!!?」

 

 

 グリムの発言にますます困惑する。

 

 身売りは非合法の人身売買とは違う。あくまでもこれは生活に窮した村と買い手側との利害が一致した契約である。故に必要以上に買われた人間を傷つけることは帝国の法で禁止されている。

 そして明らかにこの光景はその法に反している。

 

 

「なにを……なにを言ってるんですか先輩!」

 

「彼女達は不法入国者だ」

 

「そんな!!」

 

 

 グリムの言葉に反応したのは、先程まで床で倒れていた少女だった。体中の痛みに顔を苦悶に歪めながら、それでも必死に言葉を紡ぐ。

 

 

「そんなはず……ない! 私達はちゃんと手続きをして帝都に――――」

 

「記録が無い。記録が無い以上、帝国の法で裁くことは出来ない」

 

 

 突き放すような言葉に、少女達の絶望は決定的となった。

 

 身売りはあくまでも確りとした契約のもと帝都に奉公する者達。その際、一時的に買い手側が保証人となり市民権も発行される。だからこそ身売りされた子供達の身も保証されるのだ。

 しかし不法入国者となれば話は違う。元々この国に存在しない彼等に、人権など存在しない。故になにをされようと、なにが起ころうと帝国はそれを関知しない。――――無論それは()()()()()()

 

 

「でも……!」

 

 

 状況は明らかだ。少女達は最初から騙されていた。真っ当な契約など結ばれておらず、彼女達は最初からネジの外れた富豪の玩具として仕入れされた物だったのだ。

 そう主張しようとしたセリューの言葉が止まったのは、証拠など無いからだ。

 

 セリューが押し黙ると、バックは愉悦に顔を歪める。

 

 

「いやぁ、誤解が解けてよかったです。それにしてもグリムさんともいい関係を築いていけそうでよかったです。オーガさんのようにね」

 

「オーガ、隊長?」

 

「はい。決して僕達は犯罪など犯していませんが、この仕事は今の貴女のように、少々誤解されやすいものでしてね。なので、オーガさんにはしっかりと内容を説明をさせていただいた上で、見逃していただいていたんですよ。もちろん――――御礼を支払ってね」

 

「あ……あぁ……」

 

 

 カラン、とセリューの手から銃が滑り落ちた。

 

 

「ところでグリムさんもどうですか。僕ならどんなご要望でもお応え出来ると――――」

 

 

 音が遠くなる。セリューにはもうなにも聞こえない。

 

 正義とはなんだ。

 

 正義とは悪を罰する者。そしてそれはかつて、セリューの父を殺した悪を誅したオーガこそが、セリューのとっての正義の姿だったのだ。しかしそれが偽りであったことを今知った。

 オーガもまた悪だった。

 

 いや、違うのか? グリムの言葉を借りるなら、彼等は犯罪者ではない。ならそれに手を貸していたオーガとて犯罪を犯していたとは言えないのではないか。

 

 そもそも悪とはなんなのか。

 

 帝国の法を破る者。それは確かな悪だ。法とは秩序だ。法があるからこそ民は安心して日々を過ごせる。もし法が無ければ全ての人間が隣人を疑い、怯え、誰も信じられない世界になってしまう。だからこそ法は必要であり、大切なのだ。

 

 だが、その結果がこれなのか?

 

 目の前で少女の眼がくり抜かれ、(なぶ)られ犯される。それを見ていることが本当に正しいことなのか。

 わからない。どうしたらいいのか。なにが正解なのか。

 なにもわからない。

 

 

(――――もう、どうでもいいか……)

 

 

 もういい。考えるのは疲れた。これ以上悩んでも辛いだけだ。

 もう警備隊を続ける理由も無い。意義も無い。

 これ以上、

 

 

「いやぁっ!!」

 

 

 少女の悲鳴に思わず顔をあげる。

 

 裸体の男が少女ににじり寄る。少女は逃げようとするが、両足を折られた少女に逃げられるはずもない。

 

 

「…………っ」

 

 

 踏み出しかけた足を止めた。この歩を進めて一体どうするのか。なにをしようというのか。

 彼等は犯罪者ではない。

 帝国の法に反していない。師と慕い、正義の指標としていたオーガも彼等を赦していた。

 

 なら、止める道理がどこにある? 自分が正義かもわからず、悪がなにかもわからない自分に、一体なにが出来るのか。なにをしようというのか。

 

 

「――――ね、がい」

 

 

 声が、聞こえた。

 

 

「――――お、ねがい」

 

