剣が君の為に在るのは間違っているだろうか   作:REDOX

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いつか、剣戟を重ねた先

 冒険者には超人的な身体能力が備わっている。これは『神の恩恵(ファルナ)』によって与えられた【ステイタス】によるものだ。

 そしてその全員ではないけれど、多くの者は身体能力の域を越えた超常の力を持っている。それは《スキル》であったり《魔法》であったりだ。見た限り、今アイズが使っているのは《魔法》だろう。

 

 風のような少女であると思っていたが、私の勘も馬鹿にできないということだろう。アイズは風を纏っていた。見えないはずのそれが、彼女を中心に吹き荒れているのが分かった。

 

(それが君の本気か)

 

 残念ながら、私にはこの身一つ、手に持つ剣一振りしかない。なんら特別な能力などなく、冒険者のように超人的な身体能力もない。

 だが、それがどうしたというのだろうか。

 

――さあ、剣を執れ

 

 私には、最初から剣しかなかったではないか。このオラリオで、数多の怪物がひしめき、その怪物を打倒するような英傑達が集う、このオラリオで――彼女が待ちわびていてくれたのは、剣しかない私ではないか。

 

 卑下なんてするものじゃない。それは、待っていてくれた彼女に対しても失礼な感情だ。

 

「ふっ」

 

 無自覚な非礼を自覚し、そして短く笑みを溢してしまった。果たして彼女はそんな私を見てどう思っただろうか。

 正直なところ、少し本気を出した彼女を前にしていると脚がすくむような思いだった。だが、それと同時に心臓は早鐘のように鳴り響くのだ。以前は見ることのできなかったアイズの姿を見て、私は現金にも舞い上がっているのだ。

 そうしてやっと、私は彼女と向かい合って剣を構えることができる。

 

 風、それは人が逆らうことのできない自然の力だ。剣があったからと言って、私はただの人。どれほどの力を内包した《魔法》なのか私には皆目見当も付かない。

 死ぬかもしれない、大怪我をするかもしれない。だが、受けて立つと決めた。

 

 彼女を知るために、この命を危険に晒さないといけないと言うのなら、それが唯一の方法であるというのなら、私は喜んでこの命を危険に晒して彼女と向き合おう。

 言葉はいらないと言ったのは、他でもない私だ。そしてなによりも、アイズがそれを望んでいる。

 

 真正面からぶつかってくる自分を、身体を避けることなく、視線を逸らすことなく、ただ真正面から受け止めることを私に望んでいる。

 であるなら、応えないわけにはいかないだろう。

 

(私は、彼女の望む私で在りたい)

 

 彼女が強さを望むのであれば、私は強くなろう。彼女が剣を望むのなら、私は剣を執ろう。

 でも、実のところ私は欲張りなのだ。欲しいものは欲しいと願ってしまう、勝手な心がどこかにあるのだ。だから、私も望んでしまう。

 

(どうか、私だけを見て欲しい)

 

 それ故に向き合う。それ故に手を伸ばす。それ故に――剣を交える。

 

 

 

 何か合図があったわけでもなく、示し合わせたわけでもない。しかし、私たちは同時に動き出した。

 

 

 

「――ッ!」

 

 そのはずだったのに、私が一歩踏み込み終える前にアイズは間合いに飛び込んでいた。次の瞬間、ゾクリと背筋が凍るような感覚が身体を走り抜ける。

 

(くるッ)

 

 理屈などなかった。捉えることのできない踏み込みから放たれる一撃が捉えられるはずがない。故に、避けるか、それとも受けるか、どう避けるか、どう受けるか、その判断を下したのは理性ではなく本能。

 

 押し潰されるかのような衝撃。真上から振り下ろされる鋭い一撃を、私は長剣を横にして柄と刃の腹をそれぞれの手で持ち、さながら盾のようにその斬撃を受けた。

 一瞬意識が飛ぶかと思うほどに、それは今まで受けてきたどんな攻撃よりも重かった。

 

「ラァッ!」

 

 押し返すことは不可能、圧倒的に力が足りていない。であれば、どうにかして受け流さなければならない。踏み出そうとしていた脚を無理やり横方向へと転換させる。平行に持っていた長剣を傾けて刃で刃を滑らせる。

 その攻防は、僅か一秒ほどの間になされた。

 

