やはり俺たちの青春ラブコメはまちがっていた。 作:神納 一哉
決意を新たにしていると、お義母さんが箪笥の引き出しくらいの大きさの桐箱を持って部屋に入ってきた。
机の上に桐箱を置いて蓋を開けると、中には薄紅色の色鮮やかな振袖とアルバム、大きめの封筒が入っているのが見えた。
「雪乃、こちらへいらっしゃい」
お義母さんが机の端に立ったまま雪乃を呼び、雪乃がそれに応えて席を立ちお義母さんの前へと歩いていく。
「こうして抱き締めるのは留学前以来かしら?大きくなったわね」
「か、母さん」
お義母さんが雪乃を抱きしめると、雪乃は身体を身体を強張らせたが、やがて両手をお義母さんの背に回してそっと抱き着いた。
「先ほども言いましたけれど、私たちは貴女を愛しています。何があろうと、貴女は私たちの娘です。そのことを忘れないで」
「……はい」
「たまにはこうしてスキンシップを取るのも悪くないでしょう?」
「誰かに見られているのはちょっと恥ずかしいのだけれど」
「その誰かが家族なら問題ないでしょう?」
「…そうね」
「ふふ。ではまた近いうちに」
「……うん」
名残惜しそうに雪乃はお義母さんから離れて俺の隣に戻ってくると、お義母さんは桐箱の中にあった封筒を取り出して中身を確認し、中から賞状のような書類と小さな手帳のようなものを取り出して、自分の膝の上に置いた。
「雪乃。これは貴女が生まれる前に作った母子手帳です」
そう言って差し出された母子手帳を受け取った雪乃の目が大きく見開かれる。
「母さん。その、これは本当に私の?」
「ええ、そうよ」
「母さんの名前じゃないのだけれど」
「鶴岡
「母さんは雪ノ下陽菜でしょう」
「ええ。私は雪ノ下陽菜で間違いないわ。そこに書かれている鶴岡雪菜は旧姓だと二階堂雪菜。私の妹よ」
「………どういうこと?」
雪乃が掠れる声で尋ねると、お義父さんが話し始める。
「…17年前の1月3日、鶴岡夫妻の乗った乗用車が病院へ向かう途中、信号無視のトラックに側面から衝突されて、旦那さんは即死、奥さんは病院に運ばれたが意識不明の重体。鶴岡夫妻には両親がおらず、家族と呼べる者は奥さんのお姉さんしか居なかったが、緊急連絡先がお姉さんになっていたため、お姉さんが病院へ駆けつけ、医師の話を聞き奥さんの状態を確認して帝王切開の同意書に署名した。そして無事女の子は生まれたが、奥さんは息を引き取った」
お義母さんも雪乃も泣いていた。お義母さんはお義父さんが、雪乃は俺が寄り添って落ち着くのを待つ。義姉さんは珍しくオロオロしていた。まあわからなくもない。
「……私は離婚してでも雪乃を引き取ろうと思っていたの。そうしたらお父さんが『馬鹿なことを言うな、僕たちの娘として育てよう。妹が出来て陽乃も喜ぶ』って」
「戸籍上は実子になっているのだけれど」
「特別養子縁組よ。雪菜と私は血縁だし事情が事情だから特に問題なく手続き出来たわ。だから雪乃は間違いなく私たちの娘であり、雪菜と
「母さん…」
「雪乃のマンションは鶴岡家のもので、雪乃が継いだものでもあるのよ。だから貴女が高校生になって一人暮らしをしたいと言い出した時、一人暮らしをすることを認めたの。あのマンションは貴女の物なのだから」
そう言って封筒から取り出したのはマンションの権利書だった。世帯主の欄には雪ノ下雪乃の名前が記されている。
「雪乃ちゃんが一人暮らし出来たのはそういうわけだったんだ。依怙贔屓じゃなかったんだね」
「そうよ。雪乃には持ち家があったから一人暮らしを許したのよ。決して依怙贔屓ではないわ。陽乃の一人暮らしを反対しているのはね、貴女が心配だからよ」
「私もう成人してるんだけどなあ」
