やはり俺たちの青春ラブコメはまちがっていた。   作:神納 一哉

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マンションにて

「雪乃ちゃん、お帰り」

「ただいま。姉さん」

「頭冷えた?」

「…少なくとも昨日よりは落ち着いて話すことができると思うわ」

「ふぅん。それで、雪乃ちゃんは何を話してくれるのかな?」

「比企谷くんのことなんだけれども」

「なになに?やっぱり彼氏だったりしちゃうの?」

「……1か月後なら、もしかしたらそうなるかも」

「それって、どういうこと!?」

「比企谷くんが1か月待ってくれって」

「雪乃ちゃん告白したの!?」

「ご想像にお任せするわ。それで、その、1か月後に比企谷くんの答えが出てからじゃないと、私のやりたいことが決まらないの。だから、それまでは私の進路も伝えられないの」

「そっか。わかった。じゃあ1か月よろしくね。雪乃ちゃん」

「どうしてそうなるのかしら?」

「監視という名目上よ。私が居ればお母さんも来ないし、私もお母さんに会わなくて済むからwin-winでしょう。それに、誰かをここに連れてくるときに前もって連絡してくれれば、必要だと思ったら帰らないでいてあげる」

「わかったわ。……その、ありがとう姉さん」

「雪乃ちゃ~ん!」

「暑いのだけれども」


3 少しづつ確実に、本物と幻の境界線が浮かび上がる。

今日も雪ノ下は、気が付くと俺の湯のみを手に取って、湯のみの中に息を吹きかけていた。

 

「ふーふー、ふーふー」

 

気にしないように文庫本に視線落とすと、由比ヶ浜がにこやかに微笑んで俺に向かって何かを差し出してくる。

 

「ヒッキー、あーん」

 

「お、おう…」

 

今回、スルーするのは無理でした。それなのでビスケットの手前側を咥え、自分の方へと引っ張るようにして由比ヶ浜の手が離れたのを確認してから一気に咀嚼する。

 

「雪ノ下、紅茶、貰えるか?」

 

「ええ、どうぞ」

 

雪ノ下は穏やかな笑顔を浮かべて、先ほどまで中に息を吹きかけていた湯のみを俺の前に置いた。由比ヶ浜は優しい笑顔を浮かべてそれを見守っている。そんな穏やかな部屋の空気をかき乱すかのように、乱暴に部室の扉が開け放たれた。

 

「ゆ、雪ノ下先輩と結衣先輩が先輩にご奉仕しているっ!?」

 

「つーか、ヒキオ調子乗りすぎじゃね?」

 

「まさかの王道!?これは雪ノ下さんと結衣TS不可避!?愚腐腐腐腐」

 

「海老名は擬態しろし!」

 

「………馬鹿みたい」

 

「あら、お邪魔しちゃったかしらー」

 

雪ノ下の顔から笑みが消え、何事もなかったかのように席に座る。由比ヶ浜はわたわたと両手を動かすよくわからない動きをしていた。

 

小さく咳払いをして、雪ノ下が事務的に声をかける。

 

「皆さん奉仕部に何かご用ですか?」

 

「あ、はい。生徒会としてお料理イベントの成功報告と、先輩方へのお礼をしに来たわけなんですけど、イベントに参加していただいた皆さんもお礼がしたいということでしたので一緒に来ちゃいました!」

 

そう言ってから一色は後ろを振り返り、他のメンバーに目配せをする。

 

「…まー、上手く作れたからさ、その、ありがとね。雪ノ下さん」

 

「どういたしまして」

 

「優美子からのお礼ってレアだよゆきのん!」

 

「うっさい!結衣は黙ってるし!」

 

「あはは。わたしもいい勉強になったから。ありがとうね~。それでヒキタニ君、戸塚君に友チョコはあげたの?ハチトツ、キマシタワー!!」

 

「だから海老名は擬態しろし!」

 

平常運転で倒れた海老名さんの鼻を拭く三浦を横目に、サキサキこと川崎沙希がなぜか俺に視線を向けて口を開く。

 

「京華が比企谷に『はーちゃん、また遊ぼうね』って伝えてくれって」

 

「お、おう。機会があればな」

 

「さすがはロリ(がや)君ね。川崎さん、その男と京華さんを二人きりにしちゃ駄目よ」

 

「おい、なんだその嫌なあだ名は!」

 

「あら、ロリコンでシスコンの貴方に相応しいと思うのだけれど」

 

「ヒッキーキモい!」

 

「キモい言うな。あと、俺は断じてロリコンじゃねえ!」

 

「シスコンは否定しないんだ」

 

小町は天使だからな!仕方ないね!