 

 震えていた。泣いていた。

 

 両足をへし折られ、何度も殴られたせいで青黒く晴らした顔。元々の顔の形がわからなくなるほど歪んだ顔をくしゃくしゃにした少女はただ一言、叫んだ。

 

 

「誰かたすけて!!」

 

 

 正義とは、なんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで、なにも言わないんですか……」

 

 

 立ち尽くしていたセリューは、ただ見ているだけだったグリムに問いかける。

 

 

「なにがだ?」

 

「とぼけないでください!」

 

 

 セリューの足元に、男が伸びていた。セリューに思い切り顔面を殴られた男は一発で気絶していた。そう、セリューが男を殴ったのだ。

 

 

「私は今、罪を犯しました……」

 

 

 守るべき帝国の民を殴った。法を犯していない人間を。

 

 

「法を犯せば確かにそれは犯罪だ。なら、どうしてお前はそうしたんだ?」

 

「……わかりません」

 

「オーガなら相手を殺した。なのにお前は殺さなかった。何故だ?」

 

「……わかりません」

 

 

 グリムの言葉にセリューは正直に答えた。本当にわからなかった。

 

 これは、セリューの思う正義とは違ったはずだ。

 ルールに厳しく勤勉だった父とも。

 非情だったオーガとも。

 

 父は法を犯さなかった。

 オーガは容赦をしなかった。

 

 それでも、

 

 

「それでも、認められませんでした……。この人達は帝国の法には反していないのかもしれない。それでも、これを見過ごすことが『正義』だなんて、私には断じて認められませんでした!」

 

「そうか」グリムは優しく微笑んで「ならそれが、お前の正義だ」

 

「わたしの、正義……?」

 

「おいおいおいおいどうなってんだよ!?」

 

 

 顧客を殴り飛ばされたバックが、先程までの薄ら笑いから一転、激昂してグリムに掴みかかった。

 

 

「なにしてくれるんだ! こんなことしてただで済むと思ってるのか!?」

 

「思ってないさ。ただし――――お前らがな」

 

「なに――――っ!?」

 

 

 途端、建物の扉が一斉に開かれ、完全武装した警備隊が雪崩込んできた。

 

 

「この場の全員拘束させてもらう」

 

 

 グリムの発言に、顔を引き攣らせながらもバックは鼻で笑う。

 

 

「は、捕まえてどうする? 僕達は犯罪なんか犯しちゃいない」

 

「そうでもない」

 

 

 そう言いつつ取り出した紙束。バックは目を細めてそれを凝視し、ぎょっと目を丸くした。

 

 

「見覚えでもあったか? 不法薬物の所持及び売買。贈賄に、それとこの子達とは別の案件で人も殺してるな。その顧客リストなんだが……。ああ、そこのジジイ共の名前も載ってるな」

 

「な……ぐ……何故それがここに」

 

「うちには優秀な人間が多くてな。ってことでお前らは立派な犯罪者だ。抵抗するなら――――」

 

 

 背後から襲いかかってきた黒服の男を、気配のみで察知していなし、腕を取って引き倒す。

 

 

「がっ!」

 

「最後まで言わせろよ。さて、抵抗するなら足の一本でも折ってみるか?」

 

「お前ら!」

 

 

 バックの指示でバックや老人達の護衛が暴れだす。すぐに店内は乱戦状態になってしまう。

 

 状況が呑み込めず立ち尽くしていたセリューにも複数人の黒服が襲いかかる。身構えたセリューだったが、男達は突如横合いから放たれた巨腕に薙ぎ倒されてしまう。

 

 

「キュウ!」

 

「コロ……!」

 

 

 小型化してセリューに抱きつくコロ。セリューが落ち込んで以来、同じくずっとふさぎ込んでいたコロだったが、今は違う。主人と繋がる生物型帝具だからこそ、その姿がセリューの今の心境を表しているようでもあった。

 

 父が死んだあの日、セリューは正義の味方になりたいと願った。

 正しい者を守りたい。悪を成敗したい。

 漠然と、だが確かにそう願った。

 

 その願い自体が間違っていたとは思わない。それでも、自分はずっと漠然とした願いのまま今日まできてしまったのが間違っていたのだ。

 もっと考えるべきだった。もっと悩むべきだった。

 盲目的に、誰かの背中ばかりを追いかけていた。

 そんなもの覚悟とは呼ばない。信念などとは程遠い。

 だから容易く折れてしまった。

 

