アカメが斬る! ━とある国の英雄譚━   作:針鼠

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エピソード 3-1

「なるほどな。そんなことが……」

 

 

 アジトに戻ったタツミが仲間達に竜船での顛末を説明する。三獣士の襲撃。死闘。瀕死のブラートから託されたインクルシオで、三獣士最後の1人であったニャウと戦ったこと。現れた謎の男。そして、

 

 

「その後体調に変化はあるか? ――――ブラート」

 

 

 タツミの話による思考から戻ったナジェンダが視線を向けた先。鎧を纏ったリーゼントの巨漢。幽霊などではなく、ブラートは確かに己の足でそこに立っていた。

 

 話を振られたブラートはおもむろに肩を回すなどして調子を見せながら答えた。

 

 

「いいや問題ない。すこぶる好調だ。嘘みたいだがな」

 

 

 ハハ、と笑ってみせる。笑うしかない。なにせブラート自身信じられないことだったのだから。

 あのとき、リヴァに盛られた毒は確かに致死性のものだった。事実毒を盛った張本人である彼は、あの場で死んでいる。己に使わなかった時点で解毒薬など存在しないのだろう。

 だがブラートは生きていた。

 

 どうしてか。理由ははっきりしている。

 

 

「ローブの男、ね」

 

 

 マインがふと零す。タツミの話にあったローブを羽織った男。男が与えた小瓶の中身を飲ませたところ、ブラートは目を開けた。体を起こし、嘘のように復活したのだ。

 

 

「マイン」ナジェンダが呼ぶ「たしかお前とシェーレが警備隊に襲われたのを助けた奴も似た風体だったか?」

 

「ええ。まあ、私のときは普通に薬を渡されただけだったし、顔も見てないから本当に同じかどうかわからないけど」

 

「だが、そう何人も都合良く現れることはありえない。おそらく同一人物だろうな」

 

 

 マインとシェーレが帝都警備隊、セリュー・ユビキタスに襲撃を受けたとき、負傷したシェーレを連れて逃げてこられたのは謎の男の助力があったからだ。その男もまたローブを羽織って顔を見せなかった。

 

 

 

「味方なのかな?」

 

「そりゃそうだろ。なんてったって2回も俺達を助けてくれたんだぞ」

 

 

 ラバックが疑問を敢えて声にする。それは誰しもが考えていたものだ。

 ローブの男は二度も自分達を助けた。仲間の命を救った。

 それならば味方だろう、そう考えるのが自然だ。

 

 しかし、そう簡単に信じられるものではない。敵が多い自分達にとって、簡単に信用すれば次の瞬間出し抜かれて全滅なんてこともあり得る。故に感謝こそすれ、簡単に信用出来るものではない。少なくとも相手の素性がわからない今は。

 

 

「タツミは純粋だなー。かわいい奴め」

 

「や、やめてくれよ姐さん!」

 

 

 茶化すレオーネに捕まり暴れるタツミ。いつものじゃれ合いの風景に、周りは何も言わない。だが少しだけ場が和んだ。

 それを察したナジェンダが少しばかり柔らかい声音でタツミに説明する。

 

 

「いいかタツミ、信用出来ない理由は2つある。1つは相手が顔を見せないこと。名乗りもしない、ということは素性がバレたくないということだ。私達があくまで暗部である以上、名も顔もわからない相手をおいそれと信用することは出来ない。そしてもうひとつ……それはそいつが確実に1つ嘘をついているからだ」

 

「え?」

 

「さっきお前は竜船での話で言ったな。その人物が竜のような腕で三獣士を倒したと。そしてそれは帝具、ガイアファンデーションであると」

 

「ああ。たしかなんにでも変身出来る帝具だって」

 

「それだ。ガイアファンデーションは現在革命軍所属の人間が持っている。帝具は全て唯一無二。同じものは存在しない」

 

 

 加えて所持者は女性であるためローブの人物とは一致しない。仮にもし、相手がその所持者だったとしたら、わざわざバレる嘘をつくことはあり得ない。

 

 ローブの男は嘘をついている。素性もこちらにはバレたくない。

 ならば何故わざわざ自分達を助けるのか。

 

 

「この件はこれ以上考えても無駄だな。情報が少なすぎて推測以上のものはたたない。ローブの男に関しては各自用心するように」

 

 

 それと、とナジェンダは続ける。

 

 

「ブラート、お前は今後作戦会議には同席を禁じる。現場の指揮権も与えない」

 

「ど、どうして!?」

 

 

 反論したのは告げられたブラートではなくタツミだった。むしろブラートの方は平然として、当然だと言わんばかりだった。

 

 ブラートはナイトレイド内でもアカメと一二を争う戦闘力を持つ。加えて元軍所属ということもあり、指揮能力も持つ知勇優れた人物だ。いつだって作戦の中核を担っていた。

 それを突然外すと言い出したナジェンダの言葉がタツミには信じられなかった。

 