「暇さえあれば雪乃のことや大学のことで泣きついてくる娘に一人暮らしなんてさせられないわ。危なっかしくて」
「ちょっと、雪乃ちゃんや比企谷くんの前で言わないで!」
「陽乃。手遅れですよ」
「お母さんの馬鹿ぁ」
あれ?義姉さんが普通の女の子しているぞ。
「なあ雪乃、もしかして義姉さんってママっ子なの?」
「そのようね。今までそのような素振りを見せたことなかったのだけれど、もしかして自分が母さんに甘えるために、私にちょっかいを出していたのかしら?」
「いや、お前にちょっかいを出していたのは純粋に可愛がるためだと思うぞ。お義母さんの話を聞いて確信したけど、義姉さん、俺に勝るにも劣らないシスコンだし」
「自分がシスコンなのは認めるのね。シスコン八幡くん」
「ついに一文字も元の字が無くなったか。でもそれでいいの?お前もシスコン雪乃になるぞ?」
「あら。8月8日までは雪ノ下ですもの。関係ないわ」
「へいへい。俺が悪かったよ」
お互いに軽口をたたき合い、最後には笑みを交わしてみたりなんかして。
「雪乃。その、気をしっかり持ってね」
「私は母さんたちの娘なんでしょう?その、衝撃的な話だったし、驚いてはいるのだけれど、父さんも母さんも姉さんも私のことを愛してくれているって教えてもらったし、実感したから、母さんが言ったように親が2組いると思えばいいことだと思うの。それよりも、姉さんがママっ子だったことの方が衝撃的なのだけど」
「さっきから雪乃ちゃん酷い!」
「強く、なったわね」
「母さんが甘えさせてくれるってわかったから。八幡が側にいてくれるから私は強くなれるの。それに、雪菜母さんと俊樹父さんも見守ってくれると思うの」
「……そうね」
「近々、雪菜母さんと俊樹父さんのお墓参りに連れて行ってくれるかしら?」
「ええ。行きましょう。八幡さんも一緒に」
「そうですね。報告しないと」
「報告といいますと?」
「わかるでしょう?雪乃と幸せになりますって報告をお義父さんとお義母さんにするんですよ」
「それ報告じゃなくて惚気だよ義弟くん」
「じゃあ雪乃さんを娶りますとでも言えばいいですかね?義姉さん」
「あー、うん。そうだね。比企谷くん、その、ずいぶんと余裕を持ってるみたいだけど、どうしてかな?」
義姉さんがそんなことを聞いてくるので、雪乃に目配せをして返事をする。
「シスコンでママっ子の義姉さんなら怖くないですもの。なあ、雪乃」
「そうね。ママっ子の姉さんは好感が持てるわね。シスコンなのはどうかと思うのだけれど」
「ふたりして虐めるっ!」
「自業自得よ、陽乃」
「お母さんまで!?」
こうして義姉さんを弄りながら、鶴岡家のことをお義母さんが言ったように軽く受け止めることとした。
お義母さんも義姉さんもそんな雪乃の意図に気付き、乗ってくれた。
「まあ、そういうわけで、実際は八幡くんにではなく、雪乃に渡したいものというか返したいものだったんだけど、受け取ってもらえるかな?」
「責任持って雪乃のマンションまで運ばせていただきます」
「振袖は雪菜のものだから、二階堂の家紋が入っています。大事になさい」
「はい」
「雪乃。お前の家だ。好きにしなさい」
「父さん。ありがとう」
雪乃は爽やかな笑顔を浮かべてそう言うと、俺の顔を覗き込んで口元を緩めた。
「それじゃあ、婚約も成立したことだし一緒に暮らしましょう。八幡」
独自設定
雪乃の生みの親は鶴岡
鶴岡夫妻は17年前の1月3日に交通事故で雪乃を残して亡くなっている。
雪乃が住んでいるマンションは鶴岡夫妻が住んでいた家で、雪乃に相続されている。雪乃が入居する際に雪ノ下建設で全面リフォームしている。
鶴岡雪菜は雪ノ下陽菜の妹。旧姓は二階堂雪菜。