ベートの入団時期の関係でベートの登場する描写を削除しました。そのため、短いです。
「よし、じゃあ帰還しようか」
そう団員達に指示を出したのは【ロキ・ファミリア】の小さな団長フィン・ディムナだ。汚れ一つない金の髪、凛々しく美しい青色を映し出す瞳、そして整った顔、オラリオで人気の高い男性冒険者の筆頭である。しかし、魅力はそれだけではないのだ。
【ロキ・ファミリア】団長、【
普通にしててもモテモテなのだが、その「できる男」と「少年らしい見た目」とのギャップが彼の人気に拍車をかける。
「アイズ、どうかしたのか?」
フィンの指示に従い動き出す団員たちの中、動き出そうとしないアイズにリヴェリアが話しかけた。
リヴェリア、本名リヴェリア・リヨス・アールヴ。【ロキ・ファミリア】最古参の一人であり副団長、エルフの中でも特別なハイエルフ。新緑を思わせる長髪と瞳、エルフの中でも飛び抜けた美貌、男性人気は言わずもがな、女性エルフの中には崇拝するものまでいるという。
神々から授かった二つ名は【
「……アイズ?」
「――足りない」
そんなリヴェリアの呼びかけに、アイズは反応しない。それどころか目を閉じて何か考え事をしている。
「はぁ……」
またか、と言わんばかりにリヴェリアは溜め息を吐いた。
最近、アイズ・ヴァレンシュタインの様子がおかしい。
そう感じている【ロキ・ファミリア】の団員は少ないが、確かにいる。そもそも様子がおかしいと思えるほど彼女と関わっている団員が少ない。母数が少なければ、当然そう感じる者も少なくなる。
横を歩く少女を一瞥して、リヴェリアは最近のアイズのことを考えた。アイズに専属の教育係はいない、というのも彼女の教育はフィン、リヴェリア、ガレス、幹部全員でしているからだ。最初はそのことを不審に思った団員も、アイズの強さを知ると納得した。
つまるところ、アイズは入った時点で幹部候補として育てられているのだ。
アイズのことが放って置けないリヴェリアは結果として一番長くアイズの傍にいる。まあ、フィンは団長としての職務で忙しく、子守りが向いていなさそうなガレスには任せられないので当然の帰結とも言えた。
だからこそ、最近のアイズの変化を彼女なりに観察してきた。
半年前、都市外へと仕事で赴いた際にサーベルを失くしたと言ったアイズを見て、リヴェリアだけでなく大半の団員が嘘であると見抜いただろう。サーベルを失くすなんてそもそも滅多なことではないし、戦闘のことばかり考えているアイズが失くすわけがない。
しかし、そんな嘘を吐いてまで彼女はその本当の理由を隠した。フィンと相談した結果、詮索しないことにした。それは、彼女が失くした自分のサーベルの代わりと言わんばかりに手に入れた長剣についてもだ。
その剣を、アイズはずっと持ち歩いている。そして、それを使っていないと殆どの団員が思っているが、リヴェリアはアイズがそれを使っているところを時々見る。
それは朝の鍛錬の時だ。アイズは早朝、それこそ団員達の中でも起きているのは朝食の支度をする数名だけの時間帯に鍛錬を始める。リヴェリアはその監督役だ。いなくても良いと言われたが、リヴェリアも譲らなかった。
昇る朝日を受けて輝く金髪、見事なまでに澄んだ剣閃、それはまるで一枚の絵画だ。リヴェリアでさえ時々見惚れてしまうほどに、剣を振るうアイズは美しい。
そんな朝の鍛錬の最後、毎日というわけではないが、三日に一度かそれくらいの頻度でアイズは普段使わない長剣をその鞘から抜き放つ。
戦闘で使用しているサーベルよりも一回り大きい長剣は、そもそもアイズの身体に合っていない。それでも楽々と扱えてしまうのは冒険者としての膂力があるからだ。
サーベルを使っての鍛錬とは違う、というより鍛錬ですらないのかもしれないとリヴェリアは見ていて思った。ゆっくりと、脳裏の記憶をなぞるようにアイズは長剣で軌跡を描く。それはそれまでアイズが振るっていた剣とはまるで違うのだ。
一通り終わると、彼女はその長剣の刃に映る自分をじっと見つめて、納刀する。
何をしていたのかとリヴェリアが訪ねても、彼女は何も答えない。あの行為が不可侵であるかのように、頑なにあの長剣を持つ理由と同様に口を割らない。
だが、それで良いとリヴェリアは思った。それほどまでにアイズが大切だと思える何かが彼女にもできたということだ。
――足りない
アイズがそう感じたのは、半年前アゼルと再会の約束をしてからだった。
何かが足りない。それが何なのかアイズには分からなかった。しかし、満たされない感覚だけは如実に日々大きくなっていく。
何度敵を斬り殺そうと、何度フィンと模擬戦をしようと、渇きは満たされない。
それが何なのかは分からないが、その原因は明らかだ。その満たされない欲求を、満たすことのできる者がいるとすれば、それはアゼルしかいない。
半年だ、もうあれから半年も経っている。
アイズは約束と共に渡されたアゼルの剣を、荷物を持っていたサポーター役の下位団員から受け取る。業物というわけではない、オラリオでならもっと質の良い剣はごまんとある。自分の師から貰ったと言っていた大切な剣をアゼルは何の躊躇いもなくアイズに渡した。
そして、アイズも自分の得物をアゼルに渡した。約束を形にしたように、お互いの剣を交換したのだ。
勿論自分の武器ではないので戦闘で使ったりはしない。しかし、今となってはアゼルの存在を示すのは記憶の中の彼の剣閃と、その長剣のみだ。
物思いに耽ると、どうしてもあの時の剣を思い出してしまう。
