「ナカキド将軍にヘミ将軍まで離反か……」
執務机に足を乗せた体勢で、天井を見上げるグリム。傍らに立つメズ――――秘書バージョン――――は尋ねる。
「意外?」
「いいや。まあ当然だろ。まともな神経と考える頭があれば、今の帝国があっても世の中にとって百害あって利するものが無いことくらい阿呆でもわかる」
実際残っている人間は、代々と帝国に仕えてきた重鎮か、大臣に媚びて一時の甘い汁を吸っている者。あとは――――、
「失礼します!」
扉がノックされ、グリムが返事をする間もなくその人物は部屋に入ってくる。セリューは入室から一歩も足を止めることなく部屋の奥、すなわちグリムの座る執務机まで近付いてくるなり、バンッ! と両の手で机を叩いた。
「どうして私が詰め所で待機なんですか!!」
今現在、帝国に残る人間は大きく分けて3種類。
代々と世代を変えてもそれが使命であると考え仕えている者。
大臣に媚を売り、自分だけは大丈夫だと思っている者。
そして最後に、帝国の正義を妄信的に信じている者だ。
ただならない剣幕に、グリムは大きくため息をつく。
「セリュー、部屋に入るときは部屋の主が許可してからでないと駄目だぞ。俺が着替え中だったらどうするつもりだ?」
「先輩の着替えなんて見たって誰得ですか!?」
「見たいのか?」
「見たくありません!」
ああもう! とセリューは殊更強く机を叩く。壊れてしまわないか不安だ。
「はぐらかさないでください! どうして私だけが待機なんですか!? 私もナイトレイド討伐に加えてください!」
歯を剥いて怒鳴るセリューへ、グリムは冷静に訂正を加える。
「討伐じゃない。捕縛だ」
「悪は全て滅ぼすべきです! 正義が悪に屈してはならない! 殉職した私のパパも言っていました!」
「直接裁く権限は
警備隊はその役目柄、罪人への殺傷が認められている。しかし、それはあくまでも罪人によって自身の命が脅かされた場合に限る。可能な限り対象は捕縛し、拘束するのが本来の役割なのだ。
確かに罪人を殺しても罪にはならない。だが、それは警備隊の本分を超えてしまっている。ましてや最初から殺す気でいるなど論外である。
「それに今のお前に人殺しは無理だよ」
「そんなことありません! 毎日悪を滅ぼす為に訓練をしてます! 実力だけならみんなより私の方が強いです!」
「実力はな。でもお前はまだ覚悟が足りない」
「悪を裁くことに躊躇いなんてありません!」
「躊躇わず人を殺せるのが正義ってんなら随分物騒なんだな」
「茶化さないでください!」
「茶化しちゃいないさ。お前の実力は認めてる。ナイトレイド相手でも充分戦える。でももし今のまま人を殺せば――――傷になるぞ?」
「……っ、もういいです。失礼します!」
血が滲むほど唇を噛み締めながら、セリューは部屋を出て行く。
「アレ、絶対行っちゃうヨ?」
メズの意見にグリムも同意だった。
「無理矢理抑えつけてもあいつの為にはならんしなぁ。まったく、面倒くさい後輩だ……」
★
「シェーレ!」
結局、セリューはグリムの命令に反して単独行動を起こした。そして彼女の優秀さ故か、或いは彼女の持つ帝具が引き合わせたのか、警備隊の誰よりも先にナイトレイドと接触するのだった。
ピンク色のツインテールの少女、マインは仲間のシェーレを援護するべく手にした銃の引き金を引く。両の手で抱えるほど巨大な銃――――帝具《パンプキン》。精神エネルギーを衝撃波として撃ち出す銃の帝具。
後ろ足のみで二足歩行するコロの背中に青白い閃光が叩きつけられるも、ダメージは皆無。
「ハアッ!」
動きを止めた隙を突いてハサミ型の帝具を振るう眼鏡の女性。シェーレが扱うそれは万物を両断する帝具《エクスタス》。コロの体を真っ二つに両断する。
しかし、コロの体は瞬く間に再生してしまう。
「文献に書いてあったでしょう、シェーレ。生物型は体の中の核を砕かない限り再生し続けるって」
「なかなか面倒な相手ですね」
帝具を構え直す二人を見て、セリューも己の武器であるトンファーを構える。
「パパはお前達のような凶賊と戦い命を落とした。そして師であるオーガ隊長も、卑劣な辻斬りに殺された! 私は帝都警備隊セリュー・ユビキタス。絶対正義の名の下に、貴様等悪はここで私が断罪してやる!」
「は、なにが絶対正義よ。今の帝国の一体どこに正義なんてあるってのよ」
「悪が正義を語るなっ! コロッッ!!」
セリューの呼びかけに応じるように、コロの大きさが普段の数倍にまで大きくなる。だけでなく、両の腕が丸太のような太さにまで膨張した。
「粉砕!」
「なによコレ! 逃げ場がないじゃない!」
「マイン、私の後ろへ!」
繰り出される殴打。拳の壁が迫ってくるような状況の中、シェーレが仲間とコロの間に立つ。エクスタスを横に構えたそれは完全防御体勢。万物を断ち切るエクスタスの硬度は最強の矛であると同時に盾にもなる。
しかし、それを扱うシェーレは所詮人間だ。人外の膂力に晒されて、いつしか顔が歪む。加えて、
ピイイイィィィ!!
