アカメが斬る! ━とある国の英雄譚━   作:針鼠

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エピソード 1ー2

 帝都警備隊隊長、鬼のオーガ。

 

 タツミにとって入団初日の侵入者撃退を除けば、ナイトレイドとして初めて正式に受ける任務となる今回の標的の男の名だ。

 

 警備隊への裏口入隊を口実にオーガを人気の無いところに誘い込むまではよかった。向こうもタツミを子供と侮って警戒しながらも誘いに乗ってきた。

 

 一閃。

 

 不意打ちは紙一重の差ではあったが成功。

 タツミの敵意に気付いたオーガが振り向きざまに剣を抜くより先に、タツミの剣はオーガを斬り裂いていた。だが、

 

 

「ふざけんじゃねえぞおおおぉおぉおおおお!!!」

 

「ッ!?」

 

 

 任務完了と背を向けたタツミは背筋を走った悪寒に従って振り返ると剣を盾に構えた。そこへ打ち込まれる強烈な衝撃。一瞬、呼吸が止まる。

 小柄な体を吹き飛ばされながらも鍛えられた体幹が転倒を回避。幸いにも衝撃に耐えた剣を再び構えて前を見る。そこには、悪鬼の如き形相のオーガが立っていた。

 

 

「ま、まだ生きてたのか…………?」

 

「ふッ――――! ふッ――――!」

 

 

 出立前のアカメの助言に救われた。報告までが任務だと、帰ってくるまで気を抜くなと言われてなければ今の攻撃は防げなかった。

 

 

「俺が……このオーガ様が、テメエみたいなクソガキに殺られるかよぉ……」

 

 

 違う。タツミの剣は確かにオーガに致命傷を与えている。しかしオーガは動いてる。

 

 

「弱者がなに呻こうが関係ねえっ! 強者が絶対なんだよ……俺が、この俺様がこの街の支配者なんだよ!!!!」

 

「っっっっ!」

 

 

 血走った目に睨まれて怯んだ一瞬、オーガは振りかぶっていた剣を振り下ろした。

 

 

「噴ッ!!」

 

 

 鬼などという(いかめ)しい名を持つだけありオーガの剣の腕は一流だ。だがタツミとて剣の腕なら劣っていない。それでも押されているのはタツミだった。両者の差は歴然だ。恵まれたガタイのあるオーガが体重差で押し込んでくる。

 

 

「俺が人を裁くんだよ! 俺が裁かれてたまるかああぁぁ!!」

 

「勝手なこと、言ってんじゃねえよ! 警備隊っていうのは誰かを守る仕事だろうが。それを、お前は!!」

 

「知ったことか! 弱え奴には文句言う権利なんざねえんだよ!!」ニィ、と眼前のオーガの顔が愉悦に歪んだ「黙って貢いで、泣き叫んで殺されろ! 俺が支配者だ! 俺様が絶対なんだ!!」

 

 

 ブツリ。

 

 タツミの頭の中で、何かが切れた音がした。

 

 

「――――あ?」

 

 

 間の抜けた声をあげたのはオーガだった。

 

 不意に目一杯押し込んでいるはずの腕の力が抜けた。思わずつんのめりそうになって、ようやく目の前にタツミの姿が無いことにオーガは気付いた。

 周囲を探して、それを見つけた。頭上で血を振り撒きながら回る己の両腕を。

 

 

「わかった。――――もういい」

 

 

 ゾッ、とするほど冷たい声が自分のものであったことをこのときのタツミにはわからなかった。ただ、先ほどまでの熱い怒りが消え去り、代わりにクリアになった視界でオーガを見下ろす。

 

 ――――もう、いい。

 

 もうこの男に会話は必要ない。こいつも同じだった。タツミがこの街にきて初めて出会った悪。親友二人を嬲って殺したあの連中と同じ。

 

 手に入れた権力を理不尽に行使する。

 

 

「――――――――」

 

 

 空中で壁を蹴って勢いをつける。体を捻って体重の軽さを補う。

 

 

「決めた。お前みたいなクズは全員……俺が斬り刻む!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――がっ、はぁ……げ、あぁっ!」

 

 

 再びオーガが意識を取り戻したとき、すでに襲撃者の少年の姿はなかった。

 

 目に血が入ったのか視界が朱に染まる。立ち上がろうとして両腕を失っていたことを思い出す。それでも起き上がろうとしたが足に冗談のように力が入らない。

 刻一刻と流れ出ている己の血を見てそれが死のカウントダウンだと理解する。

 

 それでも足掻く。

 

 

「ぐっ……ぎぃ」

 

 

