黄昏に至る幻想の物語   作:黄昏の信奉者

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序曲

 ───嫌だ、死にたくない。生きていたい。

 

 まず感じたのは『暗澹(あんたん)』、求めしものは女神の抱擁。

 死にたくない、死なせたくない。遍く死の螺旋から外れたい。

 しかし、その果てに女神の抱擁から逃れてしまった。ああ、なんて罪深い罰当たり。

 だから今この瞬間に告げよう。貴女に恋をしたのだ女神よ。

 貴女と出会うその日まで、私は待ち続けよう。

 

 ───壷中天(こちゅうてん)畜生道(ちくしょうどう)

 

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

 

 西暦1810年、フランスの港町、サン・マロで私は見た。

 その日、街では処刑が執り行われた。

 断頭台の周囲で唄われる血のリフレインの大合唱。

 今日も真紅に染まる断頭刃(ギロチン)を見る為だけに集まったであろう人々で溢れかえっていた。

 

 

 ───痛ましい。なんと醜悪であろうか。

 

 

 この時の私はまだ青二才、俗に言う思い上がりも甚だしい餓鬼だった。

 

 

 別離を(おそ)れ、死を(おそ)れ、死を拒絶し、魔道に手を出した臆病者の厭世家。

 人より長く生き過ぎた私の抱いた渇望は単純な死の拒絶だった。

 

 

 だからこの日も、処刑されゆく者を憐れんだ。しかし、それは正しく神への冒涜だと思い知った。

 断頭台に上がったのは一人の少女。

 金褐色の美しい髪、幼さが残る可愛らしい顔。そして、恐らく私が出会った人類の中で、最悪にして最美の魂を持つ少女。

 私は一目で心を射られた。

 一目惚れだ。きっと私と似た者達なら理解してくれるであろう。

 あそこまで美しい魂を見て、惹かれないのがどうかしている。いや、惹かれないにしても興味を持たない奴の感性が私には分からない。

 あの無垢なる少女の抱擁で生き続けたい。

 そう思ってしまった。

 断頭の刃が、ゆっくり上がっていく。

 

 

 ───ああ、彼女が死んでしまう……!

 

 

 私は迷わず、世界に穴を開ける事を決意した。今まで躊躇していた己が渇望の流出を迷わず実行に移した。

 蛇に殺させる未来を見たが、そんなモノは知らん。私は彼女と共に生きたいのだ。

 万感の思いと共に流れ出た渇望の中、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世で最も美しいであろ少女の首が、斬り落とされた。

 

 

 そう、この時が私にとっての転機だった。

 なまじ蛇が座す領域まで達する事の出来た私の抱いた渇望は、彼女との出会いによって変質してしまった。

 まさか私自身の生を強く渇望してしまうなど露にも思わなかった。

 故に、彼女を死なせる結果に終わってしまった。

 あの時は酷く泣いた。死を、別離を恐れ拒絶した己が、今一番必要な局面で渇望が変質してしまうなど、情けなくてぐうの音も出ない。

 それだけ、彼女との出会いは衝撃的だった。

 

 

 ───語り合いたかった。

 

 例え、無垢で感情に乏しくとも彼女と共に歩む事はきっと至高であろう。

 極限の愛の発露に、変じた渇望が、前代未聞の神を生み出した。

 通常、神は二種に、覇道と求道に分類される。

 世界を染め上げるか、己を塗り変えるか。この二つが大まかだろう。

 しかし、元は覇道だった祈りが、覇道のまま求道の性質を帯びてしまったのだ。

 

 蛇の牙から逃れでる感覚とはこういうものなのかもしれない。

 私は決断したのだ。必ず彼女に出会うと。

 その為に、私は──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

「………………い!」

 

 木漏れ日が、瞼の隙間から入り込む。

 何かが聞こえたが、朦朧として認識できない。

 

 

「……………さい!」

 

 

 今度は顔を触られる感触がした。何か殴られている気がしないでもないが、何の痛痒もない。

 

 

 

「起きてください!」

 

 

 耳元で炸裂する音響兵器が、鼓膜を揺らす。

 悶絶するほどのモノではないので、すぐにそちらに視線を向けた。其処には長い金髪の毛先にリボンを結んだ紫の衣服を纏った少女が一人。

 

 

「もう、貴方が頼んだ仕事を終えて戻って報告しようとしたのに当の本人はぐっすりと眠ってるなんてね」

 

 少女は青筋を立てて怒っていた。

 まあ、私が仕事を頼んでおいて、その本人が惰眠を貪っているなど、確かに多少頭にくるだろうな。

 

「貴方、この前『私に睡眠は不要』とか言ってたましたよね?」

 

「ああ、だから無駄な睡眠を取るほど私は暇を持て余していたのだよ。()()()()()()()

 

 

 そう、今までは暇だった。

 けれど、彼女が仕事を終えたなら話は別なのだ。全て、全てが私の筋書き通り進めばそれは────

 

 

「とても素晴らしいことだ。そう思わないか、八雲(やくも)(ゆかり)

 

「あ、いや思いますわよ。当然………いや多分」

 

 紫は慌てて取り繕う。実際、彼女には私が何を思い、何の為に全てを企てたか理解していないだろう。

 だが、それで良い。その無知さえ受け入れよう。

 

 

「ああ、甘んじて受け入れよう。何せ此処はどんなモノでも受け入れる幻想郷(りんぼ)なのだから」

 

 

 あの浜辺に辿り着くまで……私は歩みを決して止めはしない。

 だから、水銀の様にはいかないが、私も一つ此処に宣言しよう。

 

 

 皆様、私の歌劇をご観覧あれ。

 

 

 その筋書きは突拍子もなく杜撰、ありきたりの二番煎じかもしれんが。

 

 

 役者は至高に輝くであろう原石達。

 

 

 ゆえに面白くしてみせよう。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

「遂に動いたのか、蒼穹(そうきゅう)よ」

 

 時空の狭間で、彼は一人呟いた。

 その声音は懐かしい知己に対するそれだったが、込められた思いは悲憤であった。

 

 

「そのまま動かずにいれば、苦しまずに済んだものを………何と度し難い」

 

 しかし、彼には蒼穹と呼ばれた男の心情を察する事が出来た。同じ女性に恋焦がれた者として、蒼穹の取るであろう行動は理解するのは容易いものであったから。

 

 

 ───彼女に魅入った者として、素直に感服しよう。

 

 

 だから、─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は、君の行く末(未知の結末)を心待ちにしていよう」

 

 

 水銀と呼ばれた男は、傍観することを決めた。

 


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