 無理矢理逸らされた剣戟は地面へと突き刺さり抉った。その威力に恐ろしいものを感じながら、やはり自分はどこか狂っているのだと自覚をする。

 面白い、そう感じているのだ。今受けそこねていたら、私は死んでいたかもしれない。だというのに、私は心底心からその一撃を受けたいと思っていたのだ。次はもっと上手く受け流してみせると、何かが私の中で燻るのだ。

 

「シッ――」

 

 爆音を響かせた一刀から間を空けずにもう一撃。それの直撃を受けなかったのは、今回ばかりは本当に運がよかったからだ。横合いから飛んできたその一撃が、偶然にも先の斬撃を滑らせた長剣にぶちあたった。

 腕力だけではない、剣の一撃に次ぐ突風。風に煽られて踏ん張ることができない。なんの準備もしていなかった私は吹き飛ばされた。

 

「ガッ――!!」

 

 天と地、右と左、方向という方向、感覚という感覚がひっくり返る。自分が地面に転がっているのか、それとも宙を待っているのかすら定かではない。

 頬に冷たい地面の感触が蘇ったのは、数秒後のことだった。

 

 全身が痛い。思えば、これまで生きている中でこれほどの衝撃で吹き飛ばされたことはない。身体を燃やされたこともないし、わざわざ炎の中に指を突き入れたこともないので、実際の所どうかは分からないが――言うなれば、全身が燃えるように痛い。

 衝撃は全くと言っていいほどに殺せなかったようだ。などと、熱さで苛まれる身体とは別に脳が冷静に判断した。

 

 骨は折れているのだろうか、口の中に血の味がするのでもしかしたら内蔵も傷付いたかもしれない。流石に少しとは言え本気を出した冒険者相手に無謀だったのだろうか。

 アキさんは武器が壊れるような模擬戦と教えてくれたが、全然違う。武器なんかより先に身体が壊れそうだ。

 

 

 

 でも、立たないと。

 

 

 

 どうやら骨は折れていなかったらしく、腕で身体を押し上げて私はなんとか立ち上がることができた。脚は震えていないだろうか、そもそもちゃんと真っ直ぐ立てているのだろうか。

 

「いッ、やあ、驚きました」

 

 声を出しただけで肺に痛みが走る。それでも、声を出せ。まだ続けられると、見せなければいけない。否、私がもっと続けたいのだ。

 

「私はまだ戦える。さあ、続きと行きましょう」

 

 情けない姿など見せるものかと、私は精一杯口角を上げた。

 

「私も、()()で行きます」

 

 我ながら、狂っていると思わずにはいられない。

 しかし、剣とは本来そういうもの。活人剣とは剣技ではなく、それを扱う人を指す言葉であると老師は言った。それはそうだろうと当時剣を握って数週間の私は納得した。

 どこまでいこうと、剣は人を殺し得る凶器でしかなく、剣技は人を殺し得る技でしかない。それで人を守るのか、それとも人を殺すのか、その判断をするのは剣を持った人だ。

 

 剣の本質とは殺傷――この世で最も完成された剣とは必殺。

 

 思えば、私も彼女には本気を見せていなかった。何せ、私は彼女に恋をしたのだ。普通に考えれば、私の判断はあり得ない。

 

 アゼル・バーナムには今以上の力を出す術はない。この身は常人であり、身体能力には限界があり、願ったからと言って剣技の練度が突然上がることもない。

 であるなら、そんな私にとっての本気とは何なのか。

 

 答えは、決まっている。それは物理的なものではなく、精神的な部分。

 

――君を、殺す気で行きます

 

 愛する少女に向って、私は殺意を持って剣を構えた。

 

 

■■■■

 

 

 何度目だろうか、未だ勝負の付かないアゼルとアイズの模擬戦を眺めながらリヴェリアはそう思った。

 視界の中で二人が忙しなく、縦横無尽に動いている。二人がぶつかる度に剣が交差し激しい音と共に火花が散る。何度も何度も、決定的な一撃が入ることなく剣戟が交わされていく。

 そのことがリヴェリアや他の団員達にとっては信じられなかった。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは【ロキ・ファミリア】の冒険者、しかもLv.2の第二級冒険者だ。アイズが本気で、それこそ殺す気で戦っていないことは重々承知だが、それでも冒険者ですらないアゼルが未だ立っていることが驚愕だった。

 しかも、剣戟を重ねる毎にアゼルの動きが速くなっているようにすら思えた。相手の攻撃を察知し、予測し、剣で受けて、そして衝撃を逸らす。間違いない、アゼル・バーナムは戦闘の最中凄まじい速度で成長している。

