やはり俺たちの青春ラブコメはまちがっていた。   作:神納 一哉

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これからについて

「由比ヶ浜さん、私、もう少し素直になろうと思うの」

「うん、いいと思うよ。っていうかゆきのん、ヒッキーと連絡先交換してなかったんだね」

「ええ。その、比企谷くんとは連絡先を交換する機会がなかったもの。友達になってくれって言われても断っていたし」

「えーっ!?ヒッキーと友達ですらなかったの!?」

「由比ヶ浜さんだって友達ではないでしょう?比企谷くんの考える友達の定義って捻くれているから」

「あー、確かに。それじゃあ、あたしたちってヒッキーにとって何なの?」

「強いて言うなら仲間、かしら」

「仲間、か。まあ、今はそれでいいけど、あたしはもっと違うものになりないな」

「そうね。…その、由比ヶ浜さんか私、どちらかが比企谷くんの特別になったとしても、私は、由比ヶ浜さんの友達であり続けたいのだけれど…」

「ゆきのん大好き!」

「それは、比企谷くんとの関係が変わっても、私と友達でいてくれると思ってもいいのかしら」

「うん。あたしたち、ズッ友だよ。ゆきのん」

「…ずっとも?って何かしら?」

「ずっと友達ってこと!」

「……ありがとう」

「よーし、じゃあ月曜日は部活でヒッキーに甘えちゃおうっと」

「…どうしてそうなるのかしら?」

「ゆきのんと友達でいられるってわかったから、甘えられるうちに甘えとこうかなー、なんて」

「……そうね。私は比企谷くんに優しくしてみようかしら」

「ヒッキー驚くよ。きっと」

「最近はそんなにきつくあたった覚えはないのだけれど…」

「ゆきのん自覚ないんだ…」


2 そして比企谷八幡は、ひとり夜に含羞する。

………眠れない。

 

明日は日曜日で休みだし、予定もないから別に構わないんだけど。

 

ただ、こうやって目を閉じていると、夕方の出来事が思い起こされてきて、なんだか背中がむず痒くなってくる。

 

何だよ、『1か月、時間をくれないか?』って!何言っちゃってるの!?俺!

 

一度言ってしまったことを無かったことには出来ないし、時間を戻すことも出来ない。

 

雪ノ下と由比ヶ浜、二人のことを思い浮かべ、布団の中で頭を抱える。

 

あの二人と奉仕部の部室で過ごす時間は、いつの間にか俺の中でかけがえのないものになっていた。

 

雪ノ下が淹れた紅茶を飲み、文庫本を読みながら雪ノ下と由比ヶ浜のじゃれ合いを眺めたり、雪ノ下に咎められたり、由比ヶ浜に『キモい』と言われたり…。

 

あれ、なんか涙が出てきた。

 

……冗談はさておき、問題は制限時間を設けたのが他の誰でもない、俺自身ということだ。

 

雪ノ下と由比ヶ浜と俺。三人きりの部活仲間。

 

雪ノ下雪乃。才色兼備、文武両道の奉仕部部長。学校内では完璧超人で誰からも一目置かれている存在だが、実は方向音痴で、体力がなく、そのくせ負けず嫌いである。パンダのパンさんと猫が好き。犬は苦手。

 

由比ヶ浜結衣。お馬鹿の子だけど天真爛漫で人懐こい性格は誰からも好かれる存在だろう。クラスでもトップカーストの一員であるが、見た目がビッチなのはいただけない。犬が好きで料理が苦手。

 

そんな二人に俺が『1か月、時間をくれないか?』とか、何言っちゃってんの俺!!

 

――それで、私も由比ヶ浜さんも、勝ったら全部貰うことにしているんだけれども、比企谷くんはどうするのかしら?

 

雪ノ下の言葉が頭をよぎる。

 

雪ノ下も由比ヶ浜も、『勝ったら全部貰う』と言った。この『勝ち』とは、奉仕部の活動を通して誰が一番多くの人を導けるかを競い、一番多くの人を導いた者が勝者となり、勝者は敗者になんでも一つ命令をすることができる。このルールでの勝者を指しているのだろう。

 

だがこのルールには共闘も可という抜け道がある。そして今までの奉仕部への依頼を振り返り、今日の雪ノ下の依頼が最後と考えると、俺と雪ノ下の依頼を除いて共闘も含めて雪ノ下6勝(由比ヶ浜、戸塚、川崎、葉山、鶴見、相模)、由比ヶ浜2勝(葉山、鶴見)、俺8勝(由比ヶ浜、戸塚、川崎、葉山、鶴見、相模、海老名、一色)という勝利数が予測できる。

 

俺が悪役になって解決したことを加味すると必ずしも数字通りではないと思うが。

 

それでも、残ってる依頼の性質を考えると、勝負に勝つのは俺が選んだ方になるのは間違いない。

 

俺が選ぶとか、何考えてんだ俺!…でも、そういうことなんだよな。

 

二人の言う『勝ち』は、本当は奉仕部の勝負じゃなくて、俺に選ばれること。

 

『全部貰う』というのは、俺との関係が変わっても、二人の友人関係はそのままで、奉仕部の活動も変わらないようにするということ。

 

最後の依頼と言ったけど、あれは今の奉仕部にとって最後の依頼ということなのだろう。

 

雪ノ下も由比ヶ浜も『自分は卑怯だ』と言っていた。

 

でも、それって普通だと思う。そんなこと言ったら俺だって卑怯だ。

 

――俺は、奉仕部が、今の関係が、いいと思っている。雪ノ下が居て、由比ヶ浜が居て、俺が居る。そんな関係を壊したくない、そう思っている。

 

思うのは自由ですよね!いやだって本当に奉仕部での時間って心地いいんだもの。守りたい、あの時間。

 

――俺は、本物が、欲しい。

 

ぎゃあああああああああああああっっ!!もうやめて、八幡のライフはゼロよ!!

 

何思い出してるんだよ!俺、何思い出してるんだよおおおおおお!!

 

悶えたくなるのを懸命に堪え、俺は布団の中で膝を抱えて丸くなった。

 

――私は本物が欲しい。私の中の本物を見つけて欲しい。

 

雪ノ下の言葉を思い返し、自分の心の平穏を取り戻そうと努力する。悪いな雪ノ下、これでお前も立派な黒歴史ホルダーだ。

 

とりあえず、1か月の猶予がある。そんなに悠長なことは言っていられないと思うが、ある程度の時間があるのは正直ありがたかった。

 

雪ノ下も由比ヶ浜も、自分の中で答えを出したのだ。

 

だから俺も答えを出さなくてはいけない。

 

素直な気持ちを―――。


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