打ち合う度に、心が晴れていった。誰もが強さに傾倒したアイズを心配したり恐れたりした。だが、アゼルは向き合っても尚態度を変えない。むしろより距離を縮めてきた。さあもっと打ち込んでこいと、まだ満たされないアイズに気付き疲れた身体に鞭を打って剣を構えた。
誰かを通して自分を知るということ、つまり誰かと向き合うというその姿勢をアイズは今まで取ることはなかった。誰も彼女と真正面から向き合うことはなかった。理由も聞かず、むしろ名前すら聞かず、女であるからと侮ることもなく、振るわれた剣にアゼルもまた剣で応えてくれた。
――自分はこんなに強くなった
それをアゼルに知ってほしい。アゼルの剣がどう応えてくれるのか、知りたい。
「ん――」
ダンジョンから地上へと出ると、太陽の光が世界を照らす。ずっと薄暗い地下にいた冒険者達は慣れない目を腕で隠したりする。アイズもその例には漏れない。
戻ってきた、と思った矢先のことだった。
「おい餓鬼ぃ! 次は気をつけろよ!」
「すみませんでした」
バベルから出て塔の周りの広場を横切っている時だった。在り触れた会話だ、広場には多くの人が行き交っているのでぶつかったとしてもなんらおかしくない。会話自体は何も特別ではなかった。しかし、謝ったその人物の声を聞いた瞬間、脳裏に剣閃が蘇った。
「――ッッ!!」
声のした方向に勢い良く振り向いた。すぐそこにいた団員は突然振り返ったアイズに驚いたが、そんなことに構っている暇はなかった。
人混みでよく見えなかったが、その時アイズは確かに見た気がした。赤い髪の毛の少年の後ろ姿が街へと消えていく。
(――待って!)
「アイズ!?」
考えるよりも早く、アイズは駆け出していた。探索の疲れがなかったわけではない、しかしあの後ろ姿がアゼルだと思った瞬間疲れなど感じなくなった。
人混みの中、巧みに人を避けながらアイズは走る。後ろからリヴェリアが名前を呼んでいたが無視した。
(アゼルッ)
だが、人混みの中に消えてしまった少年をアイズは見つけられなかった。もしかしたら見間違えだったのかもしれないという考えに至るまで彼女は辺りを忙しなく見渡した。いっその事名前を叫んでいればよかった、と後悔をした。
「アイズ!?」
リヴェリアが追いついた。人混みの中だと身体の小さいアイズの方が素早く移動できる。
「どうしたんだ行き成り走り始めたりして」
「……なんでも、ない」
「いや、なんでもないとは……」
到底思えない、と言いかけてリヴェリアは止めた。アイズの吐く数少ない嘘に詮索するというのはなんだか気が引けたのだ。そう思わせるほどまでに、その時のアイズは沈んでいた。全身でその感情を表していた。それは、感情をあまり見せないアイズには珍しいことだ。
「なら帰るぞ」
「……うん」
しょんぼりしていたアイズは思いの外素直で、リヴェリアはこれはこれで楽で良いなと少し思ったが流石に頭を振ってその考えを捨てた。
「いたと……思ったのに」
耳を澄ましていなければ聞こえないほどの小声で、アイズが何事か呟いた。アイズが誰かを探していた、そして見失ったということをその相手が誰なのかまでは分からなかったが、リヴェリアは察した。
アイズの突然の行動に唖然として止まっていた他の団員達と合流しアイズは【ロキ・ファミリア】のホームである黄昏の館へと向かっていった。
「あ、皆さんお帰りなさい!」
「お帰りなさいっす!」
ホームの前で出迎えてくれたのはその日も門番をしていたアキとラウルだった。彼等は今回の小遠征には連れて行ってもらえず、人員不足となっていたのでここ数日は夕方の門番のローテーションに組み込まれていた。
「団長すみません、今よろしいでしょうか?」
「今かい?」
「はい、なるべく早い方が良いと思いまして」
「何か不在の間に問題でもあったのかい?」
アキは中へと入ろうとするフィンを呼び止めた。リヴェリアも立ち止まり、そしてつられてアイズも立ち止まる。
「問題というか……明日入団試験をすると、ロキが」
「……明日?」
「はい……あ、人数は一人だけですけど」
「一人? ロキのスカウトということかい?」
「いえ、それが違って……三日前に訪ねてきた少年なんですけど。ロキとは知り合いじゃないって言ってましたし」
「ふーん……その少年の名前は?」
あまりに急な話にフィンは首を傾げた。聞いていたリヴェリアは溜め息を吐いて呆れ返った。ロキはいつも思いつきで行動するが、今回のは群を抜いて突発的だ。
アイズは既に関係ない話と割り切ってアキの横を通ってホームの中へと歩き出していた。
「アゼル・バーナムという少年です」
時間が止まったかのような感覚にアイズは陥る。その名前を自分以外の口から聞くことはないと思っていたが、今確かにアキはその名前を口にした。
「今、なんてッ」
「へ?」
「アゼルが、来たの?」
「は、はい、来ましたけど。アイズ、さんの知り合いですか?」
有無を言わせない凄みのある雰囲気を出す少女にアキはたじろいだ。思わず敬語を使ってしまうほどだ。
自分があの時見た後ろ姿はやはりアゼルだったのだと、アイズは確信した。アキの問に答えることなく、フィンに向き直った。
「フィン」
「何だい、アイズ」
「試験は私にやらせて、ください」
アイズの真剣な眼差しを受けて、フィンは頭を縦に振った。止まっていた時が動き始める、満たされぬ渇きを潤す雨が降る。強さを求めた剣と、極みを目指した剣、再び交わるその時をアイズは待ちわびていた。
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