 今からじゃ遅いだろうか。遅いかもしれない。それでも、遅いからと諦めることでもない。諦めていいことではない。

 

 

「行くよ、コロ!」

 

「キュウッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員拘束完了しました、先輩」

 

「おー。ご苦労さん」

 

 

 結局、人数も装備も整っていた警備隊相手にバック達はひとたまりもなかった。抵抗された際、負傷した者もいたが死者はゼロ。全員が無事拘束された。

 

 

「それにしても、先輩も人が悪いです。初めから突入する作戦だったなんて」

 

「どこかの誰かさんはずっと部屋に引きこもってたからな。聞いてなかったんだろ」

 

「ぐぬ……」

 

「あ、あの……!」

 

「はい? あ……」

 

 

 振り返ったセリューは、咄嗟のことで気まずい顔を隠せなかった。

 そこにいたのは3人の少女達。そう、突入前までバック達に嬲られていた少女達だ。

 

 皆それぞれ治療を受けた後らしく、包帯を巻き、松葉杖をついている。それでも痛々しい姿に目をそらしたくなった。いや、そらしたくなったのはその姿にだけではない。

 一度は助けることを躊躇った。その罪悪感だ。

 

 謝って許されることではない。それでも謝らなくてはならない。そう思っていたセリューは、少女達の言葉に驚くことになる。

 

 

「ありがとう、ございました!」

 

「――――え?」

 

「もう、助からないかと思った……。このまま死んじゃうんだって。凄く、怖かった」

 

 

 少女達は皆震えていた。忘れられるはずもない。もしかすると一生心に残りかねない傷を負った。

 

 それなのに、顔をあげた少女はセリューの顔を見て笑った。

 

 

「だけど、おねえさんが助けてくれて……。本当に、本当に嬉しかった。ありがとうございました」

 

 

 そう言い残して、最後にもう一度頭を深く下げて少女達は警備隊員に保護されて去っていく。その背をセリューはじっと見つめる。

 

 

「先輩」

 

「なんだ?」

 

「あの子達は、どうなるんですか?」

 

 

 彼女達は不法入国者。帝国の法に照らせば、彼女達を裁かなくてはならない。あのまま家畜以下の玩具にされるよりずっとマシだとはいえ、決して軽い罪ではない。

 

 

「そうだな」グリムは顎に手を当てて考える素振りを見せて「記録も無いことだし、このまま村まで送って見逃すってのはどうだ?」

 

 

 入った記録も無ければ、出た記録も残さなければいい。それに今回のバック達逮捕の罪状に、彼女達の案件は入っていない。このままグリム達が見逃せば、それに罪を問う人間はいない。しかしそれは、

 

 

「それは犯罪者を見逃すということですか?」

 

「駄目か?」

 

 

 問い返されたセリュー。グリムの表情から、セリューはもう彼の答えはわかっている。そのうえでこちらに訊いてくるのだから、本当に性格の悪い上司である。

 

 

「いえ、そういうことも時には必要なのかもしれません」

 

 

 法は絶対ではない。だからといってそれを蔑ろには出来ないが、しかしそこで思考することをやめてしまえば人は機械と変わらなくなってしまう。

 考え、悩むことこそ、人が人として生きていく為に必要なことなのだから。

 

 

「でもサボりは許しませんからね、先輩」

 

「えぇー。たまには必要だろ」

 

「駄目です。さあ、明日も朝のゴミ拾いから頑張りますよー!」

 

「キュー!」

 

 

 いつか本当の正義の味方になりたい。

 セリュー・ユビキタスはそう誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都近郊の村。

 

 

「この村もまた酷い有様だ。民あっての国だというのに……」

 

 

 車中にて、窓枠から見える光景に悲壮な顔を浮かべる禿頭の老人。かつて帝都にて大臣の職についていたチョウリ。

 オネストのやり方についていけず、またオネストの勢力が増し、家族の命すら危険に思った老漢はオネストの手が伸びる前に大臣職を辞し辺境に身を隠した。

 

 しかし近年聞こえてくる帝都の状況に今一度立ち上がるべきだと感じたチョウリは、再び内政官としてオネストに立ち向かう為に帝都へ向かっていた。

 その道中にある村々は、帝都に近付くほどに酷いものだった。子を抱えた母子の餓死した死体を見る度、チョウリはやるせない気持ちになる。

 

 

「そんな民を憂い、毒蛇の巣に戻る父上は立派だと思いますよ」

 

 