 予想はしていたのだろう。ナジェンダとブラートは互いの顔を見合い、苦笑した。説明を買って出たのはブラート。

 

 

「タツミ、前に俺が言った言葉を覚えてるか?」

 

「?」

 

「死んだ人間が生き返らない。それはたとえ帝具であってもだ」

 

 

 タツミが初めて帝具の存在を知ったとき、タツミは希望を抱いた。

 相手の心を読める力。一撃で敵を葬る力。獣に変化する力。

 

 人智を超越した性能を持つ帝具ならば或いは……或いは死んだ親友を蘇らせることが出来るのではないか、と。

 

 しかしそれはブラート達による厳しい言葉で否定される。もしそんな力があるのなら、そも帝具を生み出した始皇帝が己に使い、永く国を統治していたことだろうと。

 

 

「帝具には斬った死者を操る能力を持つものもある。あのとき俺は死んでいたのか、それとも死にかけていたのか……それはわからねえ。だが、なんにしても帝具の能力で今こうしてここにいることだけは事実だ。その意味がわかるか?」

 

「わ、わからねえよ。どういう意味なんだよ、兄貴」

 

「俺が操られていない、という保証は無い」

 

「そんな……!」

 

「どんな能力によって俺がここにいられるのか。それがわからねえ以上、重要な作戦が敵に筒抜けになるのは避けなくちゃならない。本当ならアジトに戻るのも避けた方がいいぐらいだ」

 

「そこまでは必要無いさ。それならそれで能力が知れるし、敵を迎え撃つことも出来る」

 

 

 ブラートの言葉にナジェンダが答える。

 

 ナジェンダはそう言うが、やはり暗殺を生業にするナイトレイドにとって居場所が露見することは極力避けるのが定石だ。それでもブラートを呼び戻したのは、ナジェンダの心遣いだろう。

 甘いボスに、ブラートは肩を竦める。

 その後真剣な表情で仲間達へ告げる。

 

 

「というわけだ。仮に俺が変な行動を取ったら迷わず殺してくれて構わない」

 

「兄貴……」

 

 

 顔を俯かせるタツミの頭をブラートは優しく撫でる。

 

 

「仮にって言っただろ? ったく、泣くのはあれが最後じゃなかったのか?」

 

 

 はっ、としたタツミは袖で目元をこする。竜船での誓いに嘘はつけないと気丈に振る舞ってみせる。そしてはたと思い出す。

 

 

「あ、インクルシオ」

 

 

 ブラートから譲り渡された帝具、インクルシオ。しかしこうしてブラートが生き残った以上返そうとしたタツミだったが、ブラートは差し出された鍵を受け取らない。

 

 

「それはもうお前のものだ、タツミ。インクルシオはすでにお前を主と認めてる。なにより、お前は俺が見込んだ男だ」

 

 

 実際、タツミにと合わせて鎧を変化させたインクルシオを、もう一度ブラートが使えるかはわからない。だが仮に戻すことが出来たとしても、ブラートは受け取らなかっただろう。それほどまでにタツミへの期待は高い。いつか自分を超えてくれる存在だと確信しているから。

 

 

「――――わかった」

 

 

 タツミなりに、ブラートの気持ちを受け取ったタツミは今一度の決意を持ってインクルシオの使い手となることを決める。

 

 

「よし、なんにせよ三獣士を撃破出来たのは大きい。エスデスとて隊の弱体化は確実。私は明日、本部に奪った帝具を渡してくる。あわよくば人員の強化も、な。即戦力となると期待出来るかわからんが」それに、と続けて「シェーレの様子も見てくる。さて、土産はなにを持っていこうか?」

 

 

 場の空気が一気に変わり、いつも通りの騒がしさを取り戻す。

 

 ひとつの戦いが終わり、そしてまた新たな戦いが始まる。その幕間。しかしその一時を、皆が噛みしめるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特別警察会議室前。今日ここで新たに発足する部隊の顔合わせが行われる予定である。

 

 エスデスは気配を消して扉の前に立つ。

 

 

「ふむ、どんな奴らか楽しみだ」

 

 

 適当に見繕った拷問官用の仮面を着けて扉を開ける。数は7人。

 

 机に突っ伏して寝ている者。犬のようなペットを抱いている者。お菓子を貪る者。巨体を縮こまらせて座っている者。鏡に映る自分に見とれている者。手元の本に視線を落とす者。そして、

 

 

「ん? 誰だ」

 

 

 青年と少年の境目の年頃の、垢抜けない男子がこちらに視線を寄越す。視線こそ向けないが、彼だけではなく数人はしっかりエスデスの存在を意識している。違うのは、男子だけが隙だらけということ。

 

 

「お前達、ここでなにをしている!」

 

「おいおい、俺達はここに集合しろって――――なぁっ!?」

 