 這って進む。血の尾を引き、臓物を溢しながらも前へ。帝城に、いやせめて隊舎にさえ辿り着けば治療が出来る。そんなものが焼け石に水なのは当然理解している。しかし数分生き長らえることさえ出来れば、知り合いの医者に頼めばこの命を救える可能性がある。

 

 頭のネジが飛んだ変態だが、この際贅沢はいえない。今は兎角生き残ることが優先だ。

 

 しかし、誰がどう見てもオーガの足掻きは無駄なものだ。すでに出血量は言わずもがな、上半身と下半身を辛うじて繋いでいるのはほとんど骨だけ。実際動く度に肉が千切れていく。致命傷という表現すら生温い。

 こうして生きて、そして動いていることは奇跡といえる。それでも、オーガの意識を繋ぎ止めているのは――――執念だ。

 

 

「……ろ、す。……す……す……か、らず……必ずっ、殺してやるぞあのガキ!!」

 

 

 尋常ならざる殺意。それだけで今のオーガは生きている。

 

 しかしそれすらももうすぐ限界がくるだろう。最初に誘いに乗ってしまったが故にこの場所に人通りは無い。仮に運良く人がやってきても今のオーガを見れば悲鳴をあげて逃げてしまうことだろう。隊舎までの距離も遠い。

 このまま誰にも出会えず果てる。――――そう思われていた。

 

 

「おやおや、こりゃまた妙なところで会いますなー」

 

 

 這いずる先から声が聞こえた。オーガの意識が覚醒する。這うことに夢中でずっと地面ばかり見ていた顔をもたげて、闇の向こうから現れた赤髪の青年を見つけた。

 

 

「ぐ、グリム?」

 

「調子はいかがです、オーガ()()?」

 

 

 ――――何故。

 

 グリムの顔を見て瀕死のオーガの頭に最初に浮かんだのが疑問だった。

 

 願った通り人に出会えた。それも警備隊の人間だ。これがただの住人だったならばこのショッキングな光景に逃げ出したろうが、警備隊の人間ならばたとえ自分が瀕死であろうと寝首をかくことなど考えず命令をきく。そういうふうに仕込んである。

 

 だからこの場に警備隊の人間が現れたことはこれ以上無い幸運だ。直属の部下、他派閥の隊員、誰だって。

 

 ――――ただひとり、グリム(この男)でさえなければ。

 

 

(この状況で、都合良く現れた……?)

 

 

 強烈な違和感。死に瀕して、否、こんな状態故にかオーガの思考が普段の限界値を越えて回る。それが訴えている。こんな偶然はあり得ない、と。

 

 

「………………」

 

 

 オーガが自分を確実に認識したにも拘らず反応が無かったことに、グリムは茶化すような態度をやめた。無言で這いつくばるオーガを見下ろす彼にはやはり助ける素振りは見えない。

 

 そもそもあの少年は何者なのか。杜撰であっても計画的である以上辻斬りでは無い。剣の腕はあったが才能に依るところが大きい。実戦経験は少ない。殺しの経験に至ってはあるかも怪しい。実際こうして二度もとどめを刺し損ねていることが証拠だ。

 

 だが少なくともオーガにあの少年との面識は無い。戦闘中の反応を見る限り向こうも同じようだった。ならば義侠心に駆られた、或いは偽善に志を燃やす青臭い子供だったのか。

 

 あくまで勘だが、オーガを襲った少年剣士とグリムは繋がっている可能性が高い。だが直接的な関係ではないだろう。もしそうならば少年のピンチに割り込んできたはずだ。

 

 ならば少年は誰かに頼まれた。誰に。

 

 これについては心当たりがある。今までオーガが自分に従う商人達の罪を代わりにおっ被せて殺した者達の親族、或いは友人。その中でも生き残っている者は割りと少なく、おそらくはつい最近殺した男の恋人の女か。吊し上げた男の亡骸にいつまでもしがみついていたのを覚えている。

 

 しかしこの場合、頼んだ人間は誰だっていい。問題は依頼を受けた側の人間、つまり少年の正体。

 

 今やこの帝都でオーガを義侠心から討ち果たそうとする者はいないと言って過言ではない。そういう輩は悉く返り討ちにし、もしくは下手な正義感をかざす前に殺してきた。となればあれは『外』の人間だ。

 

 オネスト大臣による圧政で腐敗したこの時代。オーガに、いや警備隊に、いいやこの国に逆らおうとする人間は――――、

 

 

「ま……さ、か」噛み合わない歯の根。震える声で「テメ、エ……まさか、革命、軍?」

 

 

 その問いにグリムは答えを返さなかった。ただ笑みを深くする。

 