 

 だが、ここで新たな疑問がリヴェリアの中に生じる。

 

 ()()()()()()

 

 それだけの技量があるのなら、アイズの攻撃を避けることも可能なはずなのだ。しかし、アゼルは一切の攻撃を避けない。すべてを剣で受け、そして驚くべき技量で致命傷を避けている。だが、そもそも地力の差が激しく、消耗が大きい。殺しきれない衝撃で徐々に身体は傷付いていく。

 考えるまでもなく、攻撃を受けずに避けた方が何倍も効率的だ。

 

 それ故に、何故。

 

 それともう一つ、その少年が醸し出す雰囲気にも疑問があった。

 殺意だ、少年の剣には確かな殺意が込められている。リヴェリアがアゼルを知ったのは今日のことだが、それでもアゼルがアイズに想いを寄せていることは分かった。であるからこそ、殺意を向けるのはおかしい。

 愛しているから殺す、なんていう狂った恋愛観を持っている者もいなくはない。だが、戦闘中だと言うのに優しくアイズに語りかけるアゼルは、そういった類いの人間には見えない。

 

 真っ直ぐなようで、アゼル・バーナムという少年はどこか歪んでいる。言葉を交わしたこともないのに、戦っている姿だけでそれが分かる。

 本来であれば、アイズの情操教育にあまりよろしい相手ではないと苦言を呈しているところだ。だが、一番の問題はアイズが活き活きしていることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 雰囲気を一変させたアゼルを前にして、アイズは剣を止めることができなかった。

 誰が見ても弱い者いじめである。Lv.2の冒険者と冒険者でもなんでもない少年。戦闘が一方的であることなど最初から分かっていた。その上アイズは《魔法》を使用し、速度と攻撃力共に向上させている。

 一方的である、しかし致命傷を与えることができない。

 

 どう打ち込もうと、アゼルは苦しくも対応してみせる。その緑の瞳がアイズを捉え、一挙手一投足を見定め、そして攻撃を予測していく。

 視線がぶつかると、アイズは相手の雰囲気に飲み込まれそうになる。

 

 今のアゼルからは殺気が滲み出ている。

 だが、それは相手を威嚇するような熱く、激しいものではない。そう言った類いの殺気はアイズもダンジョンで幾度となく向けられてきたから分かる。モンスターが冒険者に向けるような、それは獣の殺気だ。

 

 冷たく、鋭く――澄んでいる。

 それは、まるで一振りの刃のような雰囲気だ。

 

 それが、アゼルにとても似合っていた。殺意を向けられている、それはどう考えたって良いことではない。普通なら嫌悪感を抱いたり、怒りを覚えたり、それこそ殺意を返したりするだろう。

 だが、アゼルが放つ殺意は――本当にどうかと彼女自身も思ったが――心地よかった。

 

 アゼルは今、自分を曝け出している。その剥き出しの殺意は、感情であるとか、立場であるとか、そう言ったこととは無縁のものなのだろう。

 アゼル・バーナムがアゼル・バーナムであるために、その殺意は必要なのだ。

 

『私も、本気で行きます』

 

 アゼル・バーナムの本質とは剣であり、その結末は斬り裂くことである。どのように生きようが、それは変わらない。誰かの意図か、それともアゼル本人の意志か、神々でも与り知らない運命はそれを定めてしまった。

 

 剣とは殺すもの、それをアゼルは体現しているだけなのだ。

 だから、本気で剣を振るうということは相手を殺すということ。殺せるか殺せないか、そういった問題ではなく、殺すつもりで剣を振るうことがアゼルの本気なのだ。

 例え、それが一日千秋の想いで待ち続けた相手であってもだ。

 

 酷く歪んでいる、酷く狂っている。

 アゼル・バーナムは歪んでしまった。一つの出会いをきっかけに、その存在の本質と結末の間に一つの要素を――願いを差し込んでしまった。

 

 だが、それは自分も同じだ。アイズはそう思った。

 

 自分もアゼルを待ち望んでいた。夢に見るほどまでにその剣に焦がれ、声を聞くだけで剣を握る手に力が入り、向かい合っただけで自分の剣閃がいつもより鋭い自覚があった。こんな風になるのは、これまでも、そしてこれからもきっと、アゼルだけだ。

 そう思える、そう想える。

 

 それでも、アイズの根源的欲求は変わらない。

 強くなりたい、アイズの心がそう叫び、それに逆らうことができない。アゼルと打ち合うことが嬉しくて、楽しくて、それでも剣に求めるのは強さなのだ。だから、苛烈なまでにアゼルと剣を重ねる。

