やはり俺たちの青春ラブコメはまちがっていた。   作:神納 一哉

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金曜日、昼休みのベストプレイスにて

「はちまーん。お主来週から部活禁止よの?」

「俺だけじゃないけどな」

「はぽん。はぽん。八幡は古来の文章が得意であったよな?」

「まあ国語は学年三位だが」

「我にご教授お願いします。はちまーん」

「剣豪将軍のくせに古文苦手ってどうなの?」

「ぐはあっ!」

「悪いな。来週は部活禁止だけど、奉仕部で勉強会をするからお前には教えてやれん」

「八幡よ。雪ノ下嬢はともかく、由比ヶ浜嬢は共に勉強できるのか?」

「何とかするだろ?…主に雪ノ下が」

「我は予言する!勉強会を続けるうちに由比ヶ浜嬢は逃げ出すであろう」

「お前の由比ヶ浜評は酷いな」

「それはしたり。八幡と雪ノ下嬢が真面目すぎるのよ。由比ヶ浜嬢は我ら一般人の側であろう」

「俺も一般人側だと思うのだが」

「ばぽん。学年上位の成績のものが一つでもある段階で、八幡は一般人ではない」

「そういうものかね」

「うむ。というわけで八幡よ」

「なんだ?材木座」

「リア充爆発しろ」


6 こうして、雪ノ下雪乃は大義名分を手に入れる。

図書館での勉強会にも慣れてきたころ。ふと思ったことがあるので思い切って聞いてみた。ちなみに由比ヶ浜は今日、三浦たちと勉強会をやるとのことで図書館には来ていない。

 

「そういえば」

 

「なにかしら?比企谷くん」

 

「期末試験最終日の金曜日って部活できるのか?」

 

「試験日は半日授業で最終日も例外ではないから、部活動も出来ないと思うわ」

 

「そうすると、次の月曜日まで雪ノ下の紅茶はお預けか」

 

思わず落胆交じりのため息が漏れる。

 

「比企谷くん、そんなに紅茶が好きだったの?」

 

「雪ノ下が淹れてくれる紅茶は好きだぞ?」

 

「そう…」

 

頬を赤らめて口をパクパクさせている雪ノ下。やべ。なんか怒らせちまったか?

 

俺は慌てて雪ノ下から視線を外し、参考書を開いて勉強を再開する。雪ノ下を気にしながら。

 

雪ノ下はペンを置き、代わりに携帯を取り出して何やら操作しているようだ。音だけ聞いていると由比ヶ浜がそこに居るかのような錯覚に囚われる。

 

雪ノ下はなんとなく落ち着きがないようにも見える。傍から見る分には凛とした佇まいの雪ノ下なのだが、なんとなく落ち着きがない。

 

暫くして雪ノ下の携帯が振動し、雪ノ下は再び携帯を操作してポケットに携帯をしまい込む。

 

「由比ヶ浜さんの許可も出たし…、コホン。比企谷くん」

 

何やら呟いた後、雪ノ下が俺を呼んだ。

 

「なんだ?」

 

「私が淹れた紅茶を飲みたいかしら?」

 

「まあ、飲めるなら飲みたいぞ?」

 

「そう」

 

そう言うと机の上を片付け始める雪ノ下。

 

「今日の勉強会はこれで終わらせて、私を家まで送ってもらえるかしら?」

 

「…まあ、いいけど」

 

俺も雪ノ下に倣って机の上を片付けると、鞄に荷物を詰め込んで席を立つ。

 

「それでは帰りましょう」

 

雪ノ下は立ち上がり、鞄を手に扉へと向かう。俺はそんな彼女に置いて行かれないよう、慌ててその後を追った。

 

         × × ×

 

「リビングで待っていて」

 

「…おう」

 

俺は今、雪ノ下のマンションの部屋の中に居た。

 

勉強会を早めに切り上げ、家まで送り届けたところでお役御免とばかりに帰ろうとしたのだが、雪ノ下に止められたのだ。

 

「送ってきてくれたお礼に、紅茶を淹れるから上がっていって」

 

マンションの入り口でそう言われて、俺は断ることができず、雪ノ下の家にお邪魔することとなった。

 

以前お邪魔した時にはなかったものがテーブルやサイドボードの上に置かれていた。おそらくは現在絶賛同居中の陽乃さんの持ち物であろう。

 

その陽乃さんもここにはいない。つまりは雪ノ下と二人きりなのである。

 

「マジかぁ…」

 

ソファーの背もたれに体を沈めながら、自分にしか聞こえない大きさで呟いた。

 

完全に予定外の出来事である。表には出さないようにしているものの、実際はものすごく緊張していた。

 

由比ヶ浜とはまだきちんと話していないから、ここで雪ノ下と話すわけにはいかない。今日は勉強会の話をして、紅茶をいただいたらとっとと帰るとしよう。

 

「お湯を沸かすからもうしばらく待っていてね」

 

「…おう」

 

タートルネックの水色のセーターにジーンズ姿の雪ノ下が、リビングを通ってキッチンへと消えていった。

 

ただそれだけなのに、なんとなく気恥ずかしい。

 

それは私服姿の雪ノ下を見たからなのか、雪ノ下の生活空間に居るからなのか、明確な答えはきっと出ることはないだろう。

 

「比企谷くん。既製品だけどビスケット食べる?お茶請けに丁度いいし」

 

「ああ、いただくよ」

 

そう返事をすると、少ししてから雪ノ下がトレイにビスケットの入った木皿と、カップ類を載せて運んできた。そしてそれらをテーブルの上に置いていく。

 

「あ、それ」

 

「ええ。比企谷くんが部室で使っているものと同じよ」

 

悪戯が成功したかのような微笑みを浮かべて、雪ノ下が俺の前にパンさん柄の湯のみを置いた。

 

「…お揃いね」

 

「お、おう…」

 

顔が熱くなるのを自覚しながら、俺はキッチンへと戻っていく雪ノ下の後姿を眺めるのであった。

 

         × × ×

 

「また、明日」

 

「またな」

 

雪ノ下の家の玄関で別れの挨拶をして、扉を開けて外に出る。鍵を掛ける音を確認してから、エレベーターを呼び出してエントランスホールを抜けてマンションの外に出る。

 

明日の勉強会は雪ノ下の家でやることになった。もちろん由比ヶ浜も交えてのことである。

 

自転車の開錠をしたところで、この前と同じように俺に近づいてくる足音が聞こえたので小さく溜息をつく。

 

「…それで、今日は何の用ですか?」

 

「別に用はないけど、帰ってきたら比企谷くんの姿が見えたから挨拶でもしようかなって思っただけ」

 

「母親に報告するんですか?」

 

「報告されるようなことしたの?」

 

「雪ノ下が同級生の男と二人きりで過ごしたっていうのは、十分報告に値することだと思いますけど?」

 

「ガハマちゃんが居ないのは予想外だけど、勉強会の延長線上なんでしょ?そんなこといちいち報告しないよ」

 

「それはどうも。明日は二人でお邪魔しますけど」

 

「はいはい、勉強、頑張ってね」

 

「では、失礼します」

 

「ばいばーい」

 

右手をひらひらと振りながら陽乃さんはエントランスへと消えていった。

 

陽乃さんの見送りが済んだところで、俺は自転車に跨ると家へ向けて走り出した。


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