やはり俺たちの青春ラブコメはまちがっていた。   作:神納 一哉

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10 やはり由比ヶ浜結衣は優しい女の子である。②

 

         × × ×

 

ハニトーを食べ終わり、なんとなく由比ヶ浜と視線を合わせないようにしてカラオケのアーティスト紹介映像を眺めている。

 

由比ヶ浜は歌本をパラパラと捲っていたが、お目当ての曲が見つかったのか、リモコンに手を伸ばして入力をしている。

 

「はい、ヒッキー」

 

そう言って由比ヶ浜がマイクを差し出すのと、昨日歌った曲のイントロが流れ出すのはほぼ同時だった。

 

「俺が歌い終わるまでに由比ヶ浜も何か入れておけよ」

 

「りょうかーい」

 

何事も諦めが肝心だ。俺は小さく溜息をついてからマイクを受け取り、中学時代にそこそこ流行ったラブソングを歌い始める。

 

何かのドラマの主題歌だった気がする。月9だったかな。学園物だった気がするがうろ覚えだ。

 

―――放課後の教室で彼女に出会い、気づいたら恋に落ちていた。

 

王道の学園ラブコメ的な歌詞を口にしながら、ふと俺の脳裏に浮かんできたのは奉仕部の部室だった。

 

―――何気ないやり取りも、大地に染み渡る雨のように僕を君色に染めていく。

 

いつも思うけど、ラブソングって実際に言葉にはできないよね。詩的表現って、黒歴史確実じゃん。

 

今声に出せているのはまあ、フィクションで歌だからってことで。

 

―――僕だけを見つめて欲しい。君だけを見つめていたい。その瞳が閉じるとき、二人の距離は零になる。

 

内容が矛盾しているのもラブソングの特徴だ。お互いを見ていたいと言っておいて、次の瞬間には瞳を閉じている。まあキスの隠喩なんだが。

 

―――君に届けよう。この気持ちは永遠に変わらない。I will love you forever.

 

既に付き合っているとしか思えない間柄なのに気持ちを届けるって変だよな。そして締めの英語歌詞。まあそれがJPOPの醍醐味ってやつか。

 

冷静に歌詞の内容を考察しながら、早く終わらないかなー。なんて考えてみたりする。由比ヶ浜を見ると昨日と変わらずにボーっとしているから見とれていると考えてもいいのかね?まあ楽しんでもらえたなら何よりだ。

 

          × × ×

 

「はー。歌った歌った」

 

「…暫くはカラオケ来たくねえ」

 

「あはは。ヒッキー格好よかったよ」

 

「同じ曲ばっか歌わせやがってどんな拷問だよ」

 

あれから交互に歌うことになったのだが、俺にはそんなにレパートリーが無いと言ったら由比ヶ浜の奴、自分の曲を入れた後に歌わせた曲を予約しやがった。結局7、8回同じ曲を歌ったんじゃねえかな。最後の方は歌詞見なくても歌えるようになっていたし。

 

現在時刻は午後2時ちょっと前。俺としては正直このまま家に帰りたいところだが、そういうわけにもいかない。

 

「なあ由比ヶ浜、海浜公園行かねえか?」

 

「うん。いいよ」

 

肩を並べて公園へと向かう。駅前を抜け、由比ヶ浜にとっては通学路でもある道を歩いていく。

 

「なんか学校に向かってるみたいでアレだな」

 

「うん。一緒に登校してるみたいだね」

 

「昼過ぎに鞄も持たずに私服で登校か。実際にそんなことしたら平塚先生に殴られそうだな」

 

「あはは。実際にそんなことしないし」

 

「由比ヶ浜はサブレの散歩のついでに登校しそうだ」

 

「そんなことしないし!」

 

頬を膨らませて抗議する由比ヶ浜から逃げるように、俺は海浜公園に向かって走り出した。20メートルほどで立ち止まり、由比ヶ浜が追い付いてくるのを待ってから再び肩を並べて歩き始めた。

 

「ヒッキー、いきなり走り出すのは反則だし!」

 

「ちょっと体を温めておいた方がいいかと思ってな。海辺だし」

 

「いい天気だから大丈夫だと思うけどな」

 

「まあノリだノリ」

 

「わけわかんないし!」

 

公園に入り、暫く遊歩道を歩いてから砂浜へと続く階段を降りる。砂を踏みしめて波打ち際まで歩いていき、冬の海に視線を落としてから、同じように隣で海面を見つめている由比ヶ浜に向き直った。

 

「今日は付き合ってくれて、サンキューな」

 

「…うん」

 

由比ヶ浜は小さくそう言うと唇を引き結び、両手を軽く握りしめておもむろに顔をこちらへ向けた。それから大きく息を吸い込んで、良く通る声で叫ぶ。

 

「ヒッキー!あたし、あたしね、ヒッキーのことが好き!」

 

「由比ヶ浜…」

 

「だから、あたしと付き合ってください!」

 

「……悪い。俺は由比ヶ浜とは付き合えない」

 

「……どうして?」

 

縋るような眼差しで見つめてくる由比ヶ浜に、俺は偽りのない本心を告げる。

 

「……俺は、雪ノ下雪乃が好きなんだ」

 

由比ヶ浜から視線を逸らし、俺はそう答えてから顔が熱くなるのを自覚した。言葉にするのはこんなにも恥ずかしいものなのか。

 

「……あーあ。やっぱりゆきのんかあ」

 

「由比ヶ浜?」

 

「ヒッキー風に言うと、ゆきのんがヒッキーの本物で、ヒッキーがゆきのんの本物ってこと。でもね、あたしもゆきのんの本物にはなれると思ってるんだ」

 

「それってどういうこと?」

 

「わかりやすく言えば、ヒッキーとゆきのんの本物は恋人で、あたしとゆきのんの本物は親友」

 

―――本当はヒッキーとあたしの本物が恋人だったら嬉しかったんだけどね。

 

そんなことを呟いた由比ヶ浜はどことなく寂しげであった。

 

「…お前、強いな」

 

「そうでもないよ。でも、予想はしていたかな。ゆきのんもヒッキーも捻くれてるけど、似た者同士だからね」

 

柔らかな微笑みを浮かべた由比ヶ浜の頬に、一筋の涙が滑り落ちる。

 

「あはは。ごめんね。今だけ、胸貸して」

 

そう言うと由比ヶ浜は俺の胸に顔を埋め、小刻みに肩を震わせて嗚咽を漏らす。ここで由比ヶ浜を抱きしめたりする資格はないので、俺は棒立ちのまま拳を握り締めた。

 

どのくらいそうしていたのかは定かではないが、やがて由比ヶ浜は俺から離れていき、目元をハンカチで拭ってからくしくしとお団子髪を撫でつけて、先ほどと同じような柔らかな微笑みを浮かべた。

 

「ありがと、ヒッキー」

 

「いや、その…」

 

「悪くないし。ヒッキーの正直な気持ちを聞かせてもらったから、あたし、ヒッキーのこと応援するよ」

 

「いい奴すぎねえか、お前」

 

「ヒッキーとゆきのんが付き合うことになってもさ、奉仕部は続けられるよね?」

 

「ああ」

 

「そっか。良かった」

 

えへへ。と小さく笑う由比ヶ浜。そんな彼女を見て、俺は自然と口を開いていた。

 

「なあ由比ヶ浜。俺と友達になってくれないか?」




カラオケの歌詞は適当にそれっぽいのを考えましたw

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