やはり俺たちの青春ラブコメはまちがっていた。 作:神納 一哉
「こんばんは。由比ヶ浜さん」
「ゆきのん。こんばんは。あのね、今日なんだけど、ヒッキーに誘われてパセラ行ってきたの」
「そう。由比ヶ浜さんから誘ったのでなければ構わないわ。二日連続でカラオケというのはどうかと思うのだけれど」
「文化祭の時にハニトー食べに連れて行ってくれるって約束してたんだ」
「遅まきながら比企谷くんが約束を履行したってことかしら?」
「りこー?」
「…約束を守ってくれたってことかしら?」
「うん。そうそう。そんな感じ。それでね、あたし、ヒッキーと友達になったの」
「……そう」
「ゆきのん、あたし、振られちゃった」
「由比ヶ浜さん…」
「ねえ、ゆきのん」
「なにかしら?」
「ヒッキーのこと、好き?」
「………ええ。好き、よ」
「あたしのことは?」
「好きよ。お友達として」
「えへへ。あたしもゆきのんのこと大好きだよ。だから、これからも、何があってもずっと友達だよ。ゆきのんも、ヒッキーも」
「………ありがとう」
期末試験も終わり、学校も通常授業に戻る月曜日。自転車を漕いで俺は学校へと向かっている。
先週末、俺は由比ヶ浜と友達になった。
俺と由比ヶ浜の関係はクラスメイトや部活の仲間という関係を経て友達へとランクアップしたわけなのだが、ある意味これは欺瞞ともいえる関係を由比ヶ浜に強いてしまったのではないかと考えてしまう。
由比ヶ浜結衣という女の子は、少なくともF組ではトップカーストに属する、ぼっちの俺とは対照的な存在のはずだった。そんな彼女が俺のことを好きだと言ってくれたのだが、俺はそれに応えることはできなかった。
俺は雪ノ下雪乃が好きだったから。
雪ノ下雪乃。容姿端麗、才色兼備の奉仕部部長。俺なんてつり合いが取れないどころか女王と下僕と言った方が違和感がないだろう。
雪ノ下からの依頼、自分の中の本物を見つけて欲しい。奇しくもそれは俺が求めるものと同一のものだった。
いや、あえて俺と同じ言い方をすることで、俺に答えを出すよう求めてきたのだと思う。
そして、答えは出ている。そう、答えは出ているのだ。
だがそれを雪ノ下に伝えることが未だに出来ていなかった。
土曜日の夜、雪ノ下の名前を表示した携帯の電話帳を眺めるだけで、通話ボタンを押すことが出来なかった。
日曜日も暇さえあれば携帯の電話帳を眺め、一日を過ごしていた。
そして今日、月曜日はいつもよりも早い時間に目が覚めてしまい、そして今、学校の校門をくぐったところである。
駐輪場に自転車を置き、閑散とした昇降口で靴を履き替えて教室へと向かう。しんと静まり返った教室で自分の机に鞄を置くと、渡り廊下にある自動販売機を目指して歩き出した。
誰ともすれ違わないまま、自動販売機でマッ缶を購入してからベストプレイスへと歩いて行き腰を下ろす。
プルタブを起こし、一口啜って悶絶する。ホットの設定温度高すぎじゃないですかね?
答えは出ている。由比ヶ浜には伝えた。そうなってくると雪ノ下にも伝えなくてはいけない。わかってはいる。わかってはいるのだが、どうしても二の足を踏んでしまう。
「八幡」
「うおっ!?」
「あ、ごめん。驚かせちゃったかな」
「悪いな。考え事してたからいきなり声を掛けられて驚いちまった。おはよう。戸塚。部活か?」
「おはよう。八幡。うん。まあ自主練だけどね」
戸塚はそういうと、上目遣いで見つめてくる。戸塚マジ天使。
「…その、何か悩み事かな?なんか、難しい顔してたから」
「……まあ、ちょっと、な」
「僕でよかったら、相談に乗るけど?」
真剣な眼差しでそう言ってくる戸塚。…そうだな。戸塚になら相談してもいいかもしれないな。
「……俺、由比ヶ浜に告白されて断ったんだけどさ、由比ヶ浜と友達になったんだ。というのも、奉仕部の関係を壊したくなかったっていう利己的な理由でさ、それが由比ヶ浜に欺瞞を強いているようで、どうしたらいいかわからねえんだ」
「八幡に振られた後で、由比ヶ浜さんは友達になることを了承したんだよね?」
「ああ。そうなる、かな」
「それならそれは由比ヶ浜さんの意思であって、八幡が悩むことじゃないと思うけど。由比ヶ浜さんも奉仕部の関係を壊したくないから八幡と友達でいたいって考えているんじゃないかな?」
戸塚はそう言うと、俺の両肩に手を置いて真っ直ぐに視線を合わせてくる。
「八幡。由比ヶ浜さんと話したのはいつ?」
「土曜日、だけど」
「昨日は何していたの?」
「特に何も」
「えっ?雪ノ下さんと話していないの!?」
「な、な、な、な、なぜそこで雪ノ下が出てくる!?」
「八幡も由比ヶ浜さんも奉仕部の関係を壊したくないってことはさ、雪ノ下さんを含めた関係を壊したくないってことでしょ?それで由比ヶ浜さんの告白を断ったってことは八幡は雪ノ下さんを選んだってことでしょ?違う?」
「戸塚、お前、エスパーだったの!?」
「あはは、違うよ。奉仕部の関係を少し考えればわかることだって」
「そ、そうか」
「そうだよ。だから八幡は今すぐにでも雪ノ下さんと話をしないといけないと思うんだけど。幸い、ホームルームが始まるまでにはまだ結構な時間があるし、部室の鍵でも借りてきて、雪ノ下さんを呼んだらいいんじゃないかな?」
天使のような微笑みを浮かべながら、戸塚がそんなことを提案してきた。俺は小さく溜息をつくと、本音が口から零れ落ちる。
「…………怖いんだ」
「何が?」
「拒絶されるのが」
「それって、由比ヶ浜さんと雪ノ下さんを馬鹿にしてるよね?」
「………え?」
「由比ヶ浜さんが告白を断られても八幡と友達でいるってことは、雪ノ下さんと友達でいたいからってことでしょ?」
「……多分」
「それって彼女たちの間で協定が結ばれているからだと思うんだけど。どちらが選ばれても恨みっこなしみたいな」
「………そうなのか?」
「そうじゃなきゃ友達になんてならないよ。僕がもし由比ヶ浜さんの立場だったら、振られた時点で部活もやめて八幡たちに関わらないようにするよ。好きな人が他の人と仲良くしている姿を見続けるなんて耐えられないし」
戸塚はそう言い切ると、俺の両肩に乗せた手を持ち上げ、俺の両肩を強く叩いた。
「ちゃんと雪ノ下さんと話すんだよ八幡」