 

「比企谷くんはシスコンなんだねー。じゃあ陽さんの妹っていう属性を持っている雪ノ下さんが有利かなー」

 

めぐり先輩がいつものほわほわとした口調で、反応に困ることを言いやがった。あれ?おかしいな。めぐり先輩ってそんな人だったっけ?

 

「まあ、確かに妹よね…」

 

雪ノ下が上目遣いで俺を見てそんなことを呟く。何そのあざとさ。一色に習ったの?

 

「あたしは一人っ子だし…。ゆきのんずるい!」

 

「そんなこと言われても…」

 

「先輩、わたし年下ですよー。ほらほら妹みたいなものでしょ?あ、だからといって口説こうとしないでください無理ですごめんなさい」

 

「うん。相変わらずあざといなお前」

 

一色が勝手に自己アピールをして、勝手に俺の考えを想像して、にべもなく断るといったいつものやり取りを終わらせる。うん、一色は今日も平常運転だな。

 

「つーか、ヒキオもててるし、あんたも加わらなくていいの?」

 

「あたしは別に、そういうんじゃ…。雪ノ下にお礼言いに来ただけだし」

 

「ふーん。ま、あーしは結衣を応援するし」

 

「…勝手にすれば」

 

川崎と三浦がぼそぼそと何かを話している。この前みたいに険悪な雰囲気じゃないから気にしないでおこう。触らぬ神に祟りなし。

 

「いやー、比企谷くんって、罪な男だねー」

 

気が付くとめぐり先輩が俺の横に立っていて、そんなことを小さな声で訪ねてきた。

 

「…何ですかいきなり」

 

「いろんな女の子から好意を持たれているでしょう」

 

「…ったく、俺なんかのどこがいいのか」

 

「お?自覚してるんだ」

 

「……まあ、色々あるんで」

 

視線を机の下に落とし、めぐり先輩に聞こえるくらいの大きさで呟く。

 

「陽さんも比企谷くんのこと気にしてるみたいだし」

 

「雪ノ下さんは、まあ、雪ノ下のことで俺にちょっかい出してくるんですけどね」

 

「あはは。陽さんもシスコンだからねー」

 

「まあ、そうですね」

 

「比企谷くん、陽さんとシスコン仲間だったりする?」

 

「…勘弁してください」

 

          × × ×

 

「…なんだか、疲れたわ」

 

「でも、お料理イベントが大成功ってことだし!優美子も姫菜も沙希も喜んでたし!」

 

雪ノ下が新しく淹れてくれた紅茶を口に運び、俺たちはほぼ同時にほっと溜息をついて、お互いの顔を見合わせて苦笑した。

 

「凄い偶然ね」

 

「息ぴったりって感じだし!」

 

「だな」

 

このなんて言い表したらいいのかわからない、心地よい空気が、俺は好きだ。

 

「…比企谷くん、由比ヶ浜さん」

 

「おう。どうした?」

 

「なーに?ゆきのん」

 

「……1か月後も、こうして紅茶を飲みたいわ」

 

「ゆきのん…。うん。そうだね」

 

「ああ、そうだな。…だけど一つ問題がある」

 

俺の言葉に、雪ノ下も由比ヶ浜もビクッと体を震わせる。

 

「…問題とは何かしら?」

 

ティーカップを机の上に置いて、雪ノ下が聞いてくる。由比ヶ浜も不安そうに俺を見ていた。

 

「1か月後は、春休みだからここには集まれない」

 

「…そうね」

 

「そっか、春休みだ」

 

雪ノ下も由比ヶ浜も安堵した表情を浮かべる。おそらくは俺も同じような表情をしているだろう。

 

「…まあ、3年生になってもさ、こうやって一緒に紅茶を飲もうぜ」

 

「そうね。一緒に飲みましょう」

 

「うん。約束だよ!ゆきのん。ヒッキー」

 

雪ノ下の微笑みと、由比ヶ浜の笑顔、それぞれに頷き返す。

 

「ああ。約束だ」


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