 そう言ったのはチョウリの娘、スピア。見た目は可憐な少女だが、それとは裏腹に皇拳寺で皆伝を受けた槍の達人である。

 彼女を含めた30人以上の護衛を伴いチョウリは帝都へ向かっていた。過剰ともいえる護衛の理由は、

 

 

「前方に人影」

 

 

 御者の声に、チョウリはまたかと顔を顰める。

 

 

「また盗賊か。治安に乱れにもほどがあるぞ」

 

 

 ここに至るまでにもすでに何度かこうした盗賊に襲われている。すでに帝都の外は無法の世界となんら変わらなくなってしまっていた。

 

 

「いや、外だけではないか……。内側とてすでに……」

 

「父上はこのまま中に」

 

 

 スピアが馬車を降りて、護衛団の先頭に立つ。

 

 改めて、立ちふさがる男達を見る。

 

 一際大柄な男。髭を生やした老紳士風の男。そして体付きを見なければ一瞬女の子にも見間違えてしまいそうな少年だった。

 まさか3人だけとは思えない。それに、今までの盗賊達とは一風違う雰囲気だ。

 

 だが、立ちふさがる以上、押し通る。

 

 

「油断するな。行くぞ!」

 

「おお!」

 

 

 スピアの掛け声に合わせて護衛達が突撃する。

 それに対して盗賊達は、

 

 

「ダイダラ」

 

「おおよ」

 

 

 老紳士風の男が名を呼ぶと、大柄な男が前に出た。ダイダラと呼ばれた屈強な体格の男は背中の大斧を取り出すと、

 

 

「え?」

 

 

 一瞬でスピアの視界が真紅に染まった。

 

 目の前で仲間達の体がバラバラになった

 遅れてきた腹部の痛み。

 

 たった一撃。突っ込んだ護衛団のほとんどが殺された。

 

 

「強、すぎる……」

 

「スピア!」

 

「来てはいけません! 父上!」

 

 

 堪らず馬車を降りたチョウリは、盗賊のひとりを見て驚愕する。いや、彼は盗賊などではない。

 

 

「お前は、帝国の元将兵……! 名前はたしか」

 

「リヴァです。覚えていていただき光栄です、チョウリ大臣。私も貴方の政治手腕は尊敬しておりました」

 

「ならば何故……!?」

 

「主の命令は絶対ですので」

 

 

 リヴァはそう言って、チョウリに近付く。

 

 

「父上! 早く逃げてください!」

 

「あは! お姉ちゃんやるねえ。ダイダラの攻撃で死なないなんて。でも」懐から身の厚い出刃包丁のようなナイフを取り出した少年「これから起こることを考えたら、死んどいた方が楽だったかもねえ」

 

「またかよニャウ。本当にいい趣味してるぜ」

 

「えー! そんなこと――――っ!!」

 

 

 ニャウとダイダラ、2人が瞬時に飛び退る。チョウリに向かっていたリヴァもまた足を止めて、そちらを見やった。

 

 

「どちら様ですかな?」

 

 

 問いかけた先は、先程までニャウとダイダラがいた位置に立つ褐色肌の少女。ぴっちりしたスーツに眼鏡をかけた秘書風の少女は、八重歯を見せて笑った。

 

 

「通りすがりのデキる秘書だぜい!」




閲覧ありがとうございましたー。

>いやぁ、なんかすっごく長くなってしまいました。この作品は5千字くらいを1話にして行こうと思ったら、切りどころを失って最後までいってしまいました。まあ、わざわざ分割する必要もないと思うのでそのまま投稿と相成りました。

>今話は原作サイドストーリーを弄って、捏造をバシバシ入れてしまいました。ちなみにこのストーリーの元は原作5巻の最後の特別編です。捏造はセリューの設定。そのほとんど。身売りの解釈。多分本当はこんな甘いものではないはず。それとこの話の時系列も。バック達がナイトレイドに始末されるのはイェーガーズ発足後。なので買われたときは発足前なんじゃないかな、と予想しています。なかなかやるせない物語なので、どうにか救済したいと思ってました。

>さてさて、今作の主題のひとつにもしているセリューちゃんのお話。前話にも書いたように、こちらではメンタル狂気には至っていないセリューちゃんの苦悩です。兎にも角にも書くのが難しい。とても。
正直違和感ありまくりかもとは思いつつ、こうなって欲しかったという想いだけでも皆様に届いてくれれば幸いです。

>さて次話も原作ならば導入として即終わっている部分を舞台にして展開していきます。全国の秘書メズちゃんファン来たれ!

ではではまた次回ー

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