甲高な音はセリューの鳴らした警笛。間もなく音を聞きつけた警備隊の人間が援軍としてやってくる。
「嵐のような攻撃……援軍も呼ばれた……これはまさに、ピンチ!」
だからこそ、
「いけええええええええ!!」
放たれるパンプキンの威力は先程までとは比べ物にならない。これこそ浪漫砲台パンプキンの能力。使用者の精神エネルギーを撃ち出すこの帝具は、ピンチになればなるほど鋼の魂を糧にして威力を上げる。
「コロ! チィッッ!!」
光に呑み込まれるコロに加勢しようと走り出すセリューを、横合いから襲うシェーレ。帝具は所詮道具。今の攻撃でさえコロを倒すには至らないが、使い手が止まれば、自然と帝具も活動を停止する。
(初めから狙いは私か!)
トンファーに仕込んだ銃撃で牽制しようとしたセリューだったが、それは悪手だった。シェーレはセリューに向けてエクスタスを掲げる。
「
「なぁ……っ!?」
突如発光するエクスタスの光にセリューは完全にシェーレを見失う。好機と間合いを詰めたシェーレはエクスタスの刃を振り、しかし断ち切ったのはトンファー諸共の両腕のみだった。
腕を犠牲に致命傷を避けた。決してセリューが帝具に頼り切っただけの者ではないと認識したシェーレは油断なくとどめを刺しにいく。
「正義は――――」セリューの斬られた腕の断面が弾ける「必ず勝ぁぁぁぁつ!!」
飛び出したのは仕込み銃。かつてオーガに勧められて施した改造手術。それによって得た奥の手。しかし、
「すみません」
シェーレは完封した。人の腕から銃が飛び出してくる。そんな出鱈目な光景にも眉一つ動かさず、狂い無い断ち捌きで改造銃を破壊した。
(これも防がれた!?)
強い。目の前の人物は、おそらく自分より強い存在だとセリューはようやく認める。だがそれでも、
「それでも、正義が負けるわけにはいかない!!」
全ての帝具にはなにかしらの能力や奥の手が備わっている。パンプキンの逆境時による火力アップ。エクスタスの発光。そして生物型のコロは、
――――リミッターを外した一時的なパワーアップ。
「狂化!」
「ギョアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
浅黒く変化するコロの体色。牙はより鋭く。筋肉は隆起する。
一瞬の隙を突いて、コロがマインを遂に捕らえる。
「ぐ……ああッ!」
「マイン!」
鈍い嫌な音。おそらくはマインの骨が折れる音。
間一髪、シェーレが助けに入ったことでマインが殺されることはなかった。
ほっ、と息をつくシェーレ。
「よかった。間に合いまし――――」
瞬間、シェーレの胸にパッ、と赤い血飛沫が舞う。
狙っていた。セリューの口腔から、短身の銃口が伸びていた。改造は腕だけではない。セリューの体の全てに施されていた。
「悪のくせに、仲間を助けようなんてするからだ!」
「シェーレ!!」
マインの叫びが虚しく響く。ゾッと、背筋が凍る。
立ち尽くすシェーレを、大口を開けたコロが噛み付いた。尋常ではない血煙をあげながら下半身に食いつかれたシェーレが無造作に振り回される。
勝った。敵を倒した。
そう確信して笑みを浮かべるセリューだったが、直後その顔が強張る。その原因は、仲間の危機に鬼気迫る形相で立ちはだかるマインを見たからだ。
「よ、くも、シェーレを……!!」
折れた腕を無理矢理動かしてパンプキンを構えるマイン。
何故逃げない。仲間は瀕死。自身の腕も折れている。さっきの警笛で間もなく警備隊の応援だってくる。
惨めに遁走するのが普通だ。いっそ悪ならば、仲間を身代わりに逃げて然るべきはずなのに。
いや、それならそもエクスタスの使い手も同じ。尋常でない身体能力を持った彼女がセリューの銃撃を受けたのは仲間を守ろうとしたからだ。
言い知れない震えがセリューを襲う。
「コロ! あいつもまとめて――――」
言い切る前に、エクスタスの発光がセリューのみならず応援に駆け付けた警備隊の者達の目を眩ます。シェーレはまだ生きていた。
「今のうちに逃げてください、マイン」
「嫌よ! シェーレ、今助けるから!」
コロに半身を喰われながら、最後の力を振り絞ってエクスタスの発光を起動するシェーレ。
そしてそれを見捨てて逃げようとしないマイン。
セリューには理解出来なかった。何故なら今見ているそれは、彼女の知る『悪』の姿とは到底似つかないものだったからだ。
(キモチガワルイ。キモチガワルイキモチガワルイ!!)
