やはり俺たちの青春ラブコメはまちがっていた。 作:神納 一哉
朝の奉仕部の部室で俺と雪ノ下は抱き合っていた。先ほど告白をして受け入れてもらった結果である。
「比企谷くん。私たち、恋人同士になったのよね」
「お、おう。そうだな」
「貴方、自分は雪ノ下と釣り合わないから、付き合っているのは内緒にしておこうとか言うつもりでしょうけれど、却下よ」
まさにその通りなのだけれど。と雪ノ下風に考えながら俺は抵抗を試みる。
「いや、でもな」
「比企谷くんが私を選んだように、私が比企谷くんを選んだのだから、そんなことを考えるのは禁止。私たちはお互い本物を手に入れたのよ。それは隠すようなものじゃないし、私としては隠したくないのだけれど」
じわりと胸が熱くなるのを感じながら、俺が雪ノ下の恋人と周知されることで雪ノ下が被るであろう被害を想像して説得を試みる。
「様々な悪行を行った目の腐ってる男だぞ?どうひいき目に見ても雪ノ下雪乃とは釣り合わないし、周りから何言われるかわからねえぞ」
「他人のことなんて気にしないわ。だから貴方も他人のことなんて気にしないで」
「俺のせいでお前が悪く言われるのは嫌なんだけど」
「それを言うなら私のせいで貴方を悪く言われるのも嫌なのだけれど」
何かが俺の頬を濡らしている。目の前がぼやけて見える。
「甘えてもいいのか?泣き言を言ってもいいのか?」
「ええ。受け入れるわ」
雪ノ下の肩を借りようとすると、雪ノ下はそっと俺の頭を押さえて自分の胸元に抱きしめて頭を撫でてくる。なにこれ、凄い恥ずかしい。っていうか想像していたよりもずっと柔らかいです。
「私は貴方を絶対に裏切らないわ。貴方を愛してるから」
「…ありがとう。俺も絶対に裏切らないことを約束する」
「あら、それだけかしら?」
「愛してる。雪乃」
「よくできました」
そう言って微笑むと、雪ノ下は両手で俺の顔を持ち上げて唇を重ねてきた。それを受け入れた後、俺は雪ノ下の前では思っていることを素直に口にすることを決めた。
「抱きしめて、いいか?」
「ええ」
雪ノ下を抱きしめ、視線の先にある白い首筋を見つめて、鼓動が跳ね上がるのを自覚した。
「比企谷くん。鼓動が早くなったわよ。まあ、私もなのだけれど」
「付けていいか?っていうか、付けたいんだが」
「付けるって、何を?」
「キスマーク」
「………いいわ。その代わり、私にも…あっ、ん…」
許可をもらった次の瞬間には、雪ノ下の首筋に吸い付いていた。小さく体を震わせる雪ノ下がとても愛おしく感じる。
俺が雪ノ下の首筋から唇を離すと、雪ノ下の両手が俺の肩に置かれていて体を押し戻されていた。赤くなった顔で俺を睨むと、雪ノ下は小さく呟く。
「お返しよ」
そして俺たちの首筋には、お互いの印が付けられたのであった。
× × ×
「ふーふー、ふーふー」
放課後の部室。雪ノ下はパンさんの絵柄の湯のみを自分の口元に持っていき息を吹きかけている。俺は椅子に座って机の上の文庫本を眺めていた。
「このくらいでいいかしら?」
「おう、ありがとう」
「どういたしまして」
雪ノ下は微笑んで湯のみを俺の前に置き、机の上にあった文庫本を手に取って腰を下ろした。
俺は湯のみを手に取ると、一口紅茶を啜ってから机の上に湯のみを置く。
「うん。旨い」
「よかったわ」
雪ノ下が微笑みを浮かべたとき、部室の扉が勢いよく開かれて、亜麻色の髪の少女が室内に飛び込んできて俺たちの目の前で机に突っ伏した。
「せんぱーいっ!はうっ!?……あれ、いつも通りなら先輩に抱き付けるはずなのになんで?」
「……何やってんの?」
「そうね。なぜ一色さんは机に突っ伏しているのかしら?」
俺の左肩に頭を載せて雪ノ下が呟く。一色はがばっと顔を上げて俺と雪ノ下を交互に見ると、わなわなと体を震わせた。
「なんで雪ノ下先輩が先輩に寄りかかっているんですか?っていうか、なんで先輩も雪ノ下先輩の隣に座っているんですか?」
「んー、まあ、アレだ」
俺はそう呟くと、左手で雪ノ下の頭を撫で、その感触を堪能しながらなんでもないことのように言う。
「相思相愛ってやつ」
「ひ、比企谷きゅん…」
なんだそれ、可愛いな。
「え、ええええええっっ!?雪ノ下先輩騙されてないですか?先輩ですよ?目が腐ってるゾンビな先輩ですよ!?」
悪かったな、おい。
そっと雪ノ下の左手が俺の右頬に添えられ、そのまま雪ノ下の方へと顔の向きを変えられる。雪ノ下は真っ直ぐに俺の目を見つめて、小さな微笑みを浮かべた。
「ふふ。一色さん。貴女から見ると比企谷くんの目は腐ってるように見えるかもしれないけれど、私を見る目はすごく優しいのよ。だから私は騙されてなんていないわ。私たちは確かに相思相愛なのだから。ねえ、八幡」
「お、おう。雪ノ下」
「雪乃、でしょう?」
「……雪乃」
「ふふ。よくできました」
妖しく笑うと、雪ノ下はそのまま体を起こして、唇を合わせてきた。咄嗟のことに反応できず、俺は目を見開いたままそれを受け入れる。
「ぎにゃあああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!雪ノ下先輩が先輩にキ、キ、キ、キ、きゃああああああああああああああああああっっ!!」
顔を真っ赤にして一色が部室を飛び出していく。律儀に扉を閉めていくあたり、さすがは生徒会長といったところか。
「人前で名前で呼んでキスしてくるなんて、お前もずいぶんと大胆だな」
「だって、貴方の悪口を言うんですもの。それに私たちは相思相愛ってことを見せつけておかないといけないと思ったのだけれど」
「まあ、そうだな。隠すことじゃないしな」
「そうでしょう。じゃあ、これからはいつでも八幡って呼ばせてもらうわ」
「じゃあ俺も、これからは雪乃って呼ぶぞ」
「嬉しいわ。八幡」
「俺もだ。雪乃」
どちらからともなく唇を合わせると、俺たちは暫くの間、部室で抱き合うのであった。