 グリムは道脇にある樽の上に座る。ちょうどオーガを見下ろせる位置。そしてその行動からはやはり助ける意志は感じられない。懐から取り出した煙草を咥える。

 

 

「俺はなオーガ。お前がどんな悪どいことをしててめえが儲けてようが咎める気なんてなかったんだ」

 

 

 紫煙を吐き出しながらそう言った。

 

 

「それどころかそのやり方を認めてた。善悪で言えばお前は悪だが、それでも間違いなくこの街を統治してたからな」

 

 

 グリムが言うように、オーガが警備隊の隊長になってからこの街の犯罪率は著しく減っていた。己の欲の為に無実の人間を殺すオーガだが、その対象はなにも善良な民ばかりではない。オーガに従わない者、気に入らない者全てが粛清対象。この街で自分勝手に暴れる小悪党をオーガは許さない。当時はむしろそういった者が殺されることの方が多かった。

 オーガの凶暴さが広まってからは彼等は身を潜め、真実この街の犯罪数は減ったのだ。まったくもって皮肉な話だが。

 

 

「それなら何故……がふっ……なんで俺を」

 

「お前、セリュー(俺の部下)に手を出しただろ」

 

「……っ!?」

 

 

 グリムが向ける絶対零度の瞳に射抜かれ、オーガは思わず身を凍らせる。

 

 

「俺が警備隊に配属される日に言ったよな? お前がなにをしようが口出しはしねえよ。でも、絶対に俺のものに手は出すなって」

 

「だ、だが! セリューがそれを望ん……」

 

「ああそうだよ。……あのアンポンタン。だから余計に頭にくる」

 

 

 苛立たしげに髪を掻き乱すグリム。

 

 

「――――まあ、どっちにしたってそう遠くない内にお前はこうなってたさ。因果応報。そのまま野垂れ死ね」

 

 

 冷酷な死刑宣告。見逃す気はないと。

 地面に突っ伏したオーガはから徐々に力が失われていき、

 

 

「冗談じゃねえ! この俺様がこんなところ――――」

 

 

 斬。

 

 最期の力を振り絞って立ち上がったオーガの奇襲は、立ち上がると同時に袈裟斬りに振るわれた剣によって阻まれた。肩から脇腹に抜ける銀閃。血飛沫が舞った。

 

 

「――――で、し、ねる……」

 

 

 最後まで言葉は続かず、執念すら及ばない完全なトドメに遂にオーガが倒れた。

 

 

「………………」

 

 

 剣を振り抜いたグリムは、血飛沫で火の消えた咥えていた煙草を捨てる。足元に倒れたオーガは今度こそ動かない。

 

 

「あんたは人としちゃ最悪だが、上司としちゃ嫌いじゃなかったよ」

 

「ひっどい部下もいたもんだよ」

 

 

 グリムの背後からメズが現れる。その格好は昼間のようなスーツではなく羅刹四鬼にいた頃のような道着姿。

 

 

「アンタみたいな部下を持ったことだけは、そのおっさんに同情する」

 

「上司が襲われてたのに助けにこない部下を持った俺にも同情してくれよ」

 

「死にかけの上司ぶった斬ったヤツに言われたくねー」

 

 

 クツクツと笑うグリム。相変わらずつかめない上司にメズは肩を竦め、足元の死体を見やる。

 

 

「それ、どうすんの? 処理するなら森の中にでも捨ててくるけど」

 

 

 ここがいくら人通りが少ないとはいえゼロではない。このまま放置しておけば遅くとも明日の朝には見つかるだろう。死体など森の中に捨ててしまえば獣や危険種辺りが勝手に処理してくれる。お手軽で、かつ見つかり難い処理方法だ。

 しかし、グリムは首を横に振った。

 

 

「いや、いい」

 

 

 一体どうするのか。首を傾げるメズの目の前でグリムはオーガの死体の頭部近くに立ち、そして振りかぶった剣でオーガの首を落とした。




閲覧ありがとうございましたー。

>遅くなりましたが3話です!オーガさんマジしぶといの巻!

>実は初めて原作でこのシーンを見たとき、タツミくんの決め台詞は『切り刻む』になるんだな、と思っていました。その後はまったく言わなかったw

>セリューさんの過去を捏造です。原作で特別親父さんの詳細を明かされなかったわけですが、救いの無いセリューさんの一生ならばきっと裏側はこんなんだろうという想像です!
他の方の二次作品で、父親も実は悪徳警備隊だった、みたいなのも見たことありましたね。

ではではー、次は愉快なあの人が登場です(ネタバレ)

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