 

 ありがとう、と言葉にはできない。

 楽しいね、なんて笑うことができない。

 だって、強さを求めてこそアイズ・ヴァレンシュタインなのだ。自分をそう定めたのだ、曲げられない生き方にしてしまったのだ。

 

 だから、言葉にできない想いは、表現できない感情は――剣に込めて伝えよう。

 この生き様は強さを求める一振りの剣で在り続けよう。だけど、隣に立っているアゼルにだけは、真っ直ぐ向かい合ってくれているアゼルにだけは、見えない所で生き様を歪め、想いを伝えよう。自分で理解できるまで何度でも、相手に理解してもらえるまで何度でも。

 

 お互いの生い立ちを知らずとも、お互いの過去を知らずとも、アゼルとアイズは剣に込める想いだけはお互い理解できると信じている。

 飽くなき強さを追い求める、それがアイズ・ヴァレンシュタイン。

 飽くなき求道を突き進む、それがアゼル・バーナム。

 

 だから、お互いが求めるのは、ありのままの相手だ。

 アゼル・バーナムは強さを求めて剣を振るうアイズ・ヴァレンシュタインに恋をした。

 アイズ・ヴァレンシュタインは、剣技を剣技として極めんとするアゼル・バーナムを必要とした。

 

 自分の中の感情がアイズには分からない。もしかしたら一生かけても十全に理解することはないのかもしれない。だから、アゼルの言ったような『答え合わせ』なんてものは一生できないのかもしれない。

 でも、それで良いのではないだろうか。

 

 アイズはまだ9歳の子供である。先のことなど分かっていないし、歳を重ねていくということに関しては素人も素人だ。それでも、朧気ながら彼女はこの時未来を思い描いた。

 自分の隣に立っている、誰かを彼女は見た。答えが出せない彼女の横で、優しく微笑む誰か。そんな誰かを見上げて、答えなどいらないと思ってしまう自分。

 

 そんな幻想を描いて、剣を重ねた。剣戟は一度として同じ音を奏でない、一度として同じ感情は込められない。それは過ぎ去る川の水のようなものだ。その時々の感情が流れ、そして彼女の奥底へと溜まっていく。

 答えなんてものは、無理矢理導く出すものではないのかもしれない。

 

 風を纏った一撃がアゼルを弾き飛ばした。地面を転がりながらもアゼルは体勢を立て直し、直ぐ様立ち上がる。未だ剣を構える姿に衰えはなく、滲み出る殺意の鋭さは弱まらない。

 アイズはそんなアゼルを見て、剣を下ろした。

 

「答えが、出ましたか?」

 

 僅かに変化したアイズの雰囲気を察したアゼルが問いを投げかけた。アイズは首を横に振って答えた。

 

「でも、それでいい」

 

 自分の抱える感情を、そのまま言葉にすることはできない。だが、どんな想いでいるのかは伝えたかった。答えを急くことなんてないのだと、分かっていることを言いたかった。

 

()()、まだ」

「……そうですね、()()

 

 それは、再会を果たした二人が交わした、二つ目の約束。

 これから先何度でも向き合おうという、短い言葉に秘められた二人の誓い。

 

「では、最後にもう一度」

「うん」

 

 誓いをたてるならば言葉ではなく、剣で。それが二人のあり方である。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 風が収束していく。少女の剣が、すべてをなぎ倒す大自然の権化へと形を変えていく。

 

「ふぅ……」

 

 殺意が膨れ上がる。風すらも斬り裂いてみせようと言うかのように、高まる想いが鋭さを増していく。

 

「「――――ッ」」

 

 動き出したのはアゼルだった。疲労困憊の身体ながらも、見事な踏み込み、隙のない構え、しっかりと立った剣筋。剣士としては破格の才能、積み重ねてきた研鑽を感じさせるに足る動きだった。

 

 

 だが、それだけでは勝てないのだ。悔しそうに、アゼルは痺れる拳で柄を握った。

 

 

 振り抜かれた剣と共に突風が中庭を走り抜けた。甲高い音と共に、半ばで斬り裂かれた刃が太陽の光を反射させながら宙を舞う。

 弾き飛ばされた長剣の剣先が地面へと落ちて乾いた音が響く。それが、アゼルとアイズの模擬戦、アゼル・バーナムの入団試験の終了を告げた。




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