やはり俺たちの青春ラブコメはまちがっていた。   作:神納 一哉

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早朝の職員室

「おはようございます。平塚先生。部室の鍵をお借りしたいのですが」

「おはよう。雪ノ下。早いな。なんだ?忘れ物でもしたのか?」

「そんなところです」

「他の部員の忘れ物か」

「いえ、彼が届けに来てくれるはずですので、部室で待とうかと思いまして」

「ん?比企谷が雪ノ下の忘れ物を預かってるのか?」

「……そんなところです」

「ああ、鍵はいつも通り放課後に返しに来てくれればいいから」

「わかりました。ありがとうございます」

「しかし、比企谷が朝早く学校に来るなんて想像できないのだが」

「普段ならそうでしょうけれども、今日はきっと来てくれると思います」

「ふむ。大切なものなのか?」

「はい。とても大切なものです。……私たちにとっては」

「雪ノ下と比企谷にとって大切なもの、だと…」

「失礼しました」

「……いやまだわからん。これは比企谷次第だな」


12 やはり俺たちの青春ラブコメはまちがっていた。

職員室の扉の前で俺は大きく深呼吸をしてから扉を開く。

 

「おはようございます。平塚先生」

 

「………比企谷。どういう風の吹き回しだ?」

 

「いえ、ちょっと部室に忘れ物をしたので、部室の鍵を借りようかなあと」

 

「ふむ。忘れ物、ねえ。月曜日の朝に取りに行かないといけないものってなんなんだ?」

 

「あー、アレですよアレ。宿題のプリント。部室で解いてそのまま置き忘れたみたいな」

 

「ほう。おかしいな。そのような宿題は出ていないはずだが」

 

「現国じゃないですから」

 

「無論、現国でも出していないが、他教科でも金曜日にプリントを宿題として出したところはないはずだぞ。そういったものは教員会議で決めるからな」

 

じわりと背中に汗が滲むのを感じながら、平静を装って会話を繋げようと口を開きかけて、平塚先生の言葉に遮られた。

 

「先ほど奉仕部の部長が来て、お前たちにとって大切なものをお前が持って来てくれるから部室で待つ、と言って鍵を持って行ったんだが」

 

雪ノ下がすでに部室で俺を待っている、だと…。

 

「し、失礼します」

 

「比企谷」

 

動揺を表に出さないように挨拶をして職員室から出ようとしたところで、後ろから平塚先生に声を掛けられる。

 

「……なんすか?」

 

「今日の夕飯は三人でラーメンになりそうか?」

 

「……先生が奢ってくれるなら、そうっすね」

 

まったく、この人には敵わないな。

 

「………はぁ。結婚したい」

 

本当に誰か貰ってあげて!

 

          × × ×

 

部室の扉の前で、俺は立ち止まって目を閉じる。

 

この部屋の中に雪ノ下が居る。

 

平塚先生から聞いた話から推測するに、おそらく由比ヶ浜から雪ノ下に連絡がいって土曜日のことを聞いたのだろう。

 

土曜日の由比ヶ浜の言葉を思い返してみると、戸塚が言っていた協定が雪ノ下と由比ヶ浜の間に締結されているのはまず間違いないと思う。

 

由比ヶ浜がそれを踏まえた上で雪ノ下に連絡を取ったのだとすれば、雪ノ下が部室で俺を待つという行動を起こしたのは必然だろう。

 

この扉の向こうで雪ノ下が俺を待っている。

 

思い起こせば俺と雪ノ下の出会いは最悪だった。それでもいくつかの出来事を体験するごとに、少しずつ確実にお互いを知り理解していくうちに、俺は雪ノ下に対して他とは違うものを感じるようになっていた。

 

大きく深呼吸をしてから目を開け、目の前の扉を叩く。

 

「はい。どうぞ」

 

涼やかな声が耳朶に響く。俺は扉を開けて部屋の中へと歩を進めた。

 

「比企谷くん。おはよう」

 

「……うっす」

 

「そこはおはようと返すところだと思うのだけれど」

 

「ん、おはようさん」

 

静かに微笑む雪ノ下に見惚れながら、俺は後ろ手で部室の扉を閉め、雪ノ下の方へと歩み寄っていく。

 

「……由比ヶ浜さんに聞いたわ。比企谷くん。由比ヶ浜さんとお友達になったそうね」

 

「ああ。由比ヶ浜とは友達になった」

 

自分の椅子を通り過ぎ、机を回り込んで雪ノ下の横へたどり着くと、雪ノ下は椅子に座ったまま俺を見上げた。その瞳は幾分不安そうな色を浮かべているように見える。

 

「私は、比企谷くんにとって何になるのかしら?」

 

「その質問に答える前に、雪ノ下に伝えたいことがあるんだけど」

 

「あら?なにかしら?」

 

不安そうに見つめる雪ノ下から視線を逸らさずに、俺は大きく息を吸い込んだ。

 

「好きです。俺と付き合ってください」

 

声に出した瞬間、目を閉じて身を固くする。しょうがないよね、とてもじゃないけど直視できないし。

 

雪ノ下は今、どんな表情を浮かべているのだろうか?何を考えているのだろうか?俺は間違ってしまったのだろうか?

 

そんなことを考えていると、不意に俺の左頬に何かが触れたので、驚いて目を開けると、雪ノ下が右手を伸ばして俺の頬に触れていた。

 

「比企谷くん。そんな風に目を閉じられたら返事ができないのだけれど」

 

「悪い」

 

「やり直し。もう一度、今度はきちんと目を開けたまま言いなさい」

 

「ええ…」

 

「……お願い」

 

潤んだ瞳でそんなことを言うのは反則だ。雪ノ下。

 

「好きです。俺と付き合ってください」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

そう言うと雪ノ下は真っ直ぐに俺を見つめ、ゆっくりと瞳を閉じて顎を上げた。その頬は若干紅潮している。

 

そのまま吸い寄せられるように、俺は雪ノ下の肩に手を置いて、雪ノ下との距離を零にした。

 

「………それで、私は比企谷くんにとって何になるのかしら?」

 

「そうだな。雪ノ下雪乃は比企谷八幡にとっての本物だ。じゃあ、俺は雪ノ下にとって何になるんだ?」

 

「あら、そんなの決まっているじゃない。比企谷八幡は雪ノ下雪乃にとっての本物よ」

 

「ということは、依頼完了ってことでいいのか?」

 

「ええ。貴方の方も依頼完了ということになるのかしら?」

 

「そうだな。依頼完了だ」

 

顔を見合わせて微笑みあい、それからどちらからともなく再び唇を重ねてから、俺は腰を曲げて椅子に座る雪ノ下を抱きしめると、その耳元で囁いた。

 

「愛してるぞ、雪乃」

 

「バカ、アホ、大好き、八幡、愛してる」

 

罵倒かと思わせておいて嬉しいことを言ってくれる雪ノ下。

 

結局、始業前のチャイムが鳴るまで俺たちは抱き合ったまま、短くはない朝の時間を過ごしたのであった。

 

捻くれたぼっちと孤高のぼっちが紆余曲折を経てくっついただけだと周りは言うかもしれないが、俺も雪ノ下も気にすることはないだろう。

 

なぜなら、お互い手に入れたいものを手に入れたのだから。

 

                                      了




一応これで本編は完結です。

未定になったけど今日が12巻の発売予定日だったはずなので、なんとか間に合ったかなとw

後はエピローグとぼ~なすとらっくを書こうかなとは思っています。

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