頭が痛い。傷の痛みが原因ではない。
痛みを誤魔化す為にセリューは何度も地面に額をぶつけた。しかしそれでもこの忌まわしい痛みはなくならない。
もう、殺すしかない。シェーレを殺せばもうひとりの仲間も戦意喪失するはずだ。
――――傷になるぞ?
「ッッ!!」
不意にあの人の言葉が脳裏を過った。
これが覚悟なのか。敵の二人の少女にはあって、今の自分には無いもの。だとしても――――、
「コロ! その女を――――」
喰い殺せ、というセリューの命令は届かなかった。それより先にコロの体は左右に分かたれていたからだ。
牙に引っかかっていたシェーレの体が落下する。すでに力を使い果たして意識を失った彼女に受け身など取れようもない。マインもまた間に合わない。
しかし、彼女が地面に激突するより先にローブを羽織った人物が受け止めた。
(誰だ!?)
セリューとマイン。両者共に覚えの無い乱入者に、互いが相手の増援かと疑う。
負傷したシェーレを担いだ人物は次の行動に出る。
「逃げるぞ」
男の声だ。
呆けているマインにそう声をかけると先に駆け出した。
我に返ったマインが、一瞬地面に落ちたエクスタスに目をやるが、片腕が折れた今パンプキンを抱えて走るのがやっとだと判断するとローブの男を追って走った。
「逃がすか……あぐっ!?」
追撃に走り出そうとしたセリューだったが、両腕を失い傷を負いすぎた状態ではここが限界だった。コロに目を向けるも、両断された体はくっつきつつあるが、狂化の反動でピクピクと痙攣している。追わせるのは無理だ。
「く、そぉ……!」
石床を這ってでも追おうとしたセリューだが、間もなく意識がブッツリと途切れてしまうのだった。
★
「シェーレ! シェーレ!」
郊外まで逃げ延びたマイン達。男がシェーレを地面に寝かせると、マインは仲間の名を呼び続けた。
足の傷が酷い。ふとももから下がズタズタになっている。それでもまだ息はあった。
「薬は置いていく。応急処置はそれでやれ。間もなくお仲間もくるだろうから、生き残れるかは……まあ、運任せだな」
「助けてくれたことは感謝するわ。でも、誰なのあんた?」
「頼むぞ。あいつをただの人殺しにしないでやってくれ」
会話には応じず、ローブの男は去ってしまう。
追いたい気持ちはあったが、今は仲間の命の方が優先だ。マインは薬を手にブラート達がくるまで治療を続けた。
閲覧ありがとうございます。
>本作品のセリューちゃんは狂気マイルドでお届けしております。
>この作品の第二の主人公ともいえる可愛い後輩キャラ、セリューちゃん。彼女は本作品では、原作よりも狂気度が少なめになっております。原作は最後までぶれないぶっちぎりキチキャラ……訂正、メンタルがとても強い子ですが、迷いを持ってしまうこちらは見方によっては弱くなっているともいえますかね。
実は彼女の成長物語も作品のコンセプトにもなっていますので、彼女の成長を楽しみにしていただければ幸いです。
>さっそく原作改変部分。
シェーレ生存。
>ではまた次回ー