 

 まずは不用意に近付いてきた男子を蹴り飛ばす。次は、と狙いを本を片手に持つ青年へ攻撃を仕掛ける。

 

 

「おっと」

 

 

 手加減をしているとはいえエスデスの攻撃に反応し、かつ捌き切った。見た目に反して修羅場を潜っているらしい。充分即戦力だと評価。

 

 大振りの一撃で青年を下がらせ、背後から不意打ちをかけてきたポニーテールの少女と犬の攻撃を躱す。

 

 

「え?」

 

 

 腕を取られた少女は視線すら寄越さず躱されたことに驚いているようだった。しかしエスデスは完全な気配絶ちをする暗殺者の奇襲すら防ぐ。この程度は不意打ちとも呼べない。加えて、

 

 

「殺意が無さ過ぎる。相手が何者かわからん以上、襲われたならそいつは敵だ。常に敵は殺す気でいろ」

 

 

 指摘された少女を床に投げ落とし、凍らせた犬を放り捨てる。

 

 手鏡をしまった男は大きく間合いを開けて後退。白衣姿の風貌を見るに直接戦闘は好まないらしい。巨体の男も同様に間合いを開けているが、こちらは己の反応出来る絶妙な間合い取り。奇抜な見た目の割に慎重な性格らしい。

 

 

「ふざけられてもこちらは加減出来ない」

 

「ふっ」

 

 

 そして最後に、気配を絶ち、さらに他人の敵意に己の殺意を紛れ込ませる完璧な隠形術。エスデスの死角を確実に突いて放たれた刀剣の一撃はエスデスの仮面に掠った。

 お菓子を口に咥えた少女は、この中で最も『死』の臭いが濃い。

 

 所詮はただの仮面。少女の一撃に耐えられず破砕した。

 顕になった顔を見て、顔をすっぽりマスクで覆った巨体の男が甲高い声をあげる。

 

 

「エスデス将軍!?」

 

 

 気付いた面々から敵意が消える。正体がバレた以上遊びも終わりだ。

 

 

「普通に歓迎してもつまらんからな、少し余興を兼ねてみた」

 

 

 エスデスとしては、本当は全員の実力を見るはずだったのが、仮面を割った少女の実力が予想以上だった。おかげで全員の対応力を見るには至らなかった。

 

 

「いててて……」

 

 

 最初に蹴り飛ばした男子も起き上がる。隙だらけなのは減点だが、手加減したとはいえエスデスの蹴りを受けて怪我ひとつ無いことは評価に値する。

 

 問題は――――。

 

 

「ぐー……」

 

 

 最初から最後まで一切動かなかった男。テーブルに突っ伏しいびきをかいているこの男を、エスデスは知っている。

 帝都警備隊隊長、グリム。宮殿内では『不死者』と呼ばれる男。

 オネストに目の敵にされながら、未だ命ある彼を宮殿内の者は不死者と呼ぶのだ。

 

 部隊設立のメンバーをオネストに募ったとき、エスデスが唯一指名した人物でもある。そのときのオネストの顔は、まあ心底嫌そうだったのを覚えている。

 

 しかし今の状況はどうだ。これだけの騒動に対して少しも動じない。どころかこうして寝ているグリムの前に立っていても起きる気配も無い。

 無防備なその姿は、先に蹴り飛ばした少年どころの話ではない。

 

 

「さて、どうしたものか」

 

 

 部屋の人間は皆エスデスの動きを見守っている。これからの上司はどんな人間なのか見極めようとしていた。

 対して、エスデスの興味は新しい部下の実力がどんなものか――――などではない。

 

 

(本当にお前は死なないのか見せてもらおうか!)

 

 

 振り上げた右手を――――エスデスは振り下ろさなかった。

 

 

「ふふ、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 楽しげに笑って振り返る。トンファーに仕込んだ銃口を突きつけるポニーテールの少女は、先程までとは打って変わってエスデス相手に一切怯まなかった。

 

 たとえこの少女が本気で襲ってこようとエスデスならば一蹴出来る。しかし今回の目的はあくまでも顔合わせだ。

 

 

「まあいいさ。機会はこれからいくらでもある」

 

 

 グリムへの殺意を消して、新たなる部下達へ目を向ける。

 

 

「我々は独自の機動性を持ち、凶悪な賊を容赦なく狩る組織……特殊警察イェーガーズだ。思うがまま、存分に喰らい尽くせ!」




閲覧ありがとうございますー。

>ずいぶん日が空いちゃいましたがなんとか更新出来てよかったよかった。誰か私に土日休みをください。

>さてさて、新章突入。導入はナイトレイドからのエスデス様の視点でした。主人公?さてどいつのことやら(汗)

>イェーガーズは自己紹介前だったので名前出さずに地文書いてます。わかりにくかったら申し訳ない。

ではではまた次話にてー

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